Friday, 18 September 2020

楽しい索引作り

マルジナリアでつかまえて』を読んで、「さうか、索引は自分で作ればいいのか」と思ひ至つた。
それで、『泣き虫弱虫諸葛孔明』第伍部の文庫版を読みながら索引を作成した。
おほよその流れは知つてゐる話だし、単行本で出たときに読んでゐたからできたのかなとも思ふ。
『泣き虫弱虫諸葛孔明』で作りたいと思つてゐたのは、引用元の作成だ。
たとへば第壱部には「残酷な天使のテーゼ」からの引用があるし、「徐庶の奇妙な冒険」は云はずと知れた『ジョジョの奇妙な冒険』だし、さうしたことをすべて拾つてみたいと思つてゐた。
正確には、「誰か拾つてくれないかなー」と思つてゐた。
だつて、やつがれ、ヲタクぢやないし。
そつちの方面の知識に自信がない。
自信のある知識なんてないのだが、酒見賢一のくりだすあれやこれやをすべて拾へる自信もまたない。

誰か詳しい人或は人々がさういふ索引を作つてくれたら。
ずつとさう思つてゐた。
コミックマーケットに行けばさうした薄い本があるのかな、といふ気もしないではない。
でも、有明とか行かないしなー。
さうかうするうちに『泣き虫弱虫諸葛孔明』は完結し、文庫版まで出てしまつた。
仕方がない、自分の乏しい知識を総動員して、少しでもひつかかることがあつたら索引にしやう。
さうして本を読み終はつて思つた。
否、読んでゐる最中から思つた。
索引作りつて、楽しい。

なぜ楽しいのか。
思ふに、索引を作らうといふ意図があるから、本の読み方が変はるのだ。
読書といふのは受け身なものだと思ふけれど、そして索引を作るからといつて受け身であることには変はりはないけれど、でも、やはり、どこか能動的になる。
ことばは悪いかもしれないが、鵜の目鷹の目で読むやうになる。
さうすると、いつもだつたら読み飛ばしてゐるやうなところ、大して大事だとは思はないやうな部分にも目が行き届く。
おもしろい本だからといふこともあるけれど、索引作りをしながら読むのはおもしろさ倍増だ。
自分がなにに興味があるのかもよくわかるしね。

この点については、つづく『銀河英雄伝説』で強く感じたことだ。
『銀河英雄伝説』の索引なんて、もう出てゐるだらうし、さうでなくても百科事典的な本があるはずだ。
#すまん、調べてなくて。
だから、索引を作るとしたらどうしたつて私的なものになる。
自分が作つて楽しくて、あとから見返してもおもしろいもの。
さう考へながら本を読み、「これは索引として項目を立てやう」と思つたことを書き出す。
楽しい。
なんでこんなに楽しいのだらう。
さうして読むと、自分がなにが好きでなにに興味があるのかとてもよくわかる。
そこにウソはつけない。
もちろん、なにに興味がないかもわかるのだが、銀英伝の場合は登場人物の名前や地名を逐一拾つていくと大変なことになるといふこともある。
勢ひいまは大したことをしてはゐないけれどあとでまた出てくる人とか、もの、土地の名前を拾つていくことになる。

他人には決して作れない、自分の自分による自分のための索引。
『泣き虫弱虫諸葛孔明』も『銀河英雄伝説』も一度読んでゐるから索引を作れたのだと思ふ。
初見で作ると、あとから「あ、あれは索引の項目にしておくのだつた」といふことが何度も起こるのぢやないかなあ。
まあ、それもまた楽しいのかもしれないけれど。

今回索引を作つた本はいづれも文庫本だ。
最終ベージにMIDORIのMDふせん紙方眼罫を貼つて、そこに書き出してゐる。
本と索引とがバラバラにならないやうにと考へたつもりだ。
いづれほかのノートに書き写すか、或はMacBookに打ち込むか、それはまたあとで考へることにしたい。
いまは、銀英伝の三巻を読みつつ索引を作つてゐる。
先はまだ長い。
だといふのに、もう「次はなにを読みながら索引を作らうか」とか考へてゐる。
まだ索引を作つてゐない『泣き虫弱虫諸葛孔明』の第壱部から四部にするか。
それともなにか別の本にするか。
これを考へるのもまた楽しい。

