Wednesday, 18 July 2018

上期の芝居がしぼれない

役者や俳優より舞台や映画・ドラマそのものの出来を云々してしまふ。

「ニノチカ」が好きで、見るたびにグレタ・ガルボばかり目が追ひかけてしまふのだが、だつたらガルボの出てゐる映画はなんでも好きかといふとさうでもない。
これに限るといふことはないけれど、できれば「ニノチカ」。
さう思つてゐる。

先日、池袋の新文芸坐で「蜘蛛巣城」を見てきた。
山田五十鈴が怖いのであまり見ない映画なのだが、「メタルマクベス」を見る前に見たいと思つてゐたので渡りに船だつた。
見返してやはり山田五十鈴が夢に出るレヴェルで怖く、三船敏郎もすばらしいのだが、でもだつたら別の映画でもいいわけでさ。
「蜘蛛巣城」でなければならないその理由は、「蜘蛛巣城」が作品としてすばらしいと思ふから、すくなくともやつがれは「蜘蛛巣城」が映画として好きだからだ。
ちなみに、山田五十鈴も三船敏郎も取り立てて好きな俳優といふわけではない。

自分の好きなもの・好きな人を無条件にほめたたへることができない。
まづは欠点を探す。
それをあげつらふ。
自分は客観的に自分の好きなもの・好きな人をとらへてゐると、内外に示す。
なぜさうなつてしまつたのかといふと、こどものころみーちやんはーちやんといふものが嫌ひだつたからだ。

自分の周りにゐるのはみなミーハーだつた。
家族も近所の子どもたちも、ひとりとしてミーハーでない人はゐなかつた。
ミーハーは醜い。
昨日はあの人が好きと騒いでゐたくせに、翌日には手のひらを返したやうに別の人を好きだといふ。それまで好きだつた人のことなど忘れてしまつたかのやうなふるまひをする。それだけならまだしも昨日までは神のごとくたたへてゐた人のことを悪く云ふ。
しかも、ミーハーは自分の好きなものの欠点を見やうとしない。
あんなに明らかな汚点を、ミーハーはないものにしてしまふ。
なんてイヤなんだらう、ミーハーであることつて。

その後、ミーハーとは和解した、と以前書いた。
ミーハー的のふるまひをしてみたら、とても楽ちんだつたからだ。
いつたい自分はこれまでなにと戦つてきたのだらう。

さう思つたけれども、身に染みついてしまつたものといふのはなかなかとれないのだらう。
三つ子の魂百までもとはよく云つたものだ。
好きな役者の出る芝居でも「この芝居は好きぢやないんだよなあ」とか「ほかの配役がよくないなあ」とか文句をつけてしまふ。
今年も後半に入つたので、一月から六月までに見た芝居の中でなにがよかつたかと考へてみると、「これ!」といふものがひとつもない。
一月歌舞伎座の「勧進帳」はよかつたけれど、襲名演目として最高だつたとは思ふが、「勧進帳」としてよかつたとは思つてゐない。
「七段目」は芝居として好きぢやない。
「絵本合法衢」は片岡仁左衛門一世一代といふふれこみだつたが、大阪松竹座のときの方がいい出来だつた。配役も松竹座の方がよかつた。

いろいろ考へて、おもしろかつたといふ意味では三月の「於染久松色読販」かなあ、といふところに落ち着く。
普段は人気女方の早変はりが見どころの芝居だが、今回は土手のお六のくだりだけ出した。
芝居全体の中では早変はりのない地味といへば地味な芝居だが、ここだけ取り出して見ると、これが隅から隅までよくできたいい芝居なのだつた。
無駄な仕掛がなにもない。
登場人物の来歴や、死体・早桶に至るまで、実にさりげなくさまざまなものがちりばめられてゐる。
よくできてるなあ。
さすが南北。
まあ、鶴屋南北が書いたそのままが上演されてゐるかどうかは定かではないがね。

映画・ドラマでもさうで、この俳優を見てみたいと思ひつつ、一度見て作品として好きにならなかつたものは二度・三度と見る気にはならない。
まれに「まあたまには見てみやうかい」といふので見て、「やつぱりこれぢやないんだよなあ」と思つてしまつたりする。

無論、作品としてはいまひとつでも、たつた一場面、たつたひとつのセリフのために見るといふこともないわけぢやあないのだが。
最近はなかなかそんな気力・体力もなくてね。

結局は気力・体力・財力か。

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Wednesday, 11 July 2018

江戸の風つれづれ

江戸前つてなんだらう。
なんとなく口にはするけれど、実のところよくはわかつてゐない。
でもたとへば「め組の喧嘩」の藤松は、坂東八十助(当時)のあとはなんだかパリつとしない。
江戸つ子味が足りないのだ。
さういへばどこかで読んだ気がする。
江戸つ子を演じられるのは十世坂東三津五郎が最後だらう、と。
青山の家に純粋培養の江戸つ子の祖母(曽祖母だつたかもしれない)がゐて、それを見て育つてゐるから、といふ話だつたと思ふ。

