Wednesday, 19 June 2019

わけのわからない芝居の話

古典歌舞伎には荒唐無稽な話が多く、見たあと「なぜさうなる?」と納得できずに家路につくことがある。

芝居の成立年が古いから、それで現代の感覚と合はなくなつてゐるのだらうか。
それはあるだらう。

江戸時代……といつても長いからどの時点のかと問はれると答へられないし全国的にさうだつたかどうかも定かではないのだが……と現在とでは「主人公」のとらへ方からして違ふ気もする。

といふのは、「南総里見八犬伝」を読んだときに主人公は里見の殿だと書いてあつたからだ。
実を云ふと、八犬伝は最初から最後まできちんと読んだわけではないので大きなことは云へないが、でも、読んだ範囲でいふと里見の殿が主人公なのは冒頭部分だけで、八つの玉がはぢけて飛んだあとはさうとは云へないのぢやあるまいか。
そのあとしばらく主人公は信乃のやうに思へるし、現八になつたり親兵衛になつたりする。
全体の主人公が里見の殿か、と問はれても「うん」とはいへない気がするんだなあ。

また、義太夫狂言に「義経千本桜」といふ作品がある。
これも全部を見たことがあるわけではないのでものの本で読んだことだが、義経が主人公なのは近年では上演されない冒頭部分だけで、あとは知盛だつたり権太だつたり狐忠信だつたりが主人公の話がつづく。

例が二つしかなくて恐縮だが、どうも当時(といつて具体的な年代があげられなくてさらに恐縮だが)は主人公といふのは狂言廻し的な立場にある登場人物のことをさしたのではないかといふ気がする。

そこからして違ふのだから(とは推測に過ぎないが)、話の流れの好みも違つても当然かと思ふ。

だが、普段だつたら「え、なんでかうなる?」と思ふ芝居がすつかり腑に落ちることもある。

出てくる役者に古怪な味があるときだ。

さうなるともう「ああ、これはこれでいいのだ」「これはかうなくてはかなはぬかなはぬ」といふ気分になる。

「摂州合邦辻」の合邦住家の段などを見てゐると、やれ玉手御前はほんとは俊徳丸のことが好きだつたのなんだのと取り沙汰されることがある。

それは現代的な感覚でなにごとにも理屈をつけないと気の済まない客が見るからさうなるのだ。

そんな野暮なこと云ひなさんな。
そのまま浮世絵になりさうな役者で見てみるといい。
「ああ、これはかうならないといけない」「なにはどうあれ、かうなるのが正しい」と思へる。
思へない人もゐるかもしれないけども。

話にいろいろ理由をつけたくなるのは現代を生きる人間にとつては仕方のないことで、それは演じる側もさうなのだらう。
「なんでかうなる?」と疑問を抱き「きつとかうだからだらう」といふので演じてゐるから見るこちらも「さういふことか」と思ふやうになる。

でもそんな理屈は圧倒的な力でねぢ伏せてほしい。
わけわかんなくてもいいぢやん。
歌舞伎なんだからさ。

問題はいま「そのままで浮世絵になりさうな役者」がさうはゐないことだけれども、たまさか、役者の背後に雲英が見えることがある。

だから芝居見物にも行くのだらう。

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Friday, 31 May 2019

気楽に芝居見物

芝居見物なんて、気楽なものでせう。
そのとほりだ。
堅苦しい芝居見物なんてまつぴら御免だ。
だが、その楽しかるべき芝居見物も、年々肩肘張つたといはうか格式張つたといはうか、堅苦しいものになつてきてゐる気がする。

はじめて歌舞伎座に行つたころは、三階席にゐると大向ふの会の人に関はらず、客席に座つてゐる人も声をかけてゐたものだつた。
しかも、間合ひをはづさない。
酔つ払ひもゐて幕間に一悶着あつたりもしたけれど、いまほど重苦しい雰囲気はなかつたものと記憶してゐる。
あのころは携帯電話やスマートフォンは普及してゐなかつたから、といふこともあるのかもしれない。

どうも、観劇マナーがうるさく云はれるやうになつたのは、携帯電話が普及してからのやうな気がしてならない。
調査したわけではない、単にさういふ気がするといふだけである。
猫も杓子も電話を常に持ち歩くやうになつて、公演中に呼び出し音が鳴る。
劇場も妨害電波などで対抗するが、入つてくる電波に対しては無力だ。
アラームもあるしね。

携帯電話やスマートフォンの電源を切れ、とうるさく云はれるやうになつてからぢやないだらうか、弁当などを買つたときにくれるビニル袋の音をたてるな、と云はれるやうになつたのは。
これもきちんと調査したわけではなく、感覚で云つてゐる。
なぜさう思ふのかといふと、昭和の終はるころには、ビニル袋の音がうるさいなどとはあまり聞いた記憶がないからだ。
考へてみたらあのころは歌舞伎座内のカレー屋とかそば屋とかで食事をしてゐたので、ビニル袋を持ち込んでゐなかつたのかもしれない。
劇場内に気軽に食事をできる施設がなくなつた→食べるものを持ち込む人が増えた→それでビニル袋の音が気になるやうになつた、といふことも考へられないでもないが、そんな話でもなからう。

