Monday, 14 January 2019

最初から適正な量の毛糸を買はないと

Hell's Grannies Hat は、つばの部分まできた。
まだ増やし始めたばかりなので完成にはもうしばらくかかる見込み。

金曜日に不足分の毛糸を買ひに行つた。
不足分はクイーン・アニーの黒一玉だ。
さうです。まんまとほかの糸も買つてきてしまつたのです。

セール中だつたので、パピーのハスキーと Opal のソックヤーン Loewe を求めてしまつた。
パピーのハスキーは Twitter の TimeLine でしばしば見かけてゐて、気になつてゐる糸だつた。
一玉でなにかできさう、と思つて買つてしまつたんだよなあ。
Loewe も同様。
一玉使ひきりでどうにかなりさうと思つて買つてしまつた。

なんでかう計画性がないかな、と思ふ。
衝動買ひはいかんよね。
衝動買ひの結果、毛糸がどうにもならないことになつてゐることはもう学んだはずなのに。
そもそも毛糸にも申し訳ない、とは以前も書いた。
しかも帽子もろくろく編めてゐない状態だといふのに、だ。

でも編みたいものはいくらもあるんだよな。
手持ちの毛糸で編めよ、といふ話だが、それはいづれするつもりでゐる。
問題は目の前に新しい毛糸が並んだときのことだ。

さう考へると、やはり最初に買ふときに適正な数の毛糸を買つておく、といふのがいいのかもしれない。
うつかり不足分を買ひに行つて、誘惑に身を晒すよりはそれがよからう。

それにしてもモンティ・パイソンはいいな。
Hell's Grannies Hat を編む気をもりあげるためにしばしば見返してゐると、Ravelry ができたばかりのころを思ひ出す。
Ravelry にはモンティ・パイソンのコミュニティがあつて、あのころ「パイソンズで編めるのはテリー・ジョーンズ」とか、「どのスケッチで編んでゐる」とか、「スペイン宗教裁判のときはキャロル・クリーヴランド(お誕生日だつたとか? めでたい)がかぎ針編みをしてゐる」とか、もりあがつたんだよなあ。
編む人間は見るところが一緒なんだな。

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Monday, 07 January 2019

Hell's Grannie Hat はじめました

仕事納めの日、帰りに毛糸を買つてきて Pepperpot Hat を編み始めた。

Hell's Grannies Hat in Progress

Pepperpot Hatと呼び習はしてゐるが、実は Hell's Grannies Hat の方がより焦点が絞れてゐるかもしれない。
この休みにモンティ・パイソンを見直してゐたら、Hell's Grannies がかぶつてゐる帽子がほぼおなじやうな形の帽子だからだ。

Pepperpot といふともうちよつと範囲が広くて、帽子もさまざまだし、なかにはスカーフで紙を覆つてゐる人もゐる。
そんなわけで、Hell's Grannies Hat に名前を変へやうかと思つてゐる。

Hell's Grannies、いいよね。
年取つたらああなりたい、かもしれない。
映画「アンド・ナウ」には出てこないが、オリジナルのTVシリーズの方には「うちのバアちやん、一日に二十玉の毛糸をかぎ針で編むんだよ(をかしいよ)」つてなセリフが出てきたりするし。

毛糸はパピーのクイーン・アニーの黒、針は6/0号で編んでいる。
帽子は輪にして六目で編み始めて増やしてゐる。
頭頂部は毎段増やして一周百三十二目まで。
そのあとは百三十二目のまま四十一段まで編んだ。

やうすを見ながら編んでゐるのでなかなか進まない。
また黒い糸といふのが編みづらい。
クイーン・アニーくらゐの太さなのでなんとかなつてゐるが、細かつたらどうにもならないな。

毛糸は二玉買つてきたが、どうやら足りない模様だ。早々に買ひ足しにいかねばならぬだらう。
買ひ足しに行く算段がたたないが、そのあひだに帽子の飾りでも編みはじめるかな。
Hell's Grannies Hat には花の飾りがつきものだからね。

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Monday, 31 December 2018

2018年 あみもの模様

今年はあまり編めなかつた。
年の頭にベルント・ケストナーのミトンを三対、それとヨガソックス一足、ボスニアン・クロシェのショートスヌード一つ、指なしミトンを一対、それとLacy Baktus(マフラー)が一つ。
以上。

