Wednesday, 20 June 2018

はじめての歌舞伎の本

中学生の時にたまたま入つた音楽室の準備室に歌舞伎の本があることを発見した。
A4変形だらうか大きなサイズで、写真がたくさん載つてゐる、ムックのやうな体裁の本だつた。
音楽の先生に無理にお願ひして借りてきて読んだ。
といふよりは、見た、かな。なにしろ写真の多い本だつた。

題名も忘れてしまつたし、出版社はどこか大手だつた、くらゐしか覚えてゐない。講談社だつたかなあ。
表紙は写真を寄せ集めてきて作つたやうな感じで、開くと坂東玉三郎の藤娘の写真が掲載されてゐた。
この本を見る前に知つてゐた役者は玉三郎くらゐだつたと思ふ。
この本で、中村歌右衛門と実川延若とを覚えた。
ふたりともヴィジュアルが強烈だつたからだ。

実川延若は、「関の扉」の関兵衛実ハ大伴黒主の写真が抜群によかつた。
鉞を下にして足をかけた形がいいし、とにかく表情といはうか顔の造作といはうかがこの世のものではないかのやうな様相で、このまま浮世絵にしたいやうな風情だつた。
ほかには当然「楼門五三桐」の五右衛門や、「封印切」の忠兵衛など、結構いろんな写真が載つてゐたやうに思ふが(なにしろこの本で覚えたんだからね)、なにをおいても黒主。

歌右衛門といへば忘れられないのが「鴛鴦襖恋睦」だ。
鴛鴦になつてからの姿で福助だつたころの梅玉と踊つてゐる場面の写真があつたのだが、失礼ながら化け物にしか見えなかつた。
幽霊といへばさうなのでさう間違つてはゐないのかもしれないが、実際に見るまでは「鴛鴦襖恋睦」は怪談なのだと信じてゐた。
それにしては明るいし衣装も華やかだなあ、とふしぎではあつたのだが。

あと、道成寺の道行の花道で鐘を見込んだところの表情なんかもものすごく怖かつた。
延若の黒主もさうだつたけれど、「これ、絶対この世のものぢやないから!」といふ顔付きだつた。
写真だから怖いのであつて舞台を見てゐれば自然と流れていくのでそんなことはなかつたのかもしれない。
とはいつても歌右衛門の玉手御前は怖かつた。
花道から出てきて戸の前にたどりつくまでの幽鬼のやうな風情や、「かかさん、かかさん、ここ開けて」の黄泉の国からやつてきたかの如き声音がいまでも忘れられない。

異形のもの。
ふたりともそんな感じだつた。

この本には、実際に芝居を見るやうになると「え、この人、ほんとにこんな役やつたの?」といふやうな役の写真が出てゐたりもする。
福助だつたころの梅玉のお嬢吉三とかね。きれいですてきだけれど、つひぞ見たことがない。見てみたかつたなあ。
見てみたかつたといへば、菊五郎と孝夫時代の仁左衛門のおまんまの立ち回りの写真もあつた。
「岡崎」は二世鴈治郎と扇雀時代の藤十郎。
海老蔵時代の十二代目の團十郎の弁天小僧菊之助の写真もあつたなあ。
おそらく染五郎時代の白鸚の春永と吉右衛門の光秀の「馬盥」もあつた。
「河内山」の写真が羽左衛門だつたのもいまとなつてはちよつと意外だ。先代の白鸚とか十七世勘三郎とか、いくらでもありさうなものなのに。

それから忘れられないのが宗十郎・先代の時蔵・先代の錦之助が赤姫のこしらへでならんで写つてゐる写真。モノクロだつたけれど、これがきれいで可愛くてねえ。
どんな芝居だつたんだらうか。芝居ぢやなかつたんだらうか。楽屋で撮つた写真のやうでもあつたし。

こんな感じで実際に芝居を見る前から芝居や役者の名前は覚えてゐた。
それでいまでも頭でつかちなところが抜けないのかとも思ふ。

それにしても、この本、ほしかつたなあ。
古本屋に行けばいまでもあつたりするか知らん。
表紙を見ればそれとわかるとは思ふのだけれども。

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Friday, 08 June 2018

疾走感考

先月シアターコクーンで「切られの与三」を見た。
コクーン歌舞伎の中で見たものとしては、結構おもしろいと思つた。
第一幕こそ単なるダイジェストだなと思つたものの、第二幕のいはゆる「源氏店」で、掛軸の絵が抱一の寒牡丹を模したもののやうに見えて、そこからすつと芝居の世界に入つていけたやうに思ふ。
「抱一でございますね」などといふやりとりはいつさいなかつたけれど、ないのに抱一といふのが気に入つた。
もつともやつがれの見た狭い範囲でいふと、あの抱一の掛軸は芝居の中の季節よりは実際に上演されてゐる季節にふさはしい絵をかけるやうで、そこは違ふんだけど、まあ、細かいことはいい。

