Wednesday, 08 May 2019

手帳探しに余念がない

Bullet Journal にふさはしいノート/手帳を探してゐる。

連休中、申し訳程度に机のまはりを片づけた。
そのとき、Bullet Journal をはじめたばかりのころのノートがでてきた。
三年前に使つてゐたものだ。
MDノートの新書サイズで、「人形劇三国志」の関羽のブックカヴァの上にMDノートの透明のカヴァをかけて使つてゐた。

ぱらぱらめくつてみると、いまよりずつといろんなことが書き込んである。
そして、不思議と見やすい。
日々の予定やタスク以外に、メモや見た芝居、聞いた落語、読んだ本のことなど、あれこれ書き付けてゐた。
まだCollection Logs のことなど知らなかつたので、手当たり次第に書いてゐた。

これが案外おもしろいんだな。
手帳といふものは、未来の自分が読んでおもしろいと思ふことを書き留めるもの、と、以前から思つてはゐるが、ちやんとさういふ手帳になつてゐる。

遣ひはじめて二週間もすると、この一冊を持つてゐるだけで妙に安心したものだつた。
必要なことは全部ここに書いてあるし全部ここに書けばいい。
いままで感じたことのない気持ちだつた。

それまでは予定はスケジュール帳、メモなど用の手帳、さらになにかあればそれ専用の手帳といふやうに、手帳やノートを複数使つてゐた。
よく「ノートは一冊にまとめなさい」などと云ふし、自分ではさうしてゐたつもりだつたけれど、気がつくとさうなつてゐた。
でも Bullet Journal なら、ほぼ「ノートは一冊にまとめ」ることができる。

MDノートのあとはシステム手帳で Bullet Journal を実践してゐた。
システム手帳、すごくいいんだけれど、左側のページには書きづらいし、かさばる。
どこにでも持ち歩くといふわけにはいかなかつた。

それで Bullet Journal に書き込むことが少なくなつていつたのかもしれない。

三年前の後半と、一昨年、去年とシステム手帳のバイブルサイズを使つてゐた。
今年はちよつと気分を変へて LEUCHTTRUM のA5サイズを使つてゐる。
いまのところ、文句なく使へてゐるが、やはりかさばる。
持ち歩くかばんの中には小さすぎてA5サイズを入れられないものもある。
といふわけで、いつでも持ち歩くといふわけにはいかないのはシステム手帳のときと同じだ。
それでやつぱり書き込みが少なくなつてゐるのだらうなあ。

三年前のMDノートを見るとさう思ふ。

あるいは、三年前は気持ちにもゆとりがあつたのかもしれない。
手帳にあれこれ書き込む気力があつたのかも。
Bullet Journal をはじめたばかりで、あれもこれも書いてみやうといふ気でゐたといふことも考へられる。

手帳は、やはりつねに携帯できるものに限るのかもしれないなあ。

といふわけで、LEUCHTTRUM はまだあと三ヶ月は使ふものと思つてゐるけれど、次の手帳探しに余念がない。

候補はいくつかある。
ロルバーンの縦長のタイプとか。
MDノートの新書サイズもいいと思ふ。
いつそLEUCHTTRUM や Moleskine のポケットサイズはどうだらう。
B6でよければLIFEのノートなどもあるし。

あるていど、ページ数もほしいんだよね。
手帳は書いてなんぼだと思つてゐる。
いいノートがあるといいんだがなあ。

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Friday, 05 April 2019

なんでもありの測量野帳

測量野帳を使ひはじめた。
4/2に使ひはじめて、毎日楽しく使つてゐる。
手に持つだけでなんとなくしあわせな気分だ。

使つてゐるのは通常の深緑色の表紙のものではなく、青い表紙でモモンガの絵のついたものだ。
どうやら十年前にコクヨと「BE-PAL」、村上康成の共同企画として発売されたものらしい。