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Thursday, 17 September 2020

ソローの日記が気になる

ヘンリー・ディヴィッド・ソローの日記が気になつてゐる。
何年か前に翻訳版が出版されて、しかしハードカヴァで四巻と聞いて躊躇してゐた。

ソローといへば『ウォルデン』だ。
『森の生活』と訳されてゐることもある。
一年間働かずに暮らしていけるだけの費用を算出して、その分だけ稼いでソローはひとり森の中で暮らした。
これをその筋の人がとても気に入つてゐることは知つてゐる。
ちよつと時代遅れのことばでいふとロハス的な、いはゆる環境的に「意識高い系」の人々が好きな本だ。
残念ながらやつがれはちよつと違ふ。
ソローには、ラルフ・ウォルド・エマーソンのやうな超越主義の流れの中にゐる人で、考へたことを実際にやつてみちやふ人、そして無抵抗不服従の人、といふ印象を抱いてゐる。

『ウォルデン』についていふと、しかし、なんか、そんなにすごいことは書いてないんぢやないか、といふ気がしてゐた。
僭越とは思ひつつ、「え、そんなことが考へたくて森でひとりで暮らしてたの?」と思はないでもない。
どういふところが、と訊かれるとうまく云へないが、だつてわざわざ一年間の生活費を割り出して、その分働いて、それで森の中で暮らしはじめたわけですよ。
なんか、どえらいことを考へてゐるんぢやないかと思ふのが人情ぢやあるまいか。

ところが、ソローがすごいのは『ウォルデン』ではなくて、その日誌なのだといふ。
さういやエマーソンもなんだかすごい量の日誌を残してゐるといふ。読んだことないけど。
さうなのか、日誌なのか。なんだかおくゆかしいぢやあないか、ソロー(違。

といふわけで、ずつと気になつてはゐたが忘れてもゐて、ある日翻訳本が出てゐるよ、と聞いて、でも大部でお値段もはるときてゐたので、指をくはへて見送つてゐたのだつた。

昨日、本屋に行く機会があつたので、あらためてその日記を見てきた。
うーん、ほしい。
少なくとも読んでみたい。
なんとかならないだらうか。
部屋を片付けて、予算を組むしかないか。
それができたら苦労はしないんだがなあ。

いま、記録といふものがひどく軽視されてゐる。
ゆゑに、最低でも個人的に記録できるものはなんでも記録しておきたい。
たとへば新聞の記事は気になるものは残してゐる。
公の記録、信頼のおける記録とはいへないかもしれない。
しかし、記録がどんどんなくなつていく、そもそも記録することさへしない世の中だ。
自分で必要だと思ふ、のちになんらかの証拠になるだらう記録は残していく。
それが個人にできる最低限の抵抗だと思ふのだ。

日誌はさらに信頼のおけない記録だ。
でも残す。
だつてこの世が記録を軽視してゐるのだもの。
残さずにどうする。

そんなわけで、そのうちソローの日記を買つてゐるかもしれない。
片付けもしないし予算も組まないだらうがな。

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Wednesday, 16 September 2020

手帳の悩み

ほぼ日手帳Weeks MEGAが気になつてゐる。
実は去年も気になつてゐた。
ほぼ日手帳Weeksはその名の通り週間予定帳だ。
見開きの左側が一週間の予定表、右側が方眼用紙のメモになつてゐる。
先頭の方に月間予定表もあり、終はりの方にはメモページもある。
ほぼ日手帳Weeks MEGAはそのメモページが215ページある。いくらでもメモできるよ、といふ手帳だ。

