Wednesday, 05 October 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 2016秋 再訪

九月三十日、十月一日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
六月の展示替へ後に行つて以来だ。

今回の展示は人形劇は「人形劇三国志」の人形、人形アニメーションは李白、「花折り」「鬼」「道成寺」「不射の射」「火宅」だ。
どの人形がゐてどんなやうすかといふ話は、六月に見てきたあと書いた。

あらためて書くと、今回はいつにも増して立ち止まる部分が多いやうに思ふ。
何后に見とれる日がやつて来やうだなんて、六月に見に行くまで思つてもみなかつた。
毒の入つてゐるだらう青磁とおぼしき水差しを手にすつくと立つ姿が凛然としてゐる。
とてもドラマチックだ。
すつくと立つて、毒に苦しみ倒れ伏す董太后を見下ろす表情の冷たくも美しいこと。
どの角度から見てもいい。

いきなり展示室のちよいと奥にゐる人形から書いてしまふくらゐ、今回の何后はいいんだなあ。

展示室を入るとすぐゐる呂布と貂蝉ともいい。
貂蝉、やつぱりきれいねえ。
いま渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーに行くと、ギャラリーの外にあるケースに貂蝉がゐる。こちらも「きれいねえ」とは思ふのだが、やはり飯田にゐる人形劇に出た方の貂蝉の方が表情がある気がする。
角度によつては微笑んでゐるやうにも見え、また別の角度から見ると無表情でなにを考へてゐるのかわからないやうすにも見える。
mysterious でせう。

今回あらためて張角とその兄弟とは衣装に秋の花が用ゐられてゐることに気がついた。
たぶん秋の花だ、と思ふ。
三人それぞれ違ふ柄だけど、秋の花でそろへたんぢやないかな。
張角・張宝・張梁のやうなをぢさんの衣装に花が散らしてあるといふのがおもしろい。それも結構目立つ柄のはずなのに、全然妙には見えない。
考へてみたら、三国志の人形はほとんどをぢさんおぢいさんばかりなのによくよく見ると衣装は花柄な人が多い。
甘寧とか、これでもかといふくらゐ花柄ばかりだし。甘寧なのに。
それで男らしさが損なはれるかといふと、そんなことは全然ない。
男の人の衣装に大胆な花柄といふのはいいかもしれないな。

展示室のメインケースである「三顧の礼」では、「実相寺アングル」を楽しむことができる。
ケースの向かつて左端から見ると、張飛の馬の蔵越しに諸葛均が見える。
反対側から見ると、孔明の寝床越しに玄徳・張飛・関羽が見える。
「物を手前において奥にゐる人物を撮る」ことを実相寺昭雄にちなんで「実相寺アングル」と呼ぶことがある。
ケースの端から「うわー、実相寺だわー」などと思ひつつ見られるのも、今回の展示ならではだ。
メインケースは、これまで見てきた例からいふと通常十五名前後は展示するケースだ。
今回は馬が三頭と人間が五人しかゐない。
背景には竹が飾られてゐて、枝折り戸などもあつて、両手の人差し指と親指とでフレームを作つて動きながら見ると、実際に人形劇を撮つてゐるやうな気分が味はへる。

思つてゐたより長くなつてしまつた。
つづきはまた後ほど。

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Friday, 08 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーション 2016/06

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は人形アニメーションのケースについて。

人形アニメーションからは、「李白」「花折り」「鬼」「道成寺」「不射の射」「火宅」の人形が展示されてゐる。作品ごとにケースがわかれてゐる。
「李白」のケースと「花折り」のケースは、「臥龍出蘆」のケースの向かひにある。
その後ろの壁沿ひに置くから「鬼」「道成寺」「不射の射」のケースがそれぞれあつて、出口のそばに「火宅」のケースがある。

「李白」は、アブソルートウォッカのCM用と云はれてゐる。
おそらくは川本喜八郎の構想してゐたシルクロードものの一環でもあつたらう。
李白は、人形アニメーションの人形の中では長身で大柄のやうに思ふ。
杯を手に、もうだいぶきこしめしてゐるのだらう、風の中に立つてゐる、といつたやうすだ。相当に酔つてゐるやうに見受けられるが、杯だけはきちんと天を向いてゐて、中身がこぼれるやうなことはない。
立派な酒飲みである。
李白の視線の先には月がある。と、これは勝手にさう思つてゐる。
前回のエントリで「孟公威・崔州平・石広元の三人が飲んでゐるところを見ると、自分も無性に一杯やりたくなる」と書いた。
李白もさうなんだよなあ。
そして、孟公威・崔州平・石広元の三人と李白とは展示時期が重なるやうだ。前回も一緒だつたやうに思ふ。
たまたまなのかもしれないけれども。
今回は飯田の地酒といふことで喜久水を飲んだ。すると、「おなじ酒造のお酒」といふことで、聖岳といふお酒を試飲させてくれた。
いいな、聖岳。
覚えておかう。

「花折り」は、アニメーション作品そのものを思はせるやうな生き生きとした展示になつてゐる。
坊主が踊るやうなポーズで左の方にゐて、右の方には太郎冠者が大名になにごとかささやきかけてゐるやうだ。
坊主がちよつと手前にゐるのかな。ケース事態はそれほど大きいものではないのだが、人形が小さいので展示に奥行きが生まれるのがおもしろい。
それに、可愛いんだよねえ、「花折り」の人形は。
見てゐると自然とにこにこしてしまふ。
これは毎回思ふことなのだが、大名にしても太郎冠者にしてもよくぞこのサイズでこの柄の生地を見つけてきたな、といふことだ。
狂言の登場人物が身につけてゐるものを思はせるやうな柄なんだよね。
大名はこの柄は着ないかな、と思はないでもないけれど、狂言らしい雰囲気は出てゐる。

「鬼」は、奥行きのほかに上下もある展示になつてゐる。
山中をゆく心なのだらう。
兄は左側ちよつと上のちよつと奥にゐて、右側ちよつと下ちよつと手前にゐる弟をふり返つているといつたやうすだ。これまた見てゐるとアニメーション作品そのものを思ひおこす。
前回「鬼」の展示があつたときも、高低差はあつた。今回の方がよりドラマティックな感じがする。