仕事納めの日に、やつと Pepperpot Hat を編むための毛糸を買つてきた。
せつせと編んでゐる、といひたいところだが、その後思はぬ外出の予定などできてこちらもあまり進んでゐない。
できあがつてもかぶることはないので、のんびりいくか、といつたところだ。

来年はとりあへず Pepperpot Hat のつづきを編む。
帽子部分ができたら飾りもあるしね。
あとは袖なし羽織を気負はずに編む。
そんなところかなあ。

最近は毛糸の価格も高くてなかなか購入に踏み切れない。
手元にいくらも毛糸はあるので、編むものに困ることはあるまい。
問題は編みたいものを編む毛糸がないことがある、といふことだな。
Pepperpot Hat がまさにそれだ。

この年末年始も早寝早起きの規則正しい生活を心がけつつ、ちよこちよこ編んで行く所存だ。

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Monday, 24 December 2018

流行り廃り

あみものにも流行り廃りといふものがある。
ファッション業界にあはせてといふこともあるし、単にあみものが世間にひろまつてゐるやうに感じることとその人気が衰退してしまつたやうすとを感じることもある。

世間にひろまつてゐるなあと思ふのは、本屋の店頭にあみものの本がふんだんにある状態のときだ。
かぎ針編み・棒針編み・両方、こもの・着るもの・あみぐるみ。
初心者向けに基礎的な技法を説明した本や「三日でかんたん」といつた惹句の躍る本も出回る。
マニアックな本は、ブームのあとにくる。
あとでなくてもブーム終盤。
リヴァーシブルアフガンのやうなpatentに守られてゐたやうな編み方が別の名前を得て本になつて並ぶ。
何年か前なら「英語で編まう」といふ本もマニアックな本に入るだらうか。

自分の中でも流行り廃りはある。
一時、メビウス編みばかりしてゐたことがある。
くつ下ばかり編んでゐた時期もあつた。
あのころ、Socknitterの存在を知り、自分もさうなりたいと思つた。

かぎ針編みをすればかぎ針編みばかりしてしまふこともあるし、棒針編みもしかり。
そして行き着く先は、やはりちよつとばかりマニアックな方向だ。
メビウス編みでいへば、輪の片方をせばめもう片方を広げた形で、そこにFan and Feather模様を配して分散減目と分散蔵目をうまいこともぐりこませた。
くつ下はそれほどマニアックな方向にはいかなかつた気がするが、いま見ると「もうこんなの絶対編まないよな」と思ふやうなものもある。

そして興味を失ふ。
興味を失ふといふのは妙かもしれないが、なにか別なものもを編んでもいいかな、といふ気持ちになる。

ほんたうに極めたいと思つたら、道はその先にありさうな気がする。
その先、マニアックなものの先だ。
だがどうしてもその関を超えられない。
それでいつまでもかうしてゐるのだらう。

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Monday, 17 December 2018

編み出せない

袖なし羽織はあまり進んでゐない。
編むと決めたペパーポット帽子は、まだ毛糸を購入できてゐない。
モンティ・パイソンを見直しては「ペパーポットのかぶつてゐる帽子にもいろいろあるよなー」と思つてしまつて、な。

パイソンズの演じる女性は外出時に帽子やスカーフで頭を覆つてゐることが多い。
当時はさういふものだつたのだらう。
QUEENの"I Want to Break Free"のプロモーションヴィデオにおけるジョン・ディーコンの扮装がペパーポットの出で立ちの一種にかなり近い。
全身黒づくめで黒い帽子のそんなに広くない淵にリボンだとか花だとかを飾つてゐるのがそれだ。

黒い帽子自体はパピーのクイーンアニーで編むことをだいぶ前に決めてゐて、ずつと飾り部分で悩んでゐる。
かぎ針編みでアイリッシュクロシェにあるやうな六弁の薔薇のモチーフと葉のモチーフとをつなぎあはせて作りたいと思つてゐるのだが、これに使ふ毛糸が思ひつかない。
花の色はスイートピーのやうなものを考へてゐて、それに合ふやうな色番を持つてゐる毛糸がわからないんだな。
店頭に探しに行けばいいのかもしれないけれども。
それとも象牙色のやうな毛糸一色で編まうか知らん。それもよささう。
それだつたら毛糸の選択に迷ふこともなささうだし。
でも編んでゐて飽きるんぢやあるまいか、といふ不安もある。

