Friday, 17 October 2014

再訪もまた楽しからずや

先日、公開句会東京マッハが岐阜県高山市で開催された。よつて「飛騨マッハ」といふ。
高山には、高校生のときに修学旅行で訪れたことがある。
高山自体にはあまり記憶がなくて、白川郷に行つたことと、高山では市内の一流ホテルに泊まつて、テーブルマナーを学ぶといふ名目でかなり高級な感じの夕食を食べてことしか覚えてゐない。

そんな高山なので、あちこち歩き回れたらいいなあと思ふたが、残念ながらできなかつた。
前日、名古屋で一泊したからである。

理由になつてゐない?
名古屋から高山まで、特急に乗つても二時間半かかる。
飛騨マッハは十二時半開場だ。開演までは一時間あるけれど、開演までの時間で選句をする必要がある。できれば開場直後に入りたい。
開場前に食事はすませたい。すると、十一時には高山についてゐたい。それには名古屋を八時半には出なければならない。
一時間前なら七時半、それより前は特急がないので、終電で行つて始発を待つことになる。
ムリ。
最近とみに早起きができなくなつてゐて、とくに前日は三時間台睡眠だつたりしたものだから、八時半出発でもかなりつらかつた。

こんなことなら高山に泊まるんだつたなあ。
しかし、さうすると高山着が十二時を過ぎてしまふ。
なぜといつて、前日は名古屋で歌舞伎の顔見世興行を見ることになつてゐたからだ。
歌舞伎の興行としてはかなり早めに終演するけれど、そこから名古屋駅に出て乗り換へて、といふことになると、万が一のことも考へるとどんなに早くても九時名古屋発がいいところだ。
九時に名古屋発だと、もう特急はないので、三時間半くらゐかけてのんびり行くことになる。

そんなわけで、十一時高山着といふのは、やつがれの中ではそれしかない選択ではあつた。

ではあつたんだが、むーん、もつたいなかつたかなあ。
十一時について、混み始める前にと思ひ、即食事どころを探した。
おほよその目星はつけてゐた。
駅からそんなに遠くなくて、その通りを行けばほかにも食事どころのありさうなところ。
そんな道を歩いてみるつもりでゐた。

駅を出てものの十分もしないうちに、目星をつけてゐた店のうち最初の一軒にたどりついた。
迷ふこともなかつた。
すぐに食べられさうだつたので、その店に入ることにした。
いやはや、なんだらう、このスムースさ。
食事のあと、まだちよつと時間があるといふので店のあたりをぶらぶらしてみたけれど、これまた道に迷ふことがない。

やつがれは方角についてはひどく極端なたちで、ほぼ間違へない町と絶対間違へてしまふ町とがある。
間違へてしまふ町については以前も書いたな。
お堀の周りに弱い。
国立劇場にはじめて行くときもえらく迷つたし、四谷では必ず逆の方向に行つてしまふ。
この前は行き慣れてゐるはずなのに、お茶の水駅に出るつもりで気がついたら水道橋駅についてゐた。
なんなのだらうか。水道橋駅はさすがにショックだつたよ。とほほ。

間違へない町といふと、飯田がさうかな。
先日も、鼎駅からICにつながる道の方まで歩いて、ついたらお目当てのお店がまだ開店前で、仕方なくすごすごとそこから飯田市川本喜八郎人形美術館まで歩いたのだが、途中迷ふことはなかつた。
はじめて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つたときも、なかなかつかないなーとは思ふたけれども、迷はずについたし。
「ここで食べやう」と決めた食事どころにもいつもちやんと行けてゐる。
京都は、まあ、間違ふ人の方が少なからうと思ふのでおいといて、さうだなあ、日野でも目的地には迷はずつけたし、さういへばお堀のそばだけれども、ある人のお宅を訪ねて行つたときもちやんとついたんだつた。さういふこともある。

そんな感じで、その時々や場所場所によつて、迷ふたり迷はなかつたりする。
高山は、「ここに行く」と決めてゐたところにはすべて迷はずにたどりついた。
しかも、とくに行き先を決めずにぶらぶらしてゐても、「駅にたどりつけないかも」とか「飛騨マッハの会場はどこ?」といつたやうな不安を覚えることはなかつた。
いい町ぢやあないか。

