Thursday, 15 June 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 新・三銃士 その2

週末に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つて来た。
六月二十五日まで展示されてゐる「連続人形活劇 新・三銃士(以下「新・三銃士」)」を見るのが目的だ。

昨日はホワイエに展示されてゐる帆船や鳥・馬・蜘蛛と噴水広場について書いた。
今日はスタジオの中について書く。

スタジオの中は、手前両側の壁際に小道具を展示したケースがひとつづつある。
入り口を入つて真正面には大きなセットを背景にして「新・三銃士」の人形たちが飾られてゐる。
迫力ある展示だ。

左のケースには、コンスタンスの裁縫道具や劇中に登場した手紙、本などが置かれてゐる。
奥には細長い建物も展示されてゐる。
コンスタンスの裁縫道具は、DMCのスペシャルダンテルが四巻ほど入つてゐた。
なるほど、スペシャルダンテルは人形サイズだな。
パステルカラーのものが三巻で、いづれも未使用。白い一巻は使用中でかぎ針編みのドイリーを編んでゐる最中といつたやうすだつた。
細かいことを云ふと、ドイリーと一緒についてゐるかぎ針はそのドイリーを編むには太すぎる。
誰かがもつと細い針で編んだのかなあ。

手紙は、細かい手書きの文字でフランス語つぽい。
ちよつと茶色がかつた紙にセピア色のやうなインキで書かれてゐる。
リシュリューの似顔絵もあつた。懐かしいなあ。

銃士たちの使つてゐるマグカップも飾られてゐる。
奥の左からアラミス用、アトス用、ポルトス用、手前が左がダルタニアン用。その横にプランシェの食べかけのりんごがある。
それぞれ趣が違つて各人にあつたデザイン、といひたいところだが、ポルトスのはちよつと小さいんぢやないかな。
あとダルタニアンのカップには中に金具が仕込まれてゐて、ここに布かなんかをひつかけて中身が入つてゐるやうに見せてゐたのではないかと思はれる。

ほかにも酒場シェークルで使はれてゐたコインなどの小道具やちよつとした装身具のやうなのも飾られてゐて、こもの好きにはたまらないんぢやないか。
本もミニチュアのやうな感じで、豆本好きとおぼしきお客さんが食ひ入るやうに見入つてゐた。

右のケースにはルイ十三世やアンヌ王妃、リシュリューやロシュフォール、ミレディーの持ち物が展示されてゐる。
ロシュフォールの短銃とそのホルスターがなかなかイカしてゐる。財布とおぼしきちいさく黒いポシェットもいい。
アンヌ王妃の持ち物の中にはダイヤの首飾りもある。人形の身につけるものだから当然なのだが、こんなに小さいのか、とちよつと驚く。

「人形劇三国志」や「人形歴史スペクタクル 平家物語」の展示には小道具だけを feature したものはあまりないやうに思ふ。
自分がみた中では、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの外のケースに「平家物語」で使はれた琵琶や扇子などが飾られてゐたことがあつたくらゐかなあ。
三国志や平家物語の展示の場合、登場人物が小道具を持つてゐることが多いやうに思ふ。
孔明が白羽扇を持つてゐたり、関羽が青竜刀、張飛が蛇矛、呂布が方天戟を持つてゐたり、とかね。
楽器も、経正が青山の琵琶を、敦盛が小枝の笛を持つてゐたり。
三国志や平家物語の人形は手でものを持てるやうになつてゐるからだらうか。
得物だけ並べた展示といふのも見てみたいやうな気もする一方で、人形が持つてゐるのも絵になるんだよなあとも思ふ。

スタジオの主たる展示は、左からバッキンガム公爵、アンヌ王妃、ルイ十三世、ボナシュー、コンスタンス。後方にアラミス、アトス、ポルトス、前方にダルタニアン、プランシェ。ロシュフォールにケティ、ミレディと護衛隊三名の総勢十四名と二匹だ。あ、護衛隊士の奥に馬がゐるから二匹と一頭かな。
トレヴィルとリシュリューとはゐない。至極残念である。
スタジオ内は人形やセットを保護するためかかなり照明が抑へられてゐて暗い。

バッキンガム公爵はアンヌ王妃の手をとつて、ふたりで踊らうかといつた風情だ。
王妃のとなりにルイ十三世がゐて、ひとりで踊つてゐるやうな態なのだが、王妃に語りかけてゐるかのやうな雰囲気もあり、見てゐてちよつとつらい。

ボナシューとコンスタンスとは銃士たちを見てゐるのかなあ。
ボナシューはコンスタンスを見てゐるやうにも見える。
コンスタンスの視線の先にゐるのはアラミスかな、といふ気もする。
かうして見るとボナシューの顔はかなり特異だ。
デフォルメされてゐるのに妙にリアルな感じがする。
顔の皺や唇の感じ、かなあ。
コンスタンスはちいさくて可憐に見える。
作中の気の強いやうすは影を潜めてゐるやうだ。

アラミスはまつすぐ、アトスは膝を曲げて足を広げた臨戦態勢、ポルトスはちよつと半身の気取つたやうすで剣をかまへて立つてゐる。
それぞれその人物らしいやうすだ。
その三人の手前のダルタニアンもアトスと似たやうな体勢で剣をかまへてゐる。
かうして見ると、主人公顔だよなあ、ダルタニアン。
とても余裕のかまへに見える。
その横にゐるプランシェも仲間のつもりなのかな。とても可愛い。

ロシュフォールは銃士たちの方を向いて立つてゐる。右手に剣を持つて銃士たちの方に向けてゐる。
スタジオが暗い中、白い顔に黒装束で顔に照明があたつてゐるのでロシュフォールの写真はひどく撮りづらかつた。顔が白くとんでしまふのだ。
かうして見ると、デカいし、黒いし、腕が妙に長いし、ひどくおそろしい存在に見える。
ちよつとエヴァンゲリオン入つてるよなあ、ロシュフォール。
腕の長さなら玄徳に負けないぞ。

