Friday, 28 July 2017

人形劇三国志通信

「人形劇三国志通信」といふ冊子がある。

先日、神戸は六間道商店街にあるなごみサロンに立ち寄つた。
ありがたいことに Cha-ngokushi 店長のあきよんさんがなにくれとなく話しかけてくだすつて、話題は「人形劇三国志」のことになつた。
「こんなものをいただいたんですよ」と出してきてくだすつたのが「人形劇三国志通信」である。

同人活動といふと、かつては同好の士を募つて同好会やファンクラブのやうなものを作り冊子などを作成するものだつた。
冊子は肉筆のまままとめて回覧したり、印刷所に頼んだりコピーしたりして会員に配つたり外部に売つたりもした。

「人形劇三国志通信」もさうした同人活動のひとつで、人形劇「三国志」が放映されてゐた当時私設ファンクラブを作り、番組の感想などを書いたものをまとめた冊子であつた。
冊子のレイアウトや各会員の書いたものの清書、コピーと製本はすべて会長さんがやつてゐた。
放映当時のことだからすべて手書きである。
会員からは感想だけでなく、イラストなども投稿されてゐた。
会長さんはこれを毎月発行してゐたわけだ。
まことに恐れ入る。

「人形劇三国志通信」は1983年の7,8月合同号にはじまり、1984年3月号で終はる。のちに総集号を出すつもりでゐたらしいが、それはないやうだ。7,8月合同号は会長さんひとりで書いたものと思はれる。
内容は、その月に放映された人形劇「三国志」のあらすじと感想とがメインで、ほかに登場人物に関する考察や三国志に関する書籍などの紹介、会員からの手紙などが掲載されてゐる。
番組の感想とか、読み出すととまらない。

また、「関羽の死」の回の撮影見学記や新宿高野で開催された人形展の感想を掲載した号もある。
「関羽の死」の撮影見学記は実に読み応へがある。
ざつと目を通しただけだが、川本喜八郎から聞いた話として「郭嘉は孔明のなりそこない」だとか「「関羽の死」で一瞬だけ使つてもらふつもりでゐる関羽のカシラは「決死の千里行」でも用ゐたもの」などといふことが書いてある。
郭嘉、孔明のなりそこないだつたのかー。
孔明を作るのに川本喜八郎が大変苦労したといふ話はつとに耳にする。四度作りなほしたとかね。
そのうちのどれかが郭嘉なのだらう。

ほかにも、操演の方々は人形を遣つてゐないときはこどもを抱くやうに人形を抱いてゐる、とくに曹操を遣つてゐる方、みたやうなことが書いてあつて、さういへば船塚洋子さん(のことだらう、おそらく)は人形を前に抱へるときにそんなやうな持ち方をしてゐるなあ、などと思ふのだつた。なんだか人形が可愛く見えるんだよね。

「人形劇三国志通信」は本といふ形にはなつてゐないし、会員に配つてゐただけだらうからあまり外にも出てゐないだらう。
当時はかういふ冊子がほかにも作られてゐたりしたのかなあ。
ほかにもあるなら是非拝見したいものだ。
「人形劇三国志通信」もできることならきちんと読んでみたい。

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Friday, 21 July 2017

「人形劇三国志」の音入れ

人形劇三国志」がNHKで放映されてゐたころ、何度かNHK放送センターに行つた。
いまだとスタジオパークといふのかな。
入口にガラスのケースがあつて人形が展示されてゐた。毎月人形を入れ替へてゐたやうに思ふ。
「関羽の死」の撮影を見学しに行つた話は何度か書いてゐる。
ほかに「音入れ」といふのがあつた。
各スタジオに使用予定が書き込まれてゐて、とあるスタジオに「人形劇三国志 音入れ」といふ予定が入つてゐた。日付と時刻はもう覚えてゐない。

「音入れ」つてなにをするのだらう。
「音入れ」といふくらゐだから音を入れるのだらう。
気になるなー。

といふわけで、ある日、友人たちとつれだつて見に行つた。
スタジオと見学者のゐる場所とのあひだはガラスで仕切られてゐる。
こちらはすこし見下ろすやうな形で中を覗くことになる。
中には指揮者とおぼしき人と管弦楽団の人々とかゐた。
「音入れ」とはすなはちBGMの録音のことだつたのだ。
BGMなので曲は途切れ途切れになる。
おなじ曲をことなる編曲で何度も演奏したりもする。
指揮者のイメージどほりにならないときもおなじ曲を何度もくりかへす。
さういふやうすをぼんやりと聞いたのだつた。
もう忘れてしまつたけれど、のちに番組を見ながら「あ、これはあの「音入れ」のときの回なんだな」とわかつたものだつた。

いま見返してみると「人形劇三国志」のBGMは実に多彩だ。
主な登場人物にはそれぞれテーマ曲があつて、ひとつひとつにさまざまなアレンジがある。
また、ある登場人物のテーマ曲から別の人物のテーマ曲へと切り替はるときのトランジション部も場面によつて違ふやうに聞こえるし、ときにはまつたくトランジション部なしにいきなり曲が変はることもある。
曹操のテーマ曲は長調のせゐか、玄徳・関羽など短調のテーマ曲と切り替はるときは大抵なにがしかトランジション部があるのだが、なにかのときにトランジション部なしにいきなり切り替はつたときがあつて、「おおっ」と思つた。
細かいよねえ。
この細かさがまたたまらないんだよねえ。

もつと音入れの見学に行けてゐたらなぁ、といまになつて思ふ。
でもまあ、無理だねえ。
渋谷にしよつ中行くなんて、できなかつたもの。
それでも可能な範囲でよく行つてゐたなあ、と、たまにNHK放映センターのそばをとほると思ふ,のだつた。

