Monday, 22 May 2017

数をこなす

ダルマのくつ下毛糸で編んでゐるくつ下は、二本めに入つたところだ。
日曜の朝、つま先を編んでまだメリヤスはぎのできることを確認し、そのままもう片方に着手した。

今回メリヤスはぎをしたのは、「もしかしたら忘れてるかも」と思つたからだ。
二目ゴム編みどめとメリヤスはぎとは忘れたらあみもの人生終了、といふ気がしてゐる。
この二つをなにも考へずにできるうちは大丈夫。
そんな気がするのだ。

縫ひ針を使ふことが全般的に苦手なので、ゴム編みどめもメリヤスはぎも長いこと苦手であつた。
なんとかできるやうになつたのは、ひたすらくつ下ばかり編んでゐたからだ。
つま先から編めばゴム編みどめ、履き口から編めばメリヤスはぎが大抵出て来る。
それで数をこなしてゐるうちに、手が覚えたわけだ。
うまくできるやうになつたわけではない。
でも、本には「ゆるくとじる」と書いてあるけれどそのとほりにするとゆるくなりすぎるといふことは学んだ。
メリヤスはぎもゴム編みどめもすこしきついくらゐの加減がよいやうだ。
メリヤスはぎについては、くつ下といふ細い糸を指定よりも細い針で編むのでもともと編み目がきついのでさうなるのだらうと思ふ。
ゴム編みどめはゴム編み用のとめ方だからあまりゆるくしすぎなくてもいいのかもしれない。
そもそもやつがれの手がゆるすぎる、といふこともある。

セーターだと完成するまでに時間がかかるし何枚も編むといふこともむつかしいのでなかなかその境地に達することができないのではないかと思ふ。
くつ下なら比較的早くできあがるから、仕上げの作業も回数をこなすことができる。

と書いたところで、以前、くつ下もセーターも編み目の数はそんなに変はらないといふ話を聞いたことを思ひ出す。
極太毛糸で編んだセーターと中細毛糸で編んだくつ下となら、もしかするとさうなのかもしれない。
実証はしてゐないからなんともいへないが、案外くつ下はたくさん編む必要があるのだらう。

いづれにしても、くつ下ばかり編んでゐた時期があつてよかつた、といまは思つてゐる。
くつ下毛糸はまだ何玉かあるのでこの先もくつ下ばかり編むこともあらう。
といふことはこの先もゴム編みどめやメリヤスはぎをいくつもこなすといふことだ。

しばらくあみもの人生は終はりさうにない。

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Monday, 15 May 2017

編みかけのくつ下 仕上げたくつ下

現在、Par-5-Socks といふくつ下を編んでゐる。

先の秋冬に発売されたダルマ毛糸のくつ下用毛糸で編むにあたり、単色の毛糸にはえるやうな模様のくつ下を編みたいと思つた。
それで縄編み模様のくつ下にしてみた。

編みはじめた当初は、ダルマ毛糸のくつ下用毛糸は縄編みには向かないな、と思つてゐた。
おそらくスーパーウォッシュ加工のせゐだらう、糸がつるつるしてゐて撚りがすぐにほどけてきてしまふ。
別の模様にしやうかとも思つたが、結局そのまま編み続けてゐる。
いまは縄編みにもだいぶ慣れてきた。
そんなわけで、それなりに楽しく編めてゐる。

ところで、ヨガソックスをしあげた。

Yoga Socks

Regia の 50g が一玉だけあつたので編んでみた。
模様はよく Baby Cable といはれるものだと思ふ。二目を交差させて作る模様だ。
甲は二目ゴム編みだけにした。
Webで Baby Cable のくつ下を見かけて、自分もやつてみたいと思つて編んだものだ。
とくに編み図はない。
脚部分を適当な長さに編んで、かかと部分を伏せ目にして、次の段で伏せた分を作り目して編み進む。甲部分が適当な長さになつたらおしまひ。
一応長さを比べながら編んだつもりだが(すなはち段数など数へずに編んだところが)、甲部分は長さがそろはなかつた。
まあ、履けば気にならないだらう。

このすべて適当なくつ下から、脚と足との編み方はあるくつ下へとちよつとステップアップした。
このあとはかかととつま先とも編み方の決まつてゐるものを編みたい。
でもアフガン編みもしたい。
どちらになるかはそのときの気分次第だな。