道のところどころにある案内表示もわかりやすいんだよね。
海外からの観光客も多かつたし、万事わかりやすく作つてゐるんだらう。
すばらしい。

そんなわけで、行く前は「もう高山には行かないかもしれないし」と思つてゐたが、うーん、もう一度くらゐはどうにかして行きたいなあ。
東京からだと時間がかかるか知らん。

さういへば去年の五月に奈良に行つた。
中学校の修学旅行以来だつた。
そのときは興福寺のそばの宿に泊まつたのだが、興福寺に行くことはなかつた。予定に入つてゐなかつたのである。
阿修羅、見たかつたのになー。
阿修羅については、東京国立博物館で開催された阿修羅展で360度ぐるりと見ることはできたのだが。
でもやつぱり、お寺にも行きたいよねー。
といふわけで、行つてみたのである。

晴れた日だつた。
周囲に高層ビルのないせゐか、ひどく開放された気分になつた。
あたりは観光客や修学旅行生でいつぱいなのだが、しかし、国宝館などをのぞくと、込み合つてゐる、といふ感じはしない。
いいなあ。
中学生のときに来たときもこんな感じだつたらうか。
それとも、あの時はそんなこと感じる余裕もなくあちこちに連れまわされてゐたかな。

この日も泊まりは大阪で、あまり時間はなかつたのだが、それでもなんだかのんびりした心持ちになつた。
修学旅行で行つた法隆寺とか薬師寺にも行つてみたい。
そんな気がする。

こどものころ行つたことのある場所やよく行つた場所に行くとおもしろいよ。

そんな記事を最近webで見かけた。
詳しくは読んでゐないが、さういふこともあるな、と思ふ。
こどものころといふのは、自分の意思でどこかに行く、といふことがなかなかできない。
行きたいところには行けても、つれて行つてもらはなければならない。
修学旅行に至ると、行きたいところには行けず、行きたくもないところにつれて行かれることがある。

さういふところに、自分の足で行つてみると、おもしろい発見がある、と、さういふことなんだらう。
修学旅行のときは単につれて行かれただけでなんの記憶もないところにいま行つたら、またちがつた感慨があるのではあるまいか。
そんな気がする。

高山からの帰り、新幹線で浜名湖付近を通り過ぎるときに、さういへば、こどものころ夏休みによく来たな、と思ひ出した。
今度は浜松に行つてみるか。
こどものころに一度だけ、浜松城に行つたことがある。
あのころは家族で車で移動してゐた。
いまはない。

今度行つてみやうかな。

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Friday, 26 September 2014

旅の友

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ル・ボナーのネコリュックと、setoのEater-sagari。

ネコリュックは、猫の腹側にしか入れ口がないので、海外旅行向きかと。背負ふと自分の背中側にファスナーが来るので。
まあ、スリの団体に囲まれた日にはどーにもならないだらうがな。

Eater-sagariは、躰にぴつたり沿ふところがいい。
もう一回り大きいのを持つて行くべきだつたかも、だけど。
大は小を兼ねるといふし。

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Thursday, 25 September 2014

教会とか

水曜日のヘルシンキは、ほぼ快晴といつたところ。日中くもることもあつたが、まづまづの天気であつた。
その分寒かつたがな。

駅は修覆中で、覆ひをかぶつてゐる部分も多かつた。
この角度は比較的まし。

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朝はまづマーケット広場方面に向かつた。
朝からやつてるし、そばに大聖堂もあるからだ。
ヘルシンキ大聖堂は、前回行つた時は妙なジーさんにつかまつてしまつて、あまりよい思い出がない。
いままで全然気がつかなかつたけれど、ルーテル派の教会なのださう。中央部分の四隅にルターとメランヒトン、そしてアグリコラなる人物の像が飾られてゐる。もう一隅は、大理石とおぼしき柱のやうなもので覆はれてゐる。

