Friday, 10 August 2018

消費者にできること

「ダメ女たちの人生を変へた奇跡の料理教室」を読んだ。

著者キャスリーン・フリンは、三十六歳のときに渡仏してその後ル・コルドン・ブルーを卒業したといふ。
そんな著者がスーパーマーケットでインスタント食品の箱ばかりを買物かごに入れてゆく女の人を見かけたことから、世の料理が苦手といふ人に料理を教へたらどうなるだらうと考へて、料理教室を開くに至る。

教室は、まづ包丁の扱ひ方からはじまる。
食材を刻めるやうになると料理が楽しくなるからだ。
その後の教室ではオリーヴ・オイルや塩、チキンスープなどのテイスティングをしてほんもののおいしさ、ラベルを読むことの大切さなどを教へる。
また鶏をまるごと扱ふことで、食肉はもとは生きた動物であつたことや肉の感触などを学ばせる。
ドレッシングの作り方なども基本の油の量と酢の量さへ守れば好きなものを入れて好きな味・食材にあふ味が作れることを伝へる。

最初は自前の包丁にさへ自信のなかつた生徒たちが、次第に自信に満ち、積極的になつていくさまがおもしろい。

生徒は十人。二十代から六十代まで、生活環境も暮らし向きも異なる女の人たちだ。
教室のはじまる前に、著者は一人一人の家を訪れて台所のやうすや冷蔵庫の中身を確認し、手料理をふるまつてもらふ。
そして教室が終はつて数ヶ月たつたころ、また訪問してゐる。

最初の訪問でわかることは、食生活はそれまでの各人の生ひ立ちや環境が反映したものだといふことだ。
マクドナルドが好きなのは、父とその再婚相手と暮らしてゐたこどものころ実母につれて行つてもらつて食べたものだから、とか。
サルモネラ菌が怖いから肉を焼きすぎてしまひ、いつも黒こげになつてしまふ、とか。
親や夫にバカにされてから包丁を持つのがイヤになつてしまつた、とか。

生徒の何人かに共通してゐる点は、「料理が怖い」といふことだ。
失敗するのが怖い。
理由はわからないが怖い。

著者は、「料理を失敗してもいいぢやない」といふ。
一度の料理を失敗したところで、どうつてことはない。
そしてそれは生徒たちにも浸透していく。

教室終了後、食生活の変はつた生徒の多さに驚く。
食生活はなかなか変へられないものだ。
実際、著者はFacebookでさういふメッセージをもらつて、送つてきた相手をアンフレンドしたと書いてゐる。
これまでの生ひ立ちや環境によつていまの食生活にたどりついたのだとしたら、確かに変へるのはむつかしいだらう。

それが変はる。
生徒たちがこの教室で受けた衝撃のほどが知れる逸話だ。
それほど変はらなかつた人も、考へ方は変はつてゐたやうに見受けられた。
ちよつとおそろしいほどの影響力だと思ふ。

やつがれがおもしろいと思つたのは、食品のラベルを読み内容物を知り、それをもとに購買していけば、消費者が世界を変へていける、といふ点だ。

本の中にケーキミックスの話が出てくる。
最初のケーキミックスは、ほんたうにかんたんにで、中の粉のほかには水を混ぜるだけ、みたやうな状態だつたといふ。
だが、消費者には受け入れられなかつた。
あまりにかんたんすぎて「料理をしてゐる」「ケーキを作つてゐる」といふ感覚に乏しかつたからだと判断した企業は、卵や牛乳など、ケーキミックスに混ぜ合はせるものを増やしたのだといふ。
結果、ケーキミックスを使つたときと使はなかつたときとでかかる時間はあまり変はらなくなつたけれど、ケーキミックスは売れるやうになつた、といふのだ。

店の棚に並んでゐる食品は、企業が売らうとして作つたものだ。
必ずしも消費者が「これがほしい」といつたものが並んでゐるわけではない。
消費者にできることは、その中から自分たちの健康や生活に適した商品を選ぶこと、それにはそれぞれの商品になにがどれくらゐ入つてゐるのか一々ラベルなどで確認すること、場合によつては店員などに訊くことだ、といふ。
そして、消費者にとつてよいものを買ふ。
企業も売れないものは作らないので、結果として消費者の得になる商品が出回るやうになる。

ラベルを読むのはめんどくさい。
安くて味がまあ許容範囲なら、それでいいぢやあないか。
さういふ向きもあらうし、やつがれもさう考へる方だ。
しかし、消費者がちやんと考へて行動しないとなにも変はらない。
反対に、自分にとつてよいものを選んで買ふやうになれば、それで世界は変へられる。