森茉莉はよく「伊右衛門役者に出会へなかつた不幸」について書いてゐる。
十五世市村羽左衛門の伊右衛門ではダメなのださうな。
それを云ふとやつがれは「勧進帳」の弁慶役者にも出会へなかつたし、与三郎役者にも出会へなかつた。今後も望み薄だと思つてゐる。
「与話情浮名横櫛」の与三郎には、やはり江戸前な雰囲気がほしい。
江戸前ですつきりとした色男といふのが理想だ。
でももうその「江戸前」の役者がゐない。
昔の「演劇界」の花形特集で中村歌六の与三郎を待望する記事を読んだことがある。
江戸前ですつきりした二枚目で爽やかな口跡の与三郎になるだらうといふやうな内容だつたと思ふ。
手元に資料がないので確認できないけれど。
そのときはそのとほりだなあと思つたけれど、その後歌六の与三郎を拝む機会に恵まれずにゐる。
おそらく今後もないだらう。

柳亭市馬の落語には江戸の風が吹くといふ。
ふしぎと江戸の空気がある。
市馬は大分県の出身と聞くから、江戸前な雰囲気を出すにはなにも東京の生まれでなくても構はないといふことだ。

関西の人はわりと「あの役者の上方のセリフはなつてゐない」だとか、TV番組で話される関西弁についても「なつてゐない」といふやうなことを指摘するといふ印象がある。
でも関東の人が「あの役者のセリフは江戸つ子らしくない」と指摘するのはあまり聞いたことがない。
関東の人(或は東京の人)の大半は別の地方から引つ越してきた人だからだらうか。
江戸前なことばを使用する(或は使用してゐた)人の住んでゐた範囲がそんなに広くなかつたからか。
いづれにしても、標準語といふのは江戸なまりや東京なまりとはまた違つたものなんだな、と思ふ。
みんな、江戸前なことばなんて知らないのだ。
知らないのに、かうして「江戸前ぢやないんだよ」とか書いてゐる自分は何様だらう。

今後はもう、「江戸の風」なんぞといふものはなくなつていくんだらう。
演じる方も見る方もわからないのだし。
いま見聞きできるものが最後なんぢやあるまいか。

この後江戸の歌舞伎とか江戸の落語とかになにを求めればいいのだらう。
江戸の世話物は、次第に演じられなくなるんぢやないか。
それとも物語としてはわかりやすいから上演はされるのか。
上演はされるのかな。でももうそこに江戸らしさはなくなつてしまふのだらう。
「髪結新三」の鰹売りも代替はりするたびになにかが欠けている気がしてゐる。
それは気のせゐなのかもしれないし、そもそも鰹売りなんて見たことないんだから勝手な思ひ込みなのかもしれないとは思ふ。
でももうきつと、そんなことはどうでもいいのだ。
「髪結新三」といふ芝居の筋とはまつたく関係がないのだから。

歌舞伎は、さうやつて変はつていくのだらう。
落語はどうだらうか。
落語は、落語としてどうかうというよりも、そのひとつ上のサブセットの話芸としての出来で良し悪しを判断するやうになるのかもしれない。
話芸でしかできないこと、たつた一人で表現するからこそ展開できる世界、さうしたものでいい噺家か否かが決まるやうになるのぢやあるまいか。
そんな重たいものはもう落語ではないし、とくに江戸落語ではないといふことになる気はするな。

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Thursday, 28 June 2018

歌舞伎が好きな理由を考へる

なぜ歌舞伎が好きなのか。
考へてゐると、「歌舞伎なんか好きぢやないのでは」といふ気分になつてくる。

三森ゆりかの提唱する言語技術では、こどものうちにまづ自分がなにを好きかを表明してその理由を述べ「だからわたしはそれが好きです」としめくくる、といふ練習をするといふ。
ただなんとなく好きではダメなのだ。
これこれかういふ理由で好きだと述べることができてはじめてコミュニケーションが成り立つ。
さういふことだと理解してゐる。

それではといふので、歌舞伎からはじめてみやうと思つたのだが、これが実に手強い。
歌舞伎のなにが好きなのか。
好きな役者がゐるから、といへば、「ではなぜその役者が好きなのか」といふ話になつてくる。
そんなの、「好きだから好き」だよなあ。

よくよく考へてみると、ひとつには「よく知つた人々が出てくるから」といふのがある。
歌舞伎には源平時代の人々が出てくる。
これがなんとなく慕はしい。
こどものころの愛読書が「牛若丸と弁慶」だつたからだ。
「牛若丸と弁慶」といふ本については以前もここに書いた。
短編小説がいくつも入つたやうな体裁で、最初こそ五條大橋で牛若丸と弁慶とが出会ふ話だが、倶利伽羅峠の話や宇治川の一番乗りの話、ひよどり越えの逆落とし、那須の与一、熊谷と敦盛、安宅の関、しづやしづしづの苧環くりかへし、とひととほり源平の戦ひを見た後に、三つの鉢の話や日蓮の話、最後には元寇の話が出てくるといつた本だつた。
その後、「源義経」といふ伝記めいた本ももらひ、小学三年生のときにこども向けの「平家物語」といふ本を買つてもらつた。
どちらもよく読んだ。

そんなわけで、この三冊の本に出てきた人々のことはなんとなく慕はしく思つてゐる。
こどものころのことだから、何度もくりかへし読んだ。
それで、「知らない人とは思へない」といふ感じがするのだらう、大げさに云へば。

歌舞伎を見ると、本に出てきた人がたくさん出てくる。
それも、なぜ斎藤実盛は髪を染めてゐたのかといふ理由が出てきたり、佐藤忠信が狐だつたり、弁慶が生涯一度しかしなかつたことと二度しかしなかつたこととをうまく取り入れたりした話が出てくる。
おもしろいよねえ。
よくそんなこと考へたねえ。
うなるしかない。

