Tuesday, 16 October 2018

外でモチーフ家で合体

極細毛糸のタティングレースのスカーフをぼちぼち作つてゐる。

先日、名古屋に日帰りで行つた折り、新幹線の中などで作つてゐたモチーフをうまく本体のスカーフにつなげることに成功した。
これで遠出するときはスカーフ本体を持ち歩く必要はなくなつたな。
シャトルに糸だけ巻いて、出先で作れるだけモチーフを作つて、帰宅後にスカーフ本体に合体させればいい。
タティングレースにはさういふ作り方のできるものもある。
以前も出先ではひとつひとつモチーフを作り、家でつなげるといふものを作つてゐたことがあつた。
これの利点は、出かけるときに大きいレースものを持ち歩く必要がないといふことだ。
外では小さいモチーフを作ればいいといふのもいい。
ちよつと楽しくなつてきたな。

今夜にもヨガソックスを編み終はりさうな状態なので、次になにを編むか決めるあひだにタティングをしやうかな。

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Tuesday, 09 October 2018

Travel Tatting

日曜日に名古屋に行つた。
御園座で歌舞伎の顔見世興行を見に行くためだ。

Travel Tatting

御園座にはこの四月にも行つた。
このときは松本白鸚・松本幸四郎の襲名披露公演だつた。
名古屋には、新幹線で行つた。
四月は、レース糸を巻いたタティングシャトルを持つて行つて、新横浜くらゐから Mary Konior の Curds and Whey を作り始め、帰りの新幹線結べるところまで作つた。

今回は極細毛糸をシャトルに巻いて、名古屋行きの新幹線に乗つてから東京行きの新幹線で降りるまでできるところまでスカーフ用のモチーフを作つた。
途中までできてゐるスカーフを持つて行くのはちよつと気が引けたので、モチーフつなぎとして独立したものを作り、あとで本体とつなげるつもりで作つた。
あとでつなげるのはちよつと手間な気がしたが、そこはそれ、である。
やつてみなければわからない。

といふわけで、ここに貼つた写真が時系列の写真だ。
青いもの(かばん)の上にモチーフの載つてゐる写真は御園座で撮つたものである。

Travel Tatting

しかとは覚えてゐないのだが、新横浜を過ぎてちよつと行つたあたりから作りはじめて、浜名湖を過ぎるくらゐまではタティングしてゐた。
そこでちよつと疲れてしまつて、すこし休み、三河安城の手前からまた結んだ。
それでこんな感じである。

帰りの新幹線は通路側の席で、乗つた直後に夕食を食べそれからタティングをはじめたので、どのあたりからかは定かではない。
気がついたら「ただいま浜松駅を通過しました」的なメッセージが出てゐたことだけは確かだ。
そこから小田原駅を過ぎるくらゐまではちよこちよこ休みながら結んでゐた。

結果、モチーフ二枚とちよつと、といつたところだ。

Travel Tatting

以前このモチーフでスカーフを作つたときはもつと早く作れたやうに思ふのだがなあ。
気のせゐだつたのかもしれない。
また、今回は途中からシャトルのカチカチいふ音がしないやう気を遣ひながら結んでゐたので、それで時間がかかつたといふ話もある。

音といへば、見てもわかるやうに最初シャトルにはめいつぱい糸を巻いた。
「めいつぱい」ぢやないか。シャトルの許容量を超えた量の糸を巻き付けた。
世に「藤戸巻き」といふとかいはないとかいふが、本家藤戸巻きはこんなものぢやなかつたやうに思ふ。

かういふ巻き方は、シャトルによくないしはみ出た糸が汚れやすいからしなさんな、といふのがお約束とされてゐる。
至極もつともだと思ふ。

だがこの巻き方にもいい点はあつて、まづ、糸を引き出しても音がしない。
シャトルの上下が開くほど糸を巻いてゐるのだから、そりや音はしない。
通常はシャトルの上下が閉じてゐて、糸を引き出すときはそのあひだを通すので、一瞬シャトルの上下が開いて閉じる、そのときにカチと音がする。
このカチカチいふ音がリズムを刻んでいい感じなのだが、外でタティングをする場合、必ずしもいい結果をもたらすとは限らない。
うるさいと思ふ人もゐるからだ。
そこでこの巻き方だ。