そして大向ふだ。
確かに、大向ふの会の会員とおぼしき人でも、「え、なんでこんなところで声をかける?」とか「さつきからこの声の人、屋号かけ間違ひまくりなんだけど」とか「やたらとかけりやいいつてもんぢやあないんだよ」といふ人もゐる。

中村吉右衛門の「石切梶原」とかね。
梶原が名刀で手水鉢を割つたそのあとに、梶原と六郎太夫とのかけあひで「剣も剣」「切り手も切り手」といふセリフがある。
それを受けて大向ふから「役者も役者」とかけることがあつたりする。
でも、播磨屋の梶原にはそのかけ声を許す間がない。
見てゐればわかることだ。
そこで「役者も役者」とかける人は、芝居を見てゐない。声をかけることしか考へてゐない。

とはいへ、はじめて見た「石切梶原(播磨屋のではなかつた)」で、もうこれ以外ないといふ見事なタイミングと張りのある声の「役者も役者」といふ大向ふを聞いてしまつてゐるのでね。
あつてもいいとは思ふんだ。

しかし、大向ふへの風当たりは強い。
坂東玉三郎などは自身の演出する新作歌舞伎では大向ふお断りを掲げてゐる。
世の中、どんどん窮屈な方向に向かつてゐる。

思ふに、歌舞伎はもう大衆演劇ではないのだらう。
チケット代を考へてもさうだし、劇場の構へからしてさうだ。
客にしても、舶来の芝居や音楽を見聞きして育つた人が増えてゐるものと思はれる。
さういふ人々には大向ふなど奇異なものでしかないし、芝居とはまつたく関係のないカーテンコールやスタンディングオベーションのない終演はもの足りないものに感じられるのに違ひない。
さらには、日々忙しくほかにすることもたくさんあるところをわざわざ劇場まで足を運んでゐるのに、騒音を聞かされるのはたまらない、といふ意見もあるだらう。

余裕がない。
さういふことなのだと思ふ。

ぢやあ余裕があれば劇中客席でスマートフォンの呼び出し音が鳴つたりビニル袋をがさがさ云はせる客がゐたり胴間声の大向ふがのべつまくなしにかかつたりしていいのか、と云はれると、返答に窮するわけだが。

なんかこー、もーちよつと気楽に見られないものかなあ、と、ホロヴィッツの「慰め」の演奏中もはばからぬ大きなしはぶきを聞きながら思ふわけだ。

 

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Wednesday, 10 April 2019

情報更新と歌舞伎の匂ひ

ケーシー高峰が亡くなつたといふ。
少し前には萩原健一の訃報があつた。
時代の変はり目にはある一時代を担つてきたやうな人々が亡くなる、と書いてゐた橋本治も一月に点鬼簿にその名を連ねてゐる。

あと少しすると元号が平成から令和に変はる。
時代の変はり目といへばそのとほりなのだらう。
そして、やつがれは情報を更新できずにゐる。

もうあの役者もこの役者もゐなくなつてしまつた。
あんな味のある役者はもう出てくるまいなあ。
出てきたとしても自分が生きてゐるあひだのことではあるまい。

つひつひさう考へてしまふ。

でもそれつて、単に「情報が更新されてゐない」つてだけなんぢやないの、と見ることもできる。

芝居を見るたびに思ふ。
もう「歌舞伎の匂ひ」のする役者はゐなくなつてしまつた、と。
澤村宗十郎が、自分の中では最後だらうか。
「ああ、歌舞伎だなあ」と思つたのは、四年前の六月に見た「新薄雪物語」は冒頭の播磨屋と松嶋屋との競演だが、あれは二人だつた。
一人だけで、出てくるだけで、「ああ、歌舞伎だなあ」と思ふやうな役者は、紀伊国屋を最後に見たことがない。

さう思つてゐたのだが。

先月、国立劇場の小劇場で見た中村梅枝の小町・墨染桜の精は、出てくるだけで歌舞伎だつた。

梅枝には以前からさういふところがあつて、去年の六月のコクーン歌舞伎「切られの与三」でも「ひとりだけ歌舞伎」と云はれたりしてゐたやうに思ふ。
ただコクーン歌舞伎の梅枝は、おそらくはさういふ演出だつたのであつて、コクーン歌舞伎だもの、もつと歌舞伎でない行き方もあつたと思ふのだ。

でも先月は違つた。
説明しやうがないのだが、歌舞伎だつた。
やつがれの思ふ歌舞伎といふものを体現してゐた。
演目と役もよかつたのだと思ふ。
「積恋雪関扉」などといふ、わけのわからない、歌舞伎以外でどう上演したらいいのか戸惑ふやうな芝居。
雪の中、どう考へても「そんな恰好では来られるはずがない」といふ赤姫の出で立ちの小野小町。
桜の木の虚からぼんやりとあらはれる、この世のものではない墨染桜の精。
それを梅枝が演じると、なんともいへない、「ああ、歌舞伎だ」としか呼べないやうな匂ひが立ちのぼるのだつた。