「道成寺」は、女が小袖を引きずつてゐるところ。悔しさうな表情で前方高いところを見上げてゐる。
経年により、あまり可動域が広くない、といふ話は美術館の方からうかがつた。
この展示がいまの女にできる最大限の動きなのだらう。
「道成寺」にはほとんどことばが出てこない。
ときおり場面場面の名称が出てくるくらゐだ。
「鬼」のやうに最後に説明文など出てこないし、「火宅」のやうにナレーションがあるわけでもない。
それでゐて、やつがれは「道成寺」の女に一番生きてゐるといふ印象を受ける。
息づかひ、かな。
「鬼」「道成寺」「火宅」の三作の中で、人形の息づかひを一番感じるのが「道成寺」だ。
そのせゐかと思ふ。

「不射の射」は、大きい画面では見たことがない。
人形は、他の人形アニメーションの人形と比べて小さい気がする。
その分、中身がしつかりつまつてゐる感じがする。手のひらに乗せたらずしりと重たさうな感じがするのだ。
左から甘蠅、紀昌、飛衛の順に並んでゐる。
甘蠅はやや奥の方にゐて、片手をあげて踊るやうな格好で立つてゐる。着物の裾は風に舞ひ、その表情は楽しさうだ。
紀昌は前方に立つてゐる。力がみなぎつてゐるかのやうな凛々しい立ち姿だ。どことなく趙雲を思はせるやうな顔をしてゐる。このやうすだと、まだ弓の名人として名を馳せる前なのだらう。
飛衛はやや後方に立つてゐる。その表情は食へない親爺といつたやうすだ。この飛衛を見ると、甘蠅のもとで修行しろといふ忠告は、真に受けるべきではなかつたのではないかといふ気もしてくる。
「不射の射」の原作は中島敦の「名人伝」だ。
「名人伝」つてさー、笑ひ話だよね?
中島敦作品の中では「文字禍」とならぶ笑ひ話だと思つてゐる。
紀昌が弓の名人だらうがさうでなからうが、そんなことはどうでもいいぢやん。
おもしろいんだからさ。

「火宅」は、左から小竹田男、菟名日処女、血沼丈夫の順に並んでゐる。
今回も三人のあひだにおなじところにゐるといふ感覚はない。
前回の「火宅」の展示では、菟名日処女がおそらくは煉獄にゐて、両端にゐる小竹田男と血沼丈夫とはそれぞれ腕に梅の枝を抱いて菟名日処女のことを思つてゐる、といふやうなイメージだつたのださう。
今回はなんだつたんだらう。
「火宅」は作品字体に苦手意識のあるせゐか、いつもケースの前で考へこんでしまふ。
菟名日処女が地獄に落ちるのは、みづから選択をしないせゐだと思つてゐた。
さうやつて自分を納得させてゐたのだつた。
でもどうやらそれは違ふのらしい。

なんでも生前鳥や獣を殺害したものが落ちる不喜処地獄といふものがあつて、そこは一日中炎が燃えてゐて鳥のくちばしでつつかれて食はれる地獄なのだといふ。
Twitterで教へてもらつた。
菟名日処女の落ちた地獄はまさにこの不喜処地獄そのままのやうに思ふ。

でもなー、「求塚」ならともかく、「火宅」の菟名日処女が落ちねばならぬ地獄だらうか。
たしか「求塚」では菟名日処女が小竹田男と血沼丈夫とに「鴛鴦を矢で射ることのできたかたと一緒になります」と持ちかけるのだつたと思ふ。
でも「火宅」は違ふ。
「火宅」では小竹田男と血沼丈夫とが「鴛鴦を射ることができたものが菟名日処女を手に入れる」といふことで合意したものと思はれる。
そこに菟名日処女は出てこない。
単に出てこないだけで「火宅」でも持ちかけたのは菟名日処女なのかもしれないけれど。
でも、だとしたら、菟名日処女が不喜処地獄に落ちるのは至極当然のことで、まつたく不条理でもなんでもない。
やはり、「火宅」の菟名日処女は鴛鴦の件については関はつてゐないのだらう。

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Thursday, 07 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 臥龍出蘆 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「紳々竜々」のケースと「臥龍出蘆」のケースとについて。

「紳々竜々」のケースは、メインのケースである「三顧の礼」とその向かひの「乱世の群像と玄徳の周辺」のケースとのあひだにある。
向かつて左側に立つてゐる紳々は、額に黄色い布を巻いてゐる。すでに黄巾党の一員となつてゐるのだらう。あるいは、これから参加しやうといふのでまづは黄色い布を巻いてみたのかもしれない。そして、右手にはもう一枚、黄色い布を持つてゐる。
一方の竜々は、黄色い布を身につけてはゐない。
紳々に袖を引かれて黄巾党に誘はれてゐるといつたやうすだ。
「紳々竜々」のケースはぐるりと三百六十度あらゆるところから見ることができる。
美術館の方が教へてくだすつたのだが、紳々竜々の背後から見ると、紳々の手が竜々の袖をつかんでゐる様子がとてもリアルだ。皺の寄り方を見ても「勧誘しやうとする人が相手の服をつかんだらかうなるよな」といふ感じがする。
紳々は見る角度によつてはにこにこした表情でゐて、ごくごく親しげに竜々を誘つてゐる風に見える。お前の分の黄色い布もあるぞ、と目の前で布をゆらして見せたりしてゐるのかもしれない。
竜々はうつむいてゐて、あまり乗り気ではないやうだ。ちよつと悩んでゐるやうにも見える。
入口の呂布と貂蝉とがこの上なく深刻で、中の紳々と竜々とはどことなくなごやかな感じ。

「臥龍出蘆」のケースは展示室の一番奥の向かつて左側にある。人形劇の展示では一番最後のケースだ。
左奥から徐庶の母、徐庶、手前に水牛に乗つた勝平、そのやや右後方に水鏡先生、孔明、龐統、孔明と龐統との手前に孟公威、崔州平、石広元の三人が座つてゐる。

徐庶の母はいつも凛々しい。
今回は手を腰にあてて肘をやや張るやうにして立つてゐる。首もやや傾げてゐる感じか。
前回見たときは如何にも任侠の道に走るこどもの母といふ雰囲気であつたけれど、今回はさうした雰囲気はあまりないやうに思ふ。
曹操やその家臣に徐庶への手紙を書けと云はれて「そんなことできるか」と云ひ返してゐるところかな。
偽の手紙にだまされてやつてきた徐庶に対するやうな切羽つまつた感じはしなかつた。
それで曹操とその家臣たちとに強気の対応をしてゐるところなのかな、と思つた。