さうか。この測量野帳(以下、野帳)は十年ものか。

ちなみに中身は通常の野帳でいふところの「SKETCHBOOK」とおなじ方眼罫である。

十年もはふつてあつたくらゐだから、入手したはいいものの使ひ道に困つてゐたことは間違ひはない。
当時は、MOLESKINEを使つてゐたころだと思ふ。
一冊にほぼ二百ページの容量といふのがあたりまへだつた。
野帳は八十ページだ。
ちよつと少ない。
とくにここ三年ばかり Bullet Journal を使ふやうになつて、一冊のページ数が多い方がいい。

そんなわけでたまに手持ちの野帳を確認しながらも使へずに来た。

突然使ひはじめた理由は、ひとつ。

なにを書いても/描いてもいいぢやん。

これに尽きる。

火曜日から使ひはじめた野帳には、王維や于武陵、魏武の詩が書き付けてあつたり、手ばかりまたは足ばかりゼンタングルかなにかのやうに埋め尽くしたページがあつたり、「Hammer to Fall」の「What the hell we fighting for」といふ一句が書きなぐつてあつたりする。
つまりは、とにかく滅茶苦茶な状態になつてゐる。
#お見せできないのが残念です。

そして、野帳が手放せない。
かたい表紙に薄くて持ち歩きやすい大きさ。
いつたいなぜいままで使はずにおいてゐたのか。
我ながら不思議でならない。

その一方でかういふ機会を待つてゐたのかもしれないな、とも思ふ。

これまでにも、先に書いた Moleskine とか Panama とかを「なんでも帳」として使つてきたしいまでも使つてゐるけれど、そこには文字しか書かれてゐない。
Moleskine のときはごくまれに図のやうなものを描くこともあるけれど、Panama では皆無だ。
それでいいし、自分にはそれが向いてゐると思つてゐたし事実さうなのだと思ふ。
でも単なる落書きのやうなものもしたかつたのだなあ。

野帳。
使ひはじめてみてよかつた。

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Friday, 29 March 2019

情報カードとサンクコスト

ここにも何度か書いてゐるやうに、自分には情報カードは向いてゐないのではないかと思つてゐる。
書くのはいい。
問題は書いた後のことだ。
見返してゐる時間がとれない。
レヴューできないといふことだ。

手帳に書くことも考へたけれど、今度は時系列にしか並ばない。

理想を云ふと、情報カードに書いておいて、見返したときに必要さうなことは手帳に書き写したい。
それができないんだなあ。

でもいまのところ、情報カードは使ひつづけるつもりでゐる。
ここまで使つてきたしね。
それは、サンクコストになりはしないかと思ふ一方で、書き留めてきた情報はサンクコストにはならないのではないかといふ気もする。

実際のところ、古い情報は役に立たないといふ意見もある。
だから情報カードなども過去に書いたことでも新たに書いて古いカードは廃棄するといふ。
だが、ある時点で抱いたある感想、ある思ひつき、その時だから思ひつたいこと、考へたことは、捨てられないのぢやあるまいか。
時や場所と結びついた情報は、その時にしか手に入らないものだ。
それをサンクコストと切り捨てることは、やつがれにはできない。
少なくともいまのところは。

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Thursday, 28 February 2019

「甘い生活」の悲しみ

デルタの万年筆ドルチェ・ヴィータのインキがたうとうなくなつてしまつた。

デルタ純正のブルーを入れてゐたのだが、インキ壷は空である。
デルタよ、なぜ廃業してしまつたのか……

デルタのブルーは、明るい。
ナポリの海の色、といふ話も聞くが、行つたこがないのでわからない。
黒いキャップに鮮やかなオレンジのモザイクのやうなボディ、金属部分は銀色のペンから流れ出るのに最適な色だつた。

限定発売のペンには特別に作られたインキがついてくることがある。
本邦ではセーラー、パイロット、プラチナ(五十音順)と、各社からさまざまな色のインキが発売されてゐる。
海外ブランドも然り。
ナガサワ文具センターのやうに大々的ではなくても各文房具店で独自のインキを発売してゐたりもする。

