Friday, 11 September 2020

思うてたんと違ふ「ブックスマート」

昨日、「ブックスマート」を見てきた。
ロサンジェルスのとある高校三年生の物語だ。
生徒会長をつとめる主人公はいはゆるガリ勉(booksmart)だ。
高校生活を勉学に勤しんできた。おかげで九月からはイェール大学に行くことになつてゐる。
ところが明日は卒業式といふ日、これまで勉強もろくにせずフラフラ遊んでゐると思つてゐた同学年の生徒たちがみなアイヴィーリーグの大学やジョージタウン大学への進学、進学しないものはGoogleへの就職を決めてゐることを知る。
「勉強や試験なんてバカにしてきたくせに」と云ふ主人公に、フラフラ遊んでゐた(と主人公は思つてゐる)生徒のひとりが云ふ。
「勉強や試験だけぢやなくて、ほかのことも大切にしてきたんだよ」と。

そこで主人公は一念発起し、やはり勉強一筋でやつてきた親友を巻き込んで、高校生活最後の夜にいままで勉強の犠牲にしてきたことを全部やらう、卒業生の乱痴気パーティに参加しやう、ともちかけるのだつた。

ここまで見て、「なんか違ふな」と思つた。
主人公が、ほかのこと、高校生だつたらしたいやうな楽しいことをすべてあきらめて或は犠牲にして勉強してきた、といふのがなんだかひつかかつた。
そんなの、自業自得ぢやん。
好きでやつてたんぢやなかつたの?

親友の方はどうやら「高校生らしい楽しみ」にはそれほど興味はないらしく、ほかの生徒が遊んでゐてかつ一流大学に行くことについてもそんなに感慨はないし、別段パーティに行きたいとも思はない。
でも、大の親友の主人公の頼みだから、そこは行動を共にすることになる。

もし、主人公がいはゆる高校生らしい楽しみや遊びに興味がなく、遊んできたと自分は思つてゐる生徒たちが名の知れた大学に進学するといふ話を聞いても全然動じなかつたら、物語にならない。
つまらない映画になつてしまふ。

でもなー、別にいいぢやん、勉強三昧の高校生活だつて。
そもそも主人公には確たる将来の夢があるんだしさ。
それに邁進するつて、それだつてすばらしいことだと思ふんだがなあ。
なんか、結局、勉強だけつてつまらないよね、みたようなさ。
「だけ」はよくないのかもしれないけれど、でも、勉強楽しいぢやん、みたやうなさ。
それは親友の方が引き受けてくれてゐるのかもしれないけれども。

主人公は、高校生らしく遊んでゐる同学年の生徒たちを見下すやうにして勉強してきた。
それは自己評価が低いからといふ面もある。
この映画は、自己肯定感や自分らしくあることを描いたものでもある。
最近はさういふ映画が多いよね。

終はり方もきれいだし、かういふ映画だとわかつた上でもう一度見たらまた評価も変はるかな。

| | Comments (0)

Friday, 14 August 2020

「パブリック 図書館の奇跡」と授業で出会ふ本

「パブリック 図書館の奇跡(以下「パブリック」)」を見てきた。
真冬のオハイオ州シンシナティの公共図書館を舞台にした映画だ。
中西部の冬は厳しい。
ホームレスを収容できる施設は不足してゐる。
そこで、大寒波のある夜、あぶれたホームレスたちが図書館に居座る、そんな話である。

これをして、ホームレスの問題としてとりあげる向きが多い。
たとへば去年の台風のときの台東区の事件ね。
ホームレスの人が避難所に行つたら拒絶された、といふ。
人間とは、生きる権利とは、みたやうな話ね。

映画の中ではこの事件を自分の有利に使はうとする次期市長候補の姿などもうつる。
ホームレスたちと残つてゐる図書館員(エミリオ・エステヴェス演じるスチュアート・グッドソン)の過去をあばき、危険な人物として報道するニュースのアナウンサもゐる。

パンフレットなどもさうした内容ばかりで、でも、それだけぢやないんだよなあ、と、なんだか歯がゆくてならない。

やつがれがこの映画で一番心鷲づかみにされた部分、それは、学校で強制的に読まされる小説が大きな役割を果たすといふ、その一点なのだ。

グッドソンには部下(といつていいだらう)がゐる。
マイラといつて、グッドソンとともに社会科学などを扱ふ部署で働いてゐる、いはゆる「エコフレンドリー」な図書館員だ。
マイラは文学を扱ふ部署に異動したくてたまらない。
なぜといつて、マイラのヒーローは、高校のときに出会つて以来ずつとジョン・スタインベックだからだ。

