Tuesday, 17 October 2017

時間はないけど

昼休みの空いた時間に、ノールビンドニングに挑戦することにした。
以前から興味はあつて、五年前に北欧に行つたときにも、三年前に行つたときも針を買つてきた。
写真は三年前に行つたときに買つてきたものだ。

ノールビンドニングとボスニアンクロシェット

左の二本がノールビンドニング用の針、右の一本はボスニアン・クロシェットの針だ。
ノールビンドニング用の針のうち、左の方はスウェーデンはストックホルムの北方民族博物館で写真がたくさん掲載されてゐる薄い手引書と一緒に求めた。素材は……なんなのだらう、これは。骨? 歯?
右の方はボスニアン・クロシェットの針と一緒にストックホルムのヘムスロイドで購入した。どちらもとてもスムースで使ひやすさうな針である。

入手したはいいものの、放置したまま三年がたつた。
手引書を見ながらはじめてもよかつたはずなのに、買つて満足してしまつた、とでも云ふべきか。

「さういへば自分はノールビンドニングの針を持つてゐるな」と思ひ出したのは、「はじめてのノールビンドニング」といふ本が発売されたからだ。
それまでもWebなどでノールビンドニングをしてゐる人やその作品を見かけることはあつたけれど、その時ではなかつたのだらう。

「はじめてのノールビンドニング」では、「作り目が大変」「作り目の作り方が覚えられなくて挫折する」などといふことが書かれてゐる。
思ひ出すなあ、タティングレースをはじめたときのこと
周囲にタティングをしてゐる人はなく、本だけが頼りだつた。
あのときも、目を作つたはいいものの、その作つた目が芯糸を自由に行き来するはずなのにさうならず、さんざん悩んだものだつた。
ちよつとやつてみてはうまくいかず、またやつてみて目が動かないといふ状況が数日つづいた。
懲りずにつづけてゐたとき、突然ひらめくことがあつて、やつと目を動かすことができた。
今回もそんな感じかなと思つてゐる。

タティングレースをはじめたときには時間があつた。
ほんたうはなかつたのかもしれないけれど、時間があると思つてゐた。
いまはない。
それがタティングレースをはじめたときとの一番大きな違ひかな。
いまの方がWeb検索などで情報も手に入れやすからうといふのも違ひのひとつだらう。

昨日ノールビンドニングをはじめてみたところ、まづ、目が正しく作れてゐるのかどうかがよくわからない。
本のとほりに目を作つて、しかし輪のできる場所が違ふ気がする。
糸は極太に近いやうな太いものを選んだのだけれど、色が暗いのが敗因かなあ。
とりあへず、今週はノールビンドニングの作り目に挑戦してみるつもりでゐる。

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Tuesday, 10 October 2017

やめた方がいいのかもしれない

タティングレースの栞は糸端の始末はできた。
昼間も明るくなつたからだ。
どうやら十月に入つた途端、昼休みに照明を消す儀式がなくなつたのらしい。
自主的に決してゐる部署もあるやうだが、少なくともやつがれなどのゐるあたりの照明はついたままになつた。
それでなんとか糸端の始末をした、といふわけだ。

栞は Mary Konior の Black Magic で、糸端を始末したはいいものの、やつぱりなんだかいびつな形になつてしまつた。
Black Magic はマーガレットのやうな花を一列につないだやうな形の栞だ。
花と花とのあひだは6-9-6のブリッジがつないでゐる。
このブリッジの形がどうもいびつになつてしまふのだつた。
Black Magic はいくつも作つてきたけれど、毎回さうなのだつた。
花と花とのあひだの形が悪いことはわかつてゐるので気をつけてはゐるつもりなんだがなあ。
はじめて作つたときよりはマシになつてゐるとは思ふけれども。
といふか、さう思はないとやつてらんないよ、といふのが本音である。

あるいはやらない方がいいのかもしれない。
いつまでたつてもそんな調子なわけだからね。

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Tuesday, 03 October 2017

仕上げの技能向上策

タティングレースの栞は糸端の始末を忘れたままになつてゐる。

Mary Konior の Black Magic を作つたはいいが、職場では昼間照明を消すので暗くて糸端の始末がおぼつかないからだ。
家でやらうと思つていつも忘れてしまふ。