これつて、民主主義の世界とおなじことだよなあ。
人間一人一人がきちんと考へて行動しないと、ろくな世の中にはならない。
めんどくさがつてすべて任せてゐると、いつのまにか独裁主義政権のもとにゐることになる。

問題は、どうやつたらめんどくさがらずに暮らせるか、といふことだなあ。

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Thursday, 02 August 2018

7月の読書メーター

7月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1706
ナイス数:21

易経〈上〉 (岩波文庫)易経〈上〉 (岩波文庫)感想
米光一成の「思考ツールとしてのタロット」に「コレスポンデンス」という考え方が出て来る。易経もコレスポンデンスでできているのだなあと思いながら読む。なんだか楽しい。
読了日:07月02日 著者:
易経〈下〉 (岩波文庫 青 201-2)易経〈下〉 (岩波文庫 青 201-2)感想
年を取ると新しいことに出会った時にそれまでの自分の経験と照らし合わせて似たものを引っ張り出してきて「これのようなものだ」と思うようになるという。そこで終わるのではなくて、過去に出会った似たようなもの(と自分が思うもの)と新しいものとを衝撃させて新たな視点新たなものの見方を身につければそれもまたそんなに悪いことではないのではないか。易もまたそうして読み解いていくとよいのではないか。そんな風に今回は読んだ。
読了日:07月05日 著者:
知的生産の技術 (岩波新書)知的生産の技術 (岩波新書)感想
生産に目が向いていた今までに比べて、「どうせ自分は生産なんかしないんだし、だったら紙の整理だろう」ともっと前に気づきたかったよ。いまさら遅いよ。多分、そういうシステムを取り入れたらこどもが小学校からもらってくるプリントもうまいこと処理できるようになるんじゃないかと思うのだが甘いかな。
読了日:07月06日 著者:梅棹 忠夫
その情報,本当ですか?――ネット時代のニュースの読み解き方 (岩波ジュニア新書)その情報,本当ですか?――ネット時代のニュースの読み解き方 (岩波ジュニア新書)感想
ここ数年NHKの午後九時のニュースを見るとトップニュースにがっかりする。「これがトップ?」と思う。そういう状況であることは中にいるとわからないのかもしれない。でも、そういうニュース番組を作っている放送局の人間であることを前面に出して「本当の事実」などと云われると眉につばをつけたくなってしまう。どうやったら本当の事実にたどりつけるかという話はほとんどないので肩透かし。最後にかろうじて「国会図書館」が出てくるが、この本の対象読者には向かない内容かと思う。
読了日:07月16日 著者:塚田 祐之
The Prodigal Tongue: The Love-Hate Relationship Between American and British EnglishThe Prodigal Tongue: The Love-Hate Relationship Between American and British English感想
人類皆平等(という建前)の国と階級社会の国との違いという話がおもしろかった。米語と英語とはスペイン語とポルトガル語ほど変わらないわけ、とかも。「英語でしゃべらナイト」でもいっていたいわゆる「グローバル・イングリッシュ」には米国人や英国人は関わらない方がいい、とかね。外国語で話す体験に乏しいから、というのが理由のひとつだった。なるほどねえ。
読了日:07月19日 著者:Lynne Murphy
植草甚一の勉強植草甚一の勉強感想
植草甚一の全著作を出版順に取り上げている。関東大震災から植草甚一は変わったという旨のことを述べていて、それとは別の話として植草甚一は政治に興味がなかったとか無知だったとかある。だったら市川猿之助の松竹離脱の記事をあんなに丹念にスクラップしていないだろうと思うのだが、澤瀉屋の事件は震災の前だったか。読み返したくなる本もあるけれど、大半は学校に通っている時分に図書館で借りた本で手元にはない。入手できそうな本を探してみるかな。
読了日:07月27日 著者:大谷 能生

