Wednesday, 28 June 2017

弁慶上使考

「弁慶上使」はもともとは荒唐無稽な物語として上演されてゐたんぢやあるまいか。
まつたく根拠はないが、なんとなくそんな気がしてゐる。

「熊谷陣屋」については、なにかの本で読んだことがある。
文楽の熊谷が赤つ面で朱色の衣装で出てくるのは、最初は滑稽な人物として描かれてゐたからだ、と。
たれのなんといふ本だつたのかは失念してしまつた。
文楽の熊谷は「壇浦甲軍記」の岩永とおなじやうな出で立ちでせう、といふことは、おなじやうなタイプの登場人物として演じられてゐたんですよ。
そんなやうなことが書いてあつた。

「なるほどなあ」と思はないでもない。
初演のころの熊谷は、喜劇的とまでは云はないが悲壮感ただよふタイプではなかつたのではあるまいか。
観客にとつて、熊谷は近しい存在ではない。
武士だしね。
自分たちのあづかり知らぬ世界ではこんなこともあらうかと、さういふ興味で見てゐたのではないかなあ。

熊谷がさうなら「弁慶上使」の弁慶もさうだつた可能性はある。
「弁慶上使」の話は、武蔵坊弁慶にまつはる二つの逸話からできてゐる。
ひとつは、一生のうち二度しか泣かなかったこと。そのうち一回は赤ん坊のときのことであること。
もうひとつは、一生のうち女の人と契つたことは一度しかなかつたといふこと。
この二つの逸話から、あの話はできあがつてゐる。
はじめて見たときは「やるなあ」と思つたものだつた。

「弁慶上使」が荒唐無稽な物語として上演されてゐたとして、それがいま受け入れられるかといふと、それはないだらうと思つてゐる。

「熊谷陣屋」の熊谷でさへ岩永のやうな雰囲気は微塵もなくなつてゐるのだもの。
「弁慶上使」の弁慶だつて、同様だ。

ただ、熊谷ほどには弁慶は現代的に洗練されてゐないんぢやあるまいか。
上演回数がまづ違ふ。
現代人に受け入れやすいやうにするには、「弁慶上使」はまちつと上演して改訂していく必要があるんぢやないかなあ。

今月歌舞伎座で「弁慶上使」を見て、吉右衛門の弁慶は大きくて大変結構だし、おわさの雀右衛門、しのぶの米吉、侍従夫婦の又五郎と高麗蔵、床と、それぞれよかつたと思ふのだが、なんとなく未消化な感じがするのはそのせゐなのぢやあるまいか。

あるいはなにかもつと過剰なものが必要だつたのかもしれない。
だつてとんでもない話なんだもの、「弁慶上使」つて。

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Friday, 12 May 2017

歌舞伎のトワイライト・ゾーン おまけ

一昨日は、「歌舞伎には「綯ひ交ぜ」といふものがある」といふ話、昨日は「でもいまはあんまし機能してゐるとは思へないんだよね。歌舞伎の外にはあるけれど」といふ話を書いた。

日曜日の朝、TV朝日系列の番組を見てゐるとわかる。
特撮戦隊ヒーローもの、仮面ライダー、プリキュア、いづれも綯ひ交ぜの作品だ。

戦隊ヒーローの世界に動物といふ趣向を取り入れるとジュウオウジャー、鉄道といふ趣向を取り入れるとトッキュウジャー、忍者といふ趣向を取り入れるとニンニンジャー。
そんな感じで毎年新しい戦隊ヒーローが生み出されてゐる。
趣向は何年かすると一回りしておなじものが使用されることもある。番組を見るのはこどもだといふ想定だからだらう。
こどもはいづれおとなになり、戦隊ヒーローものを見なくなる。
それに、世界と趣向とはおなじでもまつたくおなじエピソードをくり返すわけではない。

仮面ライダーはいまは仮面ライダーの世界に医療とヴィデオゲームといふ趣向が取り入れられてゐて、プリキュアにはお菓子といふ趣向が取り入れられてゐる。
#「東映」といふキーワードが透けて見えますか。

戦隊ヒーローものや仮面ライダー、プリキュアが綯ひ交ぜの物語になつてゐる理由は、毎年新しいことをしなければならないからといふのが大きいのではないかと睨んでゐる。
でもおそらく現場では「さういふものだから」でやつてゐるのぢやあるまいか。