さう、世の中は万年筆用のインキであふれてゐる。
吁嗟、だといふのに、なぜデルタのブルーはないのか。
天は我を見放したか。

と、大げさに嘆いてゐるのには理由がある。
万年筆といふものは基本的に一度インキを入れたらそれ以外のインキを入れてはならないからだ。
色が変はると成分が変はる、したがつてそこで妙な化学反応が起きてペンに損害を与へる可能性がある。
そんなわけで、気に入つてゐるペンは特に一度入れたインキ以外のものは入れないことにしてゐる。
ゆゑにインキも慎重に選ぶ。
できうる限り純正。
さもなくばこの先も長く販売されるだらうやうなもの。
だからドルチェ・ヴィータには純正のブルーを入れた。

もちろん、純正のインキを入れたからといつて問題がないわけではない。
長く生産されてゐるあひだに、どう見てもある時点から成分が変はつてゐるんぢやあるまいかといふインキもないわけではない。
また、純正でも廃番になることもある。
そして、デルタのやうに会社ごと廃業することもある。

また、インキは長く保存しておくものではない。
沈殿物が生じるなどインキの状態が変はつてしまふことがあるからだ。
すなはち、買ひためておくといふことができない。
どうしたらいいんですかね。

いづれにしても、ドルチェ・ヴィータは可能な限りきれいに洗浄して別のインキを入れるしかない。
そして、その候補が見つからずにゐる。
できればデルタのブルーに近い色、と思つてゐるのだが、なかなか「これ!」といふ色が見つからない。
どうしたものかのう。

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Friday, 22 February 2019

情報カードとスキゾ

5×3の情報カードでPoICを試してゐる。
一昨年の十一月にはじめて、もう一年三ヶ月ほどたつ。

「PoICを」と書いたが、本家のものとは変はつてきてはゐる。
日誌的なものはほとんど書かないし、ToDo管理には使つてゐない。

千枚を超えるところまでは数へてゐたが、いまはもう何枚あるかわからない。
そろそろ整理をしなければと思ひつつなかなかできずにゐる。

整理とはPoICでいふところの「再生産する」にあたるかと思ふ。
書きためたカードを集めて分類し、内容をまとめる。
分類したカードは「お役御免」といふことになる。
かうして、カード全体の新陳代謝をはからうといふのだらうと理解してゐる。

ところがこの「再生産する」のがなかなかむつかしい。
PoICのWikiでは「再生産」の途中までで四時間かかつていると書かれてゐる。
普段生活してゐると、四時間のまとまつた時間をとることはできない。
少しづつやるにしても二時間くらゐ連続した時間がほしいところだ。

このやり方はいはゆるスキゾとかノマドとかには向かない。
ひとところに腰を落ち着けて作業するいはゆるパラノの人向きだ。

移動こそさほどしないもののやつがれは、持ち歩けないものは身につかないタイプのノマドといはうかスキゾといはうか、だ。
ピアノがダメだつたのは、ピアノは自力で持ち運べないからだと思ふ。
きつとハープもダメだらう。
週末家にゐる日だけしか弾かないけれどウクレレがつづいてゐるのは持ち運びやすい楽器だからだ。
PCも持ち歩かないくせにノート型が好きだ。
手芸にしても、あみものやタティングレースは外に持ち出して実施することが容易だ。

さう考へると、やはり情報カードは自分には向かないやうな気がしてくる。

ただ、カード自体は持ち歩きやすいことこのうへない。
持ち歩いて、ぱつと書き留めやすい。
それで増えてしまつたわけだけれど、これをまとめることができない。
もうちよつと偏執狂の気があればよかつたのにな。

どこかできちんと時間を取つてカードの「再生産」をしやう。
さうは思ふのだが、考へてみたらスキゾな人間の書くカードにまとめられるやうな要素があるとはチト思へない。
どうしたものかなあ。

でもやつぱり便利だから使つてしまふのだけれども。

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Wednesday, 26 December 2018

2018 今年買つた万年筆 helico の sucre

今年は、kakuno ばかり四本買つた。
ナガサワ文具センターオリジナルのkakunoを極細と細字と一本づつ。
東急ハンズオリジナルのkakunoの紫とペパーミントグリーンを一本づつ。