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Sunday, 01 July 2018

6月の読書メーター

6月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:1802
ナイス数:22

ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎篇 ケンブリッジ 1939年 (講談社学術文庫)ウィトゲンシュタインの講義 数学の基礎篇 ケンブリッジ 1939年 (講談社学術文庫)感想
講義を受けた人のうち主に四人のノートから再現した講義録というが、もとのノートはどんな感じだったのか気になる。知らなければ講義の録音から起こした記録なのではないかと思っても不思議ではない書きっぷりだと思う。なにを云っているのかわからないところだらけなのだが、ヴィトゲンシュタインと学生とのやりとりはおもしろそうな話をしているという雰囲気に満ちていて、それで読めてしまう。「きみには哲学をする資格はない」と云われてしまう部類の人間でも、本を読むくらいならいいんじゃないかと云いわけをしてみる。
読了日:06月01日 著者:
話術 (新潮文庫)話術 (新潮文庫)感想
店員がわきまえておくべきことって、そりゃ正しいかもしれないけど、ムリなんじゃないか知らんと思ってしまうあたりが話術がダメな理由なんだろうか。こどもに聞かせる物語に関するあれこれや「日本人はかくあるべし」という説にはちょっと考え込んでしまうけれど、若い頃に聞いた噺家の評は楽しく、かなりうらやましい。お能の謡の逸話にもあるけれど、それがわかるってことは、話術に長けているということでもあろうし。
読了日:06月06日 著者:徳川 夢声
時間 (講談社文芸文庫)時間 (講談社文芸文庫)感想
昔のことばかり考えている自分はうしろ向きな人間なのではないかと不安に思うのだが、この本を読んでいるとそんなことはない気がしてくる。相変わらずなにを云っているのかよくわからないけれど、そこんとこは間違っていないんじゃないかと思っている。
読了日:06月11日 著者:吉田 健一
Why We Sleep: The New Science of Sleep and DreamsWhy We Sleep: The New Science of Sleep and Dreams感想
「水滸伝」を読んだ時に眠らせない拷問が出てきて「なんて恐ろしいことだろう」と思ったことを思い出す。「もっと睡眠を大事にしなければ」と思う反面、眠りすぎた場合のことについてはあまり書かれていないのがちょっと不満かな。
読了日:06月24日 著者:Matthew Walker
易の話 (講談社学術文庫)易の話 (講談社学術文庫)感想
「易経」でなんかもやっとわからないことがあると読む。いつもはぱらぱらそうやって読むのだが、今回は久しぶりに通読。読んでわかった気になっちゃうのがいかんなあ。ちょっと吉田健一の「時間」を思い出した。変易の時間感覚と似ている気がする。
読了日:06月28日 著者:金谷 治

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Friday, 01 June 2018

5月の読書メーター

5月の読書メーター
読んだ本の数:7
読んだページ数:1866
ナイス数:39

脇役本 増補文庫版 (ちくま文庫)脇役本 増補文庫版 (ちくま文庫)感想
好きとはどういうことなのか、時折考える。この本は「好きとはこういうことさ」という一つの答えになっているように思う。好きなことを公にするとそのことに関する情報やものが集まる。そうしてさらに内容が膨らんだ結果がこの本なのではあるまいか、と。読んでいたり持っていたりする本が何冊かあるのは歌舞伎役者も取り上げられているためだろう。こんな作者でも「圧倒された」という本があるというのもすごい。世の中なんでも上には上があるということか。
読了日:05月06日 著者:〓田 研吾
超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義 (KS科学一般書)超ひも理論をパパに習ってみた 天才物理学者・浪速阪教授の70分講義 (KS科学一般書)感想
異次元の気持ちはさっぱりわからなかったが、「なにかとてもおもしろい話をしている」という雰囲気は伝わってきたのでまったく理解しないまま読んでしまった。全然わからないけれどなにか楽しい話をしている感じって、好きなんだよな。円周と球の表面積の話はちょっと「そーゆーことだったのか!」だった、かな。
読了日:05月07日 著者:橋本 幸士
元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで(上) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)感想
化学的な知識がなくてもおもしろい。文学とか芸術とか歴史とか、そういう方面の知識があった方がおもしろい本なのかもしれない。読んでいて、理科の実験のことを思い出した。教師から得体の知れない液体の入ったビーカーを渡されて、どんな元素が入っているのか同定するという実験だった。教師は思うような水溶液が作れなかったらしく、時間も足りなくてほとんどなにが入っていたのかわからなかった。この本を読んだいま、あの実験を再現できたらと狂おしく思う。
読了日:05月11日 著者:ヒュー オールダシー=ウィリアムズ
MacbethMacbeth感想
悲劇とは、不幸や悲惨な出来事を題材とし、最後は絶望や破滅で終わる演劇のことだという。この芝居は、主人公の破滅で終わるけれど、それでは主人公の不幸や悲惨な出来事とはなんだったのだろう。眠りを殺したことか。予言を聞いてしまったことか。野心を抱いて王を殺したことだとすると陳腐に過ぎる。読んでいて「マクベス殺人事件」を思い出した。そうか、罪を着せられたこと? というのはもちろん冗談。
読了日:05月16日 著者:William Shakespeare
外国語を身につけるための日本語レッスン外国語を身につけるための日本語レッスン感想
なぜ外国語を習得できないのかと考えるとこの本に書いてあることにたどりつくのだが、では果たして好きなことに対して逐一「なぜならこうこうこうだからです」だとか考えなければならないことに慣れることができるだろうかと思うと到底無理な気がする。あと、ここに書いてあるようなものの書き方をすると、AIに理解しやすいような文章になるのではという危惧はある。
読了日:05月20日 著者:三森 ゆりか
元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)元素をめぐる美と驚き──アステカの黄金からゴッホの絵具まで(下) (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)感想
上巻よりも化学的な内容は控えめで芸術や文学に言及する度合いが増えてるように感じながらも上巻より読みづらく感じたのはなぜだろう。上巻下巻とも巻末に周期表が掲載されていて、折に触れ見返しながら読んだ。願わくば周期表には希ガスとかアルカリ土類とかかわるように色つけか網掛けがほしかったなあ。
読了日:05月24日 著者:ヒュー オールダシー=ウィリアムズ
短歌と俳句の五十番勝負短歌と俳句の五十番勝負感想
作者の生い立ち等と作品とは別と思っているので、ことあるごとに自身の背景を語る堀本裕樹は苦手と思っていたけれど、五十首・五十句続けて読むと、やはり写実の方が強いのかなあという気がしてくる。穂村弘の歌の世界の方が好きだけど、続けて読んでいるとどうしても「これ、なんとなく前のと似てる」という気がしてくるのだった。似ていて悪いわけではないか。
読了日:05月25日 著者:穂村 弘,堀本 裕樹