戦隊ヒーローものは、基本的には地球の平和を脅かす悪の組織が存在して、それに対抗するために複数人で構成されたヒーローグループが組織され、最終的にはヒーローたちが悪の組織を倒す、といふ筋になつてゐる。
毎年新しい番組を作成するにあたり、この枠組みはくづさずにヒーローの人数やそれぞれの性格、悪の組織の目的などをすこしづつ変へる。
そしてそこに趣向を取り入れる。
「そしてそこに」ぢやないか。
趣向が決まることで悪の組織の目的やそれぞれの登場人物の性格づけが決まつてくるのかもしれない。
こんな風にして、戦隊ヒーローものも仮面ライダーもプリキュアも成立してゐるのではないかと思はれる。

世界と趣向といふしばりがあつて、新たなものが生み出される。
昨今「型があるから個性も生まれる」といふやうな話をよく目にする。
「個性的なものを作りなさい」といはれて、なにも手本にせずに作らうとすると、誰が作つても大差ないものしかできてこない。
型のやうなしばりがあつてはじめて個性も生じる、といふやうな話だ。
ほんたうなのかどうなのか、自分で検証したわけではないけれど、日曜朝にTV朝日系列の番組を見てゐると「かういふことか」とも思ふ。

この番組に共通する点は、戦隊ヒーローものなり仮面ライダーなりプリキュアなりといふよく知られた世界があつて、そこに動物なり偉人なりお姫さまなりといつたこれまたよく知られた趣向が取り入れられてゐることだ。

歌舞伎の綯ひ交ぜもかつてはさうしたものだつた。
源平の争ひなり太平記なりといつたよく知られた世界があつて、そこに曾我兄弟なり赤穂浪士なりといつたこれまたよく知られた趣向が取り入れられる。

いまでも、歌舞伎にはよく知られた趣向が取り入れられることがある。

正月の国立劇場で上演される菊五郎劇団の芝居には、そのときどきに流行してゐることを趣向として取り入れることで知られてゐる。
今年はピコ太郎だつた。

スーパー歌舞伎II「ワンピース」には「伽羅先代萩」の政岡や「碇知盛」のパロディのやうな場面がある。

しかし、それは「綯ひ交ぜ」ではない。
「綯ふ」といふのはもともとは縄を綯ふといふ風に長いもの同士を合はせてひとつにすることを表現することばだ。

ピコ太郎の持ちネタにしても政岡や知盛のパロディにしても、趣向ではあるけれども点のやうなものだ。
芝居全体を綯ふ要素にはならない。

それがいけない、といふわけではない。
いまの歌舞伎には、芝居全体の要素たりうるやうな趣向を取り入れることがほばないといふだけにすぎない。
それで歌舞伎自体がダメになるとか滅ぶとかいふことはない。
ただただ「さういふものなのだな」といふだけのことだ。

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Thursday, 11 May 2017

歌舞伎のトワイライト・ゾーン 裏

昨日は、「歌舞伎には「綯ひ交ぜ」といふものがあつて、なんだか「Twilight Zone」に似てゐる気がして好きだ」といふ話を書いた。

この歌舞伎の「綯ひ交ぜ」つて、現在も通用してゐるのだらうか。

七月に大阪松竹座でかかる「盟三五大切」は、忠臣蔵の世界と五大力の世界とを綯ひ交ぜにした狂言だ。
忠臣蔵の世界に五大力といふ趣向を取り入れた芝居、といふ方がいいのかな。
五大力といふのは「五大力恋緘」といふ芝居のことだ。
最後に上演されたのがおよそ30年前のことである。
1989年9月に歌舞伎座でかかつて以降、上演記録がない。
源五兵衛を演じたのは團十郎、三五兵衛は富十郎、小万は先代の雀右衛門だつた。
もう誰もこの世にはゐない。

「五大力恋緘」を見たことのある人つて、そんなにたくさんはゐないんぢやあるまいか。
上演記録から見てそんなにしよつ中かかつてゐた芝居でもなささうだ。
そんな芝居をなぜ鶴屋南北は取り入れたのか。
おそらく当時は人気があつたのだらう。
あるいは初演されたばかりで人の記憶に新しかつたのかもしれない。

