Wednesday, 25 July 2018

ドラマ過食症

binge-watchingといふことばがある。
あるTV番組にはまつてしまひ、延々と存在する限りの放映回を見続けてしまふこと、といつたところか。

たとへば、「宇宙大作戦(古いねどーも)」にはまつてしまつたとする。
ケーブルTVやWebサービスなどで全話一挙放映があつたので、第一話から最終話までずつと見続けてしまふ。
そんな状況を指すのだと思つてゐる。
DVD-Boxをいちどきに見るのも入るのかな、とも思ふ。

bingeとはもともと食べ過ぎる、それも度を超えた過食を表現するときに使ふ単語だ。
binge-watchingは見過ぎ、それも過度の見過ぎだらう。不健康な雰囲気も漂ふ。

Mediumで読んだこの記事によると、毎週一話づつ見たときに比べてbinge-watchingで見た番組の内容は忘れてしまひやすいのらしい。
一話づつ見たときと比較すると、即忘れてしまふといふ。
また、毎週一話づつ見てゐるときの方がより楽しく感じるともある。

ははー、なるほどね。
以前ここにも「DVD-Boxでも買つて見ればいいのに、毎週/毎日TVでドラマを見るのが楽しい」といふのはなにもやつがれだけではなかつたのだ。

Mediumの記事は、「どうすれば一度読んだものを忘れずにゐられるか」といふ内容だ。
TV番組についても、週に一度見てそのあひだに見た内容を思ひ返すなどすると内容を覚えてゐられるやうになる、といふやうなことが書かれてゐる。

覚える覚えないに関はらず、次の放映を楽しみにしつつ見たドラマのことを思ひ返す時間といふのが、またいいんぢやあるまいか。
一度見たものなら一挙放映を見るのもいいかもしれない。
でも一挙放映を楽しみに見るやうな、そんなに好きなドラマなら、やはり一度に一話づつ見た方が楽しい。
さういふこととなんぢやないかな。

この記事にリンクされてゐる元の研究の内容はまだ見てゐないが。
ある程度集中して見た方が楽しめるといふことなのではないかと愚考してゐる。
などといひながらやつがれはあみものやタティングレースをしながらTVドラマを見ることが多いんだがね。

いまは「帰ってきたウルトラマン」を毎週楽しみに見てゐる。
見られるときに「仮面ライダービルド」と「怪盗戦隊ルパンレンジャーvs警察戦隊パトレンジャー」を見るくらゐだ。
再放送をしてゐるのだから、必殺シリーズなど見たいものなのだがなあ。
録画機を新調するしかないか。

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Friday, 20 July 2018

戦隊ヒーローもののレッド考

数作前の戦隊ヒーローものでレッドを演じてゐた俳優が出てゐる芝居を見る機会があつた。
戦隊ヒーローもののあとその俳優を見かけたことはなく、芝居を見て「かういふのを演じてみたかつたのかなあ」とそのとき思つた。
といふのは、戦隊ヒーローもののときは無理をしてゐるやうに見えて仕方がなかつたからだ。

獣電戦隊キュウリュウジャー、烈車戦隊トッキュウジャー、手裏剣戦隊ニンニンジャーのレッドは、いづれもそんな感じだつた。
つづく動物戦隊ジュウオウジャーのレッドはそれほどでもなく、宇宙戦隊キュウレンジャーのレッドは口癖の「ラッキー!」に助けられて無理をしてゐるやうすがわづかばかり軽減されてゐたやうに思ふ。

各戦隊のレッドがどうして無理をして見えたのかといふと、明るくふるまはうとしてゐるやうに見えて不自然さを覚えたからだ。
「戦隊もののレッドはかういふもの」といふ決まりがあるのだらう、つねに前向きで、世の中の負の部分には目を向けない。
さういふ演技をしてゐる(或は「しなければならない」)さまを見てゐると、見てゐるこちらがつらくなつてきてしまふ。
輝く笑顔さへ顔にはりついてゐるやうに見えてくる。