去年は一月から八月まではLEUCHTTRUMのA5サイズを使つてゐた。
LEUCHTTRUMはとてもいいのだけれどもA5サイズは時にかばんに入らないことがあるとはここにも何度も書いてゐる。
たまたまRollbahnのLサイズをもらつて、使つてみたらちやうどよかつた。
ロンドン旅行もこのRollbahnとともに行つた。
帰国後、10月はじまりのRollbahnの手帳が店頭に並んでゐたので、即使ひはじめた。
以降、いままでRollbahnの手帳を使つてゐる。

でも、去年もほぼ日手帳Weeks MEGAがいいかな、と思つてもゐた。
メモ用ページがたくさんついてゐるし、方眼罫だ。
年の途中で使ひきることを考へて予備を買つておくといふのもありだ。
Rollbahnの手帳だつて結局年に四冊使つてゐるのだし。
ただ、やはり、ほぼ日手帳Weeks MEGAはちよつと小さい気がしたんだな。
持ち歩くのには便利だし、さつと取り出してメモをするのにもよいと思ふ。
ただ、なにか突然書きたくなつたときには小さすぎる。
ほんたうはなにか突然書きたくなるやうな時は最低でもA5くらゐのサイズがほしい。
そこは妥協してB6なんだけどね。

もともとは新書サイズの手帳で Bullet Journal をはじめたので、ほぼ日手帳Weeks MEGAも十分使へるはずなんだがな。

うーん、買つてみる?
いまRollbahnの手帳に書いてゐるやうな読書メモは来年からは外出しにするつもりでゐる。
だからほぼ日手帳Weeks MEGAでもそれなりの期間使つていけるかもしれない。
しかし、すでに来年用に買つてあるRollbahnの手帳はどうする。

などと、手帳選びに悩みは尽きないのだつた。

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Friday, 11 September 2020

思うてたんと違ふ「ブックスマート」

昨日、「ブックスマート」を見てきた。
ロサンジェルスのとある高校三年生の物語だ。
生徒会長をつとめる主人公はいはゆるガリ勉(booksmart)だ。
高校生活を勉学に勤しんできた。おかげで九月からはイェール大学に行くことになつてゐる。
ところが明日は卒業式といふ日、これまで勉強もろくにせずフラフラ遊んでゐると思つてゐた同学年の生徒たちがみなアイヴィーリーグの大学やジョージタウン大学への進学、進学しないものはGoogleへの就職を決めてゐることを知る。
「勉強や試験なんてバカにしてきたくせに」と云ふ主人公に、フラフラ遊んでゐた(と主人公は思つてゐる)生徒のひとりが云ふ。
「勉強や試験だけぢやなくて、ほかのことも大切にしてきたんだよ」と。

そこで主人公は一念発起し、やはり勉強一筋でやつてきた親友を巻き込んで、高校生活最後の夜にいままで勉強の犠牲にしてきたことを全部やらう、卒業生の乱痴気パーティに参加しやう、ともちかけるのだつた。

ここまで見て、「なんか違ふな」と思つた。
主人公が、ほかのこと、高校生だつたらしたいやうな楽しいことをすべてあきらめて或は犠牲にして勉強してきた、といふのがなんだかひつかかつた。
そんなの、自業自得ぢやん。
好きでやつてたんぢやなかつたの?

親友の方はどうやら「高校生らしい楽しみ」にはそれほど興味はないらしく、ほかの生徒が遊んでゐてかつ一流大学に行くことについてもそんなに感慨はないし、別段パーティに行きたいとも思はない。
でも、大の親友の主人公の頼みだから、そこは行動を共にすることになる。

もし、主人公がいはゆる高校生らしい楽しみや遊びに興味がなく、遊んできたと自分は思つてゐる生徒たちが名の知れた大学に進学するといふ話を聞いても全然動じなかつたら、物語にならない。
つまらない映画になつてしまふ。