徐庶は手紙を手に立つてゐる。
母から自分の元に来てほしいと書いて送つたやうに見せかけた偽手紙だらう。
心なしか憂ひ顔に見えるのはそのせゐかと思ふ。
徐庶も前回母親の隣に立つてゐたときは、見るからに任侠の道の人といふやうな鯔背でどこか危険な感じのする男といつた様子で立つてゐたと記憶してゐる。
おそらくはほんのわづかな展示の違ひで、おなじ人形でもまつたく異なる雰囲気をまとつてゐるやうに見えるんだらう。

徐庶の手前には水牛に乗つた勝平がゐる。
水牛の角が立派でねえ。
人形劇で見たときは、この水牛の角がとてもリアルに見えたものだつた。
「人形劇三国志」には動物の人形もたくさん出てくる。
馬が一番多いと思ふが、番組がはじまつたばかりのころ、董卓の幔幕の中をのぞき込むラクダの人形なんてのもゐた。
このラクダの表情がなんともユーモラスで可愛くて、つひラクダばかり見てしまつたりもする。
別段その後出てくるわけでもないのだが、忘れられないラクダなのだつた。
ロバとか虎とかもゐたね。
ロバや虎は脚本に書いてあつたんだらうけど、ラクダはどうだつたのかなあ。

勝平は水牛に乗つてはゐるものの、のちのイメージよりはおとなしげな感じがする。
この時点ではちよつと生意気な感じのこどもといふだけだからかもしれない。
まさかこの子が後に関平にならうとはねえ。
このケース、徐庶の母以外は水鏡先生とその門下生なんだよね。
え、水牛? 水牛も門下生かもしれないよ。

水鏡先生は、お召しものがいつもすてきだ。
前回の展示のときも書いたやうに思ふ。
柳の葉のやうな模様を織りだした生地で、色はおそらく銀色。柳の葉模様が光の加減で黒くも見え、白つぽくも見える。
実は玄徳よりも若いのださうだが、水鏡先生といつたらやはり好々爺といつた印象だ。
飯田で見る水鏡先生は、しかし、どことなく厳しい感じもする。見る角度によつて違ふやうに思ふ。
やさしげでもあり、おだやかでもあり、いかめしい感じもする。
これまた見る角度によつて先代の中村又五郎を思はせるやうなところもある。
比較的リアルな趣のカシラなので、ひよつとするとモデルがゐたりするのかもしれない。

孔明と龐統とは、やや高いところに立つてゐる。
孔明は、「三顧の礼」のケースにもゐたけれど、「臥龍出蘆」のケースにゐるのがいつもの孔明だ。
いつもの孔明、といふか、人形劇に出てゐた方の孔明。
いちいち書かなくても一目瞭然ではある。
美術館の方のお話だと、孔明はいつもは隅の方にゐることはないといふことだつた。
云はれてみればそのとほりかもしれない。
衣装は出蘆後のものなのだけれども、まだ出蘆前かな、といふ気もする。

といふのは、龐統が野の遺賢めいた雰囲気を漂はせてゐるからかもしれない。
猫じやらしと一緒の龐統は久しぶりかなあ。
猫じやらしがあると、どことなく野にゐる人といふ感じがしてしまふ。偏見ともいふ。
孔明と龐統と、水鏡門下にゐた時期が重なるのかどうかは知らないが、そんなに重なつてはゐないんぢやないかといふ気がする。
互ひに相手を知つてはゐたらうけど。
なぜさう思ふのか、といふと、うーん、「世説新語」とかに出てくる逸話の感じから、としか云へない。
それに、親しかつたら陳寿がさう書くだらうと思ふんだよね。
今回ふたりで並んで立つてゐるけど、どういふ場面なのかちよつと考へてしまふ。
孔明のところで「出蘆前なんぢやないか」と書いておいてなんだけど、出仕後にふたりで過ぎし日に思ひを馳せてゐるところ、といふ風にも見える。

孔明と龐統との手前では、孟公威・崔州平・石広元が酒宴の真つ最中だ。
孔明と龐統とも加はればいいのにー。
前回この三人が酒宴をしてゐた展示のときもさう思つた。
前回の展示のときは、三人ともだいぶできあがつてゐる感じで、孟公威がなにかしら崔州平に鋭いつつこみを入れたところ、崔州平が「そんなこと云つたつてよー」とぶう垂れてゐて、石広元は酔ひがまわつてなにを見てもをかしく感じる状態、といつた様子だつたかなあ。
今回は、まだ飲み始めたばかりなんぢやないかな。
三人とも比較的穏やかな感じだし、卓子の上の皿には酒の肴がまだだいぶ残つてゐるし。
それに杯の酒もなみなみとした様子に見える。
この杯の中の酒や酒の肴の青菜(青梗菜かなあ)や焼き魚が実にリアルだ。今回の展示用に工夫したり作つたりしたものだと美術館の方からうかがつた。
酒の白濁したやうすなんかすばらしいし、野菜も焼き魚もそのまま食べられるんぢやないかといふ気がする。
三人の前には取り皿があつて、箸がおかれてゐたりするのだが、きちんと並べて置くもの、箸の転がるままに置くものと、人によつて置き方が違ふのも楽しい。
今回の展示では、石広元がなにか喋つてゐるのかな。
それを孟公威はわりときちんとした様子で聞いてゐて、崔州平はちよつと酒か肴かが気になる様子、といつたところだらうか。
前回もさうだつたけれど、今回もこの三人を見てゐると無性に一杯やりたくなつてきてしまふのだつた。

以下、つづく。

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Wednesday, 06 July 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東と荊州 その二 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「江東と荊州」のケースのうち「荊州」について。

「江東と荊州」のケースは右半分が荊州になつてゐる。
左から後列高いところに蔡夫人、劉琮、劉表、前列低いところに蔡瑁、劉琦がゐる。

荊州側は、江東側よりも明るい。
照明の関係だと思ふ。
明るい照明に家庭内の問題がくつきりと照らし出されてゐる。
江東は結束のかたい感じなのに、荊州はなんだかバラバラ。
そんな風に見える。

蔡夫人は劉琮のやや後ろにゐて、劉琮になにごとか囁きかけてゐるやうに見える。
なにごとか暗示をかけてゐるやうでもある。
「いづれ荊州はお前のものだ」「劉表の跡を継ぐのはお前だ」みたやうな。
やつてそー。
蔡夫人は見るからにやつてさうだ。