ここ、ちよつと曖昧な記憶しかないのだが、おそらくマイラは授業でスタインベックに出会つたのだと思ふ。
米国の高校では、日本でいふところの一年生のときにさまざまな長編小説を読ませる。
州などによつても違ふのかもしれないが、「白鯨」とか「アラバマ物語」、「二都物語」などさまざまある。
スタインベックの「怒りの葡萄」もその中の一作だ。

マイラのヒーローの著作であるがゆゑに、渠らの職場の机の上には「怒りの葡萄」がおいてある。
ホームレスたちが居座り、グッドソンの住まふアパートの管理人であるアンジェラが中継にきたニュースのアナウンサにグッドソンと連絡がつくやう取り持つ。
アナウンサは、大事件にしたいので、グッドソンが危険人物であり、ホームレスたちを人質のやうにしてたてこもつてゐることにしたい。
そんなアナウンサの「いまのお気持ちは?」的な質問に、グッドソンは「怒りの葡萄」の一説を淡々と読み上げる。
この場面、単に本からの引用を読み上げるだけの場面に、ぐつと引きつけられてしまつた。

アナウンサにはなんのことだかさつぱりわからない。
だが、そばにゐたアンジェラ、そしてたまたまとほりかかつたマイラにはわかる。
マイラはいふ。
「スタインベック。高校一年生で読むよ」と。

おそらく、TVでニュースを見てゐた人々の大半はアナウンサのやうになにがなんだかわからないのかもしれない。
でも中にはゐるだらう。
アンジェラや、あるひはマイラのやうに「あ、「怒りの葡萄」だ」とわかる視聴者が。
中にはいままさに読んでゐる最中の高校一年生もゐるかもしれないし(TVではなくてスマートフォンで見ているかもしれないが)、去年読んだばかりの二年生もゐるかもしれない。
その中には「好きなんだよ、「怒りの葡萄」」つて人もゐるだらう。

学校で強制的に読まされる小説だといふのに。
あるひは学校で問答無用で引きあはせられた小説だから。

Twitterを見てゐると、なんとはなし「その声は、我が友、李徴子ではないか」とつぶやいたりだとか、「馬鹿だ」「僕は馬鹿だ」といつてみたりだとかいふものがある。
これは、「わかる人にわかればいい」といふつぶやきだとは思ふ。
だが、「高校でやるんだし、それなりに多くの人に伝はるだらう」といふ思ひもあるだらう。
あるひは、高校で出会つて、忘れられない相手になつてしまつた小説だから、つひつぶやいてしまつた。さういふこともあるかもしれない。

出会ひは偶然でもなんでもなく、学校の選んだ教科書の都合だつた。
でも、あるひはだから、それが意味を持つこともある。
「パブリック」のその場面を見てゐてさう思つたんだなあ。

図書館の中には、作家とその作家の有名な引用文を印刷した大きな垂れ幕がいくつか飾られてゐる。
これは映画のために作つたもので、いまでも舞台となつた図書館に飾られてゐるものなのださうだ。
映画を見てゐて気になつてはゐたけれど、なにが書いてあつたのかちやんと読めてゐない。
もう一度行く機会があつたら全部確認したい。

間に合ふかなあ。

| | Comments (0)

Friday, 17 July 2020

Dolby, LIVE サウンド, LIVE ZOUND で見た「ボヘミアン・ラプソディ」

先週の金曜日から今週の木曜日にかけて一週間、チネチッタではLIVE ZOUNDレーザーとLIVE サウンド&RGBレーザー、T・ジョイ横浜ではDolby Cinemaで「ボヘミアン・ラプソディ」を見た。
個人的な感想としては、バランスのDolby、リアルなLIVE サウンド、大迫力のLIVE ZOUNDといつたところだ。

