Wednesday, 19 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 玄徳の周辺 その二

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、それを見てきた。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

前回はメインケースの「玄徳の王国」について途中まで書いた。
今回はつづきから書く。

ケース中央前方やや右寄りに趙雲がゐる。
趙雲と孫乾とは対で展示されることがある。
以前、おなじケースでやはりケース中央前方に趙雲と孫乾とがひざまづいてかしこまつてゐた。
関羽と張飛とが対になり、あとから仲間になつたといふことで黄忠と馬超とが対になると、趙雲だけひとりになつてしまふ。
そこで孫乾、といふことなのだらう。
なんとなく衣装の趣も似てゐるし。
趙雲は人形劇では「永遠のさはやか好青年」であつた。
飯田で見ると、ときにひどくきつい表情をしてゐるやうに思へることがある。
かういふのがおもしろい。

趙雲の右隣に関平がゐる。
抜く手は見せぬぞ、とばかりに右手を剣の柄にかけてゐる。
関平つて、かういふ感じかなあ。
もうちよつと穏やかなイメージなんだけど。
人によつて抱く印象が違ふといふことだらう。
ここが「それぞれの人形らしい展示」のむつかしいところか。

趙雲と関平との間くらゐの後方に美芳がゐる。
美芳もいつ見ても可愛い。
淑玲のときも書いたけれど、こんなに可愛かつたか、とあらためて思ふ。
人形劇だと美芳はちよつとおかめのやうな扱ひのところがあつた。
さういふ感じはないけれど、この美芳はいいな。
関平との違ひはなにかといふと、美芳の方は neutral な感じがすることだ。
見る側が如何様にも受け取ることができる。
美芳にしてはおとなしやかに展示されてゐるけれど、「ほんとはもつとお転婆なんでせう」とか「実際はもつとしつかりものよね」とか想像の余地がある。
それに、可愛いものを可愛く見せてもらへると嬉しい。

ケースの右端前方には馬上の張飛がゐる。
玄徳の馬は白竜、関羽の馬は赤兎と名前がついてゐるのに、張飛の馬だけは「張飛の馬」だ。
張飛の馬はいつ見ても強面だ。
目がちよつと据はつた感じなんだな。
さういふ馬を乗りこなす張飛、といふことなんだらう。
張飛の衣装の背中の裾はたたまれてゐる。
これは張飛らしい気がする。

ケース右端後方には黄忠が立つてゐる。
片手をあげてゐて、得物は手にはしてゐない。
これまで飯田で見る黄忠は考へ深げな老紳士といふ感じで、人形劇で見た荒ぶる老将といつたおもかげはあまりなかつた。
もともとの人形のカシラがさういふ作りなんだらう。
今回はいつもに比べてちよつと元気さうだ。
人形劇の黄忠らしい。

メインケースの前にはちいさなケースが二つある。
入口に近いケースに孔明、奥のケースに龐統がゐる。

これまで飯田で見る孔明は、その目が実に独特だつた。
ちやんと潤つてゐる感じがした。
それが今回はない。
いままではちよつとした顔の角度や照明の加減でさう見えてゐたのだらう。
人間の目のやうに水をたたへてゐるやうだつたので、ほんたうに生きてゐるやうに見えゐたのかもしれない。
三月二十五日に開館十周年のイヴェントとして、孔明と一緒に写真が撮れるといふ催しがあつたといふ。
それでお疲れなのかもしれない。
この孔明と一緒に写真が撮れたのかどうかは定かではないけれど。
今回、諸葛瑾の目にさうした水をたたへた感じがある気がして、「ああ、こんなところが似てゐるんだなあ」と思つた。
人形劇で見てゐたときは似てない兄弟だな、と思つてゐたのにね。

龐統は猫じやらしをくはへて立つてゐる。
飄然とした趣があつて、如何にも龐統らしい。
ケースの中央ではなく若干脇に寄つてゐるやうに見えるところもいい。
龐統も孔明もメインケースの中にゐたらいいのにな、と思はないでもない。
前回も一番隅のケースにふたりで立つてゐたしね。
その前のときにメインケースの中央前方で、孔明は淑玲から、龐統は美芳から話しかけられてゐるやうな展示があつたから、それで敢へてはづしたのだらうか。
人形劇の龐統はどこか可愛らしい趣もあつて、さういふ感じも出てゐるやうに思つた。

以下、つづく。

「項羽と劉邦」展その一はこちら
「項羽と劉邦」展その二はこちら
「項羽と劉邦」展その三はこちら
エントランスから宮中の抗争まではこちら
連環の計はこちら
玄徳の周辺 その一はこちら

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Friday, 14 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 玄徳の周辺 その一

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつた。
やつと見に行つてきたわけだ。。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

「宮中の抗争」と「連環の計」のとなりにあるのは展示室のメインケースだ。
主題は「玄徳の王国」。
左から馬超、赤兎に乗つた関羽、淑玲、白竜に乗つた玄徳、孫乾、趙雲、関平、美芳、馬上の張飛、黄忠がゐる。

ケース左奥に馬超がゐて、左側を見てゐる。
いままで見た中では一番男前な馬超かも。
前回、李儒を見てゐるときに美術館の方から見る方向によつて人形の印象が変はると教はつた。
今回の馬超はどこから見ても男前だ。
奥の方にゐる関係で右側から見ることはかなはないけれど。
左側から見た方が若干きりりとしてゐるかな。

馬超の手前に関羽がゐる。
赤兎に乗つた関羽はいつ見てもいい。
以前、馬に乗せた展示をするとその次のときが大変なのだといふお話を美術館の方からうかがつた。
脚まはりの衣装に皺が寄つてなかなかとれないのださうな。
展示替へのときにアイロンなどで一生懸命のばすのだといふ。
衣装の裾の長いのをたたんでゐたりするとやはりおなじことが起こるのだらうな。
今回関羽の背中側の裾はきれいにのばされてゐて皺の心配はなささうだ。