花と葉はあきらめて、タティングレースでリボン状のエヂングなど作らうか。
それもいいかもしれない。

飾りはいろいろ作るとして、とりあへず帽子部分だけでも編むか。
それには毛糸を入手しなければ。
そんな感じでなかなか進まない。
この状態がもう五年ばかりつづいてゐるので、まだしばらくは続くかもしれない。

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Monday, 10 December 2018

寒くならないとわからない

突然冷えてきた。

そんなわけで、編みかけの袖なし羽織を膝の上にのせてみる。
いままではあたたかく感じたのに、昨日はそれほどでもなかつた。
それでものせてゐるとゐないとでは大違ひで、一度のせるとおろせなくなる。
それですこしだけ編み進む。

実際に冬の気温になつてみないと、どれくらゐあたたかいのかとかわからないものなんだなあ。

五月ごろ、夏ものを出すときにもいつも思ふ。
大抵は連休のころに衣替へモドキをする。
このときに麻や麻混の糸でできたものを羽織ると、まだまだ涼しい。
ああ、麻つて、ほんとに涼しいんだな。
つくづくさう思ふ。
ところが実際に夏になつて羽織るとちやんと暑いんだな、これが。

世の中さうしたものなのだらうか。

それにしても、混紡でもあれだけ涼しい感じがするのだから、冬に麻なんぞを着ても、また重ね着しても、全然あたたかくならないんだらうなあ。
昔の人はどうしてゐたのだらうか。
平安時代末期はとても暖かい気候だつた、平清盛の熱病はマラリアだつたのぢやあるまいか、なんぞといふ話があるけれど、庶民は麻くらゐしか着るものがなかつたとしたらさうでないと暮らしていけなかつたんぢやないかといふ気がする。

もつとも、江戸時代には寒かつた時期もあるといふ話だからなんともいへないが。

それにしても重ね着をしたくらゐではまつたくあたたかくならない。
困つたものだ。
これつて、次第に寒くなつてきてゐたら気にならないくらゐの気温の低さなんだらうかなあ。
先日夏日があつて、急激に気温が下がつたからよけいに寒く感じるのぢやあるまいか。

などと、毛糸に囲まれながら考へることができるといふのはなんといふ贅沢なのだらう。

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Monday, 03 December 2018

毛100%と化繊

寒くなつてくると袖なし羽織が進む。
膝の上においてゐるとあたたかいからだ。
糸はローワンのフェルテッド・ツイードで化繊混だつたと思ふのだが、思ひのほかあたたかい。
毛糸は化繊や化繊混よりも毛100%があたたかいといはれてゐる。
実際、体感してみるとさうだな、と思ふ。

たとへばヨガソックスだ。
これまでヨガソックスは化繊混のソックヤーンで編んでゐた。
それでも十分あたたかいと思つてゐたが、今年、パピーのブリティッシュファインで編んでみて、こちらの方が断然あたたかいことを身をもつて知つた。
いづれも中細毛糸であるといふ点は変はらない。
ブリティッシュファインで編んだものの方が若干ふつくらとした編み地になつてはゐるけれど、履いてしまへば厚さはほぼおなじだと思ふ。

さうか。
やはり毛100%はあたたかいのか。

と思つてゐたところにフェルテッドツイードだ。
これはほかに比べるものがないものの、ちよつと肩に羽織つてみたときなど、圧倒的にあたたかい。
だからひたすらガーター編みでときに飽きることがあつても編み続けてゐられるのだ。
仕上がつた暁には、とてもあたたかい袖なし羽織になるだらうからだ。

ところで毛にもいろいろあつて、カシミヤの毛は羊毛よりあたたかいといふし、麝香牛の毛はさらにあたたかいといふ。

でも、世の中、それほどあたたかくなくてもいいつてこともあるんだよね。
さういふときは化繊混の出番なのかもしれない。

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Monday, 26 November 2018

羽織の名は混沌

袖なし羽織はちよこちよこ進んでゐる。

と、今後しばらくはかういふことしか書けないんだらうなあ。
残り五玉編むうちの一玉がやうやく終はりさうな感じ、といつたところだ。
前立てと襟とにはI-codeを編みつけるつもりなので、もうちよつと糸が必要かな。