それとパイロットのペン習字用万年筆の透明軸の青とピンクを一本づつ。

計六本で終はるはずだつたのだが、さうは問屋がおろさなかつた。

といふわけで、今年買つた万年筆、helicoのsucreである。

helico sucre

ラムレーズンといふものを求めた。
インキは手元にあつたファーバー・カステルのヴァイオレットブルーを入れて使つてゐる。

一目惚れのペンだつた。
アクリル樹脂を削りだして作られた軸のうつくしさに惚れ惚れする。
もつと透けた印象の軸もあつてそちらにも心を引かれたのだが、なんとなくこの軸を選んだ。

ペンは判子くらゐのサイズで、書くときはキャップを尻軸にさして使ふ。このときにキャップをねぢり入れる。ここがちよつと手間だが、慣れればどうといふことはない。

キャップをさして使へば長さにも不足はないし、適度な太さがあつて握りやすい。
最初、インキとの相性があはないかとも思つたが、現在はすらすらと書けてゐる。

なにを云つても、見てゐるだけで幸せな気分になるペンだ。

キャップを閉じて手のひらにのせたときの感触もいい。

可愛いつて正義だよなあ。

helico sucre

helicoではオーダーを受け付けてゐたけれど、最近では大変な人気なのでそれもままならないらしい。
ペンに関するイヴェントに参加してゐることもあるので行つてみたいがなかなか日程があはなくてなー。

いまはラムレーズン一本で大変満足してゐるけれど、消費税の上がる前にかけこみでもう一本くらゐ増えてゐるかもしれない。
でも人気があるから入手困難かもなぁ。

helico sucre

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Friday, 30 November 2018

2019年の手帳とくだらぬ打ち合はせ

もう手帳は買はないと云つておきながら、講談社はブルーバックス科学手帳を買つてしまつた。
決め手はひとつ。
付録が楽しかつたからだ。
見開き一週間で左側は日付入りのスケジュール用紙、右側は方眼紙になつてゐる。毎日その日にまつはる科学のできごとがわかる。
巻末には月の地図や公転・自転の図、細胞の構造やキュンストレーキ、数学の公式などなどさまざまな資料がついてゐる。

楽しい。
これは楽しいぞ。
くだらぬ会議で退屈してゐるときににぴつたりだ。

かつて、自分の所属する会社も毎年手帳を作つてゐた。
ある時期から経費削減の名目で作らなくなつてしまつたが、この手帳もなかなか楽しかつた。
週間レフト式なのはブルーバックス科学手帳とおなじで、サイズは能率手帳くらゐだつたと記憶する。
巻末の路線図を見てゐるだけで時間をつぶせたし、企業情報など覚えなくても手帳に書いてあつたのでそれを見ればよかつた。
カレンダーなんかよりずつと役にたつたのになあ。
残念でならない。

来年は、まづはLEUCHTTRUMのA5版でBullet Journalをつづける予定だ。
システム手帳はいつたんお休みにして、バインダにはあたぼうステーショナリーのふたふで箋をはさむつもりでゐる。

さうしたらブルーバックス科学手帳の出番がないぢやあないか、とも思ふが、とりあへず持ち歩いて退屈な会議のお供にするつもりでゐる。

職場では課内の打ち合はせなどでもノートPCを持参してくる人が多い。
一応やつがれにもノートPCはあてがはれてゐるが、なんとなく会議に持つていく気にはならない。
持ち歩くあひだに落としさうだし、あればあつたで打ち合はせとは無関係なことをしてしまひさうだからだ。
実際、ノートPCを打ち合はせの場に持ち込む人は、打ち合はせとはまつたく無関係のことをしてゐるやうだ。

打ち合はせとはさうしたもの、といふこともできるけれど、だつたらそんなものはやめてしまつた方がいいのではあるまいか。
時間のムダだよ。
人を集めるだけ集めてさ。

でもそんな退屈きはまりない打ち合はせでも、ブルーバックス科学手帳さへあれば、月面の地図を眺めることもできるし、全然わからない数学の公式について考へることもできる。
ノートPCとどこが違ふのかと云はれれば、ノートPCですることは自分がやらうと思つてすることだけれども、ブルーバックス科学手帳はたまたまそのページを開いてしまつただけで自分は見るともなしに見てゐるやうな見てゐないやうなぼんやりした状態だ、といふ云ひわけもできる。