Dolbyは、セリフもひとつひとつ明瞭に聞こえてくる。
USツアーの途上、フレディが英国にゐるメアリーと電話をする場面がある。
この電話越しのメアリーのセリフなどがとてもよく聞き取れる。
「Nothing as exciting as America.」といふセリフでは、最後の「アメリカ」がよく聞き取れないことがあるのだが、Dolbyではしつかり聞こえる。
ほかのセリフについてもさう。
音量は大きいと思ふのに音楽を聞いてゐてもつらくない。
BIBAの店内で流れる曲は店のBGMといふよりは劇伴のやうに聞こえる。

セリフといふことでいふと、LIVE サウンドもよく聞こえるものの、通常のセリフに若干エフェクトがかかつてゐるやうな感じがする。立川シネマシティほどではないけれどもね。
その代はりなのかもしれないが、電話越しのセリフもクリアだし、なにより背景のセリフがはつきり聞き取りやすい。
フレディの誕生日会でのみんなの会話とかね。
ジョン・リードとの初会合の席でフレディを待つ三人の会話とか。
マディソン・スクウェア・ガーデンでのライヴ後のバックステージの会話。
LIVE AID のリハーサル後に飲みに行かないかといふ話をするジョン、ロジャー、ブライアンのやりとり。
これまで小さくて聞き取りづらかつたセリフがはつきり聞こえてくる。
マニアにはたまらないでせう。
なんとなく自分もその場にゐるやうな気分になる。

LIVE サウンドがリアルな感じがする点がもう一つある。
DolbyではクリアだつたBIBAの試着室で流れる曲が、店内で流してゐる曲のやうに聞こえることだ。
よく聞こえるのだけれども、試着室だからちよつと遠い、みたやうな。

LIVE ZOUND はセリフといふ意味では普通だと思ふ。
セリフはセリフで聞き取りやすい。ただし、DolbyやLIVE サウンドのやうな明瞭さはない。
LIVE ZOUND の特徴は音楽が腹ばかりか心臓にも響くところだ。
20世紀FOXの出だしのパーカッションからして圧力があり、ギターの「ばびゅ〜ん!」が劇場を貫いていく。
Synchronised Miami Wembly Version だから、LIVE AID が大音量なのはもちろんだけれども、「We Will Rock You」の迫力は群を抜いてゐる。

個人的にランク付けをすると、セリフについては Dolby > LIVE サウンド > LIVE ZOUND かな。
ガヤも聞きたい向きには LIVE サウンド > Dolby > LIVE ZOUND だ。
音楽については、バランス重視なら Dolby > LIVE サウンド ≒ LIVE ZOUND。
20世紀FOXのファンファーレは LIVE ZOUDND >>>>> LIVE サウンド > Dolby。
はじめて見に行くならDolbyだらうなあ。

あと、LIVE サウンドと LIVE ZOUND ではライヴでロジャーの歌声がかなり聞こえてくる。
Dolbyはそれほどでもない。この映画はさういふ編集方針のやうに見受けられるので、Dolbyが正解なのかもしれない。
ライヴの時はコーラス部分のロジャーの声が結構聞こえてくる気はするけれども。

| | Comments (0)

Friday, 03 July 2020

映画の中の音楽とその使はれ方

先日、T・ジョイ横浜で「ベイビー・ドライバー」を見た。
T・ジョイ横浜は、横浜駅直結のビルにできた映画館だ。NEWoManの中にある。
ここでゲキ×シネの「けむりの軍団」の先行上映をすると聞いて、予告篇のひとつも見られないかと行つてみたのだつた。
「ベイビー・ドライバー」は以前見たことがある。
ほんとはなにか新しい映画または見たことのない映画を見たいところだつたけれども、これといつてなかつたので「ベイビー・ドライバー」になつた。

そんなに好きな映画なのか、と問はれると、「うん」とは云ひ難い。
でも、もう一度、できれば応援上映のときに見てみたいなあと思つてゐた。
「Brighton Rock」とか、一緒に歌つてみたいぢやん。
あるいは「Baby Driver」とかさ。

公開当時この映画の噂はTwitterのTLで見てゐて、「え、そんな映画なのに「Baby Driver」なの? サイモン&ガーファンクルなの?」と思つた。
それで見に行つたら、やつぱりS&Gだつたわけだ。
S&Gには好きな曲はいくつもあるけれど、「Baby Driver」は一番脳内ループしやすい曲だ。
気がつくと歌つてゐる。
しかも、劇中「Brighton Rock」がすばらしい使はれかたをしてゐる。
今回見て、「ああ、これはいい使ひかただな」とあらためて思つた。