袖なし羽織はローワンのフェルテッドツイードで編んでゐる。
なにか編んで一玉ほどあまつたやうな糸ばかり集めてきて編んでゐるので、なにかと行き当たりばつたりだ。
中には三玉くらゐあまつてゐるものもあつて、これはなにか別のものにしやうといふのでとつてある。

袖なし羽織はひたすらガーター編みで、さうするといろいろ考へてしまふ。
三玉くらゐあまつてゐる毛糸同士でなにかできないかな、とか。
フェルテッドツイードは並太ていどの太さながら200m/50gの糸なので、一玉で結構編めるのがいい。
三玉ある紺色と合ふ紫とか深緑とかをあはせたらヴェストくらゐは編めさうだ。

さうすると試し編みがしたくなつてくるわけだが、そこはぐつとこらへて袖なし羽織を編んでゐる。
浮気をしたら戻つてこられない気がするからだ。

それに、ヴェストもガーター編みで編むつもりでゐるので、いづれにしてもひねもすになることは目に見えてゐるし、だつたらまづは袖なし羽織をしあげてから、とも思ふ。

袖なし羽織はヴェストではないけれども形は似たやうなものだし、作りあげたらヴェストの参考になるところが多々あると思ふからだ。

これまで、あみものはTV番組或はその録画を見ながら編むことが多かつた。
去年編んだカシミヤのストールを見ると「助け人走る」を見てゐたことを思ひ出す。
録画機が壊れてしまつて録画の見られないいまどうしてゐるかといふと、大抵は音楽を聞きながら編んでゐる。
音楽はなー、いろいろ聞くからなー。
土曜日は池袋で「贋作 桜の森の満開の下」を見てきて客入れのときにシャンソンを流してゐたからとつてもシャンソンを聞きたい気分だつたのだが、そのあと新宿で「ボヘミアン・ラプソディ」の応援上映を見てきたからQUEENも聞きたい気分になつてしまつた。
この千々に乱れる心よ。
結局土曜は両方から三曲づつくらゐ聞いてから寝た。

袖なし羽織は、さういふ混沌とした状況で編んでゐる。
できあがつたら「混沌」といふ名前になるかもしれない。

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Monday, 19 November 2018

できたもの・しかかり中のもの

Opal のソックヤーンで編んでゐた Lacy Baktus を仕上げた。

Lacy Baktus

最後、やはり糸が足りなくなつてしまつたので、アシンメトリーといふことにした。
残つた糸は合はせても10cmあるかないかだ。
糸が余るやうなことがあつたら編んでつくるポンポンでもつけやうと思つてゐたが、残念ながら今回は見送つた。
Lacy にかぎらず Baktus はなかなか使ひやすいマフラーになるので、そのうちまた編んでゐるやうな気がする。

仕上がつたのはいいが、そのあとなにを編むか決めてゐなかつた。
いろいろ考へた結果、一昨年の秋冬に編み始めた袖なし羽織をいい加減なんとかしやうといふことになつた。

袖なし羽織は一玉くらゐしかあまつてゐないローワンのフェルテッドツイードをかきあつめてきて編んでゐる。
基本的には一玉編みきつたら次の糸といふことにしてゐて、色も合はせて買つたものではないのできあたりばつたりの滅茶苦茶な配色だ。

一昨年、とりあへず半身といはうか、前後身ごろの左側だけ編んだ。
右側は編みながらくつつけていくつもりでゐて、そのとほりに編んでゐる。
色の順番が問題だつたが、なんとかなるだらう。
いづれにせよ、家でしか着ないのだし。

身ごろの左側だけでもそれなりに長さがあつて、それだけでストールに使へさうな感じだ。
肩に羽織ると実にあたたかい。
もうこのままでもいいかな、と思ふこともあつた。

といふのは、身ごろを編むのも結構大変だからだ。
フェルテッドツイードを六号針で編んでゐて、一段77目ある。
編んでゐるとひねもすで、いつできあがることやらとちよつと気が遠くなる。
織物だつたらあつといふ間だらうにねえ。
まあ織物の場合は経糸を張るなどいろいろと手間があるわけだけれども。