淑玲は関羽の右斜め後方にゐる。
飯田で見る淑玲はいつも可愛い。
人形劇で見ると、もつさりとしたあか抜けないお嬢さんといつた雰囲気のときもある。
飯田で見るときはさういふ印象はまるで受けない。
ヒロインだし、めいつぱい可愛さを引き出してもらつてゐるんだらう。

孫乾はケースの中央左寄り前方にゐる。
前回から引き続きの登場だ。
孫乾は人形劇での出番もそんなに多くなかつたし、展示されることもそれほど多くない。
そのせゐか衣装などがきれいな感じがする。
孫乾には「いい人」なイメージがある。
人形劇では、龐統の悪評を聞いて張飛を派遣することにした玄徳がお目付役として孫乾をつける。
出てきたのはちよつと困り顔のカシラの人のよささうな人形だつた。
でも、裁きの場でどこに座つたものかわからない張飛にすぐには教へずにちよつと意地悪するし、そもそも張飛のお目付役になるくらゐだから、「いい人」といふばかりでもないんだらう。
今回は兜の前面中央にある「大吉」の文字がよく見える。

ケースの中心後方に白竜に乗つた玄徳がゐる。
飯田で会ふ玄徳からは、なぜかいつもふしぎな色気のやうなものを感じてゐた。
人形劇で見るときにはつひぞ感じたことのない色気だ。
とくに顔の下半分に感じる。
以前、「一年半にわたりドラマの主役を演じてきた人間のかもしだす貫禄のやうなものか」と書いた。
それが今回はない。
今回の玄徳からは、若々しい番組開始直後の若者のころのやうな雰囲気を感じる。
髭のあるカシラにも関はらず、だ。
二、三回めの訪館のときだつたか、当時いらした美術館の方が、髭のなかつたころの玄徳のカシラはもうないのだ、と教へてくだすつた。
川本喜八郎は髭のないカシラに髭を加へたのだ、と。
川本喜八郎は「玄徳のカシラには髭をつけやうと思つてゐたが、番組の方から若者のイメージでと云はれたのでつけなかつた」といふやうなことを語つてゐたことがある。
さうか。
髭、つけちやつたんだな。
当初の目論見どほりに。
髭のある玄徳から若々しさを感じるのも当然なわけだ。

以下、つづく。

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Thursday, 13 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 連環の計

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつてそれを見に行つた。

公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

前回の「宮中の抗争」の隣には「連環の計」の面々として呂布、貂蝉、王允、董卓、李儒がゐる。

呂布はケースの後方に立つてゐる。
戟を手にしてゐてやうすがいい。チト覇気には欠ける。
武将の衣装には袖口の広いものがある。そのままにしてゐたら地につくし戦ひにくからうと思ふくらゐ広い。
大抵は下から三分の一くらゐのところで縛つてゐて、呂布もさうしてゐる。
今回、呂布は袖口をできるかぎり狭めやうとしてゐるやうに見えた。
いつもさうだつたんだらうけど、ある日突然気がつくことつてあるよね。

貂蝉はケース前方にゐる。
実にうつくしい。
美術館の方が下から見上げるとやさしい表情になるんですよと教へてくだすつたので、ちよつとしやがんで見上げてみる。
自分の目線の移動で表情が変はつてゆくのがおもしろいよねえ。

王允は貂蝉の右後方、ちよつと高いところにゐる。
人形劇に出てゐたころもさうだつたけれど、王允には小人物といふ印象がある。
司徒だけど、なんだか小ずるさう。
人形劇の王允のイメージはさうで、でもなにか違ふと思つたのか渋谷の新しく作られた方の王允はもうちよつと厳格な感じがする。

王允の右隣には董卓が立つてゐる。
立派な姿だ。
人形劇の董卓にはユーモラスな印象がある。
番組開始当初はもつとこども向けに作るつもりだつたのか、董卓はいつも知恵の輪に興じてゐて、王允とはまたちがつた小物感があつた。コミカルな感じだつた。
番組が進むにつれて、奸雄めいた雰囲気を前面に押し出すやうになる。
黒地に金銀の縫ひ取りの衣装も偉さうな印象を醸し出してゐる。

李儒は董卓の手前、ケースの右隅前方にゐる。
目は左の方を見てゐる。
李儒の見てゐる方向からアプローチするので、流し目のやうにも見える。
これも美術館の方が教へてくだすつたとほり逆側から見ると、全然雰囲気が変はる。
右から見た李儒はなんとも悪さうで、キツネめいた表情をしてゐる。
悪だわ。
董卓とふたりで、
「李儒、お主も悪よのう」
「いえいえ、董卓さまほどでは……」
と黒く笑つてゐさう。
以前から「李儒は董卓より悪に違ひない」と思つてゐるのだが、かういふのを見ると「ほーら、やつぱり」と思ふ。

以下、つづく。

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Wednesday, 12 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 エントランスその他

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、はじめて見に行つた。
今回は「人形劇 三国志」と「人形歴史スペクタクル 平家物語」の人形が展示されてゐる。
人形アニメーションの展示はない。
これが意外とさみしい感じがした。

今回の展示は三国志については「この場面に出て来る人々の紹介」といつた趣が強い。
「黄巾の蜂起」「宮中の抗争」といふやうな主題がつけられてゐて、その主題に関はる人物が展示されてゐる、といつた印象を受けた。
特撮ヒーローやプリキュアものなどで、とくに番組開始直後はヒーローやプリキュアひとりひとりの変身シークェンスや名乗りをていねいに演出する、その感じに似てゐる。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

