Tuesday, 12 June 2018

利き手ぢやないのに腱鞘炎

昨日医者に行つたら、左手の中指が腱鞘炎だと診断された。
実は三ヶ月ほどまへにおなじ病院に行つて、「左手の中指が痛いんですけど」と訴へたところ、その日の担当医に「その程度(の痛み)で病院へ?」と鼻で笑われて、そのままになつてゐた。
昨日はまた別の医者だつたのだが、塗り薬を処方するけれどこれが効かなかつたら痛い注射を三本打つ、それでもダメなら手術だと脅された。
「その程度で病院へ?」ぢやなかつたんかい!
夜はともかく朝起きてすぐなどはいはゆるばね指の症状が出ることもある。といふか、それを「ばね指」と呼ぶのだといふことを昨日もらつた腱鞘炎の説明パンフレットで知つた。
どうするんだよ、手術とかいふことになつたらよう。

しかし、左手である。
やつがれは右利きだ。
左手のしかも中指つてどういふことよ。
と思つて夕べ家に帰つてからかぎ針編みをしてみたところ、案外左手の中指を動かしてゐることに気がついた。
とはいへ、右手の比ではない。
なんなんだらうなあ。
思ひつくことといへば、電車の中で本を読むときに本を支へてゐるのは左手といふことと、マウスは左手で使つてゐるといふことくらゐかなあ。
そのマウスもそんなにしよつ中使ふわけではないしなあ。

左手はしばらく安静にしてゐないといけないのらしい。
かぎ針編みがダメといふことは、タティングレースもダメだらうな。
タティングレースの方が左手の中指を動かす印象がある。

ときどき、あみものかタティングレースか、あみものも棒針編みかかぎ針編みか、いづれかにしぼつた方がいいのではないかと思ふことがある。
どれもやるなんてムリ。
ムリではないけれど、時間が足りない。
どれかに注力した方がいいのぢやあるまいか。
さう思ひつつどれもやめられてはゐない。

タティングレースはなあ、お道具が可愛いからなあ。
タティングシャトルとか、手に乗せただけでもなんともらりぃだ。

いづれにしても、まづは指の痛みを癒すところから、かのぅ。

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Tuesday, 05 June 2018

分不相応なものを買うたばかりに

最近は昼休みにはタティングレースではなくてマクラメといふ名の組み紐作りにいそしんでゐる。

逆かな。組み紐といふ名のマクラメ、かな。

いづれにしても、丸四つ畳を道具を使はずに手だけで作つてゐる。
時計の鎖にするつもりでゐたが、当の時計がダメになつてしまつた。
修理が必要だ、といふのである。
ものはMONDAINEのちいさな時計で、腕にもできるし首からも提げられるやうになつてゐるものだつた。もつぱら首から提げて使つてゐたが、あるとき紐が切れてしまひ、その後は自分で作つたタティングレースのチェインを使つてゐたが、それもほつれてきてしまつた。

で、鎖になるやうなものを作らうといふので作りつつ、時計の電池が切れてゐたので交換しにお店に行つたら、修理が必要ですね、といはれてしまつたのだつた。

MONDAINEの時計なんぞを買つたのがあやまりだつたかのう。
さうも思ふ。

いい時計はそれなりにメンテナンスにも気を配つて使ふものらしい。
それができない人間には使ふ資格がない。
さういふものだらう。

とりあへず、修理はおいてまづは見積もりをしてもらふことにした。
つまり、丸四つ畳の鎖は宙ぶらりんの状態になつてしまつたといふことだ。
できあがつても、提げる時計がないかもしれない、といふことだ。

お店の話によると、もうおなじ時計は作られてゐないのださうだ。
鎖は単体で使へるとは思ふ。
それともこれは練習と思つて仕上げるべきだらうか。

気に入つてゐる時計なので、いづれ修理はするやうな気もするが。
ちよつと作る気が萎えてゐるのだつた。

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Tuesday, 29 May 2018

武部源蔵 寺子屋の段

時計用のチェインをマクラメで作つてゐる。
マクラメといふか、丸四つだたみで作つてゐるのだが、先日、結んでゐる紐の長さが尽きてしまつた。
足さうと思ひつつ、足せてゐない。

をかしいな、とは思ふ。

ほかのことにしてもさうだ。
毎週日曜日、「これだけは片付けやう」と思つてゐることがある。
それがここ数週間できてゐない。
いや、週なんてものぢやなくて、もう数ヶ月できてゐないのぢやあるまいか。