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Tuesday, 01 May 2018

4月の読書メーター

4月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1429
ナイス数:16

Weaponized Lies: How to Think Critically in the Post-Truth EraWeaponized Lies: How to Think Critically in the Post-Truth Era感想
グラフを見るときは目盛りに気をつけること、グラフに表示されていない部分についての憶測は避ける(予想はいいけど)など、具体例が多い。Webサイトなどの記事の信頼性はいいけど、マジシャンの云うことが正しいのか否かあたりにくると「そこまで考えなくても……」と思ってしまうのは、やはりcritical thinkingというものが基本的にはめんどくさいものだからだろう。
読了日:04月05日 著者:Daniel J. Levitin
編集兼発行人 (中公文庫)編集兼発行人 (中公文庫)感想
自分の知らぬ過去と自分とは思っているほど断絶しているわけではない。犬養毅は西郷隆盛と同時代人で、孫の犬養道子は祖父から西郷どんの噂を聞いたろう、ならば犬養道子にとって西郷どんは他人ではないという旨の文章を読むと、明治は遠い昔のことではない気がしてくる。先祖といえば、自分がいま一生懸命芝居だのなんだのを見ているのは見られなかった先祖のうらみを晴らしているのかもしれない、という考え方にはピンとくるものがある。芝居といえばこの本で「鳴神」を見たことがないとある。二世松緑が復活させる前に書かれたものだろう。
読了日:04月06日 著者:山本 夏彦
黒死館殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ 240)黒死館殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ 240)感想
そういや黄色いアレキサンドライトを見てみたいなあと思ったものだなあと思いつつ読み返す。緑だけど黄色味の強い石があるのだろうと思っている。赤というのも見たことがなくて、あれはどう見ても赤紫だと思うのだが、きっと赤味の強い石があるのだろう。という感じといったところか。
読了日:04月13日 著者:小栗 虫太郎
ネットカフェ難民―ドキュメント「最底辺生活」 (幻冬舎新書)ネットカフェ難民―ドキュメント「最底辺生活」 (幻冬舎新書)感想
やむにやまれぬ理由などなくネットカフェ難民になった著者による体験記。一度労働による収入を得てしまうとそれが途切れそうになったときに情緒不安定になる、とあって、それなら最初から収入などなければ不安など覚えぬのかというとそうでもないんだろうなあと思う。著者には帰れるところがあったからいいけれど、やむにやまれずネットカフェ難民になるということは如何なものだろうか。この本の出版から10年以上たつ。現状はどうなっているのだろう。
読了日:04月13日 著者:川崎 昌平
Frankenstein (AmazonClassics Edition)Frankenstein (AmazonClassics Edition)感想
陳腐な感想と思いつつ、いまだったらAIなんだろうなと思ってしまう。原作を読むと不思議とボリス・カーロフの印象は薄れて、なにかもっと原型的なものを想像してしまう。こどものころは怖いと思っていたけれど今回読んでみてそうでもなかった。外国語で読むと合理的な判断力が働くらしいから、そういうことなのかもしれない。
読了日:04月24日 著者:Mary Shelley
The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde (English Edition)The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde (English Edition)感想
「フランケンシュタイン」を読んで、手紙ものといえばと思いついて読んでみた。読んでみたら結構好きな文体だった。これは収穫。善と悪とに引き裂かれた結果、善の方に決断力がなくなる、という話があったように思っていたけれど、あれは「スタートレック」だったかなぁ。
読了日:04月30日 著者:Robert Louis Stevenson