見てきた人の感想などを見ると、一様に「疾走感を感じた」といふやうな表現に出くはした。
劇評家の評の中にもあつた。

疾走感。

あつたつけか、「切られの与三」に。

感じなかつたなあ、不明にして。

どちらかといふと、struggling で crawling な印象を受けた。agonizing といふかさ。
疾走する agony といふものもあるのかもしれないが、どちらかといふと身を絞つて悶える感じかなあ、agony。

なぜさう感じたのか。
「切られの与三」の中で、与三郎は、あまり自分からどうかうしやうとはしない。
流されるままに木更津に行き、一目惚れの勢ひにまかせてお富といい仲になり、切り刻まれて元の暮らしに戻れなくなつたところを蝙蝠安に拾はれて、成り行き任せで押借強請を覚える。
なんか、かう、「自分からかうしやう」と思つてしたことがほとんどない。

これが「切られ与三」といはうか「与話情浮名横櫛」の与三郎だと、木更津に行くのは一応みづからの意思である。
こどものない家に養子としてもらはれて行つたら弟が生まれてしまつた。
親は実子に家をつがせたからう。
さう勝手に思ひなしての放蕩三昧、その末の木更津行きだつた。
そこが「切られの与三」の与三郎とは違ふ。

みづから思ふところもなくただ流されていく状況には疾走感を覚えなかつたんだよなあ、多分。
ただ流されるにしても、もつと急転直下の大波乱とかあれば、感じたかもしれない。
あのあと、いろいろ考へた。自分はどういふものに疾走感を感じるのか、と。
「マッハGoGoGo」の主題歌が最初に頭に浮かんだが、あれは曲想がさうなのであつて、あまり参考にならない気がした。

はたと気がついたのが、「早發白帝城」だ。

朝辞白帝彩雲間
千里広陵一日還
両岸猿声啼不住
軽舟已過万重山
の「千里広陵一日還」なんて最高に疾走してゐる感じがするし、「軽舟已過万重山」といふのも軽快で速い。
辞すといつてゐるのだから、みづから白帝城をたつて広陵に向かつたのだらう。
舟をあやつつてゐるのは船頭だらうが、広陵に向かふのは自分の意思だと見受けられる。

あと「赤壁賦」の「短歌行」引用から「固一世之雄也」までのくだりにも疾走感を覚える。
壬戌の秋七月だつたはずの長江が、一気に建安十三年の冬に様変はりする。
蘇子と友とを乗せた舟だけだつたはずが、千里と連なる船団が江に浮かび、はためく旗が空を覆ふ。
それがほんの数十文字のうちに展開される。
その速さ。

ここにはそれほど登場人物の意思の力は感じない。
その一方で、流されてゐるといふ印象もない。

おそらく、自分にとつて疾走感とはみづからの意思を伴ふものなのだらう。
それで「切られの与三」には疾走感を覚えなかつたのだ。

だからといつて、「切られの与三」がつまらなかつたといふわけではない。
最初に書いたとほり、おもしろく見た。
ただ、見た人々の云ふ「疾走感」といふものがどこからやつてきたのかがわからない。
知りたいと思つても、もう見ることもかなはぬやうだ。
残念。

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Wednesday, 30 May 2018

わからないこともない「勘助住家」の段

四月の国立文楽劇場、五月の国立劇場と、文楽の「本朝廿四孝」がかかつてゐた。
文楽でも歌舞伎でも「本朝廿四孝」といふとよくかかるのが「十種香」とそれにつづく「奥庭狐火」の段だ。八重垣姫ね。
今回かかつたのは、俗に「筍掘」と呼ばれる「勘助住家」の段とその前段だつた。
今回襲名披露をした五代目吉田玉助の父・吉田玉幸が「勘助住家」の横蔵実ハ山本勘助をよくしたからといふのが理由のやうだ。

八重垣姫の話の方がよくかかるけれど、でもよく見てほしい。
外題は「本朝廿四孝」だ。
つまり、「二十四孝」がもとになつてゐる。
「二十四孝」といふのは、中国の話で、孝行ものの話を集めた本のことだ。
すなはち、勘助の話の方が主流といふことだと思ふのだ。

詞章にも出てくる「郭巨」といふのは「二十四孝」に名前の出てくる人物だ。
郭巨と妻とのあひだには幼い子供がゐて、郭巨の老母はこの孫をそれは可愛がつた。貧乏で日々の食事にも事欠くといふのに、老母は孫に食べるものを分け与へるのであつた。
それを見て郭巨は妻に云ふ。「こどもはまたできるかもしれない。でも母はほかに換へがきかない」と。
そこである日郭巨は自分の子どもをひそかに埋めに行く。
すると土の中から金の釜だか鍋だかが出てきて、「これは孝行ものの郭巨に与へるものだ。ほかの人間は盗つちやダメ」とか書かれてゐたのだつた。

なんとなく似てるでせう、自分の子どもを捨てに行く慈悲蔵に。

勘助の住家には黄庭堅の詩が襖に書かれてゐて、この黄庭堅も「二十四孝」の登場人物のひとりだ。

「本朝廿四孝」は文楽ではじめて通しで見た作品だつた。
このときは大詰めまでちやんとやつた。
わりと「奥庭狐火」の段で終はりになつたりするので、個人的には貴重な体験だつたと思つてゐる。
「奥庭狐火」の段で終はつた方がもりあがるから仕方がないんだけどね。
でも、大詰めまでやらないと犯人がわからないし、濡衣もちよつと浮かばれない。

