Tuesday, 15 September 2020

イヤな事実に目を向ける

あみものはちよこちよこ再開したものの、タティングレースは作りかけの栞をはふつたままだ。
思ふに、いまタティングで作りたいものがない。
作れば栞でもモチーフでもドイリーでも楽しいだらうとは思ふ。
だが、はじめる気にならない。
それは気分の波の問題、と、やる気にならないときにいつもここには書いてきた。
そのうち怒涛のやうに結ぶ日がやつてくる。

それはおそらく正しいのだが。
結局、いまだけでなく、タティングで作りたいものがないといふのがやる気の出ない理由なのではあるまいか。

タティングレースをはじめたきつかけは、これで人形用の服につけるレースが作れるやうにならないだらうかと思つたからだ。
そのころ毎週土日になるとせつせとリカちやんやジェニーの服を縫つてゐた。
もともと裁縫は苦手だし、服を縫つたりその他小物を縫つたりするやうな趣味がなかつたので、手元にはまつたく布地や材料になるやうなものがなかつた。
布地は、パッチワーク用の端切を買つてゐた。あとはちよつと華やか過ぎて使ひづらいやうなハンカチを使つたこともある。
スナップもないとどうにもならないので買つて、しかし、レースがなかなか手に入らなかつた。
これ、と思ふやうなものが店頭にないのだ。
あつたとしてもちよつと手が出ないやうな値段だつた。
あみものはできないことはないけれど、レース編みはしたことがなかつた。
自分には向かないものだと思つてゐたからだ。
レース編みをするやうになつたのは、人形の服を編むやうになつてからだ。
レース針でレース糸を編んでみたら編めた。
こんな細い針でこんな細い糸が自分にも編めるなんて。
我ながら驚きだつたよなあ。

しかし、あみもののレースではちよつと違ふんだよなあ。
自分で編めるやうなレースでは人形用には大きすぎる。
模様がざつくりし過ぎる。
さういふ服もおもしろいかもしれないが、毎度毎度さうなつてしまふのはどうよとも思ふ。

そんなときに「かわいいタッチングレース」といふ本に出会つた、といふ話はここにも何度も書いてゐる。
しかし、タティングもまた人形向きの素材を作るにはチト向かないレースだつた。
タティングレースでバービーやジェニーの服を作つたものを見たことはあるけれど、自分が求めてゐたのはさういふものではない。

でもタティングは気に入つた。
なぜといつて、おそらくタティングをしてゐる自分が好きだからだらう。
こどものころから親にさんざん不器用だと云はれつづけ、学校の家庭科の授業でも努力点を超えることは決してなかつた自分でもレースが作れる。
つまりはさういふことだ。
タティング自体が好きといふよりは、タティングをしてゐる自分が好き。
なんてこと。

あみものもそんな気がするんだよな。
ちよつと自分より不器用な人間を見たことがない、そんな自分があみものをしてゐる。
自分にも編むことができる。
さう思ふことが好きなのだらう。

この点については、これまでできるだけ考へないやうにしてきた。
だつてさうしたらこれまで買ひ求めた毛糸やレース糸、お道具の数々の立場がないぢやない。
もつといふと、さういふものを買つた自分の立場がない。
これまであみものやタティングに費やした糸や時間も無駄になる。
まあ、無駄ではないかもしれないけれど、なんかそれつて違ふ気がするんだよね。

でもいま、この問題と向き合つた。
この先すこし違ふ展開になるといいのだが。

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Tuesday, 08 September 2020

涼しくなつたら

さて、あみものははじめたものの、タティングには手をつけられてゐない。
さうかうするうちに、マクラメの新刊が出るといふ話も聞いた。
マクラメ、いいよなあ。
好きなんだよなあ。
といふわりには、七宝結びもろくろく結べないけれど、好きなものは好きなのだつた。