だから歌舞伎が好きなのです、で理由になるだらうか。
理由にはなつてゐると思ふが、人に話すにはくだくだしい。
それに、源平時代の人々の出てくる芝居ばかりとも限らない。

そこでさらに考へてみた。
なぜ自分は歌舞伎が好きなのか。
好きかどうかはともかく、なぜ見に行くのか。

つまるところ、物語が好きだから、なのかもしれないな。

物語といふのは「いまはむかし」である。
「いまはむかし」といつて、いつの時代ともしれぬ世のことを語り、そしてそれは現代にもつながつてゐる。

歌舞伎の芝居もさうなんぢやあるまいか。
今月歌舞伎座でかかつた「妹背山婦女庭訓」は、大化の改新のころを舞台にした芝居だ。
でも出てくる人の風俗は江戸の(それもおそらくは今の我々の考へる江戸の)風俗で、建物はかなりのところ想像の産物である。
そして語られるのは今の世にあつてもそんなに不思議ではない(疑着の相云々はともかくとして)話だ。
多分、みる人にはお三輪の心情はよくわかる。
通じてゐる部分があるからだ。
それをもつて普遍的とは云ひたくないが、「いまはむかし」のいつともしれぬ世の話をしてゐて、でもそれは現代とつながつてゐる。

そして、さういふいつのどことも知れぬ世の物語が展開されるのを見るのが好きなのだ。
歌舞伎以外の演劇をあまり見に行かないことを考へると、さういふことなんぢやないかな、といふ気がする。

といつたところで、歌舞伎が好きな理由になるだらうか。
他人には伝はらないやうな気がするからダメか。

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Friday, 22 June 2018

隣の男が壁を抜けたつてね

「怪奇大作戦」の上映会イヴェントがあるのださうな。
ときは2018/8/19(日)、ところは和光大学ポプリホール鶴川とのこと。
まだ詳細は確認してゐないが、「壁抜け男」と「霧の童話」を上映するのらしい。

「怪奇大作戦」は放映開始から今年で五十年、なにかしら記念イヴェントがあるだらうと思つてゐた。
よかつたよかつた。

円谷で五十周年でイヴェントといふことで、一昨年の「ウルトラマン落語」や去年の「ウルトラセブン落語」のやうに「怪奇大作戦落語」もあるとといいんだけどなー、と思ひはすれど、もちろんあるとは思つてゐない。
今年も「ウルトラセブン落語」は開催されるのだとは聞いてゐる。
こちらはときは2018/9/16(日)、ところは日本教育会館一ツ橋ホールださうな。
落語家は柳家喬太郎と柳家喬之助、ゲストに森次晃嗣とひし美ゆり子が出るといふ。今年は紙切りの林家二楽の名前がないのがチト残念。

去年の「ウルトラセブン落語」は上野の鈴本演芸場で、このときはゲストに森次晃嗣が来た。
いやー、もりあがつたねー、「特別ゲストです」つて呼ばれて出てきたときには。
場所が鈴本だからか、あまりウルトラに興味のない客もゐたやうなのだが、といふのは最初に「私情最大の侵略」のマクラで喬太郎がかなり客席のやうすを探つてゐたやうに見受けられたのでさう思ふのだが、いやでもさ、「ウルトラセブン落語」ですよ。ちやんとさう銘打つてるんだからさ、盛り上がるでせう、そりや。

登壇した当初は年相応に落ち着いて見えた森次晃嗣が、喬太郎・喬之助・二楽とのトークが進むうちにどんどん生気に満ち、若返つていくのがわかつて、とてもおもしろかつたし、さういふ姿を見てこちらも気分が昂揚していくのを覚えたことが忘れられない。

さういやこのとき二楽は「フジ隊員はお姉さんといつた趣だつたけれど、アンヌ隊員は、ね」と、アンヌ隊員好きなことを話してゐた。
もともとは別の人が配役されてゐたのが急遽変はつので制服の変更が間に合はず、ぴちぴちな感じで着てゐた、といふ話の流れからだつたと思ふ。
実相寺昭雄は逆なことを云つてゐたやうな気がするけれど、おもしろいねー、さういふものなのねー、と思つたりもした。
さういへば、冒頭に書いた怪奇大作戦イヴェントにはそのフジ隊員・桜井浩子もくるのださうな。

一昨年の「ウルトラマン落語」のときはやつぱり鈴本演芸場で下席の十日間、「ウルトラ喬タロウ」と題して喬太郎がウルトラマンネタの噺をかけたのだが、ウルトラセブン落語はその日一度きりだつた。
このときかかつた噺は「ウルトラ仲蔵」や「抜けガヴァドン」などほかの落語会で聞くこともある噺もあるのだが、「私情最大の侵略」と「セブン段目」がほかでかかつたといふ話は寡聞にして聞いたことがない。あるのかなあ。
九月の会では新作をかけるのか、それとも「私情最大の侵略」をリファインしてくるのか、気になるところではある。

「セブン段目」も好きなんだよなあ。
おそらく、元ネタの「七段目」にしたつて、歌舞伎を見たことのない人にはなにがおもしろいのかよくわからない噺なのだと思ふ。
若旦那と貞吉とのやりとりがなんとなくおもしろいから笑へるのであつて、元ネタがわかつて笑つてゐるばかりでもないだらう。
聞いたことはないけれど、昔は声音でやつたりもしたんぢやないかなあ。
圓生の「掛取万歳」の芝居の部分はものまねが入つてゐて、あんな感じで「七段目」をかけることもあつたんぢやあるまいか。
「あたしは播磨屋でいくから。貞吉、おまへはどうする」「あたしはぢやあ、歌右衛門で」「大成駒。おまへも目が高いねぇ、うんうん」なんてな感じでさ。