また、シャトルの糸切れ回数が減るといふ利点もある。
ただ、ボビン形式のシャトルには向かない。
ボビン形式の場合、糸を巻きすぎると糸がボビンとシャトルとのあひだに入りやすくなつてしまふからだ。さうなるといちいちボビンをはづして糸をボビンに巻き付けなほさなければならない。

もともとおすすめできない巻き方ではあるが、時と場合と自己責任、といつたところか。

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Tuesday, 02 October 2018

タティング・シェルター

外出先ではタティングしてゐる。
極細毛糸を使つてゐて、モチーフをつないでスカーフにしやうと思つてゐる。
そのうち外ではできなくなる大きさになるんぢやないかと思ふが、まあ、そのときはそのときだ。

外出先でタティングをしてゐると、なんとなく落ち着いた心持ちになるときがある。
なんだらう。安心するのだらうか。
いま、自分は自分本来の姿に戻つてゐる。
そんな気分になるのである。

「戻つてゐる」といふからには、それまでは自分本来の姿ではなかつたといふことだらう。
外でタティングをするときはどういふ状態のときだらうか。
ここ最近でいへば、医者で順番を待つてゐるときだ。銀行や郵便局などでもある。

医者で順番を待つてゐるとき。
医者にはかなりあはてて行くことが多い。
早く行かないと待たされるからだ。
「十時半に予約してゐるのに八時から来てゐて「三時間も待たされた」と文句を云ふ患者がゐる」といふ。
むべなるかな。
十時半に予約して十時半に来院したところで、即診てもらへることはまれである。
予約せずに来た急患やその他のあれやこれやで決して予約した時間には診てもらへない。
それが病院である。
だとするならば、少しでも早く来て予約時間にできるかぎり近い時間に診てもらひたいと思ふのは人情だらう。

医者で順番待ちをしてゐるときといふのは、いつ自分の番が来るかわからない。
整理番号があつてほぼその順番で呼ばれるとしても気を抜いてはいけない。
どうしたことかいつまでたつても呼ばれないことばかりだからだ。
すなはち、医者で順番待ちをするといふことはいつ終はるか知れぬとても不安な状況におかれるといふことと同義である。

そんなときに、かばんからタティングシャトルを取り出してぼんやり自分のペースでタティングをする。
さうすると、ふしぎなことに満ち足りた気分になつてきたりするんだな、これが。
ただただひたすら待たされていつ呼ばれるとも知れぬ状態で、自分のやりたいやうにやりたいことをする。
自分を取り巻く空気が周囲から遮断されて、自分だけの世界に入つていく心地がする。
平穏。
そんな感じだらうか。

問題は、シャトルに巻いた糸がなくなりかけたときだ。
糸も持ち歩いてゐればいいが、かういふときに限つて持つてゐなかつたりする。
さう考へると、タティングよりあみものの方がいいのかなあと思はないでもないが、タティングよりあみものの方が話しかけられる率が高いんだよね。
ひとりにしておいてほしいのに。

ひとりにしておいてほしいのなら、本を読んでもいいのだが。
なんとはなし、シャトルをあやつり、糸に触れるのが心休まるやうな気がしてゐる。

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Tuesday, 25 September 2018

タティングレースのスカーフと顔見世興行

極細毛糸を使つたタティングレースを細々とつづけてゐる。

以前もおなじパピーのNew2Plyでタティングレースのスカーフを作つた。
京都南座の顔見世にしていくつもりで計算して、一日一枚作れれば百枚つなげたスカーフにできるといふ計画だつた。着手したのは六月ごろだつたのではないかと記憶してゐる。かなり余裕を持つた計画だつた。
実際には七十枚ほどつないだところでちやうどいい長さになつたので、そこでやめた。
一日一枚といふのは当時は控へめな計算で、実際には二、三枚作れたが、タティングできない日もあらうといふことを考慮した。それに途中で飽きることもあるかもしれないし。
我ながら危機管理ができてゐたのではあるまいか。

