Monday, 17 September 2018

くつ下編みの醍醐味

Puppy のブリティッシュファインで編んでゐるヨガソックスは、やつとかかと部分の伏せ留めをして、甲の部分に入つた。
まだもう片方を編まねばならないが、だいぶ進んだ気分である。

このヨガソックスは 9to5 Socks (rav) を参考にしつつ、かかととつま先とを除いて編んでゐる。
ヨガソックスを編む所以は、冬にそなへて、だ。
この前の冬はずいぶんと寒くて、毎日のやうに自分で編んだヨガソックスを市販のくつ下の上に重ねて履いてゐた。さうでないのときは厚手のくつ下を履いてゐた。
手編みのヨガソックスはいまのところ三足あつて、それだと日々回らないので、追加で編んでおかうといふ寸法だ。

ヨガソックスのいいところは、つま先とかかとといふ一番穴のあきやすい部分を編まないといふことだ。
くつで擦れてダメになるといふことがない。
最近はダーニング・マッシュルームが発売されたこともあつて、くつ下の補修もおもしろいよね、といふことになりつつあるのかもしれない。
でも、個人的にはマッシュルームよりエッグが好きなんだよなあ。
それに、穴をかがるのには縫ひ針様の針を使ふ。
縫ひ針は苦手なんだよなあ。

といふわけで、外に履いていく用にはヨガソックスの方が都合がいいわけだ。

しかし。
実際に編んでゐると、くつ下編みの醍醐味つて、つま先やかかとにあるよな、といふ気がしてくるのだ。

一口にくつ下を編むといふが、かかとやつま先の編み方には何種類もある。
組み合はせを考へたら膨大な数になる。と思ふ。
また、模様のあるくつ下の場合、かかとまで模様を続けて編むものもあつて、まさに千差万別なのだつた。

あー、やつぱり普通にくつ下編まう。
その前にヨガソックスを仕上げなければ。

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Monday, 10 September 2018

あみもの用かばん

最近はなにか手仕事をするとなるとタティングばかりで、あみものはほとんど進んでゐない。

これではいけないと思つて、トートバッグをとりだしてきてはいろいろあさつてゐる。
我が家に来る帆布のトートバッグはかたつぱしから編みかけのもの入れになる運命にある。
これまでこの運命から逃れたトートバッグは二点、それもいづれも家にある中では一番めと二番目に新しい手提げなので、いつ編みかけ入れになつてもをかしかない状況だ。

なぜ帆布のトートバッグなのかといふと、まづ毛糸のひつかかるところがほぼないから、といふのが理由としてあげられやう。
帆布のトートバッグで、ファスナーがなく、これといつた金具もついてゐないものは編みかけ入れに最適だ。
トートバッグは大抵底が大きくて、いろいろなものが入れられる。
小さいバッグには帽子やくつ下などこものの編みかけ、大きいバッグには大物の編みかけを入れる。
編み棒も毛糸もあみものの本もその他あみもの道具も基本的には全部入れることができる。
持ち手があるから持ち歩きやすい。
持ち手がふたつあるので、二色の編み込み模様のときなどは片方の持ち手に一色、もう片方にもう一色の糸を通すと塩梅がいい。

編み終はると、ほぼ必ず毛糸があまる。
その毛糸をいれたまま次なるプロジェクトの毛糸と編み針などをトートバッグに入れる。
これをくりかへしてゐると、いつしかトートバッグが毛糸でいつぱいになつてしまふ。

さうなると、その時点までは手提げとして使つてゐたトートバッグがあみもの用かばんに昇格する。
そんな感じで、あみもの用になつてしまつたトートバッグがあとを絶たない。

これはいい加減なんとかしないとな、といふので、最近はトートバッグは外出時に手提げとして使つてゐる。
うーん、でも、外出先でも編みたいよねー。

かくしてトートバッグはあみもの用かばんになつてしまふのだらう。

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Monday, 03 September 2018

怒濤の九月

涼しくなつた。
といつてもまたすぐ暑くなるのだらうが、とりあへず涼しい。

それで編んだかといふと、編んでないのだつた。
そろそろハマナカのポームで編んでゐた三角形のショールくらゐはなんとかしたいと思つてゐる。
あと、パピーのブリティッシュファインで編みはじめたヨガ・ソックスね。
こちらはもうちよつと脚部分を編んで、甲にかける部分を編めば片方はできあがる。