展示室の入口を入ると、すぐ右手に紳々と竜々がゐる。
向かつて左側が紳々、右側が竜々だ。
紳々は片手を掲げて立つてゐて、竜々は腕を胸のあたりに掲げてゐる。
このふたりの裾の処理がおもしろい。
後ろ身頃の裾が地面につくくらゐ長くなつてゐる。これまでの展示ではそのまま垂らしてゐるか、帯近くまでたたんでたくしあげてゐたやうに記憶する。
今回はラフな感じになるやうに台座にピンでとめてあつた。
他の武将はともかく、紳々竜々ならありうる。
今回は団体のお客も多く、美術館の方が紳助竜介の名前を出して解説してゐるのを聞く機会もあつた。
紳助竜介の名前はいつまで通じるのかな。

入口を入つてすぐ左手のケースには張梁、張角、張宝、盧植がゐる。
ケースの主題は「黄巾の蜂起」だ。
ケース二つを使つて、張角・張宝・張梁と盧植とはちよつと離れて展示されてゐる。

張梁、なあ。
人形劇にはそれほど出番がないと思ふ。
三国志に詳しい人なら「張梁らしい展示だなあ」と思ふのかもしれないけれど、人形劇の知識しかないとチトわからない。
今度はもうちよつと「三国志演義」などを読んでから行くことにしやう。

張角、張宝、張梁の三人は、一見あまり似ては見えないけれど、実はよく似てゐる部分がある。
顎の形だ。
あと衣装にもお揃ひなところがある。
さういふ点に気づくと俄然見るのが楽しくなつてくる。

盧植には、これまでの展示で感じた厳格さうな雰囲気はあまりない。
また、初登場のころの村の寺子屋の先生のときのやうな好々爺然とした感じもない気がする。
でも、どちらかといふとやさしげかな。
玄徳の師匠といふ点が feature されてゐるのかもしれない。

次のケースの主題は「宮中の抗争」。
何后、弘農王、陳留王、何進、董太后がゐる。
前回の展示では実にドラマティックな場面を展開してゐた何后と董太后とは、今回はまた違つた趣で展示されてゐる。

何后はこちらを向いて立つてゐる。ほんのわづかだけ顎をあげてゐてこちらを見下してゐるかのやうだ。
ああ、何后らしいなあ。
何后つて、かういふ感じだよなあ。

何后の背後の高いところに弘農王と陳留王とが並んでゐる。
どちらも似たやうなポーズを取つてゐる。
拳を腰にあてて両肘を張つたポーズだ。
弘農王がぼんやりとした印象を与へるのに対し、陳留王はひどく生意気さうに見える。何后とはまた違ふけれどでもやつぱりこちらを見下してゐるやうな雰囲気がある。
人形劇では陳留王の方が賢いやうに描かれてゐる。
賢いのはいいけれど、賢しげなのはどうかなあ。
ずつと見てゐると弘農王の方が可愛く見えてくる。

何進はエプロンのやうな前垂がよく見えてうれしい。赤い地に鳳凰だらう、二羽の鳥が向かひあつてゐる図案で、いつかも書いたけれど「何進のくせに生意気だぞー」といつも思ふ。

董太后はおとなしげに立つてゐる。
こちらから見ると視線をはづしてゐるやうに見えるので、気遣はしげでもある。
「宮中の抗争」といふものは、あんまり表立つたものぢやないんだらう。
水面下でさまざまな取引ややりとりがあつて、表面上はなにもなさげにしてゐる。
董太后を見てゐてそんな印象を受けた。

以下、つづく。

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Friday, 07 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 項羽と劉邦展 その三

週末、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今年は開館十周年といふことでさまざまなイヴェントや展示が予定されてゐる。
四月二十三日までは「項羽と劉邦」展が開催されてゐる。

今回は展示室であるスタジオの中央奥にあるケースと右側にあるケースについて書く。

中央奥のケースには始皇帝が、右側の壁沿ひのケースには奥から范増、韓信がゐて、一番手前のケースにはカシラばかり二十個展示されてゐる。

始皇帝は、思つてたよりも普通のをぢさんだつた。
皇帝の冠についてゐるビーズのぢやらぢやらでよく顔が見えないせゐかもしれないけれど、天下を統一した人の偉大な雰囲気などはあまり感じない。
衣装は立派で、竜を思はせるやうな柄が二、三種類取り入れられてをり、そこは皇帝らしい。
なんだらう、顔のパーツのひとつひとつが小さいのかな。目とか鼻とか口とか。とくに目。
始皇帝の周囲にゐる項羽や呂后の印象が強烈過ぎるのか知らん。

やつと会へたね。
范増の前に立つてしみじみさう思つた。
二年前、創業三十周年を記念して水戸エクセルで三国志展が開催された。
このとき、人形のできるまでを詳細に説明したパネルがあつた。
写真のモデルが范増だつた。
つまり范増のできるまでの説明だつた。
項羽と劉邦とは別冊太陽のムックの表紙にゐるからゐることは知つてゐた。
范増もゐるんだ。
あれから二年、やつと相見えることができた。

范増は左奥を見込んだやうすで躰はなんとなく右方向に行かうとしてゐるやうに見える。
項羽に愛想を尽かして去るところなのかな。
「項羽本紀」に登場する時点ですでに「七十」と書かれてゐる范増は、老人態に作られてゐて皺も深いしほかの人形のやうに華やかな衣装を着てゐるわけでもない。
衣装の色は、敢へていふとお茶色といつたところか。
灰色がかつてはゐるけれど、どこか緑を感じる色で落ち着いてゐる。
でも范増にはどこか生き生きした印象がある。
まだこれからバリバリ献策するぜ、といつたところなのかもしれない。
なにしろ仕官はしてゐないけれど策をたてるのが好き、とか書かれちやふくらゐだからね。