「盟三五大切」の「五大力の趣向」といふ部分に意味があるのか。
現在「五大力恋緘」はほとんど上演されてゐないといふのに。

綯ひ交ぜの芝居は、客が知つてゐることを前提にしてゐる。
もちろん、取り入れた世界なり趣向なりを知らない客が見ても楽しくなるやうにもなつてゐる。
でも基本的には客に知識・常識があることが前提だ。

江戸の昔はそれでよかつたのだらう。
いまはそれは通用しない。
すくなくとも歌舞伎の世界では。

歌舞伎の外では通用してゐる気がする。
映画やTVドラマ、アニメーションなどでは、登場人物の背景にうつりこむ品々やセリフにはさみこまれる情報などを見聞きして「あれは何々といふ映画に出てきたもの」だとか「あのセリフはこれこれを引用したもの」だとか楽しむ向きがある。
ヤシマ作戦はプリズ魔でせう、とかね。

さう考へると、超歌舞伎の場合綯ひ交ぜの芝居を作りやすいのかもしれないとも思ふ。
また、先代の猿之助はスーパー歌舞伎で綯ひ交ぜの世界のやうなものを構築しやうとしてゐたのかもしれない。
スーパー歌舞伎の「三国志」とか、全然三国志ぢやないものね。演義でもなければましてや「正史? なにそれ、おいしいの?」状態だ。
でも「三国志の世界」に別の趣向を取り入れやうとしてああなつた、とも考へられる。

でもなー、本家本元の歌舞伎は、なー。

勘三郎が語つてゐたことがある。
こどもが生まれて男の子で「歌舞伎役者の家に生まれたからには曾我兄弟の物語を読ませたい」といふので本屋に行つたら、こども向けはもちろんのことおとな向けでさへ十郎五郎の物語の書籍など一冊もなかつた、と。
この傾向は現在も変はつてゐないと思つてゐる。

おほもととなる世界の話が知られてゐないのに、なんの綯ひ交ぜか。
綯ひ交ぜなどといふものは、もう書籍の中や人の知識の中にしか存在しない。
存在はするけれどもその意義がない。

客は知らないといふ前提だと、綯ひ交ぜは成立しない。
成立させやうとしたら、「これなら知つてゐるだらう」といふものを持ち込むしかない。

歌舞伎における「綯ひ交ぜ」は、かつてさういふものがあつた、といふところに落ち着いてゐるのだらう。
または「この芝居はもともと「義経記の世界」と「夏祭浪花鑑の世界」とを綯ひ交ぜにしたものでした」といふ知識としてだけ残つていくのかもしれない。

生まれてはじめて「盟三五大切」を見たときのあの「うわー、これ、「五大力恋緘」の登場人物ぢやん。全然性格違ふぢやん。話も違ふし。わ、しかも、あの人、「忠臣蔵」のあの人なの? なにこれ?」といふ、おそらく初演を見た人も感じたであらうわくわくした気分は、この先味はふこともないのだらうな。

あるとしたら超歌舞伎、か。

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Wednesday, 10 May 2017

歌舞伎のトワイライト・ゾーン

「綯ひ交ぜ」といふことばがある。
歌舞伎で二つ以上の世界を混ぜあはせて一つの作品を作ること、と辞書にはある。
七月に大阪松竹座でかかる「盟三五大切」は「五大力」の世界と「忠臣蔵」の世界とをあはせた綯ひ交ぜの狂言だ。さらに「東海道四谷怪談」を匂はせるやうなところもある。
かういふ芝居に弱い。

「五大力」であつて「五大力」ではなく、「忠臣蔵」であつて「忠臣蔵」でない。
どちらでもあつてどちらでもない。
ふたつの世界のあはひにあるやうで、そのどちらにもない。
登場人物の名前は「五大力恋緘」の登場人物や「仮名手本忠臣蔵」の登場人物とおなじだけれど、人物造形は異なる。
好きだなぁ、この感じ。

こんなにあからさまでなくても、「髪結新三」のやうにちらつと大岡政談がかいま見えたり、今月歌舞伎座でかかつてゐる「魚屋宗五郎」のやうに番町皿屋敷の影があつたりするのもいい。