劉琮はといふと、「それでいいのだらうか」といふ面持ちなんぢやないかな。
どこか戸惑つてゐるやうに見受けられる。
劉琮は自分の立場をどう思つてゐたのだらう。
母である蔡夫人や叔父(人形劇では伯父)の蔡瑁に云はれるがままに「いづれ荊州は自分のものになる」と思つてゐたのか。
はたまた、「そんなことはできない」と思つてゐたのか。
人形劇だと劉琦をたててゐるやうに見えるんだけどな。
それで母親のことばをどう受け止めたものかわからないといつたやうすに見えるのだらう。

蔡夫人と劉琮との前には蔡瑁がゐる。
美術館の方のお話だと、蔡瑁には今回の展示のうち人形劇の人形で唯ひとりだけほかの人形と違ふところがあるのだといふ。
是非行つて確かめていただきたい。
蔡瑁は、向かつて右側やや前方にゐる劉琦を見てゐる。
見てゐる、といふよりは、様子をうかがつてゐる、といつたところだらうか。
人形劇の蔡瑁については何度か書いてゐるやうに、あのなんともこすつからい感じが気に入つている。
巨悪といふことばがあるのなら、小悪、または狭悪、矮悪、そんなことばがあつてもいいんぢやないか。
人形劇の蔡瑁にぴつたりだ。
そして、蔡瑁の云ふことはそんなに間違つてはゐない。
荊州のためを思つたら玄徳を中に入れてはいけない。
いや、荊州のため、ぢやないか。
劉表とその家族とが安泰に荊州で暮らしていけるやうにしたいなら、玄徳を荊州に入れてはいけない。
至言である。
まさにそのとほりだ。
いいこと云ふぢやん、蔡瑁。
ただ、人形劇の主役は玄徳だから、間違つてゐるやうに聞こえてしまふけれども。
そんなわけで悪役の蔡瑁は、ひどく疑り深さうな表情で劉琦を見てゐる。
こんな男に荊州を渡せるか。
いや、それとも、こんな男に荊州を任せられるか。
さう考へてゐるやうにも見えるし、一方で「大丈夫か、こいつ」と胡乱な相手を見てゐるやうにも見える。
袁紹のところで書いたとほり、蔡瑁のくつは新たに作りなほされたものだといふ。
そこも今回の蔡瑁のポイントだ。

蔡夫人と劉琮との右隣には劉表が立つてゐる。
劉表は右前方にゐる劉きを見つめてゐる。
劉表は劉琦に自分の跡を継がせるつもりでゐる。
「頼んだぞ」といふ信頼のまなざしか。
さう思ひたいところだが、違ふな。
なんとなく心配さうなやうすに見える。
それは劉琦のやうすがなんとも頼りないからかもしれない。
劉表自身は、跡継ぎは劉琦と決めてはゐるのだらう。
でも、蔡夫人や蔡瑁からあれこれ云はれて、心が揺らいでゐる。
そんなやうすに見える。
劉表よ、貴方がしつかりしなくてどうする!
跡目問題について劉表がグダグダなのが荊州の問題だよな。
そして、このケースの「荊州」の展示もそれを表現してゐるやうに思ふ。

ケースの一番右端手前に劉琦が立つてゐる。
顔をうつむけ、憂ひにしづんでゐるといつたやうすだ。
「人形劇三国志」の誇る憂愁の貴公子の面目躍如たるものがある。
なんちやつて。
人形劇の劉琦さまといへば「人形劇三国志一シケの似合ふ男」だ。
個人的にさう思つてゐる。
シケとはほつれ毛のことだ。
劉琦は赤壁の戦ひも終盤にさしかかると体調をくづつすやうになる。
それで額にほつれ毛がかかつたりして、そのさまがなんともいい。
憂愁の貴公子だからなー。
黄色がかつた地に色とりどりの牡丹の花を散らした華やかな衣装を身につけてゐるんだけどなー。
悩める若者にしか見えない。
衣装が華やかだからより憂愁も深く見えるのかも。
おそらくは、蔡瑁や継母の蔡夫人が自分を亡き者にしやうとしてゐることを憂へてゐるのだらう。

「荊州」の全体的な雰囲気が各人バラバラに見えるのは視線の向きも関係あるのかな。
「江東」と並べて見るととてもおもしろい。

以下、つづく。

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Wednesday, 29 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は「漢末の群像と玄徳の周辺」のケースのうち「玄徳の周辺」について。

前回も書いたとほり、「玄徳の周辺」には後列高いところに右から赤子の阿斗を抱いた玄徳の母、淑玲、美芳がゐる。前列低いところに右から馬超、孫乾、張飛、黄忠、趙雲がゐる。左端に関羽が立つてゐる。
「玄徳の周辺」といひながら、玄徳がゐない。「周辺」だからそれでもをかしくない。
これまで見たことのある展示では必ず玄徳がゐたけれども。
出てゐないといへば、今回の展示には人形劇に出てゐた玄徳がゐない。
これももしかしたらめづらしいんぢやないか知らん。
「人形劇三国志」の主役だもんね、玄徳は。
「三顧の礼」のケースにゐるのは、「三顧の礼」のときに書いたとほり、川本喜八郎から小川英に贈られた玄徳といふ話だ。

「玄徳の周辺」がテーマのケースは大抵ほかに比べて多様になる。
武将に加へて玄徳の母や淑玲、美芳、ときに幼子の阿斗や玲々がゐることがあるからだらう。
今回の展示では、戦には直接関はらない玄徳の母たちは後列高いところにゐる。

玄徳の母は座して孫の阿斗を抱いてゐる。
淑玲はその横に立つて義母と我が子とを見、その脇にゐる美芳はのぞき込むやうにして玄徳の母と阿斗とを見てゐる。
戦とも権力争ひとも無縁な一幕といつた感じだ。

玄徳の母は人形劇では芯のしつかりした老婆で、正論の人、といふ印象がある。
でも飯田で会ふときは、温厚な人だ。いつもさう思ふ。
今回の展示でも、腕に阿斗を抱いて淑玲と美芳とを見上げる表情が穏やかだ。
好々爺といふことばがあるが、玄徳の母はさしづめ「好々婆」といつたところだらう。