いま検索しても見つけられなかつたので記憶だけで書くが、先日誠直也が秘密戦隊ゴレンジャー(以下、ゴレンジャー)に出演してゐるときのことを語つたものの抜粋を見かけた。
誠直也はアカレンジャーを演じてゐた。
誠直也は、自分やアオレンジャーを演じてゐた宮内洋はこども向けの演技ができなかつた、といふやうなことを云つてゐた。
「こども向けの演技ではなかつた」だつたかな。
でも、それがよかつたんぢやないかな。
ゴレンジャーの人気の秘訣はさういふところにあつたのではあるまいか。
無理に作つたこども向けの演技よりも、大人のドラマで見せるやうな演技が荒唐無稽な特撮戦隊ヒーローものをリアルに見せてゐたのぢやあるまいか。

人形劇がさうだ。
NHKの人形劇は物語(脚本)こそこども向けに作られてゐることもあるけれど、人形の声の演技や操演は、こども向けではまつたくない。
そのままおとなのドラマも撮れる、さういふ芝居をしてゐる。
それがこどもの心に残るのぢやないかなあ。

現在の戦隊ヒーローものである怪盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー(以下、ルパパト)のルパンレッドとパトレン一号にはいまのところこれまでのレッドに感じてゐたやうな無理はあまり感じてゐない。
ルパンレッドは怪盗といふこともあつてか底抜けの明るさとはあまり縁がないやうであるし、パトレン一号は明るさよりは真面目さ融通のきかなさを前面に押し出してゐるからだらう。
それが自然かといはれると答へに困るが、少なくともこれまでのレッドよりは見てゐて安定感を覚える。
つひつひルパパトを見てしまふ所以はさういふところにもあるんだらう。

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Friday, 06 July 2018

好きな人がいない必殺シリーズ

ぼんやりと「必殺シリーズの中で一番好きな登場人物は誰だらう」と思つてとつさに思ひつかないことに衝撃を受けた。

え、ゐないのかな、もしかして。

自分のことなのに、そんなこともわかつてゐなかつたのか。
うかつである。
いや、粗忽か。

仕掛け/仕置き/仕事/whatever の場面であらはれるときに一番好きなのは、「助け人走る」の文さんだ。
スキャットのBGMが流れて、田村高廣演じる文十郎の横顔が闇にふつと浮かぶ、あの瞬間が異様に好きである。
BGMがスキャットぢやなかつたり、横顔からの登場ぢやなかつたりするときはがつかりするくらゐ好きだ。

おなじく「助け人走る」の中谷一郎演じる平さんこと平内の煙管の煙がふはりと揺れる、あの登場場面もいい。
暗闇にほの白い煙がぼうつと浮かんで、あれはいい場面だといつも思ふ。

ぢやあ登場人物として文さんや平さんが好きか、と訊かれると、うーん、それはちよつと違ふんだなあ。

いろいろ考へて、「必殺仕掛人」の山村聡の音羽屋半右衛門かなあ、といつたところか。
あとは「必殺必中仕事屋家業」の岡本信人の利助。
それと「必殺仕業人」の美川陽一郎の島忠助。
仕掛け/仕置き/仕事/whatever しないぢやん、とも思ふが、それくらゐしか思ひつかない。

一回きりのゲストキャラクタなら好きな登場人物はいくらもゐるんだがなあ。
「必殺仕掛人」の戸浦六宏演じる左内の昔の上司(とゆーか)とか。
おなじく「必殺仕掛人」の佐藤慶演じるカルト教団の頭首とか。
佐藤慶は「必殺仕置屋稼業」の方がいいか。あれは必殺シリーズ全体でも一、二を争ふやうないい登場人物だ。
「新・必殺仕置人」最終回の辰蔵もいいよねえ、佐藤慶。一緒に出てる清水紘治の諸岡さんも忘れられない。
「必殺からくり人」の岸田森演じる鳥居甲斐守もいい。
鳥居燿蔵は「必殺仕置屋稼業」では志村喬が、スペシャル番組では米倉斉加年が演じてゐて、とくに志村喬の方は如何にも明治の世まで生き残りさうなしぶとさがあつていい。
岸田森の鳥居燿蔵はなんだかすぐ死んぢやいさうなところがある。でもあの人を人とも思はぬセリフがね。