このどちらの世界でもあつてどちらの世界でもないといふのが、実に「トワイライト・ゾーン」だといふ気がする。

「トワイライト・ゾーン」といふと、オープニング・テーマが有名だ。
「にににに にににに」と口ずさむと「ああ、あの曲か」と思ふ向きも多いかと思ふ。
この主題曲にかぶせて、ロッド・サーリングのナレーションが入る。

There is a fifth dimension beyond that which is known to a man.
にはじまる、これも有名な文句だ。

この第五の次元は宇宙のやうに広大で無限のごとく果てしがない。
光と闇とのあはひ、科学と迷信とのあはひに存在するものだ。
人の恐怖の淵と知識の頂との間にある空想の次元。
人呼んで「トワイライト・ゾーン」。

この漢詩を思はせるやうな対句の連続がまづたまらない。

あるやうなないやうな、ぼんやりとした感じ。
twilight は辞書によつては日の出・日の入りどちらの時間帯もさすとある。彼は誰時とおなじやうなものだらう。
ことばの意味さへ不分明だ。
綯ひ交ぜの世界とは、この第五の次元、トワイライト・ゾーンのやうなものなのではあるまいか。

もともと芝居で世界を綯ひ交ぜにしたのはほかに理由があるものと思つてゐる。
ご見物に慕はしい内容をと思つた、とか。
しよつ中新作を作らねばならないのですでにあるものから借りてくることにした、とか。
このネタだつたらオレの方がもつとおもしろい芝居を作れるぜと思つた、とか。

それがまた違ふ効果を生んだのだらう。
「南北、好きー」と思ふのも、いろんな世界をもつてきててんこもりなところがいいんだらうな、やつがれにとつては。

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Thursday, 02 March 2017

見に行かないけど歌舞伎が好き

歌舞伎が好きだが歌舞伎は見に行かない。
大いにありうることだと思つてゐる。

野球は好きだがプロ野球の試合を見に行くことはない、といふ人は多い。
行ける日時に試合があるとはかぎらない。
野球観戦に行く余裕がないこともあるだらう。金銭的にも時間的にもね。

かくいふのは、身近に野球は好きだけれど試合は見に行かないといふ人間がゐたからだ。
積極的に見に行かないわけではない。
見に行く機会や余裕があれば行くだらう。

プロ野球チームの球場がわりと近くにある状況でかうだ。
遠いところにあつたらますます行く機会はすくなくなる。
行つてみたいと思ひつつ、行かぬままに過ごす野球ファンといふのはかなりの人数になると思つてゐる。

歌舞伎についても、好きだけれども劇場に行くことはないといふファンが多くてもをかしかない。

一年を通して上演してゐるのは東京にある歌舞伎座だけで、ほかに名古屋・京都・大阪・福岡などで年に一、二度、ときに三度ほど上演があるのと、巡業といつて全国を回る興行があるくらゐで、あとは上演するとしても東京にある劇場にかぎられる。

見に行くことのない人、多いよね、絶対。
テレビで見て歌舞伎好きだな、とか、見てみたいな、と思ふこともあるかもしれない。
巡業で近くに来たので行つてみたら気に入つた、といふこともあるかもしれない。
でもその先なんらかのアクションを起こすのがむづかしいことも多からう。

見に行かないけれど、歌舞伎が好き。
好きだから語りたい。
さういふ人もゐることだらう。
うかつに「見たことないくせに」とは云へないなあ。

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Friday, 24 February 2017

安い朱色の「三人形」

先週、大阪松竹座で二月花形歌舞伎を見てきた。

昼の部のうち、「義経千本桜」の「大物浦」「碇知盛」は、後半が絶叫合戦になつてしまふのは想定内だし、こののち芝居の引き出しの増えることがあれば解消されるだらう。

問題は「三人形」だ。

「三人形」は奴・傾城・若衆の三体の人形に命宿つて舞ひ踊るといふ所作事である。

傾城の出てきたときのショックといつたらなかつたねえ。
衣装の朱色の安つぽいこと。
品もなにもありやしない。

もう二十年も前だらうか。
衣装の赤い色がぺかぺかと安つぽくなつていけない、といふ話があつた。
当時はよくわからなかつたけれど、「三人形」を見たときに「かういふことなのかな」と思ひ出した。

朱色だけならまだしも、帯が緑地なのがまた念入りに安つぽい。
文楽や歌舞伎で緑色と朱色との衣装を着る役つて、あんましいい人ぢやあない。
なんかもつとほかの色合ひにはできなかつたのだらうか。
以前見たときは朱色ではなくて赤だつたやうな気がする。