でもなー、別にいいぢやん、勉強三昧の高校生活だつて。
そもそも主人公には確たる将来の夢があるんだしさ。
それに邁進するつて、それだつてすばらしいことだと思ふんだがなあ。
なんか、結局、勉強だけつてつまらないよね、みたようなさ。
「だけ」はよくないのかもしれないけれど、でも、勉強楽しいぢやん、みたやうなさ。
それは親友の方が引き受けてくれてゐるのかもしれないけれども。

主人公は、高校生らしく遊んでゐる同学年の生徒たちを見下すやうにして勉強してきた。
それは自己評価が低いからといふ面もある。
この映画は、自己肯定感や自分らしくあることを描いたものでもある。
最近はさういふ映画が多いよね。

終はり方もきれいだし、かういふ映画だとわかつた上でもう一度見たらまた評価も変はるかな。

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Thursday, 10 September 2020

久々に出勤

久しぶりに出勤する。
10時出社を目指したところ、公共交通機関はなにもなにも混んでゐる。
五十日といふこともあるかもしれないが、「ああ、みんな通勤してるんだな」といつたところ。
しかし駅を降りて職場に向かふ途中、某大企業の建物に入つていく人はひとりだけだつた。
あとでもうひとり、コーヒーを買つて戻るといつた風情の人がゐたくらゐだ。
以前はこの時間帯にこの建物に入つていく人がたくさんゐた。
きつと、ほとんどの社員は在宅勤務になつてゐるんだらう。
或は契約社員はクビになつてしまつたのかもしれない。

今後出勤するやうになるとしたら、いつたい何時に着くやうに出勤すればいいだらう。
会社からは電車やバスが混雑する時間帯は避けるやうにと云はれてゐる。
今日の感じだと10時出社はダメといふことだ。
しかし、これ以上遅くすると帰りの時間が遅くなる。
そして生活のリズムがくづれる。
それは避けたい。
それに、帰宅の時間が遅くなつたとして、それはまだ混んでゐる時間帯なのではないかといふ気もする。

では反対に早く出勤すればいいだらうか。
これはやつてみないとわからない。
ただ、新型コロナウィルスが流行する以前のことを考へると、早い時間は早い時間で混んでゐた。
早い時間帯には電車の本数も少なく、時に車両編成も短いからだ。
朝早く行けばその分早く帰れるわけで(職場の人と時間が合はないかもしれないといふ問題はあるが)、帰りは比較的電車も空いてゐるものと思はれるのだが。

いづれにしてもうまくいかない。
もう通勤するといふ考へを捨てた方がいいのぢやあるまいか。
さうしたら使つてゐる路線が運転見合はせ中だどうしやうだとか、何時に着かなければならないのに電車が遅れてゐるだとか、さうしたことを気にしなくて済む。
明日は朝から会議だから時間に余裕をもつて出勤しなければ、そのためには何時に家を出ないといけないから、何時には起きないといけない、それには何時には寝ないと……などと考へなくてもいい。
とにかく、電車情報を気にしなくていいといふのがこんなに楽なことだとは思はなかつたよなあ。

ちなみに今日は職場で周囲の人はみな在宅勤務か休みを取つてゐるといふことを確認して出勤することにした。
周囲に人がゐないといふのも楽だ。
他人の目など気にしないにこしたことはないのだが、どうもさううまくいかない。

在宅勤務は自分にはとても向いてゐるのだけれども、今後どうなるのかなあ。
無論、新型コロナウィルス感染については早く収束してくれたらと願つてやまないが、その後も在宅勤務ができるやうになつてゐるといいのにと、こちらも願つてやまない。

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Wednesday, 09 September 2020

苦手な歯みがき粉

子どものころ、歯みがきが嫌ひだつた。
歯みがき粉が好きになれなかつたからだ。

子ども用の歯みがき粉にはくだものの味がついてゐた。
イチゴ味やバナナ味などがあつたと思ふ。
これがどうにもイヤな味でね。
当時はイチゴもバナナも好きではなかつたし、いまでもバナナは食べられない。
だが、歯みがき粉の味はそのイチゴとバナナとも違ふ。
色だけは桃色だつたり黄色だつたりするけれど、そして匂ひはどことなくくだものに似せてゐるけれど、味はまるで別物だつた。
そして好きになれなかつた。