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Thursday, 29 June 2017

人形劇三国志DVD鑑賞会

六月二十五日(日)、パラセリゾーツ横浜関内店で開催された人形劇三国志DVD鑑賞会に参加した。

主催者三名と人形操演の船塚洋子さん、それに参加者五名の計九名があつまつた。
鑑賞する回は二つ、第十七回「決死の千里行」と第三十三回「赤壁の戦い」だつた。

パセラリゾーツはカラオケのお店で、DVD&ブルーレイ鑑賞パックといふサーヴィスを提供してゐる。
今回の上映会はこの鑑賞パックを利用したものだつた。

初対面同士も多い中、まづは自己紹介を、といふところで、いきなり運ばれてきたのがハニトーことハニートーストである。

Honey Toasts

鑑賞パックにはハニトーが二つとソフトドリンク飲み放題がついてくる。
すばらしい手際でトーストを切り分けてくださつた方々、ありがたうございます。

無事ハニトーも切り分けて、ひととほり自己紹介もして、いざDVD鑑賞を、といふところで機材に不具合が生じ、主催者の方とお店の方が大奮闘してくだすつて、なんとか上映にこぎつけることができた。

その間、船塚さんが持つてきてくだすつた「三国志百態」や「人形歴史スペクタクル 平家物語」の脚本、香盤表などを拝見する。
脚本や香盤表自体も興味深く、また書き込まれたメモもおもしろい。
脚本には要所要所に位置取りの図が描かれてゐた。
香盤表は、「ひとりでこんなにたくさん演じるのか!」と驚くやら感動するやら、だ。
昨日、NHK-BSで「プリンプリン物語」に関する番組を放映してゐたらしく、ひとりの声優がいくつも役を演じてゐたことをTwitterにつぶやいてゐる人々がゐた。
人形操演もすごいぞー。
セリフはなくても登場はしないといけない人物がゐる分、人形操演の方がずつと数は多からう。

DVD上映中も、船塚さんからいろいろとお話をうかがうことができた。
主催者の方がTwitterでつぶやいてらしたやうに、「決死の千里行」の沂水関を守る卞喜を遣つてゐたのは張飛を遣つてゐたのとおなじ方、とかね。
赤兎をたたくときのやうすが張飛とそつくりなのだ。
さうやつて見ていくとどなたがどの人形を遣つてゐるのか、わかるやうになつたりするのかもしれない。

この回はかなり笑いを誘う場面も多く、見ているみんなで笑いながら見るのも楽しかつたなぁ。

「決死の千里行」と「赤壁の戦い」との合間に、船塚さんの持つてきてくだすつた「平家物語」のDVDに入つてゐる撮影のやうすも見ることができた。
おそらくNHKで放映したものと思はれる。
「平家物語」のDVDも買はう。

「赤壁の戦い」になると見入る時間が増える。
上映回の選択もすばらしかつたと思ふ。

最後に船塚さんへの質問コーナーがあつて、上映会はお開きといふことになつた。
三時間、あつといふ間でしたね。

このあと鈴本演芸場に行き、「ウルトラセブン落語会」で柳家喬太郎が「セブン段目」といふ落語の「七段目」をアレンジした噺を聞いた。
大店の若旦那がウルトラセブンが好きで好きで、今日も仲間とDVD上映会をしてきた、といふ。
「みんなでわいわい見るのが楽しいんだよなあ」といふセリフに「そのとほりだよなー」と、つひさつきまでの楽しい時間を思ひ出すことだつた。

主催者の方々、ご参加のみなさま、そして船塚洋子さんにはなんと御礼申し上げたものやらわからない。
ありがたうございます。

次回は九月二日に開催する予定ださうである。
ご興味のある向きには是非参加を検討されたい。

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Thursday, 15 June 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 新・三銃士 その2

週末に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つて来た。
六月二十五日まで展示されてゐる「連続人形活劇 新・三銃士(以下「新・三銃士」)」を見るのが目的だ。

昨日はホワイエに展示されてゐる帆船や鳥・馬・蜘蛛と噴水広場について書いた。
今日はスタジオの中について書く。

スタジオの中は、手前両側の壁際に小道具を展示したケースがひとつづつある。
入り口を入つて真正面には大きなセットを背景にして「新・三銃士」の人形たちが飾られてゐる。
迫力ある展示だ。

左のケースには、コンスタンスの裁縫道具や劇中に登場した手紙、本などが置かれてゐる。
奥には細長い建物も展示されてゐる。
コンスタンスの裁縫道具は、DMCのスペシャルダンテルが四巻ほど入つてゐた。
なるほど、スペシャルダンテルは人形サイズだな。
パステルカラーのものが三巻で、いづれも未使用。白い一巻は使用中でかぎ針編みのドイリーを編んでゐる最中といつたやうすだつた。
細かいことを云ふと、ドイリーと一緒についてゐるかぎ針はそのドイリーを編むには太すぎる。
誰かがもつと細い針で編んだのかなあ。

手紙は、細かい手書きの文字でフランス語つぽい。
ちよつと茶色がかつた紙にセピア色のやうなインキで書かれてゐる。
リシュリューの似顔絵もあつた。懐かしいなあ。

銃士たちの使つてゐるマグカップも飾られてゐる。
奥の左からアラミス用、アトス用、ポルトス用、手前が左がダルタニアン用。その横にプランシェの食べかけのりんごがある。
それぞれ趣が違つて各人にあつたデザイン、といひたいところだが、ポルトスのはちよつと小さいんぢやないかな。
あとダルタニアンのカップには中に金具が仕込まれてゐて、ここに布かなんかをひつかけて中身が入つてゐるやうに見せてゐたのではないかと思はれる。

