Friday, 16 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーションほか 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は平家物語の小さいケース二点と、人形アニメーション、ホワイエの展示について書く。

展示室の奥、「平家一門」のケースの前に、麻鳥と蓬子のゐるケースと赤鼻の伴卜のゐるケースとがある。

TVで人形劇を見てゐると、麻鳥はどことなく頼りない感じの人物に思へる。
最初のうち、崇徳院に仕へてゐたころはそんなやうすだつたからだ。
まだ若くて、あまり世慣れてゐないやうに見えた。
それが物語が進むにつれ、どんどん成長していく。
飯田にゐる麻鳥はその成長した姿だらうと思ふ。
眉も黒くきつぱりとして、表情もどこか厳しい。
薬箱を提げてゐて、どこかへ出診療でもしに行つた帰りかといふ感じだ。

蓬子は、以前の展示ではあばたの跡のやうなものが見えたやうに思ふのだが、今回の展示では感じなかつた。
前に見たときは照明の関係でたまたまさう見えたのかもしれない。
蓬子も飯田とヒカリエとであまり印象の変はらない人形かもしれない。
人物設定にブレが少ないのだらう。

赤鼻の伴卜はひとりで座してゐる。
なぜここに伴卜、と思ふが、衣装が華やかだからかな、とも思ふ。
麻鳥も蓬子も質素ななりをしてゐるからだ。
飯田の伴卜といへば、男物の羽裏、すなはち羽織の裏地を衣装に用ゐてゐることを思ひ出す。
今回、美術館の方もさう説明してゐた。
大変お洒落な羽裏だ。
それにサテン地とおぼしきターコイズブルーを合はせてゐる。
羽振りのよさが知れる衣装だ。

人形アニメーションの展示は、今回は「蓮如とその母」から。
「平家一門」のケースの向かひにケースが三つあつて、左からそれぞれ法住、蓮祐と蓮如、若いおれんと長右衛門がゐる。
出口付近の大きいケースには左から東条坊、叡山の高僧、おれん、おてつ、おけふがゐる。
人形アニメーションの人形のポージングはいつもあまり変はらない。
「蓮如とその母」の人形たちはどうかはよくわからないが、初期の作品、「花折り」や「道成寺」の人形は経年劣化で可動範囲がせばまつてゐて、あまり動かせないやうになつてゐるとも聞く。
「蓮如とその母」の人形たちもさうなのかもしれない。

とはいへ、よく見てみると、前回見たときは苦悶するといつた大げさかもしれないが、しかめつ面に見えた蓮如の表情がやはらいでゐるやうに見えるし、去年映画を見たばかりだからかもしれないけれども長右衛門はおれんに声をかけやうとして、やつぱりかけづらいやうなやうすに見えたりもする。

さういやおけふ(おきょう)の衣装は映画とは違ふままのやうに見受けられた。
DVDは発売されたと聞いたがまだ手に入れてゐないんだつた、といふことを思ひ出した。
手に入れなければ。

今回、ホワイエには「クイズおもしろゼミナール」の鈴木健二の人形が展示されてゐる。
我が家ではこの番組はあまり見てゐなかつたのだが、それでも懐かしさに思はずしげしげと見てしまつた。
個人的な話だが、飯田で見るのははじめてだと思ふ。

また、昨今いはゆるアニメ絵の童話などが話題になつてゐることもあつて、トッパンの人形絵本の展示を楽しんできた。
トッパンの人形絵本にも、ちよつととつつきにくいやうな人形もあつたやうに思ふが、ここに飾られてゐる本はどれもどれもすばらしい。

今回の展示は12/4までのやうだ。
12/8から新たな展示になる予定だといふ。
また見に行くのが楽しみだ。

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Thursday, 15 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 平家一門 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「平家一門」ケースについて書く。

展示室一番奥の左側のケースに「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の平家物語)」から平家一門の人々が展示されてゐる。
左から順に、知盛、頼盛、宗盛、清盛、徳子、忠度、経盛、時忠が並んでゐる。
清盛が中央で、その手前に徳子がゐて、あとは左右に並んでゐるといつた形になつてゐる。

知盛は鎧姿だ。
飯田の知盛にはどことなく微笑んでゐるやうな印象がある。
髭の感じかな。
顔の表情自体は別段笑つてゐるやうには見えないのだが、髭のはねあがり具合が笑ひ顔を思ひ起こさせるのだと思ふ。
落ち着いてゐて、隣にゐる宗盛より兄貴に見える。

知盛の右ななめ前に頼盛がゐる。
美術館の解説の方は、平家は没落していく一族なので衣装にもさみしげな色を使つてゐることが多い、と説明してゐた。
頼盛も宗盛も、云はれてみれば淡い色合ひの衣装を身につけてゐる。
なぜここに頼盛、といふ気もするが、対になるのが経盛だからかな。