小学校に上がつたころだらうか、大人とおなじ歯みがき粉を使ふやうになつた。
これも苦手だつた。
なんだか、刺激が強いからだ。
ミント味の食べ物も苦手だつた。
いまもミントチョコレートはあまり好きではない。
どことなく薬臭いからだらう。

いつしか錠剤型のラムネなどは食べられるやうになつて、いまではFRISKも常時持ち歩いてゐる。
さうなると、歯みがき粉も悪くないと思ふやうになる。
いまでは朝起きると即歯をみがく。
風邪や流感にかからなくなると聞いたからだ。
実際のところ、朝起きて即歯をみがくやうになつてから風邪も引いたしインフルエンザにもかかつた。
でも続けてゐる。
しないよりマシだと思つてゐるからだ。

夜は湯舟の中でみがく。
口腔があたたまつてゐるときの方が効果があると聞いたからだ。

そんなわけで子どものころはあまり歯みがきに熱心ではなかつたけれど、歯医者にはそれほどお世話になつてゐない。
多分、小学校のときの歯医者通ひは片手で足りるくらゐだつたのではないかと思ふ。
近所に歯医者がなくてバスに乗つて行く必要があり、バスに乗ることなど滅多になかつたので、おそらくこの記憶は正しい。
中学のときは一度も行かなかつたし、高校の時は飛行機に乗るといふので診てもらつたくらゐだ。
大人になつてからもそんな感じで、ほんとは定期的に検診に行つた方がいいと思つてはゐるものの、行けてゐない。

これも歯みがきに熱心になれない理由のひとつなんだらうな。
このCOVID-19騒ぎがおさまつたあかつきには歯医者に行きたいと思つてゐる。
つまりはまだ行く気がないといふことか。

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Friday, 04 September 2020

長居できない

外出して長居できるところがなくなつてしまつた。
たとへば図書館だ。
地元の図書館では長居を禁じてゐる。
おそらくどこの図書館でもさうだらう。
図書館でぼんやり棚を眺めて、「こんな本があるんだ」「あんな本もか」「この棚の並びはおもしろいな」とか考へるともなく考へる。
来るまでは存在も知らなかつた本に出会つて、しばし座つて眺める。
借りたいと思へば借りればいいし、ほしいと思つたら本屋に行けばいい。もう店頭になささうな本ならWeb検索するといふ手もある。
時間も決めずにただただ図書館にゐつづける。
さういふことができなくなつてしまつた。

もしかしたらできるのかもしれない。
図書館員はそこまで気にしてゐないかもしれない。
でも図書館側がさうするなと云つてゐるのだ。
それに従はない理由はない。
あるとしたら、「自分はずつとここにゐたいから」といふわがままだけだ。

喫茶店もさうだ。
喫茶店でコーヒーを頼み、図書館で借りてきたばかりの本や読みさしの本を読む。
読みながら気になつたことは書き付ける。
ときには考へる方に夢中になつて読書がおろそかになることもある。
時間は気にしない。
気にするとしたら店の混み具合くらゐで、それすら気にする必要がない場合もないわけぢやない。

これができなくなつてしまつた。
図書館のそばにあるお気に入りの喫茶店では長居をやめてほしいと云つてゐる。
COVID-19対策としては、至極当然のことかと思ふ。

これがいはゆる「新たな生活様式(なんかもつといい日本語はないものかと思ふが、これが "New Normal" をさすのだらう)」のひとつなんだらう。
どこに行つても長居はしない。
するとしたら自宅か職場か学校か。

職場や学校には何時間でもゐてもいいのに、図書館や喫茶店ではいけないだなんて、なんだか納得がいかないが。
不特定多数の人間が立ち寄るところだから仕方がないのだらう。
職場や学校ならば誰かが感染すれば周囲にほかの誰がゐたかはだいたいわかるのだらうし。