犯人、と書いたが、「本朝廿四孝」の本筋は犯人探しである。
将軍が暗殺されて、未亡人が武田信玄と長尾謙信とに犯人を探させる、といふのが序段のあらすじだ。
三年のあひだに探し出せなかつたら、それぞれの嫡男の首を差し出せ、といふことにもなつてゐる。

だいたいね、信玄と謙信とで、犯人が探し出せると思ひますか?
ムリでせう。
仲が悪いもの。
序段を見た人は信玄と謙信とに任せたといふ時点で「あー、ムリムリ。犯人なんか見つかりつこないよ」と思ふといふ寸法だ。

そんなわけで、やつぱり犯人は見つからず、信玄の嫡子・勝頼はちやつちやと死んでしまふ。
これには裏があつて、実は信玄は勝頼が生まれるとすぐに花造りの簑作と入れ替へてしまつてゐて、死んだのは実ハ簑作だつたのだ。
といふのは「十種香」につながつていく話で、ここでは割愛する。

一方の謙信はそんなことはしてゐないものだから、嫡子・景勝は自分によく似た人物を捜し出して身代はりにしやうとしてゐる。
それが横蔵だ。

それとはまた別に、信玄も謙信も山本勘助といふ稀代の名軍師を麾下に迎へたいと思つてゐる。
それで信玄は高坂弾正を、謙信は越名弾正を、それとなく甲州の地に放つてゐたりもする。

横蔵は実は山本勘助の息子だつた。
父は今は亡く、母がその名をついでゐる。
横蔵には慈悲蔵といふ弟がゐて、これが実ハ直江兼続である。

はじめて見たときはびつくりしたねえ。
まだ「輝虎配膳」とか見たことがなかつたころだつたし。
「なんで山本勘助と直江兼続が兄弟なの!」と、これだけでこの話の趣向は十分だと思つた。
なんておもしろいことおもしろいことだらう。

慈悲蔵が親元に帰つてゐるのには理由があつて、将軍暗殺のときそばに居合はせながらなんの働きもなかつたからだ。
横蔵も実はそのときその場に居合はせて、将軍の一子・松寿丸の命を救ふため、さらつて逃げて自分の子として慈悲蔵夫婦に育てさせてゐる。

慈悲蔵が、みづから自分の子に手をかけるのは、子どもが敵方である信玄(この場では高坂弾正の妻・唐織)の手に渡つてしまつたら困るからだ。
自分は長尾家の武将なのだもの。

と、わかつてみれば「なーんだ、さういふことだつたのか」のオンパレードで、わからないことといふのはこの話にはそんなにない。
慈悲蔵がいい子ぶつてゐるのは三略の巻がほしいからだし、横蔵・慈悲蔵の母越路は邪険にしててもやつぱり慈悲蔵が可愛い。よくあることぢやん。

おまけに、横蔵は景勝の身代はりになんぞやつてやるもんかい、といふので自分の片目をつぶしてしまふ。
山本勘助が隻眼の理由はそれだつたのか!
よくぞ作つた!
あつぱれだ! 多分、近松半二!

それにしたつて荒唐無稽な部分も多い話ではあるが。
昔からかういふ話があるんだから、「戦国BASARA」にしても「なるほど、さういふ趣向できたか」などと思ふのだつた。

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Thursday, 29 March 2018

人と人との交はりは

今月歌舞伎座の夜の部では「於染久松色読販」といふ芝居がかかつてゐた。
俗に「お染の七役」で知られてゐる。
ひとりの役者が七人を早変はりで演じるのが見どころだ。
ところが、今回は早変はりはなかつた。
七人のうちのひとり・土手のお六を中心とした場だけが上演されたのだつた。

いままで歌舞伎を見てきて、こんなことははじめてだ。
土手のお六といふのは「悪婆」と呼ばれる役どころで、世間では最下層にゐるやうな人物である。
ゆゑに衣装も地味だし、とりたててうつくしいといふこともない。
しどころだけはたくさんあるけれど、果たしてこれでおもしろいのか、と、見に行く前は思つてゐた。
なんでこの場だけ出すんだらう。
疑問だつた。

見に行つてみると、これが案に相違のおもしろさで、この場だけ出すことになんの抵抗もなかつた。
話の流れも登場人物たちの交はすせりふでおほよそ知れる。
「お染の七役」といふ芝居をを知つてゐるからといふこともあるけれど、人間関係がわかると、だいたいのことはわかるやうになつてゐるのが歌舞伎である。

冒頭、お六はもとの主人である竹川からの遣ひと話をしてゐる。
遣ひが竹川から来たこと、お六が竹川に恩義を感じてゐること、竹川には久松といふ弟がゐて、油屋といふ店に丁稚奉公に出てゐること、竹川は百両といふ金子を必要としてゐることがその会話から見えてくる。

