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Friday, 24 June 2011

「大人かわい」くないスクラップブッキングを目指す

世の中には「大人かはいい」といふカテゴリがある。
しかとした定義は知らねども、おそらくは「大人が持つに足るものでかはいさを兼ね備へたもの」に対して使ふ形容だと思はれる。

いくつかさうした「大人かはいい」と呼ばれるものを見てみたが、どうも「どこが「大人」なの?」と首をかしげるものばかりだ。

最近ではスクラップブッキングがその筆頭かもしれない。

多分、やつがれはスクラップブッキングが好きだ。
まだはじめたばかりだが、なんとなく好きな感じがする。

だが、巷にあふれるスクラップブッキングに関する書籍には正直辟易してゐる。
いづれも「かはいさ」を前面に押し出してゐるからだ。

スクラップブッキングつて、さういふのばつかりぢやないだらう?

確かに、本に掲載されてゐる作品は、いづれもすばらしいものばかりだ。
だが、とにかく「過剰」なのである。
なにかがちがふのである。
すくなくともやつがれにとつては。

ぢやあ自分の考へるスクラップブッキングとはなにか、と考へると、よくわからない。
そんなわけで、「とりあへず貼り付けてみる」を開始してみることにした。
 TRAVELER'S notebook用リフィル クラフト紙のノートに、これまではほぼ日手帳の写真入れに入れてゐた芝居や拝観時の半券をはりつける。
それだけである。

それだけだとちよつとつまらないので、拝観した日とか芝居の感想とかをちよつと書き込んでみる。

今のところ、それだけなんだが、まあ、そのうちもつと decorative になるのかもしれないし、ならないのかもしれない。

考へてみたら、レースのモチーフとか、作つてはみたもののどうしたらいいのかわかんないものとかも貼り付けてみるといいのかもな。
でもさうしたら、自分の目指さない「かはいい」系のスクラップブックになつてしまふだらうか。
むむむ。

ま、人生、trial & error だよ。
なっ!

Sunday, 27 August 2006

不器用ですから

「自分は不器用ですから」といへば高倉健かもしれないが。
しかし高倉健は器用だらう。器用でなければ俳優なんてやつてられないだらう。

「自分は不器用ですから」。
それはやつがれのためにあることばである。

今でこそ手芸を嗜むやうになつてゐるが、だからといつて器用だとは限らないといふことをまさに体現してゐるのがやつがれである。
たとへば学校の成績だつて図画工作・美術・家庭科・技術系はすべて「努力点」だつた。
……つてこれはどこかで書いたな。
図工では版画の時に「身の程に応じた図案を考へろ」と教師に云はれたほどである。

たまにはじめての手芸なんぞをやつてみると一目瞭然。まはりの人々は(大抵は指先の器用な人々ばかりだから)はじめてとは思へぬくらゐすばらしいものを作つてゐるのに、やつがれのはどうだらう。今時小学生だつてもつとまともなものを作るよつてな出来である。

不器用であるといふことは悲しい。
家庭科の授業など、運針は針目がそろつてゐてまつすぐであることが要求される。要求されるといふよりはそれが「あたりまへである」と思はれてゐる。
それができないと、「なぜできないのか」と責められる。できないんだからできないんぢやつつ、と開き直れる人はいいが、さうでないと「なんで自分はダメなんだらう……ほかの人はみんなできてるのに」と落ち込むことになる。
国語・数学等の教科とちがひ、技術系の教科は出来不出来が一目瞭然だし、絵なんぞは教室にはり出されたりする。授業参観なんぞあらうものなら親にまで知られてしまふのである。体育も同様で、逆上がりなどは鉄棒の前に順番に並ばされ、ほかのこどもが見てゐる前で「ヲレはできない」といふことをさらさなければならないし、足の遅い子は運動会の時にその事実が衆目にさらされる。
できないこどもの心に負ふ傷は如何ばかりか。