をかしい。
たぶんをかしい。

しないからといつて、生活に支障の出るわけぢやない。
実際は出ているのだらうが、徐々に状態が悪化してゐるので気がついてゐないだけなのかもしれない。

多分、十月に感染症にかかつて体力が落ち、その後流感にかかつたり足が痛くなつて杖がないと歩けなかつたり別の感染症にかかつたりして、でも思ふやうに休息がとれなかつた、それが原因なんぢやないか。
さう思つてゐる。

具合が悪いなら休めばいいわけだが、働いてゐる身には有給休暇の制限といふものがあつて、さうさう休んでもゐられない。
それで、恢復したわけではないけれども外に出る。
全快したわけではないので帰宅すると疲れ切つてゐる。
なにもする気にならない。
日曜日はひたすら休むことに注力してしまふ。

片付かない道理だ。

をかしいと思つたら休む。
さうするのがいいと人は云ふ。
でも休んぢやゐられないんだなあ。
有給休暇が足りなくなつてしまふもの。

せまじきものは宮仕へ、とはこのことか。

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Tuesday, 22 May 2018

なにも作らなくなる日

タティングはここのところほとんどしてゐない。

先週、ニードルタティングの本を見かけたのでちよつとやつてみたていどだ。それについては先週ちよこつと書いた。

ニードルタティングの本といへば、いままでまつたく知らなかつた本が出版されてゐることを知つた。
盛本知子の本に「こんな本が出てゐますよ」といふ紹介が出てゐたのを見た。
もしかしたら書店にはならんでゐないのだらうか。
だとしたら知りやうがないな、とは思ふ。

ニードルタティングの本を見て、ひとつくらゐはきちんとなにか作つてみたいとは思つてゐる。
さうだなあ。なにがいいかなあ。
どうもニードルタティングのときは手がゆるくなるやうなので、やはらかくできあがつても使へるものがいいだらう。
さう思つて本をぱらぱらと見てはみるのだが、なかなかはじめやうとはしない。
よくあることである。

今週は、月曜日から出かけることが多くてまづなにかに着手するなんてことはできさうにないし、着手したとしてもまつたく進まないまま終はつてしまふだらうから、やはりはじめない方がいい気がする。

ニードルタティングはせつかく本を買つたのだから、なにか作つてみたいんだけどねえ。針も手元にあることだし。況やレース糸においてをや。

しかし、ここのところ昼休みにマクラメをしてゐる関係で、シャトルタティングの方もお留守になつてゐるのだつた。

あみものもしてゐないし、なんかここのところ低迷してゐるなあ。
わかつてはゐるけれど、どうにもならない。

もしかしたら今後はずつとこんな状態なのかな。
ふとそんなことを思つたりする。

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Tuesday, 15 May 2018

久しぶりにニードルタティングと思ひしが

疲れ切つてゐる。
どれくらゐ疲れ切つてゐるかといふと、シャトルタティングとニードルタティングとの比較をするのにこのていどしか作れないほどだ。

Needle Tatting

以前はちやんとモチーフを作つて比較したのだつた。
その時の記事はここにある。

この記事と中にリンクされてゐる記事とを見て、はじめてニードルタティングをしたのは2009年だつたことを知つた。
ほぼ10年前ぢやあないか。
Time flies like an arrow. とはこのことだねえ。
その間、ニードルタティングはほとんどしてゐない。
もつぱらシャトルタティングをしてゐた。
そのシャトルタティングの方もお寒い状況といへないことはないけれども。

久しぶりにタティング用ニードルを手にしたのにはわけがある。
本が出版されたからだ。
はじめてのニードルタティング」といふ本である。

ニードルタティングの本は絶えて見たことがない。
高嶋タティングが近いといへばさうだが、こちらはいはゆる Crotat だ。使用するのもかぎ針だ。
長い縫ひ針のやうな針でのタティングの本は、海外で出版されたものしか見たことがなかつた。
針自体も見かけないしね。

高嶋タティング用のかぎ針と同様、タティング用の針はできるだけ太さが一定なものがよい。
普通のかぎ針や縫ひ針を見ると、大抵針の部分の太さが場所によつて変はつてゐるのがわかる。
縫ひ針でいふと針穴部分が一番太くて針先に向かつて細くなつてゐるはずだ。
タティングをする場合は針に糸を巻きつけてスティッチを作るので、場所によつて太さが違ふとスティッチのサイズも変はつてきてしまつて都合が悪い。