そのしばらくあと、花道揚幕からお六の亭主・喜兵衛が男をひとり伴つて出てくる。
このふたりの会話から、喜兵衛の出自、なにかしら大事な刀の行方、そしてやはり百両が必要なことがわかる。
さらに、どうやら喜兵衛が主と頼む人と竹川とは敵対する関係にあるらしいことも知れる。

歌舞伎のせりふはわかりづらいと云はれるが、この部分のせりふはそれほどむつかしいものではない。
ただいきなりぽんと提示されるので、それが重要な内容を含んでゐるものだとは認識されづらい。
客の心も開演直後で浮き立つてゐる。
そんな調子で芝居が進んでいくから、「なんでこんな展開になるのかいまひとつわからないねえ」といふことになりがちなのだらう。

また、歌舞伎は、物語の中でふしぎに思へることは人間関係がわかると謎が判明するやうになつてゐることがある。
昨日書いた「切られ与三」で、なぜ和泉屋多左衛門はお富を助けながらまつたくお富に手をつけなかつたのか、といふ謎は、多左衛門とお富との関係がわかると氷解する。
「お染の七役」のお六と喜兵衛との場合は、人間関係がわかると百両を求める動機がわかるやうになつてゐる。
さういふ観点で芝居を見るのもおもしろさうだな、と、今月の「於染久松色読販」を見て思つた。

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Wednesday, 28 March 2018

死んだはずだよお富さん

シアターコクーンで上演されるコクーン歌舞伎は、今回は「切られの与三」といふ芝居をかけるのだといふ。

瀬川如皐の「与話情浮名横櫛」を元にした芝居だと思ふが、詳しいことは調べてゐない。
瀬川如皐は長い本を書くことで知られてゐて、如皐の筆を抑へるために「脚本(とは当時は云はなかつたが)は何ページ以内にすること」といふ決まりができたのだといふ。
如皐は紙を切り貼りしてその決まりに対抗したのだとか。

さういふ人の書く芝居だからとにかく長い。
現在では「源氏店妾宅の場」とたまにその前の「木更津浜辺の場」がかかるくらゐだ。
もつとたまにそのあひだの「赤間別荘の場」がかかることがあつて、ここまでは複数回見たことがある。
一度だけ、團十郎と先代の雀右衛門とでその先をかけたのを見た。
そんな芝居だ。

歌舞伎を見る前、この「与話情浮名横櫛」通称「切られ与三」をどうしても見てみたいと思つてゐた。
理由は、「お富さん」といふ歌にある。
春日八郎が歌つて大ヒットしたこの歌は、「切られ与三」の主に「源氏店妾宅の場」を歌つたものだ。
大層ヒットしたのださうで、当時小学校では「学校で「お富さん」を歌つてはいけません」などといふお達しを出したりもしたさうだ。

自分が学校に通つてゐるころ、どんなに売れた歌謡曲でも「学校で歌つてはいけません」などと指導される歌はなかつた。
従兄弟は幼稚園で「八時だよ全員集合」で歌つてゐた「ななつのこ」の替へ歌を歌つてはいけないといはれたのださうだが、それとこれとではわけが違ふ。
「ななつのこ」の替へ歌は、正しい歌が覚えられないからやめなさい、といふことだつた。
「お富さん」はさうではない。
「お富さん」を歌つたからといつて、「切られ与三」の内容を間違つて覚えるといふことはない。

学校で禁じられるほどのヒット曲。
そしてその歌の元ネタ。
自分の中で、「切られ与三」への期待がどんどんふくらんでいつた。

「必殺仕事人III」の影響もある。
「必殺シリーズ」は番組冒頭にナレーションが入る。
「晴らせぬ恨みを晴らし許せぬ人でなしを消す」が「必殺仕掛人」。
「のさばる悪をなんとする」が「必殺仕置人」。
「どこかで誰かが泣いてゐる 誰が助けてくれやうか」が「助け人走る」。
といふ具合だ。
「必殺仕事人III」のナレーションは中村梅之助の語りで、〆の一言が「お釈迦さまでも気がつくめぇ」だつた。
「切られ与三」の有名なせりふである。
それも「お富さん」で覚えたといつても過言ではない。

歌舞伎を見たいのに見られない。
そんな中で情報だけは増えてゆく。
もちろん、最初に見やうと思つたのは「切られ与三」だつた。

見た感想は「………………」だつた。
「えっ……と……」といふ感じ、とでもいはうか。
このときは「木更津浜辺の場」と「源氏店妾宅の場」がかかつたのだが、見てゐてさつぱりなにがなにやらだつた。
團十郎の与三郎だから、最後に与三郎が出てくることはない。
お富をやしなつてくれてゐた和泉屋の大番頭多左衛門が実はお富の兄だつた、とわかつて、それで芝居は終はつてしまふ。
「だからなんなの?」とそのときは思つた。
いまはその先に話のつづきがあるから、とわかつてゐるからそれでいいと思ふ。
むしろ与三郎が出てきて「よかつたよかつた」で終はる演出の方がどうかと思ふくらゐだ。
あのふたりはさ、一緒になつても幸せにはなれないよ。
さう思ふからだ。