自分が好きな曲がドラマや映画に使はれるのつて、なにかとむつかしい。
おなじクイーンでいふと、去年上演された野田秀樹の「Q」だ。
劇中で「オペラ座の夜」に収録されてゐる曲をすべて使ふといふことだつた。
当時Twitterで検索をかけたところ、この件でだいぶおかんむりのクイーン・ファンがゐた。
曲の使ひ方がひどすぎる、といふのだ。
曲がぶつ切りすぎる、とか。
これはまあ、仕方のないことかと思ふ。
全部かけてゐたらそれだけで45分ほどかかつてしまふし。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」だつて編集せずに流した曲はほとんどないはずだ。編集がうまかつたといふことはあるけれども。
或は、歌詞の意味などなにも考へずに雰囲気だけで使つてゐる、とか。

実際に観に行つて思つたのは、別段「オペラ座の夜」の全曲を使ふ必要はなかつのたにな、といふことだ。
「Love of My Life」だけでよかつたのではあるまいか。
あとはせいぜい「Bohemian Rhapsody」くらゐで。
さう云ひながら「Lazing on a Sunday Afternoon」の使ひ方にはちよつと背筋がゾッとしたことも確かだけれども。「There he goes again」の部分ね。

一方、「ベイビー・ドライバー」の「Brighton Rock」の使ひ方はどうだらう。
以下は映画の核心に触れる部分があるので、ネタバレを厭ふ向きにはお気をつけ願ひたい。

まづはかんたんに映画の内容を説明しやう。
主人公は耳に障害を負つた孤児の青年、通称ベイビーだ。
こどものころ、両親と車に乗つてゐるときに交通事故にあつて、それ以来耳鳴りがやまない。
両親はこの事故で命を落とした。
耳鳴りを消すためにiPod等で四六時中音楽を聞いてゐる。
運転の腕はピカイチで、強盗を指揮する男の元で働いてゐる。
といふのも、大量の麻薬を乗せた男の高級車を盗み、車を麻薬ごとダメにしてしまつたことがあるからだ。
その負債を返すために男の悪事に加担してゐる。
強盗はベイビー以外は毎回メンバーを入れ替へて行ふ。

あるとき、メンバーのひとりバディがベイビーに何を聞いてゐるのかと問ふ。
「Brighton Rock」だと知ると、バディは「あのすごいギターソロのある曲だろ?」などと云ひ、自分にも聞かせてほしいとベイビーのヘッドホンの片方を借りる。
「何度も聞いたよ、「Sheer Heart Attack」」だとか「兄貴が練習してゐた」などと語る口調もどこか熱い。
さうさう、好きな曲を語る時つてさうなるよね。
それも、おそらくは普段は聞いてゐないけれども、若い頃幼い頃好きで何度も聞いたやうな曲について語る時はさ。
多分、バディは「Sheer Heart Attack」リリース時にはまだ幼かつただらう。
だから「兄貴が」といふセリフが出てくる。
年の離れた兄貴だつたに違ひない。
セリフからさうしたこともわかる。

このメンバーでの強盗は失敗に終はる。
それによつて恋人を失つたバディは、ベイビーを仇とつけねらふ。
ここで「Brighton Rock」が流れるんだなあ。
車の騒音や銃声でかき消される部分もあるし、編集によるカットもある。
だが、この場面の「Brighton Rock」の使ひ方はすばらしい。
ベイビーとバディとがともに聞いた曲であることもひとつ。
それまで比較的理屈の通用するタイプだつたバディが狂気を見せる、そのやうすと曲の狂気とが相乗効果を見せる。
さう、この場面で流れる「Brighton Rock」は狂気だ。
#「The Dark Side of the Moon」ぢやないよ(笑)。
狂気の「Brighton Rock」。
いいなあ。
歌詞も意味深といへばさう。
ずつと正体を隠してきた人間を歌つた歌だもの。

そんなわけで、見に行つてすつかり満足して帰つてきたのだつた。
さういや予告篇で「地獄の黙示録」を見た。
この映画も「ヴァルキューレの騎行」の使ひ方がすごいよね。
あの曲を聞くとヘリコプタが脳裡に浮かぶもの。

| | Comments (0)