この本では針の入手先も紹介してゐる。
はじめたい人にはよさそうだ。

この本の特徴は、タティングで用ゐる技法をできうるかぎり紹介してゐることだ。
スプリットリングやモックリング、チェインの上にリングを作る方法やビーズをあしらふ方法も載つてゐる。
これを見れば、従来のシャトルタティング用に出版された本に掲載されてゐる作品をニードルタティングで作ることも可能だらう。
さういふ点ですばらしい本だと思ふ。
自分ではまださういふ技法に挑戦してはゐないので、この本を見ただけでできるやうになるのかどうかは不明だが、ステップごとに写真を掲載してゐるのでなんとかなるんぢやあるまいか。

ニードルタティングのむつかしいところは、糸と針との太さに相性があつて、うまいこと相性の合ふ組み合はせを見つけることが案外むつかしいことだらう。
上にも書いたとほり、ニードルタティングでは針に糸を巻きつけてスティッチを作る。
スティッチの大きさは糸の太さと針の太さと手加減とに依存する。
たとへば本ではオリムパスの金票40番はNo.7の針でタティングするやうになつてゐるが、やつがれの持つてゐるNo.7の針穴にはオリムパスの40番はちよつと太すぎるんだなあ。
糸通しを使つてもちよつと糸を通すのがむつかしいと感じる。
かといつてNo.7より太いNo.5だと針自体が40番を使ふには太すぎる気がする。

それでもやつてみたいと思つたのは、2009年ごろ、YouTube でニードルタティングをする人の手元を写した動画を見たからだ。
手の動きがとてもリズミカルで、楽しさうだつたのだ。
今回久しぶりにやつてみて、あのリズミカルさは蘇らなかつたけれど、本を見ながらモチーフでも作つてみるかな、と思つてゐる。
調子が戻つたら、だけど。

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Tuesday, 08 May 2018

あひかはらず「タッチング」

昨日も書いたやうに、この連休中タティングレースもなにも進まなかつた。
代はりといつてはなんだがマクラメをはじめてみた。これも仕上がつてはゐない。

「1日でつくれるマクラメアクセサリー」といふ本に掲載されてゐるブレスレットを選んでみた。
メルヘンアート マイクロマクラメコードを遣つてゐる。
マイクロマクラメにはだいぶ以前から興味があつて、そのものずばり「Micro Macrame」といふ本も持つてゐるし、その本を見て化繊の糸といふか紐といふかを買つてみたりもした。
その感じからいふと、メルヘンアートのマイクロマクラメはだいぶ太いやうな気がする。もうちよつと細くないと丸小ビーズなんかは遣へないんぢやないかなあ。

名前に比して太いものの、マイクロマクラメは結びやすい。
結んだあともそれほどほどけてこないやうに思ふ。

ところで、「タッチングレース」が「タティングレース」と呼ばれるやうになつてしばらくたつ。
もう「タッチングシャトル」といふ人はさうゐない気がするし、本の題名も「タティング」に統一されてゐるやうに思ふ。
まれに老舗とおぼしき手芸屋に行くと「タッチングレースですね」と確認されることがあるが、それももう十年は前のことかなあ。

かくして世の中の「タッチング」は「タティング」に塗り替へられたわけだが、ここに一カ所、「タッチング」といふ呼称を残しているものがある。

マクラメだ。

マクラメのタッチング結びはあひかはらず「タッチング」で「タティング」に変更されさうなやうすはない。
その結び目はどこからどう見ても「タティング」なのだが、先日出版されたばかりの「1日でつくれるマクラメアクセサリー」にも「タッチング結び」と書かれてゐる。

外来語の読み方が分野などによつて異なることがあるのはさうめづらしいことでもないとは思ふ。
化学の世界では「キラル」と読むが物理学の世界では「カイラル」と読む、とかね。
キラル化合物とはいふがカイラル化合物といふことばはあまり聞かない気がするし、キラル対称性よりカイラル対称性の方が少なくともやつがれにはなじみがある(どういふものかはわからないけれど)。

おそらく、本邦でタティングレースをする人々はフィンガー・タティングはあまりしないんだらう。
フィンガー・タティングとはシャトルや針など道具を遣はずにするタティングのことだ。
えうするにマクラメのタッチング結びとおなじことをするわけだ。

フィンガー・タティング人口が多ければ、マクラメのタッチング結びといふ呼び方をちよつと奇異なものと思ふ人も多くなるのではないかといふ気がする。
なんとなくだが、マクラメもタティングレースもするといふ人が少ないのかもしれないとも思ふ。
そもそも糸を結ぶ手芸に興じる人口が少ないか。

いづれにせよ、マクラメのタッチング結びははこのままタッチングのままなのだらう。
"A rose by anyh other name would smell as sweet." とジュリエットも云つてゐる。