でもいまそれをやつてもおほかたのご見物には通じない。
それでとくに誰といふことに言及せずにやるやうになつてゐるのぢやないかなあ。
だつて芝居好きだよ、若旦那も貞吉も。
絶対自分の好きな役者のまねでやりたくなるつて。

「七段目」の不満になつてしまつたが、ともかく、「セブン段目」は「マニアつてかうだよね」といふ楽しさにあふれた噺なので、聞きたいのだが、しかし、多分、話して二席だよね。
一席は新作がほしいし、さりとては、だ。
九月までこんな感じで楽しめるといふのもまた一興ではある。

ところで、二月の落語会で、喬太郎はちらりと「今年は「怪奇大作戦」が放送開始五十周年」と云つてゐた。
そこはそれだけで終はつてしまつたのだけれども、なんかどこかでちよこつと話したりしないか知らん。
しないか。
しないな。
「ウルトラセブン落語」のマクラとかで、ちよろつと、とかさ。
期待はすまいと思ひつつ、してしまふ。

まあでも、「怪奇大作戦落語」つて、素人でも考へつくよね。
以前こんなことをつぶやいてゐる。

牧さん 隣の男が壁を抜けたつてね
ノム へえ
改訂版はこんな感じ。
助さん 隣の男が壁を抜けたつてね
ノム へえ
さおりちやん カッコい〜!
これでちやんと「怪奇大作戦落語」になるぢやないですか。
#なりません。

そんな「壁抜け男」の上映される八月、そしてよくわからないけれども「ウルトラセブン落語」のかかる九月と、今年も円谷的に楽しめさうでなによりぢやよ。

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Wednesday, 20 June 2018

はじめての歌舞伎の本

中学生の時にたまたま入つた音楽室の準備室に歌舞伎の本があることを発見した。
A4変形だらうか大きなサイズで、写真がたくさん載つてゐる、ムックのやうな体裁の本だつた。
音楽の先生に無理にお願ひして借りてきて読んだ。
といふよりは、見た、かな。なにしろ写真の多い本だつた。

題名も忘れてしまつたし、出版社はどこか大手だつた、くらゐしか覚えてゐない。講談社だつたかなあ。
表紙は写真を寄せ集めてきて作つたやうな感じで、開くと坂東玉三郎の藤娘の写真が掲載されてゐた。
この本を見る前に知つてゐた役者は玉三郎くらゐだつたと思ふ。
この本で、中村歌右衛門と実川延若とを覚えた。
ふたりともヴィジュアルが強烈だつたからだ。

実川延若は、「関の扉」の関兵衛実ハ大伴黒主の写真が抜群によかつた。
鉞を下にして足をかけた形がいいし、とにかく表情といはうか顔の造作といはうかがこの世のものではないかのやうな様相で、このまま浮世絵にしたいやうな風情だつた。
ほかには当然「楼門五三桐」の五右衛門や、「封印切」の忠兵衛など、結構いろんな写真が載つてゐたやうに思ふが(なにしろこの本で覚えたんだからね)、なにをおいても黒主。

歌右衛門といへば忘れられないのが「鴛鴦襖恋睦」だ。
鴛鴦になつてからの姿で福助だつたころの梅玉と踊つてゐる場面の写真があつたのだが、失礼ながら化け物にしか見えなかつた。
幽霊といへばさうなのでさう間違つてはゐないのかもしれないが、実際に見るまでは「鴛鴦襖恋睦」は怪談なのだと信じてゐた。
それにしては明るいし衣装も華やかだなあ、とふしぎではあつたのだが。

あと、道成寺の道行の花道で鐘を見込んだところの表情なんかもものすごく怖かつた。
延若の黒主もさうだつたけれど、「これ、絶対この世のものぢやないから!」といふ顔付きだつた。
写真だから怖いのであつて舞台を見てゐれば自然と流れていくのでそんなことはなかつたのかもしれない。
とはいつても歌右衛門の玉手御前は怖かつた。
花道から出てきて戸の前にたどりつくまでの幽鬼のやうな風情や、「かかさん、かかさん、ここ開けて」の黄泉の国からやつてきたかの如き声音がいまでも忘れられない。

異形のもの。
ふたりともそんな感じだつた。

この本には、実際に芝居を見るやうになると「え、この人、ほんとにこんな役やつたの?」といふやうな役の写真が出てゐたりもする。
福助だつたころの梅玉のお嬢吉三とかね。きれいですてきだけれど、つひぞ見たことがない。見てみたかつたなあ。
見てみたかつたといへば、菊五郎と孝夫時代の仁左衛門のおまんまの立ち回りの写真もあつた。
「岡崎」は二世鴈治郎と扇雀時代の藤十郎。
海老蔵時代の十二代目の團十郎の弁天小僧菊之助の写真もあつたなあ。
おそらく染五郎時代の白鸚の春永と吉右衛門の光秀の「馬盥」もあつた。
「河内山」の写真が羽左衛門だつたのもいまとなつてはちよつと意外だ。先代の白鸚とか十七世勘三郎とか、いくらでもありさうなものなのに。

それから忘れられないのが宗十郎・先代の時蔵・先代の錦之助が赤姫のこしらへでならんで写つてゐる写真。モノクロだつたけれど、これがきれいで可愛くてねえ。
どんな芝居だつたんだらうか。芝居ぢやなかつたんだらうか。楽屋で撮つた写真のやうでもあつたし。