その后、マーケット広場に行き、同行者があちころつかまりまくる。
何故か自分で織つたものを販売してゐる人が多かつたのだ。
季節的なものかのう。

それからTaitoに行き、そこから怒濤のお土産買ひがはじまつてしまつた。
幸ひなことにやつがれはまきこまれずにすんだけれど。

この写真はそんな買物道中で見つけたポスターである。

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何のポスターなのかさつぱりわからない。

エスプラナーディ通りをぶらぶら歩いて、アカデミア書店へ向かふ。
以前より手藝関連の本は充実してゐた。
ちやうど昼時だつたので、カフェ・アールトで昼食。
一階にスターバックスコーヒーができたせゐか、以前より空いてゐる気がした。
隣のストックマンデパートのWiFiが拾へてかなり快適。

ボケてゐるが、ダークチョコレート。
飲物自体には甘味がない。

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トラムに乗つて、テンペリアウキオ教会に行く。
周囲のお宅がいい感じだ。

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岩の教会の名のとほり、住宅街のまん中に突然ごつごつとした物体があらはれる。
前回は讃美歌のBGMが多かつたやうに記憶するが、今回はなんとなくジョージ・ウィンストン風だつたのがチト残念。

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今回の移動手段はトラムのみ。
目の前を「ドクター・イエロー(仮名)」が通つてあはててカメラを向けたが、遠くに行つてしまつた後だつた。

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無念。

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Wednesday, 24 September 2014

工場と工房と

月曜日、火曜日と、織物関連の見物がつづいた。

月曜日には、ストックホルムのセーデルマルム島にあるStiftelsen K A Almgren Sidenväveri & Museum に行つた。
19世紀創業で、1970年代まで工場として機能してゐたといふ。
1990年代に絹織物博物館として開業したのらしい。
地下鉄スルッセン駅から歩いてすぐのところにある。
ストックホルムカードが使へる。

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中ではジャガード織機の実演を見せてくれるほか、絹織物製作に用ゐてゐた道具の数々や1940年代に撮影したアルムグレン社の紹介動画を見ることができる。
動画は日本語版を見せてもらつた。
たどたどしい日本語を聞くと、健気だなあと思ふ。

屋根裏には、展示物もいろいろある。
例によつて引出しを開けると織地のサンプルがあつたりして、これが素敵。

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火曜日は一路フィンランドに向かひ、旅行会社の案内では「ヘルシンキ郊外」といはれてゐた地に赴く。裂き織工房見学だ。
車で2時間つて、新宿からだつたら双葉SAだぜ。

白樺の森と農地の交互にあらはれる車窓を眺めつつ、2時間半後に目的地にたどりつく。

この写真は、工房のものではないが、色は似てゐる。
工房の写真などは後日、気が向いたら。

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古い家を改造して作つたといふ工房には、巨大な織機のある部屋と、織りあがつたマットをおいてある部屋とがある。
マットが何本も並ぶ中、工房主が迷はずいろいろ取り出すさまもまた圧巻。

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織りはやらないので、何をどう撮つていいやらよくわからなかつたのが残念。

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主な写真はデジタルカメラで撮つたので、機会があればまた後日。

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Tuesday, 23 September 2014

三回め

日曜日は、お店などはお休みなので、いきほひ博物館に行くことになる。
前回前々回にも行つた北方民族博物館にまづ行つた。
ここは三度め。

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今年はこんな感じだつたが、2年前の5月はこんな感じだつたし、

Nordiska Museet

10年前の3月はこんなだつた。

Nordic Museum

ここは建物自体も楽しい。如何にも「ヨーロッパ」といふ感じがする。
ただし外観のゴシック調が「スウェーデン」的かどうかは謎。
教会はわりとこんな感じが多いやうに思ふ。

北方民族博物館は、そんな名前のくせに、ほぼスウェーデンのものしか展示されてゐない。サーミ族の展示が北欧各国にまたがつてゐるくらゐか。
このあたり一帯がスウェーデンだつたこともあるから、その矜持からくる命名なのだらう。

家具や食器などが年代別に並べられてゐたり、その時々の特別展示があつたりする。
今回の特別展示は、装飾品だつた。ものすごくこまかいビーズ織のブレスレットやメガネチェインに目を奪はれた。
ビーズ自体が実に小さい。
こんなの作つてたんだねえ。