見下ろす淑玲の表情もまたやはらかい。
人形劇では淑玲からはときに野暮つたい娘さんといふ印象を受けることもあつた。
なんだらう。写し方とかなのかな。
淑玲にはさういふ一面もあるといふことなのかもしれない。
飯田で見ると淑玲は可愛いと思ふことが多い。
武将たちの中にゐると小柄だし、ヒロインだから可憐に作られてゐるんだらう。
今回はかわいさに加へて母の表情もちよつとあるやうに思ふ。

美芳はいつ見ても表情豊かだ。
別段動くわけぢやないし喋るわけでもないんだけれど、なんとなく声が聞こえるやうな気がする。
「どれどれ」とか「あらあら」とか「ほんと、ぐつすり眠つてるわ」とか。
ほんとに喋つてるのかも。

手前に並んだ武将の人々は、戦の合間の平和なひとときを過ごしてゐるやうに見受けられる。

阿斗が赤ちやんなのに馬超がゐるのか、といふつつこみは野暮なので、ここではしない。
テーマは違ふけれど、馬騰と馬超とがおなじケースにゐるのを見るのは、飯田に行くやうになつてはじめてのやうに思ふ。
馬超、なあ。
なんとなく蚊帳の外のやうに見えてしまふのは、やつがれの偏見なのだらうなあ。
今回の展示では、張飛がなにやら持論を展開してゐて、それをほかの人々が聞いてゐる、といつたやうすのやうに見える。
馬超は右端にゐて、ちよつと部外者のやうな趣があるんだよなあ。
もしかすると、おそらくは酔つてゐる張飛を見るのがはじめてで、「こんな風になるのかー」と思つてゐるのかもしれない。
あるいは、張飛が真面目になにやら話をしてゐるので、「この男にもこんな一面があつたのか」と思つてゐるといふこともありうる。
馬超にはなぜか「あまり周囲にとけ込んでゐない」感を抱いてしまふんだよなあ。
人形劇ではいつのまにか死んでゐて、気づかぬうちに fade out してゐたといふ印象があるからだらう。

孫乾は、張飛の方にかがみこむやうにして、「ねー、もうやめませうよ」などとなだめてゐるやうに見える。
んー、でも黄忠が真剣な面もちで張飛の方を見てゐることを考へると、張飛はそんなに荒ぶつてゐるわけではないのだらう。
さうすると孫乾はなにを心配してゐるのか。
飲み過ぎか。
飲み過ぎだな。
張飛が酔つた挙げ句、いつもと違ふやうすを見せてゐるので気がかりなんだらう。

張飛は五人の真ん中にゐて、どつかと座してゐる。
両腕を広げてなにごとか意見を開陳してゐるやうすだ。
身振りは大きいけれど、真面目な話をしてゐるやうに思はれる。
それは黄忠が傾聴してゐるやうに見えるからといふのもあるけれど、張飛にもどこか醒めた印象があるからだ。
でも絶対一杯やつてゐると思ふ。
「三顧の礼」でファイティングポーズをとつてゐる張飛と見比べるのもまた一興だ。

黄忠は座して張飛に相対してゐる。
張飛の話を真剣に聞かうといふ構へに見える。
ゆゑに張飛もなにごとか聞くに足る話をしてゐるやうに見えるといふ寸法だ。
黄忠、人形劇では荒ぶる老将だけど、飯田で見るときはどこかダンディだからなー。

趙雲は左端に立つてゐる。
位置は馬超と対称なのだが、趙雲は話の話に加はつてゐるやうに見えるんだよなー。
これはもう完全に先入観のゆゑだらう。
人形劇の趙雲は永遠の爽やか好青年だけど、正面から見るとかなりきかん気が強さうといふ印象がある。
今回はややななめから見ることになるせゐか、きつい表情を見ることはない。

左端のちよつと別世界のやうなところに立つてゐる関羽は、右を向いてゐる。
おそらく視線の先には曹操がゐる。
曹操は、関羽の方に身を乗り出すやうにして立つてゐるけれど、関羽は直立してゐる。
曹操からの誘ひを受け入れるでもなく、かといつてはねつけるでもない。
自分には自分の守るべき筋行くべき道がある。
それが曹操の道と交はらないといふだけのことだ。
そんな感じだらうか。

以下、つづく。

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Thursday, 23 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 漢末の群像 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「漢末の群像と玄徳の周辺」のケースについて。

このケースはメインケースの向かひにある。
「影の内閣」にならつて個人的に「影のメインケース」と呼ぶこともあるし、「曹操のケース」と呼ぶこともある。
曹操が影の内閣といふわけではない。
このケースに曹操がゐることが多いからだ。

「漢末の群像と玄徳の周辺」といふテーマなので、展示されてゐる人形も多く、ヴァラエティに富んでゐる。
向かつて右側から曹操、一列目に袁術、袁紹、陶謙、二列目に董卓、馬騰、ここまでが「漢末の群像」だ。
その左の一列目に馬超、孫乾、張飛、黄忠、趙雲、二列目に赤子の阿斗を抱いた玄徳の母、淑玲、美芳、一番左に関羽、以上が「玄徳の周辺」である。

このケースは右端と左端とが別空間のやうになつてゐる。ちやうどお寺の山門の右側に阿の、左側に吽の仁王様がゐるやうな感じとでもいはうか。
今回、「阿」には曹操、「吽」には関羽がゐる。

曹操は、左を向いて立つてゐる。
こちら側に背中を向けるやうにして半身な感じ、とでもいはうか。
その視線の先にあるのは、袁術の手にしてゐる玉璽だらうか。
最初のうちはさう思つてゐた。
それが、関羽のあたりまで移動してふと振り返つてみたらどうだらう。
なんだか視線を感じるではないか。
ケースのガラスに寄り添ふやうにして右手を見ると、見てゐる。
曹操がこちらを見てゐる。
うわー、曹操、関羽を見てゐるんだ。
それも、関羽の側から見ると曹操はこちらに身を乗り出すやうにしてゐるのがわかる。
そうかー、曹操、関羽を見てゐるのかー。
あひだに15人もゐて、端と端とにゐるにも関はらず。
さう思つてあらためて曹操の近くに戻つて見ると、これがなんともいい表情をしてゐる。

また、今回曹操は背中がよく見えるやうに立つてゐる。衣装の背中側を見られる貴重な展示だといふことを美術館の方に教はつた。
人形劇でも背中は出てくるはずだけれども、意識したことはなかつたなー。
背中もさうだけれども、横顔も案外人形劇では見過ごしがちだつたりする。
やつがれだけか。