宗盛は知盛の右となりにゐる。
人形劇のとき主に宗盛を遣つてゐた操演の方が弁慶も主に遣つてゐたといふのがおもしろい。
弁慶と宗盛とは、かなり対極に近いんぢやあるまいか。
母太郎だけれども、父太郎の重盛と比較されたりしたこともあつたのかなあ。
なんとなくさういふ子供時代を過ごしてきたやうな表情に感じられる。

「平家の一族の衣装はさみしげな色」と先ほど書いたが、清盛は違ふ。
僧形だから浄海だらうか。
蜀錦のキンキラキンの衣装で、これがよく似合つてゐる。
衣装の華やかさに全然負けてゐない。
この年の人をつかまへてどうかとも思ふが、きかん気の強さうな表情がまたいいんだなあ。

徳子は清盛の前にゐる。
人形劇のときの徳子は個人的に「川本美人」だと思つてゐる。
以前、渋谷ヒカリエで平家一門の栄耀栄華を描いた展示のときにさう思つた。
徳子は琴を弾じてゐたやうに記憶してゐる。
うつむいた顔のちよつと大人びた感じがよかつた。
飯田の徳子はどちらかといふとこどもつぽい顔をしてゐるやうに感じる。
清盛か二位の尼と一緒にゐることが多いからだらうか。
天皇の母といふよりは、清盛の娘といふ面を表に出した展示が多いやうに思ふ。

忠度は清盛の右となりにゐる。
緑と紫とを基調にした鎧を身につけてゐる。
おなじ緑でも義仲の緑はsap greenとでもいはうか、草や木を思はせる緑だ。
忠度の緑は苔かな。義仲の緑よりもつと渋い色だ。
一口に緑といつてもいろいろあるのだなあと実感する。

経盛は忠度の右ななめ前にゐる。
ダンディ。
経盛を見るといつもさう思ふ。
衣装も、頼盛や宗盛に比べるともつと深い色で、そのせゐもあるのかもしれない。
これまでの展示では経正や敦盛と一緒のことが多く、父の悲哀のやうなものを感じることしきりだつた。
さうでもない経盛を見るのもいいな。

時忠はケースの右端にゐる。
時忠も「なぜここに時忠?」といふ気もして、左端にゐて対になつてゐるのが知盛だし、そこのところはよくわからない。
経盛同様、時忠にも渋いをぢさまめいたところがあるのだが、経盛にある甘さがない。
対照的でおもしろい。

以下、つづく。

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Wednesday, 14 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 源氏と木曽 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「平家物語」から源氏方の人形たちのゐるケースについて書く。

展示室を進んで「江東の群像」の先にあるケースに源氏方の人形のケースがある。
左から弁慶、馬上の義経、静、頼朝、正子、時政、葵、馬上の義仲、巴が並んでゐる。

この美術館にゐる平家物語の人形たちは新たに作られたもので、TVに出てゐた人形は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにゐる。
聞いた話では、TVに出てゐる人形を作つたときとおなじ型で作つたのだといふことだが、飯田にゐる人形とヒカリエにゐる人形とではおなじ人形でも全然趣が異なることが多い。
中では弁慶が一番変はらないやうに思ふ。
これは「人形劇三国志」の人形も含めて、だ。
三国志の人形は、飯田にゐる方がTVに出てゐた方で、ヒカリエにゐる方が新たに作られた人形だ。
横にならべて比べることはできないけれど、見ればなんとなく違ふなといふことがわかる。
でも弁慶はどちらもそれほど違ふやうには見えない。
ブレないから、かなあ。
「武蔵坊弁慶」といつたときにそれぞれの抱くイメージがあつて、それが人や時代によつて大きくブレることがない。
さういふことなのではないかと思ふ。
飯田の弁慶は黒い鎧を着込んでゐて勇ましいやうすだ。
いつも思ふのだが、大地をしつかり踏みしめてゐるやうに見える。

飯田で見る義経は馬上であるといふ印象がある。
それもケースの奥でちよつと高いところにゐる気がする。
そのせゐで、あふりのアングルでしか見たことがない気がするんだな。
これは玄徳にもいへることだけれども、玄徳の方が手前にきてゐて視線の高さとさう変はらないアングルで飾られてゐることが多いやうに思ふ。
義経も間近で見られたらなぁ。

静は白拍子の拵へ。
義経・弁慶・静の三人はそれぞれの場所にいるという設定のやうだ。
義経とはこどものころに出会つてゐて、といふ話のせゐか、人形劇の静にはどこか幼女めいた印象がある。
動くとまた違ふんだけれども。

頼朝は、飯田とヒカリエとで一番違ふ人形だ。
ヒカリエにゐる頼朝は、どこか曹操の面影がある。
衣装が黒いことが多いので、「黒の曹操」といつたところか。
飯田の頼朝には曹操を思はせるやうなところは微塵もない。
ヒカリエの頼朝は悪巧みをしさうに見えるが、飯田の頼朝はそんなことはしないんではないかなあ。
飯田の頼朝はわりと穏やかな表情をしてゐて、飯田にゐる平家物語の人形の中では最も好きな人形かもしれない。
あ、二位の尼も好きなんだな。今回はゐないけど。