ほかにも酒場シェークルで使はれてゐたコインなどの小道具やちよつとした装身具のやうなのも飾られてゐて、こもの好きにはたまらないんぢやないか。
本もミニチュアのやうな感じで、豆本好きとおぼしきお客さんが食ひ入るやうに見入つてゐた。

右のケースにはルイ十三世やアンヌ王妃、リシュリューやロシュフォール、ミレディーの持ち物が展示されてゐる。
ロシュフォールの短銃とそのホルスターがなかなかイカしてゐる。財布とおぼしきちいさく黒いポシェットもいい。
アンヌ王妃の持ち物の中にはダイヤの首飾りもある。人形の身につけるものだから当然なのだが、こんなに小さいのか、とちよつと驚く。

「人形劇三国志」や「人形歴史スペクタクル 平家物語」の展示には小道具だけを feature したものはあまりないやうに思ふ。
自分がみた中では、渋谷ヒカリエにある川本喜八郎人形ギャラリーの外のケースに「平家物語」で使はれた琵琶や扇子などが飾られてゐたことがあつたくらゐかなあ。
三国志や平家物語の展示の場合、登場人物が小道具を持つてゐることが多いやうに思ふ。
孔明が白羽扇を持つてゐたり、関羽が青竜刀、張飛が蛇矛、呂布が方天戟を持つてゐたり、とかね。
楽器も、経正が青山の琵琶を、敦盛が小枝の笛を持つてゐたり。
三国志や平家物語の人形は手でものを持てるやうになつてゐるからだらうか。
得物だけ並べた展示といふのも見てみたいやうな気もする一方で、人形が持つてゐるのも絵になるんだよなあとも思ふ。

スタジオの主たる展示は、左からバッキンガム公爵、アンヌ王妃、ルイ十三世、ボナシュー、コンスタンス。後方にアラミス、アトス、ポルトス、前方にダルタニアン、プランシェ。ロシュフォールにケティ、ミレディと護衛隊三名の総勢十四名と二匹だ。あ、護衛隊士の奥に馬がゐるから二匹と一頭かな。
トレヴィルとリシュリューとはゐない。至極残念である。
スタジオ内は人形やセットを保護するためかかなり照明が抑へられてゐて暗い。

バッキンガム公爵はアンヌ王妃の手をとつて、ふたりで踊らうかといつた風情だ。
王妃のとなりにルイ十三世がゐて、ひとりで踊つてゐるやうな態なのだが、王妃に語りかけてゐるかのやうな雰囲気もあり、見てゐてちよつとつらい。

ボナシューとコンスタンスとは銃士たちを見てゐるのかなあ。
ボナシューはコンスタンスを見てゐるやうにも見える。
コンスタンスの視線の先にゐるのはアラミスかな、といふ気もする。
かうして見るとボナシューの顔はかなり特異だ。
デフォルメされてゐるのに妙にリアルな感じがする。
顔の皺や唇の感じ、かなあ。
コンスタンスはちいさくて可憐に見える。
作中の気の強いやうすは影を潜めてゐるやうだ。

アラミスはまつすぐ、アトスは膝を曲げて足を広げた臨戦態勢、ポルトスはちよつと半身の気取つたやうすで剣をかまへて立つてゐる。
それぞれその人物らしいやうすだ。
その三人の手前のダルタニアンもアトスと似たやうな体勢で剣をかまへてゐる。
かうして見ると、主人公顔だよなあ、ダルタニアン。
とても余裕のかまへに見える。
その横にゐるプランシェも仲間のつもりなのかな。とても可愛い。

ロシュフォールは銃士たちの方を向いて立つてゐる。右手に剣を持つて銃士たちの方に向けてゐる。
スタジオが暗い中、白い顔に黒装束で顔に照明があたつてゐるのでロシュフォールの写真はひどく撮りづらかつた。顔が白くとんでしまふのだ。
かうして見ると、デカいし、黒いし、腕が妙に長いし、ひどくおそろしい存在に見える。
ちよつとエヴァンゲリオン入つてるよなあ、ロシュフォール。
腕の長さなら玄徳に負けないぞ。

ロシュフォールの手前にケティがゐて、プランシェをねらつてゐるのかといつたやうす。

その背後にミレディーが控へてゐる。
「わたしはミレディー ミレディー ミレディー 世界で一番いい女」などと「プリンプリン物語」のヘドロの歌を思はず口ずさんでしまふくらゐいい女だ。
「好きな色は赤と黒」かどうかは知らないが、血の色と罪の色といふのはミレディーにもふさはしい。
三銃士の人形は樹脂でできてゐて、人形の性格にあつた木目を描いてゐるのださうだが、木目の見えない髪の毛なんかも木製のやうに見えるんだよなあ。ミレディーの髪の毛もまさにさう。

ほかに美術館の方にうかがつた話だと、人形には球体関節を使用してゐて、手首や肘の部分などはわざと隠さないやうにしてゐるのだといふ。
人形といふことを明確にすることで、視聴者が感情移入しやすくなるといふ効果をねらつてゐるのだとか。
また、唯一木で作つた人形があつて、それは三谷幸喜をモデルにしたオレイリーなのだとか。
木で作ると湿気や温度などで大きさが変はつたりするが、一度しか登場しないオレイリーならいいだらうといふので作つたのだといふ。