ちなみに十年前の特別展示は、DOReDoと広瀬光治だつた。

我々にとつてのメイン展示は、引出の並ぶ部屋である。
各引出しには様々な種類の織・刺繍・編物がおさめられてゐる。古いものをしまつてあるのらしい。
以前行つたときも書いたと思ふが、40番手より細い糸で作つたマクラメに、今回も見入つてしまふ。

ここまでは撮影禁止区域。
今回は入口を入つてすぐのところに、wild apples and cultivated fruitsと銘打つて、スウェーデンのリンゴが展示されてゐた。リンゴのほかにも梨とかがあつたやうに思ふ。
試食コーナーもあつた。
あまりの数に数へるのはあきらめた。

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その後はスカンセン野外博物館といふのもお約束。
今回は西の方の入口から入つた。

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途中、激写した孔雀の写真などは後日。
雷鳴が聞こえてきて、帰ることに。

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ストックホルムで雨ははじめて。
この後ゲリラ豪雨に見舞はれることになるとは、神ならぬ身には知れぬことなのであつた。

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Monday, 22 September 2014

古い街

土曜日にガムラスタンに行つた。
観光目的といふよりは毛糸屋めあてだつたのだが、そこで買ふつもりだつた毛糸はすべてユーメオで調達できてしまつたので、いきほひ観光になつてしまふ。

毛糸屋付近は以前は海だつたのらしい。
トンネルの先に海が見える。
こちらにむかつてくる人影がなんとなくいい感じだつたのでつひ。

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こんな道にもちやんと通りの名前がついてゐる。

さらに観光客気分になつて、衛兵の交代式も見る。
この写真は、観光客が式はいまかいまかと待ちかまへる中、ひどくのんびりと話をする衛兵とその他一名。
のちにその他一名も衛兵かなにかでラッパ吹きといふことが判明する。

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交代式は、まあ一回見ればいいかな。

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Saturday, 20 September 2014

欧州文化首都2014

ユーメオ(ウメオ)では至るところでキノコの生えてゐるのを見かけた。
住宅街を歩いてゐると、突然奇妙な物体があらはれる。

ウメオで見たキノコ

ほかにもいろいろなキノコが生えてゐた。
湿気の多いところだからなのかのう。

朝起きた時は、一日めは霧で、二日めはくもつてゐた。
両日とも昼間になると快晴……とはいかないまでも、好天に恵まれた。
しかし、霧に煙る景色といふのも悪くない。

窓の外

ユーメオは今年の欧州文化首都なのださうで、こんなマークが町中にあつたりする。

Umeå 2014 Capital of Culture

スティングは関係ないよん。

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Friday, 19 September 2014

梅川

ウメオ(土地の人は「ユーメオ」と発音する)は、スウェーデンの北方にある町で、スウェーデン第十の都市とWikipediaにはある。
ストックホルムの規模から想像されたし。

これは霧の朝、橋の上からウメ川の上流を撮つた写真。

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おなじあたりを同日の昼間に撮つた写真。

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宿も住宅街の比較的そばにあり、歩いてゐても楽しかつた。のほほんとできて。

ヴェヴメッサについては、帰国後に。

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Thursday, 14 November 2013

西陣と嵐山

11/9(土)、京都に行つてきた。
京都へ行つた理由は、その前の日に大阪で文楽を見たからである。
できれば日帰りしたかつた。しかし、終演時間がチト遅かつた。
ゆゑに一泊することにして、翌日は京都へ行くことにしたのだつた。

行つたのは、西陣にある浄福寺と大河内山荘。
浄福寺は、新聞の記事で約百年ぶりのご開帳があるといふので行くことにした。
歌舞伎を見てゐると、ご開帳といふのが一大イヴェントだつたことが知れる。
ありがたいので三度も行つてしまつた、とか、近いからと思つてゐるうちに行きそびれてゐる、とか、往来の人々が話してゐたりする。
さういふ気分を味はへたら、といふ思ひもあつた。