結局、やつがれは授業でやるやうな手芸はなにひとつとしてできない。やらうといふ気にもならない。

「自分は不器用ですから」。

このことばを云ひ訳に使へるやうにしてくれた高倉健には感謝してゐる。

Monday, 21 August 2006

触つてしまつた

NikonFに。

NikonF

しかし。
いやはや、ひどい状態だつた。
たまの休みといふことで、親戚宅に押しかけて念願のNikonFを見せてもらつたはいいが。
まづなかなか出て来ない。どこにしまつたか忘れたといふ。待つてゐるとやがてたんすの奥からあらはれた。
世の中にはこんな仕打ちを受けてゐるNikonFもあるのだらうか。

フィルムが入つてゐない状態でまづ持つてみる。
重たい。
手にずしりとくる。
これはブレが心配だなあ。
それにあちこち汚れてゐる。メカニカルな部分は問題なささうだが、レンズも、汚い。
さう指摘するも老眼の人にはよく見えないらしい。むう、これはもし使はせてもらふことになつたらなんとかするか。

フィルムを入れて撮影。
まづ、シャッターを切つた時の音がいい。
うーん、さういへばカメラつてこんな音がしたかも。最近はデジタルカメラや携帯電話のカメラばかりであの音を再現した音しか聞いたことがなかつたけれど、実際に聞くといいね。
問題は、重たさでシャッターを切つた時にブレてるんぢやないかといふこと。これは現像してみないとわからないな。
かまへてみて思ふが、ほかにはなにも持てない状況だ。必ず両手のあいてゐる時に写真機をしつかりかまへてシャッターを切る。さうしなければ絶対にブレる。さうしてもブレるかも。

シャッタースピードや絞り値の具合はわからなかつたので、フィルムのパッケージに書いてあるとほりに設定。フォーカスも最初はファインダを覗いていぢつてみたが、だいたいの距離をみてあはせて撮ることにした。

うーん、どう撮れてゐるのかさつぱりわからない。

とりあへずヴェランダから外を写してみた。同じものをGR DIGITALでも撮つてみたのであとで比べてみたい。

さうさう、NikonFの写真を撮つたのもGR DIGITAL。

やつぱり買ふかな。

Wednesday, 16 August 2006

NikonF

ここのところ「GR DIGITALが」とかいつて写真機についていろいろ調べまはつてゐるせゐだらうか。
親戚から「NikonFを使はないか?」といふ話があつた。
思ひ出すと、この人はいつも首から重たさうな写真機を提げてゐた。別段マニアといふわけではないらしかつたが、若いころ無理して買つたものらしい。
♯この人のつれあひに云はせると、
♯「同じ値段で東京にいい土地を買へたのに」
♯ださうである。

さう、40年は前の機種である。
でもふつうに使へるらしい。うはさによるとまだメンテナンスサービスを受けられるともいふ。

な、なんかとつても惹かれるんだが。
しかしあの重たいのを持ち歩くかなあ。ちやんと構へられるのだらうか。

とりあへず一度見せてもらふかなあ。

Monday, 11 April 2005

病膏肓に入る

人間、熱があつても好きなことならできる。

かつての同僚がよく云つてゐた。熱があつてもテニスならできる。予定が入つてゐたとしたら、絶対にテニスをしに行く、と。
そんなことが可能なんだらうか。熱があつたらちよつと動くだけでも億劫なのに、テニスだなんて無理ぢやなからうか。
当時やつがれはさう思つた。

ところが。
昨日、チト目覚めた時に、くつ下の続きを編み出し、しかもなんだか落ち着いた気分になる自分に気づいて、「さうか、さういふことか」といふきがした。
このくつ下、パピーのグランメリノといふ毛糸を一号棒針で編んでゐる。すなはちそれなりに細い糸をかなり細い針で編んでゐる。一応レース編みで、しかも丁度踵を編むところでパターン(英語だ)と首つ引きだつたりする。