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Sunday, 01 April 2018

3月の読書メーター

3月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:1758
ナイス数:28

新釈漢文大系 120 史記(列伝七)十四新釈漢文大系 120 史記(列伝七)十四感想
最終巻ということで列伝用の索引がついていて、これを読んでいるだけでも面白い。讃を読みながら思い出せない話が多いことに落ち込みつつ、「忘れたらまた読めばいいし」と思うことにする。
貨殖列伝はしかしそんなに司馬遷の意図を慮らねばならない内容なんだろうか。素直に「お金儲けした人にも素晴らしい人もいる」じゃダメなのかな。ダメなのか。
読了日:03月11日 著者:青木 五郎
Thinking, Fast and SlowThinking, Fast and Slow感想
最近「反射的にものごとをこなすのではなくよく考えて行動しよう」という趣旨の記事を読んだ。この本を読むと、本能的反射的なSystem 1をそんなに忌避しなくてもいいんじゃないかという気がしてくる。どうせ無理なんだし。
今年に入ってから読んだ認知心理学の本三冊すべてに引用されている本なので読んでみた。ほんとはこれを先に読むとよかったんだな。一度では覚えきれないので、機会があったら再読するつもり。
読了日:03月15日 著者:Daniel Kahneman
科挙―中国の試験地獄 (中公文庫BIBLIO)科挙―中国の試験地獄 (中公文庫BIBLIO)感想
才能があってとにかく努力して、結果を分かつのは最終的には人柄になってしまうというのはなんとなくわかる気がする。もうそこしか頼る場所がないからだ。その割には世の中よくならないのは、いい人がいい政治をするとは限らない、いい人がたくさん集まってもいいことは起こらないということなのだろうか。あるいは個人の栄達は必ずしも国家の繁栄にはつながらないということか。科挙導入の理由やその科挙のもたらしたものごとが書かれているのがいい。昔新書を読んだんだけど、それとは別ものなの? 新書も読むしか?
読了日:03月19日 著者:宮崎 市定
AI vs. 教科書が読めない子どもたちAI vs. 教科書が読めない子どもたち感想
読解力の方に興味を惹かれて読んだ。未来も心配だけれど、いま現実に目の前にいるマニュアルを理解できない社員や顧客とはどう付き合っていけばいいのだろうか。と悩むほど自分が読めているという感覚はこの本を読んだいまとなってはない。「マニュアル人間」っていうけど、読めてるだけいいんじゃない、という気にすらなる。マニュアルの外のことを読めてはじめて「読解力がある」というのだろうけれど。
読了日:03月24日 著者:新井 紀子
義太夫を聴こう義太夫を聴こう感想
「浄瑠璃を読もう」でも思ったことに、「詞章って大事」ということがある。とくに義太夫はそうなんじゃないかという気がする。義太夫を聞いて帰る道すがら、覚えた文句を口にしたくなる、それは義太夫が歌だから、という趣旨のことが書かれていて、「詞章より音楽なのでは?」という向きもあろうが、でもそれなら三味線の手を再現したい(「ツツテン」とか)と思うかというと、そうでもない。「山の段(歌舞伎だから「吉野川」か)」に挫折した話はおもしろい。人は寝てお浄瑠璃を覚えるのかもしれない。
読了日:03月27日 著者:橋本 治