褒められた話ぢやないが、すべてムダな打ち合はせがいけないので、それはやつがれのせゐではない。

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Thursday, 04 October 2018

物欲の秋

先週末、東京インターナショナルペンショーに行く気満々で、結局行けなかつた。
三連休にあひだに高熱を出し、その後咳と鼻水とがぬけない。
つひ一昨日くらゐまでは嗅覚が麻痺してゐたやうで、ほとんど匂ひもしない状態だつたし、あひかはらず咳込んでは周囲の人々に迷惑をかけてゐる。

そんな状態なので、泣く泣く浅草行きはとりやめたのだつた。

それでよかつたやうな気もしてゐる。
現在万年筆に対する物欲がまるでないからだ。

物欲がまるでない、とか云ひながら、七月にはhelico の sucre を買つたのだが、いまのところそれを最後に買つてゐない。
プラチナの薫風やprocyonも買つてゐない。
薫風は名前が、なー。
KとPつて音が強すぎる気がするんだよね。
しかもどちらもあとにくるのがUの音で、やはらかさに欠ける。
あとで考へたら、レ点を打つて「風かをる」とでも読めばよかつたのかもしれないと思つたが、手遅れだつた。
procyonは、出会ふ機会がなくて、そのままになつてゐる。
出会ふ機会がないといへば薫風もさうか。
procyonはもしかするとそのうち入手してゐるかもしれないけれど。

といふのは、手持ちのペンで十分に使へてゐないものがたくさんあるからだ。
もつと持つてゐるペンを活用したい。
活用、といふとちよつと違ふかな。
とにかく使ひたい。
書きたいのだ。
しかるに時間がない。

書くことにはこと欠かない。
なにも書くことがなかつたら、気に入つた文章などを書写すればいいのである。
文章でなくてもかまはない。
芝居の外題だとか名せりふだとか、名でなくても好きなせりふだとか、書きたいことはいくらでもある。
しかるに時間がない。

時間なんて探せばあるんですよ。
人はさう云ふ。
ほんたうだらうか。
家に帰る。
支度をして夕飯を食べ片づける。
風呂を沸かしながらラジオ講座を聞く。
入浴して冷ましながらラジオ講座のつづきを聞き、あとはぼんやりする。
時間が来たら寝る。

この中で変更が効くことがあるとしたら入浴後の過ごし方だが、実際のところ、ここでぼんやり過ごすからなんとか一日平穏に過ごせてゐるのであつて、なかつたら……なかつたらおそろしいことになる気がする。
それに、ぼんやりしないのだつたらさつさと寝るべきなのだ。ほんたうは布団の中でぼんやりすればいい。さうも思ふ。
とにかく睡眠時間が足りてゐない。
だから熱など出すわけで。

これは時間のない云ひ訳だらうか。
さうは思はない。
日々なににどれくらゐ時間がかかつてゐるか数ヶ月調べて、だいたい平均的なところを出してみて、削れるところがあるとしたら通勤時間と勤務時間で、それは削りたくても削れない時間なのだつた。
あとは夕飯を食べるのをやめるくらゐかな。

手持ちのペンさへ満足に使へてゐないのに、ましてや新たなペン。
いまはそんな気持ちだ。

それは、長引く不調のせゐかもしれないし、いつまでも止まらない咳のせゐかもしれない。
元気になつたあかつきには(そんな日が来るとして)、また新たなペンを求めてゐるかもしれない。

でもいまは手持ちのペンで思ふ存分書く時間がほしいな、といふのが正直なところだ。

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Thursday, 16 August 2018

夏にはポメラ

現在愛用してゐるポメラはDM100だ。
その前にDM10を使用してゐた。
DM10はそれなりに持ち歩いてはゐたものの、あまり使ふことはなかつたやうに思ふ。
理由は、意外とかさばるからだ。