韓信は正面を向いて立つてゐる。
色のイメージは朱色と黒、もしくは藍色、かな。
韓信のおもしろいのは、後頭部中央部分の髪の毛を編み込んでゐることだ。
髪の毛を下からもちあげて編み込みにしてその先に髷を作つてゐるのだらうと思はれる。
カシラばかり並んだ中にも韓信のやうに編み込みにしてゐるものもあれば、三つ編みにしてゐるものもある。
かういふのも兵馬俑を参考にしてゐるのかな。
韓信からは落ち着いてゐてしづかな自信に満ちてゐるといつた印象を受ける。満ちてはゐるけれど満ちあふれてはゐない。
前回、劉邦のことを思慮深げと書いた。
韓信も思慮深さは水を張つたその表面が波ひとつたたずにしんとしてゐる感じ、かな。

カシラばかり並べたケースは縦に三列あつて、上が七、中が六、下が七の計二十個ある。
上段は左から陳勝、章邯、蒙恬、扶蘇、趙高、李斯、殷通。
中段は左から鯨布、懐王、項梁、虞美人、項伯、荊軻。
下段は左から陳平、蒯通、蕭何、張良、韓信、酈食其、夏侯嬰。

陳勝はたたき上げといふ感じ。蒙恬はどこかやんちやな武将。趙高はヤな宦官そのもので、李斯はちよつと理知的な感じ。殷通なんてそんなに出番はなからうに、と思ひつつ、話がはじまつたらわりとすぐ出てくるから作つてあつたのかなぁ。

鯨布はそのまま仁王像になりさうな顔つき。懐王は劉琦さま的なアレかな。項梁はお頭と呼びたいやうな感じで、虞美人は髪飾りの違ふヴァージョンなのだらう。項伯は項梁よりもおとなしめで色もちよつと白い。
おもしろいのは荊軻で、眉や髭のあたりを鉛筆で描いたのがそのまま残つてゐる。ちよつと見ると眉がひどく薄く見えるので酷薄さうだが、鉛筆のあたりを頼りに想像してみるときりつとした顔立ちになるのぢやあるまいか。

陳平はいい男。蕭何は冠が立派な心配性。張良は、これは橋で待たされたりしてゐた若いころのカシラなのかな。韓信は股くぐりとかしてゐたころのカシラだらう。髭とかないし。夏侯嬰がどことなく夏侯淵に似てゐて、思はず微笑んでしまふ。

カシラだけでもこんなにたくさん作つてあつたんだな。
説明によると、川本喜八郎がカシラなどに残してゐた鉛筆書きなどをもとに川本プロダクションの方々が「史記」や「漢書」にあたつて人物を特定したものだといふ。

あらためて見ると、「項羽と劉邦」には実現してもらひたかつたよなあとしみじみ思ふ。
今後は大切に保管されて維持されていくのだらう。
どこかで少しでも動くところが見られたらなあと思はずにはゐられない。

以下、つづく。

「項羽と劉邦」展その一はこちら
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Thursday, 06 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 項羽と劉邦展 その二

週末、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今年は開館十周年といふことでさまざまなイヴェントや展示が催される。
四月二十三日までは「項羽と劉邦」展が開催されてゐる。

前回は入口を入ると真正面にゐる項羽と左手にある解説パネルについて書いた。
今回は展示室であるスタジオの左側にあるケースについて書く。

スタジオを入つて左側の壁沿ひにケースが三つ並んでゐる。
手前から虞美人、劉邦、呂后がゐる。

虞美人は実に可憐だ。
踊つてゐるところなのだらうか。
左を向いた顔はやや仰向けで遠くを臨んでゐるやうに見える。
両腕を右に流してゐるので躰にひねりがあり、しづかな中にも動きがある。
踊りといふよりは舞なのかな。
水色で紗綾型の地模様の衣装は、ところどころに花をあしらつたもの。
襟などにはさまざまな蝶を散らした生地を使用してゐる。わりとリアルな蝶もゐるので、苦手な向きは気をつけた方がいい。
髪の結ひ方がどことなく元禄時代の女の人の髷に似たところがある。呂后の髪型もさう。
虞美人この可憐さはどこからくるのだらう。
花びらのやうな唇か知らん。

劉邦は思慮深げに見える。
劉邦が思慮深い?
劉邦といつたらまづキレて、張良とか陳平とかに足を踏まれたりしてとどまつて、献策をとり入れる、みたやうなキャラだと思つてゐる。
川本喜八郎にはなにかモデルとした作品があるんだらう。知りたいねぇ。
劉邦が思慮深げに見えるのは、ややうつむいてゐて腕を組んでゐるから、といふのもあるけれど、カシラから受ける印象が大きいと思ふ。
おだやかさうで目とか鼻とか顔の部品が比較的大きい。
イメージカラーはオレンジ。
項羽は白かなあ。衣装の色では赤と青も印象深い。赤といつても冷たい感じの赤だ。
劉邦はおだやかさうでゐてあたたかい橙色なので、やさしげな度量の大きい人物に見える。
項羽もさうだけれども、劉邦もカシラだけなにかの人形とすげかへて三国志に出てきたらちよつと違和感を覚えるだらう。
非常に個性的で、「項羽と劉邦」の世界を代表するカシラなんだらうと思ふ。