ロシュフォールの手前にケティがゐて、プランシェをねらつてゐるのかといつたやうす。

その背後にミレディーが控へてゐる。
「わたしはミレディー ミレディー ミレディー 世界で一番いい女」などと「プリンプリン物語」のヘドロの歌を思はず口ずさんでしまふくらゐいい女だ。
「好きな色は赤と黒」かどうかは知らないが、血の色と罪の色といふのはミレディーにもふさはしい。
三銃士の人形は樹脂でできてゐて、人形の性格にあつた木目を描いてゐるのださうだが、木目の見えない髪の毛なんかも木製のやうに見えるんだよなあ。ミレディーの髪の毛もまさにさう。

ほかに美術館の方にうかがつた話だと、人形には球体関節を使用してゐて、手首や肘の部分などはわざと隠さないやうにしてゐるのだといふ。
人形といふことを明確にすることで、視聴者が感情移入しやすくなるといふ効果をねらつてゐるのだとか。
また、唯一木で作つた人形があつて、それは三谷幸喜をモデルにしたオレイリーなのだとか。
木で作ると湿気や温度などで大きさが変はつたりするが、一度しか登場しないオレイリーならいいだらうといふので作つたのだといふ。

「新・三銃士」にしても「パペットエンターテインメント シャーロック・ホームズ」にしても、話の最後がグタグダで、「それぢやあ三銃士ぢやないだらうよ」とか「モリアーティ教頭をおとしめると相対的にホームズもたいしたことのない存在になつちやふんだけどなー」とか、いろいろ納得のいかないところが多い。
でも、それは人形のせゐではない。
人形に罪はない。

シャーロック・ホームズの人形の行方は知らないが、三銃士の面々とはかうしてたまに飯田で会へる。
機会があつたらまた会ひに行きたいものだ。

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Wednesday, 14 June 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 新・三銃士 その1

週末に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つて来た。
今回の目当ては「連続人形活劇 新・三銃士(以下「新・三銃士」)」の展示である。
六月二十五日まで展示されてゐる。

2009年から2010年にかけて放映された「新・三銃士」の人形は飯田にある。
寄贈されたのだといふ。
人形だけでなく、セットなども一緒なのださうな。
過去にも何度か飯田市川本喜八郎人形美術館で展示されたことがあつた。
残念ながら都合が合はずに見ることがかなはなかつた。
前回の范増ぢやないけれど、「やつと会へたね」といつたところだ。

「新・三銃士」の展示部分は写真撮影可能だつた。
「パペット・エンターテインメント シャーロック・ホームズ」の展示を横浜人形の家に見に行つたときも撮影OKだつたな。NHK文化祭のときもか。
写真撮影ができるのはとてもうれしいのだが、つひ写真を撮るのに一生懸命になつてしまつて、自分の目で見ることがおろそかになりがちだ。
今回もさうだつた。
スタジオ内が暗い上に白い顔にライトのあたつてゐる黒装束のロシュフォールが撮りづらくてなあ。顔の部分が白くとんでしまひがちで。
かういふときは写真はあきらめるが吉とわかつてゐても未練がましく何枚も撮つてしまふ。

「新・三銃士」は展示室の奥のスタジオに展示されてゐる。
四月までは「項羽と劉邦」が展示されてゐたところだ。
また、ホワイエにもいろいろと展示されてゐる。
ホワイエにケースが四つあつて、手前のケースには帆船、次のケースにはトレヴィルのところにゐた鶏とリシュリューのところにゐた蜘蛛、その次のケースにはラロシェルにゐたカラスや町の外にゐたセキレイ、カモ、奥のケースには銃士隊の馬が飾られてゐる。
そしてホワイエのつきあたりには噴水広場のセットが組まれてゐる。

帆船は撮影用の小さいサイズのものだ。
とても趣がある。
鳥や蜘蛛、小道具があるのも「新・三銃士」の展示の特徴だ。
「新・三銃士」は人形の皮膚の表面に木目を描いてゐて、木で作つたやうに見える。
鳥や馬も木でできてゐるかのやうに加工されてゐる。
しかも鳥は可愛いものが多い。
噴水広場のセットには石造りの建物もあつて、そこの窓にハトがとまつてゐるのがまた念入りで可愛い。丸つこいハトでね。エサが豊富なんだらうな。
蜘蛛だけはちよつと不気味な感じだ。真つ赤でね。
馬は精悍さうだ。展示室内にゐる赤兎や白竜、張飛や義経、義仲の乗つてゐる馬と比べて見るのもおもしろい。

スタジオの中は、手前両側の壁際にケースがひとつづつある。どちらにも小道具が飾られてゐる。
スタジオを入ると、真正面に大きなセットを背景にして「新・三銃士」の人形たちが飾られてゐる。
左からバッキンガム公爵、アンヌ王妃、ルイ十三世、ボナシュー、コンスタンス。後方にアラミス、アトス、ポルトス、前方にダルタニアン、プランシェ。ロシュフォールにケティ、ミレディと護衛隊三名といつた顔ぶれだ。
トレヴィルとリシュリューがゐないのがとてもさみしいが、仕方がない。
スタジオ内は人形やセットを保護するためかかなり照明が抑へられてゐる。

個々の小道具や人形についてはまた次回。

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Friday, 28 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 ギャラリー奥・平家・特異なキャラクター

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、その展示内容を見に行つた。

前回は「源氏と木曽」のケースについて書いた。
今回は「ギャラリー奥」「平家」「特異なキャラクター」のケースについて書く。

現在「源氏と木曽」を展示してゐるケースの前には、ちいさなケースが四つほど並べられてゐて、人形アニメーションの人形が展示されてゐることが多い。
今回の展示では四つのケースはなく、ソファが設置されてゐてのんびりと座つて鑑賞できるやうになつてゐる。