Friday, 29 May 2020

逆輸入: スパイク・スピーゲル

久しぶりに「Tank!」を聞いた。
アニメ「COWBOY BEBOP」の主題歌だ。
ここのところ新型コロナウィルスの流行で演奏家や歌手がそれぞれの居場所にゐながらセッションをしてその動画を投稿するといふことがしばしばある。
「Tank!」もそのひとつだつたやうだ。

「COWBOY BEBOP」といえば、ハリウッドで実写化といふ話はどこにいつたのだらうか。
最初はキアヌ・リーブス主演で、といふ話だつた。
その後実写化の企画は流れたといふ話で、しかし、やはり生きてゐるといふ話を聞いてそのままになつてゐる。

その「Tank!」を聞いたときにこんなことをつぶやいてゐる

そういや、母さん、消えたと思ったら生きてた「COWBOY BEBOP」の実写映画化、どうなつたんでしょうね。ええ、夏、碓氷から霧積へ行く道で見たあの「COWBOY BEBOP」ですよ。母さん、あれは好きなアニメでしたよ。
これへの返信で「松田優作つながり」とも。

こどものころ、松田優作はそんなに好きではなかつた。
といふか、自分には関係のない俳優といふ感じだつた。
主役体質の俳優はあまり好きにならない。
それはいまも昔も変はらない。
脇役の松田優作つてあんまし記憶にないんだよね。
見るときはいつも主役。
そして、一緒に出てゐる脇役に気を取られてしまふ。
有り体にいへば成田三樹夫とかですね。

それが、二年前に「探偵物語」の再放送を見てゐたら、これがなんだかいいのだ。
工藤ちやん、スパイクみたやう。
それが理由だつた。

逆だらう?
「COWBOY BEBOP」のスパイク・スピーゲルが松田優作(&ブルース・リー, and all)だらう?

さうなんだけどさ。
なんかかう、逆輸入的に(違ふか)よかつたのだ。
同時期に「蘇る金狼」とか「最も危険な遊戯」とかを映画館で見る機会があつて、やつぱりスパイクだなあ、としみじみ思つた。
シルエットとかね。動きとか。とつてもスパイク。

スパイク・スピーゲルが好きな理由は、主人公なのに主人公臭がないことだ。
主役なんだけどな。
そして、「COWBOY BEBOP」が好きな理由のひとつもそこにある。
思へば「銀河旋風ブライガー」や「疾風!アイアンリーガー」が好きなのもそれだ。
主人公が主人公つぽくない。

で、「探偵物語」や「蘇る金狼」を見返して松田優作のことが好きになつたかといふと、うーん、多分、さうでもない。
でも、以前より出演作があつたら見てみたいなと思ふやうになつた気はする。
二年前に映画館に行つたのも、「ちよつと確認してみるか」といふ気持ちだつたやうに思ふし。

かくして新たな道が開けることもあるのだなあ。

| | Comments (0)

Friday, 20 March 2020

自己肯定感と「スローな武士にしてくれ」

NHKの地上波で「スローな武士にしてくれ」の再放送を見た。
衛星放送で放映したときは二時間だつたのが一時間半に短縮されてゐたと見終はつてから聞いたが、自分でどうかうできる問題ではないので仕方がない。

おそらくはあちらこちらで紹介されてゐることとは思ふが念のためあらすじを書いておく。
京都は太秦にある京映撮影所に、NHKから最新技術を駆使したパイロット版の時代劇を撮らないかといふ依頼が舞い込む。
京映側は監督はじめヴェテラン揃ひで、つまりは最新技術には疎いがドラマ作りにおいては一流の人材ばかり。
主役にはパイロット版といふこともあり、殺陣の腕前は抜群だがセリフを云はせると声がひつくり返つてしまふ大部屋俳優・村田茂雄を大抜擢する。
撮るのは新選組のドラマ。主人公は近藤勇で、池田屋討ち入りをクライマックスにもつていく。
NHK技術ラボのほこるさまざまな最新鋭の技術を用ゐて、撮影はつづく。
みたやうな。

あとはもう池田屋の場面を撮るばかり、村田茂雄こと茂ちやんが大部屋で愛妻弁当を食べてゐる場面がある。
そこに仲間である大部屋俳優の城ちやんが入つてくる。
茂ちやんは城ちやんに云ふ。
この撮影ももうあと少し。これが終はつたら晴れて大部屋俳優に戻れる、身の丈にあつた斬られ役に戻る、と。
語り口調も穏やかで、それが一番いいことなのだといつたやうす。