政子は頼朝の隣にゐる。
さう、頼朝より上手にゐる。
普段はさういふ見方はしないのだけれども、今回はちよつと気になつた。
とはいへ、お雛様でもお内裏様とお雛様とをどちらを上手にしてどちらを下手にするかには諸説あるやうだし、あまり気にすることではないのかもしれない。

時政は、両足の裏をつけるやうにして座つてゐる。
時政といふとこのポーズが多いやうに思ふ。
いまのヒカリエの展示でもおなじポーズなやうに思ふ。
以前、飯田で仲睦まじいやうすの頼朝と政子の背後に時政がいまとおなじやうなポーズで座つてゐて、胡乱げにふたりを眺めてゐる、といふ展示があつた。
時政は、どこか違ふところにゐるといふ心だつたらう。
娘が平家に仇なす流人に近づくことを憂へてゐる、なんとかならんものだらうかと思つてゐる。
そんなやうすだつた。
いつものポーズでもちよつと変はるだけでまつたく印象が変はるんだなあと思つた展示だ。

葵・義仲・巴は、離れて見るとそのまま絵葉書にしたいやうな様で展示されてゐる。
いづれも鎧姿で、いい感じに三角形を形作つてゐて、様子がいい。
巴の長刀の先がいまにもこちらに飛び出してきさうなのもおもしろい。
長刀の先がおそらく中のケースにつくかつかないかといつたやうすで飾られてゐるのではあるまいか。
そんな緊張感のある長刀にくらべて、巴にはこちらを切らうといふやうすは見受けられないので、離れたところから見るとちよつと安心するわけだ。
長刀を手にしてはゐるものの葵もどこかくつろいだやうすに見えるし、緊迫した状態ではないのだと思はれる。
義仲の鎧は緑のグラデーションになつてゐて、これがとても似合つてゐるし、義仲らしいと思ふ。
美術館の方も、鎧はひとつひとつ登場人物のイメージに合ふやうに作つたと説明してゐた。

以下、つづく。

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Friday, 09 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 曹操の王国 その二 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「曹操の王国」のつづきと孔明と龐統のケースについて書く。
前半はこちら

「曹操の王国」のケースの左端には蔡中・蒋幹・蔡瑁といつた「確かに曹操軍の人だけれどもー」といふ人々が並んでゐる。

蔡中はやや奥の方に立つてゐる。
なんだらう、この、いぢましい表情は。
人形劇のときからさうだけれども、なぜかひどくさもしい印象のある人形だ。
そのくせ衣装には結構華やかな花柄があしらつてあつたりして、おもしろい。
江東に潜入して隠れていろいろと探つてゐるところかな。

蒋幹は蔡中の左斜め前に驚いたやうすで立つてゐる。
上体を反らして両手を顔の横でひろげ、「ひゃーっ」とか「ぎゃーっ」とか云つてゐるやうに見える。
なんだらう、二度目の訪問で周瑜に手ひどく追ひ返されたときの反応だらうか。
それとも一度目の訪問で蔡瑁からの偽手紙を見つけておどろいてゐるのか。でもこんなに驚いてゐたら正体がバレちやふんぢやないかなあ。
衣装もサテンめいた地で牡丹色なのでほかの人形よりちよつと大きい人形のやうに錯覚してしまふ。

蔡瑁はケースの一番左端のちよつと別室といふところにゐる。
ややうつむき加減でなにかをたくらむ様子で右の方をうかがつてゐる。
蔡瑁は、曹操軍に入つた時点でもうあまりなにかたくらむ必要はないやうな気がするのだが。
や、もちろん、江東との戦ひをどうするかなど考へることはあるだらうけれと、さういふことを謀つてゐるやうな表情とは違ふ。
ひそかにあれこれ探つてゐる、さういふやうな表情だ。
蔡瑁は死ぬときに「曹操を殺してとつて代はつてやらうと思つてゐたのに」的なことを云ふが、これは苦し紛れのことばで、実際はそんなことはなかつたんぢやないかといふ気がする。
考へてゐたとしても「この戦に勝つたら荊州は自分がもらはう」くらゐぢやないかなあ。
曹操の下で働くつもりでゐたと思ふ。
それがこの表情だよ。
やつぱり曹操にとつて代はるつもりだつたのかな。


「江東の群像」のケースと「曹操の王国」のケースとのあひだに小さなケースがふたつある。
入口に近い方のケースに孔明、奥のケースに龐統がゐる。
どちらもぐるり360度どこからでも見ることができるというのがいい。
ふたつのケースははなれてゐて、互ひに相手の方を見てゐるといつたやうすだ。
「赤壁の戦ひ」時点では、人形劇ではとくにこれといつた接触のないふたりである。
それを考へると、今後おなじやうに玄徳の配下におさまることになる、といふやうすを示してゐるのだらうか。
それとも離れてゐても互ひに意識してゐるといふことなのかもしれない。
孔明と龐統とそれぞれの背後に立つてケース越しに相手を見るといふのも一興だ。