こんな感じで実際に芝居を見る前から芝居や役者の名前は覚えてゐた。
それでいまでも頭でつかちなところが抜けないのかとも思ふ。

それにしても、この本、ほしかつたなあ。
古本屋に行けばいまでもあつたりするか知らん。
表紙を見ればそれとわかるとは思ふのだけれども。

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Friday, 08 June 2018

疾走感考

先月シアターコクーンで「切られの与三」を見た。
コクーン歌舞伎の中で見たものとしては、結構おもしろいと思つた。
第一幕こそ単なるダイジェストだなと思つたものの、第二幕のいはゆる「源氏店」で、掛軸の絵が抱一の寒牡丹を模したもののやうに見えて、そこからすつと芝居の世界に入つていけたやうに思ふ。
「抱一でございますね」などといふやりとりはいつさいなかつたけれど、ないのに抱一といふのが気に入つた。
もつともやつがれの見た狭い範囲でいふと、あの抱一の掛軸は芝居の中の季節よりは実際に上演されてゐる季節にふさはしい絵をかけるやうで、そこは違ふんだけど、まあ、細かいことはいい。

見てきた人の感想などを見ると、一様に「疾走感を感じた」といふやうな表現に出くはした。
劇評家の評の中にもあつた。

疾走感。

あつたつけか、「切られの与三」に。

感じなかつたなあ、不明にして。

どちらかといふと、struggling で crawling な印象を受けた。agonizing といふかさ。
疾走する agony といふものもあるのかもしれないが、どちらかといふと身を絞つて悶える感じかなあ、agony。

なぜさう感じたのか。
「切られの与三」の中で、与三郎は、あまり自分からどうかうしやうとはしない。
流されるままに木更津に行き、一目惚れの勢ひにまかせてお富といい仲になり、切り刻まれて元の暮らしに戻れなくなつたところを蝙蝠安に拾はれて、成り行き任せで押借強請を覚える。
なんか、かう、「自分からかうしやう」と思つてしたことがほとんどない。

これが「切られ与三」といはうか「与話情浮名横櫛」の与三郎だと、木更津に行くのは一応みづからの意思である。
こどものない家に養子としてもらはれて行つたら弟が生まれてしまつた。
親は実子に家をつがせたからう。
さう勝手に思ひなしての放蕩三昧、その末の木更津行きだつた。
そこが「切られの与三」の与三郎とは違ふ。

みづから思ふところもなくただ流されていく状況には疾走感を覚えなかつたんだよなあ、多分。
ただ流されるにしても、もつと急転直下の大波乱とかあれば、感じたかもしれない。
あのあと、いろいろ考へた。自分はどういふものに疾走感を感じるのか、と。
「マッハGoGoGo」の主題歌が最初に頭に浮かんだが、あれは曲想がさうなのであつて、あまり参考にならない気がした。

はたと気がついたのが、「早發白帝城」だ。

朝辞白帝彩雲間
千里広陵一日還
両岸猿声啼不住
軽舟已過万重山
の「千里広陵一日還」なんて最高に疾走してゐる感じがするし、「軽舟已過万重山」といふのも軽快で速い。
辞すといつてゐるのだから、みづから白帝城をたつて広陵に向かつたのだらう。
舟をあやつつてゐるのは船頭だらうが、広陵に向かふのは自分の意思だと見受けられる。

あと「赤壁賦」の「短歌行」引用から「固一世之雄也」までのくだりにも疾走感を覚える。
壬戌の秋七月だつたはずの長江が、一気に建安十三年の冬に様変はりする。
蘇子と友とを乗せた舟だけだつたはずが、千里と連なる船団が江に浮かび、はためく旗が空を覆ふ。
それがほんの数十文字のうちに展開される。
その速さ。

ここにはそれほど登場人物の意思の力は感じない。
その一方で、流されてゐるといふ印象もない。

おそらく、自分にとつて疾走感とはみづからの意思を伴ふものなのだらう。
それで「切られの与三」には疾走感を覚えなかつたのだ。

だからといつて、「切られの与三」がつまらなかつたといふわけではない。
最初に書いたとほり、おもしろく見た。
ただ、見た人々の云ふ「疾走感」といふものがどこからやつてきたのかがわからない。
知りたいと思つても、もう見ることもかなはぬやうだ。
残念。

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Wednesday, 30 May 2018

わからないこともない「勘助住家」の段

四月の国立文楽劇場、五月の国立劇場と、文楽の「本朝廿四孝」がかかつてゐた。
文楽でも歌舞伎でも「本朝廿四孝」といふとよくかかるのが「十種香」とそれにつづく「奥庭狐火」の段だ。八重垣姫ね。
今回かかつたのは、俗に「筍掘」と呼ばれる「勘助住家」の段とその前段だつた。
今回襲名披露をした五代目吉田玉助の父・吉田玉幸が「勘助住家」の横蔵実ハ山本勘助をよくしたからといふのが理由のやうだ。

八重垣姫の話の方がよくかかるけれど、でもよく見てほしい。
外題は「本朝廿四孝」だ。
つまり、「二十四孝」がもとになつてゐる。
「二十四孝」といふのは、中国の話で、孝行ものの話を集めた本のことだ。
すなはち、勘助の話の方が主流といふことだと思ふのだ。