何年前のことだらう。ここにも書いたことがある。
ファーストフードの店で、高校生とおぼしき人が、慣れた手つきでミサンガを結んでゐた。
うらやましくてなー。
自分もあんな風に結べるやうになりたい。
さらには、推定高校生への対抗心もあつた。
自分だつて、そんな風に結べるやうになるんだから。
結果、その時はおそらく高校生に勝るとも劣らない手つきで結べるやうになつた、と思ふ。
ただ、長くは続かなかつた。
マクラメ自体が続かなかつたからだ。
ミサンガなんてそんなに数必要ないしね。
考へてみれば腕時計のバンドを作ればよかつたのかもしれないが、その時はさういふ発想はなかつた。

そんな感じで、何年かに一度マクラメのマイブームがやつてくる。
今年も一度やつてきた。
ダルマの鴨川糸でモチーフを作つた。
腱鞘炎さえなければもつと結んでゐたと思ふ。

さう、すべては腱鞘炎のせゐでもある。

土日と働かなかつたら、多少よくはなつたんだけどね。
やはりPCを操作するのがよくないのだらう。
キーボードで打つたりマウスを使つたりするのがよくないやうだ。

マクラメの新刊は買ふことだらう。
結ぶかどうかはわからない。
タティングは作りかけになつてゐる栞-to-beをなんとか仕上げたい。
ちよつと涼しくなつてきたしな。

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Tuesday, 01 September 2020

来年こそは冷房を

涼しくなつたのだからタティングを、と思つて挫折してゐる。
確かに涼しくはなつた。
東北や北海道ほどではないけれど、氷まくらや扇風機に頼らなくても眠れた。
朝起きて、働いてゐても暑いといふ感じはしない。
だといふのに、タティングシャトルを手にタティングをはじめた途端、手のひらが汗ばんでくるではないか。

相対的に涼しいだけだからだ。
昨日まではとにかく暑かつた。
だから今日は涼しく感じる。
でも絶対的にはまだ暑い。
さういふことなのだらう。

二年前のいまごろは、タティンングレースのドイリーを作つてゐたらしい。
藤戸禎子の本が再販されて、それを見て初版(といふのだらうか)の表紙に載つてゐたモチーフといはうかドイリーといはうかを作つたのだつた。
なぜできたのだらうとちよつと不思議だが、職場で昼休みに作つてゐたからだらう。
職場は空調が効いてゐるからな。

空調なしに夏を越えられるのか。
毎年思ふことだ。
そして毎年なんとかなつてゐる。
だが、それも去年までの話で、今年はダメなのではあるまいか。
これも毎年思ふことだ。

とにかく、空調のないことにはなにもできない。
起きてゐてもただひたすら時間の過ぎるのを待つばかりだ。

来年の夏こそは冷房を新調しやう。
これまた毎年思ふことなのだつた。

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Tuesday, 25 August 2020

みんな暑さが悪いんだ

涼しくなるまでは、あみものもタティングもあきらめることにする。
あみものとタティングだけではない。
なにか creative なことは、もうすまい。
たとへばこれを打つこともさうだ。
暑くて、本すら読めないのだ。
本を読んでゐると、最初のうちはいいが、気がつくと汗をかいてゐる。
それも頭から顔からあちこちから汗がにぢんでたれる。
できることといつたら、とにかくぼんやりとなにもしないことだけだ。
読むともなくTwitterのTLを追ふとか。
ただひたすら座つてゐるだけとか。
そんなことしかできない。

それでいいのではないかといふ気もする。
暑いつてさういふことなんだと思ふんだよね。
今日もリレーの練習をしてゐたとかで倒れた生徒がゐるといふ。
こどもはともかく、教師はちよつとは自分の頭で考へてみたらどうなのか。
この暑さの中、校庭でリレーの練習をするといふのがどういふことか。
それも暑くて考へられないといふことなのかな。