「ギャラリー奥」のケースと「平家」のケースとも人形アニメーションの展示に使用されてゐることが多い。

「ギャラリー奥」のケースには朱鼻の伴朴と金売り吉次とが並んで立つてゐる。
このふたりをこんなに近づけるなんて、やるな。
以前、今回孔明と龐統とがゐるケースにそれぞれ吉次と伴朴とが入つてゐて、座つて相手の方を見てゐる、といふ展示があつた。
これがよくてねえ。
鋭い吉次の視線と探るやうな伴朴の視線とが緊張感を生み、ケースの間を通るのがはばかられるやうな展示だつた。
そのふたりをおなじケースに入れてそばにゐさせる。
ふたりとも居心地悪さうに見える。
伴卜の衣装には羽裏が使はれてゐるのださうで、そこも見どころだ。

「平家」のケースには二位の尼、清盛、徳子がゐる。
「源氏と木曽」を見たあとだと清盛の子どもか甥・孫がふたりくらゐゐてもいいかなあ、といふ気がする。
「源氏と木曽」の方が武で「平家」は文といふイメージなのかもしれない。
二位の尼は人形劇に出てゐた方がいま渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにゐる。
比べて見るのもおもしろいからう。
飯田の二位の尼はときに神々しく見えることがある。観音さまとかマリアさまのやうなのだ。
今回はさうした神々しさは控へめで、すぐ隣に清盛がゐるからかなとも思ふ。

清盛は僧形なので浄海入道と呼ぶべきなのかもしれない。
蜀錦の衣装がみごとだ。
三国志も平家物語も人形の衣装の多くは古着の帯地から作られてゐるといふからちよつと特別だ。
さういへば、劉邦の衣装も変はつた生地だつたけれど、あれも唐渡りの布だつたりするのかな。間違ひかもしれない。

徳子は人形劇のときとは面差しが変はつてゐる。
人形劇のときの徳子は「川本美人」と呼びたいやうな顔立ちだつた。
「川本美人」にこれといつた定義はないけれども、見るからに川本喜八郎の人形らしい美人さんなのだ。
飯田にゐる徳子は、もうちよつと幼いやうな印象があつて、親にいはれるままに嫁いで子を為して、その後つらい暮らしを送るやうになる人、といふ感じがする。

「特異なキャラクター」のケースは展示室の出口のそばにある。
ここも人形アニメーションの展示に使用されてゐることが多い。
今回は「人形劇 三国志」から華陀、紫虚上人、左慈、于吉仙人が右から順番に並んでゐる。
華陀が「特異なキャラクター」といふのはどうかと思ふのだが、神がかつた医術の持ち主、といふことなのだらう。
どうかと思ふ所以は、ほかの三人とは違つてまとつてゐる雰囲気がやはらかいからだ。
仁術の人だからだらう。
でもどこか厳しさうな感じはするんだけどね。

紫虚上人は最近は立つた展示が多い。
紫虚上人といへば囲炉裏の前に座つてゐるイメージが強い。
人形劇でさうだつたからだらう。
衣装のやれた感じが実にリアルでおもしろい。
紫虚上人といへば皮膚が鬼縮緬なのも見どころだ。ほかの人形はヤギの皮が使はれてゐるといふ。

左慈はこの中でも別格だ。
人形劇でかなり活躍してゐたからだらう。
このままサイキック・ウォーズになつてしまふのだらうかと思つた見てゐたものだつた。
今回もダーク・フォースのジェダイ・マスターのやうな趣で佇んでゐる。
左慈には目に仕掛けがある。
美術館の方が見せてくれることもあるのでお見逃しなく。

紫虚上人・左慈・于吉仙人とならぶと、「三国志つてさういふ話だつたつけ」と思ふくらゐ、怪異な感じがしてくる。
展示室の奥の方で照明もちよつと暗いのでなほさらだ。
于吉仙人は、正面から見ると瞳孔が開いてゐるやうな感じがしてちよつと怖い。
人形劇で見たときは、もうすこし常識的な人のやうに思へたけものだつた。
孫策の方が云ひがかりをつけてゐる感じだつたからだらう。

といふわけで、今回の人形に関する展示内容について書いた。
今年は特別展示がいくつも予定されてゐるので、それがいまから楽しみだ。
「ねほりんぱほりん」を見に行かれないのが残念でならない。

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Thursday, 27 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 源氏と木曽

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、新たな展示内容を見に行つた。

前回は江東の群像のケースについて書いた。
今回は「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の「平家物語」)」の「源氏と木曽」のケースについて書く。

江東の群像のケースの右、展示室の奥にあるケースには、左から弁慶、馬上の義経、政子、頼朝、巴、馬上の義仲、葵が並んでゐる。

人形劇の「平家物語」の人形は、TVに登場したものではない。
飯田にゐるのは後に作られた人形だ。
TVに登場した人形は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーで見ることができる。

弁慶は、こちらを向いて立つてゐる。
両足を開いてすつくと立つその姿はとても力強い。
弁慶らしい立ち姿だ。
直接見比べたわけではないけれど、人形劇に出てゐた弁慶と飯田の弁慶とでは、それほど違ふ点は見受けられない。
ブレの少ない登場人物なのだらう。

義経はその後方で白馬に乗つてゐる。
義経は人形劇のときの人形と飯田にゐる人形とではかなり違ふ。
これも直接見比べたわけではないけれど、人形劇に出てゐた義経の方が凛々しい。飯田にゐる義経の方がやさしげで顎がすこし細いやうに思ふ。
義経といふと「実は背が低くてみそつ歯だつた」と云はれたりだとか、「平家物語」などでは鵯越の坂落としを実行したり敵の群れゐる中落とした弓を拾ひに行つたり八艘跳びをしてみたりと非常にアクティヴな武将としての面が伝へられてゐる一方で、文楽や歌舞伎ではそんなことはおくびにも出さないやうな高貴の御曹司として描かれてゐる。
大河ドラマの「草燃える」では国広富之が義経を演じてゐた。腰越で止められて頼朝から拒絶されたと知つて以降のキレつぷりつたらなかつた。後白河院(紀尾井町だ)の腰が完全に引けてゐたもの。
有名なだけにいろいろな切り口のある人物なので、人形劇放映後にまた違つたイメージで作つてみたのかなあ、などと飯田で見てゐると思ふ。