詞章にも出てくる「郭巨」といふのは「二十四孝」に名前の出てくる人物だ。
郭巨と妻とのあひだには幼い子供がゐて、郭巨の老母はこの孫をそれは可愛がつた。貧乏で日々の食事にも事欠くといふのに、老母は孫に食べるものを分け与へるのであつた。
それを見て郭巨は妻に云ふ。「こどもはまたできるかもしれない。でも母はほかに換へがきかない」と。
そこである日郭巨は自分の子どもをひそかに埋めに行く。
すると土の中から金の釜だか鍋だかが出てきて、「これは孝行ものの郭巨に与へるものだ。ほかの人間は盗つちやダメ」とか書かれてゐたのだつた。

なんとなく似てるでせう、自分の子どもを捨てに行く慈悲蔵に。

勘助の住家には黄庭堅の詩が襖に書かれてゐて、この黄庭堅も「二十四孝」の登場人物のひとりだ。

「本朝廿四孝」は文楽ではじめて通しで見た作品だつた。
このときは大詰めまでちやんとやつた。
わりと「奥庭狐火」の段で終はりになつたりするので、個人的には貴重な体験だつたと思つてゐる。
「奥庭狐火」の段で終はつた方がもりあがるから仕方がないんだけどね。
でも、大詰めまでやらないと犯人がわからないし、濡衣もちよつと浮かばれない。

犯人、と書いたが、「本朝廿四孝」の本筋は犯人探しである。
将軍が暗殺されて、未亡人が武田信玄と長尾謙信とに犯人を探させる、といふのが序段のあらすじだ。
三年のあひだに探し出せなかつたら、それぞれの嫡男の首を差し出せ、といふことにもなつてゐる。

だいたいね、信玄と謙信とで、犯人が探し出せると思ひますか?
ムリでせう。
仲が悪いもの。
序段を見た人は信玄と謙信とに任せたといふ時点で「あー、ムリムリ。犯人なんか見つかりつこないよ」と思ふといふ寸法だ。

そんなわけで、やつぱり犯人は見つからず、信玄の嫡子・勝頼はちやつちやと死んでしまふ。
これには裏があつて、実は信玄は勝頼が生まれるとすぐに花造りの簑作と入れ替へてしまつてゐて、死んだのは実ハ簑作だつたのだ。
といふのは「十種香」につながつていく話で、ここでは割愛する。

一方の謙信はそんなことはしてゐないものだから、嫡子・景勝は自分によく似た人物を捜し出して身代はりにしやうとしてゐる。
それが横蔵だ。

それとはまた別に、信玄も謙信も山本勘助といふ稀代の名軍師を麾下に迎へたいと思つてゐる。
それで信玄は高坂弾正を、謙信は越名弾正を、それとなく甲州の地に放つてゐたりもする。

横蔵は実は山本勘助の息子だつた。
父は今は亡く、母がその名をついでゐる。
横蔵には慈悲蔵といふ弟がゐて、これが実ハ直江兼続である。

はじめて見たときはびつくりしたねえ。
まだ「輝虎配膳」とか見たことがなかつたころだつたし。
「なんで山本勘助と直江兼続が兄弟なの!」と、これだけでこの話の趣向は十分だと思つた。
なんておもしろいことおもしろいことだらう。

慈悲蔵が親元に帰つてゐるのには理由があつて、将軍暗殺のときそばに居合はせながらなんの働きもなかつたからだ。
横蔵も実はそのときその場に居合はせて、将軍の一子・松寿丸の命を救ふため、さらつて逃げて自分の子として慈悲蔵夫婦に育てさせてゐる。

慈悲蔵が、みづから自分の子に手をかけるのは、子どもが敵方である信玄(この場では高坂弾正の妻・唐織)の手に渡つてしまつたら困るからだ。
自分は長尾家の武将なのだもの。

と、わかつてみれば「なーんだ、さういふことだつたのか」のオンパレードで、わからないことといふのはこの話にはそんなにない。
慈悲蔵がいい子ぶつてゐるのは三略の巻がほしいからだし、横蔵・慈悲蔵の母越路は邪険にしててもやつぱり慈悲蔵が可愛い。よくあることぢやん。

おまけに、横蔵は景勝の身代はりになんぞやつてやるもんかい、といふので自分の片目をつぶしてしまふ。
山本勘助が隻眼の理由はそれだつたのか!
よくぞ作つた!
あつぱれだ! 多分、近松半二!

それにしたつて荒唐無稽な部分も多い話ではあるが。
昔からかういふ話があるんだから、「戦国BASARA」にしても「なるほど、さういふ趣向できたか」などと思ふのだつた。

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Thursday, 29 March 2018

人と人との交はりは

今月歌舞伎座の夜の部では「於染久松色読販」といふ芝居がかかつてゐた。
俗に「お染の七役」で知られてゐる。
ひとりの役者が七人を早変はりで演じるのが見どころだ。
ところが、今回は早変はりはなかつた。
七人のうちのひとり・土手のお六を中心とした場だけが上演されたのだつた。

いままで歌舞伎を見てきて、こんなことははじめてだ。
土手のお六といふのは「悪婆」と呼ばれる役どころで、世間では最下層にゐるやうな人物である。
ゆゑに衣装も地味だし、とりたててうつくしいといふこともない。
しどころだけはたくさんあるけれど、果たしてこれでおもしろいのか、と、見に行く前は思つてゐた。
なんでこの場だけ出すんだらう。
疑問だつた。