以下、つづく。

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Thursday, 08 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 曹操の王国 その一 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「曹操の王国」について書く。

「曹操の王国」は展示室のメインケースの向かひにある。
ほぼ曹操の定位置な気がする。別のケースにゐることもあるけれども。

ケースの右から徐庶、曹仁、荀彧、夏侯惇、許攸、曹操、夏侯淵、程昱、許褚、蔡中、蒋幹、蔡瑁の順に並んでゐる。
ケースの中央が曹操で、そのやや斜め左に夏侯淵がゐて、あとは左右に並んでゐるといふ感じ。

このケースは右端と左端とがちよつと別仕立てになつてゐて、山門の阿吽の仁王様のゐるところに似た印象がある。
今回右端には徐庶がゐて、ほかの人々とは異なる世界にゐる感じがする。
なにがしか策を講じやうとしてゐるやうに見えるのだが、もちろん曹操のためではないのは「人形劇三国志」だからだらう。
なにかたくらんでゐるやうに見える左端の蔡瑁と対をなしてゐるやうにも見える。

曹仁はわづかに左前に身を乗り出すやうな形で立つてゐる。
以前おなじやうな恰好で立つてゐる曹仁を見たことがあつて、あのときは歯をむき出してゐるやうに見えた。
今回はさういふことはないのでそのときよりは落ち着いたやうすに見える。
今回は曹操のケースも全体的に意気の上がらないやうすで、でも曹仁や許褚は覇気があるとはいへないものの意気軒昂といつたやうすだ。
曹仁の場合は動きがあるやうに見えるからだらう。

人形劇的には「なぜここに」と思つてしまふが荀彧は、曹仁の後ろちよつと高いところに立つてゐる。
「人形劇三国志」の荀彧は老人姿なのでここに出てくるにはすこし違和感を覚える。
はなれて見たときに左側で対になるのは蔡中か蒋幹かといつたところなので、荀彧でなくてもよかつたのぢやないかなと思つてしまふから、といふこともあるのかもしれない。
ただ荀彧は毎回登場するわけでもないので、見られるのはとてもうれしい。
視線はやや右、かな。本拠地には自分がゐるから心配めさるな、といつた心なのかもしれない。

荀彧の左側には許攸が立つてゐる。
面を伏せて、意気消沈といつたやうすだ。
「人形劇三国志」ではこの時点で曹操軍の軍師的役割を担つてゐるのは許攸だ。
でもやつぱり許攸が生き残つてゐると整合性が合はないと思はれたのか、連環の計を授けに来た龐統にこの場を逃げ出せないかと訊いてその策通りに逃げてそれきりになる。「三国志演義」だと徐庶の役かな。
この意気消沈としたやうすは、「どうも勝てさううにない」「どうしたら」と悩んでゐるところなのだらう。

許攸の前やや左に夏侯惇が槍を手にして立つてゐる。
槍の持ち方にどうも違和感があるのだが、おそらくは本気で突かうとしてゐるわけではないからなのだらう。
両手の位置と向きが「それでは戦へないんぢやない?」と思ふやうな状態なのだつた。
勘違ひかなあ。槍とか持つたことないし。
おそらく、顔は知らないけれどもそんなに怪しくない相手に対してちよつと槍を構へてゐるとか、さういふ場面なのだらう。

曹操は中央の高いところにゐて、右やや上をにらんでゐる。
そんなにいきりたつてもゐないし、いますぐ戦闘開始といふわけでもなささうだ。
それは曹操だけがさうといふよりは、左右にゐる許攸と程昱とが面を伏せてゐてなんとなく沈んだ雰囲気に見えることと、夏侯惇が戦ふんだか戦はないんだかすこし中途半端な状態なことと、なにをいつても「赤壁の戦ひ」だから、といふことがあるんだらうと思ふ。
そのせゐか曹操に感じる色気もちよつと足りないかな。

曹操の左前低いところに夏侯淵がゐる。
周囲の様子を見てゐるといふか、情勢をうかがつてゐるといふか、そんな感じに見える。
人形劇の夏侯淵にはどこか華やかなところがあつて、それでセンターなんだらうな、と思つたりもする。もちろん役割としてもさうなんだらうけれども。

曹操の左となりやや低いところに程昱がゐる。
ややうつむいてゐて、如何にも悪いことを考へてゐさうな様子だ。
そげた頬に影が落ちてちよつと凄まじい表情に見える。
照明がいい具合にきいてゐる。
いいぞいいぞ。
そんなわけで、程昱だけ見ると沈んだ様子には見えないのだが、はなれたところからケース全体を見ると曹操の左右で許攸と程昱とがうつむいてゐるといふのがなんとも暗雲垂れ込めるといつた雰囲気に見えてしまふんだなあ。