だいたいなんでリレーの練習などしてゐるのだらうか。
もしかしてこのご時世に運動会をしやうなどと考へてゐるのぢやあるまいな。
ほんとに、ちよつとは自分の頭で考へてみたらどうなのだらうか。

かく云ふやつがれにはまだ考へる余裕はあるやうだ。
だから、涼しくなるまではあみものもタティングもできなくても気にしないことに決められたのだ。

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Tuesday, 18 August 2020

タティング不能

今日、久しぶりにタティングをしてみた。
ものは、以前シャトルに糸を巻いてしばらく放置してゐた栞である。
ちよつと時間ができたので、そのあひだに向いてゐるかも、と思った。
それに、今日は温度はそれなりに高いものの、湿度が低かつたらしく、なんだかこれまでより躰が楽だつたんだよね。
それで、これならタティングもできるかもと思つたのだつた。

結論からいふと、甘かつた。
ちよつと結んだだけで、手のひらが汗ばんできて、リングを二つも作つたころにはもう耐へられないやうな感じだつた。

さうか。ダメか。
湿度が下がつたくらゐではタティングなど無謀といふことだな。
タティングが無謀ならあみものも無謀だらう。
なんか、できることがない(/_;)。
できることがなにもない。

そんなわけで「銀河英雄伝説」を読み返しはじめてしまつたのかもしれない。

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Tuesday, 11 August 2020

タティングレースのブックカヴァ

最近本屋で本を買ふとカヴァをつけてもらふことが多い。
袋が有料になつた結果、袋は買はずに本だけ持つて店を出ることが多いからだ。
カヴァをしてゐれば万引きに間違へられることもあるまい、といふ、云ふなれば一種の「李下に冠を正さず」だ(違。

実を云ふと、文庫と新書については使ひこんだ革のカヴァを持つてゐる。
買つて帰つたらそちらのカヴァにつけかへるので、書店のカヴァは不要だ。
そんなわけで最近はカヴァのつけかへもあまりしてゐない。
買つてきたときのまま読んでゐる。

ところでブックカヴァといへば作つてみたいとつねづね思つてゐるもののひとつだ。
かぎ針編みや棒針編みのカヴァもいいが、タティングレースで作つてみたいなあと思つてゐる。
Nina Libinが出してゐる冊子にあるんだよね、本用のアクセサリが。

おそらく紐で綴じるタイプのファイルの背表紙とかね。
中にはブックカヴァもある。
縁はかぎ針編みにするのだが、中はタティングレースだ。
Nina Libinだから当然ビーズもあしらつてある。
作つてみたいなあと思ひつつ、文庫サイズだとか新書サイズだとか本の大きさにあはせて作れる気がしないのでそのままになつてゐる。
それに、作るとしたら持つてゐない四六判用のカヴァがいいなと思つたりもするしね。

背表紙なら、バイブルサイズのシステム手帳のリフィルを綴じてつけてもいいんだよなあ。
まあ、いろいろ野望はあるわけだ。

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Tuesday, 04 August 2020

少しやる気が出てきた

やつと編み気が出てきた。
昨日も書いたやうに、中長編みの引き上げ編みといふのがいけなかつたやうだ。
長編みの引き上げ編み、それも表と裏と両方といふ模様になつてから、がんがん進むやうになつた。
現金なものだなあ。

ここのところなにも作つてゐなくて、もうこのままなにも作らなくなるのではないかと思つてゐた。
かう思ふことはたびたびある。
作る気が失せると、毎回だ。
これには波がある。
「もう何も作れん」と思つてゐても、しばらくするとまた作り始めたりするものだ。

ただ、「もう何も作れん」と思ふたびに、次の波は来ないだらうといふ気がする。
それだけのことなのだと思ふ。

だからいまタティングもなにもしてゐないけれども、そのうちまたするだらう。
いまは、外出先でタティング用具を取り出すのがちよつと不安だ。
そもそも外出自体をあまりしないといふこともあるけれども、これまでだつたら医者で順番を待つあひだにタティングすることもあつた。
それがいまはなんとなくできない。
ここで使つたら、しばらく、さう、プラスチックだから一週間は手にとつてはいけないのではないか。
さう思つてしまふ。