その間、昼休みになにをしてゐるのかといふと、タティングシャトルに残つた糸でおなじく Mary Konior の Curds & Whey を作つてゐる。
シャトルに一定量の糸があまつてゐると、つひ Curds & Whey を作つてしまふ。

理由はふたつある。
ひとつには、シャトル一つでできるものであるといふこと。
またひとつには、スティッチの結び具合やリングの締め具合などの調整の練習になること。

一応、なにに使ふかは不明だが、ちやんと糸始末まで行ふ。
さうしないと上達しない気がするからだ。
あみものも同様で、作り目や普通に編むことはわりとすぐに上達する。
伏せ目やセーターの脇などのとじやはぎはなかなか上達しない。
最終段階に進むことが少ないからだ。
はじめるにははじめられても、終はりまでいけない。
それで仕上げに必要な技術がいまひとつ上達しない。

一時、自分でもをかしいんぢやないかと思ふくらゐくつ下ばかり編んでゐたことがある。
「Sockknitter に俺はなる!」と思つてゐたからだ。
使ふことなくしまはれたくつ下は数知れず。
でもそれでもよかつたのだと思つてゐる。
編みはじめから仕上げまで、何度もくり返すことができたからだ。

タティングレースでもちいさいモチーフをいくつもいくつも作つてみるかなあ。
ちやんと整形するところまで手がければ、それなりに上達しさうな気もする。
かんたんなモチーフを基本的なことを確認しながら作るのもいいかもしれない。

と、日記には書いておかう。

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Tuesday, 26 September 2017

太くてもいい

タティングレースの栞は、あとちよつとといふところまで来た。

Mary Konior のデザインした Black Magic を淡い水色の糸で作つてゐる。
あと花びら(だらう、たぶん)を一枚作つたらおしまひだ。
これが終はると昼休みにすることがなくなつてしまふ。
昼休みのあひだはあひかはらず暗いので、もうタティングレースはあきらめやうかなあといつたところだ。

だが待てよ。
なにかとても太い糸で作ればいいのぢやあるまいか。

これまで一度だけ行つたことのあるホビーショーではえらく太い糸で作つたタティングレースのモチーフをつなげて着るものを仕立ててゐたのを見たことがある。
実際にそれを身につけてゐる人もゐた。

なるほど、細い糸で作るばかりがタティングレースではない。

だがなあ。
手持ちの糸で暗くても問題のなささうな太さでタティングレースにも向いたもの、といふのがぱつと思ひ浮かばない。
中細や合細くらゐの毛糸を使つてもいいが、さうした糸はたいていなにを作るかおよそのところは決めてゐる。
うーん。どうしたものかー。

といふわけで、ここはやはりおとなしくあきらめて糸紡ぎでもするかなあと思つてゐる。
さうするとタティングをする時間がなくなつてしまふんだよなあ。
バスで座れたときにタティングをすることにしやうかなあ。

その前に、タティングレースで作りたいものがいまあるだらうか。

考へるとしたらそこからかなあ。

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Tuesday, 19 September 2017

糸を持ち歩く

タティングレースの栞は、あとすこしでできあがるところまできてゐる。

Mary Konior の Black Magic を作つてゐる。
前半は終はり、後半に入つて五個中四個めの外周を作つてゐるところだ。

ここにきて、糸が足りない。
あとすこしだといふのに。
最初から足りない気はしてゐた。
クロバーのタティングシャトル・ボビンのボビンに糸を巻いて持ち歩いてゐる。
これがすこぶるよい。

クロバーのボビン式タティングシャトルは、従来のシャトルの形状に近く、使用してゐて違和感が少ない。
さすがクロバーだ。

では普段遣ひにしたいか、といふと、ちよつと微妙だ。
たぶん、やつがれがタティングシャトルに求めるのはボビン式といふだけではないのだ。
できればかぎ針も装備してゐてほしい。
だから GR-8 Tatting Shuttles を愛用してゐるんだな。
このことに、クロバーのボビン式タティングシャトルを使つてはじめて気がついた。
それまではボビン式のシャトルが好きだくらゐにしか考へてゐなかつた。