これに城ちやんが食つてかかる。
自分(たち)が茂ちやんのことをどんなにうらやんでゐるか、主役が分不相応だなんてどの口で云へる、どれだけ恵まれてゐるのか、わかつてゐないのか。
違ふところもあらうが、まあ、概ねそんなことをぶちまける。

実は城ちやんは茂ちやんの奥さんのことが好きだつたりもする。それで茂ちやんのことをうらやんでゐるといふこともあるのだが、でも、どちらかといふと、城ちやんは茂ちやんの腕前を認めてゐるんだと思ふ。

チャンバラの腕前は誰にも負けないのに、緊張しがちでセリフを云はせれば声の裏返つてしまふ茂ちやんが、はがゆくて仕方がない。
さういふ面もあるのぢやあるまいか。

翻つて、茂ちやんの気持ちもわかる。
茂ちやんは、おそらくあんまり自己肯定感の高い人ぢやないのだ。
いつでも監督はじめいろんな人からセリフがまづいの演技ができないだのと叱られて、自己肯定感を持てといふ方がムリな状況にずつとゐたんだと思ふ。
だから、主役に抜擢されても「パイロット版でセリフがなくてもすむから」「殺陣の腕を買はれただけだから」「だからこの撮影が終はつたらもとの暮らしに戻るだけ」、そんな風に考へてゐる。
この大抜擢をきつかけにのしあがらうとか思つてゐない。
だいたい年も年だしね、とか。

でも、あんなにすばらしい腕の持ち主なのに。
と、ドラマを見る方は城ちやんに共感するのに違ひない。
自分を卑下しがちな人間は、「さうは云つてもさ」と思つたりするんだらうけれど。

物語の主人公で自己肯定感の高くない人物には、なにかしら他の追随を許さぬやうな能力がそなはつてゐたりする。
現実はなかなかさうはいかないんだけどね。

城ちやんにいろいろ云はれて、茂ちやんは自分の境遇をちよつと見直す。
あとはドラマを見てもらひたい。

| | Comments (0)

Friday, 10 January 2020

TVドラマと映画

去年映画館や上映会で20本以上映画を見てゐるといふので我ながら驚いた、と先日書いた。
あれこれ見返してゐて、もしかしたら録画機が壊れたことが理由なのではないかと思つた。
四年前に、「地方局でなら時代劇の再放送をしてるかも?」と思つてTV欄を確認してみたら放映してゐるぢやあありませんか。

といふわけで、そこから「鬼平犯科帳」「大江戸捜査網」「座頭市物語」「必殺シリーズ」などを日々見てゐた。
楽しかつたねえ。
ここにも何度か感想めいたものを書いてゐる。
録画を見ながら実況めいたことを呟いたりして、フォローしてくだすつてゐる方々にはさぞかしご迷惑だつたことかと思ふ。

そのころはもうほとんどTVを見てゐなかつた。
日々の天気予報と、日曜の朝のこども向け番組と将棋番組、見てもそれくらゐだつた。
でも、時代劇の再放送を見てゐると、「TV、おもしろいぢやん」と思へた。
そのうち「傷だらけの天使」も見たりとかね。おもしろかつたね。
出演する俳優がかぶつてゐたりするのもよかつたのかもしれない。

それが見られなくなつて、一年くらゐたつ。
あのときの楽しい体験をもう一度。
さう思つて映画を見に行つてしまふのかもしれない。
だから新作映画は4本くらゐしか見てゐないのかも。

映画は好きではあるけれど、映画館にはそれほど行くことはなかつた。
家で見るといふこともあまりしない。
自分はさうだと思つてゐたんだけどね。

今年はどうなるだらうか。

| | Comments (0)

Friday, 20 December 2019

「アナと世界の終わり」

現在は別の「アナ」の映画が上映されてゐるかもしれないが、いまさらながら「アナと世界の終わり(Anna and the Apocalypse)」である。

ホラー映画は苦手だ。
怖いからだ。

それなのに、なぜ見てしまつたのか。
別の映画に通つてゐるあひだ、何度もこの映画の予告篇を見たからだ。
云ふでせう、ゴキブリだつて毎日見てゐるうちに平気になつてくるつて。
予告篇にはゾンビはほとんど出てこないが、とにかくこの映画を見たくなつてしまふくらゐ何度も見た。