「新・三銃士」にしても「パペットエンターテインメント シャーロック・ホームズ」にしても、話の最後がグタグダで、「それぢやあ三銃士ぢやないだらうよ」とか「モリアーティ教頭をおとしめると相対的にホームズもたいしたことのない存在になつちやふんだけどなー」とか、いろいろ納得のいかないところが多い。
でも、それは人形のせゐではない。
人形に罪はない。

シャーロック・ホームズの人形の行方は知らないが、三銃士の面々とはかうしてたまに飯田で会へる。
機会があつたらまた会ひに行きたいものだ。

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Wednesday, 14 June 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 新・三銃士 その1

週末に飯田市川本喜八郎人形美術館に行つて来た。
今回の目当ては「連続人形活劇 新・三銃士(以下「新・三銃士」)」の展示である。
六月二十五日まで展示されてゐる。

2009年から2010年にかけて放映された「新・三銃士」の人形は飯田にある。
寄贈されたのだといふ。
人形だけでなく、セットなども一緒なのださうな。
過去にも何度か飯田市川本喜八郎人形美術館で展示されたことがあつた。
残念ながら都合が合はずに見ることがかなはなかつた。
前回の范増ぢやないけれど、「やつと会へたね」といつたところだ。

「新・三銃士」の展示部分は写真撮影可能だつた。
「パペット・エンターテインメント シャーロック・ホームズ」の展示を横浜人形の家に見に行つたときも撮影OKだつたな。NHK文化祭のときもか。
写真撮影ができるのはとてもうれしいのだが、つひ写真を撮るのに一生懸命になつてしまつて、自分の目で見ることがおろそかになりがちだ。
今回もさうだつた。
スタジオ内が暗い上に白い顔にライトのあたつてゐる黒装束のロシュフォールが撮りづらくてなあ。顔の部分が白くとんでしまひがちで。
かういふときは写真はあきらめるが吉とわかつてゐても未練がましく何枚も撮つてしまふ。

「新・三銃士」は展示室の奥のスタジオに展示されてゐる。
四月までは「項羽と劉邦」が展示されてゐたところだ。
また、ホワイエにもいろいろと展示されてゐる。
ホワイエにケースが四つあつて、手前のケースには帆船、次のケースにはトレヴィルのところにゐた鶏とリシュリューのところにゐた蜘蛛、その次のケースにはラロシェルにゐたカラスや町の外にゐたセキレイ、カモ、奥のケースには銃士隊の馬が飾られてゐる。
そしてホワイエのつきあたりには噴水広場のセットが組まれてゐる。

帆船は撮影用の小さいサイズのものだ。
とても趣がある。
鳥や蜘蛛、小道具があるのも「新・三銃士」の展示の特徴だ。
「新・三銃士」は人形の皮膚の表面に木目を描いてゐて、木で作つたやうに見える。
鳥や馬も木でできてゐるかのやうに加工されてゐる。
しかも鳥は可愛いものが多い。
噴水広場のセットには石造りの建物もあつて、そこの窓にハトがとまつてゐるのがまた念入りで可愛い。丸つこいハトでね。エサが豊富なんだらうな。
蜘蛛だけはちよつと不気味な感じだ。真つ赤でね。
馬は精悍さうだ。展示室内にゐる赤兎や白竜、張飛や義経、義仲の乗つてゐる馬と比べて見るのもおもしろい。

スタジオの中は、手前両側の壁際にケースがひとつづつある。どちらにも小道具が飾られてゐる。
スタジオを入ると、真正面に大きなセットを背景にして「新・三銃士」の人形たちが飾られてゐる。
左からバッキンガム公爵、アンヌ王妃、ルイ十三世、ボナシュー、コンスタンス。後方にアラミス、アトス、ポルトス、前方にダルタニアン、プランシェ。ロシュフォールにケティ、ミレディと護衛隊三名といつた顔ぶれだ。
トレヴィルとリシュリューがゐないのがとてもさみしいが、仕方がない。
スタジオ内は人形やセットを保護するためかかなり照明が抑へられてゐる。

個々の小道具や人形についてはまた次回。

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Friday, 28 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 ギャラリー奥・平家・特異なキャラクター

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、その展示内容を見に行つた。

前回は「源氏と木曽」のケースについて書いた。
今回は「ギャラリー奥」「平家」「特異なキャラクター」のケースについて書く。

現在「源氏と木曽」を展示してゐるケースの前には、ちいさなケースが四つほど並べられてゐて、人形アニメーションの人形が展示されてゐることが多い。
今回の展示では四つのケースはなく、ソファが設置されてゐてのんびりと座つて鑑賞できるやうになつてゐる。

「ギャラリー奥」のケースと「平家」のケースとも人形アニメーションの展示に使用されてゐることが多い。

「ギャラリー奥」のケースには朱鼻の伴朴と金売り吉次とが並んで立つてゐる。
このふたりをこんなに近づけるなんて、やるな。
以前、今回孔明と龐統とがゐるケースにそれぞれ吉次と伴朴とが入つてゐて、座つて相手の方を見てゐる、といふ展示があつた。
これがよくてねえ。
鋭い吉次の視線と探るやうな伴朴の視線とが緊張感を生み、ケースの間を通るのがはばかられるやうな展示だつた。
そのふたりをおなじケースに入れてそばにゐさせる。
ふたりとも居心地悪さうに見える。
伴卜の衣装には羽裏が使はれてゐるのださうで、そこも見どころだ。

「平家」のケースには二位の尼、清盛、徳子がゐる。
「源氏と木曽」を見たあとだと清盛の子どもか甥・孫がふたりくらゐゐてもいいかなあ、といふ気がする。
「源氏と木曽」の方が武で「平家」は文といふイメージなのかもしれない。
二位の尼は人形劇に出てゐた方がいま渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにゐる。
比べて見るのもおもしろいからう。
飯田の二位の尼はときに神々しく見えることがある。観音さまとかマリアさまのやうなのだ。
今回はさうした神々しさは控へめで、すぐ隣に清盛がゐるからかなとも思ふ。