義経の右前方に政子が立つてゐる。
これまで飯田では「え、政子にもこんな面があつたのか」と驚くやうな展示が何度かあつた。
はぢらふ政子とかね。
懐かしい。
今回の飯田の政子は毅然としたやうすで立つてゐて、如何にも北条政子といつた印象を受ける。
人形劇では恋しい頼朝に恨み言を叫んでみたりとか、結構可愛いところもあつたんだけどね。

政子の右後方のやや高いところに頼朝がゐる。
頼朝は、人形劇のときとは全然別人の趣がある。
いま渋谷に人形劇に出てゐたときの頼朝がゐる。
人形劇の頼朝は、曹操によく似てゐる。
曹操にほくろをつけて衣装を黒くした感じだ。
飯田の頼朝はもつとおだやかな表情をしてゐる。茫洋として見えないこともないけれど、その分ふところは深さうだ。
頼朝のイメージといふと、あの肖像画や(頼朝ではないといふ説もあるけれど)、「草燃える」の石坂浩二の佐殿、あるいは二月に歌舞伎座でかかつた「大商蛭小島」の頼朝のやうな、都から来たなまつ白い(エセ)インテリ、といつた感じなのではないかと思ふ。
あまり先頭に立つて戦とかしさうにない。
中村吉右衛門の主演した「武蔵坊弁慶」では菅原文太が頼朝を演じてゐてはじめて見たときにびつくりした覚えがある。
菅原文太が頼朝? あり得ん。
と、そのときは思つたけれど、見てゐるとこれがまたありなんだなあ。
そして飯田の頼朝。
個人的には飯田の頼朝はとても好きだ。
かういふとらへどころのなささうな人だつたのではないかなあ、といふ気がしてくる。

巴・義仲・葵は鎧姿で、馬上の義仲を中心に巴と葵とが脇侍のやうに立つてゐる。

人形劇の巴からは母性を感じる。
義高がゐたからかもしれない。
葵が山吹と義仲をめぐつて争ひ、ともすると巴にもたてつくやうなことをする中で、ぢつと耐へ、ときに強く主張する、そしてその主張は正しい。
飯田の巴はもうちよつと若さのある感じ、だらうか。人形劇のときとそんなに変はつたやうな感じはない。

川本喜八郎は義仲に思ひ入れがあつたのだといふ。
以前、この美術館で上映してゐたインタヴュー番組で聞いた。
人形劇に出てゐた方も飯田にゐる方も、義仲はそれはそれは様子がいい。
草摺も山を思はせるやうな緑でこれがいい色なんだなあ。
今回の展示では、その様子のよさが前面に出てゐる。見とれるで、しかし。

葵も人形劇とそんなに変はつたやうすはないやうに思ふ。
これまでの展示だと、ときに歌舞伎役者の中村福助に似て見えることもあつたりしたのだが、今回はそれはない。
恋に生き恋に死んだ人といふイメージのあるせゐか、巴と比べると若干華やかな感じがする。
伊那の出身といふことで、展示する側も力が入るのかもしれない、と思ふのは僻目かな。

以下、つづく。

「項羽と劉邦」展その一はこちら
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Wednesday, 26 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 江東の群像

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末の展示替へをやつと見てきた。

前回はメインケースの向かひにある「曹操の王国」のケースについて書いた。
今回は、メインケースの右隣のケースについて書く。
主題は「江東の群像」。
公式サイトの展示案内が前回の展示内容のままなので、更新され次第正しい主題に訂正する予定である。

ケース左から呉国太、喬国老
、貞姫、孫権、諸葛瑾、黄蓋、闞沢、周瑜、魯粛、陸遜がゐる。
呉国太・喬国老・貞姫でひとかたまり、孫権・諸葛瑾・黄蓋でひとかたまり、闞沢・周瑜・魯粛・陸遜でひとかたまりといつたところか。

呉国太と喬国老とはケース後方の高いところに立つてゐる。
このふたりは並んで立つてゐることが多く、仲むつまじい老夫婦に見えることがある。
それでなくても仲のいい茶飲みともだちといつた雰囲気だ。
それが今回はない。
極々neutralな展示だと思ふ。

呉国太と喬国老との手前、低いところに貞姫が立つてゐる。
若干うつむきがちで、とても可愛い。
はじめて飯田に来て貞姫を見たときも「なんて可愛いんだらう」と思つた。
人形劇で見る貞姫にはつひぞ抱いたことのない感想だ。
そのときもちよつと下を見てゐるやうだつたと記憶してゐる。

孫権は喬国老の右隣、すこしはなれたところに座つてゐる。
久しぶりの座つてゐる孫権だ。
以前は孫権といへば必ず椅子に座つてゐた。
飯田も渋谷も同様だつた。
飯田の三回前の展示のときだつたらうか、椅子の脇に立ち、下の方にかしこまつてゐる諸葛瑾になにやら下知したといふ趣の孫権を見て、「孫権、いい男だなー」とあらためて思つた。
孫権、男前なんだな。
今回の孫権は、椅子に座して右側を睨んでゐる。
なにかを見てゐるわけではないやうだ。
思案をしてゐて視線を右の方に移動させたのかもしれない。
孫権は人形劇でもよくさういふ表情をすることがあつた。