曹操の左隣にゐる袁術は、玉璽を掲げて見上げてゐる。
どの人形もその顔は左右非対称に作られてゐるとのことだが、袁術はことに左右非対称で、ゆゑになんとなく訝しげなやうすに見える。
「ほんとに玉璽か?」
「ほんとのほんとか?」
みたやうな感じ。

その隣に立つ袁紹は、袁術が玉璽を手に入れたことを知つてゐるやら知らぬやら。
知つてゐる、かな。
あるいはもう袁術が死んでしまつたことを知つてゐのかもしれない。
今回、新しく作り直したくつを履いてゐる人形がゐることを美術館の方から教はつた。
蔡瑁がさうなのだと教へてくだすつたが、ほかにも何人かゐるのだとか。
袁紹もそのうちのひとりなんぢやないかと睨んでゐる。

袁紹の隣には陶謙が立つてゐる。
陶謙、なあ。
展示を見るたびに書いてゐて恐縮だが、人形劇ではあんなにいい人全開だつた陶謙が、飯田の展示で見るときはなぜどこか食へない老人のやうに見えるのだらうか。
人形劇だと陶謙には跡継ぎとなるこどもや孫がをらず、それもあつて玄徳に徐州を譲る、といふ話になる。
考へてみたら、跡を継ぐべきこどものゐない徐州をとるのもイヤな玄徳が荊州をとるわけがないのだなあ。

袁術・袁紹・陶謙の背後高いところに董卓と馬騰とがゐる。

董卓は正面を向いて胸を張つて立つてゐる。
これ以上はそらせないくらゐ上体をそらせてゐて、睥睨するとはかういふ状態をいふのだらうなあといつたやうすで下の方をねめつけてゐる。
董卓らしい。

馬騰はその左やや後方に立つてゐる。
と書いて、後方と思つたのはもしかしたら気のせゐかもしれない、とも思ふ。
董卓の印象があまりにも強いので、なんとなく馬騰の印象が薄れてゐるだけなのかもしれない。
馬騰は「風の子ケーン」のお父さんとよくにてゐる。
お父さんはシュマロといふ名前だつたかな。
今回シュマロはホワイエに飾られてゐるので、見比べることができる。

ここまでみな戦支度の装ひ。

以下、つづく。

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Wednesday, 22 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 三顧の礼 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「三顧の礼」のケースについて。

展示室のメインケースが「三顧の礼」のケースになつてゐる。
その時々の展示の主要なテーマが割り当てられるケースだと思つてゐる。
大きなケースでもあるので、毎回大勢の人が展示されてゐる。
前回は「玄徳の周辺」といふテーマで13人と馬3頭が飾られてゐた。

それが今回は5人と馬3頭だ。
向かつて左から張飛の馬、赤兎、白竜、関羽、張飛、玄徳、諸葛均、諸葛亮の順である。

今回の「三顧の礼」はスカスカな感じがするのかといふと、そんなことはまつたくない。
ちよつとはなれた位置から見るとまさに一幅の絵といつた趣だ。

「宮中の抗争」のケースから「三顧の礼」のケースにうつると、まづケース左端奥にある笹が目に入つてくる。ケースの壁三分の一を覆ふくらゐはあつたらうか。
その前に馬が3頭並んでゐる。
竹林の奥にわけ入つて、礼儀正しくすこし離れた場所で馬を下りた。
そんな場面だ。
笹(丈の高さからいつて竹といつてもいいかもしれない)のやうな大道具めいたものが飾られた展示は今回はじめて見た。
最初に見るのが笹と馬となので、見る方も孔明の草蘆にだんだん近づいていく気分になる。

次に関羽が立つてゐる。
左を向いてゐて、前に立つ張飛の帯に片手の人差し指をかるくかけてゐる。
いきりたつ張飛をとどめやうとしてゐるのだから「かるく」といふのは妙かもしれない。
でもかるくあしらつてゐるといふ感じがしたんだな。
張飛が暴走しても関羽なら大丈夫。さうも思ふ。
関羽は上着の長い裾をたくしあげてゐて、これもちよつとめづらしい感じがした。

関羽の前には張飛がゐる。
おそらく玄徳は眠つてゐる孔明を待つてゐる、とでも聞かされたのだらう。
いまにもなぐりこまんといつた風情のファイティングポーズで立つてゐる。
このファイティングポーズが実にきまつてゐる。
まことに張飛らしい。
ケース右奥から見ると、視線が孔明に向かつてゐるのも剣呑でいい。
関羽と張飛とを見てゐるだけで、なんだか楽しくなつてきてしまふ。

その先、ケース中央のやや奥に玄徳がゐる。
頭を垂れ両手を合わせてひざをつき、ただしく拝礼してゐるやうすだ。
このケースの玄徳・関羽・張飛は、人形劇に登場してゐた人形ではない。
以前展示室入口に飾られてゐたのとおなじ人形で、川本喜八郎から小川英に贈られた三人だといふ。美術館の方が教へてくだすつた。
この三人は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにもゐたことがあるし、おそらく水戸エクセルの開業記念企画でも飾られてゐたやうに思ふ。

この玄徳には髭がない。
衣装も赤ちやんの寝間着を思はせるやうな甘い水色のやはらかな生地でできてゐて、流浪の貴公子といつた印象を受ける。
その、ちよつと尾羽打ち枯らしたやうすの貴人が、うやうやしく礼をしてゐる。
いい風情だ。
人形劇の玄徳の持つ堅苦しい感じもある。

玄徳の右やや前方に諸葛均が立つてゐる。視線はやや下を向いてゐるものの、玄徳の方を向いてゐると思はれる。
玄徳と諸葛均とのあひだには背の低い茅の垣根がある。
門の内と外といつたところか。
こんな垣根も今回の展示ではじめて見たと思ふ。

この諸葛均が惚れ惚れするくらゐ凛々しくてねえ。
人形劇の諸葛均といふと、生意気な若者といふ印象がある。
人形劇の諸葛均は「「人形劇三国志」一クールな男」だと思つてゐる。
玄徳が皇叔であり然るべき官位もある(あつたつけか)といふことを聞いてもまつたく態度を変へない。
関羽と張飛とがどたばた暴れてゐても、恐がりもせず「あーあ、仕方ないなあ」といつたやうすでゐる。
クールだよなー。
クールなんだけど、さういふ感じだから生意気な人としか見えないこともある。
それが今回の展示では立つてはゐるものの、玄徳の再三の来訪にきちんと敬意を示してゐるやうに見える。
いやー、諸葛均、こんなにいい男だつたつけか。
その場の雰囲気もあるのかもしれないけれど、ちよつと今回の展示の諸葛均はいい。