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Thursday, 01 March 2018

2月の読書メーター

2月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:2106
ナイス数:23

こころこころ感想
「マウンティングの書」と話題になっていたので高校のとき以来の再読をしてみたが、全然覚えていないことに愕然としつつも大変おもしろく読めた。小説や物語を読むことの効用の一つに「自分ではない人間の気持ち・立場を理解することができること」があるという。おそらく「先生」が激しい衝撃を受けたであろう場面でそうと知りつつその衝撃を想像することができなかったことにちょっと落ち込んだ。高校のときの「Kには落ち度はなかったのか」という教師の問いが忘れられない。
読了日:02月07日 著者:夏目 漱石
ドッキリチャンネル (I)  森茉莉全集第6巻ドッキリチャンネル (I) 森茉莉全集第6巻感想
大好きというわりには三週に一度しか見ていないTV番組があったり結構見逃していたりするのがおもしろい。そして思い込みが激しいせいか「それは間違いなのでは」と思うこともある。なにもかも正確でないと気のすまない人には勧められないが、この魅力には如何とも抗しがたいものがある。誰か「この番組はこれ」とか「ここに書かれている映画はこの映画」とか注釈をつけて出版しなおしてくれないかなぁ。
読了日:02月10日 著者:森 茉莉
The Knowledge Illusion: The myth of individual thought and the power of collective wisdom (English Edition)The Knowledge Illusion: The myth of individual thought and the power of collective wisdom (English Edition)感想
人は誰しも自分が思っているよりものを知らないという。実際には自身で知識を保有しているのではなく、自分の所属する共同体や最近ではインターネットなどにある知識や情報を自分は保持していると思い込んでいる。最後に筆者の一人のこども二名の話が出てくる。片方は自分の知らないことを(わりと)わきまえている子、もう片方は自分が無知なことに気づいていない(と思われる)子。どちらがよりよいかというと、どちらもよいのだ、という。救われるようなそうでもないような。
読了日:02月15日 著者:Steven Sloman,Philip Fernbach
浄瑠璃を読もう浄瑠璃を読もう感想
江戸時代の作品について「現代的」であると書いてとき、橋本治は「でも明治以降の人間がそれを歪めてしまった」と云いたいのではないかと邪推してしまう。「江戸時代人は大人だ」と書いているときは「でも明治以降の人間はそうじゃないよね」と云っているのではないかと思う。おそらくは「浄瑠璃は古臭いものとされてしまったけれど実は全然そんなことはないのだ」と云いたいのではないか。
読了日:02月21日 著者:橋本 治
The Reading Mind: A Cognitive Approach to Understanding How the Mind ReadsThe Reading Mind: A Cognitive Approach to Understanding How the Mind Reads感想
文章を読むとき、人はどのように内容を理解するのか。黙読するにしても単語の音が重要というのがまずおもしろい。ヨーロッパ各国の状況として、フィンランド・イタリア・スペインといった綴りと発音とがほぼ一定の言語の国ではフランスやイギリスに比べて小学一年生の段階では間違いなく音読できる子どもが多いが、小学四年生になるとその差がなくなるというのも興味深い。それにしても、書籍というものが手に入りにくかった時代・識字率の低かった時代はどうだったんだろうというのはこの手の本を読むといつも思うことではある。
読了日:02月27日 著者:Daniel T. Willingham

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Wednesday, 07 February 2018

「こころ」再読

夏目漱石の「こころ」はマウンティング小説だといふ記事を見かけた。
リンクはしない。
「夏目漱石 こころ マウンティング」でWeb検索をかければ出てくることと思ふ。

「こころ」は高校生のときに読んだ。
国語の教科書に一部が抜粋されてゐて、残りは各自読むやうにといふことになつてゐた。
親の「漱石全集」の「こころ」を手にした。

このとき授業で国語の教師が「Kには落ち度はないのか」といふ問ひを発した。
この問ひとその答へばかりが印象に残り、あとのことはよく覚えてゐない。
あー、でも同級生たちが「馬鹿だ。ぼくは馬鹿だ」とか云ひあつて遊んでたりはしたなあ。
教室には修学旅行のをりにだれかが買つてきたとおぼしきちいさな虎の置物の「小李徴(コリチヨウ)」もゐた。
いまはなにもかも懐かしい。

そんなわけで読み返してみるか、と思つたのだが、もしかしてこの「「こころ」の賞味期限は切れてゐる」「男同士のマウンティングを描いた小説である」といふインパクトの瞬間ヘッドの回転するやうな話つて、いはゆる「ステルス・マーケティング」といふアレなのではあるまいか、といふ疑念が脳裡をかすめた。

しかし、「こころ」である。
漱石だ。
いまさら「ステマ」とやらでもあるまい、といふので、青空文庫の「こころ」を読み返すことにした。

…………こんな話だつたつけか。
「先生」と「私」との出会ひはおぼろげながら記憶にあるものの、そのあとの「先生」の奥さんに会つたりだとかなんだとか、教科書に載つてゐなかつた部分は「えー、さうだつけかー」の連続だつた。
新鮮な気分で読めたともいへる。
さすがに「先生」の手記の部分はもうすこし記憶に残つてはゐたものの、前半はほとんど覚えてゐなかつた。
墓石に掘られた漢字が西洋人の名前にむりやりあてたもの、みたやうなどうでもいいことは覚えてゐたりする。
漱石、読み直してみるかなあ。