これまで見てきた「関扉」では、墨染桜の精にはどこか中村歌右衛門を思はせるやうなところがあつた。
もしかしたら歌右衛門振りだとか(六世)歌右衛門型といふのがあるのかもしれない。
さうも思つてゐた。
だが、梅枝の墨染桜の精には大成駒を思ひ出させるやうな点がほぼなかつた。
思ふに、古怪さを出さうとすると、歌右衛門に近寄つてゆく、歌右衛門をうつさざるを得ない、そんなところがあるのぢやあるまいか。
梅枝の墨染桜の精は、歌右衛門によせて行かなくても十分古怪だつた。
単に、これまで見てきたものは成駒屋の役者が演じたり大成駒に習つた役者が演じてきたといふだけなのかもしれないけれど。
歌右衛門ぢやないやり方もあるんだ。
さう思つた。

これまで中村梅枝はうまい役者だとは思つてゐた。
それはおそらく衆目の認めるところだと思ふ。
「でも、それだけだよね」といふ向きもある。
また、先月の小町・墨染桜の精についても、いまだしのところがあるよね、といふ話もある。

だけど、見ちやつたんだな。
なんかもう、「これが歌舞伎だよ」としか云へない、おそらくはいまほかにさういふ空気をまとつたものの一人もゐない、さうした雰囲気が梅枝から醸し出されることがある、といふことを。
いつもいつもさうだといふわけではないけれど。

うーん、情報の更新の話をするつもりで、梅枝のことばかり書いてしまつた。
情報の更新についてはまた機会があつたら。

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Thursday, 14 March 2019

通し観劇をやめたい

歌舞伎座での歌舞伎公演は大抵の場合一日二部制で、昼の部と夜の部とがあり、それぞれ異なる演目を上演する。
昼の部は十一時からだいたい十五時半くらゐまで、夜の部は十六時半から二十時半、ときに二十一時過ぎまでといつたところか。

一日に昼の部と夜の部とを通してみることを「通し」と俗に云ふ。

この「通し」をやめたい、と常々思つてきた。
なぜといつて、まづ体力がもたない。
かならずどこかで睡魔に負けてしまふ。

受け取る能力にも限界がある。
先日、国立劇場の小劇場で芝居を見てきた。
演目は「元禄忠臣蔵」から「御浜御殿綱豊卿」と、「積恋雪関扉」の二つだ。
見た後、感想めいたことを手帳に書き留めてゐたところ、いつもより書けることに気づく。

たまたま今、さういふ時期なのかもしれない。
バイオリズムのやうなもので、書ける書けないにも波がある。
今は書ける状態の時、といふことは考へられる。

でも、それだけぢやないな。
多分、無理なく吸収できる演目立てだつたのだ。
どちらも一時間半前後はかかる長い演目ではあるものの、見るのは二点だけだ。
無理がない。
見終はつて劇場の外に出たあとも、反芻する余裕がある。

これが通しだつたりすると、吸収するだけで一苦労だ。
ひとつひとつ咀嚼する余裕はない。
昼の部で三つ夜の部でも三つの芝居を見たりすると、結局一番印象に残つた芝居しか記憶になかつたりすることもしばしばだ。

それはそれでいいのかもしれない、とも思ふ。
自分の心の琴線に触れた芝居だけを覚えてゐればいいではないか。
それはさうなのだが、それにしたつて印象は薄くなる。
日々の疲れがとれてゐない中での芝居見物ともなればなほさらだ。

そんなわけで、できれば「今日は昼の部、来週は夜の部」といつたやうに見られればいいのだが。
実際はなかなか時間もなくてさうはいかないんだよなあ。
それやると土日は芝居の予定だけで全部埋まつてしまふしね。

読書などもおなじやうなものなのかもしれない。

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Friday, 28 December 2018

楽しく芝居見物

一昨日芝居見物納めをして、なんとなくではあるが、自分なりに芝居を楽しく見られるやうになつてきたかな、といふ気がしてゐる。
この年になつて、だ。
いままでなにをやつてゐたんだかね、ほんたうに。

自分の場合は、ある役者だけよくてもダメで、芝居全体のバランスがとれてゐて、なにもなにも適材適所であるのがよい芝居だ。
さういふ芝居はなかなかないので、畢竟「今日の芝居はいまひとつだなあ」といふことになりがちである。

そこで、また違ふ見方をする。
「伽羅先代萩」であれば、「竹の間」と「対決」、「金殿」と「刃傷」が対になつてゐる、だとか。
「本朝廿四孝」でいへば横蔵と慈悲蔵の物語と八重垣姫と濡衣の物語との対比であるとか。
あるいは鶴屋南北のなんでもかでも伏線(といふほどのものでもなかつたりはするが)を回収していくさまであるとか。
さういふところに注目して見ると、これが結構おもしろい。