なぜあみものが進まないのかといふと、タティングレースにかまけてゐるからだ、とは以前書いたとほりだ。
冬のころ、ノールビンドニングにかまけてしまつて、それ以降タティングとはご無沙汰してゐたのだが、この「ご無沙汰」だつたのがいまのタティング熱に拍車をかけてゐる気がする。
「タティングつてこんなに楽しかつたつけか」といふ感じだ。

あみものもしばらくしてゐないので、興がのつてくればおなじやうな状態になるとは思ふんだがね。
順番がちよつと違ふのだらう。

本屋でこの秋冬のあみもの本を何冊かパラパラと見てみた。
今年はヨークのあるセーターがはやりなのか知らん。
首から編む、とか。
「毛糸だま」といへば今月半ばには「毛糸だ! まつり」を開催するといふ。
ちやうど予定がいろいろ入つてゐる時期で、行けない気がしてゐる。
九月は歌舞伎座で秀山祭だし、文楽はあるし、さらにホール落語には行くし「メタルマクベス disc2」もあるしでなんだかてんやわんやなのだつた。
てんやわんやにしてゐるのは自分なんだがね。

昔は、赤坂ACTシアターで芝居を見るのにかぎ針編み一式を持つて行つて隙を見つけては編んでゐたんだがなあ。
いまはあみもの道具一式を持ち歩くのがどうも億劫だ。
それでタティングレースになつちやふんだよね。

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Monday, 27 August 2018

毛糸を使ひ切る計画でくつ下を編む場合

この暑いのに、毛糸のくつ下をぼそぼそと編んでゐる。

Sock in Progress

パピーのブリティッシュファインを0号の針で編んでゐる。
くつ下だから、編んでゐる最中に編み地が躰にあたることもなく、暑いのは毛糸をかけてゐる指くらゐだ。
だから編める。

と思つたのだがなあ。
今年の暑さはちよつとどうかしてゐる。
一日無風といふ日もめづらしくない。
せめて夜くらゐは風が吹いて眠りやすくなるとだいぶ楽なんだがなあ。

このくつ下はヨガソックスにするつもりだ。
すなはちつま先とかかととは編まない。
さうすると、脚から編んでも毛糸の残りを考へながら長さを決めやすい。
そんな気がする。

つま先から編みはじめるのは、毛糸を使ひきりたいときだ。
足の部分だけ編めてしまへば、あとは脚の部分の長さを調節すればいい。

ところが、Pomatomus や Monkey などのくつ下のデザインで有名な Cookie A. は、脚から編みはじめても毛糸を使ひ切るのに支障はないといふやうなことを云つてゐる。

はたしてさうなのだらうか。
脚部分の長さなら、毛糸がなくなつたところで終はりにすればいい。
だが足部分はどうだらう。
きちんとつま先まで編めなければくつ下として機能しないのではあるまいか。

そんなことを思ひながらしかし、今回は脚部分から編みはじめてゐる。
それでゐながら毛糸を使ひ切らうとしてゐる。
なぜそれができるのかといへば、かかととつま先とを編まないからだ。
足部分は中程を覆ふくらゐ編めばいい。
さう思つてゐるからである。

といふことは、Cookie A.は、つま先やかかとを含めた足部分を編むのにどれくらゐの量を残しておけば大丈夫といふことがわかつてゐるといふことか。

或は脚部分の長さに個人的な規範でもあるのか。

どちらも、かなあ。

ちなみにやつがれはなにも考へずに編むときは、かかとの半ばで折つたときに履き口とつま先とがほぼおなじ位置にくるくらゐの長さが気に入つてゐる。
デザインにもよるけれども、編んだときにバランスがいいなあと思ふのだ。
今回は脚部分はかなり長くなる予定だ。
寒さ対策のレッグウォーマ代はりにするつもりだからそれでいいと思つてゐる。