今年も顔見世には行くつもりでゐるけれど、いま作つてゐるタティングのスカーフは顔見世に向けて作つてゐるものではない。
あ、「スカーフ」つて書いちやつた。
さう、スカーフにするつもりでゐる。
バイアスのスカーフになつたらいいなあと思ひつつモチーフをつないでゐる。
一列五枚で、ななめになる分長さが出ないから三十列くらゐは必要かな、といふ気がしてゐる。
前のスカーフを作つてゐるときは、それこそ睡眠時間を削つてでもタティングをしてゐたけれど、いまはそんなことはしてゐない。
だからモチーフも作れて一日一枚だ。
顔見世にはとても間に合はない。

ところで今年は京都南座改築新装オープンといふこともあつてか十一月には高麗屋三代の襲名披露、十二月には従来の顔見世と二回興行がある。

いまの南座が新築でオープンした年もそんなだつたな。
三代目中村鴈治郎襲名披露を十一月十二月と二ヶ月続けてかけてゐたと記憶する。
先年、祇園甲部練場での顔見世で「落人」の勘平をやつたのを最後に實川延若がこの世を去つてゐたのが残念で仕方がなかつた記憶もある。

この後しばらく十一月十二月と二ヶ月連続の顔見世が続くが、どうも十一月はやはり客足が延びないらしく、顔見世といへば十二月といふことでおさまつた。

おさまつたんだがなー。
またぞろ二ヶ月連続顔見世とか云ひ出したりしないか知らん。
云ひ出したとしてもお客が来なけりややめるかな。
興行があるのは結構だけれども、顔見世価格だと二の足を踏んでしまふのだつた。
それに最近、ちよつと小屋が開きすぎなんぢやあるまいか。
それはやつがれ風情の心配することではないのか。

とりあへずせつせとモチーフを作ることにしやうか。

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Tuesday, 18 September 2018

出先でタティング

外出先でちよこちよこタティングをしてゐる。

先週も書いた極細毛糸でのタティングを待ち時間などのあひだにつづけてゐる。
毛糸はパピーの New2Ply。
以前、田中八重洲画廊での藤戸禎子・盛本知子のタティングレース展で、盛本知子が「最近の極細毛糸ではタティングできない。糸が弱すぎて」といふ話をしてゐるのを耳にした。
おそらく、ベビー用毛糸だとさうなのだらうと思ふ。
ベビー用毛糸の極細毛糸は使つたことがないが、パピーの New2Ply ならできる。
実際に写真のモチーフを作つてゐるし。

Tatting w/ Lace Weight Yarn

ただ、下手なせゐか、毛糸でシャトルの糸と毛糸玉の糸とを使つたものとかシャトル二つ使ひのものとかはなかなかうまく作れない。
シャトル二つ使ひでもスプリットリングだけならいけるかな。これは試したことがない。

そんなわけで、毛糸でタティングするときはいつも同じやうなモチーフになつてしまふわけだ。

それでも今回はいろいろ試してみた方なんだけどね。
先日購入した藤戸禎子の「復刻版 タティングレースモチーフ&エジング101」やMary Konior の「Tatting with Visual Patterns」を見ながらシャトル一つで作れるモチーフを二、三試してみた。
これはと思ふモチーフはつなげてもみた。

でもなんだか違ふんだよなあ。

それで結局以前マフラーを作つたときのモチーフに戻つてきてしまつた。
前回は端がモチーフひとつで三角形になるやうに作つてみたが、今回はバイアスになるやうに並べてみるかなあ。
いくつつながう。
前回は、百枚つなげるつもりで、途中で十分な長さになつたのでそこでやめたのだつた。
今回は、まづ横にいくつ並べることにしやう。

まだモチーフ二つしかつなげてゐないのに、考へることだけは壮大なのだつた。

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Tuesday, 11 September 2018

毛糸でタティング

最近、タティングばかりしてゐる。
効用としては、無駄に落ちものゲームとかで時間をつぶすことがなくなつたこと、かな。
反対に、あみものとかほかにしたいことができてゐない、もつといふと、やらねばならないこともできてゐない、といつたところか。
まあ、趣味といふのはさうしたものか。