孫権の手前やや右の低いところに黄蓋がゐる。
黄蓋は目玉がガラス(もしかするとアクリル)で、照明があたるときらきらして見える。
かういふ目は黄蓋と趙高とふたりだけかな。
今回はその黄蓋の特徴である目をよく見ることができる。
黄蓋と黄忠とはなんとなく似てゐるといふ印象があるけれど、飯田で見るといつも全然違ふことがよくわかつておもしろい。

孫権の右やや低いところに諸葛瑾が正面を向いて立つてゐる。
飯田で見る諸葛瑾はひどく追ひつめられてゐたりなにかしらつらい思ひをしてゐたりするやうに見えることが多い。
苦労人。
一言でいふとそんな印象だ。
今回はそれはない。
また、孔明のところでも書いたやうに、今回の諸葛瑾の目はいつもとちよつと違ふやうに見える。
目がほんとに水でできてゐるやうな雰囲気がそこはかとなくある。
人形劇の諸葛瑾と孔明とは似てない兄弟だと思つてゐたけれど、こんなところが似てゐるんだな、とは孔明のところでも書いた。
渋谷の諸葛瑾と孔明とにはもうちよつと似たところがある。
人形劇を見てゐたときには相似してゐる点に気がつかなかつただけなのかもしれない。

黄蓋の右側すこしはなれたところに闞沢が立つてゐる。
人選がちよつとおもしろいな。
どういふ基準で選んだんだらう。
人形劇では闞沢は徐盛や甘寧にくらべたらずつと活躍してゐるし出番も多い。
それで選ばれたのだらうか。
ほんとは黄蓋と闞沢とでひとかたまりなのかもしれないな。
「赤壁の戦ひ」といふくくりで、さ。

周瑜は闞沢の右後方高いところに立つてゐる。
意外と地味な感じがするのは、人形劇での扱ひを反映してゐるのだらうか。
人形劇の周瑜つて、あはれだものな。「三国志演義」からしてさうだ、といはれればそのとほりかもしれないけれど。
若干照明が暗いのかもしれないが、普段の周瑜だつたらそんなことはものともしないし、むしろさらに輝いてゐたやうに思ふ。
前回の展示では孫権・孫堅・孫策の親子一緒の姿を見ることができた。
いづれ孫策と周瑜や孫策と太史慈といつた展示も見てみたいなあ。
人形劇にはない場面だけれどもさ。

周瑜の右側やや低いところに魯粛が立つてゐる。
このケースは全体的にみな「立つてゐる」といふ印象が強い。
ほかの人形とinteractしてゐない、といはうか。
今回の展示は総じてさういふ感じなのだけれども、三国志の中では江東に一番その雰囲気を感じる。
ここまでたどり着く前に見るこちらがチト疲れてゐるのかもしれない。

ケースの右端には陸遜がゐる。
左側を向いて立つてゐる。
ここでなぜ陸遜なのか。
なにか意図があるのだらうけれどもわからなかつた。
たとへば、江東の歴史をかんたんに紹介するやうな形にするならば孫堅や程普も必要だらう。
赤壁の戦ひに的をしぼつてゐるわけでもない。
江東は人材に富んでゐる、といふのなら徐盛・甘寧・太史慈のうちすくなくともひとりはほしかつたところだ。呂蒙とかもね。
陸遜には前世があるからそれで出てきてゐるのかもしれない。

以下、つづく。

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Wednesday, 19 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 玄徳の周辺 その二

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、それを見てきた。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

前回はメインケースの「玄徳の王国」について途中まで書いた。
今回はつづきから書く。

ケース中央前方やや右寄りに趙雲がゐる。
趙雲と孫乾とは対で展示されることがある。
以前、おなじケースでやはりケース中央前方に趙雲と孫乾とがひざまづいてかしこまつてゐた。
関羽と張飛とが対になり、あとから仲間になつたといふことで黄忠と馬超とが対になると、趙雲だけひとりになつてしまふ。
そこで孫乾、といふことなのだらう。
なんとなく衣装の趣も似てゐるし。
趙雲は人形劇では「永遠のさはやか好青年」であつた。
飯田で見ると、ときにひどくきつい表情をしてゐるやうに思へることがある。
かういふのがおもしろい。

趙雲の右隣に関平がゐる。
抜く手は見せぬぞ、とばかりに右手を剣の柄にかけてゐる。
関平つて、かういふ感じかなあ。
もうちよつと穏やかなイメージなんだけど。
人によつて抱く印象が違ふといふことだらう。
ここが「それぞれの人形らしい展示」のむつかしいところか。

趙雲と関平との間くらゐの後方に美芳がゐる。
美芳もいつ見ても可愛い。
淑玲のときも書いたけれど、こんなに可愛かつたか、とあらためて思ふ。
人形劇だと美芳はちよつとおかめのやうな扱ひのところがあつた。
さういふ感じはないけれど、この美芳はいいな。
関平との違ひはなにかといふと、美芳の方は neutral な感じがすることだ。
見る側が如何様にも受け取ることができる。
美芳にしてはおとなしやかに展示されてゐるけれど、「ほんとはもつとお転婆なんでせう」とか「実際はもつとしつかりものよね」とか想像の余地がある。
それに、可愛いものを可愛く見せてもらへると嬉しい。

ケースの右端前方には馬上の張飛がゐる。
玄徳の馬は白竜、関羽の馬は赤兎と名前がついてゐるのに、張飛の馬だけは「張飛の馬」だ。
張飛の馬はいつ見ても強面だ。
目がちよつと据はつた感じなんだな。
さういふ馬を乗りこなす張飛、といふことなんだらう。
張飛の衣装の背中の裾はたたまれてゐる。
これは張飛らしい気がする。