最初のみものは本堂だつた。
なんでも、「日本最古の違法建築」だといふ。
享保年間の大火事で本堂が焼けてしまつた。さて、建てなほさうといふ段になつて、「三間梁規制」といふ法律のせゐで焼ける前の大きさで建てることができないことが判明した。
享保といふから、「奢侈規制の一種かな」と思つたけれど、解説では「建物内を広くすると幕府転覆をはかる輩が集まるから」といふので規制をしたのらしい。ふーん、なんだらう、天一坊事件のあとに強化された法律なのかな。
それぢやあといふので、中は元通りの広さに作つて、外から見たら二棟の建物に見えるやうに作ろう、といふので建てられたのがいまの本堂であるといふ。
本堂は広くて立派だ。でも、部分部分でいろんな建築方法を使つて、「つながつて見えるけどちがふ建物ですよ」といふ風に押し通したのらしい。
その「ひとつの本堂にいろんな建築方法を使つてゐる」といふのが、いまでは目玉になつてゐるのだといふから、わからないものだよねえ。

本堂の片隅に、なぜかアップライトのピアノがおかれてゐた。そこだけなんだか「アットホーム」な感じがした。
浄福寺は幼稚園を経営してゐるといふので、園児のお遊戯用のピアノなのかもしれない。後でさう思つた。

大火事はたびたびあつて、一度などは門のすぐ手前まで来て、しかし寺は無事だつた、といふことがあつたのだといふ。
人々は「鞍馬山の天狗が降りてきて風で火を消してくれたのだ」と噂したのだとか。
そんなわけで、浄福寺にはしつぽが天狗の団扇になつてゐる狛犬がゐる。これがなんだか妙に可愛い。

順路にしたがつて歩いていくと、「仏教まんがコーナー」とか、遊戯ものをおいたコーナーに出くはした。
おどろいてゐると、ご住職の絵解き法話がはじまるといふ。
これまでも京都の特別拝観には何度か行つてゐるが、ご住職のお話があるお寺なんてはじめてだつた。
もちろん聞くことにした。

お話は、主にお釈迦さまの生まれたばかりのときの絵とお釈迦さまが悟りをひらいて最初の説法をおこなつたときの絵とを中心に、展開した。主たる話は、貪・瞋・癡の三毒についてだつた。
絵を使ふとか、わかりやすい話とか、やはり園児に説明することがあるからかなあ、と思つたりした。
宗教の教へといふのは、如何に世の中自他との摩擦を減らして楽に生きるかにつきるのでは、とも思つた。

遊戯ものには、輪投げ、コリントゲーム、双六があつた。
コリントゲームは、玉が地獄に入ると、「部屋の隅にある地獄の箱を覗いてもいいですよ」といふことになつてゐる。なんだか楽しい。

仏教マンガコーナーには手塚治虫の「ブッダ」とひろさちやの本とがおかれてゐた。

ほかにも鳴き龍を見て、実際に絵の下で手をたたいてみたり、ありがたいご開帳を見たり、いろいろと忘れがたいことが多いお寺だつた。
平安時代のものといふ四天王は、現在東京区国立博物館で修復中だといふ。来年の京都の特別拝観のときに見せることができたら、といふ話だつた。
うまいな。

そのあと、らんでんに乗つて嵐山に出た。
ここでの目的地は大河内山荘だ。
ご存じ大河内傳次郎の所有する地だつたものを、いまでは一般公開してゐる。そんなところである。

七年くらゐ前に一度行つて、たいへんによいところだと思つた。
なにがいいつて、「大河内傳次郎」といふのがまつたく前面にでてきてゐないのがいい。
たぶん、ここをおとづれる人の大半は、そんなことを意識せずにゐるのではあるまいか。
まあ、来ようと思つた動機は「大河内傳次郎」なのかもしれないけれども。