しかし、それでもクロバーのボビン式タティングシャトルはいい。
なにがいいといつて、ボビンとボビンのストッパとが実にすぐれてゐる。
予備の糸をボビンに巻いてストッパをつければ持ち歩きに便利なことこのうへないからだ。
ストッパにはボビンをさせるやうになつてゐる。ボビンに糸を巻くときに至極都合がよい。

そんなわけで、今回も外周用の糸をクロバーのボビンに巻いて持ち歩いてゐたわけだ。
でも、Black Magic を作るにはちよつと足りなかつたんだなあ。
惜しい。
もうひとつ予備に持つてゐればよかつた。

昼間の職場は相変はらず暗い。
明るくなつたら Masquerade をつなぐプロジェクトを再開する予定なんだがなあ。
もしかしたらこのまま明るくならないのだらうか。

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Tuesday, 12 September 2017

タティングレースのリングをほどく

タティングレースの栞は、うまいことほどくことができて現在もちまちまと作成中である。

先週、痛恨の大失態を犯した翌日、ダメでもともとと思ひつつもリングをほどいてみた。

昔はほどけなかつた。
タティングレースをはじめたばかりのころのことだ。
おそらく手がきつすぎたのだらう。
リングの締め具合がわからず、あまりゆるくすると芯糸が見えてしまふこともあり、きりきりと締めてゐた。
また、糸のすべりがよくなくて、つひ力任せに引いてしまふこともあつた。これはいまもある。

リングをほどかうとして、芯糸をムリに逆方向に引つ張ると、最後の目が裏返つてしまふことがある。
目が裏返るといふのは、芯糸に巻き付いてゐた糸が芯糸になつてしまひ、芯糸が巻き付く現象をいふ。
タティングレースでは、シャトルから出てゐる糸を芯糸に巻き付けて目を作る。このとき芯糸は自在に動く状況にある。
シャトルから出てゐる糸に芯糸にするはずだつた糸が巻き付いてしまふと、シャトルから出てゐる糸は巻き付かれたまま動かなくなる。芯糸も同様だ。
それで芯糸を引けなくなつてしまふ。
この罠によくひつかかる。

いまは以前よりもリングの芯糸の引き加減が弱くなつた。
また、ほどかうとして芯糸をムリに引くと目が裏返つて糸を引けなくなつてしまふといふ現象も理解してゐる。
今回も最後の目が裏返つてしまつて、なほしながら芯糸を引き出した。
裏返つた目をなほすときにはクロススティッチ針を使ふやうにしてゐる。
ときに二本使用して、なんとか目をもう一度ひつくり返す。

いづれにせよ、リングを閉じるときには気をつけねばならない。
もう何度もやつてゐることなのに、気がつくとおなじことをやつてしまふのだつた。
吁嗟。

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Tuesday, 05 September 2017

世の中暗い

タティングレースで、Mary Konior の Black Magic を作り始めた。
Tatting with Visual Patterns に掲載されてゐる栞である。

と書いて、どうしやうかと思つてゐる。
昨日の昼休み、痛恨の失敗をおかしてしまつたのだ。
ほどかうとしたけれど、昼間は暗くて目がよく見えない。

なぜ Black Magic を作らうかとしたのかといふと、昼間暗くなるからだつた。
なんだかわからないけれど、現在職場では昼休み開始から三十分たつと照明を消す。
照明を消す前にタティングすればいいのかもしれないが、残りの三十分でうまく食べ終はれなかつたらと思ふと、やはり最初の三十分は昼食を食べることに注力したい。る
そんなわけで、暗くても、まあなんとかできるやうなものといふので、Black Magic をはじめたのだつた。
しかるに間違へてしまつたわけだ。