ケース右端後方には黄忠が立つてゐる。
片手をあげてゐて、得物は手にはしてゐない。
これまで飯田で見る黄忠は考へ深げな老紳士といふ感じで、人形劇で見た荒ぶる老将といつたおもかげはあまりなかつた。
もともとの人形のカシラがさういふ作りなんだらう。
今回はいつもに比べてちよつと元気さうだ。
人形劇の黄忠らしい。

メインケースの前にはちいさなケースが二つある。
入口に近いケースに孔明、奥のケースに龐統がゐる。

これまで飯田で見る孔明は、その目が実に独特だつた。
ちやんと潤つてゐる感じがした。
それが今回はない。
いままではちよつとした顔の角度や照明の加減でさう見えてゐたのだらう。
人間の目のやうに水をたたへてゐるやうだつたので、ほんたうに生きてゐるやうに見えゐたのかもしれない。
三月二十五日に開館十周年のイヴェントとして、孔明と一緒に写真が撮れるといふ催しがあつたといふ。
それでお疲れなのかもしれない。
この孔明と一緒に写真が撮れたのかどうかは定かではないけれど。
今回、諸葛瑾の目にさうした水をたたへた感じがある気がして、「ああ、こんなところが似てゐるんだなあ」と思つた。
人形劇で見てゐたときは似てない兄弟だな、と思つてゐたのにね。

龐統は猫じやらしをくはへて立つてゐる。
飄然とした趣があつて、如何にも龐統らしい。
ケースの中央ではなく若干脇に寄つてゐるやうに見えるところもいい。
龐統も孔明もメインケースの中にゐたらいいのにな、と思はないでもない。
前回も一番隅のケースにふたりで立つてゐたしね。
その前のときにメインケースの中央前方で、孔明は淑玲から、龐統は美芳から話しかけられてゐるやうな展示があつたから、それで敢へてはづしたのだらうか。
人形劇の龐統はどこか可愛らしい趣もあつて、さういふ感じも出てゐるやうに思つた。

以下、つづく。

「項羽と劉邦」展その一はこちら
「項羽と劉邦」展その二はこちら
「項羽と劉邦」展その三はこちら
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Friday, 14 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 玄徳の周辺 その一

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつた。
やつと見に行つてきたわけだ。。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

「宮中の抗争」と「連環の計」のとなりにあるのは展示室のメインケースだ。
主題は「玄徳の王国」。
左から馬超、赤兎に乗つた関羽、淑玲、白竜に乗つた玄徳、孫乾、趙雲、関平、美芳、馬上の張飛、黄忠がゐる。

ケース左奥に馬超がゐて、左側を見てゐる。
いままで見た中では一番男前な馬超かも。
前回、李儒を見てゐるときに美術館の方から見る方向によつて人形の印象が変はると教はつた。
今回の馬超はどこから見ても男前だ。
奥の方にゐる関係で右側から見ることはかなはないけれど。
左側から見た方が若干きりりとしてゐるかな。

馬超の手前に関羽がゐる。
赤兎に乗つた関羽はいつ見てもいい。
以前、馬に乗せた展示をするとその次のときが大変なのだといふお話を美術館の方からうかがつた。
脚まはりの衣装に皺が寄つてなかなかとれないのださうな。
展示替へのときにアイロンなどで一生懸命のばすのだといふ。
衣装の裾の長いのをたたんでゐたりするとやはりおなじことが起こるのだらうな。
今回関羽の背中側の裾はきれいにのばされてゐて皺の心配はなささうだ。

淑玲は関羽の右斜め後方にゐる。
飯田で見る淑玲はいつも可愛い。
人形劇で見ると、もつさりとしたあか抜けないお嬢さんといつた雰囲気のときもある。
飯田で見るときはさういふ印象はまるで受けない。
ヒロインだし、めいつぱい可愛さを引き出してもらつてゐるんだらう。

孫乾はケースの中央左寄り前方にゐる。
前回から引き続きの登場だ。
孫乾は人形劇での出番もそんなに多くなかつたし、展示されることもそれほど多くない。
そのせゐか衣装などがきれいな感じがする。
孫乾には「いい人」なイメージがある。
人形劇では、龐統の悪評を聞いて張飛を派遣することにした玄徳がお目付役として孫乾をつける。
出てきたのはちよつと困り顔のカシラの人のよささうな人形だつた。
でも、裁きの場でどこに座つたものかわからない張飛にすぐには教へずにちよつと意地悪するし、そもそも張飛のお目付役になるくらゐだから、「いい人」といふばかりでもないんだらう。
今回は兜の前面中央にある「大吉」の文字がよく見える。

ケースの中心後方に白竜に乗つた玄徳がゐる。
飯田で会ふ玄徳からは、なぜかいつもふしぎな色気のやうなものを感じてゐた。
人形劇で見るときにはつひぞ感じたことのない色気だ。
とくに顔の下半分に感じる。
以前、「一年半にわたりドラマの主役を演じてきた人間のかもしだす貫禄のやうなものか」と書いた。
それが今回はない。
今回の玄徳からは、若々しい番組開始直後の若者のころのやうな雰囲気を感じる。
髭のあるカシラにも関はらず、だ。
二、三回めの訪館のときだつたか、当時いらした美術館の方が、髭のなかつたころの玄徳のカシラはもうないのだ、と教へてくだすつた。
川本喜八郎は髭のないカシラに髭を加へたのだ、と。
川本喜八郎は「玄徳のカシラには髭をつけやうと思つてゐたが、番組の方から若者のイメージでと云はれたのでつけなかつた」といふやうなことを語つてゐたことがある。
さうか。
髭、つけちやつたんだな。
当初の目論見どほりに。
髭のある玄徳から若々しさを感じるのも当然なわけだ。

以下、つづく。

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Thursday, 13 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 連環の計