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Monday, 08 May 2017

五里霧中

かぎ針編みの水玉模様のストールといふ名のスカーフを編み終へた。
整形もしてみた。
どうもうまく形が整はない。
ユザワヤの店頭で見たときはすてきだつたのになあ。
整形の仕方がまづいといふのもあるが、編んでゐる最中からかなり波打つてゐたので編み方にも問題がある。

連休中は、冬物のかたづけもした。
主に自分で編んだものを洗濯した。
何年か前に編んだものはさすがにフェルト化しかけてゐるものもある。
何年か前といへば、睡眠時間を削つて編んでゐたころだ。
このころ編んでゐたものの方が最近編んだものよりも出来がいい。
デザインも凝つてゐたりする。
ちやんと編み図を見ながら編んだものか、自分で編み方を割り出しで編んだものだ。
最近は、編む時間も短ければ、編んでゐるものもいきあたりばつたりなものばかりだ。
かぎ針編みのスカーフは編み図を見ながら編んだけれどそれくらゐだな。
袖なし羽織は自分で考へながら編んでゐるけれど、とくに編み方を割り出したりはしてゐない。ガーター編みでひたすら編んでこれでいいと思つたあたりでやめるといふ行き当たりばつたりの編み方だ。
かぎ針編みのスカーフを編むのに中断してゐたヨガソックスも編み方があるわけではなく、「かう編めば編めるだらう」といふ見切り発車なものだ。

時間をかければなにごとも上達するといふ。
マルコム・グラッドウェルの「10000時間の法則」といふものがある。
偉大な業績をおさめた人の共通点として、一万時間なにごとかに打ち込んだ経験がある、といふ。その「なにごとか」で成功してゐる、といふのだ。
この説には反論も多々ある。
それに、一万時間をかけてなにかをしたからといつて必ず成功するといふわけではない。
この説は「成功した人の共通点」であつて「一万時間かけてなにかをした人の共通点」ではないからだ。

でもやつぱりかけた時間は裏切らない。
成功の是非に関はらず、時間をかければあるていどのことはできるやうになる。

やつがれは不器用である。
慣れない手芸などをするとよくわかる。
今回、冬物をかたづけてゐてもよくわかつた。
時間をかけてしよつ中編んでゐたときのものの方があきらかに出来がいい。
睡眠時間を優先するやうになつて編まない日もあるやうなちかごろ編んだものはやはりどこか出来が悪い。

これからどうすればいいのだらう。
家にはおそらくは一生かかつても編みきれない量の毛糸があつて、この先も編んでいくつもりではある。
しかるにこの出来だ。
この先もできるだけ睡眠時間は犠牲にしないやうに編んでいかうと思つてゐる。
それぢやダメなのかな。
なにごとかを為すには、ほかのことをやめてそれだけに邁進する必要があるのぢやあるまいか。

といつて、別にあみものでなにごとかを為さうとは思つてゐない。
でも劣化を目の当たりにして、なんだかがつくりきてゐるのも事実なのだつた。

ちよつと未来を見失つてゐる。

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Monday, 24 April 2017

人形のおかげ

昨日は、さはやかな日だつた。
窓から吹き込む風もひんやりとして心地よく、洗濯物もからりと乾いた。
かういふ日はレース編み日和だ。

五月の連休とその前後にかういふ日がある。
窓を開けてゐると寒くなつてくるくらゐの風で、でも晴れてゐて快適だ。
かういふときはレース編みをしたくなる。
また、レース編みをはじめておいてよかつたなあとしみじみ思ふ。

こどものころは、レース編みをすることなど絶対ないだらうと思ひ込んでゐた。
あんなに細い糸をあんなに細い針で編むなんて、人間技ぢやないと思つてゐたからだ。
かぎ針編みは九歳のとき、棒針編みは十歳のときにそれぞれ母から習つたと記憶してゐる。
なぜレース編みはできないと思つたかといふと、不器用だからだ。

どれくらゐ不器用かといふと、小学校の図画工作の授業で木版画を作つたときに、着物の柄として水の流れるやうな模様の下絵を描いたことがある。この水のカーブがうまく彫れない。四苦八苦してゐたときに担任の教師から「どうして自分の技量を考へて下絵を描かなかつたのか」と云はれたのだつた。
また、家庭科の授業では必ずといつていいほどミシンの上糸と下糸との調子をくづしてしまひ、せつかくミシンを使へる順番が回つてきてもなにもできなかつた。
それくらゐ不器用だ。