でも一等最初のときにはおいてきぼりにされたやうな気分になつた。
結局その後何度も何度も見ることになつて、それでこの芝居はかういふもの、といふことが身に染みたのだらう。
これといつてもりあがりのある話でなし、見所といへば与三郎の名せりふだつたりはするので、そんなに派手なところのある芝居ではない。

今後は上演回数も減るのかな。
なにしろ「源氏店妾宅の場」の与三郎の衣装は藍微塵と決まつてゐるのだが、この藍微塵がもう作られてゐないといふ話も聞く。
七之助はどうするのだらう。
藍微塵を手に入れるのか。
それとも別の柄でいくか。
そもそも藍微塵がもう作られてゐないといふのがでまかせか。

そんな、どうでもよいところばかり気になる「切られの与三」である。
「切られの与三」に限らずなんでもさうだけどさ、どうでもよいところばかりが気になるのは。

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Thursday, 18 January 2018

見果てぬ夢の武蔵坊

先日、中村吉右衛門の富樫の夢を見た。

現在、歌舞伎座では高麗屋三代同時襲名興行の真つ最中だ。
Twitter の TimeLine には毎日のやうに夜の部の「勧進帳」の富樫がすばらしいといふつぶやきが流れてくる。
富樫は吉右衛門が演じてゐる。
それで夢に見たのだらう。
吉右衛門の富樫がすばらしいことはよく知つてゐるけれど、今回は格別なのらしい。
まだ見てゐないので期待がふくらむのだつた。

夢の中でも播磨屋の富樫はそれはすばらしかつた。
明晰なせりふ、それによつて導かれる鉄壁のやうな関守の姿。
凛然たるさまは、旧暦三月の北陸の寒ささへ思ひ起こさせる。
旧暦三月のころの北陸には行つたことはないけれど。

そんなすばらしい富樫と一緒に舞台に立つてゐるはずの弁慶や義経をはたして誰が演じてゐたのか。
夢の中でも夢から覚めても判然としなかつた。
誰だつたんだらうなあ。
吉右衛門があれだけすばらしいのだから、弁慶も義経もさぞかし絶妙な配役だつたのだらう。

さう思ひつつも、弁慶を誰が演じてゐたのかはつきりしない理由はなんとなくわかつてゐる。
これまで自分の理想の「勧進帳」の弁慶といふものを見たことがないからだ。

誰の弁慶はいい、いや彼の弁慶も最高だ。
さういふ話はつとに聞く。
けれども、どうも自分の好みにはいまひとつ合はないのだつた。
最近の弁慶は、なんだかちよつと賢すぎる気がするからだ。

考へてみれば、賢くなければ数多の関をとほりすぎ、いままた富樫を説得することなどできるはずもない。
勧進帳を読めといはれてとつさに白紙の巻物を手にしてあたかも勧進帳に見せかけることを思ひつきさらには実行したりだとか、山伏問答をしたりだとか、賢くなければムリ。

でもなー、なんか違ふんだよなあ。
弁慶つてさー、もーちよつと、こー、脳みそより肚なんぢやないの?
知性のきらめきより胆力の重々しさなんぢやないかなあ。

思へば。
自分の見てきた時代劇の主人公といふのはあまり脳みそは使はない気がするのだつた。
水戸黄門は頭脳戦かどうかよりともかく「先の副将軍である」といふ身分でものごとを解決してゐる。
身分を隠して隠密行動をとる、といふのはそれなりに頭がいいやうな気もするが、どうも水戸黄門に関してはさういふ感じはしない。
ご隠居が好き勝手したいからさうしてゐる。
そんな感じがする。

遠山の金さんにしても銭形平次にしても、頭を使つて謎を解くといふよりは地道に足を使つていろいろなことを見聞きし調べてゐるといつた印象だ。

退屈の殿さまも、実際はいろんなことを考へてゐるのかもしれないが、その押しの強さでなにもかも解決してしまつてゐるといふ印象がある。

時代劇で頭がいいのは大抵悪役だ。
ドラマの中で脳みそを頼りにあれこれ行ふのは悪役なのである。

そして、時代劇の源流は歌舞伎にある。
そんな気がしてゐる。

歌舞伎の主人公……といつて誰を主人公ととらへるのかはむつかしい問題なのだが……で頭を使ふのつて、粂寺弾正くらゐしか思ひつかない。
やつがれが知らないだけでほかにもゐるのかもしれないけれど。

「勧進帳」も誰が主役なのか、考へ出すとやつかいだと思ふのだが、まあ、一般的には弁慶なのだらう。
その弁慶が賢い。
なんか違ふ気がするのである。

といつても、昨今見る弁慶見る弁慶、みな賢さうなので、もう弁慶といふのはさういふものになつてゐるのだらう。
「賢すぎる」とか文句を云つてゐるやつがれの方が時代遅れなのだ。

見たことはないけれど、以前は富樫もまたどちらかといへば頭のよささうなタイプではなく、山伏問答などは弁慶と富樫との肉弾戦の様相を呈してゐた、のらしい。
さうなると、富樫ひとりが賢くなつてしまふとバランスがとれなくなる、といふことなのかな。