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつてそれを見に行つた。

公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

前回の「宮中の抗争」の隣には「連環の計」の面々として呂布、貂蝉、王允、董卓、李儒がゐる。

呂布はケースの後方に立つてゐる。
戟を手にしてゐてやうすがいい。チト覇気には欠ける。
武将の衣装には袖口の広いものがある。そのままにしてゐたら地につくし戦ひにくからうと思ふくらゐ広い。
大抵は下から三分の一くらゐのところで縛つてゐて、呂布もさうしてゐる。
今回、呂布は袖口をできるかぎり狭めやうとしてゐるやうに見えた。
いつもさうだつたんだらうけど、ある日突然気がつくことつてあるよね。

貂蝉はケース前方にゐる。
実にうつくしい。
美術館の方が下から見上げるとやさしい表情になるんですよと教へてくだすつたので、ちよつとしやがんで見上げてみる。
自分の目線の移動で表情が変はつてゆくのがおもしろいよねえ。

王允は貂蝉の右後方、ちよつと高いところにゐる。
人形劇に出てゐたころもさうだつたけれど、王允には小人物といふ印象がある。
司徒だけど、なんだか小ずるさう。
人形劇の王允のイメージはさうで、でもなにか違ふと思つたのか渋谷の新しく作られた方の王允はもうちよつと厳格な感じがする。

王允の右隣には董卓が立つてゐる。
立派な姿だ。
人形劇の董卓にはユーモラスな印象がある。
番組開始当初はもつとこども向けに作るつもりだつたのか、董卓はいつも知恵の輪に興じてゐて、王允とはまたちがつた小物感があつた。コミカルな感じだつた。
番組が進むにつれて、奸雄めいた雰囲気を前面に押し出すやうになる。
黒地に金銀の縫ひ取りの衣装も偉さうな印象を醸し出してゐる。

李儒は董卓の手前、ケースの右隅前方にゐる。
目は左の方を見てゐる。
李儒の見てゐる方向からアプローチするので、流し目のやうにも見える。
これも美術館の方が教へてくだすつたとほり逆側から見ると、全然雰囲気が変はる。
右から見た李儒はなんとも悪さうで、キツネめいた表情をしてゐる。
悪だわ。
董卓とふたりで、
「李儒、お主も悪よのう」
「いえいえ、董卓さまほどでは……」
と黒く笑つてゐさう。
以前から「李儒は董卓より悪に違ひない」と思つてゐるのだが、かういふのを見ると「ほーら、やつぱり」と思ふ。

以下、つづく。

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Wednesday, 12 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 エントランスその他

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、はじめて見に行つた。
今回は「人形劇 三国志」と「人形歴史スペクタクル 平家物語」の人形が展示されてゐる。
人形アニメーションの展示はない。
これが意外とさみしい感じがした。

今回の展示は三国志については「この場面に出て来る人々の紹介」といつた趣が強い。
「黄巾の蜂起」「宮中の抗争」といふやうな主題がつけられてゐて、その主題に関はる人物が展示されてゐる、といつた印象を受けた。
特撮ヒーローやプリキュアものなどで、とくに番組開始直後はヒーローやプリキュアひとりひとりの変身シークェンスや名乗りをていねいに演出する、その感じに似てゐる。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

展示室の入口を入ると、すぐ右手に紳々と竜々がゐる。
向かつて左側が紳々、右側が竜々だ。
紳々は片手を掲げて立つてゐて、竜々は腕を胸のあたりに掲げてゐる。
このふたりの裾の処理がおもしろい。
後ろ身頃の裾が地面につくくらゐ長くなつてゐる。これまでの展示ではそのまま垂らしてゐるか、帯近くまでたたんでたくしあげてゐたやうに記憶する。
今回はラフな感じになるやうに台座にピンでとめてあつた。
他の武将はともかく、紳々竜々ならありうる。
今回は団体のお客も多く、美術館の方が紳助竜介の名前を出して解説してゐるのを聞く機会もあつた。
紳助竜介の名前はいつまで通じるのかな。

入口を入つてすぐ左手のケースには張梁、張角、張宝、盧植がゐる。
ケースの主題は「黄巾の蜂起」だ。
ケース二つを使つて、張角・張宝・張梁と盧植とはちよつと離れて展示されてゐる。

張梁、なあ。
人形劇にはそれほど出番がないと思ふ。
三国志に詳しい人なら「張梁らしい展示だなあ」と思ふのかもしれないけれど、人形劇の知識しかないとチトわからない。
今度はもうちよつと「三国志演義」などを読んでから行くことにしやう。

張角、張宝、張梁の三人は、一見あまり似ては見えないけれど、実はよく似てゐる部分がある。
顎の形だ。
あと衣装にもお揃ひなところがある。
さういふ点に気づくと俄然見るのが楽しくなつてくる。

盧植には、これまでの展示で感じた厳格さうな雰囲気はあまりない。
また、初登場のころの村の寺子屋の先生のときのやうな好々爺然とした感じもない気がする。
でも、どちらかといふとやさしげかな。
玄徳の師匠といふ点が feature されてゐるのかもしれない。

次のケースの主題は「宮中の抗争」。
何后、弘農王、陳留王、何進、董太后がゐる。
前回の展示では実にドラマティックな場面を展開してゐた何后と董太后とは、今回はまた違つた趣で展示されてゐる。

何后はこちらを向いて立つてゐる。ほんのわづかだけ顎をあげてゐてこちらを見下してゐるかのやうだ。
ああ、何后らしいなあ。
何后つて、かういふ感じだよなあ。

何后の背後の高いところに弘農王と陳留王とが並んでゐる。
どちらも似たやうなポーズを取つてゐる。
拳を腰にあてて両肘を張つたポーズだ。
弘農王がぼんやりとした印象を与へるのに対し、陳留王はひどく生意気さうに見える。何后とはまた違ふけれどでもやつぱりこちらを見下してゐるやうな雰囲気がある。
人形劇では陳留王の方が賢いやうに描かれてゐる。
賢いのはいいけれど、賢しげなのはどうかなあ。
ずつと見てゐると弘農王の方が可愛く見えてくる。