といふ感じで、いくらでも出てくる。
たぶん、必殺シリーズが好きなのは、といふか、TV時代劇が好きなのは、一話完結で毎回ゲストが楽しみ、といふところにあるんだな。

などと考へてゐるうちに、「必殺仕掛人」を見返したくなり、やはりDVD BOX的なものを手に入れやうかと算段してゐる。

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Friday, 01 June 2018

Never Ending or Beginning on an Ever Spinning Reel

夕べ、「ムーン・リヴァー」が流れてきて、そこから怒濤の映画音楽メドレーがはじまつてしまつた。

「ムーン・リヴァー」は、映画「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘップバーン演じるホリー・ゴライトリーが歌ふ歌である。
歌のお世辞にもうまいとはいへないオードリー・ヘップバーンのために、ヘンリー・マンシーニが最小限の音域で作曲したといふ話を聞いたことがある。

曲や歌詞も含めてだけれども、いつたいどこで覚えたのだらう。
不思議でならない。

映画はそんなに見ない。
「ティファニーで朝食を」はジョージ・ペパードが亡くなつたときかなんかに追悼番組としてTVで放映したんぢやなかつたかな。
さうぢやなかつたかもしれないけれど、とにかくTVで見た。

ヘンリー・マンシーニで映画音楽といふと、ほかにも「シャレード」とか「ピンク・パンサー(ではないのかな、邦題は。ま、いいか)」とか「ひまわり」とかいろいろ出てくる。

思ふに、昔は映画音楽の番組があつたのだらう。
TVに限らずラジオとかで、「なつかしの名画の主題曲集」みたやうな番組があつたのに違ひない。
さうでないと説明がつかないからだ。

「慕情」を歌へば、題名からの類推だらう、「追憶」が出てきて、さらに「卒業」が出てくる。
映画自体に関連性はないが、題名とあとはなんとなく雰囲気でつづいてしまふ。
「ゴッドファーザー愛のテーマ」ははづせないし、「ある愛の詩」なんてのもいまでも聞くことがないでもない曲だ。

「荒野の七人」には「大脱走マーチ」がつづくし、さうしたら次は「クワイ河マーチ」だ。

「007」のテーマが出てくれば、「ロシアより愛をこめて」「ゴールドフィンガー」「死ぬのは奴らだ」「For Your Eyes Only」と、歌へる歌が続く。
007といへばデュラン・デュランのPVの最後でサイモン・ル・ボンが名前を訊かれ、「ボン。サイモン・ル・ボン」つて答へるのにうつかり笑つてしまつたりしたよなあ。

セリフ込みで覚えてゐるものもある。
「カサブランカ」の「As Time Goes By」とか。
「風と共に去りぬ」の「タラのテーマ」とか。
あ、「フラッシュ・ゴードンのテーマ」なんかも歌詞よりセリフの方がメインくらゐの覚え方だつたりするな。

ここでMGMミュージカルに流れてしまふととりとめがなくなつてしまふので、真剣に避けてとほることも忘れない。
でも「カサブランカ」が出てくると連想でウッディ・アレンに行つてしまひ、「カイロの紫のバラ」から「Cheek to Cheek」を思ひ出せばMGMミュージカルまではあとほんの一歩だ。
スリリングである。

終はらない。
永久に終はらないんぢやないかとさへ思ふ。
さうすると「華麗なる賭け」の「風のささやき」が出てきて、さういやリメイク版の「トーマス・クラウンズ・アフェア」は見てないけどスティングのカヴァはイカすよなあ、といふので、つひつひ聞いてしまふ。

一夜明けても脳内には「シェルブールの雨傘」の主題曲が鳴つてゐたり、ときに「太陽がいつぱい」に変はつたり、川原泉ぢやないけれど「ジュテームだのモナムールだの」な世界に埋没しさうになる。

現実逃避?
さうかもしれない。

ここに出てきたので一番新しいのは「美しき獲物たち」だらうか。
その後も映画はたくさん作られてゐるし、いい映画音楽もいくつもあると思つてゐる。
「パシフィック・リム」の主題曲とかイカしてると思ふし、ミュージカル映画だつて作られてゐるし、邦画にもいい曲があると思つてゐる。
なのに出てこないのはなぜだらう。
やはり、「映画音楽特集」みたやうな番組がなくなつてしまつたからなんぢやあるまいか。
聞く機会がなくなつてしまつた、といふかさ。