竹林の小径をずつと行つたところに、大河内山荘はある。
まだ早いから今回は紅葉はのぞめまいと思つてゐた。

大河内山荘

あつたね、どうも。

大河内山荘

ここのところ朝晩と冷える日がつづいたせゐか、葉の色づいてゐる木々もあつた。
緑多めの中に、赤い木がぽつりとある。
風情ではあるまいか。

大河内山荘

大河内山荘は、「金を使ふなら、かう使ひたいね」と思つてしまふ、そんなところである。
山全体が庭になつてゐて、さらに嵐山や京都の町が借景になつてゐる。
当時はどうだつたのか知らないが、山の木々にはあまり手は加へられてゐないやうに見受けられる。それでゐて、あれこれきちんと計算されてゐる。

大河内山荘

傳次郎は、太秦での撮影のあるときに、ここで過ごしたのだらう。
最初に建てたのは持仏堂だといふ。撮影の合間にそこにこもつて座禅を組んだりしてゐたのらしい。
持仏堂は、戸が閉じられてゐて内部は見えない。中にはきつと仏像が鎮座在してゐることだらう。
贅沢ぢやあないか。

前回来たときに一番気に入つてゐたのが、頂上付近の四阿から見える景色だつた。四阿には「月香」と額が飾られてゐる。
横長の写真がそこから撮つたものだ。
写真だとよさが伝はらないなあ。
木々のトンネルをくぐりぬけて、ちよつと開けた場所にこの四阿があつて、そして眼前にひろがるこの景色、である。
脱力する、といふか、肩から力が抜ける、といふか、とにかくすばらしい展望だ。
「月」といふからには、月夜にここから下界を眺めたりしたのだらうか。月明かりに照らされる比叡山や京の町は、どれほどうつくしかつたことだらう。

お抹茶をいただいて、さらに周囲の景色を満喫する。
実にのんびりできていいところだ。
ついさつきまでは嵐山の喧噪の中にゐたといふのに。

最後に、「大河内傳次郎資料館」に立ち寄つた。
「資料館」といひながら、単に壁をぐるりと四角に囲つただけの、野天の建築物である。壁の内側に、傳次郎の写真や経歴、それとおそらく縁の人だらうと思はれる画家の絵が飾られてゐる。
中に一枚、撮影の合間に撮られたものだと思はれる写真がある。浪人態の傳次郎が、監督たちと並んで、実にいい表情でほほえんでゐる写真だ。こんな顔もするんだなあ、と、しみじみ見てしまつた。

前回はここで傳次郎の出演映画の断片を見ることができた。
今回は機械の不調か見られなかつた。
残念だなあ。

大河内山荘で傳次郎を思はせるのはこの資料館の一角だけだ。
しかも、順路にはづれたところに、ちんまりと存在してゐる。
いいなあ。かへつて大物感が出てゐるよなあ。

一度、花の時期に来てみたいものである。


大河内山荘

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Monday, 29 April 2013

近頃面目次第もござりませぬ

間違つてない?

飯田に来てゐる。

目的地は、飯田市川本喜八郎人形美術館。
さんざん渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーに行つてるだらう。
我ながらさうも思ふ。
しかし、くどいやうだが、渋谷の人形三国志の面々は、人形劇に出てゐた面々ではない。
金曜日に展示替へ後はじめて開館したが、今回の面子も人形劇に出てゐた面子とはちがふ。いつたい川本喜八郎はどれくらゐ新たに作りなほしてゐたのかと思ふが、それはまた、別の話。

ヒカリエのギャラリーには、飯田の美術館のポスターが貼られてゐる。
案内のちいさなパンフレットもある。
新たに作りなほされた面々もとてもいい。
なんたつてしよつ中通つてるくらゐだしな。

でも、飯田に行けば、あのときの、あの面々に会へる。

といふわけで、急遽思ひたつて、やつてきた、といふわけだ。

飯田に行くには、飯田線。
さう思つてゐたのは、「究極超人あーる」のせゐではあるのだが。
飯田線で行かうとすると、飯田線に乗るまでに時間と費用とがかかる。
今回は飯田線はあきらめることにして、新宿から高速バスに乗ることにした。

連休中といふこともあつてか、まづ出発が六分ほど遅れる。
その後も順調に渋滞してゐて、八王子まで一時間はかかつたらう。
後は、睡魔に身をゆだねてしまつたのでよくわからないが、休憩所の双葉サービスエリアには五十分遅れで到着。飯田には一時間くらゐ遅れて着いた。
帰りが思ひやられる。