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Tuesday, 01 May 2018

お道具のありがたみ

ここのところタティングレースではこれといつたものを作つてゐない。
職場の引越しにともなつて荷物を片付けてゐたところ出てきた職場用タティングシャトルに残つてゐた糸で Mary Konior の Curds and Whey を作つてはリングの大きさをそろへる練習をしたくらゐだ。

最近はもつぱら化繊の糸で丸四つだたみを作つてゐる。
糸といふか、コード、かな。
C-Lon Bead Cord といふコードを使つてゐる。
7年くらゐ前、Micro Macrame を知つたときに入手したもので、そのままはふつてあつた。
なんだかもつたいなくて使へなくてね。
丸四つだたみの組み方は「1日でつくれるマクラメアクセサリー」を見て覚えた。
ハマナカのくみひもディスクを持つてゐるので、それを使へばいいのに、わざわざ手で作つてゐる。
くみひもディスク自体は邪魔にならなくていいお道具なのだが、道具なしにはかなはない。

最初はよくわからなかつたが、何度かやるうちにだんだん丸四つだたみの仕組み(といふか)がわかつてくる。
これはくみひもディスクだと少しむつかしいかもしれない。
くみひもディスクの場合は何番にかけた糸を何番にかけなほして、次に別の番号にかけてあつた糸をさらに別の番号にかけなほし……をくりかへしていくとできる。
手順ばかり追つてゐて、なにがおこつてゐるのか、紐同士がどう組み上がつていくのかといふことまではなかなか気が行かない。

一方で、手だけで丸四つだたみを作つてゐると、お道具のことがありがたく思へることも事実だ。
それまでも、くみひもディスクはすばらしい道具だと思つてゐた。
なにしろ、直径15cm、厚み1cmていどの道具だけで組紐が作れるのだ。
くみひもディスクが世に出る前、「おしゃれ工房」で組紐をとりあげたことがある。
テキストには風呂場で使ふ椅子がいいと書いてあつた。
まんなかに穴が空いてゐるのでそこにできた組紐を垂らしていく。
おもりは適当な重さの石を見つけてきて紙粘土で覆つてあつかひやすい形にする。
「なるほどねー、それで組紐の道具ができあがるわけね、」と当時は感銘を覚えたものだつた。

くみひもディスクは風呂場の椅子のやうな大きな道具は不要だ。
おもりもあつた方がいいときもあるけれど、当時はフィルムケースにコインなどをつめればよいとあつた。当今ではフィルムケース自体を見なくなつたのでなにか別のものを考えなければならないが。
組み具合は、糸の引つ張り加減で調整する。

手で組む場合はおもりはあると邪魔だ。
組み具合を糸の引き具合で調整するところはおなじだが、くみひもディスクの場合はディスクに糸をはさめばよいので比較的かんたんに調節できるのに比べ、手で組む場合はゆるんでくることもある。また毎回おなじ力加減で引くのも大変だ。

でも手だけでやつてしまふんだよなあ。

いま作つてゐる丸四つだたみの紐はできれば時計のチェインにしたいと思つてゐる。

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Tuesday, 24 April 2018

旅の友

四月二十一日土曜日に御園座に行つてきた。
こけら落としかつ白鸚・幸四郎襲名興行を見に行くためだ。
種々の理由のため、朝から行つて昼の部だけ見て帰ることにしてゐた。

そこで、新幹線の中でちよつとタティングしてみやうかなと思ひ、朝糸をボビンに巻いて家を出て、新幹線の中で撮つた写真がこれである。

Tatting in Progress

ここから、Mary Konior の Tatting in Visual Patternsに掲載されてゐる Curds and Whey を作りはじめた。

別になににしやうと決めてはゐない。
ただ旅の友としてなにか作りたかつただけだ。

新横浜から途中ぼんやりしつつ、浜名湖にさしかかるくらゐまでちまちま結んでゐたらうか。
前の夜は心持ち早めには寝たものの、寝不足であることにはかはりない。
浜名湖の競艇場を過ぎたあたりから記憶を失つて、「次は名古屋」といふアナウンスで目が覚めた。

御園座では結ばなかつた。

御園座ではB席に座つた。
足下は広いものの、座席の横幅はお世辞にもゆつたりしてゐるとはいへない。
お隣のお年寄りが、体力がもたないのだらう、姿勢を保てないやうすでやつがれ側の椅子の仕切に時折肘をつくのだが、さうするとこちらのわき腹にあたる仕組みになつてゐた。
そんな状況でタティングはチト無理だ。