DM10は折りたたみ式のポメラで、ゆゑに小さくはなるのだが、その分厚みができる。
これが思つてゐたよりかばんの中で場所を取るのだつた。

折りたたみ式といふことで、使用してゐる際にキーボードがなんとなくたはむ感じのするのも気になつてゐた。
ほかの人に比べてキーボードを打ち込む力は弱い方だとは思ふのだが、ときに画面表示が遅れるやうなスピードで打つてゐるとそれなりにキーボードにも負荷がかかるのだらう。

そんなわけで、DM10を使用することはあまりなかつた。

DM10を使用しなかつたのだから、DM100も同様だらう。
折りたたみ式ではない初のポメラであるDM100が発表されたとき、さう思つた。
すでにDM10があるのだから、DM100は必要ない。
さうも思つた。

つまり、ほしかつたわけだ。

DM100のいいところはといふと、DM10に比べて薄いといふことだ。
折りたたまないから持ち歩くときに厚みは出ない。
そのかはり幅がある。
だが、B5サイズの資料の入るやうなかばんの場合、幅はあまり気にならない。
薄いからどこにでも入る。
さういふわけで、DM10のときよりも持ち歩く頻度が増えた。

また、折りたたまないタイプなので、キーボードを打つてゐてもたはむやうな感覚はない。

いいぢやあないか、ポメラDM100。

といふわけで、すつかり帳面代はりになつてゐるポメラDM100なのだつた。
いまの時期、なにか書きたいと思つても、手がすぐに汗ばんでしまひ、紙に字を書くのが億劫なことがある。
また、MacBook などだとマシン自体が発熱して熱い場合も多い。
そんなときにポメラを出してきて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくる。
ありがたう、ポメラ。

いつでもポメラ 夏にもポメラ。
そんな感じでひとつ。

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Thursday, 09 August 2018

ペネックとカクノと情報カード

あたぼうステーショナリーのペネックでパイロットの万年筆カクノを持ち歩かうと思つたのには、ふたつ理由がある。

ひとつは増殖するkakunoをまんべんなく使ひたいと思つたからだ。
毎日「今日のカクノ」を決めて、ペネックに入れて持ち歩く。
かうすればそのカクノを確実に使ふことになる。
出先でなにも書かないこともあるだらうつて?
それはそのとほりだ。
だが、毎日ペンを入れ替へるので、帰宅後はペネックを机のうへにおいてゐる。
そこらへんにぬかりはないのだつた。

もうひとつの理由は、カクノがコレクトの5×3カードと相性がいいことだ。
コレクトの5×3カードではセクションと呼ばれる方眼罫の情報カードを愛用してゐる。
このカードに普段使つてゐる金ペンで書くと、なんとなく書きにくいことがある。
その日の温度や湿度、気圧によつても違ふのかもしれないし、やつがれの気分によつても違ふ。
中屋万年筆の十角軸でよく書けるなあと思つたら、翌日はあんましよくなかつたりとか、かなり頻繁にあるし、ほかのペンでも同様だ。

カクノはさういふことがあまりない。
ペン先はEF、F、Mと持つてゐて、いづれも書き味にはそれほど差はない。
中に入れてゐるインキもペンによつてさまざまだ。
パイロットの色彩雫を入れてゐるものもあれば、プラチナの古典インクを入れてゐるものもある。
最近お気に入りなのは、中字にLANYのペトロールを入れたペンだ。
これがちよつとぬめりのあるなんともいへないたまらない書き味なのだつた。
ぬらぬらよりも粘り気があるやうに感じる。
書いてゐて、ペン先と紙とがはなれたがらない、そんな感覚を覚える。
コレクトの5×3カードに書いても同様だ。

ペネックにカクノを入れて持ち歩くやうになつてからといふもの、情報カードの字が読みやすくなつたやうに思ふ。
書きやすいから字を書くときに気をつける余裕が生まれるからだらう。

情報カードについても増殖しつつあり、しかもやつがれの暮らしやうではこれは役に立たないのではあるまいかといふ気がしてならないのだが、それを考へなければ、いまのところいいことづくめだ。

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