出かけるのはそんなに好きではない。
だからなんとかなつてゐるけれども。
出かけずにはゐられない人にはほんたうに住みにくい世の中なのだらうなあ。
と、あそこでもここでも長居できなくなつて思ふ。

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Thursday, 03 September 2020

New Normalの世の中で

手帳になにを書き込むか。
New Normalな世の中、予定はほとんどないかもしれない。
在宅勤務の日々でもオンライン会議の予定はあるだらう。
この日だけは出勤しなければならないといふこともあるかもしれない。
さう考へると手帳にはなにかしら書くことがあるといふことだ。

ところで現在のところやつがれにはほとんど予定がない。
オンライン会議も月に一度ある程度だ。
〆切のある仕事もいまのところない。
自分でやると決めたことを細々とつづけてゐる。
そんな感じだ。

それで手帳になにか書くことがあるのか。
どうやらあるらしい。
先月の、特に後半は暑くてほとんど書けなかつたが。
といふのも、書いてゐて手に汗をかき、紙に皺がよるからだ。
しめつた紙に書くとインキもにぢむしね。
ティッシュペーパーを敷いてみたりもするけれど、書いてゐて気分のいいものではない。

一度書かなくなると、書き方を忘れてしまふ。
それまで書きつけてゐたことはなんだつたのだらう。
なにを書けばいいのか。
さつぱりわからなくなる。
書きつけていくうちに思ひだすんだけどね。

そんなわけで、なにを書いたものか悩みつつ、それでも日々書くことといふのはあるわけで、どうしても手帳は手放せない。
実はもう来年用のRollbahnも買つてしまつた。
Bullet Journalにしてゐるので、毎日Daily Logをつける。
日付と天気、その日使つたカバンとその日引いたタロットカード。
その日のタスクとあればその日の予定。
ニュースを見て気になることがあれば書く。
思ふことがあればそれも書き記す。
それが日々たまつていく。

もともと、手帳には予定といふよりは実績を書き込むタイプだったから、といふのもあるかな。
こんなご時世でも手帳は必要だ。
必要といふか、あるのがあたりまへのもの。

暑くて書けずにゐたことも、そのうちまた書くだらう。
なにしろ暑いと書くことだけでなく、そのほか何もする気がなくなつてしまふ。
早く涼しくなるといいのだが、最近は夏のあとはすぐ冬、みたやうな感じだからなあ。
秋が来ないものかと心待ちにしてゐる。

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Wednesday, 02 September 2020

銀英伝第二巻が読めない

『銀河英雄伝説(以下、銀英伝)』を読み返してゐる。
と書きたいところだが、実はまだ一巻しか読んでゐない。
マルジナリアでつかまえて』を読んだところだから索引を作りつつツッコミを入れつつ読んでゐる、とは以前も書いたとほりだ。

なぜ読めないのか。
二巻はいろいろあるからだ。
あんまり書くとネタバレになるので書けないが、つまりはさういふことだ。
銀英伝のまんが化アニメ化舞台化の際、まづは二巻までを対象にすることがある。
二巻まででなんとなく一区切りになつてゐるからだらう。
銀英伝一巻の徳間ノベルズの初版には「一巻」と書かれてゐなかつたといふのは有名な話だ。
我が家の『創竜伝』の講談社ノベルズにも「一巻」といふ表記がない。
人気がなかつたら続かない予定だつたのだらう。
さらに、最近TLを見てゐたら「銀英伝は二巻打切りの可能性もあつた」みたやうなつぶやきが流れてきてゐた。
事の真相は知らず、さういふこともあつたらうと思ふのは「一巻」の表記がなかつたりするせゐだ。

ことほど左様に銀英伝の二巻にはいろいろあるのだつた。
そろそろNHK Eテレで放映されてゐるノイエ銀英伝もクライマックスを迎へる。
そこで一旦「ネタバレ」してもいいのかなといふ気もしないではない。
ほんたうは来週の23話を見る前に二巻を読みきるつもりでゐたんだがなあ。