ここのところクロバーのタティングシャトルにめいつぱい糸を巻いて(これを人呼んで「藤戸巻き」といふとかいはないとか)、Mary Konior の Black Magic といふしをりを作つてゐた。
このしをりは、Tatting with Visual Patterns といふ本に掲載されてゐる。
もう何度も作つたことがあるのだが、毎回うまくできない。
今回は、いままでできないと思つてゐたロゼッタ・モチーフが一応できたこともあり、もしかしたら Black Magic もできるやうになつたかも、と思つて作つてみたが、やはりうまくできなかつた。
以前よりはましかな、といつた程度である。

6-9-6 の長いチェインが向かひあふ部分があるのだが、このチェインがいつもきれいな形にならないんだよなあ。

それぢやあといふので、Black Magic とよく似た構造の Anniversary といふパターンをしをりとして作つてみた。
これもおなじ本に掲載されてゐる。
Anniversary は Black Magic よりすつきりした構造をしてゐるので、作るのも比較的かんたんだ。
できあがりも Black Magic よりはまともにできてゐると思ふ。
Anniversary をもう少し練習してみるかなあ。

その後、シャトルにあまつた糸でモチーフなど作つてみてゐたが、ここで毛糸をシャトルに巻いてみることにした。

Tatting w/ yarn

以前も極細毛糸でマフラーを作つたことがある。
そのときに使つたパピーの New2Ply を色違ひで買つてきた。
またマフラーかなにかちよつと大きいものを作るつもりでゐる。

まづは試しにモチーフをいくつか作つてみやうと思つてゐる。
いくつもつなげることになるので、作つてゐて飽きないものぢやないとねー。

タティングは、綿や麻、絹など伸縮性のあまりない糸でする手芸だと思ふ。
毛糸のやうに伸び縮みする糸は扱ひづらい。
さうわかつてゐつつ、スティッチのちよつとふつくらした感じが好きでつひ使ひたくなつてしまふんだよなあ。

それにしてもちよつとタティング熱が高すぎる。
このまま長続きするといいのだが。

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Tuesday, 04 September 2018

タティングレースの書籍に思ふ

ここのところタティングレースばかりしてゐる。
手持ち無沙汰になるとタティングシャトルを出してきてちよこちよこ結んでゐる。

そんなわけで、ドイリーもできあがつた。

Tatted Motifs

藤戸禎子の「復刻版 タティングレース モチーフ&エジング 101」に掲載されてゐるドイリーだ。
Lisbeth #40 の Wedgewood Lt.を使つた。ちよつとくどい感じの水色といふか空色といふか、そんな色だ。
Lisbeth #40 は、使つた範囲でいふとかういふちよつと淡い色の方が結びやすい。ベージュ系もなかなかいい感じで結べる。
乾かす時にもつとちやんと引つ張るんだつたなぁ。今度やつてみやう。

下に写つてゐるのは、何度も作つてゐる栞で、こちらはオリムパス金票40番で作つた。
比べてみると、金票40番の方がどことなく湿り気のある結び心地な気がする。湿り気といふか、ぬめり感、かな。色にもよるとは思ふけれど。

下手ながらモチーフもいくつか作つてゐる。
懲りずに極細毛糸でタティングしやうと考へてゐて、シャトル一つだけで作れるモチーフを探してゐるのだつた。
毛糸でシャトルと糸玉とを使ふモチーフなども試してみたが、どうも塩梅がよろしくない。
シャトル一つで作れるモチーフの方が毛糸には向いてゐる。すくなくとも極細毛糸はさうなんぢやないかな。まあこれも個人的な好みがあるかとは思ふ。

そんなわけでいまは Mary Konior の Tatting with Visual Patterns に掲載されてゐるモチーフを試してゐるところだ。
この本、好きなんだよなあ。
掲載されてゐる作品の中にはそれほど好きではないものもあるし、作つたことのないものもたくさんあるけれど、なんとなくいいのだ。
気に入つてゐる。
この本と、藤戸禎子の「華麗なるレース タッチングレース」とが自分の中では三指に入るタティングレースの本で、あとの一冊はそのときの好みで変はる。
いまだつたら「復刻版 タティングレース モチーフ&エジング 101」かな。