それでなくても世の中は音楽であふれてゐるので、それはそれでいいのかもしれない。

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Wednesday, 23 May 2018

サルヴェイジしたい「座頭市物語(TV版)」

録画機が動かなくなつて久しい。
修理するか買ひ替へるかすればいいのだが、修理をするには修理の人を呼ばねばならず、買ひ替へるには手元不如意だ。

新しく買ふにしても、いまの録画機に録画されてゐる番組はサルヴェイジしたい。
サルヴェイジしたいのは主に芝居関連の番組と時代劇だ。
内蔵HDDの容量がないものだから、気に入つたものだけ残してあるのでよけいに惜しい。

TV版の「座頭市物語」とそれに続く「新・座頭市」とか、できれば残しておきたい。

「新・座頭市」だつたと思ふが、北村和夫の演じた僧侶が悪くて素敵でねえ。
しみつたれた悪だとかイヤラシい悪、色つぽい悪など、悪にもいろいろあるけれど、まれにそんな形容のつけやうのない、とにかく「悪」そのものとしかいへない悪がある。
北村和夫の僧侶がそれだつた。
記憶がすでに曖昧だが、信者といふか檀家といふかをすつかり操つてゐるカリスマ性(といふことばもいまは安くなつてしまつたが)のある僧侶だつた。
抗はうにも抗ひきれない悪の力。
なにをたくらんでゐるのか底知れない肚の底。
たまらないよなあ。

長い期間放映してゐたドラマなので、何度も出演してゐる俳優もゐる。
小池朝雄はやつがれが見たかぎりでは三回出てゐて、いづれも土地の親分さん的な役回りだつた。
ひとつは原田芳雄回で、原田芳雄が島送りになり到底戻つて来られないだらうといふこともあつて、その妻(赤座美代子)といい仲になる親分さん。恩赦があつて原田芳雄が帰つてきてさあ大変、といふ話なのだが、小池朝雄の演じる親分はこのドラマに出てくる多くの親分と違つてそれほど悪い人ではない。
運が悪かつたよね、といつたところか。
さういふ風情がまたよくてね。
この回は原田芳雄もよくて、かたぎの中には居場所がなくてやくざな道に入つたもののその中でも居場所が見つからない人間の役を云ひ訳をほとんど表現しないままそれが云ひ訳になつてゐる、みたやうな、実にいい役だつた。
原田芳雄もこのあと二回ほど出演してゐるのを見たけれど、そちらは云ひ訳が多すぎるやうに感じた。

小池朝雄のふたつめの役は仇と狙はれてゐる親分。
もとは武士で、碁敵とのもめごとから相手を殺してしまふことになり、その息子(竹脇無我)から命を狙はれてゐる。
人情のあるいい役で、でも思つてゐたことと真逆のことが起こつてしまふ。
いい人がいいことをしやうとして、でも報はれない。
「新・座頭市」の一回目か二回目かの最終話だつたと思ふが、とても印象深い。

みつつめの役は、一見人徳者ながら実は腹黒い親分といふ、まあ、ありがちな役どころながら、これまでの二役とまつたく違つた趣で、「これはもしかしたら小池朝雄の親分さん七変化を楽しむドラマなのではあるまいか」といふ気さへしてくる。

ある俳優を楽しむドラマ、といへば蟹江敬三だ。
蟹江敬三も「座頭市物語」「新・座頭市」には何度も出てゐる。
最初は兄貴分らしきところはあるものの三下のやうな役だつた。出番もちよつとしかなかつたと記憶する。
それがだんだんいい役がつくやうになり、最後の役は市とさしで対するやうになる。
蟹江敬三といふ俳優の成長を見るやうなところがこのドラマにはある。