土曜日に図書館に行つた。
別の図書館にある本を取り寄せてくれるやう頼んでゐて、その本が届いたからだつた。
その帰りに、図書館のそばにある喫茶店に寄つた。
いつもなら、借りてきた本をそこで読むのだが、その日は本を取り出すことができなかつた。
図書館の本だ。
いつ誰が触れたかわからない。
少なくとも自分とある司書さんとは触れた。
別の図書館の本だから、そこの司書さんも触れたらう。
などと考へてゐると、なんかあつたときに喫茶店に申し訳ない気がして、借りてきた本を読むのはあきらめたのだつた。

これも New Normal といふアレなのだらう。
あみものやタティングレースにおける New Normal つて、なんなのかな。
ちよつと考へてしまふ。

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Tuesday, 28 July 2020

うつくしいものが作れたら

人が作つたうつくしいものを見ると、いいなあと思ふ。
自分も作りたいなあ、とか。
タティングレースとかマイクロ・マクラメとか、Webなどで見ては「きれいだなあ」と眺めてゐる。

自分でも作ればいいぢやないか、と思ふのだが、そこが思ふにまかせない。
暑さといふよりは湿気に負けてしまつてゐる。
そもそも自分にきれいなものうつくしいものなんて作れないぢやあないか。

などと云ひ訳して一日が終はる。
きれいでなくてもいいから作ればいいのに。
作つていくうちにきれいなものが作れるやうになるかもしれないぢやあないか。
作らなければなんとでもいへる。
さうも思ふんだがねえ。

数をこなさけなればな、とは思ふ。
それはわかつてゐるつもりだ。
数をこなしたからまがりなりにもくつ下が編めるやうになつたのだ。
一時期、それこそ『二都物語』に出てくるマダム・ドファルジュのやうにひたすら編んでゐて、それで一応履けるくつ下が編めるやうになつた。
さう思つてゐる。

タティングレースもまた、数をこなしてゐるうちに少しはきれいなものが作れるやうになるんぢやあるまいか。
さう思ふんだけどなあ。

でも実際に作るとなると、好きなのはあまりピコのない、あつたとしてもつなぐためだけのピコばかりだつたりする作品なんだよね。
それでもいいのかもしれないけれど。

いづれにしても、外出もままならぬいま、タティングレースなりあみものなり、さうした趣味はいいと思ふんだけれども、あなたどう思ひますか。

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Tuesday, 21 July 2020

報復性夜更しとタティング

報復性夜更しといふことばを知つたのはつひ最近のことだ。
TwitterのTimeLineに流れてきた。
日中自分のしたいことができずなかなか眠れないことをさすことばだと理解してゐる。

思ひあたることがたくさんある。
就職してのち、両親のもとで暮らしてゐたころ、よく母に云はれたものだつた。
「早く寝なさい」と。
小学生のときは「早く起きすぎる」と云はれたやつがれが、だ。
なかなか眠れないのにはわけがある。
日中職場で拘束されてしたいことができなかつた。
するならいましかない。
寝る暇も惜しいとはこのことだ。

その後もさういふ夜はつづいた。
朝は始発のバスで出て帰りは終電で帰つてきてゐたころ、それでもあれこれ編んでゐた。
よく編んでゐる暇があつたな、といまは思ふ。
そんなことしないで寝ればよかつたのに、それができなかつた。
好きなあみものもしないでなんの人生か。
さう思つてゐたからだ。

ほかにもWebページの更新にかまけてゐた時期もあるし、とにかく就職してからといふもの、早寝といふものはほとんどした記憶がない。
ここ最近、体力が衰へてきて、いつまでも起きてゐられなくなつた程度だ。
一日の一番いい時間に、仕事に縛られてゐる。
自由はほぼきかない。
やりたいことはあるのに。