いづれにしても、今後も理想の弁慶には会へさうにはない。
かうして見たこともないものを追ひ求めてしまふ所以は橋本治にあるのだらうな。

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Thursday, 28 December 2017

今年見た芝居から 2017

この一年見た芝居をふり返つて、今年はどうも「これ!」といふものがない。

代はりに、いまさらながらあらためて劇団の力といふものを感じたことだつた。
五月と十月の菊五郎劇団には感じ入ることしきりだつた。
とくに五月ね。

菊五郎劇団にはこれといつて好きな役者がゐるわけではない。
中村時蔵は好きだけれど、萬屋は丸本の役者だと思つてゐるので、あの劇団で演じる役は必ずしも本来の役ではない気がしてゐる。
実際のところはどうだか知らないけれども。

尾上菊五郎はいい役者だな、とは思ふ、と以前ここにも書いたやうに記憶する。
見るたびにいい役者だなと思ふしいい男だなとも思ふ。
思ふが特別好きになつたりはしない。
これは昔からずつとさうで、きれいな女方だつたときもいまもさうだ。
菊五郎が好きだつたら観劇人生はもつと楽しいものだつたらうな、とも思ふ。
いまだと菊之助もかな。今月の国立劇場もよかつたよね。

悪いとは思はないし、どちらかといふといいなと思ひつつ格別好きといふわけではない。
でも、考へてみたら、いままで人から「歌舞伎を見てみたいんだけど」と云はれてつれていつたのはいづれも菊五郎の弁天小僧の「浜松屋」だつた。

やつがれは世話よりも時代の方が圧倒的に好きで、黙阿弥よりも南北の方が圧倒的に好きだ。
にも関はらず、はじめて歌舞伎を見に行く人を「浜松屋」につれていくといふのは、「これぞ歌舞伎」と思つてゐるからだらう。

とにかくなにもかも洗練されてゐる。
この間でなければならないといふどんぴしやの間ですべてが運ぶ。
そして舞台面がうつくしい。

菊五郎は絶妙な間のなんたるかを知つてゐる役者だ。
おなじ役をほかの役者がやつてゐるのを見ると、ほんの少し、たぶんにわづかばかりのバタフライ・エフェクトが発生したかのやうな違和感を覚えることがある。
おそらくちよつとばかり間が違ふだけなのだ。

そしてその絶妙な間をまはりが受け、また菊五郎が受ける。
芝居を見てゐるあひだはそんなことはまつたく感じないけれど、水も漏らさぬやうな完璧な応対なのだらう。
それは劇団といふシステムゆゑに成り立つてゐるのぢやあるまいか。

おなじことは近年の播磨屋の芝居にも感じる。
中村吉右衛門のところは劇団ではないけれど、ほぼおなじ面子で芝居が組まれてゐて、これが絶妙に機能してゐる。
一月の「沼津」しかり、九月の「逆櫓」しかり、今月の「御存梅の吉兵衛」しかり。

今月といへば「蘭平物狂」もあれは劇団の力だらう。
いままで「蘭平物狂」は菊五郎劇団か猿之助劇団でしか見たことがない。
右團次襲名のときにやらないかなと期待してゐたのだが、右團次自身が年を感じたのか劇団の応援を頼めなかつたのか、それはよくわからない。
やらないと次代に継承されづらいので、襲名より前のどこかの時点でやつた方がよかつたんぢやないかなあと思ふが、大きなお世話か。

猿之助劇団も「ワンピース」ではその力を存分に見せてゐたのだと思ふが、残念ながら席が取れずに見に行かれなかつた。
来年はなにか古典の作品で大立ち回りのあるやうなのを見せてくれないかなあと、これも毎年思つてゐるやうな気がする。

「これが好き!」といふ熱狂に突き動かされることなく、全体的に悪くいへば無難にまとまつてゐるやうな芝居をよしとする自分は、もう歌舞伎のことなんかそんなに好きではないのかもしれない。

とはいへ、熱狂的に好きといふわけでもないものがいいと思ふといふことは、さういふものも見に行かないと自分にとつていいものを見損ねるといふことでもある。
でもまあ来年はもうちよつと気楽に見に行けたらな、と、これまた毎年思つてゐることなのだつた。

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Wednesday, 08 November 2017

なくても通じる五・六段目

今月歌舞伎座で「仮名手本忠臣蔵」の五段目・六段目がかかつてゐる。
早野勘平の悲劇を描いた段で、討ち入りとは直接の関係はない。
五段目と六段目とはまるまるなくても赤穂浪士の討ち入りの話としてはなんの問題もない。
しかるに五段目・六段目は人気演目である。

浄瑠璃にはかういふことがしばしばある。
「菅原伝授手習鑑」といふのは、菅原道真が藤原時平に陥れられて流罪にされる話だ。
でも人気がある段は「寺子屋」。
道真にゆかりはあるものの時平に仕へてゐる松王丸とその妻子と、道真から筆法を伝授されはしたものの不義の罪で解雇されてしまつた源蔵とその妻を描いた話である。
源蔵は筆法を伝授されてゐるので話の主流に乗るべき登場人物ではあるのだが、「寺子屋」の段はまるまるなくても物語を語るうへでなんの支障もない。