その奥に寝床がしつらへられてゐて、孔明が眠つてゐる。
さうだよね、人形劇の孔明つてさんざん玄徳・関羽・張飛や視聴者を待たせておきながら、眠つてゐる姿で登場するんだよね。
床は黒い箱状のものを積んで作つてゐて、頭の方には薄い箱を積んでその上に柵をおいてある。頭の上に柵があるとぐつと寝床らしくなる。
孔明の上の掛け布には縁に「福」と「寿」といふ字を散らした格子模様があしらつてあつて、なんだかめでたい。
孔明の衣装は小千谷縮といふ話は前回の「三顧の礼」のときに美術館の方が教へてくだすつた。
この孔明のカシラは人形劇に出てゐたものではないといふ話は今回伺つた。
目を開けてたら人形劇に出てゐたのと違ふといふことがわかつたかなあ。
もう一人、奥の方に飾られてゐる孔明が人形劇に出てゐた方(我が軍師殿)であることはわかつたんだけどなー。

それにしても、この状況でよく眠つてゐられるものだ。
そんなに大きい草蘆ぢやないと思ふのに、来客があつて、しかも外で張飛がわめいてゐて、それを関羽が止めてゐる中で、本当に眠つてゐるのだらうか。
孔明といふとどことなく神経質な印象があるけれど、ここを見るとそんなことはなくて図太い性質の持ち主だよなー、と思ふのだつた。

以下、つづく。

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Friday, 17 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 宮中の抗争 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「宮中の抗争」のケースについて。

「宮中の抗争」のケースには、向かつて左から段珪、趙忠、張譲、蹇碵、何進、何后、董大后、弘農王、陳留王がゐる。
段珪から何進までで一場面、何后と董大后とで一場面、弘農王と陳留王とで一場面といつたやうすだ。

段珪、趙忠、張譲の三人は、左側低い位置から蹇碵が何進を倒すのを見てゐるといつた趣だ。
「見てゐる」は違ふかな。
四人して何進を追ひつめ、蹇碵が何進を殺さうとしてゐるといふ場面のやうに見える。
十常侍の人々がそろふと、それぞれちやんと役割があるのが見てとれる。
段珪はちよつとお年寄りのヴェテラン宦官。
趙忠は、おそらく当初の目論見としては十常侍のリーダーとして作られたのぢやああるまいか。ひとりだけ顔が白いし、目にもガラス玉が使はれてゐる。「人形劇三国志」では蹇碵がその役割をになつてゐるけれどもね。
張譲は若手のムードメーカー。
蹇碵は海千山千の宦官の長、といつたところか。
蹇碵は剣を手にして何進に向かつてゐる。
きつい顔つきのためか、なんだか迫力がある。

何進は、もう一太刀くらつたところだらうか。浅手ではあらうけれど。
それとも、ここまで自分の思ひどほりに進んできたと思つてゐたところに、いきなり宦官からの抵抗にあつて戸惑つてゐるところなのか。
何進・何后・董大后・弘農王・陳留王の五人は前回の展示にもゐた。
前回の何進は、弘農王と陳留王とになにやら話しかけてゐる趣の何后を見上げてゐた。
その表情からは何を考へてゐるのかよくわからなかつた。
霊帝崩御の前後で、これから先のことをいろいろ考へてゐたところだつたのかな。
さうすると、今回は前回考へてゐたことが実現しやうといふところに邪魔が入り、己が命も失はれやうといふ場面にも見える。

何后は董大后を毒殺しやうとしてゐるところなのだらう。
何后は高いところに立つて、低いところで倒れてゐる董大后を見下ろしてゐる。
何后は水差しを持つてゐる。
董大后のそばにはのみものの入つてゐたらう器がころがつてゐる。
水差しの中に毒を仕込んだのみものが入つてゐて、董大后はそれを飲んだといふところだらう。
「人形劇三国志」では、董大后は徐々に毒をもられて次第に弱つていく、といふ展開だつた。
そこはチト異なるが、今回の展示のこの場面、ことに何后がすばらしい。
いままで何度か何后を見てきたけれど、こんなにいいと思つたのははじめてだ。
人形劇に出てきたときだつてこんなに注目したことはなかつた。

何后はすつくと立つてゐる。
髪の毛の盛り方がもともと上に向かつてゐることもあつて、縦に長く威厳あるやうに見える。
そしてなんともドラマティックだ。
まるで女優のやうである。
それも、二時間ドラマといふよりは、アガサ・クリスティー原作の映画に出てくる殺人事件の犯人のやうだ。
何后がこんなにいいなんてなあ。

苦しげに倒れ伏してゐる董大后からは、恨みはあまり感じなかつた。
なんとなく予感してゐたことが起こつたといふやうに見える。
人形劇でさうだつたからさう見えたのかもしれない。

ケースの右側一番高いところに、弘農王と陳留王とがゐる。
向かひあふやうに立つてゐて、そのあひだに蝶が飛んでゐる。
左側にゐる弘農王は若干腰が引けてゐるやうにも見える。蝶から逃げてゐるのだらうか。一方で、両腕を広げてゐることもあつて、自分の方に向かつてきた蝶を待ち受けてゐるやうにも見える。
陳留王は片手をあげて蝶を追つてゐる様子だ。
弘農王が蝶を待ち受けてゐるとしたら、陳留王は弘農王の方に蝶を追ひ込んでゐるのだらう。
なんだかとても仲がよささうだ。
いままで見たふたりでこんなに仲がよささうなのははじめてだな。
大人たちは抗争にふけつてゐるけれど、こども同士はなかよくやつてゐる。
このケースはそんなやうすに見受けられる。

今回の展示では蝶のやうな小道具や大道具がとても効果的に使はれてゐる。
これまでもひとつのケースがまるごと絵のやうだつた。何場面かあるケースは絵巻かな。
それが今回はより強く感じられる。

以下、つづく。

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Thursday, 16 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 黄巾党の蜂起 2016