呂后は妖しい。
一目見て「蜘蛛女」と思つた。
下から見上げるやうな流し目の視線の先にはなにがあるんだらう。
すこしねぢつた躰の線がまた妖しい。
口元に浮かんだ笑みもなまめかしい。
悪女といひ、毒婦といふ。
さういふ人はやつぱり妖しく美しくないとね、といふことなのだらう。
部屋の一番奥の隅にゐる、といふのもいい。
衣装は黒地に唐草の地模様で、蠢く触手のやうにも見える。
その黒い衣装の裾からのぞくプリーツスカートは紫色の江戸更紗のやうな感じの生地だ。
呂后には「黒い肝つ玉母さん」のやうなイメージを抱いてゐたが、そのイメージもがらりと変はつてしまつた。
いやー、いいわ、呂后。

以下、つづく。

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Wednesday, 05 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 項羽と劉邦展 その一

週末、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。

今年は開館十周年を記念してさまざまなイヴェントや展示が予定されてゐる。
その一環として、ホワイエには開館に至るまでのやうすや開館日およびその後の美術館のやうすを写した写真が展示されてゐる。
また、スタジオでは「項羽と劉邦」展が催されてゐる。四月二十三日までとのことだ。

「項羽と劉邦」展は、展示室のある三階の一番奥にあるスタジオで見ることができる。
入り口手前に「項羽と劉邦」展のポスターが展示されてゐて、虞美人を手にして微笑む川本喜八郎の写真も飾られてゐる。
この写真の川本喜八郎は、開館に至るまでの写真の中のそれよりもずつと若い。
かなり以前から作つてゐたんだなあ。
それは、スタジオ内の説明でもわかる。

スタジオの中は周囲を黒い幕のやうなもので覆つてある。
入つて左手にケースが三つ、中央に二つ、右手に三つある。
左のケースには手前から虞美人、劉邦、呂后がゐる。
中央のケースには項羽と始皇帝。
右のケースには、カシラだけ二十個、韓信、范増が展示されてゐる。
それほど広い部屋でもないので、背後で自動ドアが閉まると一瞬閉じこめられたやうな気分になる。
蔵の中で人形と対峙してゐる感覚、かな。
悪くない。
悪くないけど、対峙する相手が項羽なので、最初はちよつとひるんだことをここに告白する。

ドアが開くと、真正面のケースに項羽がゐる。
その迫力に一瞬気圧され、思はず一歩退いてしまつた。
「項羽と劉邦」のうち項羽と劉邦とは別冊太陽の「川本喜八郎 人形ーこの命あるもの」の表紙を飾つてゐる。
項羽のカシラは白くて目が横に動く。展示では向かつて右を見てゐる。
半円のやうな形をした目はそんなにおそろしくはない。目が大きいからかもしれない。
迫力に気圧されはしたものの、ずつと見てゐるとどこか人間味のある人のやうにも思へてくる。
項羽だと思つて見るからかもしれない。

衣装はまづ羽飾りのついた兜に目がいく。
兜の羽はカミキリムシの触覚に似てゐる。
このまま馬に乗りでもしたら、羽の風になびくやうすはさぞうつくしいだらうなあ、と思ふ。
鎧などは兵馬俑を参考にしたものだらう。劉邦や韓信も同様だ。
「人形劇三国志」も玄徳・関羽・張飛の鎧は兵馬俑の人形を参考にしたといふものね。

入つてすぐ左手に、「項羽と劉邦」展に寄せた川本プロダクションによる解説パネルがある。
読むと「項羽と劉邦」の人形劇が実現してゐたらなあと思はずにはゐられない。
そして、実現はしなかつたけれど、人知れず人形を作りつつ企画をたてて方々へ働きかけてゐた川本喜八郎を思ふとなにも云へなくなつてしまふ。
脚本も自分で書くつもりでゐたのださうで、撮影についても実写の背景と人形操演とを合成させる場面を用意するなど多彩な構想があつた、とパネルにはある。

川本喜八郎は長いことシルクロードをテーマにした人形アニメーションを作りたいと考へてゐたといふ。
この美術館で見たことのあるインタヴュー番組でもさう云つてゐるし、「チェコ手紙・チェコ日記」にはシナリオも掲載されてゐる。
インタヴュー番組では「あと三十年くらゐ生きないと完成できない」と云つてゐて、もう作ることはないだらうといふことを匂はせてゐる。
時折この美術館で見ることのできる李白はアブソルート・ウォッカのCM用アニメーションの人形で、シルクロードものの一環だといふ説がある。
「項羽と劉邦」の人形劇も、自身のシルクロードものの一環と考へて作つてゐたのかなあ。

この後、「項羽と劉邦」の人形を見られる機会はあまりないかもしれない。
見ることができてよかつた。

以下、つづく。

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Wednesday, 05 October 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 2016秋 再訪

九月三十日、十月一日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
六月の展示替へ後に行つて以来だ。

今回の展示は人形劇は「人形劇三国志」の人形、人形アニメーションは李白、「花折り」「鬼」「道成寺」「不射の射」「火宅」だ。
どの人形がゐてどんなやうすかといふ話は、六月に見てきたあと書いた。

あらためて書くと、今回はいつにも増して立ち止まる部分が多いやうに思ふ。
何后に見とれる日がやつて来やうだなんて、六月に見に行くまで思つてもみなかつた。
毒の入つてゐるだらう青磁とおぼしき水差しを手にすつくと立つ姿が凛然としてゐる。
とてもドラマチックだ。
すつくと立つて、毒に苦しみ倒れ伏す董太后を見下ろす表情の冷たくも美しいこと。
どの角度から見てもいい。

いきなり展示室のちよいと奥にゐる人形から書いてしまふくらゐ、今回の何后はいいんだなあ。

展示室を入るとすぐゐる呂布と貂蝉ともいい。
貂蝉、やつぱりきれいねえ。
いま渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーに行くと、ギャラリーの外にあるケースに貂蝉がゐる。こちらも「きれいねえ」とは思ふのだが、やはり飯田にゐる人形劇に出た方の貂蝉の方が表情がある気がする。
角度によつては微笑んでゐるやうにも見え、また別の角度から見ると無表情でなにを考へてゐるのかわからないやうすにも見える。
mysterious でせう。