道々、飯田駅前のバス停にたどりつくまでに、道路標識に「川本喜八郎人形美術館」なんて書いてあつたりして、事前に確認してきた地図と実際の道とを確認した。標識には結構大きい字で書かれてゐたぞ。

昨日は美術館周辺でちよつとしたお祭りのやうなものが開催されてゐて、出店もたくさん出てゐたし、とてもにぎはつてゐた。
いはゆる「ゆるキャラ」の着ぐるみも三体くらゐ来てゐた。

といふわけで、人混みをすりぬけながら、美術館にたどりついた。

入口は、メタルな印象のある自動扉になつてゐる。
これがちよつと怖い。
まるで、入るのを禁じてゐるかのやうだ。
しかも、入ると、その向こうにも同じやうな扉が待つてゐて、一瞬、閉ぢこめられるのではないかといふ恐怖感にかられることになる。

その関門をくぐりぬけると、ぱつと明るい空間が待つてゐて、そこに大きな孔明像が佇立してゐる。

……ポメラのATOK、あひかはらず「孔明」を変換できないなー。

といふ話はさておき、そこで入場券を入手して、ひとつ上の階が展示場になつてゐる。

階段をあがると、そこも明るい空間なのだが、展示場はやはりちよつとメタルな印象の自動扉の向かうにある。

まづ、紳々竜々が出迎へてくれる。
……といふ、展示のこまかい内容についてはまた後日にゆづることにして。
といふのは、ポメラDM100のATOKが愚か過ぎて人名を打つのに苦労するからだが。

展示室には人形劇三国志と平家物語の人形、それと人形アニメーションの人形が展示されてゐる。

展示室の外には、ヤンヤンムークンをはじめとするこども向け番組に出てゐた人形やミツワのコマーシャルに出てゐた人形が飾られてゐる。
また、人形劇の人形ができるまでを示したパネルや実際の人形のやうすがかざられてゐる。
人形のパーツなどを作る人の写真もあつて、その人物の向かうに関羽とか趙雲とかがゐて、ちよつとどきどきしちやふぞ。

二階に通じる階段のわきに、ちよつとしたアルコーヴのやうなところがあつて、そこにはテレビとDVDデッキがおかれてゐる。
この日は、人形劇三国志のDVD第16巻がエンドレスで流れてゐた。
展示室から外に出るたびに、今にも黄忠が死にさうだつたり、張飛に死亡フラグがたつてたり、仲達や陸遜が陰謀をたくらんでゐたり、といふ、ちよつと暗くも楽しい気分になることしきりだつた。

今回「来てよかつたー」としみじみ思つたのは、川本喜八郎の年表のパネルを見たときだつた。
#展示室内でももちろん思つたが、それはまた、別の話。

生年からずつと川本喜八郎の業績などが書かれた下に、関連する写真がところどころ表示されてゐる。

その中に、川本喜八郎 meets ジム・ヘンソンの写真があつたと思ひねえ。
孔明 meets Kermit the Frog、だぜ。
うわー、なんといふことだらう。
孔明 meets Kermit the Frog。
そんなことがあつたなんてねえ。

うーん、展示替へしたらまた来る、かな。
予定ではそろそろ展示替へがあるさうである。
交通渋滞さへなければ、日帰りできさうなんだけどなあ。

ま、それもすこし先の話、かな。

ところで、写真だが。
エントランスの大きな孔明の背後に、前出師の表が飾られてゐる、その最後の部分だ。

「今當遠離臨表涕零不知所言」
といふのが、最後のことばだが、「涕零」の「零」の字はものによつては「泣」になつてゐるのは、依然も王羲之展に行つたときにも書いた。

今回わざわざこの写真を撮つたのは、最後の一文字にある。

「雲」

いや、それは妙だらう。
それとも、さういふ字もありうるのだらうか。

確かに、最後の一文字が「云」になつてゐることはある。
しかし「雲」。

もしかして、中国語には「雲」にも「言葉」といふ意味があるのだらうか。

調査課題が増えてしもたのう。

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