6/4(土)に展示替へのあつた飯田市川本喜八郎人形美術館について書く。
今回は展示室を入つてすぐ向かつて左手の「黄巾党の蜂起」のケースについてだ。

「黄巾党の蜂起」のケースは二場面にわかれてゐる。
入口に近い方に張角・張宝・張梁兄弟、奥の方に盧植と盧植を捕らへにきた兵二名とがゐる。
張角・張宝・張梁と盧植とは前回の展示のときにもゐた。

張角とその弟たちとは、横に一列に並んでゐる。
張角を真ん中に右に張宝、左に張梁がゐる。
張角は座つてゐて、張宝と張梁とは立つてゐる。
真ん中の張角は演説を終へて信者といふか聴衆といふかを見下ろしてゐる感じで、張宝と張梁とはその聴衆を煽つてゐるやうに見える。
張角の左側にゐる張梁は両手を高くあげて。右手に刀の柄を、左手に刀の先を持つて掲げてゐる。
右側にゐる張宝は片手をあげてゐる。
張角の後方頭上には「蒼天已死」の旗が掲げられてゐる。

前回の展示では、張角を中心に三人とも立つてゐた。
よくバレーボールの試合の前などに選手たちが円陣を組んでするやうに手を中央に出して互ひの手の上に手を重ね、なにごとか誓ひあつてゐる様子だつた。
前回の展示は黄巾党の旗揚げ、今回の展示は黄巾党の隆盛といつた感じだらうか。
かういふのを見ると、毎回見に来ておいてよかつたなあと思ふ。

黄巾党の三兄弟の先には、まづ槍を持つた兵、盧植を取り押さへやうとする兵、そして盧植がゐる。
飯田の展示で雑兵を見るのははじめてだなあ。
最初の展示から見てゐるわけではないので、それ以前にはゐたのかもしれない。

槍を持つた兵は、槍の穂先を盧植の方に向けてゐる。
でも槍で突かうといふ感じはしない。
単に槍を横に長く出して盧植の動きを制限しやうとしてゐるやうに見える。
この兵の顔は長くて、目など顔の部品は中央にやや寄つてゐて、でも目と鼻、鼻と口など縦の間隔はやや広い。
人形劇でよく見かける顔だ。
「歴史人形スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の「平家物語」)」にもよく似た顔立ちの名もなきモブの人形がゐたやうに思ふ。
人形劇で「名もなきモブ」つてなんだかすごいよね。
名もなきモブだけど、ちやんと人形としては存在するし、登場するんだもんね。

「人形劇三国志」と人形劇の「平家物語」とでは、登場人物のカシラのやうすがちよつと違ふ。
まつたく知らない登場人物でもカシラの顔の部分だけでなんとなくどちらに出てゐたのかわかる。
そんな気がする。
でも名もなきモブの人々の中にはどちらに出てゐてもをかしかないやうなカシラの人形もゐる。
槍の兵はそんな人形のうちの一人だ。

槍の兵は見覚えがあるんだけど、盧植に手をかけてゐる方の兵はあまり見覚えがない。
こちらはどちらかといふと顔が縦に短くて、歯がむき出しになつてゐる。
……いつ出てきたつけか。
わからない。無念。
この兵は盧植の右腕を両手で捕らへてゐる。
その割に腰が引けてゐるやうに見えるのは、盧植の迫力に気圧されてゐるのかもしれない。

盧植は、飯田で見ると「こんなに厳めしい感じだつたかなあ」と思ふ、と毎回書いてきた。
人形劇で見てゐたときは、もつと穏和な人に見えたがなあ、と。
それが今回は人形劇で見た印象に近い。
讒言にあつて捕らへられやうとしてゐるところなのだと思ふ。
雑兵から槍を突きつけられ、腕を取られてゐるのに、どこか泰然としてゐるんだよなあ。
抗ひはしない。
つれてゆくならつれてゆくがよい。
さう云つてゐるやうに見える。
それで厳格といふよりも穏やかな印象を強く受けるのだらう。

以下続く。

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Wednesday, 15 June 2016

飯田市川本喜八郎人形美術館 ギャラリー入口 2016/6

先週末、飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
美術館では6月4日から新展示を公開してゐる。
展示テーマは「後漢末ー三顧の礼」で、黄巾党の三兄弟から三顧の礼に関わる人々まで、幅広い層の「人形劇三国志」の登場人物たちが展示されてゐる。
人形アニメーションの展示は「花折り」「鬼」「道成寺」「火宅」「不射の射」「李白」だ。こちらもヴァラエティに富んだ展示である。

まづ展示室に入ると、呂布と貂蝉とが出迎へてくれる。
貂蝉の背後に呂布がゐて、うしろから貂蝉を抱きしめてゐる。
呂布はやや右寄りにゐて、顔の向きもやや右寄り。貂蝉の襟元に頬をすりよせる心にも見える。
貂蝉はうつむきがちに立つてゐる。拒むでもなく受け入れるでもないやうな表情だ。
貂蝉の手にした団扇から流れる房の描く曲線も美しくてなー。
なんとなく気まづい気分になるのは、ふたりとも全然違ふことを考へてゐるやうに見えるからか。
角度によつては、呂布はひどく思ひつめたやうすに見える。
人形劇ではじめて貂蝉を見たときの呂布を思ひ出すなあ。
あのときの呂布の挙動不審なさま。
息苦しいのか暑いのか、襟元に指を入れてひろげやうとする細かいしぐさがよかつた。
目もどこを見ていいものやらといふやうにあちこちに動くんだよね。

必死な呂布と比べて貂蝉が冷ややかなやうすに見えるのは、見るこちらがさう思つて見るからといふのもあるとは思ふ。
人形劇の貂蝉は関羽のことが好きなんだものね。

向かつて左側から見ると、貂蝉はうつすらと微笑んでゐるやうにも見える。
呂布の表情もどことなく穏やかだ。
反対側から見ると貂蝉は無表情な冷たい顔をしてゐて、呂布は思ひつめ過ぎてどうかしちやつたんぢやないかといふ風情だ。

いづれ、このふたりには幸せはやつてこない。

前回展示室の入口で出迎へてくれたのは紳々竜々だつた。
ふたりともホストよろしく片膝をついて奥にむかつて腕をのばし、「どうぞどうぞ」といふやうに出迎へてくれた。
今回との落差が実におもしろい。

まづこの呂布と貂蝉とを見て、今回の展示に攻めの姿勢を感じる。
このあともいままであまり見たことのないやうな展示がつづく。

それは次回の講釈で。

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