読んでゐて思つたのは、自分は「マウンティング」といふものがどういふものだが理解してゐないといふことだ。
「こころ」には「もしかして、かういふのが「マウントを取つてゐる」やうに見えるのかな」といふやうな部分もないわけぢやないけれど、なんだかよくわからないのだ。
さういへば、先日NHK教育の「ねほりんぱほりん」といふ番組でいはゆる腐女子のことをとりあつかつたときに、「腐女子のマウンティング合戦」とかいふ感想があつて、「え、どこらへんがさうだつたの?」とふしぎに思つたものだつた。

「こころ」がマウンティングを描いた小説なのかどうかなどわかるはずがないのだつた。

読んでゐてショックだつたのは、「先生」の覚えたであらう衝撃を覚えることができなかつたことだ。
「先生」は絶対この上ないほどの衝撃を受け、ほとんど立ち直れない状態になつただらうと思はれる場面があつた。
でもなぜかその実感が薄い。
「先生」の気持ちにならうとすればならうとするほど衝撃が遠のいてゆく。

物語や小説を読むことの効用として、「他人の気持ちがわかるやうになる」といふのがあるといふ。
そんなことを考へて本を読む人もなからうが、いはれてみれば、自分とは一切関はりのない人物たちのあれこれを描いた文章を読むことは、自分以外の人間の気持ちはともあれ事情や状況を理解しないことには読めないとは思ふ。

でもなあ、あのとき、自分はただの傍観者で、単に記録を淡々と読んでゐるだけ、といふやうな、むなしい気持ちになつてしまつたんだよなあ。
また日をあらためて読めばそんなこともないのかもしれないけれど。

「こころ」は全然覚えてゐなかつたし、読んでゐておもしろかつた。
これだけ覚えてゐないと、昔一度読んだきりの小説はみな新鮮におもしろく読めるのではあるまいかといふ気がしてくる。
新刊を読んでゐる場合ぢやあないのかもしれない。

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Friday, 02 February 2018

Kindle で読むと目が滑る

Kindle で本を読んでゐると、画面の上を目が滑る感じがする。

さういふ研究結果があるのださうだ。
Solitudeで知つた。
電子デヴァイスで文章を読む場合、アラームを切り通信を遮断してゐても、推測した結果を導き出したり理論的に考へたりする力が落ちるのらしい。
PCで文書を作成する際、必ず紙に印刷して誤変換や誤表記を確認しろ、といふのも、根拠のないことではないやうだ。

Kindle で読んだ和書は酒見賢一の「陋巷に在り」の数巻と、池波正太郎の「真田太平記」の数巻、山田風太郎、神林長平がそれぞれ数冊、あとは中島敦、芥川龍之介、坂口安吾が数点といつたところか。
過去に読んだことのあるものばかりだ。
Kindle でしか読んだことのない和書は「訓読みの話」くらゐだと思ふ。
紙の本で読んでゐたら「これはいい表現だなあ」「いきな云ひまはしだ」などと感じるだらうところも、Kindle で読んでゐるとするつととほりすぎてしまつてゐるのぢやあるまいか。
実は伏線がはられてゐたところを気づかずに読み進めてゐるのぢやあるまいか。
そんな気がしてならなかつた。

ところで、去年読んで一番おもしろかつた本は Nabokov's Favorite Word Is Mauve で、これは Kindle で読んだ。
また、「二都物語」は日中仕事をしてゐてもつづきを読むのが楽しみで仕方がなかつた小説で、これも Kindle で読んでゐた。
どちらもハイライトを引いた部分も多く、メモの打ちづらい Kindle であれこれ書き込んだ部分もある。

つまり、紙の本で読むときとそれほど遜色なく読めてゐたといふことではあるまいか。
Kindle で読んでもそれほど目の滑る感覚を覚えることなく読める本もあるといふことだ。

サンプルが少なすぎて断定はできないが、おそらく外国語の本を読んでゐるときにさういふ状態になるのだらうと思ふ。
外国語なのでよく読まないと理解ができない。
よく読んでも理解ができないともいへる。
それをできるだけ理解しやうと思つて読むので、電子デヴァイスで読んでもそれほど目が滑る感覚を覚えずに読めるのぢやああるまいか。
もしかしたらいまではさういふ研究結果もあるのかもしれない。

といふわけで、自分にとつては Kindle では洋書を読むのがいいといふことになる。
Kindle はもともとさういふ用途に向いてゐるといふ。
わからない単語を選択すれば辞書が意味を教へてくれるし、Word Wise といふ機能もある。

でも、できれば日本語の本も読みたい。
いま読んでゐる「ドッキリチャンネル」などは700ページを超える大部で、電書だったらもつとかるくてすむのに、と思つてしまふし、「陋巷に在り」とか「真田太平記」とかまだ読み終へてゐない物語もある。
なんとかして、洋書を読むときのやうな感覚を和書を読むときにも取り入れることができないだらうか。
日本語がわからない気分になつて読めばいいのかな。