これが帰りの新幹線に乗つたときに撮つた写真。

Tatting in Progress

それほど進んでゐないのは、結びはじめの糸端の始末をしながら進めたからだらう。
今回は行きも帰りも富士山が見えた。
結んだり休んだりしながら品川駅手前で撮つたのがこの写真である。

Tatting in Progress

だからどう、といふ話ぢやないが、たまにはかういふのもいいかもしれない。

このあと、もう半分だけ模様を足して、糸がなくなりさうなのでそこで終はりにした。
まだ仕上げはしてゐない。
この連休中、遠出をするつもりはないが、するやうだつたらまたかういふ感じでなにか作つてみやうかと思つてゐる。
今度はマクラメかなあ。

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Tuesday, 17 April 2018

貴族鼠

絹穴糸でタティングレースをしてゐる。
あまりにもうまくできないので、「仕方がない、今回は練習といふことにしやう」とあきらめた。

タティング練習

糸は、都羽根の貴族鼠といふ色である。
色が飛んでしまつてわかりづらいな。
わりと黒みがかつた灰色だ。
落ち着いた、いい色だと思ふ。

いい色なのだが、どうもうまく結べない。
スプリットリングにしたのがよくなかつたかなあ。
やつがれの技術ではスプリットリングは無理といふことか。

なぜか二つ目のシャトルで結んでゐるときの方が目がそろふ。
以前はそんなことなかつたんだけどなあ。
もしかしたら、いまこの状態でメキッキオヤをやると目がそろつていいかもしれない。
メキッキオヤは以前挑戦して、スプリットリングの二つ目のシャトルの要領で結ぶのに疲れきつてしまひ、モチーフをひとつ作るのがやつとだつた。
しかもきれいにできなかつたし。

とりあへず、糸が尽きるまでは練習といふことで、つづけるつもり。
なにごとも修行だよな。

この連休のあひだは、ちよつとマクラメなどやつてみやうかと思つてゐる。
マクラメについては長い休みの前には「この休みにはマクラメでもするか」と思ふのだが、つひぞやつたことがない。
今回は、ダルマの鴨川糸も買つたし、刺繍糸もいくつもあるし、挑戦してみやうと思つてゐる。

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Tuesday, 10 April 2018

色の名前と番号と

編み気が高まると結び気も高まるもので、手持ちの都羽根など出してきて「どーしよーかなー」などと考へたりしてゐる。

手持ちの都羽根の絹穴糸は、すべて京都の高島屋で求めたものだ。
顔見世などで京都に行つたをり、寄れるときは寄るやうにしてゐた。
糸が増えすぎてしまつてここ二、三年行つてゐない。

都羽根の糸にはひとつひとつ色の名前がついてゐる。
もう手元にないからしかとは覚えてゐないのだが、「紅碧」といふ名前の色の糸があつて、これが名前からは想像のつかないやうな鮮やかな紫色なのだつた。
いまWeb検索をかけて見たらまたちよつと違ふやうな色が出てきたけれど、紫系であることにかはりはないやうだ。
栗色なんてのはこつくりといい茶色だし、都鼠は紫といはうか灰色といはうか微妙な色合ひで同系色のビーズを探してきて一緒にしたらさぞかし渋くてよいだらうといふやうな色である。

さう、つまり、都羽根の絹穴糸は糸を見てゐるだけでものすごく楽しいのである。
それでなんだか満足してしまつて、その先に進まないのであつた。

セーラー万年筆が100色の万年筆用インクを発売したといふ。
これまでセーラー万年筆のインクには、名前のついたものもあつた。
スカイハイだとか、海松藍、月夜の水面、極黒や青墨なんかも仲間に入れていいかと思ふ。
百色のインクには名前はないのださうだ。
番号がふられてゐるだけだといふ。
それをもつて「趣がない」といふ向きもあるだらう。
しかし、番号だけの方がイメージが広がるのぢやあるまいか。
名前がついてゐれば名前に縛られてしまふ。
「月夜の水面」と名前のついたインクを使ふたび、しづかな湖水に浮かぶ月の絵を思ひ描いてしまふかもしれない。
それはそれでいいけれど、もしおなじインクが37番といふ名前だつたらどうだらう。
インクは万年筆の中で熟成されていく。
書き始めと書き終はりとで、また趣の違ふ色になることもある。
それを見て、さまざまなことに思ひを馳せることも可能だ。
37番といふだけであるならば。

まあ実際には背番号37番の誰某だとか、37階からの展望だとか、番号だけでもいろいろなことを想起してしまふのかもしれないが。

色を見てあれこれ思へるのは、番号だけのそつけない名前の方かもしれないな、と思ふのだつた。

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