チラシの写真だとそんなに安つぽくも見えないんだけどな。
照明の問題だらうか。

さらにいふと、この傾城の衣装の朱色が若衆の衣装の色と壊滅的に合はない。
若衆は上が青紫、袴が明るい黄緑といつた衣装で、これは以前見たのとおなじだと思ふ。
この青紫と朱色とが実に合はない。
見てゐてつらくなつてくるくらゐに合はない。

歌舞伎を見て「この色合はせ、つらい(>_<)」とか思つたの、はじめだよ。

歌舞伎がほろびるとしたら、かういふところから滅びるんだらう。
歌舞伎座で、大道具のお粗末さに毎月さう思ふ。
床や畳を表現する布の敷きかたが、あまりにもいい加減だ。
ところどころ皺がよつて浮いてゐる。
今月はたうとうその浮いたところに足を取られた役者がゐたといふ。

見てゐると、大道具担当の中に粗忽な人がゐるのがわかる。
盆が回つてとまると、大道具の人々が出てきて上手下手それぞれの布の端を引つ張つてのばす。
このとき、布の両端をきちんとのばす人と、一番長くて鋭角の端だけしかのばさない人とがゐる。
後者のやり方をすると皺ができるといふ仕組みだ。

客席から見てゐてわかるのだから、大道具や役者、舞台関係者はみなわかつてゐるだらう。
わかつてゐて放置してゐたから蹴つまづく役者が出てくる。
これが年老いた役者でそのまま転んで骨でも折つてゐたらと思ふとおそろしくて仕方がない。

織りや染めにしてもさうだ。
玉三郎がときに超絶豪華な衣装を着るのはなにも自分をうつくしく見せるためだけではあるまい。
さういふ衣装を作ることによつて技術の継承をうながしてゐる。
さうだと信じてゐる。

何年も前にもう豆絞りの手ぬぐひは染められなくなつた、と聞いた。
このとき、確か菊五郎が一疋買ひ占めたと耳にした。
豆絞りの手ぬぐひがなかつたら、浜松屋の引つ込みができなくなる。
それとも買ひ占めたと聞いたのは藍微塵だつたか。
「切られ与三」の源氏店の場で、与三郎の着てゐる衣装の生地が藍微塵だ。
豆絞りはそれでも有松絞りでまだあるやうだから、藍微塵かもしれないな。

染めた赤い色がぺかぺかするのもさう。
襖の花丸が碌々描けてゐないのもさう。
かういふところから歌舞伎は滅びてゆくのだらう。

衣装や鬘、大道具・小道具は、今後はこれまで「歌舞伎らしい」と思はれてきたものとはと変はつてゆくのかもしれない。
「あらしのよるに」などを見ても、大道具で建物などを作成するよりプロジェクション・マッピングを取り入れていくのかな、といふ気がしてゐる。

でも、それは歌舞伎なのかな。
なにか違ふものになるのではないかな。
そんな気がしてゐる。

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Friday, 20 January 2017

むつかしい話は苦手でして

早川書房の雑誌「悲劇喜劇」の一月号を読んだ。
落語特集だつたからだ。
普段は読まない雑誌といふこともあり、毎号掲載されてゐる通常の記事も読んだ。
巻末に劇評が掲載されてゐる。
劇評家の人がふたり、対談方式で見た芝居について語りあふといふ形の記事だ。
一ヶ月くらゐの間にこんなにたくさんの芝居が上演されてゐるんだなあ。
自分の見てゐる舞台なんてそのうちのほんのわづかで、さらにそのうちの一公演きりなんだなあ。

しかも、なんだかむづかしい内容の芝居が多い。
実際に見たわけぢやなくて、見てきた人の話を聞いてさう思ふので、自分で見たらさうは思はないのかもしれない。

でも、なんとなくだけど、世の中むづかしい内容のものの方が高尚だしさういふものでなければやる意味がない、といふ風潮はあるよね。

「むづかしい内容の芝居」といふのは、「人生如何に生きるべきか」とか「人間の生きてゐる意味とは」とか「人と人との関係に潜む名状しがたいもの」とか、そんなやうなことを描いたもののことだ。
もつといふと、なにか主題があつて、それにもとづいて作られたやうな芝居、しかもその「主題にもとづいて作つたものですよ」といふことが透けて見えるやうな芝居も入る。