うーむ。

今日は復旧作業から入るつもりだが。
うまくいかなかつたら Black Magic はこのままお蔵入りかなあ。

世の中にはタティングレースで間違つてしまつた場合、なにがなんでもほどくといふ人とある程度やつてダメだつたらあきらめる人とゐると思ふ。
やつがれは圧倒的に後者で、なぜといつてほどくことに時間を使ふんだつたら切つてなかつたことにする方がいいと思つてゐるからだ。
人生は短い。
からんだ糸をほどくことに時間を費やすには、人生は短すぎる。
さう思つてゐる。

といふわけで、切つてしまふ線が濃厚だ。
切つて、まだ作りはじめたばかりなので、なかつたことにするかもしれない。
まあ、その時の気分次第だな。

なにしろ世の中が暗いと考へ方も暗くなるのでな。

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Tuesday, 29 August 2017

Tat Like Little Miss Muffet

タティングレースではひたすら Curds and Whey を作つてゐる。

Curds and Whey は Mary Konior の Tatting with Visual Patterns に掲載されてゐる、うーん、なんといへばいいのだらう、エヂング、かな。ブレード。なんかそんなやうなものだ。

タティングシャトルに半端に糸があまつたとき、うつかり作つてしまひがちなのがこの Curds and Whey である。
なにしろシャトルひとつでできるといふのがいい。
たいしたサイズにはならなくても、シャトルを使ふ練習と思つて作る。

今回は、タッセルかリボンをつければ栞になるくらゐのサイズのものができた。
タッセルはあまり好きぢやないのでつけないと思ふけれどもね。

Curds and Whey こそ何度作つたかわからない。
ビーズを入れて作つてみたこともある。
いいなあ、ビーズを入れて Curds and Whey。
ネックレスやブレスレットにちやうどいいサイズだし。

と、思つてゐることをなぜ実現できないのだらうか。
昨日も、そろそろ羊毛の入つた毛糸であみものをしやう、などとここに書いた。
帰宅したら暑くてそれどころではなかつた。
暑いといふよりは蒸してゐる。
毛糸を使つたあみものには向かない陽気だ。

そんなことを云つてゐると十月過ぎても編み始められないのではないかといふ気がする。
そのあひだにビーズを糸に通してビーズ入り Curds and Whey でも作るかなあ。
毎回おなじことを書いてゐるやうな気がするけれど。

ところで Curds and Whey といふのはいはゆる「マザー・グース」のうち「マフェットちやん」に出てくるものだ。
マフェットちやんがちいさな腰掛けに座つて curds and whey を食べてゐると、巨大なクモがやつてきて隣に座つた。マフェットちやんは怖くて逃げ出す、といふやうな内容だ。
curds も whey も乳製品だといふ。
ホウェーといふのは耳にすることもある。
しかし、カーズといふ名前の乳製品は寡聞にして知らない。

さういふ得体の知れないものを食べてゐるマフェットちやんだつてかなり奇妙なのてはないかといふ気がする。
curds はどのやうなものかわからないし、ホウェーも手元にはない。
ヨーグルトでも食べてマフェットちやん気分にでもなつて、もうちよつと curds and whey を探求してみやうかな。

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Tuesday, 22 August 2017

Something Small

先週、ふと思ひたつて、タティングレースの栞を作つてみた。

Floral Bookmark

作つたのはふたつ。
いづれも Kersti Anear のデザインしたもので、ひとつは Floral Bookmark、もうひとつは Tabatha Bookmark である。
どちらもこれまでにいくつも作つてきた。とくにFloral Bookmark の方は折にふれ作つてゐる。
Tabatha Bookmark は、シャトルひとつと糸巻からの糸との組み合はせだと世にいふ Shoelace Trick を多用する必要がある。どこで使用するのかいつも忘れてしまふので、毎回苦労する。

Tabatha Bookmark の方は糸始末までしたものの、著しく出来が悪く、写真は撮つてゐない。
Floral Bookmark の写真を見て、如何にひどいかご推量されたし。

タティングレースの栞を作りたくなる理由はみつつほどある。
ひとつには、シャトルに残つた半端な糸を使ひきつてしまひたいといふこと。
もうひとつには、なにか小さくて比較的短期間に仕上げられるものをつくりたくなるといふこと。
そして最後のひとつは、比較的短期間なら始終気を遣つて作れるのではないかといふこと、だ。