ところでタティングレースに関しては、あまり報復性夜更しをしてやつてゐたといふことがない。
タティングレースは移動中に電車やバスの中でもできる。
あるひは職場で昼休みにする。
持ち運びに便利で、ちよつと時間があつたら取り出して結ぶことができる。
おそらく夜遅くに帰宅してからタティングをすることがあまりなかつたのはそのためだらう。

自分の中では大作のひとつである極細毛糸で作つたスカーフは、ほとんど電車の中で作つた。
当時は毎日帰りが遅く、次第に朝起きられなくなつていつた。
その結果、出勤時の電車は空いてゐることが多かつた。
電車に乗つて、しばらくは隣の席に人がゐない。
そんなわけで、行きだけでモチーフが二枚、ときに三昧作れることもあつた。
昼休みも当然タティングだ。
さうかうするうちに、スカーフができあがつてゐた。

さう考へると、忙しい人間にはタティングは向いてゐるのかもしれない。
あみものも持ち歩いて編めるけれど、以前も書いたとほり日本では電車の中であみものはしてはいけないことになつてゐるといふ話もある。
タティングレースならそんなことはない。

とはいへ、人はタティングのみで生きてゐるわけではないんだよなあ。
人は、ではなくて、自分は、か。

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Tuesday, 14 July 2020

久しぶりに Tat Out

日曜日、久しぶりに電車の中でタティングをしてみた。
ちやうど折り返す電車に乗れたので出発までの間、やつてみたのだつた。

かつてはよくやつてゐた。
日本の電車内ではあみものはしてはいけないといふ。
過去に編み針が人にささるといふ事故があつたからなのださうだ。
人づてに聞いただけなので、ほんたうにそんな事故があつたのか、あつたとしてその後ほんたうにあみものが禁じられてゐるのかどうか、定かではないし調べてもゐない。
だいたい、編み針がダメならペンや鉛筆だつてダメでせう。
でも込み合ふ通勤電車の中で数独をしたり手帳になにか書き込んだりしてゐる人はゐる。
ひとり編み針だけがダメといふのは納得がいかない。

でも万が一あみものが禁止されてゐるときのことを考へて、タティングレースならいいだらうと思つた。
なにしろ、電車で隣の席に座つた人がクロススティッチをしてゐるところに出会つたことがあるやつがれだ。
このときもやはり折り返しの電車で、発車するまでは「走り出したらやめるだらう」と思つて黙つてゐたが、電車が出発してもつづけてゐたので驚くとともにやめてくれるやうお願ひしたことだつた。
クロススティッチはよくてあみものはダメなのか。
そこも問ひたいが今回はおく。

いづれにせよ、乗り物に乗つてタティングはよくしてゐた。
新幹線に乗るときなどもする。
新幹線では、糸を巻いたシャトルを持つて乗り、乗つたところから作り始めてどこまでできるか試すことが多い。
大抵、それほどできはしない。
途中で寝ちやつたりするしね。

病院の待合室でもタティングをする。
あみものより話しかけられることが少ないからだ。
あみものだと「なにを編んでゐるの」からはじまつて、ご自身のあみもの歴を語る方がいらしたりする。
Knit Out の醍醐味はさういふところにある、のかもしれないが、自分の場合は時間がないし待つてゐる間暇で仕方がないのでするといふところがある。
さう告げればいいのかもしれないが、なんとなくためらはれるのはなぜだらう。

そんなわけで、Tat out。
日曜日の電車はいまはとても空いてゐて、隣の席があいたままといふことも多い。
発車を待つ間、のんびりした気分でのほほんとタティングをする。
そんなにたいした時間ぢやないからこれといつたものはまだできてゐないが、今後も隙を見つけてTat out したいと思つてゐる。

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