今回あらためて張角とその兄弟とは衣装に秋の花が用ゐられてゐることに気がついた。
たぶん秋の花だ、と思ふ。
三人それぞれ違ふ柄だけど、秋の花でそろへたんぢやないかな。
張角・張宝・張梁のやうなをぢさんの衣装に花が散らしてあるといふのがおもしろい。それも結構目立つ柄のはずなのに、全然妙には見えない。
考へてみたら、三国志の人形はほとんどをぢさんおぢいさんばかりなのによくよく見ると衣装は花柄な人が多い。
甘寧とか、これでもかといふくらゐ花柄ばかりだし。甘寧なのに。
それで男らしさが損なはれるかといふと、そんなことは全然ない。
男の人の衣装に大胆な花柄といふのはいいかもしれないな。

展示室のメインケースである「三顧の礼」では、「実相寺アングル」を楽しむことができる。
ケースの向かつて左端から見ると、張飛の馬の蔵越しに諸葛均が見える。
反対側から見ると、孔明の寝床越しに玄徳・張飛・関羽が見える。
「物を手前において奥にゐる人物を撮る」ことを実相寺昭雄にちなんで「実相寺アングル」と呼ぶことがある。
ケースの端から「うわー、実相寺だわー」などと思ひつつ見られるのも、今回の展示ならではだ。
メインケースは、これまで見てきた例からいふと通常十五名前後は展示するケースだ。
今回は馬が三頭と人間が五人しかゐない。
背景には竹が飾られてゐて、枝折り戸などもあつて、両手の人差し指と親指とでフレームを作つて動きながら見ると、実際に人形劇を撮つてゐるやうな気分が味はへる。

思つてゐたより長くなつてしまつた。
つづきはまた後ほど。

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Friday, 08 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーション 2016/06

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は人形アニメーションのケースについて。

人形アニメーションからは、「李白」「花折り」「鬼」「道成寺」「不射の射」「火宅」の人形が展示されてゐる。作品ごとにケースがわかれてゐる。
「李白」のケースと「花折り」のケースは、「臥龍出蘆」のケースの向かひにある。
その後ろの壁沿ひに置くから「鬼」「道成寺」「不射の射」のケースがそれぞれあつて、出口のそばに「火宅」のケースがある。

「李白」は、アブソルートウォッカのCM用と云はれてゐる。
おそらくは川本喜八郎の構想してゐたシルクロードものの一環でもあつたらう。
李白は、人形アニメーションの人形の中では長身で大柄のやうに思ふ。
杯を手に、もうだいぶきこしめしてゐるのだらう、風の中に立つてゐる、といつたやうすだ。相当に酔つてゐるやうに見受けられるが、杯だけはきちんと天を向いてゐて、中身がこぼれるやうなことはない。
立派な酒飲みである。
李白の視線の先には月がある。と、これは勝手にさう思つてゐる。
前回のエントリで「孟公威・崔州平・石広元の三人が飲んでゐるところを見ると、自分も無性に一杯やりたくなる」と書いた。
李白もさうなんだよなあ。
そして、孟公威・崔州平・石広元の三人と李白とは展示時期が重なるやうだ。前回も一緒だつたやうに思ふ。
たまたまなのかもしれないけれども。
今回は飯田の地酒といふことで喜久水を飲んだ。すると、「おなじ酒造のお酒」といふことで、聖岳といふお酒を試飲させてくれた。
いいな、聖岳。
覚えておかう。

「花折り」は、アニメーション作品そのものを思はせるやうな生き生きとした展示になつてゐる。
坊主が踊るやうなポーズで左の方にゐて、右の方には太郎冠者が大名になにごとかささやきかけてゐるやうだ。
坊主がちよつと手前にゐるのかな。ケース事態はそれほど大きいものではないのだが、人形が小さいので展示に奥行きが生まれるのがおもしろい。
それに、可愛いんだよねえ、「花折り」の人形は。
見てゐると自然とにこにこしてしまふ。
これは毎回思ふことなのだが、大名にしても太郎冠者にしてもよくぞこのサイズでこの柄の生地を見つけてきたな、といふことだ。
狂言の登場人物が身につけてゐるものを思はせるやうな柄なんだよね。
大名はこの柄は着ないかな、と思はないでもないけれど、狂言らしい雰囲気は出てゐる。

「鬼」は、奥行きのほかに上下もある展示になつてゐる。
山中をゆく心なのだらう。
兄は左側ちよつと上のちよつと奥にゐて、右側ちよつと下ちよつと手前にゐる弟をふり返つているといつたやうすだ。これまた見てゐるとアニメーション作品そのものを思ひおこす。
前回「鬼」の展示があつたときも、高低差はあつた。今回の方がよりドラマティックな感じがする。

「道成寺」は、女が小袖を引きずつてゐるところ。悔しさうな表情で前方高いところを見上げてゐる。
経年により、あまり可動域が広くない、といふ話は美術館の方からうかがつた。
この展示がいまの女にできる最大限の動きなのだらう。
「道成寺」にはほとんどことばが出てこない。
ときおり場面場面の名称が出てくるくらゐだ。
「鬼」のやうに最後に説明文など出てこないし、「火宅」のやうにナレーションがあるわけでもない。
それでゐて、やつがれは「道成寺」の女に一番生きてゐるといふ印象を受ける。
息づかひ、かな。
「鬼」「道成寺」「火宅」の三作の中で、人形の息づかひを一番感じるのが「道成寺」だ。
そのせゐかと思ふ。