シャトルに残つた半端な糸でなら、モチーフを作つてもいい。
しかし、モチーフだとできあがつたあとの始末に困る。
大きさによつてはコースタになるかもしれないが、コースタの方が栞よりも使用頻度は低い。
おなじモチーフをいくつも作つてあとでつなぐといふ手もあるが、モチーフつなぎはそんなに好きでもない。
といふわけで、短いエヂングを作つて栞状にしたり、栞そのものを作つたりすることが多い。

なにか小さくて比較的短期間に仕上げられるものは、大きいものを作つてゐると突発的に作りたくなる。
現在、Mary Konior のデザインした Masquerade といふモチーフを延々とつなぎつづけるプロジェクトを進行中だ。諸事情によりちよつと中止してゐるけれど、九月になつたら再開する予定でゐる。
このプロジェクトを始めたのは去年の十一月だつた。
長い。
昼休みのあまつた時間だけで遂行してゐるにしても長すぎる。
そんなわけで、すぐにできるものを作りたくなつたりするわけだ。

短期間に仕上げられるものなら、最初から最後まで気を遣つて作れるのではないか、といふのは、はかない希望である。
短期間に仕上げられるものに対してずつと気を遣つてゐられるのなら、Masquerade だつてさうやつて作れるはずなのだ。
なにしろ、ぼんやりである。
しかも、うつかりだ。
さらには気がきかない。
ゆゑに、リングの大きさはおろかピコの大きささへそろはない。
今回作つた Tabatha は左右のリングの大きさがなかなかそろはず、といふよりは、気がついたらそろつてゐなかつた。
作つてゐる途中では対応するリング同士は大きさをそろへて作つたつもりだつたにも関はらず、だ。
なんだかがつくりだが、これにこりずにまた Tabatha Bookmark は作りたい。

しばらくは自宅でもちまちまタティングレースの栞を作るのではないかと思つてゐる。
使はないかもしれないけどな。

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Tuesday, 15 August 2017

予備のシャトルを持ち歩く

予備のタティングシャトルを持ち歩いてゐる。

予備の、といふとをかしいか。
糸を巻いてあつて、なにかを作り始めることのできる状態にしたシャトルをがま口にしのばせてゐる。
さうして、なんだか手持ち無沙汰になつたときにタティングをする。
読書家が出かけるときにいま読んでゐる本を読み終はつたとき用に予備の本をも持ち歩いてゐるのと似たやうな状態かと思ふ。

それで「予備の」と書いたわけだが、「予備のタティングシャトル」といふと糸を巻いてゐないものを連想するかもしれないな、とも思ふ。
いま使つてゐるシャトルの糸が不意になくなつて、さういふときにぱつと糸を巻いて使へるシャトルを予備のシャトルといふのではあるまいか、とね。

出かけるのが苦手なのは、かういふところにあらはれるのかもしれないな。
とにかく出かけるのが苦手である。
徒歩三分と離れてゐないコンヴィニエンスストアに行くにも躊躇する。
ゆゑに無駄遣ひしなくて済んでゐる面があることも確かなんだけれどもね。

出かけたときに困るのは、なにもすることのない状態である。
車中はいい。
ぼんやりと車窓から外を眺めてゐるうちに目的地についてゐたりするからだ。
飯田に行くときがさうである。
ぼんやりと窓の外を流れていく山々や空、雲などを眺めてゐるうちに飯田に着く。
その間、眠つてしまふこともある。
それはそれでいい。
あまり時間の無駄をしたとも思はない。

問題は、待ち合はせの場所に早めについてしまつたときなどだ。
芝居や映画の開演時間までのあひだなども同様である。
最近ではスマートフォンを眺めるといふ手もある。
文庫本かKindleを大抵持ち歩いてもゐる。
さはさりながら、かういふときはタティングシャトルの出番だつたりもする。

また、車中でぼんやり車窓を眺めてゐるときなども、手はタティングをするといふのはありだ。

なんでこんなに手持ち無沙汰なことを厭ふのか。
もつとなにもせずにぼんやりできるやうになりたいものだ。

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