予告篇を見るうち、主役のアナが気になつてねえ。エラ・ハントが演じてゐる。
また、ともにゾンビと戦ふらしいボーイッシュな子もよかつた。ステフといふ名前で、サラ・スワイヤーが演じてゐる。
さらに、アナが決意の表情で云ふ「YOU are my best friend.」といふせりふにぐつときてしまつた。
「ボヘミアン・ラプソディ」とか見てるころだつたからさ。

で、見に行つてよかつたと思つたけれど、でももう二度とホラー映画は見に行かないな、と思った。

なぜといつて、ホラー映画の予告篇はやつぱりホラー映画だからだ、といふのがまづ一つ。
予告篇が怖い映画ばかりなんですよ。

あと、やはりゾンビは怖い。
見てくれが怖いし、動きは緩慢なのになかなか倒せないのも怖い。

でも映画はおもしろかつた。
過去のゾンビ映画へのオマージュがそこかしこにちりばめられてゐたといふ、そのおもしろさは残念ながらわからなかつたけど(見てゐないからね、過去のゾンビ映画を)、ゾンビ映画なのにミュージカル、といふのがとても奇妙でよかつた。
歌もひとつひとつとてもいい。

イギリスのどこか郊外の街で暮らす高校三年生の、先行きの見えぬ状況、見えぬなりに「ああしたい」「かうしたい」といふことはある、さういふ希望と不安と不満とにゆれ動く感じ。
ゾンビだらけのこの街を出て行つたとして、世界中がゾンビだらけかもしれないといふおそろしさ。
なにしろジャスティン・ビーヴァーもゾンビになつてしまふんだからね、この映画の中では。
しかも世の中はクリスマスなのに。

登場人物も魅力的だ。
予告篇で気に入つたアナとステフとは、やつぱりすてきだつた。
ステフはおそらくLGBTなんだと思ふ。親がフリーダムで、その結果娘が生活苦の人々などを助ける運動に邁進してゐて学校と衝突する、といふやうに見えておもしろい。

アナは、魅力的だ。
ちよつとした表情がとてもチャーミングだし、歌も踊りも演技もいい。
振り付けはステフを演じたサラ・スワイヤーが担当したといふ。
アナは、母を亡くして父と二人暮らしで、父には大学に行くといふ話をしてゐるが、密かに海外に出やうとしてゐる。いはゆる gap yaer といふものだと思ふのだが、映画の冒頭でその計画が父にバレて反対される。

父との軋轢、学校での満たされぬ日々、元カレや友人との関係、将来への期待と不安、そこにゾンビ、ですよ。

ほかの登場人物もいいんだけど、中でも悪役な教頭のサヴェッジが「日本でやつたら粟根まこと」といふ感じでよかつたなあ。
ひどい奴なんだよ、このサヴェッジが。名前も名前だけどさ。

サウンドトラックを買ふつもりで買へてゐない。
最近はCDとか出ないんですね。

クリスマスの時期でもあるし、ダウンロードしてみるかな。

| | Comments (0)

Friday, 13 December 2019

今年見た映画 2019

討入りイヴともなると、もう今年も終はりだなあと思ふ。

夕べは「今年最後の満月」などといつてもりあがつてゐたが、かういふのはあまり好きではない。
満月なんていつだつてこの世で最後かもしれないぢやあないか。
「今年最後」だとかいふ人は、あまり死を思ふことはないのだらう。
思つたからといつていいことがあるわけではないが。
あまり思はない方があつさり死ねるのかもしれないしな。
死のことばかり考へてゐると、去り際が意地汚くなる可能性もある。
よくわからないけれど。

とはいへ、今年一番おもしろかつた本だとか芝居だとか落語だとか映画だとかをあげるのはいいと思つてゐる。
なにかの区切りを設けて、その期間、自分がどうしてゐたのかをふり返るのはよいことだ。
たぶんな。

しかし、本はまだ読むし、芝居はまだ歌舞伎座も国立劇場も新橋演舞場も残つてゐる。落語会にもまだ行く予定だ。
映画は「カツベン!」を見に行くつもりでゐるが、年内はそれくらゐかな。