清盛は僧形なので浄海入道と呼ぶべきなのかもしれない。
蜀錦の衣装がみごとだ。
三国志も平家物語も人形の衣装の多くは古着の帯地から作られてゐるといふからちよつと特別だ。
さういへば、劉邦の衣装も変はつた生地だつたけれど、あれも唐渡りの布だつたりするのかな。間違ひかもしれない。

徳子は人形劇のときとは面差しが変はつてゐる。
人形劇のときの徳子は「川本美人」と呼びたいやうな顔立ちだつた。
「川本美人」にこれといつた定義はないけれども、見るからに川本喜八郎の人形らしい美人さんなのだ。
飯田にゐる徳子は、もうちよつと幼いやうな印象があつて、親にいはれるままに嫁いで子を為して、その後つらい暮らしを送るやうになる人、といふ感じがする。

「特異なキャラクター」のケースは展示室の出口のそばにある。
ここも人形アニメーションの展示に使用されてゐることが多い。
今回は「人形劇 三国志」から華陀、紫虚上人、左慈、于吉仙人が右から順番に並んでゐる。
華陀が「特異なキャラクター」といふのはどうかと思ふのだが、神がかつた医術の持ち主、といふことなのだらう。
どうかと思ふ所以は、ほかの三人とは違つてまとつてゐる雰囲気がやはらかいからだ。
仁術の人だからだらう。
でもどこか厳しさうな感じはするんだけどね。

紫虚上人は最近は立つた展示が多い。
紫虚上人といへば囲炉裏の前に座つてゐるイメージが強い。
人形劇でさうだつたからだらう。
衣装のやれた感じが実にリアルでおもしろい。
紫虚上人といへば皮膚が鬼縮緬なのも見どころだ。ほかの人形はヤギの皮が使はれてゐるといふ。

左慈はこの中でも別格だ。
人形劇でかなり活躍してゐたからだらう。
このままサイキック・ウォーズになつてしまふのだらうかと思つた見てゐたものだつた。
今回もダーク・フォースのジェダイ・マスターのやうな趣で佇んでゐる。
左慈には目に仕掛けがある。
美術館の方が見せてくれることもあるのでお見逃しなく。

紫虚上人・左慈・于吉仙人とならぶと、「三国志つてさういふ話だつたつけ」と思ふくらゐ、怪異な感じがしてくる。
展示室の奥の方で照明もちよつと暗いのでなほさらだ。
于吉仙人は、正面から見ると瞳孔が開いてゐるやうな感じがしてちよつと怖い。
人形劇で見たときは、もうすこし常識的な人のやうに思へたけものだつた。
孫策の方が云ひがかりをつけてゐる感じだつたからだらう。

といふわけで、今回の人形に関する展示内容について書いた。
今年は特別展示がいくつも予定されてゐるので、それがいまから楽しみだ。
「ねほりんぱほりん」を見に行かれないのが残念でならない。

「項羽と劉邦」展その一はこちら
「項羽と劉邦」展その二はこちら
「項羽と劉邦」展その三はこちら
エントランスから宮中の抗争まではこちら
連環の計はこちら
玄徳の周辺 その一はこちら
玄徳の周辺 その二はこちら
曹操の王国 その一はこちら
曹操の王国 その二はこちら
江東の群像はこちら
源氏と木曽はこちら

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Thursday, 27 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 源氏と木曽

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、新たな展示内容を見に行つた。

前回は江東の群像のケースについて書いた。
今回は「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の「平家物語」)」の「源氏と木曽」のケースについて書く。

江東の群像のケースの右、展示室の奥にあるケースには、左から弁慶、馬上の義経、政子、頼朝、巴、馬上の義仲、葵が並んでゐる。

人形劇の「平家物語」の人形は、TVに登場したものではない。
飯田にゐるのは後に作られた人形だ。
TVに登場した人形は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーで見ることができる。

弁慶は、こちらを向いて立つてゐる。
両足を開いてすつくと立つその姿はとても力強い。
弁慶らしい立ち姿だ。
直接見比べたわけではないけれど、人形劇に出てゐた弁慶と飯田の弁慶とでは、それほど違ふ点は見受けられない。
ブレの少ない登場人物なのだらう。

義経はその後方で白馬に乗つてゐる。
義経は人形劇のときの人形と飯田にゐる人形とではかなり違ふ。
これも直接見比べたわけではないけれど、人形劇に出てゐた義経の方が凛々しい。飯田にゐる義経の方がやさしげで顎がすこし細いやうに思ふ。
義経といふと「実は背が低くてみそつ歯だつた」と云はれたりだとか、「平家物語」などでは鵯越の坂落としを実行したり敵の群れゐる中落とした弓を拾ひに行つたり八艘跳びをしてみたりと非常にアクティヴな武将としての面が伝へられてゐる一方で、文楽や歌舞伎ではそんなことはおくびにも出さないやうな高貴の御曹司として描かれてゐる。
大河ドラマの「草燃える」では国広富之が義経を演じてゐた。腰越で止められて頼朝から拒絶されたと知つて以降のキレつぷりつたらなかつた。後白河院(紀尾井町だ)の腰が完全に引けてゐたもの。
有名なだけにいろいろな切り口のある人物なので、人形劇放映後にまた違つたイメージで作つてみたのかなあ、などと飯田で見てゐると思ふ。