見に行つてみると、これが案に相違のおもしろさで、この場だけ出すことになんの抵抗もなかつた。
話の流れも登場人物たちの交はすせりふでおほよそ知れる。
「お染の七役」といふ芝居をを知つてゐるからといふこともあるけれど、人間関係がわかると、だいたいのことはわかるやうになつてゐるのが歌舞伎である。

冒頭、お六はもとの主人である竹川からの遣ひと話をしてゐる。
遣ひが竹川から来たこと、お六が竹川に恩義を感じてゐること、竹川には久松といふ弟がゐて、油屋といふ店に丁稚奉公に出てゐること、竹川は百両といふ金子を必要としてゐることがその会話から見えてくる。

そのしばらくあと、花道揚幕からお六の亭主・喜兵衛が男をひとり伴つて出てくる。
このふたりの会話から、喜兵衛の出自、なにかしら大事な刀の行方、そしてやはり百両が必要なことがわかる。
さらに、どうやら喜兵衛が主と頼む人と竹川とは敵対する関係にあるらしいことも知れる。

歌舞伎のせりふはわかりづらいと云はれるが、この部分のせりふはそれほどむつかしいものではない。
ただいきなりぽんと提示されるので、それが重要な内容を含んでゐるものだとは認識されづらい。
客の心も開演直後で浮き立つてゐる。
そんな調子で芝居が進んでいくから、「なんでこんな展開になるのかいまひとつわからないねえ」といふことになりがちなのだらう。

また、歌舞伎は、物語の中でふしぎに思へることは人間関係がわかると謎が判明するやうになつてゐることがある。
昨日書いた「切られ与三」で、なぜ和泉屋多左衛門はお富を助けながらまつたくお富に手をつけなかつたのか、といふ謎は、多左衛門とお富との関係がわかると氷解する。
「お染の七役」のお六と喜兵衛との場合は、人間関係がわかると百両を求める動機がわかるやうになつてゐる。
さういふ観点で芝居を見るのもおもしろさうだな、と、今月の「於染久松色読販」を見て思つた。

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Wednesday, 28 March 2018

死んだはずだよお富さん

シアターコクーンで上演されるコクーン歌舞伎は、今回は「切られの与三」といふ芝居をかけるのだといふ。

瀬川如皐の「与話情浮名横櫛」を元にした芝居だと思ふが、詳しいことは調べてゐない。
瀬川如皐は長い本を書くことで知られてゐて、如皐の筆を抑へるために「脚本(とは当時は云はなかつたが)は何ページ以内にすること」といふ決まりができたのだといふ。
如皐は紙を切り貼りしてその決まりに対抗したのだとか。

さういふ人の書く芝居だからとにかく長い。
現在では「源氏店妾宅の場」とたまにその前の「木更津浜辺の場」がかかるくらゐだ。
もつとたまにそのあひだの「赤間別荘の場」がかかることがあつて、ここまでは複数回見たことがある。
一度だけ、團十郎と先代の雀右衛門とでその先をかけたのを見た。
そんな芝居だ。

歌舞伎を見る前、この「与話情浮名横櫛」通称「切られ与三」をどうしても見てみたいと思つてゐた。
理由は、「お富さん」といふ歌にある。
春日八郎が歌つて大ヒットしたこの歌は、「切られ与三」の主に「源氏店妾宅の場」を歌つたものだ。
大層ヒットしたのださうで、当時小学校では「学校で「お富さん」を歌つてはいけません」などといふお達しを出したりもしたさうだ。

自分が学校に通つてゐるころ、どんなに売れた歌謡曲でも「学校で歌つてはいけません」などと指導される歌はなかつた。
従兄弟は幼稚園で「八時だよ全員集合」で歌つてゐた「ななつのこ」の替へ歌を歌つてはいけないといはれたのださうだが、それとこれとではわけが違ふ。
「ななつのこ」の替へ歌は、正しい歌が覚えられないからやめなさい、といふことだつた。
「お富さん」はさうではない。
「お富さん」を歌つたからといつて、「切られ与三」の内容を間違つて覚えるといふことはない。

学校で禁じられるほどのヒット曲。
そしてその歌の元ネタ。
自分の中で、「切られ与三」への期待がどんどんふくらんでいつた。

「必殺仕事人III」の影響もある。
「必殺シリーズ」は番組冒頭にナレーションが入る。
「晴らせぬ恨みを晴らし許せぬ人でなしを消す」が「必殺仕掛人」。
「のさばる悪をなんとする」が「必殺仕置人」。
「どこかで誰かが泣いてゐる 誰が助けてくれやうか」が「助け人走る」。
といふ具合だ。
「必殺仕事人III」のナレーションは中村梅之助の語りで、〆の一言が「お釈迦さまでも気がつくめぇ」だつた。
「切られ与三」の有名なせりふである。
それも「お富さん」で覚えたといつても過言ではない。

歌舞伎を見たいのに見られない。
そんな中で情報だけは増えてゆく。
もちろん、最初に見やうと思つたのは「切られ与三」だつた。

見た感想は「………………」だつた。
「えっ……と……」といふ感じ、とでもいはうか。
このときは「木更津浜辺の場」と「源氏店妾宅の場」がかかつたのだが、見てゐてさつぱりなにがなにやらだつた。
團十郎の与三郎だから、最後に与三郎が出てくることはない。
お富をやしなつてくれてゐた和泉屋の大番頭多左衛門が実はお富の兄だつた、とわかつて、それで芝居は終はつてしまふ。
「だからなんなの?」とそのときは思つた。
いまはその先に話のつづきがあるから、とわかつてゐるからそれでいいと思ふ。
むしろ与三郎が出てきて「よかつたよかつた」で終はる演出の方がどうかと思ふくらゐだ。
あのふたりはさ、一緒になつても幸せにはなれないよ。
さう思ふからだ。