「不射の射」は、大きい画面では見たことがない。
人形は、他の人形アニメーションの人形と比べて小さい気がする。
その分、中身がしつかりつまつてゐる感じがする。手のひらに乗せたらずしりと重たさうな感じがするのだ。
左から甘蠅、紀昌、飛衛の順に並んでゐる。
甘蠅はやや奥の方にゐて、片手をあげて踊るやうな格好で立つてゐる。着物の裾は風に舞ひ、その表情は楽しさうだ。
紀昌は前方に立つてゐる。力がみなぎつてゐるかのやうな凛々しい立ち姿だ。どことなく趙雲を思はせるやうな顔をしてゐる。このやうすだと、まだ弓の名人として名を馳せる前なのだらう。
飛衛はやや後方に立つてゐる。その表情は食へない親爺といつたやうすだ。この飛衛を見ると、甘蠅のもとで修行しろといふ忠告は、真に受けるべきではなかつたのではないかといふ気もしてくる。
「不射の射」の原作は中島敦の「名人伝」だ。
「名人伝」つてさー、笑ひ話だよね?
中島敦作品の中では「文字禍」とならぶ笑ひ話だと思つてゐる。
紀昌が弓の名人だらうがさうでなからうが、そんなことはどうでもいいぢやん。
おもしろいんだからさ。

「火宅」は、左から小竹田男、菟名日処女、血沼丈夫の順に並んでゐる。
今回も三人のあひだにおなじところにゐるといふ感覚はない。
前回の「火宅」の展示では、菟名日処女がおそらくは煉獄にゐて、両端にゐる小竹田男と血沼丈夫とはそれぞれ腕に梅の枝を抱いて菟名日処女のことを思つてゐる、といふやうなイメージだつたのださう。
今回はなんだつたんだらう。
「火宅」は作品字体に苦手意識のあるせゐか、いつもケースの前で考へこんでしまふ。
菟名日処女が地獄に落ちるのは、みづから選択をしないせゐだと思つてゐた。
さうやつて自分を納得させてゐたのだつた。
でもどうやらそれは違ふのらしい。

なんでも生前鳥や獣を殺害したものが落ちる不喜処地獄といふものがあつて、そこは一日中炎が燃えてゐて鳥のくちばしでつつかれて食はれる地獄なのだといふ。
Twitterで教へてもらつた。
菟名日処女の落ちた地獄はまさにこの不喜処地獄そのままのやうに思ふ。

でもなー、「求塚」ならともかく、「火宅」の菟名日処女が落ちねばならぬ地獄だらうか。
たしか「求塚」では菟名日処女が小竹田男と血沼丈夫とに「鴛鴦を矢で射ることのできたかたと一緒になります」と持ちかけるのだつたと思ふ。
でも「火宅」は違ふ。
「火宅」では小竹田男と血沼丈夫とが「鴛鴦を射ることができたものが菟名日処女を手に入れる」といふことで合意したものと思はれる。
そこに菟名日処女は出てこない。
単に出てこないだけで「火宅」でも持ちかけたのは菟名日処女なのかもしれないけれど。
でも、だとしたら、菟名日処女が不喜処地獄に落ちるのは至極当然のことで、まつたく不条理でもなんでもない。
やはり、「火宅」の菟名日処女は鴛鴦の件については関はつてゐないのだらう。

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Thursday, 07 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 臥龍出蘆 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「紳々竜々」のケースと「臥龍出蘆」のケースとについて。

「紳々竜々」のケースは、メインのケースである「三顧の礼」とその向かひの「乱世の群像と玄徳の周辺」のケースとのあひだにある。
向かつて左側に立つてゐる紳々は、額に黄色い布を巻いてゐる。すでに黄巾党の一員となつてゐるのだらう。あるいは、これから参加しやうといふのでまづは黄色い布を巻いてみたのかもしれない。そして、右手にはもう一枚、黄色い布を持つてゐる。
一方の竜々は、黄色い布を身につけてはゐない。
紳々に袖を引かれて黄巾党に誘はれてゐるといつたやうすだ。
「紳々竜々」のケースはぐるりと三百六十度あらゆるところから見ることができる。
美術館の方が教へてくだすつたのだが、紳々竜々の背後から見ると、紳々の手が竜々の袖をつかんでゐる様子がとてもリアルだ。皺の寄り方を見ても「勧誘しやうとする人が相手の服をつかんだらかうなるよな」といふ感じがする。
紳々は見る角度によつてはにこにこした表情でゐて、ごくごく親しげに竜々を誘つてゐる風に見える。お前の分の黄色い布もあるぞ、と目の前で布をゆらして見せたりしてゐるのかもしれない。
竜々はうつむいてゐて、あまり乗り気ではないやうだ。ちよつと悩んでゐるやうにも見える。
入口の呂布と貂蝉とがこの上なく深刻で、中の紳々と竜々とはどことなくなごやかな感じ。

「臥龍出蘆」のケースは展示室の一番奥の向かつて左側にある。人形劇の展示では一番最後のケースだ。
左奥から徐庶の母、徐庶、手前に水牛に乗つた勝平、そのやや右後方に水鏡先生、孔明、龐統、孔明と龐統との手前に孟公威、崔州平、石広元の三人が座つてゐる。

徐庶の母はいつも凛々しい。
今回は手を腰にあてて肘をやや張るやうにして立つてゐる。首もやや傾げてゐる感じか。
前回見たときは如何にも任侠の道に走るこどもの母といふ雰囲気であつたけれど、今回はさうした雰囲気はあまりないやうに思ふ。
曹操やその家臣に徐庶への手紙を書けと云はれて「そんなことできるか」と云ひ返してゐるところかな。
偽の手紙にだまされてやつてきた徐庶に対するやうな切羽つまつた感じはしなかつた。
それで曹操とその家臣たちとに強気の対応をしてゐるところなのかな、と思つた。