蟹江敬三といへば石橋蓮司……と話はいくらでもつづけられるけれど、今回はこのあたりにしやう。

あー、やつぱりDVD-Boxを買つてしまはうか、DVDならMacBookでも見られるし。
と、心は千々に乱れるのであつた。

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Wednesday, 02 May 2018

大事なことは描かない

月曜日にラピュタ阿佐ヶ谷で岡本喜八の「斬る」を見てきた。
山本周五郎の原作を映画にしたものだ。
天保の世、上州のさる藩で城代家老が暗殺される。
実行犯は藩の若人八人。
首謀者は藩の重役(神山繁)である。
若人たちはその重役からの命で城代を襲ふ。藩をよりよくしやうといふ志にあふれたものたちだ。
だが、重役は腹黒かつた。
邪魔な城代を殺して自分が藩の実権を握らうとしてゐた。
浪人を募つて若人たちを殺させ、その浪人たちは藩のものを殺したといふことで皆殺しにする、そのすべてを隠密裏にやつてしまはうと考へてゐた。

主人公はそんな藩に足を踏み入れてしまつた元・侍の渡世人(仲代達矢)と浪士組に入つて侍にならうとする元・農民(高橋悦史)なのだが、主人公の話はしない。

重役の計画はかうだ。
山の上の孤立した砦に若人たちを拠らしめる。
そこに浪士組を送り込んで若人たちを斬り殺させる。
そして若人たちも浪士組も、藩のものを集めて作つた鉄砲隊・弓矢隊で遠くから全滅させる。

この遠隔攻撃隊の二番手に島田(天本英世)といふ男がゐる。
島田にはセリフらしいセリフがない。
重役に集められたときも、もの思はしげな表情をするばかりだ。
これからやらうとすることに疑義を抱いてゐることは明らかだが、なぜかはわからない。
でも状況からなんとなくわかる。
おそらく島田は若人たちに sympathy を抱いてゐるのだ。
だが云へない。
こんなことはやめませう、だとか。
自分はこんなことはしたくない、だとか。
みんな、やめやう、だとか。
さういふことは一切口にしない。

主人公の為したことによつて浪士隊を疑ふ遠隔攻撃隊の一番手は、数名とともに浪士隊に抗議をしに行き、殺されてしまふ。
砦にたてこもつた若人たちの首領格(中村敦夫)は云ふ。
「島田ならわかつてくれるはずだ」と。
首領格の若人は島田に向かつて叫ぶ。
こだまとなつたその若人の声を聞いて、島田は立ち尽くす。
周囲には手に手に銃や弓矢を握つた侍がゐる。
苦悩する島田の顔が大写しになり、その後ろ姿が映つたところで場面は切り替はる。

島田がなにを云つたのか、どう行動したのかは、一切描かれない。
描かれないけれど、わかるやうになつてゐる。

岡本喜八の映画はそんなに好きなわけではない。
映像といひ音といひ、騒がしすぎるからだ。
「斬る」にも祭や女郎屋での大騒ぎが挿入されてゐる。
画面狭しと人々が暴れまはり、騒々しく歌ひわめき、めまぐるしくカメラが切り替はる。
Too much なのだ。

なんだけれども、だいたい一作品につき一度は「描かない」場面が出て来る。
「激動の昭和史 沖縄決戦」でいへば対馬号の撃沈だらうか。
「着流し奉行」だと主人公と悪の黒幕との対決場面。まあこれは原作自体もさういふ描き方でもあるが。
そして「斬る」はこの島田の場面。

いづれも重要な場面だと思ふ。
「かうなりました」と描かれることを見る方はそれとなく期待してゐる。
だがさういふ場面はばつさり切り捨てられてしまふ。
ゆゑに印象に残る。

これが見たくて岡本喜八の映画を見るといつても過言ではない。

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Thursday, 26 April 2018

録画機が壊れてしまつたので

TVの地方局で、「傷だらけの天使」の再放送を見てゐる。
録画機が壊れてしまつたので、放映時間に見てゐたのだが、これが案に相違して楽しい。

録画機が壊れるまで、TV番組は録画をしてから見るものだつた。
放映時間にTVの前にゐられないことが多いからだ。
TV番組を録画することに慣れると、放映時間にTVを見やうといふ気が薄れてくる。
放映時間に見るといふことは、束縛されるといふことだ。
番組の時間にあはせてほかの用事を済ませ、TVの前に座らなければならない。
録画機が我が家にくるまでは当たり前だつたことが、ひどく苦痛になつてゐた。

また、録画するとコマーシャルをとばして見ることができるやうになる。
さうすると、リアルタイムで見るときにコマーシャルを見るのがつらくなることがあるのだ。
とくに二時間ドラマや映画などで、話が進むにつれてコマーシャルの時間が増えるやうなとき、「とばせたらなあ」と思ふやうになる。