多分、江戸時代の人はさういふ見方はしなかつたんではないかといふ気がしてゐる。
いつからか、歌舞伎を見る人は外国人の目で見るやうになつた、といふやうなことが云はれることがある。
なにか目新しいもの、なじみのないもの、縁遠いものとして歌舞伎を見るといふことだらう。

自分も明らかにさういふ目で歌舞伎を見てゐる。
一時はそれではいけないんぢやないかと思つてゐたけれど、なんかもう、楽しければそれでいいかなと思つてゐる。

江戸時代の人はさう見なかつたかしれないが、「竹の間」と「対決」、「金殿」と「刃傷」とが対になつてゐるのは芝居を見ればわかるし、南北の伏線回収もさう。
作る方はわかつて作つてゐたに決まつてゐる。
それを鑑賞するのだから、間違つてはゐないはずだ。

役者に着目しないと、勢ひかういふ分析的な見方になつてしまふ。
どうもかういふ見方は世間になじまないのらしい。
「分析的」と書いたけれど、自分ではさう思つてはゐない。
見たまま感じたままを語るとかうなるだけだ。

役者にこだはらないので、誰が出ても楽しめる、と云ひたいところだが、これがなぜかさうはいかないのだなあ。
そこらへんが「分析的」になりきれない所以だと思つてゐる。

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Friday, 07 December 2018

芝居見物 楽しかつたりさうでもなかつたり

まだふり返るにはすこし早いのだが、今年見た芝居の話を少々。

今年は一月歌舞伎座の高麗屋三代同時襲名披露興行にはじまつて、全部は見てゐないけれど毎月のやうに歌舞伎を見てはゐる。
文楽は東京の公演は九月の国立劇場をのぞいては見てゐると思ふ。
そのほかに劇団☆新感線の「髑髏城の七人」の下弦の月と修羅天魔、「メタルマクベス」のdisc 1〜3。
コクーン歌舞伎とNaruto。
それと東京芸術劇場の「贋作 桜の森の満開の下」といつたところか。

今年のはじめは、とにかく歌舞伎が全然おもしろいものに感じられなかつた。
お正月には去年十一月の定九郎がいまひとつで「ほんたうにこれで幸四郎になるのだらうか」と思つてゐた染五郎が、「車引」の袖からの声だけで「松王丸の声だ!」と思はせ、さらには「勧進帳」の弁慶で大きな成長ぶりを見せてくれたにも関はらず、だ。
そしてその「勧進帳」の富樫が吉右衛門であつたにも関はらず、だ。
さらには四月には愛してやまない鶴屋南北の「絵本合法衢」がかかつたにも関はらず、だ。

なんか、もう、歌舞伎、楽しくないのかも。

さう思つてゐたはずなのに、九月の歌舞伎座で「俊寛」を見て、なにかひどく心打たれたのだつた。
「俊寛」はもともとそんなに好きな芝居ではない。
泣けるといふことでいへば「平家物語」の俊寛の話の方がずつと泣ける。
さう思つてきたし、いまでもさう思つてゐる。
でも、あれはちよつとなにか特別だつたな。
芝居に使ふことばではないかもしれないが、「適材適所」といふ感じ。
これ以外ない配役、これ以外ない床、これ以外ない道具等々。

芝居は、たとへひとり芝居であつたとしても、芝居を構成するすべてのものがかつちりとかみあつたときに最高になるのであつて、ひとりだけとか主役陣だけよければなんとかなるものぢやあない。
好きな役者が出てゐればいいといふものではない。
#すくなくともやつがれにとつては、ね。
その後「メタルマクベス」のdisc1〜3を見てさらにその思ひを強くした。

あらためて考へると、九月の「俊寛」には前段があつた。
八月の歌昇・種之助の勉強会「双蝶会」の「関の扉」がそれである。
歌昇の黒主に児太郎の小町姫・桜の精が大変によくてねえ。
なにがいいのかと問はれるとよくわからないのだが、これまでこの会では背伸びしてゐるやうにしか見えなかつた(そしてそれが悪いわけではない)歌昇にどこか余裕が見え、児太郎の方はといふと品があつてはかなげでそれでゐて立女方の強さも見せてゐたやうに思ふ。
多分、この芝居が今年の転換点だつた。

以降は見る芝居見る芝居楽しく、十月は名古屋でこれ以上の江戸の若旦那はまづゐまいといふやうな梅玉の与三郎が見られたかと思つたら翌月は京都で極上の上方の若旦那、遊蕩に溺れた忠兵衛を仁左衛門で見られるといふ、「なに、これ、なんのご褒美?」的な日々を送つてゐる。
歌舞伎座では何年ぶりだらう、吉右衛門と時蔵とが一緒に芝居してたしね。
それも吉右衛門演じる白蓮が時蔵演じる十六夜を腕にして「悪かあねえなあ」だよ。
うわー、かういふのが見たかつたんだよ!