義経の右前方に政子が立つてゐる。
これまで飯田では「え、政子にもこんな面があつたのか」と驚くやうな展示が何度かあつた。
はぢらふ政子とかね。
懐かしい。
今回の飯田の政子は毅然としたやうすで立つてゐて、如何にも北条政子といつた印象を受ける。
人形劇では恋しい頼朝に恨み言を叫んでみたりとか、結構可愛いところもあつたんだけどね。

政子の右後方のやや高いところに頼朝がゐる。
頼朝は、人形劇のときとは全然別人の趣がある。
いま渋谷に人形劇に出てゐたときの頼朝がゐる。
人形劇の頼朝は、曹操によく似てゐる。
曹操にほくろをつけて衣装を黒くした感じだ。
飯田の頼朝はもつとおだやかな表情をしてゐる。茫洋として見えないこともないけれど、その分ふところは深さうだ。
頼朝のイメージといふと、あの肖像画や(頼朝ではないといふ説もあるけれど)、「草燃える」の石坂浩二の佐殿、あるいは二月に歌舞伎座でかかつた「大商蛭小島」の頼朝のやうな、都から来たなまつ白い(エセ)インテリ、といつた感じなのではないかと思ふ。
あまり先頭に立つて戦とかしさうにない。
中村吉右衛門の主演した「武蔵坊弁慶」では菅原文太が頼朝を演じてゐてはじめて見たときにびつくりした覚えがある。
菅原文太が頼朝? あり得ん。
と、そのときは思つたけれど、見てゐるとこれがまたありなんだなあ。
そして飯田の頼朝。
個人的には飯田の頼朝はとても好きだ。
かういふとらへどころのなささうな人だつたのではないかなあ、といふ気がしてくる。

巴・義仲・葵は鎧姿で、馬上の義仲を中心に巴と葵とが脇侍のやうに立つてゐる。

人形劇の巴からは母性を感じる。
義高がゐたからかもしれない。
葵が山吹と義仲をめぐつて争ひ、ともすると巴にもたてつくやうなことをする中で、ぢつと耐へ、ときに強く主張する、そしてその主張は正しい。
飯田の巴はもうちよつと若さのある感じ、だらうか。人形劇のときとそんなに変はつたやうな感じはない。

川本喜八郎は義仲に思ひ入れがあつたのだといふ。
以前、この美術館で上映してゐたインタヴュー番組で聞いた。
人形劇に出てゐた方も飯田にゐる方も、義仲はそれはそれは様子がいい。
草摺も山を思はせるやうな緑でこれがいい色なんだなあ。
今回の展示では、その様子のよさが前面に出てゐる。見とれるで、しかし。

葵も人形劇とそんなに変はつたやうすはないやうに思ふ。
これまでの展示だと、ときに歌舞伎役者の中村福助に似て見えることもあつたりしたのだが、今回はそれはない。
恋に生き恋に死んだ人といふイメージのあるせゐか、巴と比べると若干華やかな感じがする。
伊那の出身といふことで、展示する側も力が入るのかもしれない、と思ふのは僻目かな。

以下、つづく。

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Wednesday, 26 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 江東の群像

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末の展示替へをやつと見てきた。

前回はメインケースの向かひにある「曹操の王国」のケースについて書いた。
今回は、メインケースの右隣のケースについて書く。
主題は「江東の群像」。
公式サイトの展示案内が前回の展示内容のままなので、更新され次第正しい主題に訂正する予定である。

ケース左から呉国太、喬国老
、貞姫、孫権、諸葛瑾、黄蓋、闞沢、周瑜、魯粛、陸遜がゐる。
呉国太・喬国老・貞姫でひとかたまり、孫権・諸葛瑾・黄蓋でひとかたまり、闞沢・周瑜・魯粛・陸遜でひとかたまりといつたところか。

呉国太と喬国老とはケース後方の高いところに立つてゐる。
このふたりは並んで立つてゐることが多く、仲むつまじい老夫婦に見えることがある。
それでなくても仲のいい茶飲みともだちといつた雰囲気だ。
それが今回はない。
極々neutralな展示だと思ふ。

呉国太と喬国老との手前、低いところに貞姫が立つてゐる。
若干うつむきがちで、とても可愛い。
はじめて飯田に来て貞姫を見たときも「なんて可愛いんだらう」と思つた。
人形劇で見る貞姫にはつひぞ抱いたことのない感想だ。
そのときもちよつと下を見てゐるやうだつたと記憶してゐる。

孫権は喬国老の右隣、すこしはなれたところに座つてゐる。
久しぶりの座つてゐる孫権だ。
以前は孫権といへば必ず椅子に座つてゐた。
飯田も渋谷も同様だつた。
飯田の三回前の展示のときだつたらうか、椅子の脇に立ち、下の方にかしこまつてゐる諸葛瑾になにやら下知したといふ趣の孫権を見て、「孫権、いい男だなー」とあらためて思つた。
孫権、男前なんだな。
今回の孫権は、椅子に座して右側を睨んでゐる。
なにかを見てゐるわけではないやうだ。
思案をしてゐて視線を右の方に移動させたのかもしれない。
孫権は人形劇でもよくさういふ表情をすることがあつた。

孫権の手前やや右の低いところに黄蓋がゐる。
黄蓋は目玉がガラス(もしかするとアクリル)で、照明があたるときらきらして見える。
かういふ目は黄蓋と趙高とふたりだけかな。
今回はその黄蓋の特徴である目をよく見ることができる。
黄蓋と黄忠とはなんとなく似てゐるといふ印象があるけれど、飯田で見るといつも全然違ふことがよくわかつておもしろい。