程昱の左前方さらに低いところに許褚が立つてゐる。
人形劇の許褚にはきかん気の強い腕白小僧といつた印象があつて、今回の展示でもそんな風に見える。
頼れさうな雰囲気だ。

以下、つづく。

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Wednesday, 07 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像 その2 2018年後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「江東の群像」の続きについて書く。
前半はこちら

ケースの真ん中には孫権が立つてゐる。
奥の一番高いところにゐて、戦に臨む時の装ひだ。
これまで見た展示では孫権は平時の服装が多かつたやうに思ふ。
今回の衣装の方が様子がいいな。
説明では「目が緑色に見えるでせう」といつてゐたが、残念ながらやつがれの目ではあの位置にゐる孫権の目の色を確認するのはチトむつかしい。
さういへば孫権はいつも奥の方にゐてあまり手前に出てくることがない。
たまにはもつと手前まで来てもいいのでは、と思ふが、全体的なバランスを考へるとさうもいかないのかな。
さういへば、孫堅・孫策・孫権のときはいつもより手前の方にゐたやうな気がする。

その下やや右斜め前に周瑜がゐる。
采配を掲げて勇ましさうだが、あまり覇気は感じない。
今回そんなことばかり云つてゐるが、周瑜にしても「人形劇三国志」の赤壁の戦ひの時点では体調が万全といふわけでもないし、さんざん孔明にしてやられてゐるし、そりや覇気も削られるでせうよ、といつたところか。

周瑜の前には小喬がゐる。
大喬と顔を見合はせてゐる感じかな。
周瑜とは離れたところにゐるやうに見える。
小喬の衣装を見て、「元はこどもの着物だらう」と思つてゐたら、説明の方が「お宮参りのときの産着」だと云つてゐたので、やつがれの目もまんざら節穴でもないな、と思つた、と日記には書いておかう。
大喬は顔に大きな髪飾りの影が落ちてしまつてちよつと残念だつたけれど、小喬はそんなことはない。
おだやかな表情でほほえんでゐるといつたやうすだ。

孫権の右側すこし下がつたところに喬国老が立つてゐる。
はなれたところから見ると呉国太と対になつてゐるやうに見える、とは前回も書いた。
せつかく一緒にゐるのだし、大喬小喬の方を見てゐてもいいのにな、と思はないでもないのだが、正面を向いてゐる。
あひかはらず「食へないヂイさん」といつた印象を受ける。

喬国老の斜め右下、小喬の右すこしはなれたところに闞沢が立つてゐる。
斜に構へてなにごとかたくらんでゐる心だらうか。
あまりこのケースの中の人々やその雰囲気と絡んでゐるやうには見えなかつた。
もう一度見たらまた違つた印象を受けるんだらうけれど。

闞沢の右、ケースの右端手前に徐盛がゐる。
弓を持つた手を後ろにして、いままさに駆けてきたといふかのやうに片足が勢ひよく後ろにはねあがつてゐる。
この状態では矢は放てないと思ふのだが、放つたあとの勢ひでかういふ恰好になつたといふことなのか。
それとも押つ取り刀ならぬ押つ取り弓矢で馳せ参じてきたところなのかな。
はなれて見ると左端手前にゐる程普のしづかな感じとはまた趣が変はつておもしろい絵に見える。

ケースの右端奥には諸葛瑾が立つてゐる。
やや中央に躰を向けたやうすは、位置ともあひまつて全体を見渡してゐるやうにも見受けられる。
飯田の展示で見る諸葛瑾はつらさうにしてゐることが多いといふ印象がある(印象だけだけど)が、かうして見ると端然と落ち着いた雰囲気で、黄色系の衣装もおごそかに見えてくる。

以下つづく。

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Friday, 02 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「江東の群像」について書く。

展示室に入つてつきあたりの現在「玄徳の周辺」のケースの右側に「江東の群像」のケースがある。
展示室の中ではメインのケースだと思はれる。
このケースには、左から順に魯粛、程普、黄蓋、呉国太、大喬、孫権、周瑜、小喬、喬国老、闞沢、徐盛、諸葛瑾が並んでゐる。
ケースの中心奥の高いところに孫権がゐる。

ケース左端の奥に魯粛がゐる。
どことなく地味に見えるのは照明が暗いからか。
「人形劇三国志」の展示テーマが「赤壁の戦ひ」なのだから、魯粛はもつと目立つてもいいのにな、と思ひつつ、さういへば魯粛はいつも控へめかもしれない、と思つたりもする。
前回、「荊州・江東の人形には黄色系の衣装を選んでゐた」といふ話をしたが、今回の魯粛にはあまり黄色みはない。
灰色がかつたちよつと明るい紺色の地といふのが、地味さにつながつてゐるのかもしれない。