といふわけで、来年も芝居通ひはつづきさうな予感がする。

ところで、「もう歌舞伎見ないかも」と思つてゐた時期に一番楽しかつたのが、歌舞伎座三月の「於染久松色読販」だつた。
通常は「お染の七役」といつてお染を演じる役者の早変はりを見せる芝居だが、この月は土手のお六の強請場だけが出た。
それつてどうなのよ、と思つたが、これが案に相違の楽しさでなあ。
とにかく、出てくるもの出てくるもの、すべてムダになるものがない。
ちよつとした小道具でさへ、あとでちやんと芝居の筋にからんでくる。
すごいよ、南北先生、すごいよ。
いつもは、早変はりは一休みの幕といつた感じで見ていたから気づかなかつたけれど、こんなによくできた芝居だつたとは。

好きな役者はゐるけれど、それだけで見てるわけでもない。
むしろ、それ以外のところで芝居を見てゐるのかもしれない。
そんな気がした平成最後の戌年だつた。

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Thursday, 11 October 2018

古き世のみぞ慕はしき: だんまり

昨日、歌舞伎や時代劇は昔のものの方がいい、といふ旨のことを書いた。

しかし、こと歌舞伎に関しては実際のところ、しかとさうだとはいへない。
比べて見ることができないからだ。
昔見た芝居は見た人の記憶の中にしかない。
たとへ映像で残つてゐたとしても、それは実際の舞台ではない。
映像といふことは撮影した人がゐて、その人或はその人に指示した人の思惑で映す部分が変はる。
ゲキシネなどを見てゐて、「ここが見たいんぢやないのに!」と思ふのもさういふことだらう。

また、舞台を見たときに見えたはずのものが映像だと見えないこともある。
十三代目片岡仁左衛門の「車引」の時平を見たことがあつて、登場する場面で陽炎がたつやうに時平とその周囲がめらめらと揺れたやうに見えた。
あんなに妖しい時平は以降見たことがない。
だが、そのとき(その日ではないかもしれないが)の映像を後に見たら、陽炎のやうなゆらめきなど皆無だつた。
をかしいなあ。あのとき、さう見えたはずなのに。

時代劇のやうに比較して見られたとしても、判定には主観が入るからむつかしい。
ある人は古いものの方がいいといひ、ある人は新しいものの方がいいといふ。
多数決でもとれば白黒つくのかもしれないが、多数決で決まるものでもない。

でも確実に新しいものの方がどうかしてるよ、といふものがあつて、それはだんまりだ。
今月歌舞伎座で「宮島のだんまり」がかかつてゐるといふ。
まだ見に行つてゐないのだが、見た人の感想をちらほら見るに、あまりかんばしくない出来のやうだ。
次から次へと人が出てきて漫然と動いてゐるだけ、みたやうな感じなのだらうと推測する。

だんまりといふのは、月が雲にかくれてしまつて真つ暗闇の中、といふ前提のもとに演じられる。
夜でも灯りのついてゐる現代に暮らしてゐるとわかりづらいかもしれないが、さういふものの一切ない状態で月が隠れると、これはもう一寸先も闇だ。

歌舞伎役者は巡業に出るので夜の月の明るさを体験することはあるだらうと思ふのだが、その逆の闇を体験することはあまりないのかもしれない。

菊之助がお岩さまを演じたときだつたらうか、地獄宿で灯りを消して真の闇の中を歩くといふ演技を小山三で見たことがある。
なるほど、見えないとき人はかういふ動きをするよな、といつたとてもすばらしい動きだつたと記憶する。
小山三はおそらく知つてゐたのだらう。
灯りもない真つ暗な夜のことを。

役者として体験したことのないことができないといふのは致命傷だとは思ふ。
だつてさうしたら人殺しの役とかできないわけでさ。
舞台の上で死ぬことだつてできない。
だつてやつたことないんだから。
それでは話にならないが、体験できることは体験しておいた方がいいのだらう。
先代の芝翫が六代目についてゐたとき、藁打ちやなにやかや「やれ」と云はれ、のちに役の上でやることになつて「やつておいてよかつた」といふことがあつたと云つてゐるし。

だんまりは「東海道四谷怪談」の地獄宿の場とははちがつてもつと形式的な場面だ。
よつて、あまりリアルな動きをしても雰囲気を壊すことになる気はする。
でも、闇の中で人がどう動くか、自分がどう動いたかを覚えてゐれば、また違ふのではないのかなあ。
実際にやつてみやうといふ役者はゐないのだらうか。

役者だけではない。
やつがれが歌舞伎を見始めたころ、もう染料の劣化を嘆く声があつた。
「最近の赤の染料はよくない。安つぽくてぺかぺかした色になる」などといふ話を聞いたものだ。
昔の色を知らないのでなんともいへないが、さうした劣化はあちこちにあるものと思ふ。

いま御園座で「切られ与三」を上演してゐて、「源氏店」の場では与三郎は藍微塵の着物を着ることになつてゐる。
この藍微塵を織れる人はもうゐないと何年か前に聞いてゐたが、どうやらまだおひとり残つてゐるのらしい。
その人に頼んだのかどうかは知らないが、与三郎を演じる梅玉は新たに藍微塵を織つてもらつて衣装を仕立てたのださうだ。