歌舞伎にもある。
新作歌舞伎の多くは、なにか主題があつて、それを訴へやうとしてゐるやうに見受けられる。
スーパー歌舞伎なんかさうかな。
スーパー歌舞伎の「三国志」の惹句は「夢見る力」とかだつた。
うーん、なんかさー、歌舞伎にさういふもの、求めてないんだよねえ。
「あらしのよるに」もさういふ感じがした。
種族を超えた友情、みたやうなさ。
さういふのは別の芝居で見るから(といつて、やつがれは見ないのだが)、歌舞伎でさういふ無粋なのはやめやうよ。
最近見た中では「阿弖流為」くらゐかな、さういふメッセージ性のやうなものを感じなかつたのは。あ、「GOEMON」もさうかな。
「ワンピース」は「仲間大事」、でせう。

でもどうやら、さういふ訴へたいことのあるメッセージ性の高い芝居の方が受け入れられてゐるやうな気がするんだよなあ。
おそらく、見た後なにかが残つた気がするからだと思ふ。
あと、国語教育でせうね。「主人公の云ひたいことを何文字以内で書きなさい」みたやうな。「主人公」でなくて「この話」の場合もあるか。

現在、歌舞伎座で真山青果の「将軍江戸を去る」がかかつてゐる。
大政奉還後、「薩長のやることは納得いかん、徹底抗戦だ!」といふ慶喜と「戦争はいかん!」と必死で説く山岡鉄太郎の話、と書くと端折り過ぎかな。
「戦争はいかん」「戦争をすれば苦しむのは民百姓だ」といふのが、青果の云ひたかつたことだと思つてゐる。
また、立場の弱い幕府側から敢て戦争を回避するといふ点も、描きたかつたことなのだらうといふ気がする。
さう思ひつつ、でも歌舞伎でやるんだから、それが表だつちやダメなわけでさ。
新劇ならいいけども。
そこがこの芝居のむづかしいところなんではないかと思つてゐたのだが。

きつともう、さういふことは考へないんだよね。
なにかを表現する、演じるといふのはなにかしらの主題を背負つてそれを訴へるための手段なのだらう。

今回見た「将軍江戸を去る」にはあまりメッセージ性は感じなかつたけどね。
初日に見たので、全体的に消化し切れてゐない感じの舞台だつたからかもしれないけど。

今後はますますかういふ「自分の訴へたいことはこれなんだ!」「かういふことが云ひたいんだ、自分は!」みたやうな芝居が増えていくんだらう。
さういふのに興味がないから歌舞伎を見てるんだけどなー。

今後、歌舞伎を見なくなるだらうと思ふ所以のひとつはそこにある。

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Friday, 13 January 2017

演目が好きなのか役者が好きなのか

長いこと、「河庄」や「雁のたより」などは好きな芝居だと思つてゐた。
実際好きだつたし、かかると聞けばうれしい演目だつた。

どうやら「河庄」や「雁のたより」が好きなわけではないらしい、といふことに気がついたのはわりと最近のことである。

「河庄」自体が好きだつたわけではない。
中村鴈治郎(三代目。以下「3」)が紙屋治兵衛を演じるときの「河庄」が好きだつたのだ。
「雁のたより」も同様で、鴈治郎(3)の三二五郎七で見る「雁のたより」が好きだつた。
ほかの役者で見る「河庄」や「雁のたより」は別段好きでもなんでもない、むしろあまり好みではない方なのらしい。

さういへば、鴈治郎(3)襲名のあとだつたらうか、歌舞伎を通じて知り合つた人に「あなた、鴈治郎(3)のこと好きだものね」と云はれてびつくりしたことがある。
そ、そーかなあ。
考へたこともなかつた。
いま思へば、そのとほりだつたのかもしれない。
すくなくとも当時は。

政岡とかも好きだつたし、四月に中村吉右衛門の内蔵助の「南部坂雪の別れ」で見た瑤泉院も「四月に「南部坂雪の別れ」かよ」と見る前は思つてゐたものの、見たらものすごくよかつたし。
「時雨の炬燵」もよかつたなあ。片岡秀太郎のおさんで。
「雁のたより」のお玉どんも秀太郎だつたか。
「二月堂」の渚の方も忘れられない。
定高とかね。よかつたよねー。
「吉田屋」の伊左衛門も、鴈治郎(3)に限る。
それくらゐに思つてゐた。