そんなところを延々編んでゐて、しかも熱があつてぼーつとしてゐるにもかかはらず、これが楽しくて仕方がなかつた。

うーん、病膏肓に入るとはこのことか。

Sunday, 13 February 2005

計画倒れの三連休

郷田・久保戦を見るために起きる。
どうせ見てもわからないのに、われながらバカだよなあと思ひつつ見る。
途中後手がいい場面もあつたやうに思ふのだが(ほら、わからないから)、先手が凌いだ。
やはり連覇はむづかしいらしい。

三連休中にやるべきことを書きとめてはあるのだが。
結局ほとんど消化できてゐない。
まあそのほかに新しいことをはじめたりしてゐるので差し引きゼロといつたところか。

今日は上記郷田・久保戦を見ながらヂャンティ織をしてゐた。糸は昨日買つてきた ROWAN の KidClassic。ふんはりとしたいい糸である。これをヂャンティ織に使ふと、地は思つたより厚くなつたが、やはりふんはりとして軽くていい。一玉でモチーフもたくさんできさうである。
少し大きめの肩掛けといふか膝掛けがほしい。
編んでもいいのだが、薄く作らうと思つたらヂャンティ織であらう。
さらに、早いうちに仕上げたいので、平織だけで織る予定。クリス織なんぞもほんたうは混ぜたいところなのだが……実は情けないことにうまくできたためしがないのである。クリスラー織なら何とかなつたりするだらうか。むむむ。

いづれにしてもそんなに手間をかけずに作りたいので、平織のみ採用。ただし糸の色はちよこつとかへてみたりする。

先週は出かけてゐたので、土曜日に大河ドラマの再放送を見たりする。
五條大橋は……いいのか、あんなに安つぽくて。あの二人なら安つぽくても仕方がない? さうかなさうかも。
まーいづれにしてもがつかりの出来。「武蔵坊弁慶」の時も五條大橋にはがつかりだつたが……あれは牛若丸が振り向いたら宗吉さん^H^H^H^H川野太郎だつたからだもんな。今回とはがつかりの種類がちがはあ。

まあ。
昨日に関してはとにかく平幹。もう出てくるだけで目が離せない平幹。平幹とかがちやんとやつてるのに主役周りは学芸会レヴェルで、このギャップが今年の大河ドラマ「義経」の魅力なのだらうかね。そんな気もしてきた。平清盛もてーんで存在感ないしな。白石加代子なんか全然手加減してないんぢやないかつてな感じがするよ、主役とか清盛とかうつぼとかが相手でも。いや、あれでもしてるのだらうか。いつたい現場で監督はどういふ時に「よし」としてゐるのか。たいへん疑問である。
さういへば、源三位頼政、出てきたね。さすがに鵺退治はないが(あたりまへか)。それにしても丹波哲郎、痩せたなあ。

今日の放映分には平幹は出てこなかつた(/_;)。しかし、荒川良々、ちよつとよさげ。北原有起哉もいいしな。来週以降、出なくなつてしまふのだらうか。また出番もあるやうな気もするが。
さういへば佐殿登場もあつた。北条家の人々とか。一条大蔵卿のつくり阿呆のかはりは佐殿がになふのだらうか。まあそれでもいいけどさ……ぶつぶつ
♯いけないらしい。

あとちよいと悪げな高島屋に惚れたり。

今年の大河ドラマをかういふ風に見てゐる人はほかにゐないか~。
と、ちよつと虚空にむかつて叫んでみる。

Sunday, 26 December 2004

ほぼ日手帳の使ひ道 その二

あひかはらずほぼ日手帳の使ひ道を考へてゐるところだが。
今日ふとこんな写真を撮つてみた。
ほぼ日手帳 with タティングレース
上にのつてゐるのはやつがれの作つたタティングレースのドイリーである。隅にドロップビーズをあしらつたのはやつがれの idea。これがなんだかとてもよいものにうつつた。