また、昔ながらの豆絞りの手ぬぐひも払底してゐる。
有松ではまだ染めてゐるものの、なくなるといふので「浜松屋」の弁天小僧のために菊五郎が一疋買つた、といふ話をこれも何年か前に聞いたことがある。

小道具なんかもさうなんだらうなあ。
いまはもうないものもあるのだらう。
きつと小道具担当があれこれ工夫してゐるんだらうなあ。
小道具の工夫は昔からあつたものだらうけれど、これまであつてあたりまへだつたものがどんどんなくなつていくのに対処するやうな工夫ではなかつたのではないかといふ気がする。

大道具は、大道具担当自体が劣化してゐる気がする。
歌舞伎座の大道具はちよつとひどい。
床にしく畳や板間を表現する布が、どこかしらたるんでゐるのだ。
昔からさうだつたか知らんと思つてゐたが、国立劇場で見るとさうでもない。
よくよく場面転換のときに見てゐると、布の両端を引つ張らずに片側だけ引つ張つてよしとしてゐる大道具の人がゐる。
それで皺がよつたままになつてしまふのだ。
実際、たるんだ布に足を取られて転びさうになつた役者もゐたと聞く。
それでもあらたまらない。
誰かが大けがをするまでこのままなんではないか、否、大けがをしてもこのままなんではないか。
かういふ劣化もある。

さう考へると、「新しい方がいいことつてなんだらう」と疑問に思つてしまふんだよなあ。
新しい方が現在の嗜好にあつてゐるんぢやあるまいか、といふことはある。
現代人の感覚にあはせて演出や細かいところを変更してゐる場合はね。
でも一口に「現代人」といつても大勢ゐるからなあ。

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Wednesday, 10 October 2018

当たり前のこと

八月に双蝶会に行つた。
双蝶会は歌舞伎役者の中村歌昇・種之助兄弟の自主公演である。
このとき、背後の席にかなりの中村吉右衛門贔屓とお見受けする方が座つてゐた。
背後なのでそちらの方は見なかつたが、幕間に隣の席の人と話してゐるのをちらと耳にしてそんなことを思つた。

吉右衛門が父の幸四郎・兄の染五郎とともに東宝から松竹に戻つてきたときの舞台の話をしてゐたり、吉右衛門襲名の興行を見た話をしてゐたり、最近の舞台の話でも吉右衛門のことを手放しでほめ称へてゐたり、双蝶会についても「たとへつたなくても「播磨屋に教はつた」といふことが大事。それが歌昇・種之助のためになるし、稽古を見てゐた人々みんなのためになる」みたやうな話をしてゐたり、大変失礼とは思ひつつ「いいこと云ふなあ」と思つてゐた。

そのうち、なぜだか話は文楽のことになり、一緒に話してゐた人が「最近は席がとりづらくて」とこぼすと、「さうなんだつてね」とあまりよくご存じのないやうす。
「文楽には行かれないんですか」との問ひに、「だつて僕は、越路太夫や津太夫を聞いてるからね」と云ふではないか。

ちよつとかちんとこなかつた、といへば嘘になる。
しかし、この後この人の語つた過去に聞いた義太夫の話は大変すばらしかつた。
もう細かいところは忘れてしまつたが、誰の何はそれはすばらしくて、某の何の何段目なんか涙が止まらなくて、通へるだけ通ひつめた、みたやうな話を熱く語つてゐた。
そこに自慢はなかつたやうに思ふ。

歌舞伎では「團菊爺」または「菊吉爺」などと呼ばれる人々がゐる。
若い頃に九代目市川團十郎・五代目尾上菊五郎を見てゐて、年を取つたいまなにを見ても「團十郎はよかつたなあ」「菊五郎はああぢやあなかつた」と「昔はよかつたなあ」と云ふ人々のことを指す。
さすがに九代目と五代目を見た人はもうゐなくなつてしまつて、その後は六代目尾上菊五郎・初代中村吉右衛門を見た人のことを「菊吉爺」などと
呼ぶ。

そんなこと云つたつてね。
聞く方はさう思ふ。
だつて見たことないわけだしさ。
見られもしない。
六代目と初代とならまあ映像も残つてゐないわけぢやあないけれど、それと実際の舞台とはまつたく違ふだらうしさ。

しかも、そこはかとなく自慢げなのが気障りだ。
「俺は見たもんね」「お宅は見たことないだらうけど」みたような、ね。

でもなあ。
なんとなく、わかるんだよなあ。

たとえば時代劇である。
一時、八代目松本幸四郎の「鬼平犯科帳」とTVドラマの「座頭市物語」「新・座頭市」、「大江戸捜査網」の第三シーズンの再放送を見てゐた時期がある。
鬼平が1969年、座頭市が1974年、「大江戸捜査網」が1973年の放映だといふ。
見てゐると、鬼平が一番「それらしい」のだ。
なにが「それらしい」のかといふと、市井の人々のやうすだ。
井戸端会議をしてゐる長屋の奥さん連中なんか、もうほんとに鬼平の時代にはかうしてゐたんぢやないか知らんと思ふやうなリアルさなのだつた。
鬼平は八代目幸四郎、丹波哲郎、萬屋錦之介、中村吉右衛門が演じたドラマがあつて、おなじ話をどの鬼平でも映像化したものがある。
「昔のおんな」の昔のおんなの女ともだちに関しては、八代目幸四郎のときが圧倒的にいい。
髪の結ひやうから着物の着方、佇まひ、どれを取つてもそれつぽい。