でも一等最初のときにはおいてきぼりにされたやうな気分になつた。
結局その後何度も何度も見ることになつて、それでこの芝居はかういふもの、といふことが身に染みたのだらう。
これといつてもりあがりのある話でなし、見所といへば与三郎の名せりふだつたりはするので、そんなに派手なところのある芝居ではない。

今後は上演回数も減るのかな。
なにしろ「源氏店妾宅の場」の与三郎の衣装は藍微塵と決まつてゐるのだが、この藍微塵がもう作られてゐないといふ話も聞く。
七之助はどうするのだらう。
藍微塵を手に入れるのか。
それとも別の柄でいくか。
そもそも藍微塵がもう作られてゐないといふのがでまかせか。

そんな、どうでもよいところばかり気になる「切られの与三」である。
「切られの与三」に限らずなんでもさうだけどさ、どうでもよいところばかりが気になるのは。

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Thursday, 18 January 2018

見果てぬ夢の武蔵坊

先日、中村吉右衛門の富樫の夢を見た。

現在、歌舞伎座では高麗屋三代同時襲名興行の真つ最中だ。
Twitter の TimeLine には毎日のやうに夜の部の「勧進帳」の富樫がすばらしいといふつぶやきが流れてくる。
富樫は吉右衛門が演じてゐる。
それで夢に見たのだらう。
吉右衛門の富樫がすばらしいことはよく知つてゐるけれど、今回は格別なのらしい。
まだ見てゐないので期待がふくらむのだつた。

夢の中でも播磨屋の富樫はそれはすばらしかつた。
明晰なせりふ、それによつて導かれる鉄壁のやうな関守の姿。
凛然たるさまは、旧暦三月の北陸の寒ささへ思ひ起こさせる。
旧暦三月のころの北陸には行つたことはないけれど。

そんなすばらしい富樫と一緒に舞台に立つてゐるはずの弁慶や義経をはたして誰が演じてゐたのか。
夢の中でも夢から覚めても判然としなかつた。
誰だつたんだらうなあ。
吉右衛門があれだけすばらしいのだから、弁慶も義経もさぞかし絶妙な配役だつたのだらう。

さう思ひつつも、弁慶を誰が演じてゐたのかはつきりしない理由はなんとなくわかつてゐる。
これまで自分の理想の「勧進帳」の弁慶といふものを見たことがないからだ。

誰の弁慶はいい、いや彼の弁慶も最高だ。
さういふ話はつとに聞く。
けれども、どうも自分の好みにはいまひとつ合はないのだつた。
最近の弁慶は、なんだかちよつと賢すぎる気がするからだ。

考へてみれば、賢くなければ数多の関をとほりすぎ、いままた富樫を説得することなどできるはずもない。
勧進帳を読めといはれてとつさに白紙の巻物を手にしてあたかも勧進帳に見せかけることを思ひつきさらには実行したりだとか、山伏問答をしたりだとか、賢くなければムリ。

でもなー、なんか違ふんだよなあ。
弁慶つてさー、もーちよつと、こー、脳みそより肚なんぢやないの?
知性のきらめきより胆力の重々しさなんぢやないかなあ。

思へば。
自分の見てきた時代劇の主人公といふのはあまり脳みそは使はない気がするのだつた。
水戸黄門は頭脳戦かどうかよりともかく「先の副将軍である」といふ身分でものごとを解決してゐる。
身分を隠して隠密行動をとる、といふのはそれなりに頭がいいやうな気もするが、どうも水戸黄門に関してはさういふ感じはしない。
ご隠居が好き勝手したいからさうしてゐる。
そんな感じがする。

遠山の金さんにしても銭形平次にしても、頭を使つて謎を解くといふよりは地道に足を使つていろいろなことを見聞きし調べてゐるといつた印象だ。

退屈の殿さまも、実際はいろんなことを考へてゐるのかもしれないが、その押しの強さでなにもかも解決してしまつてゐるといふ印象がある。

時代劇で頭がいいのは大抵悪役だ。
ドラマの中で脳みそを頼りにあれこれ行ふのは悪役なのである。

そして、時代劇の源流は歌舞伎にある。
そんな気がしてゐる。

歌舞伎の主人公……といつて誰を主人公ととらへるのかはむつかしい問題なのだが……で頭を使ふのつて、粂寺弾正くらゐしか思ひつかない。
やつがれが知らないだけでほかにもゐるのかもしれないけれど。

「勧進帳」も誰が主役なのか、考へ出すとやつかいだと思ふのだが、まあ、一般的には弁慶なのだらう。
その弁慶が賢い。
なんか違ふ気がするのである。

といつても、昨今見る弁慶見る弁慶、みな賢さうなので、もう弁慶といふのはさういふものになつてゐるのだらう。
「賢すぎる」とか文句を云つてゐるやつがれの方が時代遅れなのだ。

見たことはないけれど、以前は富樫もまたどちらかといへば頭のよささうなタイプではなく、山伏問答などは弁慶と富樫との肉弾戦の様相を呈してゐた、のらしい。
さうなると、富樫ひとりが賢くなつてしまふとバランスがとれなくなる、といふことなのかな。

いづれにしても、今後も理想の弁慶には会へさうにはない。
かうして見たこともないものを追ひ求めてしまふ所以は橋本治にあるのだらうな。

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