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Monday, 20 August 2018

羊の匂ひのする毛糸

涼しいと編むねえ。

我ながら現金だなあと思ひつつ、涼しいと編む。
ただ、いまはタティングレースに夢中なので、そんなには進んでゐない。

編んでゐるのは先日編み始めたくつ下だ。
パピーのブリティッシュファインで編んでゐる。
手洗ひ必須なので、ヨガソックスにするつもりだ。すなはちかかととつま先とは編まない。その方が洗ふのが楽な気がするからだ。
実際、かかととつま先とがない方が乾きも早いだらうと思ふ。

パピーのブリティッシュファインのうち、とくに羊の毛の色そのままのやうな淡い灰色を選んだ。
心なしか羊の匂ひがする。

ブリティッシュエロイカもさうだつたかなあ。
パピーのブリティッシュエロイカは極太で、渋い中にもくつきりとした色合ひの毛糸があつて気に入つてゐる。編みやすいしね。つひ縄編みなどしたくなる毛糸だ。
ブリティッシュファインを見ると、ブリティッシュエロイカを中細にしたやうな感じがして、やはりいいなと思つてゐる。中細だけど縄編みめいた模様を入れたくなるのはブリティッシュエロイカに似たところがあるからかもしれない。

七月、異様に暑い日がつづき、台風のおとづれとともにすこし涼しい日があり、また暑い日がやつてきて、ここのところかなり涼しい。
気温も低いが湿度が低いのが過ごしやすい理由だらう。
あみものも進むし、つひつひタティングレースもしてしまふ。

暑いうちは寒くなつたときのことを想像するのはむつかしい。
寒さは覚えてゐる。
去年一昨年とヨガソックスを二足づつくらゐ編んだ。
足下から冷えるからだ。
ヨガソックスで足首を覆ふと、冷えがだいぶやはらぐ。
ほんたうはかかともつま先もあつた方があたたかいことはわかつてゐるけれど、どちらもくつにあたつてすり切れやすい部位だ。
聞くところによると、フィギュアスケータは練習中、首・手首・足首があたたまるやうな装備をしてゐるといふ。
だつたら足首だけでもよからうと思ふ。
首はマフラー、手首は手袋で覆つてゐるしね。

かうして寒さは覚えてゐるものの、体感としてよみがへつては来ない。
したがつて、くつ下の脚部分もどれくらゐの長さがいいかチト判断に苦しむ。
寒くなつてから編んだ方がよかつたのかなあ。
ヨガソックスなら編まうと思つて編み始めればすぐできるのだし。

などといひつつ、去年から気になつてゐたブリティッシュファインを使つてみたかつたんだよね。
毛糸があまるやうなら指なし手袋も編みたいと思つてゐる。

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Monday, 13 August 2018

趣味≠特技

趣味と特技とは一致しないこともある。

正直云つて、もともと手先の器用な人がはじめて編んだものと自分がいま編んだものとを比べたときに自分の方が目のそろつたきれいな編み地を作れるとはちよつと思へない。
あみものが好き、といつてもさういふ状態なのだ。

以前、ジェニーやリカちやんの服を作るのに熱中してゐたことがある。
毎週土日になると、ひたすらちくちく人形の服を縫つてゐた。
なぜミシンを使はなかつたのかといふと、ミシンも苦手だからだ。
もともと苦手なのに人形サイズの服にミシンをかけるだなんて、到底ムリだと思つてゐた。
実際、ミシンを使つて縫つた服もないぢやないが、基本的には全部手縫ひ、フレアスカートの裾なども全部手でまつつたり縫つたりしてゐた。

それで縫ひものが好きになつたり得意になつたりしたか、といふと、それがどちらも全然そんな風にはならなかつた。
結局、最近では人形の服は編みはしても縫ふことはなくなつたしね。
最初のころよりは縫ひ目も安定してきただらうとは思ふが、あまり実感はなかつた。
ひとつだけ上達した実感があつたのは、スナップ付けがうまくなつたことだ。
早くきれいにできるやうになつた。
それももう全然やつてゐないので、多分もとの状態に戻つてゐることだらう。