録画する番組は時代劇が多かつた。
日中再放送されてゐる番組である。
コマーシャルは「膝が痛い」だとか「髪が薄い」だとか「目が疲れる」だとかに効く商品のものが多い。
見てゐると、だんだん憂鬱になつてくる。
そして、毎回見るうちに、「もしかしたらほんたうにこの商品は膝の痛みに効くのかも」といふ気がしてくる。
ヤバい。
とてもヤバいのだつた。

「傷だらけの天使」くらゐの番組になると、当然DVD Boxも出てゐて、見たければそれを買へばいい、といふ話もある。

でもなー、違ふんだな。
見たい番組が、TVで放映されてゐる、といふのがいいのだ。
それも、何曜日の何時からとか、平日毎日何時からとか、定期的に放映されるのがいい。

おそらくこれつて紙芝居を待つこどもの心境なのだと思ふ。
あるいは次回の講釈を待つ人の心境か。

あめはないけれど、TVで放映する。きまつた曜日のきまつた時間、きまつたTV局で、見たい番組を見られる。好きな俳優が見られる。
それがいいんだと思ふんだな。

メディアを買つて、見たいときに見られるといふのももちろんいいし、そんなわけで「必殺仕掛人」のBoxは買ふつもりでゐるのだが。
でも、Boxを買つたとしとても、TVで再放送がはじまつたらまた見るね、「必殺仕掛人」。

ところで「傷だらけの天使」が終はつて、今度は「探偵物語」がはじまつた。
見るでせう。見るよね。

録画機が壊れてゐてもしばらくは楽しく暮らせさうだ。

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Wednesday, 03 January 2018

トワイライト・ウルトラ・ゾーン

「ウルトラセブン」の再放送が終はつてしまつた。
「ウルトラセブン」を見てゐてときをり感じてゐたのは、「なんだかまるで普通のドラマだな」といふことだ。
たとへば最終回に近い「あなたはだぁれ?」だ。
夜、小林昭二演じるサラリーマンがかなりきこしめした状態でタキシーに乗り、団地にある我が家に帰る。
出迎へかと思つた自分の妻も子も自分のことを知らないといふ。
近所の人も同様。
いつも挨拶してゐる交番の警官もまつたく自分のことを知らないやうだ。
困つたサラリーマンは公衆電話から電話をかけて助けを求める。
ここまでのやうすがまるで普通のドラマのやうだつた。
こども向けの特撮ドラマといふ感じがまるでない。
おそらく実際の団地でロケをしたのだらう、なにもかもとてもリアルなのだ。
小林昭二のサラリーマンもさうならその妻とおぼしき三條美紀もさう。近所の人々もだ。
演技もさうなら、衣装その他も大仰なところがまるでない。極めて自然で、当時ならさういふ服装もしてゐたらうといふやうすだつた。

さういへば「仮面ライダービルド」の浜田晃の登場場面にもさういふのがある。
銭湯とか神社の境内とか、さういふところに政界の黒幕がゐて、一見普通の人と変はらぬやうすでゐながらなにか悪事を企んでゐる。
さういふことは普通にありさうだ。すくなくともドラマの中ではあつてもをかしくない。
銭湯は若干唐突ではあつたものの、それ以外のとくに政治家の登場場面のセットが見るからに作りものなことを考へると、浜田晃の演技も含め、このまま二時間ドラマだとかゴールデンタイムに放映するドラマの一場面として用ゐてもをかしくない。

「あなたはだぁれ?」は舞台や人々のやうすをリアルにすることで恐怖感をあふらうとしたのだらう。
どこにでもあるやうな団地で、帰つてくると家族は自分のことは知らないといふ。
団地ごと宇宙人に乗つ取られてしまつたからだ。
あるいは原因は宇宙人ではないかもしれない。
たまたま自分がなにかのタイミングで異次元・異世界にすべりこんでしまつたのかも。
「ウルトラQ」から流れる「トワイライト・ゾーン」のやうな世界がそこにはある。