孫権の右やや低いところに諸葛瑾が正面を向いて立つてゐる。
飯田で見る諸葛瑾はひどく追ひつめられてゐたりなにかしらつらい思ひをしてゐたりするやうに見えることが多い。
苦労人。
一言でいふとそんな印象だ。
今回はそれはない。
また、孔明のところでも書いたやうに、今回の諸葛瑾の目はいつもとちよつと違ふやうに見える。
目がほんとに水でできてゐるやうな雰囲気がそこはかとなくある。
人形劇の諸葛瑾と孔明とは似てない兄弟だと思つてゐたけれど、こんなところが似てゐるんだな、とは孔明のところでも書いた。
渋谷の諸葛瑾と孔明とにはもうちよつと似たところがある。
人形劇を見てゐたときには相似してゐる点に気がつかなかつただけなのかもしれない。

黄蓋の右側すこしはなれたところに闞沢が立つてゐる。
人選がちよつとおもしろいな。
どういふ基準で選んだんだらう。
人形劇では闞沢は徐盛や甘寧にくらべたらずつと活躍してゐるし出番も多い。
それで選ばれたのだらうか。
ほんとは黄蓋と闞沢とでひとかたまりなのかもしれないな。
「赤壁の戦ひ」といふくくりで、さ。

周瑜は闞沢の右後方高いところに立つてゐる。
意外と地味な感じがするのは、人形劇での扱ひを反映してゐるのだらうか。
人形劇の周瑜つて、あはれだものな。「三国志演義」からしてさうだ、といはれればそのとほりかもしれないけれど。
若干照明が暗いのかもしれないが、普段の周瑜だつたらそんなことはものともしないし、むしろさらに輝いてゐたやうに思ふ。
前回の展示では孫権・孫堅・孫策の親子一緒の姿を見ることができた。
いづれ孫策と周瑜や孫策と太史慈といつた展示も見てみたいなあ。
人形劇にはない場面だけれどもさ。

周瑜の右側やや低いところに魯粛が立つてゐる。
このケースは全体的にみな「立つてゐる」といふ印象が強い。
ほかの人形とinteractしてゐない、といはうか。
今回の展示は総じてさういふ感じなのだけれども、三国志の中では江東に一番その雰囲気を感じる。
ここまでたどり着く前に見るこちらがチト疲れてゐるのかもしれない。

ケースの右端には陸遜がゐる。
左側を向いて立つてゐる。
ここでなぜ陸遜なのか。
なにか意図があるのだらうけれどもわからなかつた。
たとへば、江東の歴史をかんたんに紹介するやうな形にするならば孫堅や程普も必要だらう。
赤壁の戦ひに的をしぼつてゐるわけでもない。
江東は人材に富んでゐる、といふのなら徐盛・甘寧・太史慈のうちすくなくともひとりはほしかつたところだ。呂蒙とかもね。
陸遜には前世があるからそれで出てきてゐるのかもしれない。

以下、つづく。

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Wednesday, 19 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 玄徳の周辺 その二

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつて、それを見てきた。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

前回はメインケースの「玄徳の王国」について途中まで書いた。
今回はつづきから書く。

ケース中央前方やや右寄りに趙雲がゐる。
趙雲と孫乾とは対で展示されることがある。
以前、おなじケースでやはりケース中央前方に趙雲と孫乾とがひざまづいてかしこまつてゐた。
関羽と張飛とが対になり、あとから仲間になつたといふことで黄忠と馬超とが対になると、趙雲だけひとりになつてしまふ。
そこで孫乾、といふことなのだらう。
なんとなく衣装の趣も似てゐるし。
趙雲は人形劇では「永遠のさはやか好青年」であつた。
飯田で見ると、ときにひどくきつい表情をしてゐるやうに思へることがある。
かういふのがおもしろい。

趙雲の右隣に関平がゐる。
抜く手は見せぬぞ、とばかりに右手を剣の柄にかけてゐる。
関平つて、かういふ感じかなあ。
もうちよつと穏やかなイメージなんだけど。
人によつて抱く印象が違ふといふことだらう。
ここが「それぞれの人形らしい展示」のむつかしいところか。

趙雲と関平との間くらゐの後方に美芳がゐる。
美芳もいつ見ても可愛い。
淑玲のときも書いたけれど、こんなに可愛かつたか、とあらためて思ふ。
人形劇だと美芳はちよつとおかめのやうな扱ひのところがあつた。
さういふ感じはないけれど、この美芳はいいな。
関平との違ひはなにかといふと、美芳の方は neutral な感じがすることだ。
見る側が如何様にも受け取ることができる。
美芳にしてはおとなしやかに展示されてゐるけれど、「ほんとはもつとお転婆なんでせう」とか「実際はもつとしつかりものよね」とか想像の余地がある。
それに、可愛いものを可愛く見せてもらへると嬉しい。

ケースの右端前方には馬上の張飛がゐる。
玄徳の馬は白竜、関羽の馬は赤兎と名前がついてゐるのに、張飛の馬だけは「張飛の馬」だ。
張飛の馬はいつ見ても強面だ。
目がちよつと据はつた感じなんだな。
さういふ馬を乗りこなす張飛、といふことなんだらう。
張飛の衣装の背中の裾はたたまれてゐる。
これは張飛らしい気がする。

ケース右端後方には黄忠が立つてゐる。
片手をあげてゐて、得物は手にはしてゐない。
これまで飯田で見る黄忠は考へ深げな老紳士といふ感じで、人形劇で見た荒ぶる老将といつたおもかげはあまりなかつた。
もともとの人形のカシラがさういふ作りなんだらう。
今回はいつもに比べてちよつと元気さうだ。
人形劇の黄忠らしい。