Tatting With Visual Patterns と「復刻版 タティングレース モチーフ&エジング 101」との共通点は、タティングの仕方をことこまかく説明してゐないところだ。
シャトルの扱ひ方とか基本的なことはもうご存じでせう、といふ作りなのだ。
世の中のタティングレースの本を見るとわかると思ふが、どの本にも懇切丁寧なタティングの仕方が載つてゐる。
シャトルの糸の巻き方からリングの作り方、チェインの作り方、ジョゼフィンノットや最近ではスプリットリングなどの作り方まで、写真付きでステップごとに説明してある。
それ、さー、全部の本に必要?
さういふのはすつ飛ばして、とにかく作品を見せてほしい、そしてその作り方を教へてほしい。
さういふタティング愛好家もゐるのぢやああるまいか。

それだけタティングが世に知られてゐないといふことなんだらうけど。

あみものの本だつて、作り目の仕方や棒針編みでいへば表編みや裏編み、かぎ針編みでいへば細編みや長編みの仕方から増やし目減らし目の仕方などを説明した部分もあるけれど、タティングレースほどには丁寧には説明してゐない。
それでいいと思ふんだけどな。
さういうのが必要な人は、それにふさはしい本を求めればいい話でさ。

そんなわけで、ここ二、三年ほどずいぶんとたくさんタティングレースの本が出版されてゐるけれど、どれもいまひとつ食指が動かないのだつた。
あんなに出して、売れてゐるのかなあといふ気もする。

人気があるのは結構なことだ。
書籍もそろそろ次のステップに行つてもいいんぢやないか。
そんな気がする。

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Tuesday, 28 August 2018

ラストスパートできない

タティングレースのドイリーは、最終段の残り半分くらゐのところでとまつてゐる。
くつ下を編んでゐるからといふこともあるし、暑くてなにもやる気がしなかつたといふこともある。

だが一番の理由は「もうすぐ終はつてしまふから」だらう。

世の人は「なにごとも着手するまでが一番大変」といふ。
それはそのとほりかもしれない。
タティングにしても、なにを作るか決めるところがまづ難航することがある。
決まつたところで次はどの糸を使ふかだ。
逆のこともある。
使ひたい糸は決まつてゐて、しかし、なにを作つたらいいのか迷つてゐる。
かういふときははじめるまでが長い。

作るものも糸も決まつて、次にシャトルに糸を巻くのに手間取る。
巻きはじめればあつといふ間なのだが、そこまでに時間がかかつたりする。
理由はいろいろある。
空いてゐるシャトルがない、とか。
もう巻いてある糸の残り少ないシャトルからその残り糸を巻き取るのがめんどくさい、とか。
そもそもシャトルに糸を巻くのがめんどくさい、とか。

シャトルに糸を巻いてしまへば、やつがれの場合はあとは早い。
大抵の場合は早速結びはじめる。

なるほど、なにごともはじめるまでが一苦労で、はじめてしまへばあとは早い。

しかし、あみものにしてもさうなのだが、あと少しでできあがるといふ段階でどうも躊躇しがちだ。
次に作るものが決まつてゐても、だ。

なぜなのだらうか。
ここにも何度か書いてゐる疑問である。
あともうちよつとでできあがる。
その段階に来て手が止まる。

おそらく、仕上げといふのははじめとおなじやうに大変だからだらう。
さう思つてゐる。

タティングレースでいふと、最後のつなぎ方はそれまでと違ふことが多い。
さうすると、それまでうまくつなげてきたものとおなじやうにきれいにつなぐことがむつかしいこともある。
また、糸始末が面倒なこともある。
大抵の場合は magic thread を使つて糸端を引き込むやうにするのだが、それに失敗すると針を使つて縫ひこんだり、目立たぬやうに結んだりする必要がある。
これが苦手でねえ。

そのあとには水通しをして整形といふ作業が待つてゐる。
これもまた苦手でねえ。
とくに今回はいつもよりピコを大きめに作つてみた。
ピコのひとつひとつにピンを打つやうだらうなあ。
この作業が苦痛でね。

整形作業が苦痛な人間がタティングなんぞやつてゐてはいけない。
さうも思ふのだが、結ぶのは好きなんだよ。

整形しなくてもきれいな状態に作れればいいんだが、なかなかさうもいかない。

ドイリーの完成はいつになることやら。

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Tuesday, 21 August 2018

進歩に気づかない

最近タティングをするのが楽しくてたまらない。

「詩経」に織姫が機を織るさまを「纖纖として素手をあげ 剳剳として機杼を弄す」と詠んだ詩がある。
この「剳剳(サツサツ)」といふ機を織るときの音の感じと、シャトルをあやつるときの感じとが重なるんだなあ。
どちらも杼(シャトル)だしね。