徐庶は手紙を手に立つてゐる。
母から自分の元に来てほしいと書いて送つたやうに見せかけた偽手紙だらう。
心なしか憂ひ顔に見えるのはそのせゐかと思ふ。
徐庶も前回母親の隣に立つてゐたときは、見るからに任侠の道の人といふやうな鯔背でどこか危険な感じのする男といつた様子で立つてゐたと記憶してゐる。
おそらくはほんのわづかな展示の違ひで、おなじ人形でもまつたく異なる雰囲気をまとつてゐるやうに見えるんだらう。

徐庶の手前には水牛に乗つた勝平がゐる。
水牛の角が立派でねえ。
人形劇で見たときは、この水牛の角がとてもリアルに見えたものだつた。
「人形劇三国志」には動物の人形もたくさん出てくる。
馬が一番多いと思ふが、番組がはじまつたばかりのころ、董卓の幔幕の中をのぞき込むラクダの人形なんてのもゐた。
このラクダの表情がなんともユーモラスで可愛くて、つひラクダばかり見てしまつたりもする。
別段その後出てくるわけでもないのだが、忘れられないラクダなのだつた。
ロバとか虎とかもゐたね。
ロバや虎は脚本に書いてあつたんだらうけど、ラクダはどうだつたのかなあ。

勝平は水牛に乗つてはゐるものの、のちのイメージよりはおとなしげな感じがする。
この時点ではちよつと生意気な感じのこどもといふだけだからかもしれない。
まさかこの子が後に関平にならうとはねえ。
このケース、徐庶の母以外は水鏡先生とその門下生なんだよね。
え、水牛? 水牛も門下生かもしれないよ。

水鏡先生は、お召しものがいつもすてきだ。
前回の展示のときも書いたやうに思ふ。
柳の葉のやうな模様を織りだした生地で、色はおそらく銀色。柳の葉模様が光の加減で黒くも見え、白つぽくも見える。
実は玄徳よりも若いのださうだが、水鏡先生といつたらやはり好々爺といつた印象だ。
飯田で見る水鏡先生は、しかし、どことなく厳しい感じもする。見る角度によつて違ふやうに思ふ。
やさしげでもあり、おだやかでもあり、いかめしい感じもする。
これまた見る角度によつて先代の中村又五郎を思はせるやうなところもある。
比較的リアルな趣のカシラなので、ひよつとするとモデルがゐたりするのかもしれない。

孔明と龐統とは、やや高いところに立つてゐる。
孔明は、「三顧の礼」のケースにもゐたけれど、「臥龍出蘆」のケースにゐるのがいつもの孔明だ。
いつもの孔明、といふか、人形劇に出てゐた方の孔明。
いちいち書かなくても一目瞭然ではある。
美術館の方のお話だと、孔明はいつもは隅の方にゐることはないといふことだつた。
云はれてみればそのとほりかもしれない。
衣装は出蘆後のものなのだけれども、まだ出蘆前かな、といふ気もする。

といふのは、龐統が野の遺賢めいた雰囲気を漂はせてゐるからかもしれない。
猫じやらしと一緒の龐統は久しぶりかなあ。
猫じやらしがあると、どことなく野にゐる人といふ感じがしてしまふ。偏見ともいふ。
孔明と龐統と、水鏡門下にゐた時期が重なるのかどうかは知らないが、そんなに重なつてはゐないんぢやないかといふ気がする。
互ひに相手を知つてはゐたらうけど。
なぜさう思ふのか、といふと、うーん、「世説新語」とかに出てくる逸話の感じから、としか云へない。
それに、親しかつたら陳寿がさう書くだらうと思ふんだよね。
今回ふたりで並んで立つてゐるけど、どういふ場面なのかちよつと考へてしまふ。
孔明のところで「出蘆前なんぢやないか」と書いておいてなんだけど、出仕後にふたりで過ぎし日に思ひを馳せてゐるところ、といふ風にも見える。

孔明と龐統との手前では、孟公威・崔州平・石広元が酒宴の真つ最中だ。
孔明と龐統とも加はればいいのにー。
前回この三人が酒宴をしてゐた展示のときもさう思つた。
前回の展示のときは、三人ともだいぶできあがつてゐる感じで、孟公威がなにかしら崔州平に鋭いつつこみを入れたところ、崔州平が「そんなこと云つたつてよー」とぶう垂れてゐて、石広元は酔ひがまわつてなにを見てもをかしく感じる状態、といつた様子だつたかなあ。
今回は、まだ飲み始めたばかりなんぢやないかな。
三人とも比較的穏やかな感じだし、卓子の上の皿には酒の肴がまだだいぶ残つてゐるし。
それに杯の酒もなみなみとした様子に見える。
この杯の中の酒や酒の肴の青菜(青梗菜かなあ)や焼き魚が実にリアルだ。今回の展示用に工夫したり作つたりしたものだと美術館の方からうかがつた。
酒の白濁したやうすなんかすばらしいし、野菜も焼き魚もそのまま食べられるんぢやないかといふ気がする。
三人の前には取り皿があつて、箸がおかれてゐたりするのだが、きちんと並べて置くもの、箸の転がるままに置くものと、人によつて置き方が違ふのも楽しい。
今回の展示では、石広元がなにか喋つてゐるのかな。
それを孟公威はわりときちんとした様子で聞いてゐて、崔州平はちよつと酒か肴かが気になる様子、といつたところだらうか。
前回もさうだつたけれど、今回もこの三人を見てゐると無性に一杯やりたくなつてきてしまふのだつた。

以下、つづく。

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