最近の特撮ヒーローものドラマにはない要素だ。
あるいは東映が「トワイライト・ゾーン」的なものに興味がないのかもしれない。
とくに戦隊ヒーローものは見るからに作りものといつた印象のセットが多いやうに思ふ。
現在のキュウレンジャーの宇宙船にしてもトッキュージャーの電車にしても、あるいはジュウレンジャーの人々が普段集まつてゐた場所の作りにしても、どこをとつても作りもののセットだ。
仮面ライダーもエグゼイドの病院の一室などは同様に見えたし、全般的に喫茶店やバーの作りも「こんな店ないよね」といつたやうすが見てとれる。

さう考へてみると「太陽戦隊サンバルカン」のサファリはよくできてゐたんだな。
セット自体はどこにでもありさうな喫茶店のそれだつた。
外観がうつることがあるからよけいにさう思つたのかもしれない。

作りものめいたセットが悪いといつてゐるのではない。
いつから作りもののセットがあたりまへになつたのかに興味があるのだつた。
いや、そらウルトラ警備隊の基地なんかだつてこれ以上の作りものはないよ。
「ウルトラセブン」の第一話などもよくぞ模型でここまで真に迫つた大火災を撮つたな、と思ふし。
でも、なんていふのかな、戦闘シーン以外の場面、普通の生活を描く場面を如何にも作りものですといつた風のセットで撮るやうになつた時期といふのが多分あるのだと思ふ。

模型で本物と見まがふやうな大火災といへば「怪奇大作戦」の「呪いの壺」だらうか。
去年「帝都物語」を見て、「「呪いの壺」の火災場面の方がずーつとよくできてゐる」と思つた。
残念ながら放映開始50周年を迎へる今年「怪奇大作戦」の再放送はなささうだ。少なくともやつがれの見られる局ではないらしい。
また「呪いの壺」を見て「寺が燃えてる!」と勘違ひする人がゐても困るのかもしれないな。

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Thursday, 26 October 2017

必殺仕掛人が好き

いはゆる必殺シリーズの再放送を日々見てゐる。

「必殺仕掛人」「必殺仕置人」「助け人走る」ときてゐて、このまま「暗闇仕留人」も放映してくれないかなあと思つてゐるところだ。

三作品見て、好きな順番でいふと「必殺仕掛人」「助け人走る」「必殺仕置人」かな。

なぜ「必殺仕掛人」が好きなのかといふと、話の筋が気に入つてゐる回が多いからだ。

再放送は録画をしてゐて、見る端から消してゐる。
「必殺仕掛人」は当初、なかなか消すことができなかつた。
第四話(放映してくれたんですよー。大友柳太朗がよくてねえ)くらゐ見て、「これはDVD Boxを買はう」と決め、消すことにした。
それくらゐ気に入つてゐる。
DVD Boxはまだ手に入れてはゐないけれどもね。

それでも消せてゐないのが第十二話「秋風二人旅」だ。
この回には天知茂が一人二役で登場する。侍の兄弟の役で、弟の素行に困つた兄が仕掛人に弟の始末を頼むといふ話だ。
仕掛人はきちんと依頼を果たすのだが、最後に梅安(緒形拳)は云ふ。
「もしかしたら、悪いのは依頼人だつた兄なんぢやないか」
といふやうなことを。

たいていの場合、必殺シリーズでは依頼人が悪かつたら依頼人も殺される。
さうでないと話に決着がつかないからかな。
なので、このオープンエンディング的な、実は一番悪い奴は野放し状態といふ終はり方にぐつと来てしまつたんだなあ。

必殺シリーズをはじめ、テレビの時代劇ドラマでは多くの場合、悪人は必ず処罰される。
必殺シリーズの場合だと、悪いことをした人間は必ず報復を受ける。
それを見て視聴者は溜飲を下げる。

それでいいのだらうか。

悪いことをした人間は必ず報ひを受ける、それは当然のことなのだらうか。
いやなことをされたら仕返しをしてもいいものだらうか。
現実の世の中では、答へは「否」だ。
さう思つてゐない人も多いよなと通勤電車に乗つてゐるときなどとくにさう思ふけれど、でも報復はよくない。いけないことだ。
いまの常識ではさういふことになつてゐると思ふ。