メインケースの前にはちいさなケースが二つある。
入口に近いケースに孔明、奥のケースに龐統がゐる。

これまで飯田で見る孔明は、その目が実に独特だつた。
ちやんと潤つてゐる感じがした。
それが今回はない。
いままではちよつとした顔の角度や照明の加減でさう見えてゐたのだらう。
人間の目のやうに水をたたへてゐるやうだつたので、ほんたうに生きてゐるやうに見えゐたのかもしれない。
三月二十五日に開館十周年のイヴェントとして、孔明と一緒に写真が撮れるといふ催しがあつたといふ。
それでお疲れなのかもしれない。
この孔明と一緒に写真が撮れたのかどうかは定かではないけれど。
今回、諸葛瑾の目にさうした水をたたへた感じがある気がして、「ああ、こんなところが似てゐるんだなあ」と思つた。
人形劇で見てゐたときは似てない兄弟だな、と思つてゐたのにね。

龐統は猫じやらしをくはへて立つてゐる。
飄然とした趣があつて、如何にも龐統らしい。
ケースの中央ではなく若干脇に寄つてゐるやうに見えるところもいい。
龐統も孔明もメインケースの中にゐたらいいのにな、と思はないでもない。
前回も一番隅のケースにふたりで立つてゐたしね。
その前のときにメインケースの中央前方で、孔明は淑玲から、龐統は美芳から話しかけられてゐるやうな展示があつたから、それで敢へてはづしたのだらうか。
人形劇の龐統はどこか可愛らしい趣もあつて、さういふ感じも出てゐるやうに思つた。

以下、つづく。

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Friday, 14 April 2017

飯田市川本喜八郎人形美術館 2017 玄徳の周辺 その一

三月から四月にかけて飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
二月末に展示替へがあつた。
やつと見に行つてきたわけだ。。

まだ公式ページの展示内容が新しいものに切り替はつてゐないので、主題は過去の展示のものを使用してゐる。
展示内容がわかり次第、正しい主題に改修するつもりでゐる。

「宮中の抗争」と「連環の計」のとなりにあるのは展示室のメインケースだ。
主題は「玄徳の王国」。
左から馬超、赤兎に乗つた関羽、淑玲、白竜に乗つた玄徳、孫乾、趙雲、関平、美芳、馬上の張飛、黄忠がゐる。

ケース左奥に馬超がゐて、左側を見てゐる。
いままで見た中では一番男前な馬超かも。
前回、李儒を見てゐるときに美術館の方から見る方向によつて人形の印象が変はると教はつた。
今回の馬超はどこから見ても男前だ。
奥の方にゐる関係で右側から見ることはかなはないけれど。
左側から見た方が若干きりりとしてゐるかな。

馬超の手前に関羽がゐる。
赤兎に乗つた関羽はいつ見てもいい。
以前、馬に乗せた展示をするとその次のときが大変なのだといふお話を美術館の方からうかがつた。
脚まはりの衣装に皺が寄つてなかなかとれないのださうな。
展示替へのときにアイロンなどで一生懸命のばすのだといふ。
衣装の裾の長いのをたたんでゐたりするとやはりおなじことが起こるのだらうな。
今回関羽の背中側の裾はきれいにのばされてゐて皺の心配はなささうだ。

淑玲は関羽の右斜め後方にゐる。
飯田で見る淑玲はいつも可愛い。
人形劇で見ると、もつさりとしたあか抜けないお嬢さんといつた雰囲気のときもある。
飯田で見るときはさういふ印象はまるで受けない。
ヒロインだし、めいつぱい可愛さを引き出してもらつてゐるんだらう。

孫乾はケースの中央左寄り前方にゐる。
前回から引き続きの登場だ。
孫乾は人形劇での出番もそんなに多くなかつたし、展示されることもそれほど多くない。
そのせゐか衣装などがきれいな感じがする。
孫乾には「いい人」なイメージがある。
人形劇では、龐統の悪評を聞いて張飛を派遣することにした玄徳がお目付役として孫乾をつける。
出てきたのはちよつと困り顔のカシラの人のよささうな人形だつた。
でも、裁きの場でどこに座つたものかわからない張飛にすぐには教へずにちよつと意地悪するし、そもそも張飛のお目付役になるくらゐだから、「いい人」といふばかりでもないんだらう。
今回は兜の前面中央にある「大吉」の文字がよく見える。

ケースの中心後方に白竜に乗つた玄徳がゐる。
飯田で会ふ玄徳からは、なぜかいつもふしぎな色気のやうなものを感じてゐた。
人形劇で見るときにはつひぞ感じたことのない色気だ。
とくに顔の下半分に感じる。
以前、「一年半にわたりドラマの主役を演じてきた人間のかもしだす貫禄のやうなものか」と書いた。
それが今回はない。
今回の玄徳からは、若々しい番組開始直後の若者のころのやうな雰囲気を感じる。
髭のあるカシラにも関はらず、だ。
二、三回めの訪館のときだつたか、当時いらした美術館の方が、髭のなかつたころの玄徳のカシラはもうないのだ、と教へてくだすつた。
川本喜八郎は髭のないカシラに髭を加へたのだ、と。
川本喜八郎は「玄徳のカシラには髭をつけやうと思つてゐたが、番組の方から若者のイメージでと云はれたのでつけなかつた」といふやうなことを語つてゐたことがある。
さうか。
髭、つけちやつたんだな。
当初の目論見どほりに。
髭のある玄徳から若々しさを感じるのも当然なわけだ。

以下、つづく。

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