斯様に、苦手でもやることはある。
しかし、得意にはならない。
好きにならない場合もある。
やつがれの場合は縫ひものがさうだつた。

一方のあみものはといふと、あひかはらず編み目がそろはなかつたり模様編みをきれいに編めなかつたりすることは往々にしてある。
昨日もひさしぶりにくつ下を編み始めてみたところ、さつそく編み目がガタガタになつてゐることを確認した。

Sock in Progress

それでもあみものは好きだ。
手の動きが好きなんだな。
これはタティングレースにも云へる。
手に針を持ち、指に糸をかけ、編み目に針を入れて糸を引き出す。
さうした一連の動きがとても気に入つてゐるのだつた。

ここのところ腱鞘炎のせゐであみものをほとんどしてゐなかつた。
昨日久々に棒針編みをしてみて、かぎ針編みほどには指に影響がないことが判明した。
なので、今後しばらくは暑さに負けずくつ下など編むことだらう。
ヨガソックスになる予定だ。

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Monday, 06 August 2018

返り血を浴びながら編みたいか

文学の中で一番有名なニッターといつたら、「二都物語」のマダム・ドファージュぢやあるまいか。

「二都物語」は、フランス革命のころのフランスとイギリスとを舞台にした物語だ。
酒屋の女将であるマダム・ドファージュは貴族に虐げられた家族の復讐を誓つてゐる。
マダムはいつでもあみものをしてゐる。
編みながら、復讐する相手の名前を、のちにはギロチン台に上がる人々の名前を編み込んでゐるのだ。

あみもの者としてはここでひつかかる。
えー、そんな憎い相手の名前を編み込んだものを、どうするの?
使ふの?
まさかね。
くつ下であれば、日本なら「踏みつけにする」といふ意味もあらうが、フランスでそれはどうよ、といふ気もする。

あみものは時間がかかるし、編んでゐるうちに愛着もわくので、復讐したい相手の名前を編み込んだりしたくないよなー、と自分なら思ふ。

当時はいまとは違つて、あみものは内職としてどこでも普通に見られるものであり、編みながら愛着を感じることなどなかつた、とも考へられるが。
でもなー、やつぱりないよなー。

「紅はこべ」だつたかには、ギロチンの横で首を斬られた人の血を浴びながらあみものをしてゐる人の話が出てくる。
実際、ギロチンの周囲にはあみものをする人々がゐて(tricoteuseと呼ばれたといふ)、自由の象徴たる帽子を編んでゐたといふのだが、どうなのかなあ。

世の中が殺伐としてくれば、あみもののつとめといはうか役割といはうかも変はつてくるといふことか。
といふことは、今後はやつがれもまたマダム・ドファージュのやうに殺しても殺したりない相手の名前を編み込みながら帽子やくつ下を編むやうになるのだらうか。

その前に編み込みを覚えないとなー。

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Monday, 30 July 2018

暑さと湿気とあみもの

去る冬、結局のところ寒暖といふのは相対的なものだなと実感した。
ものすごく低い温度を体験したあとでは、それより高いと常なら低いと思うやうな温度でもたいして寒くないと感じるものだ、といふことだ。
この夏は暑さでそれを実感してゐる。
あまりにも暑い日々を体験したあとでは、平年並みの暑さでもさほど暑く感じない。暑くても、なんとか我慢できる。
さうやつて我慢してゐると、絶対的には気温は高いのでかへつて危険なのだが、こればかりは仕方がない。

そんなわけで、すこし涼しくなつたのであみものでもしてみるか。
と、思へばいいのだが、思はなかつた。
腱鞘炎の具合はあひかはらずで、よくなつたのやらなつてゐないのやらよくわからない。
いづれよくはなつてゐないのだらう。
よくなつてゐたら気にならないはずだからだ。
これだけ暑いと編む気も失せるしな。
編んだものといふのは織つたものより地が厚くなりがちだ。
したがつて、暑い時期には向かない。
とくに日本のやうに蒸す暑さには向かないと思ふ。