前に「ほんたうは革のカヴァのほぼ日手帳がほしかつた」と書いたが、ナイロンのものにして正解だつたかもしれないと、この時初めて思つた。
ナイロンのカヴァには「カヴァ・オン・カヴァ」がつくからだ。
カヴァ・オン・カヴァといふのは、この写真で光を反射しちまつてるアレである。昔よく教科書にかけてる同級生がゐたなあ、かういふ透明のブックカヴァ。
特に使ひ道も考へず、箱に入つてきたからといふのでとりあへずつけてゐたが、これ、使へるよ、といふので、あちこちから自分で作つた小さなモチーフをかきあつめてきた。
それで撮つたのがこんな写真である。
ほぼ日手帳 with タティングレースのモチーフ三点
どうだらう。いきなり「やつがれのもの」感が高まつたのは気のせゐではあるまい。
今までモチーフは一つ作つたところで使ひ道がないからとあまり作らずに来たが、これでできた。これからは作つたらかたつぱしからほぼ日手帳のカヴァに入れればいいのだ。

ああ、こんなことなら紺とか赤とか黒とか淡い色の糸がはえる色のカヴァにするんだつたかなあ、と、一瞬思つたが。
写真だとよくわからないかもしれないが、ブルーベリークリームに白や生成りといふのも案外いいものなのだ。
それに、色とりどりの糸を持つやつがれである。これから華やかなものを増やして行くといふのも手だ。
ほぼ日手帳 with タティングレースのモチーフ

肝心のほぼ日手帳の使ひ道についてはまだ考へてゐる最中だが、これで持ち歩くことが楽しみになつたのは云ふまでもない。ああ、人に見せびらかしたい気分でいつぱいだ。

Thursday, 23 December 2004

編みたさ見たさはとびたつばかり

といふわけで、今編みたくて編みたくて仕方がない。
バスや電車も確実に座れるのを待つ。そして編む。
以前、電車やバスの中で編む自分が浅ましいと書いたことがあつたが、そんな悠長なことを云つてゐられなくなつた。
とにかく編みたい。狂ほしいほど編みたい。

そんなわけで。

出かけやうと思つてちやんと朝は早くに目を覚ましたのだが、起き上がつた途端、
「……今日出かけたらヲレの年末年始はない」
といつた状況だつたので、家でおとなしく過ごす。

一応少し寝なほして、それから起き上がつて編み編み編んだ。
それにしても編みたいものが多くてな。
昨日、帰り際に手芸屋に寄つたらなんと閉店セイルだといふ。確かに前々から客はそんなに多くはないなと思つてゐたが、最近近所に新たな手芸屋ができた。そちらに客をとられてしまつたのかもしれない。
新しい店の方が少しばかり安売りしてゐるし、店舗も少しばかり広い。すなはち品数も豊富である。
閉店する店にはここでしか売つてゐないアンカーの糸とかDMCの糸とかあつたんだがなあ。チト残念。

そんなわけで、二割引だといふのでついついパピーのミラノツイードなんぞを買ひこんでしまふ。高くて今まで買へずにゐたんだよね。手触りからいつてもすごく好きな糸なんだけど。多分今年のパピーの新作の中では一番好きだと思ふ。

嗚呼、だがその糸をなににするかなんて考へてゐる暇もない。
希望としてはマフラと帽子のセットなんかどうだらうといつたところなのだが。縄編みなんか入つてるといいな、とか。

そんなことを云つてゐる暇があつたら編む、といふくらゐ編みたい。

ちなみに今編んでゐるのは
 かのこ編みのカーディガン
 Regia でくつ下
 プリンセスアニーでくつ下
 中細毛糸で かくし絵ショール
 Rowan Wool Cotton でかくし絵マフラ
である。目についたものから編み、飽きるとほかのものを編む。そのくりかへし。
この他にも途中になつてゐるものが……(/_;)。
ひとまづ年内にくつ下二足はなんとかしたいなあ。
つてもういくつ寝るとお正月なんだ?