程普は魯粛の前、やや右側に立つてゐる。
だいぶ前にも書いたやうに、「人形劇三国志」の人形のなにがすごいつて、むくつけきをぢさんやお爺さんの衣装が花柄だ、といふことだ。
劉琦の衣装のやうに華やかな花柄なこともあれば、程昱の衣装のやうに小花をたくさん散らしたやうな模様もある。
それでゐて全然をかしくない。
スーツにしたら花柄はをかしいのかな。
ネクタイなら大丈夫かも?
さまざまなことを考へてしまふ。
今回見てみたところ、程普の衣装には目立つところには花柄はなささうだつた。
以前、美術館の方に川本喜八郎が好きだつたと聞いた荒磯が目立つ衣装だ。
程普の衣装には黄色い荒磯が使はれてゐる。
ほかにも荒磯をあしらつた衣装を着てゐる人形がゐた気がするが、定かではない。色は違つたやうに思ふんだがな。

程普の右側に黄蓋が立つてゐる。
このケースの中では一番生き生きしてゐるかも。
見る角度によつてちやんと目が光るやうになつてゐる。
黄蓋の目にはガラスもしくはアクリルのやうな素材が使はれてゐるので、照明を反射してきらりと輝くのだつた。
それで生き生きして見えるといふこともあらう。
また、見るこちらが赤壁の戦ひと思つて見るからよけいに黄蓋が元気に見えるのだともいへる。

黄蓋の後方やや右側の高いところに呉国太が立つてゐる。
正面を向いてゐて、ちよつと離れたところからケースを見ると喬国老と対になつてゐるやうにも見える。
呉国太が出てくるといふことは玄徳の再婚まで入つてゐるといふことか。
人形劇三国志を見てゐると、周瑜の死までで一区切りといふ気がすることもある。
呉国太の衣装には瓢箪柄の部分があつて、これがなかなか可愛い。衣装全体はおごそかな感じなのだが、瓢箪がちよつと重さを軽減してゐる。
呉国太の表情自体も厳しさうでゐて福々しくもあるので、衣装とあつてゐるなと思ふ。

呉国太の前、やや右よりのところに大喬が立つてゐる。
牡丹の花を手にしてゐて、とても美しい。
とても美しいのだが、残念ながら大きい髪飾りがその花の顔に影を落としてゐる。
照明の加減だらうとは思ふのだが。
今回、黄蓋とか後日出てくるだらう程昱とか、照明の加減でよく見える人形もゐるのだが、大喬は照明の加減がむつかしかつたのかなあ。
いままでの展示でも大喬を見たことはあると思ふのだが、髪飾りの影が邪魔などと思つたことはなかつた気がするのだが。
美人だけに残念である。

以下、つづく。

紳々竜々と「荊州の人々」については
「玄徳の周辺」については
こちら

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Thursday, 01 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「玄徳の周辺」のケースについて書く。

「玄徳の周辺」のケースは、展示室の入口のつきあたりにある。
玄徳一行は、その次にある展示室のメインケースがほぼ定位置のやうになつてゐるやうに思つてゐるのだが、今回は「人形劇三国志」としてのテーマが「赤壁の戦ひ」なのでこの位置なのだらう。

左から順に馬上の張飛・美芳・馬良・趙雲・玄徳と白竜・淑玲・伊籍・勝平・関羽と赤兎が展示されてゐる。

張飛には覇気が欠けて見える。
これは「曹操の王国」のケースにも云へることなのだが、赤壁の戦ひだからだらうか、人形全体にどことなく元気がないやうに感じられる。
このケースの中では張飛はとくにさう見える。
さぞ腕をこまぬいてゐることだらう。
さう思つて見ると、蛇矛も携へてゐるだけといふ風に見えてくる。
張飛は人形劇では一番といつていいほど生き生きとした登場人物だから、よけいに元気の足りないやうに見えるのかもしれない。

美芳は張飛の手前やや右側に立つてゐる。
腕などひろげて「ちよつと寄つてらつしやいよ」とでも云つてゐるのだらうか。
さういへば人形劇では美芳は勝平と一緒に負傷兵を助けたりするんだつたな。
こんなときに敵も味方もないよ、と、わけへだてなく手をさしのべてゐた。
玄徳の周辺の人々で一番活躍してゐたのは実は美芳と勝平だつたりして。
美芳も、もうちよつと可愛く見えるアングルがあるやうな気がするのが、チトもつたいない。

馬良は張飛の右隣、高いところに立つてゐる。
右手を口元に近づけて左手は胸元あたりにある。
最初見たときは、なにか考へごとをしてゐるやうに見えた。左側から見たときだな。
それが正面や右側から見るとまた印象が変はる。
とくに右側から見たときは、なにか献策しやうとしてゐるところに見えるんだな。
馬良はどこから見てもいい表情をしてゐる。

趙雲は美芳の右隣にゐて、槍を構へてゐる。
蝶の模様の衣装がよく見える。
趙雲はこの場にあつても臨戦態勢のやうだ。
単身孔明を助けに行つたりするからだらうか。
また、位置的に玄徳を守護してゐるといふやうすでもあるので、それでほかの人形に比べて緊張感が高いやうに見えるのかもしれない。