無論、当時の江戸がどうだつたかなんて知るよしもないし、実際には全然違つたのかもしれないとも思ふ。
この「それらしさ」がどこから生まれるのかさへわからない。
わからないけれども、昔の作品の方が「よくできてゐる」やうに思へてしまふんだなあ。
「座頭市物語」だつて「新・座頭市」よりそれらしい感じがすることがある。
なんだか世の中さういふものらしいのだ。

さうすると、菊吉がよかつたのは当然で、團菊がよかつたのは云ふも愚かといふことになる。

時の流れとともになにかが失はれてゆく。
さういふものだとするならば、今後歌舞伎や文楽になにを求めてゆけばよいのか。
ぼんやりと途方にくれてしまふ。

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Friday, 21 September 2018

「幽玄」とクール・ジャパン

今月歌舞伎座の夜の部で「幽玄」といふ演目がかかつてゐる。
その中で「羽衣」と「石橋」、「道成寺」とが演じられる。
坂東玉三郎が太鼓芸能集団鼓童をfeatureした舞台で、そのほかに若手の歌舞伎役者が出演してゐる。

これを見て、「東京オリンピックの開会式や閉会式はこんな感じになるのかもしれないな」と思つた。

「羽衣」も「石橋」も「道成寺」ももともとは能の演目である。
そこから派生した歌舞伎の演目にもある。
いづれもきちんと物語や背景がある演目ばかりだ。

この中で一番もとの演目の物語が表現されてゐたのは「羽衣」だ。
地上に降り立つた天人が松にかけておいた羽衣を漁師・伯竜が手にする。天人は羽衣を返してくれと訴へ、伯竜は天人の舞を見せてくれたら返さうといふ。天人は伯竜に舞つてみせ、やがて天へと帰つてゆく。

「幽玄」の「羽衣」を見てもそのあたりの内容はおぼろげに理解できる。
なぜか伯竜が十一人もゐるけれど。
若手役者一人では玉三郎に太刀打ちできないからか、萩尾望都でもやりたかつたのか(伯竜が「十一人いる!」)、舞台が静岡だけにサッカーをイメージしたのか、そこのところはよくわからない。
でも、「ああ、「羽衣」つて、さういふ話なんだな」といふことはなんとなくわかる。

「道成寺」は能のそれといふよりは歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」の色合ひが強い。
ちやんと道行もある。
安珍清姫といふ背景があることは見てはとれないけれど、なに、「京鹿子娘道成寺」だつてただ見聞きしてゐるだけではそこまではわからない。
「鐘に恨みは数々ござる」といふ詞章と踊りとからうすうす知れる、といつたところか。
おお、なんだか幽玄ぢやん。
一方、「幽玄」の「道成寺」はといふと、「京鹿子娘道成寺」を知つてゐるからわかるけれど、途中なにがなんだかよくわからない部分があつて、「なんでこれが「道成寺」なんだらう」と疑問をいだいてしまふ。
道行から出したことを考へると、玉三郎はできることなら「京鹿子娘道成寺」を踊りたいのかもしれない、といふ気もしないではないが、見てゐるうちに「これはなんだか全然違ふことをしたいのだな」といふ気分になつてくる。

一番よくわからないのは「石橋」だ。
能の「石橋」には、この世には清涼山といふところがあつて、その深山幽谷に自然の為したる石橋があり、文殊菩薩の獅子があらはれて……みたやうな背景があるのだが、「幽玄」の「石橋」にはさういふ背景はきれいさつぱりなんにもない。
単に獅子の扮装をした役者が五人出てきて、毛振りを見せて終はり。
さういふ演目だ。
幽玄といふ奥深い趣は微塵もない。
これぢやあ「石橋」ぢやなくて「Lion Dance」だよ。

それが悪いとは云はない。
はじめて歌舞伎を見る人には、めんどくさい背景は抜きにして華やかな「Lion Dance」を見るだけの方が楽しいといふこともあらう。
そもそも最近の歌舞伎の客は「外国人の目」で歌舞伎を見ているといふ。
外国人の目で見たら、獅子が文殊菩薩に由来するもので、だとか、清涼山といふところがあつて、だとか、さういふことはどうでもいいのかもしれない。
つまり、グローバルな表現としての「石橋」が「幽玄」の「石橋」である、と、さういふことなのかとも思ふ。

それが悪いとは云はないが、それでいいのかなあ。
どことなく「クール・ジャパン」の匂ひがしてこないか。
入り口としてはこれでいいのかもしれない。
さうも思ふ。
でもこれ、歌舞伎座でかける演目ぢやないよな。
玉三郎と「幽玄」といふわび・さびを思はせるやうな題名にだまされてゐる。
そんな気がしてくる。