そんな鴈治郎(3)だつたが、山城屋を襲名する少し前からなんとなく以前ほど好きではない気がしてゐた。
芝居が長いのである。
くどい、といつてもいい。
最初にさう思つたのが葛の葉だつた。
や、もういいから、先に行かうぜ。
見てゐてさう思つた。

さういふ時期が続いて、でも歌舞伎座のさよなら公演の「藤娘」なんてのは実にすばらしくて、たぶん、そのあたりからまたちよつと「いいかも」と思ふやうになつたやうに思ふ。
三年前の九段目の戸無瀬とか、大絶賛してたしね、当時のやつがれは。

でも、ぢやあ、山城屋が好きか、と訊かれると、やつぱり別段好きぢやあないんだよな。

なんなんだらう。
演目と役者との組み合はせ、相性、さういつたものなのかもしれないな。

「義賢最期」も好きだと思つてゐたけれど、やつがれの好きな「義賢最期」は、「中二病」といはれるだらうことを覚悟でいへば、「滅びの美学」とか「敗者の覚悟」が感じられる芝居であつて、派手な立ち回りは添へものに過ぎない。
凄惨な敗者の最期を演出するもの、または敗者の云々などを解さない客向けのサーヴィスが、戸襖倒しであつたり仏倒しであつたりするのだ、と思つてゐる。
「義賢最期」を「立ち回りがすばらしい」と誉める人が多いときは、「あ、なんか違ふ芝居なんだな」と思ふやうになつた。
どうやら成長したのらしい。

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Thursday, 29 December 2016

今年見た芝居とか

今年見た芝居でおもしろかつたものをあげやうと思ふと、どうしても最近見た芝居ばかりが脳裡に浮かぶ。

今月の国立劇場で「仮名手本忠臣蔵」の九段目を見て、「「九段目は役者がそろはないとできない」といふのはかういふことか」としみじみ思つたこと。
おなじく歌舞伎座で第三部の一幕目(といつていいのだらうか。所作事だけど)までは「来年は芝居を見る回数を減らさう」と心に誓つてゐたこと。
そんなことばかり思ひ出してしまふのだ。

でも、一月から考へてみると、そんなに悪いばかりぢやなかつた。
一月は、見る前は「またかよ」と思つてゐた「石切梶原」がよかつたしね。
吉右衛門や歌六、芝雀(当時)がいいのはもちろんとして、歌昇の俣野がよかつたんだよね。それまでだつたら力みすぎて形もくづれがちだつたり声もつぶれてたりしたのが、まつたくなかつた。
浅草に出るよりも、歌舞伎座に出た方がいいのだらうか。
これは、昼の部の一幕目に出てゐた種之助を見ても思つたことだ。
「茨木」もよかつたよねえ。
一月の昼の部ははりこんで一階席を取つた。
正解だつた。

二月は世間では「籠釣瓶」といふのだらうけれど、やつがれは「源太勘当」だと思つてゐる。
「籠釣瓶」はね、「播磨屋で見たいのはこれぢやないんだよねえ」感がつのつてねえ。
しかも菊五郎も一緒に出てゐるのに、この芝居はないだらう、とも思つた。
「源太勘当」は、どの役者もぴたりとはまつた配役で、そこがよかつた。
とくに高砂屋の源太ね。
それと秀太郎の延寿ね。
それに孝太郎の千鳥ね。
あと錦之助の平次ね。
市蔵も橘太郎もよかつた。

悪いとこないぢやん。
と云ひたいところだが、「源太勘当」にはひとつだけ不安要素があつた。

大道具だ。

襖などに描かれた花丸が花丸に見えない。
多分花丸なのだらう。
いつたい、どこからこんな絵を持つてきたんだい?
その後、なにかの芝居で花丸を見たときはすこしよくなつてゐたけれど、歌舞伎座の大道具はとにかくここのところいろいろ心配な点が多い。
「籠釣瓶」にしても床に敷いた布が波打つてゐたりね。
最後の立ち回りのところも波打つてたらどうするんだよ。播磨屋が足をひつかけでもしたらどうする?
と思つたら、室内の布(といふか畳といふか)はちやんと敷けてゐたけれど、奥の廊下の布はやはり波打つてゐた。