以前もここに書いたらうか。
気温が摂氏四十度を超えても、手編みのくつ下をはける、と豪語してゐる人がゐた。
おそらく、その人の住む地方は乾燥してゐるのに相違ない。
蒸した暑さに手編みのくつ下はムリだ。

同様に夏場にモヘアといふのもあり得ない。
海外のあみもの雑誌などには夏でもモヘアのレース編み作品が載つたりするが、湿気のある日本の夏にモヘアはあのけもけもした毛が非常に不快になる。

えうは、日本の夏に編んだものが向いてゐるとはとても思へないといふことだ。

ひとつあるとしたら、冷房の効き過ぎた状態に対処するための羽織ものだらうか。
綿やとくに麻の糸で編んだショールやストールは冷房除けにいいと思ふ。
問題は、冷房のきいてゐないところでもさうしたショールやストールを持ち歩かなければならないといふことだ。
さうすると、編んだものよりは小さくたためる織つたものの方が便利、といふことになる。

冬はあひかはらず寒くなるのだらう。
地球温暖化によつて極地の氷が溶けて海水の塩の濃度が下がると、これまで流れてゐた暖流が底にしづむので温暖だつた地域も冷えるといふ話を聞いた。
あみものをやめる必要はない。
夏さへ乗り切ることができれば。

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Monday, 23 July 2018

暑いけど

暑い。
なにもしたくない気分である。

否、実際のところはなにかしたいのだ。
なにかしたいのだが、しても続かない。
暑いからである。

腱鞘炎もいまだ癒えず、あみものも進んではゐない。
夏用に買つた糸があるんだけどなあ。
しかしこの暑さではちよつと編む気にならない。
編む気だけでなく、ほかのこともやる気が出ない。
昨日などは、ちよつとなにかしては休み、ちよつとなにかしては休みといつた状態だつた。
本さへ碌々読めない。
録画機が使へなくなつて以来、家で本を読む機会が増へた。
しかし、この暑さでは、なあ。
せめて風でもあればと思ふが、かういふときに限つてない。
今朝、そろそろ起きやうかといふころになつて、涼しい風が吹いてくる。

世の中、なにかとままならない。

せめて編みかけの三角ショールくらゐは仕上げたいんだがなあ。
ハマナカのポームで編んでゐるので、ちやうどいま使へさうだし。
あとちよつとで終はるし。
指にムリのかからない範囲で、最後まで編んでみるかな。

あみものせずになんの人生。

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Monday, 16 July 2018

編まない生活は続く

先週もこの三連休もまつたく編んでゐない。
編まなくても大丈夫なんだな、と思ふ。

あみものは好きだ。
と書いて、ほんたうだらうかと思つてしまふ。
実は自分はあみもののことなどたいして好きではないのかもしれない。
時々編んでゐてさう思ふ。
それではなぜ編むのか。
それは、数少ない自分にできることのひとつだからで、編んでゐるとなにがしかできあがるものがあるからだ。

えうはなにもしないでゐることができないんだらう。
なにかしら生産的なことをしたいのだ。
それなら部屋の片づけや掃除をすればいい。
なのにそれはできない。
といふわけで、なにかしら形に残るあみものに逃げるわけだ。

TVを見るといふのも自分にとつては生産的なことではない。
なので見ながら編みたい。
ところがTVを見なくなつてしまつたものだから編むきつかけがつかめなくなつてしまつた。
だからといつて見たいTV番組があるわけでもないしねえ。

なるほど、編まなくなつたのは、腱鞘炎のせゐもあるけれど、生活習慣が変はつてきてしまつたからといふ原因もあるんだな。
TVを見てゐるあひだに編んでゐたのに、そのTVを見なくなつてしまつたから編まなくなつた。
わかつてみればなんのことはない。

こののちもずつと編まないのだらうか。
腱鞘炎は、よくなつたやうなさうでもないやうなで、とりあへず拳を握ることはできない。
すこしは動かした方がよいといふ話もあるので、ちよつとあみものを再開してみるかなあ。

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