だいたいのところはもうわかつてゐるわけだし、読み返せばいいぢやん、と自分でも思ふ。
また、こんなに逡巡してゐながら、きつと自分は淡々と索引を作りながらツッコミを入れつつ読むんだらうな、といふこともわかつてゐる。

まだ放映まで五日ほどある。
そのあひだに読み返すかな。
ほかに読みたい本もあるからさう進まないやうな気もするけれど。

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Tuesday, 01 September 2020

8月の読書メーター

8月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:1043
ナイス数:27

心にとって時間とは何か (講談社現代新書)心にとって時間とは何か (講談社現代新書)感想
時間はないとかいう説もあるし、もうここは哲学しかないのかと思って読んでみたけれど、むつかしかった。全八章、一章と五章、二章と六章というように対になっている。「自殺」の「ある意味未来の自分を殺してしまうという他殺」というのはちょっと「今宵ヴァンパイアになる前に」にあった「変容の経験」みたようなものかな。あと「責任」と「因果」が興味深かった。「ルパン三世カリオストロの城」をあまり評価しないのは、あれはルパン三世である必要がないからだ。まさに「因果」で書かれている通り。ただ、時間についてわかったかというと悩む。
読了日:08月02日 著者:青山拓央
マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻感想
本に何か書き込むのが苦手だ。そのはずがKindleで線を引きメモを残すようになって変わった。読んでみると著者も以前は本に何か書き込むなどとんでもないという人だということだった。口絵の写真がまたおもしろく、石井桃子が自らの翻訳書を何かに取り憑かれたように修正している様子にはちょっと背筋の寒くなるし、夏目漱石のモーパッサン評には笑う。著者による「文学論」や「文字禍」への書き込みも興味深い。本に索引がないと嘆くなら自分で作ればいいというのもちょっと新鮮だった。しない気がするけど。
読了日:08月09日 著者:山本貴光
泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部 (文春文庫)泣き虫弱虫諸葛孔明 第伍部 (文春文庫)感想
結局宇宙とはなんなのだろうか。孔明と宇宙の話ができた馬謖の末路はアレだし、最初は宇宙がわかりそうだった姜維にも実はわかっていなかったらしい。殷周は不明だけど春秋戦国のあと秦が足がかりを作って漢、その後も分裂してて隋が足がかりを作って唐、その後も分裂して、というのはよく思っていたことだけれど、それとはまた別な気がする。冒頭に「兵」のことがよくわからないとある。一兵卒のことだろう。そして孔明は必ず余力のあるうちに撤退を決する。それが宇宙の意思なのだろうか。『詩歌三国志』の影響が大きいラスト。
読了日:08月17日 著者:酒見 賢一
銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)銀河英雄伝説 1 黎明編 (創元SF文庫)感想
再読。この本を人に勧めるにあたり、序章をとばして読むようにいう、というのがあるけれど、序章がダメな人は残りもダメな気がするんだけれどどうだろう。実際それで「布教」に成功した例があるのかな、もしかすると。毒舌家と皮肉屋しか出てこないのではないかと時に思うが、おとなしい人間が一番厄介なものを心の中にためこんでいるのかもしれないとも思う。キルヒアイスとかね。
読了日:08月18日 著者:田中 芳樹
Horrible Histories: Groovy Greeks (English Edition)Horrible Histories: Groovy Greeks (English Edition)感想
この本を元にした子供用テレビ番組「Horrible Histories」を勧められてあまりのおもしろさに読んでみた。子供の喜びそうな「先生も知らないネタ」とか「グロテスクなネタ」「下ネタ」が多い。古代ギリシャの歴史がざっくりわかっていれば英語の勉強にもいいかも。このシリーズ、英国史がメインでエジプト、ギリシャ、ローマ、インカ、アステカはあるようなんだけれど、中国があるかどうかがわからない。インドとかペルシャとかもか。そういうところ、ちょっとリン・ハントの「なぜ歴史を学ぶのか」を思い出しちゃうな。
読了日:08月27日 著者:Terry Deary

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