今年の課題がいま見つかつた。

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Thursday, 01 February 2018

1月の読書メーター

1月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:1830
ナイス数:32

若手歌舞伎若手歌舞伎感想
昔の「演劇界」の劇評などを読むと「かくかくしかじかの所作はこの役の性根と違う」などという話が出てくる。自分が芝居を見るようになってからの劇評ではあまり見たことのない指摘で「最近の劇評家はそういう見方はしないのかなあ」と思っていた。どうやらそうではないらしいことがこの本の「跋」に述べられている。若手役者の評、近年上演された芝居の評が多く、読んでいて思い出しやすいところが大変いい。想定読書層もまちつと若い層を狙うとなおよかったかと思うが、若い層は劇評など読まないとの判断だろうか。
読了日:01月02日 著者:中村 達史
How To Think: A Guide for the PerplexedHow To Think: A Guide for the Perplexed感想
ヒトの脳は考えることを忌避するのだという。面倒だからだ。それでも考えようとする人は異端なのではないかなあ。「人間はひとりで考えることはできない」という話が書いてあるというので読んでみた。先にカーネマンを読んでおくべきだったかもしれない。
読了日:01月10日 著者:Alan Jacobs
あのころ、早稲田であのころ、早稲田で感想
「「日本のローザ・ルクセンブルク」と呼ばれた」と「ウテナさん祝電です」の著者紹介にあったことを鮮明に覚えている。この本にはそんな姿はまるで見えない。「戦後民主主義の中で育ってきた」とあるのを読むと、戦後民主主義というのは戦中以前のことはすべてダメだったとするだけでものの本質はそのころとまったく変わっていなかったのではないかという気がする。
読了日:01月11日 著者:中野 翠
慶應志木高校ライブ授業 漢文は本当につまらないのか(祥伝社新書)慶應志木高校ライブ授業 漢文は本当につまらないのか(祥伝社新書)感想
題名が惜しい。おもしろいと思う人もいればそうでない人もいるし、おもしろいものもあればそうでないものもあるというのが実のところなのではないかと思うからだ。生徒たちが段々白文を読めるようになっていく様がおもしろいと思った。こういう授業を受けられる人もいるんだな。うらやましい。
読了日:01月14日 著者:橋本陽介
統計学が最強の学問である統計学が最強の学問である感想
Excelを使ってちょっといろいろやってみようかな、と思った。内容とは関係ないけれど、紙質のせいでページがめくりづらくて難儀した。廉価にして大勢に読んでもらおうということなのだろうけれども。
読了日:01月17日 著者:西内 啓
精神の政治学 (中公文庫プレミアム)精神の政治学 (中公文庫プレミアム)感想
昨今スマートフォンの使用を控えネットに接続する時間を減らそう、そうすることで自分本来の時間を取り戻そうなどという説を目にするけれど、そんなことは、ほかのたいていのことがそうであるように、昔から云われていたんだな。
しかし、人間はその技術の進歩に見合った精神状態にあったことがあるのだろうか、とも思う。それと、この講演を聞きにきたのはどういう人で、どういう反応があったのかも気になるなあ。
読了日:01月20日 著者:ポール・ヴァレリー
史上最悪の英語政策—ウソだらけの「4技能」看板史上最悪の英語政策—ウソだらけの「4技能」看板感想
中高六年間といえど週に三〜五時間の授業では一年間で五.八日間にしかならない、という主張には「それじゃあできるようにはならないよね」とは思う。「英語、できるようになりたいけど、でも(英文法とかは)違うんだよね」という発言に違和感を覚えていたのだが、「そういうことだったのか」という指摘もある。
しかし、ことばのことを書き文章の書き方について云々しているわりには誤変換を超えた誤表記がある(普段そういうことにあまり気づかない質なのだが気がつくレヴェル)のが残念。
読了日:01月24日 著者:阿部公彦
朱子学と陽明学 (岩波新書 青版 C-28)朱子学と陽明学 (岩波新書 青版 C-28)感想
「暗闇仕留人」でナックル星人……ぢやなくて成瀬昌彦が「論語集注」を読んでいるのを見て気になっていた朱子学。基本書として勧められて読んでみたが、学校の世界史でやった「宋 朱子学 性即理」「明 陽明学 心即理」ていどの知識ではとても太刀打ちできなかった。仏教や道教の影響のくだりはしかし読んでいておもしろかった。李卓吾の場合は回教の影響ももっとあったのではないかと思うが、そこは紙幅が許さなかったのか。
読了日:01月31日 著者:島田 虔次

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