Monday, 29 November 2004

なつかしい人々

何度も日誌に書いてゐるのでくどいかと思ふが、しかしなんとなく思ひ出しては書いてしまふ。

幼い頃、我が家に「牛若丸と弁慶」といふ本があつた。
小学校二三年くらゐを読者に想定した本だつたと思ふ。
表紙はちやんと牛若丸と弁慶の描かれた本だつた。

ところが内容がなあ……
ひとまづ五条大橋の話が終はると、次からは牛若丸も弁慶も出てこないのだつた。
別段牛若丸が源義経になりました、といふわけでもない。

なんだかわからないけれども、いけずきとするすみといふ馬とそれぞれに乗つた武士(佐々木高綱と梶原景季)が先陣を争ふ話とか。
木曾義仲と倶梨伽羅峠の牛の話とか。
やつと義経が出てきたと思つたら鵯越のさかおとしの話だつたりとか。
熊谷次郎と平敦盛の話とか。
またまた義経と弁慶で安宅関の話とか。
いきなり「しづやしづしづのおだまき繰り返し」とか。

しかしまあここまでは源平合戦の話、といつてもまだいいかと思ふ。
この次からがまたすごいんだ。
北条時頼と佐野常世の三つの鉢の話がでてきてしまふのである。
次が日蓮の短い伝記みたやうな話。
最後は元寇の話で〆。

こんなのが幼稚園くらゐのころの愛読書だつた。

その他別に「源義経」の伝記絵本や子供向け伝記もあつたし、子供向けの「平家物語」を読んだりもした。
多分、斎藤別当実盛の話なんかはこの「平家物語」で読んだやうな気がする。

そのまま「源平ヲタク」の道を歩んでゐたら今のやつがれはなかつたかもしれない。
もともとそれほど本好きといふわけでもなかつたのがよかつたのか、さうはならずに済んだ。

だが、小さい頃の記憶といふのはおそろしいものである。

大きくなつて芝居を見に行くやうになつて、突然思ひ出すのである。

「これ、昔好きだつた話だっっ」
「この人、知つてるっっ」

なんだかわからないが、くりかへしくりかへし読み直した話が次から次へと出てくるではないか。
みづから幽霊と名乗るこの人は、「見るべきほどのことは見つ」と云つて潔く自害した人。
首実検の場で自身の子供を犠牲にするこの人は、宇治川の合戦の先陣争ひに出てきたあの人。
後の手孕村にやつてくるこの人は白髪をわざわざ黒く染めてゐたあの人。
鬼界が島に一人残るのは後に有王丸が迎へにやつてくる人。

みんなみんな、知つてる人だ。

んでちよいとばかり「平家蟹」の玉蟲を気取つてみたりするのだつた。

Sunday, 28 November 2004

びば ちま!

またちまちましたものを作つてしまつた。

ドミノ編みのモチーフ一つ
ドミノ編みのモチーフである。使用糸は Jaeger の MATCHMAKER Merino 4Ply の 0722、使用針は〇号。
下にあるのは 2m のメジャ。モチーフの一辺は約 2.5 cm。

うーん、確かにあみものとタティングレースが好きではある。
それに「ちま」も好きだ。
だが、基本的に大ざつぱな性格である。タティングレースだと最近は絹穴糸かオリムパスの40番相当の糸より細い糸はほとんど使つたことがない。編み物だつて主に使ふのは並太毛糸で、針でいふと四号から七号くらゐが一番多い。

そらーくつ下編む時は〇号や一号を使ふこともあるが。

さうだつたのか、「ちま」が好きか。

といふわけで、これはリストウォーマ用のスウォッチ。

ここまでできてゐる。
ドミノ編み途中

それと、かぎ針編みだが今一つ「ちま」な野望を抱いてゐる。
と、ここに書いておけば忘れないだらう。
多分。

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