それでも羽織にしやうと思つたのにはいくつかわけがある。
ストールにしても十分あたたかいのだから、ちやんと羽織にしたらもつとあたたかいものができるだらう、といふことがひとつ。
これをプロトタイプとして次の羽織を編んでみたいといふことがひとつ。
あとは、とりあへず編むものを思ひつかなかつたから、といふのがひとつだ。

羽織、今後も編むかな、といふことはあるのだが。
といふのは、もし編むとしたら、それなりの分量の毛糸が必要だ。
我が家にはくつ下を編むやうに100g程度の毛糸はいくつもあるのだが、生憎と着分の毛糸といふのはほとんどない。
つまり、羽織を編むとしたら寄せ集めの毛糸で編むといふことになる。
買つてもいいけれど、これ以上毛糸を増やしても、ねえ。

と云ひつつ、実は shrug を編むのに毛糸を買はうと思つてはゐるのだが。

いづれにせよ、羽織といふものは編んだことがない。
一度は編んでみたいと思つてゐる。

おまけに Serpentine Mitts の写真をば。
確かこのblogには載せてゐないはずなので。

Serpentine Mitts

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Monday, 12 November 2018

ひたすらガーター編みの快感

Lacy Baktus をせつせと編んでゐる。

Opal のソックヤーンと4号針との組み合はせで、そんなにくつたりとはしない。
手のゆるいやつがれにしてはかつちりとした編み地になつてゐるやうに思ふ。
6号針でもよかつたかな。

ひたすらメリヤス編みをつづける快感といふものはある。
Lacy Baktus は裏もメリヤス編みだから正しくはガーター編みといふべきかもしれない。
八段に一度、二目一度とかけ目のくりかへしの段があつて、あとはとにかくメリヤス編み。
これがさくさく編めるやうになつてくると気持ちがいいんだなあ。
自分の躰が機械になつたかのやうな感覚だ。
一定の早さ、一定のリズムでどんどん編めてしまふ。
なにも考へない。
なにも見ない。
機械的に手を動かしてゆくだけで、編み地が長くなつてゆく。

これを人は Mindless Knitting といふのかもしれない。
やつてみると、そんなに悪いものではない。
気分よく編めてゐるうちは爽快な心持ちになるからだ。
ひとたび一定のリズムで編むことができなくなるとそれも終はつてしまふけれど、さうしたらそこでひとまづ休みを取ればいい。

Mindless Knitting についてはだいぶ前にも書いた。
早すぎてもいけない。
遅すぎてもいけない。
早いと間違へやすいし、遅いとリズムに乗れないせゐかやはり失敗が増える。
自分にちやうどいい早さでなにも考へずに編む。
これが Mindless Knitting の極意なんぢやあるまいか。
大げさだけどもさ。

ほんたうに編み物が好きな人は、かういふものばかり編んではゐない。
複雑な作品、編み図とくびつぴきでないと編めない作品、自分でわかりやすいやうに書き換へる必要のあるやうな作品に取り組む。
最近、さういふ気力に欠けてゐるんだよなあ。
最近ぢやないか、もうここ数年そんな調子だ。

でも、それも悪くないかなとも思ふ。
人それぞれだしね。
むつかしいものを編みたい人はむつかしいものを、さうでもない人はそれなりのものを編む。
それでいい気がしてゐる。

ところで Opal のソックヤーンは糸で見たときにはなかなかいい色に見えたのでとつておいたものなのだが、実際に編んでみるととても甘い、甘つたるい色に見える。
うーん、これはくつ下にするべきだつたか。
でももうかなり編んでしまつてゐるので、これはこのままマフラーとして完成させるつもりだ。

そろそろ折り返し地点が心配になつてきた。
はかりの電池が切れてゐるから買つてこなければ。
100g一玉なので、だいたい50g分くらゐ編んだら減らし目に入るつもりなのだつた。
Baktus はここの判断がむつかしい。
偶数個の毛糸だまで編むときはいいんだけれどもね。

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