いま作つてゐるのは、復刻版 タティングレース モチーフ&エジング 101に掲載されてゐるモチーフだ。No.19、かな。
大きさからいふとドイリーといつていい。
もともとの本では表紙になつてゐたドイリーだ。

Tatting Doily in Progress

以前は、この中央のモチーフが苦手だつた。
チェインの長さがそろはず、きれいな花びらにならないのだ。
自分にはこのタイプのモチーフは作れない。
さう思つてあきらめてゐた。
今回、不意にドイリーが作りたくなり、この本をパラパラと見てゐたらNo.19が目にとまつた。
思ひきつて挑戦してみると、案外悪くない。
以前は目の増えた段が妙にふくらんでしまつたり、それが気になると次の段はきつくなり過ぎてしまつたり、さんざんな出来だつたのに。
いつのまに上達したのだらう。
かういふ進歩つて、自分ではよくわからないものなのかもしれない。

Tatting Doily in Progress

シャトルを二つ使ふといふのも、以前は忌避してきたものだつた。
シャトルは最大四つ使ふものを作つたことはある。スプリットリングの中にリングを作るのに使はなかつたシャトルを通し、リングにリングを重ねるやうな形のエジングだつた。
でもそれも一度だけ。
どうも使つてゐないときのシャトルの処遇に困つてしまふのだ。
目の前に机でもあればいいけれど、さうさういつもさうといふわけにはいかない。
それに、不器用といふのもいけない。

ところが最近(といつてもここ数ヶ月あまりタティングをしてゐなかつたが)スプリットリングを使つたモチーフやエジングをよく作るやうになつたせゐだらう。
シャトルを二つ使ふことに抵抗感がなくなつてきた。
そんなわけで、目の前に机やそれに代はるものがあるときに限り、このドイリーを作つてゐる。

Tatting Doily in Progress

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Tuesday, 14 August 2018

ドイリー: この立場なきもの

レース編みやタティングレースをしてゐると、どうしてもドイリーが増える。
ドイリーとはなにか。
辞書には花瓶などの下に用ゐる小さな敷物といふ旨のことが書いてある。

各家庭に黒電話があつたころは、電話の上にレース編みのカヴァが、下にレース編みのドイリーがあつたものだつた。
少なくとも我が家では母の編んだかぎ針編みのレースがかかつてゐて、敷いてあつた。
しかしいまはその黒電話がない。
固定電話さへなくなりつつある。

レース編みのドイリーは行き場がなくなつてしまつた。

ドイリーの使用方法としては、食器棚に皿をしまふときに傷を付けないやう皿と皿とのあひだにドイリーをはさむ、といふものもあるといふ。
それはいい案であると思ふ一方で、食器棚の中ではせつかく作つたものが見えなくなる。
それはそれでいいのかなあ。
見えないところにきれいなものを置いておくといふ美もないぢやない。

しかしドイリーには居場所がない。
少なくとも我が家にはない。
ドイリーなんぞを麗々しく飾れるやうな部屋がないからだ。
レースのドイリーを飾るならもつとあちこち片づける必要がある。

ドイリーは必要ない。
せめてコースターくらゐ小さいとか、テーブルセンターやテーブルクロスくらゐ大きければいいのだが、大きさも中途半端だ。
ドイリーは役に立たないといつてもいい。
それなのになぜ作つてしまふのか。

ドイリーを編んでゐると如何にもレース編みをしてゐるといふ満足感に浸れるからだ。
レース編みといつたらドイリーでせう、くらゐのいきほひである。
レース編みができるやうになると、まづ作りたくなるのがドイリーだ。
レース編みの本に掲載されてゐるものもドイリーが多い。
「レース編み=ドイリー」なのだ。

そんなわけで、久しぶりにタティングレースでドイリー作りをしてみやうと思つてゐるのだが。
なんとなく挫折しさうな気もしてゐる。
はたしてドイリー作りへの一歩を踏み出すか否か。

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