国立劇場の大道具はいいんだけどねえ。
国立劇場で芝居を見てゐると、盆を回したあとの床の布をのばすときに、きちんと端まできれいにのばしてゐる。
歌舞伎座は違ふ。
のばす人によつてきちんとのばす場合となんだかだらしない場合とある。
歌舞伎は早晩滅びると思つてゐるのは、かういふ点があるからだ。
どうしても役者が活躍してゐるさまばかりが取り上げられるけれど、役者だけでは芝居はできない。
まあ、大道具がダメになつたら照明やプロジェクション・マッピングに移行するのかもしれないけどね。

二月の歌舞伎座は「新太閤記」に出てゐた歌六がよかつた。
犬千代。
いやさ、前田利家。
白塗りのいい男でね。
でもちよつと皮肉げなところもある。
歌六と菊五郎といふのもちよつと見ない組み合はせだつた。
時蔵もよかつたね。
最初は初々しい娘さんがしつかりものの女房になつて、最後は女帝然として厳かだつた。

……この調子で書いていくといつまでたつても終はらないな。
今年見て一番気に入つたのは、博多座で見た「十種香」だ。
もうね、雀右衛門の八重垣姫と時蔵の濡衣とが手に手を取つて、首をかしげて「ねーっ」とかやつてゐる姿が(実際は「ねーっ」ではないのだが)、「ああ、自分はずーつと長いこと、このふたりのかういふ舞台が見たかつたのだ」と、長年の宿願がかなつて感に堪へなかつた。
いまでも思ひ出してはじーんとしてしまふ。
歌舞伎を見始めたころ、ほぼ同年齢同士の勘三郎、三津五郎、時蔵、雀右衛門、又五郎が好きだつたんだよね。
五人ともそれぞれ趣が違つてさ。
今後も芝居を見るのが楽しみだな、とそれぞれを見て思つてゐた。
思つてゐたのにねえ。

しんみりしたところで、以下次号(つづかないかもしれないが)。

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Friday, 16 December 2016

好きな役者を語りづらい理由

もうせん中村吉右衛門と片岡仁左衛門とが好きである。
めんどくさいことを云ふと、かう書きながらも、別に吉右衛門や仁左衛門が好きといふわけではない、とも思ふ。
播磨屋と松嶋屋とについていふと、「この役が好き」といふ役を演じることが多い。
そして、ときたま垣間見えるちよつとさみしげな感じがなんともいい。

この「ときたま垣間見えるちよつとさみしげな感じ」といふのは役者の属性ではないだらうと思つてゐる。
役にまつはる属性だ。

たとへば「引窓」の南与兵衛の、「おふくろさま、なに(もの)をお隠しなされます」といふせりふだ。
播磨屋はいまや父の跡も継ぐことになつた自分をここまで育ててくれた継母への心遣ひ、松嶋屋はこれまで実の親子のやうにして育ててくれた継母に甘えるやうな感じといふ違ひはあるのだが、やさしい雰囲気のなかに、どこかさみしさがある。
それは、自分に隠しごとをしてゐる継母に対しての思ひといふのとは違ふ。
夕焼けのなぜかしらもの悲しく見えるやうな、そんな、いはれなく感じるさみしさがある。

あるいは由良助ね。
おほきいんだよ。
おほきいんだけど、ふとした瞬間にそこはかとないさみしげなやうすが垣間見える。
「哀愁」と呼んでしまへばかんたんなのかもしれないけれど、さうではないんぢやないかといふ気がしてゐる。

松本幸四郎はおなじやうな役を演じるけれどさうしたさみしさとは無縁で、尾上菊五郎はさうしたさみしさのあるやうな役を演じることがほぼない。
さういふ違ひなんだと思ふんだよなあ、好きかどうかつて。

といふやうな話をしても理解してもらへないやうな気がするし、「わかる、わかるよ」と云つてもらへたとしてもその人の感じる「さみしげなやうす」とやつがれの感じる「さみしげなやうす」とは全然別のものである可能性があるやうに思ふ。

好きな役者、といふか、好きな役を好きな役者が演じてゐるものについての話をしづらいのは、さういふところにあるのではないかと思つてゐる。

関聯する記事: 「中の人」考

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