新歌舞伎ながら「元禄忠臣蔵」の中でよく上演されるのが「御浜御殿」といふのもその伝だ。
「御浜御殿」の主役はのちの六代将軍である甲府宰相綱豊卿で、己が心中と大石内蔵助のそれとを照らしあはせて述懐する場面がクライマックスだが、この話がなくても「元禄忠臣蔵」は成立する。
真山青果の本はせりふが多くて理屈つぽいが、かういふところに古典めいた雰囲気がある。骨太な感じがするのもこのためだらう。

かういふ、「どーでもいい話」「ゐなくてもいい登場人物」をfeatureするところが浄瑠璃・歌舞伎のいいところなんだよなあ。

脇役なんだよ。
勘平にしても、松王丸にしても、忠信にしても。
歴史の教科書に赤穂浪士や菅原道真、源義経のことを書くとして、どんなに詳しく書いてもせいぜい名前くらゐしか出てこないやうな人々ばかりだ。松王なんか名前すら登場しない可能性が高い。

それをとりあげる。
そして人気演目になる。

本筋に関係ないからいくらでも話をふくらませることができるといふのがいいのぢやあるまいか。
お軽と勘平との仲なんてほんとにどーでもよくて、勘平に「色にふけつたばつかりに」とかいはれると、「そのとーりだよ。なに悲劇の主人公ぶつてるんだよ」と苛々してしまふこと必至だが、さうした色恋の取り沙汰があると話に艶が出るしメリハリもつく。
本筋には関係ないから、本筋を知らない人にも楽しめる。

全体的な物語の中で端役をfeatureしたりすると、いまの世の中では受け入れられないのかもしれない。
「そんなことしてないで早く話をすすめろよ」と云はれてしまふこともあらう。
でも大河ドラマでいへば「新選組!」の「ある隊士の死」なんかよかつたしなあ。
大河ドラマとか朝の連続テレビ小説なんかは長い分、かういふ遊びがあつてもいいと思ふんだよね。

二次創作なんてのも、「本筋とは関係のない人をfeatureしたらおもしろさう」といふところから生まれてくるものもあるんぢやないかな。

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Friday, 27 October 2017

「マハーバーラタ戦記」考

今月歌舞伎座で新作「マハーバーラタ戦記」を見てきた。
だいたい中日くらゐだつたと思ふ。
「マハーバーラタ」に関する知識は「インドの昔の話」くらゐだつた。

見て「時代物の歌舞伎だなあ」と思つた。
なぜさう思つたかその所以と、「しかしさう断定するにはチト弱い」と思つたその所以とを書く。

「時代物の歌舞伎」と思つた所以は、主人公が狂言廻しの役目をになつてゐるからだ。
「マハーバーラタ戦記」の主人公は迦楼奈(カルナ)といふ。
話は迦楼奈を中心に進んではいくのだが、ほかにも主人公といつてもをかしくないやうな登場人物もゐる。
阿龍樹雷(アルジュラ)や鶴妖朶(ヅルヨウダ)がさうだ。
阿龍樹雷にはこの幕の主役は阿龍樹雷といふ幕がある。
かういふところがとても時代物の歌舞伎らしい。

三大名作のひとつである「義経千本桜」を例にとると、物語全体の主人公は義経だが、義経が主役の段といふのは現在ではほとんど上演されない。
「義経千本桜」の中でよく上演される部分には、狐忠信が主役の段、平知盛が主役の段、権太が主役の段といふのがある。
忠信や知盛、権太はその段の中では主役だが、物語全体の中では「義経をとりまく人々」「義経と関はりのある人々」といふ脇役の立場にある。
脇役がfeatureされる、それが時代物の特徴だ。

「義経千本桜」の主人公は狐忠信である、といはれることもある。
出番が多いし、語り出しが「忠なるかな忠 信なるかな信」だから、ともいふ。
個人的にはそれは現代的なとらへ方なのではないかと思つてゐる。
主役は義経だらう。
外題に名前が出てゐるくらゐだし。
それに、義経が芯の話だからああいふ構成になるのであつて、もし忠信が主人公だとしたら知盛とか権太とか「なんで出てくるの?」といふことになつてしまふ。

「南総里見八犬伝」でも、主人公は里見義実といふ話があつて、当時といまとでは主人公のとらへ方がちがつたのではないか、とこれは私見だ。

「マハーバーラタ戦記」も迦楼奈を主人公としつつ、迦楼奈にかかはる人々をもfeatureしてゐる。
また、各幕もずつと芝居ばかりしてゐるわけではなく、所作事の幕めいたものもあつたりわづかではあるものの世話のやうな場面があつたりする。

ただ、贅沢を云ふなら、featureするのは阿龍樹雷や鶴妖朶ではなく別の人だつたらもつと時代物つぽくなるのにな、とも思ふ。
たとへば風韋摩(びーま)を主役にして荒事の幕を作るとか、鶴妖朶の爺や乳母またはその子ども(出てこないけどゐるだらう、おそらく)を主人公にした世話の幕を作るとか。
しかしこれをやらうと思つたら、時間が足りない。昼夜通しくらゐのスケールでやらないと無理なんぢやあるまいか。