何進はエプロンのやうな前垂がよく見えてうれしい。赤い地に鳳凰だらう、二羽の鳥が向かひあつてゐる図案で、いつかも書いたけれど「何進のくせに生意気だぞー」といつも思ふ。

董太后はおとなしげに立つてゐる。
こちらから見ると視線をはづしてゐるやうに見えるので、気遣はしげでもある。
「宮中の抗争」といふものは、あんまり表立つたものぢやないんだらう。
水面下でさまざまな取引ややりとりがあつて、表面上はなにもなさげにしてゐる。
董太后を見てゐてそんな印象を受けた。

以下、つづく。

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Friday, 07 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 項羽と劉邦展 その三

週末、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今年は開館十周年といふことでさまざまなイヴェントや展示が予定されてゐる。
四月二十三日までは「項羽と劉邦」展が開催されてゐる。

今回は展示室であるスタジオの中央奥にあるケースと右側にあるケースについて書く。

中央奥のケースには始皇帝が、右側の壁沿ひのケースには奥から范増、韓信がゐて、一番手前のケースにはカシラばかり二十個展示されてゐる。

始皇帝は、思つてたよりも普通のをぢさんだつた。
皇帝の冠についてゐるビーズのぢやらぢやらでよく顔が見えないせゐかもしれないけれど、天下を統一した人の偉大な雰囲気などはあまり感じない。
衣装は立派で、竜を思はせるやうな柄が二、三種類取り入れられてをり、そこは皇帝らしい。
なんだらう、顔のパーツのひとつひとつが小さいのかな。目とか鼻とか口とか。とくに目。
始皇帝の周囲にゐる項羽や呂后の印象が強烈過ぎるのか知らん。

やつと会へたね。
范増の前に立つてしみじみさう思つた。
二年前、創業三十周年を記念して水戸エクセルで三国志展が開催された。
このとき、人形のできるまでを詳細に説明したパネルがあつた。
写真のモデルが范増だつた。
つまり范増のできるまでの説明だつた。
項羽と劉邦とは別冊太陽のムックの表紙にゐるからゐることは知つてゐた。
范増もゐるんだ。
あれから二年、やつと相見えることができた。

范増は左奥を見込んだやうすで躰はなんとなく右方向に行かうとしてゐるやうに見える。
項羽に愛想を尽かして去るところなのかな。
「項羽本紀」に登場する時点ですでに「七十」と書かれてゐる范増は、老人態に作られてゐて皺も深いしほかの人形のやうに華やかな衣装を着てゐるわけでもない。
衣装の色は、敢へていふとお茶色といつたところか。
灰色がかつてはゐるけれど、どこか緑を感じる色で落ち着いてゐる。
でも范増にはどこか生き生きした印象がある。
まだこれからバリバリ献策するぜ、といつたところなのかもしれない。
なにしろ仕官はしてゐないけれど策をたてるのが好き、とか書かれちやふくらゐだからね。

韓信は正面を向いて立つてゐる。
色のイメージは朱色と黒、もしくは藍色、かな。
韓信のおもしろいのは、後頭部中央部分の髪の毛を編み込んでゐることだ。
髪の毛を下からもちあげて編み込みにしてその先に髷を作つてゐるのだらうと思はれる。
カシラばかり並んだ中にも韓信のやうに編み込みにしてゐるものもあれば、三つ編みにしてゐるものもある。
かういふのも兵馬俑を参考にしてゐるのかな。
韓信からは落ち着いてゐてしづかな自信に満ちてゐるといつた印象を受ける。満ちてはゐるけれど満ちあふれてはゐない。
前回、劉邦のことを思慮深げと書いた。
韓信も思慮深さは水を張つたその表面が波ひとつたたずにしんとしてゐる感じ、かな。

カシラばかり並べたケースは縦に三列あつて、上が七、中が六、下が七の計二十個ある。
上段は左から陳勝、章邯、蒙恬、扶蘇、趙高、李斯、殷通。
中段は左から鯨布、懐王、項梁、虞美人、項伯、荊軻。
下段は左から陳平、蒯通、蕭何、張良、韓信、酈食其、夏侯嬰。

陳勝はたたき上げといふ感じ。蒙恬はどこかやんちやな武将。趙高はヤな宦官そのもので、李斯はちよつと理知的な感じ。殷通なんてそんなに出番はなからうに、と思ひつつ、話がはじまつたらわりとすぐ出てくるから作つてあつたのかなぁ。

鯨布はそのまま仁王像になりさうな顔つき。懐王は劉琦さま的なアレかな。項梁はお頭と呼びたいやうな感じで、虞美人は髪飾りの違ふヴァージョンなのだらう。項伯は項梁よりもおとなしめで色もちよつと白い。
おもしろいのは荊軻で、眉や髭のあたりを鉛筆で描いたのがそのまま残つてゐる。ちよつと見ると眉がひどく薄く見えるので酷薄さうだが、鉛筆のあたりを頼りに想像してみるときりつとした顔立ちになるのぢやあるまいか。

陳平はいい男。蕭何は冠が立派な心配性。張良は、これは橋で待たされたりしてゐた若いころのカシラなのかな。韓信は股くぐりとかしてゐたころのカシラだらう。髭とかないし。夏侯嬰がどことなく夏侯淵に似てゐて、思はず微笑んでしまふ。

カシラだけでもこんなにたくさん作つてあつたんだな。
説明によると、川本喜八郎がカシラなどに残してゐた鉛筆書きなどをもとに川本プロダクションの方々が「史記」や「漢書」にあたつて人物を特定したものだといふ。

あらためて見ると、「項羽と劉邦」には実現してもらひたかつたよなあとしみじみ思ふ。
今後は大切に保管されて維持されていくのだらう。
どこかで少しでも動くところが見られたらなあと思はずにはゐられない。

以下、つづく。

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