それはそれとして、やはり気持ちとしては仕返しはしたい。
でもできない。
さうした鬱憤を時代劇を見て晴らす。
晴らすだけならいいんだけどね。
さういふ話ばかり見てゐたら、「自分だつて仕返ししたい」と思ふやうになつてしまふのではないか。

なので、いまでは必殺シリーズを見るたびに「これはテレビの中のことだから」「これは作り話だから」と自分に云ひ聞かせるやうにしてゐる。
これが案外つらい。
つらいけど見てしまふんだけどね。

「必殺仕掛人」ではほかに佐藤慶の出演した第十九話「理想に仕掛けろ」も好きだ。
ちよつとあさま山荘を思はせるやうな話で、佐藤慶がカリスマ的な指導者の役を演じてゐる。
理想をよしとする左内(林与一)とそんなのうさんくさいよとする梅安とのやりとりが、いまはくどいやうな気もするが、これもいい。

あとは左内の過去の話とかもいいなあ。第八話「過去に追われる仕掛人」。
二人一役めいた話の第十話「命売りますもらいます」などはカメラワークもおもしろい。

やつぱりそのうちDVD Boxを買はう、と日記には書いておかう。

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Friday, 15 September 2017

あこがれの総髪撫付

総髪撫付系に弱い。
それも、軍学者系の髪を縛らないのに弱い。
時代劇を見てゐるとつくづくさう思ふ。

先日も「大江戸捜査網」は第三シリーズ第23話「恐怖の爆破作戦!」を見てゐて、天本英世演じる悪役が軍学者(兵法家といつてゐたかもしれない)で、総髪撫付と云ひたいところだが、髪の毛に油分も水分もまつたくないやうな、倉多江美のまんがに出てきてもをかしかないくらゐパサパサとした感じの撫でつけ感のまつたくない髪型で出てきて、それだけでぐつときてしまつた。
この回は理想に燃える若者として誠直也も出てゐて、特撮好きにはちよつとたまらない回だつたりはするが、それはまた別の話。

総髪で、しかも倉多江美ばりのパサパサ感が実に天本英世的でそこもよかつたんだよなあ。

時代劇で総髪撫付といふと、脳裡に浮かぶのは佐藤慶だつたり成田三樹夫だつたりするので、原点はそのあたりなのかもしれない。
似合ふよね、佐藤慶も成田三樹夫も。

「なのかもしれない」と書くくらゐなので、原点の記憶はない。
なぜ総髪撫付を好きになつたのかも不明だ。
基本的にみんな髷を結つてゐる中に、たいていはひとりだけオールバックで長く髪を垂らしてゐるところがよかつたのか。
はたまた、かういふ出で立ちで出てくる人物はほぼ間違ひなく悪役で、さういふところがよかつたのか。
両方かな。
まれに儒家とか山伏だつたりすることもあるけれど、これまたたいていは軍学者とか兵法家のことが多いのでインテリだつたりするしね。

悪のインテリをぢさま
ああ、流れ着く先はそこか。

木原敏江が、「江戸時代は髪の毛が風になびかなくてつまらない」といふやうなことを云つてゐたことがある。
インタヴューに答へた、みたやうな記事だつたやうに記憶する。
それを読んで、「それはそのとほりだなあ」と思つた。
さう云ひながら歌舞伎見るんでせう、といはれるとぐうの音も出ない。
でも、歌舞伎には歌舞伎のよさがある。
お姫さまのかんざしがゆらゆら揺れたりね。
助六さんなら鉢巻がなびいたり。
もつと云ふと、シケ(ほつれ毛)の揺れるさまなんていふのは、はたいふべきにもあらず、といふ感じで実にいい。

まんがでさういふのを表現するのはむつかしいんだらうなあ。

さういへば、時代劇を見てゐて軍学者だの兵法家だのの髪の毛が風になびくやうすといふのはあまり見たことがない。
みづから手を下すことがあまりないからか。
それともあの髪の毛はびつちり撫でつけてあつて、風になびかないやうになつてゐるのか。
単にやつがれが粗忽で見逃してゐるだけなのか。
今後も総髪撫付には注目していきたい。

ところで、ああいふ髪型に対するあこがれといふのもあつたりする。
なんだらう、時代劇でほぼ唯一、まねできさうな髪型だからかな。

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