また、阿龍樹雷や鶴妖朶以外の人間をfeatureしてもあまり効果が見込めない可能性もある。
「マハーバーラタ」自体があまりなじみのない話だからだ。

義経伝説にしても、赤穂浪士にしても、よく知られた話だ。
時代物に関はらず、たとへば今月国立劇場でかかつた「霊験亀山鉾」でいふと敵討の話も「鰻谷」も初演当時の客はよく知つてゐたものと思はれる。
だから主人公をそつちのけにした脇役主体の段があつても「さうきたか」とうなることになる。
#「つまらん趣向だな」と思ふこともあつたらうけど。

それが「マハーバーラタ」にはないんだよなあ。
ないから説明的な部分もあつたりする。
「誰もが知つてゐる物語」といふのがなくなつてしまつたから仕方がない。
そもそも「誰もが知つてゐるもの」なんてあつた試しがなかつたのかもしれないし。

「マハーバーラタ戦記」は、あれだけ大がかりに作つたら再演するだらうといふ気もする。
そのときにどう変はるのか。
刮目して待て。

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Wednesday, 25 October 2017

大向ふ考

今月歌舞伎座の演目のうち、坂東玉三郎が出演・演出する芝居では大向ふの会に対し「声をかけないやうに」といふお達しがあつたのださうだ。
伝聞である。
確認したわけではない。

大向ふの会といふのは歌舞伎の芝居の合間合間にかけ声をかける人々の会だ。東京にはいくつかあると聞いてゐる。
役者の出入りまたはせりふのちやうどいいタイミングで「何々屋!」と屋号を叫ぶ人がゐる、さういふ人々を大向ふと呼ぶ。
大向ふの会の人は木戸銭御免で芝居を見る。立ちつぱなしで芝居を見て、そして声をかける。

お達しについてはいくつか噂を聞いた。
曰く、大向ふの会に所属してゐない客に対しては禁じてゐるわけではない。なぜといつてお金を払つてゐる客に対してどうかうすることはできないからだ。
曰く、大向ふの会に所属してゐない人が、声をかけないやうにといふお達しのある芝居で声をかけた場合、幕間に係員が「かけ声はお控へください」などと説明しにいく。

もし後者がほんたうなら、場内アナウンスなり貼り紙なりで周知すべきことだ。
それをしてゐないんだから、前者の方が正しいのだらうといふ気はしてゐる。

これまた原典のない話で恐縮だが、江戸時代には拍手といふものは存在しなかつたのだといふ。
拍手はなくて、でも「いまの演技、とつてもいい!」だとか「なんとしても誉めたい!」といふ感情が大向ふを生んだ。
大向ふといふのはさういふものだと理解してゐる。

時は流れて、いまや歌舞伎の芝居でも客席から拍手が起こるし、場合によつてはカーテン・コールやスタンディング・オベイションまであることもある。
もしかしたら、大向ふは、もうその役割を果たし終へてしまつたのではあるまいか。
芝居の彩りとしては魅力があるし、なにしろ昔からあるものなので「もう不要です」とはいへない。
さういふ存在なのではあるまいか。

歌舞伎は、隆盛を極めたその昔にはいはゆる大衆芸能だつたらう。
大衆芸能だつたものが時代を経てなにかもつと高尚なものに変はりつつある。あるいはもう変はつてゐるのかもしれない。

客側も変はつてきてゐる。
拍手をするやうになつたことはもちろん、歌舞伎を見る以前にクラシック音楽の演奏会やいはゆる赤毛ものの芝居などにたくさん通つた経験のある客が多くなつてゐる。
さうすると、江戸時代にはあたりまへだつたらう上演中のお喋りや飲食は「とんでもないこと」になる。
客はしづかに鑑賞して、要所要所で手をたたくもの。
いまの歌舞伎の客はさうなつてゐる。なつてゐない部分もあるけれど、さうあることが望まれてゐる。

でもたまに昔の素性が出てしまふこともあるんだらうな。
今月の国立劇場の芝居では、二幕目以降、しよつ中隣の席の人とお喋りしてゐる一団がゐた。
「テレビを見る感覚」とののしる人もゐるけれど、あれは先祖帰りなんではあるまいか。
芝居のどこかに江戸のころの雰囲気が残つてゐて、それが客のお喋りしたい気分を呼び覚ます。
そんなこともあるんぢやあるまいか。

どちらかといへば大向ふには残つてもらひたいし、できれば会に入つてゐない人のかけ声も聞きたい。
建てなほす前の歌舞伎座にゐたんだよね。
自分の好きな役者の出る演目に一度だけ声をかける人とか。
いい声で、絶妙のタイミングでね。

しかし、かうして隠然と「大向ふ禁止」といふお達しが出て、しかもこれがはじめてでもないことを考へると、大向ふにはゐなくなつてほしいと思つてゐる勢力があるのではないかといふ気がしてくる。
あからさまに禁止するわけではなく、噂を流すことによつて人の疑念を呼び、大向ふを敬遠するやうな雰囲気を作る。
これがただの気のせゐであることを願つてやまない。

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