でも今年見た新作映画はいまのところ四本だけだ。
・映画 刀剣乱舞
・翔んで埼玉
・アナと世界の終わり
・ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

映画館(上映会も含む)には四十回以上行つてゐるんだけどねえ。
そんなわけで、リヴァイヴァルといふか再上映でおもしろかつたのは「ベン・ハー」とか「雄呂血」とか「聖なる酔っ払いの伝説」とかだらうか。
あ、今年は「仁義なき戦い」の一挙上映も見たのだつた。これはおもしろかつたけれどさすがに疲れた。来年はちよつと考へたい。

新作映画でいふと、「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」が圧倒的におもしろかつた。
ドキュメンタリなので別枠かもしれないが、おもしろいものに境界はない。

図書館とはなにか。
資料を保存するところか。
利用者に本をはじめとする知識・情報を提供するところか。
それはさうなのだけれども、それを端緒にさまざまなことを行つてゐるのがニューヨーク公共図書館だ。
目指すところは人々の幸せ、といふと抽象的か。
如何に自立して生きていけるか。
その手助けをしてゐるところだ。

本邦の図書館もかうなのか。
あるいはかういふ取り組みをしてゐる図書館もあるのか。
不明にして知らない。
本邦では司書の地位がさがるばかりで、といふ話がある。
かつて、図書館といふのはおそろしいところだつた。
かつて、本の貸し借りをするカウンタにゐる司書はひどく無愛想だつた。
それがいまは違ふ。
カウンタにゐる人は明るい人ばかりだ。心なしか依然よりも腰が低いやうな気さへする。
委託の業者から派遣されてゐる人たちなのだ、といふことをのちに知つた。
では以前ゐた司書の人々はどうしてゐるのだらう。

また、数年前から民間の企業が図書館の運営を司るといふ事例が取り沙汰されてゐる。
その結果、重要な資料が大量に廃棄されてしまつたといふニュースも見かけた。

図書館つてなに?
「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を見て、あらためて考へてしまふ。

ほかの映画についても書きたいが、とくに「絶対見ることはない」と思つてゐたゾンビ映画の「アナと世界の終わり」については書きたいのだが、機会があればまた。

| | Comments (0)

Monday, 02 December 2019

This-Is-The-BBC Waistcoat

This_Is-The-BBC Waistcoat

スチームアイロンをあてるのはあきらめて(我が家にはもう霧吹きはない。「いだてん」を見て「捨てるのではなかつたか」と思ふことしきり)、とりあへずヴェストを仕上げてみた。

その名も「This-Is-The-BBC Waistcoat」だ。

説明しやう!
このヴェストは映画「ボヘミアン・ラプソディ」でほんものの方のブライアン・メイが着てゐたヴェストをモデルに編んだものだ。

BBCの「トップ・オブ・ザ・ポップス」といふ番組でクイーンが「Killer Queen」を披露する場面に、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラーをはじめとする関係者がモブ的に出演してゐる。

出演してはゐるけれど、人によつてはScreenXでないと確認できないやうだ。
映画のBlu-rayを見てもわからないんぢやないかな。Blu-rayは見てゐないからわからないけれど。

そんなわけで、形もメンズのヴェストを参考にして、色はできうるかぎりモデルに近いものを選んだ。
名前も英国風にwaistcoatだ。全然正装向きぢやないけれど。
でも、ワイシャツにネクタイをしめた上にこれを着て職場に行つても全然問題ないと思ふ。ヴェスト禁止といふことさへなければ。

おなじ場面でほんものの方のロジャー・テイラーの着てゐたカーディガンも編みたいと思つてゐる。
灰色のちよいとへちまカラーみたやうなカーディガンで細い縄編み模様が入つてゐる。
なにもないところが編みはじめることを考へると、かなりの大作だ。すくなくともやつがれにとつては。
また、背中がどうなつてゐるのかわからないといふのも痛い。
いづれにせよ、この冬のあひだに完成することはないと思つてゐる。
まづモデルとおなじ模様が編めないといけないしねえ。

この場面のブライアンのヴェストの色とロジャーのシャツの色とがほぼおなじだつたりするのもおもしろい。

そんなわけで、久しぶりのヲタ編みだつた。

| | Comments (0)

より以前の記事一覧