玄徳は趙雲の右後方、高いところにゐて白竜に乗つてゐる。
玄徳も臨戦態勢とまではいかないが、気を抜かずにゐるやうだ。
戦況を見守る心だらうか。
それが手前にゐる趙雲にも伝はつてゐるのかもしれないな。

淑玲は赤壁の戦ひのときにはもうゐないのだが、玉桃もゐることだし、その前哨戦からの流れで登場といつたところか。
趙雲の右、玄徳の右前方に立つてゐる。
やや見上げるやうな視線は、玄徳にそそがれてゐるのかなあ。

伊籍は、玄徳の右に立つて遠くを見てゐるやうすだ。
以前も書いたと記憶するが、伊籍は「人形劇三国志」の中でも「いい人」に属する人形だと思ふのに、飯田で見るとかなり気性の荒い人に見える。
気性が荒くてもいい人はゐるのかもしれないけれど、「いい人」といつたときに思ひ浮かべる穏やかな雰囲気はあまりない。
口元かな、なんとなくきつい口調で詰問するやうな、そんなときの口元に見えるのだ。
操演されてゐるときとかうしてしづかに立つてゐるときとで印象の変はる人形は多く、伊籍はその中のひとりである。

勝平は伊籍の手前にゐる。
いままさに駆けてくる、そんなやうすで片足をあげてゐる。
美芳とおなじやうに、勝平は赤壁の戦ひではかなり活躍してゐるからか。
戦場に父親を捜しに行つたり、風向きの変はるのを即座に検知するために凧を揚げたり、結構忙しい。
この感じだと関羽のもとに駆けてきたといつたところだらうか。

関羽はケースの一番右端で赤兎に乗つてゐる。
張飛ほどではないものの、こちらにも傍観者モードな印象がある。
せつかく赤兎に乗つてゐるのになー、とも思ふが、あとで思つたのだが、もしかしたらこのあと華容道に向かふことになるのか知らん、といふ気もしてきた。
さういふ視点から見たらまた違つたのかもしれないなー。残念。

以下、つづく。

紳々竜々と「荊州の人々」はこちら

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Wednesday, 31 October 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 紳々竜々と荊州の人々

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
現在の展示では「人形劇三国志」の主題は赤壁の戦ひだ。
「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下「人形劇平家物語」)」には全体的な主題はなく、「木曽と鎌倉」「平家一門」のほか小ケースに麻鳥・蓬子・伴卜がゐる。
人形アニメーションは「蓮如とその母」だ。
ホワイエには「こども向けの仕事」と題してさまざまな人形が展示されてゐる。

展示室の入口を入ると、右手のケースに紳々と竜々とがゐて出迎へてくれる。
ふたりとも曹操軍の出で立ちだらう。
紳々の方がきちんとした着付けになつてゐて、竜々は帯締め(のやうなもの)がチト下過ぎるかなあといつたところ。
人形劇で見ると、剣を提げてゐるとどうしても帯締めが下にいくやうなので、竜々がだらしないといふわけではないと思ふ。
どちらかといふと、これまで見た展示では紳々の方がだらしないといつたら失礼かもしれないがくだけた着付けの印象がある。

美術館の方が、紳々竜々について放映当時人気のあつた漫才師をモデルにしてゐて、といふ旨の説明をしてゐるのを聞くと、この説明が有効なのはいつまでだらうと思ふことがある。
今回はご年輩の来館者が多かつたのでまつたく問題はなかつたやうだが、若い方や海外からのお客には通じないだらう。

海外からのお客といへば、美術館としてさういふお客さんにも対応しやうと本腰を入れてゐるやうすが伺へた。
日本の外からも飯田に見に来てくれる人が増えるといいなあ。

入口を入つて左手のケースには荊州の人々が並んでゐる。
手前から劉表・蔡夫人・劉琮・劉琦・玉桃の順に並んでゐる。

劉表は人形劇のときは人のよささうなお大尽といつたやうすだつたが、近くで見ると目の形に特徴があつて、一筋縄ではいかない人物のやうに見える。
行く先のない玄徳一行を快く受け入れてくれた印象があるからか、こちらにも「Welcome.」と云つてくれてゐるやうな気がする。
でも、荊州の牧に入口に近いところにゐられるとちよつと恐縮してしまふな。
ここは端近、といはうか、下手な感じといはうか。
会議室やエレヴェータで適切な居場所はどこかと悩む Japanese Business Person の悲しさかもしれない。
劉表は前掛け部分の龍が見事で、それがよく見えるのがうれしい。