そして、東京オリンピックが行はれるとして、その開会式や閉会式にはかうした演目が出てくるのぢやないか。
演目や物語の背景は全部取つ払つてしまつて、派手で見栄えのするところだけ集めてくる。
さうなるんぢやないかな。
たかがオリンピックの開会式だ。
それで全然かまはない。
この件に関してはさう思ふ。
それと歌舞伎座とは違ふ。
さう思ふんだけどなあ。

でもまあ世の中、見栄えさへよければいい、といふ向きもたくさんあるので、かうしたものなのかもしれない。

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Wednesday, 18 July 2018

上期の芝居がしぼれない

役者や俳優より舞台や映画・ドラマそのものの出来を云々してしまふ。

「ニノチカ」が好きで、見るたびにグレタ・ガルボばかり目が追ひかけてしまふのだが、だつたらガルボの出てゐる映画はなんでも好きかといふとさうでもない。
これに限るといふことはないけれど、できれば「ニノチカ」。
さう思つてゐる。

先日、池袋の新文芸坐で「蜘蛛巣城」を見てきた。
山田五十鈴が怖いのであまり見ない映画なのだが、「メタルマクベス」を見る前に見たいと思つてゐたので渡りに船だつた。
見返してやはり山田五十鈴が夢に出るレヴェルで怖く、三船敏郎もすばらしいのだが、でもだつたら別の映画でもいいわけでさ。
「蜘蛛巣城」でなければならないその理由は、「蜘蛛巣城」が作品としてすばらしいと思ふから、すくなくともやつがれは「蜘蛛巣城」が映画として好きだからだ。
ちなみに、山田五十鈴も三船敏郎も取り立てて好きな俳優といふわけではない。

自分の好きなもの・好きな人を無条件にほめたたへることができない。
まづは欠点を探す。
それをあげつらふ。
自分は客観的に自分の好きなもの・好きな人をとらへてゐると、内外に示す。
なぜさうなつてしまつたのかといふと、こどものころみーちやんはーちやんといふものが嫌ひだつたからだ。

自分の周りにゐるのはみなミーハーだつた。
家族も近所の子どもたちも、ひとりとしてミーハーでない人はゐなかつた。
ミーハーは醜い。
昨日はあの人が好きと騒いでゐたくせに、翌日には手のひらを返したやうに別の人を好きだといふ。それまで好きだつた人のことなど忘れてしまつたかのやうなふるまひをする。それだけならまだしも昨日までは神のごとくたたへてゐた人のことを悪く云ふ。
しかも、ミーハーは自分の好きなものの欠点を見やうとしない。
あんなに明らかな汚点を、ミーハーはないものにしてしまふ。
なんてイヤなんだらう、ミーハーであることつて。

その後、ミーハーとは和解した、と以前書いた。
ミーハー的のふるまひをしてみたら、とても楽ちんだつたからだ。
いつたい自分はこれまでなにと戦つてきたのだらう。

さう思つたけれども、身に染みついてしまつたものといふのはなかなかとれないのだらう。
三つ子の魂百までもとはよく云つたものだ。
好きな役者の出る芝居でも「この芝居は好きぢやないんだよなあ」とか「ほかの配役がよくないなあ」とか文句をつけてしまふ。
今年も後半に入つたので、一月から六月までに見た芝居の中でなにがよかつたかと考へてみると、「これ!」といふものがひとつもない。
一月歌舞伎座の「勧進帳」はよかつたけれど、襲名演目として最高だつたとは思ふが、「勧進帳」としてよかつたとは思つてゐない。
「七段目」は芝居として好きぢやない。
「絵本合法衢」は片岡仁左衛門一世一代といふふれこみだつたが、大阪松竹座のときの方がいい出来だつた。配役も松竹座の方がよかつた。

いろいろ考へて、おもしろかつたといふ意味では三月の「於染久松色読販」かなあ、といふところに落ち着く。
普段は人気女方の早変はりが見どころの芝居だが、今回は土手のお六のくだりだけ出した。
芝居全体の中では早変はりのない地味といへば地味な芝居だが、ここだけ取り出して見ると、これが隅から隅までよくできたいい芝居なのだつた。
無駄な仕掛がなにもない。
登場人物の来歴や、死体・早桶に至るまで、実にさりげなくさまざまなものがちりばめられてゐる。
よくできてるなあ。
さすが南北。
まあ、鶴屋南北が書いたそのままが上演されてゐるかどうかは定かではないがね。

映画・ドラマでもさうで、この俳優を見てみたいと思ひつつ、一度見て作品として好きにならなかつたものは二度・三度と見る気にはならない。
まれに「まあたまには見てみやうかい」といふので見て、「やつぱりこれぢやないんだよなあ」と思つてしまつたりする。

無論、作品としてはいまひとつでも、たつた一場面、たつたひとつのセリフのために見るといふこともないわけぢやあないのだが。
最近はなかなかそんな気力・体力もなくてね。

結局は気力・体力・財力か。

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