蔡夫人は劉琮の肩を抱くやうに劉琮のやや左後ろに立つてゐる。
劉琮はとくにいやがるやうすもない。
この構図は以前も見た。
以前は、蔡夫人と劉琮とで視線の向かふ先が違ふのがおもしろかつたやうに記憶してゐる。
今回の劉琮は蔡夫人の云ひなりに近い感じだらうか。
蔡夫人はきつぱりした顔立ちで、気が強さうなところが人形劇のときの印象と変はらない。
人形劇の劉琮はもうちよつと自分でものを考へて行動する人物だつたやうな気がする。

劉琦からはちよつと照明が明るくなる気がする。
展示室の内部に近づくので、展示室のあかりが届きやすいのだらう。
川本喜八郎の話では、荊州や江東は南の方なので、黄色や橙色といつた華やかな色を人形の衣装に使ふやうにした、といふ。
劉表もさうだし、この先出てくる孫権その他江東の人々の衣装も黄色を基調としたものが多い。
劉琦もその例にもれず、地は黄色や橙色で、そこに大輪の菊をはじめとした秋の花々が散りばめられた模様で、もう「これでもか」といふくらゐ華やかな衣装をまとつてゐる。
だといふのに劉琦から受ける印象はどこかさみしげで儚い。
人形劇を見てゐたからさう思ふのかもしれない。
ここにも何度も書いてゐるやうに、劉琦さまといへば人形劇三国志一ほつれ毛のうつる男だ。
こめかみから頰にかけてはらりとこぼれた髪の毛のゆれるさまがよく似合ふ。
そんな憂愁の貴公子が劉琦だつた。
人形劇三国志を見てゐない人でもこの劉琦を見て「さみしさう」と思ふのだらうか。
もの思はしげな表情と、血の気の失せたやうな顔色を見ればそんな気もするのかな。
今回は右から見た劉琦さまがよかつた。

玉桃は、人形劇三国志オリジナルの登場人物で、玄徳と淑玲とを結びつけるために出てくる。
玄徳が独り身だといふので、劉表が自分の姪を嫁にどうか、と勧める、その姪が玉桃だ。
そこまで人形劇を見てきた視聴者は思ふ。
玄徳には淑玲がゐるんだから、邪魔するんぢやないよ、と。
玉桃の存在が玄徳・淑玲とその周辺をかき回し、結局玄徳と淑玲とは結婚することになる。
劉表の姪だから装飾品や衣装はいいものだ。
でも玉桃はそのまま飾つてしまふと、ちよつとおかめ顔めいた感じであんまり可愛くないんだよね。
もうちよつと可愛く見えるやうにしてあげてもいいのにな、と、手前勝手なことを考へてしまふ。

以下つづく。

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Wednesday, 25 April 2018

周瑜のカシラのモデルは検非違使

飯田市川本喜八郎人形美術館に行くと、飯田のケーブルTVが撮つた川本喜八郎へのインタヴュー番組の録画を流してゐることがある。
番組には主に「人形劇三国志」について語つたものと、「平家物語」について語つたものとがある。

主に「人形劇三国志」について語つた方の番組で、川本喜八郎は周瑜のカシラのモデルは検非違使である、と語つてゐる。

さうだつたのか! 周瑜は検非違使!
はじめて聞いたときに、痛く感銘を受けた。
ほかの人形のカシラも多かれ少なかれ文楽の人形のカシラをモデルにしてゐる、とも語つてゐた。

検非違使といふと、「義経千本桜」の知盛とかかな。
カシラのことはよくわからないが、知将的なイメージのあるカシラだと思ふ。

このとき、美術館の方とちよつとお話をしたのだが、ほかの人形のカシラがなにをモデルにしてゐるのかはわからぬ仕舞だつた。
とりあへず、孔明のカシラのモデルは孔明でないことは確かだ、といふ点では意見の一致を見た。

勝手に想像すると、関羽のカシラは文七を元にしてゐると思ふ。
張飛は与勘平だらう。
このふたりについてはほぼ間違ひないんぢやないか。
あとがわからないんだよなー。

話を聞いてゐると、川本喜八郎は最初は玄徳のカシラは孔明(文楽のカシラの方ね)をもとに作るつもりだつたのではないかといふ気がする。
文楽の孔明のカシラのイメージは、分別のある品のよい壮年といつたところか。
それだとロマンスもある主人公としてはちよつと、と云はれて、おそらくは源太か若男あたりをモデルにして作つたのが実際の玄徳のカシラなんではないかと思つてゐる。

黄忠と黄蓋とはよく似てゐるけれど、カシラをよく見ると、黄忠は鬼一、黄蓋は大舅なんぢやないかといふ気もしてくる。黄忠の方がちよつとやさしげなんだよね。

趙雲も源太か若男かといつたところか。劉琦さまは若男かなー。
そしてやはり孔明のカシラのモデルがわからない。

川本喜八郎本人に訊けるうちに訊けたらよかつたのに、と思ふが。
秘密だつたかも、といふ気もする。
いづれにしても、「この人形のモデルはなんだらう」と考へながら見るのはまた楽しい。
袁紹とかなんなんだらう。陀羅助かなあ?

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