図工のときの「自分の技量を考へよ」といふ教師のことばが忘れられず、「レース編みは自分には分不相応だ」とずつと考へて生きてきたのだつた。

それがなぜレース編みに手を出す気になつたのか。
リカちやんやジェニーの服を編むやうになつたからだ。
相手は人形だから細い糸を細い針で編む場合が多い。
編んでみたら案外できた。
これならドイリーも編めるのかも。

さういへば、手袋も編めるんぢやないかと思つたのも人形の服を編んだからだ。
セーターの袖を編んでゐるときに「これが編めるんだから手袋の指先も編めるんぢやないか」と思ひ至つた。

幸ひ、人形の服を編むやうに買つたレース糸があるのではじめるのはかんたんだつた。

また、人形用のレースの飾りを作れないものだらうかといふのでタティングレースをはじめた。

おリカさまさま、ジェニーさまさまだ。

最近は人形の服はほとんど編まなくなつてしまつた。
また編むかなあ。
レースのドイリー部分をスカートにしたワンピースとか、いいかもしれない。
あるいは替襟をストールやショールのやうにするのもいい。

その前に水玉模様のストールを仕上げたいな。

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Monday, 17 April 2017

あみものはお好き?

オリムパス金票40番で編んでゐる水玉模様のストールの76模様めを編んでゐる。

このエントリを書くために数へてみて、ちよつとびつくりした。
結構編めてるぢやん。

このストールはオリムパスデザイン室のデザインしたもので、レース針の6号で半円形のモチーフを111枚つなぎながら編む。
遅々として進まないと思つてゐたが、もう半分を越えてゐた。
毎日少しではあるが編んでゐるのがいいのだらう。

ときどき思ふのだが、自分はけつして編み物が好きなのではない。
多分。
好きぢやなければ編まないのぢやあるまいか。
さうも思ふ。
さうも思ふけれど、どことなく義務で編んでゐる点がある。
糸と編み図とを買つてしまつたのだから編みはじめなければ、とか。
編みはじめたのだから完成させなければ、とか。
さう考へてゐる節がある。

「編まなくつちや生きていかれない」といふ切迫感は、まあ、ない。

なにも好きといふのが「好きな対象がなければ生きていかれない」といふことばかりでもないとは思ふ。
だが「好き」とか「愛情」とかに含まれてゐる熱さといはうか激しさといはうか、さういふものに欠けてゐる。
皆無とまではいはないが。

あみもの好きの人のなかには「あみものをするのは正気をたもつため」といふ人もゐる。
たとへば病院や役所などで順番を待つてゐるとき。
ただただ待つてゐるだけだと時間をもてあましてしまふ。
いつ順番がまはつてくるのかわからないし、気がをかしくなりさうだ。
さういふときはあみものだ、といふのだ。
編んでゐれば気が紛れる。
ひたすら時間をつぶしてゐるだけのときに生じる負の感情から解放される。
いいぢやあないか。

それは読書でもいいのぢやあるまいかとも思ふ。
つまり、その人はやはりあみものが好きなのだ。
時間をつぶすのに本ではなくて編みものを選ぶ。
好きだからだらう。

ところでやつがれは病院などで待たされてゐるときにあみものをしてゐてもあまり正気をたもてる気がしない。
いつまで待たされるのかわからない状況にひどく気疲れする。
ゆゑに病院に行つた日や健康診断の次の日には体調をくづしてしまふこともしばしばある。

あみもの、好きぢやないのかなあ。

水玉模様のストールは、二十日くらゐで編めるかと思つてゐたが、どうやら一ヶ月くらゐはかかるらしい。
もう一本おなじものを編みたいと思つてゐたが、それはあきらめるかなあ。

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Monday, 10 April 2017

楽しいレース編み

かぎ針編みで水玉模様のストールを編んでゐる。
オリムパス金票40番の糸をレース針の六号で編む。半円のモチーフが青海波のやうにつらなるストールで、オリムパスデザイン室がデザインしたものだ。

3月30日に編みはじめて現在46枚目のモチーフを編んでゐるところだ。
編み方には全部で111枚のモチーフを編むことになつてゐる。
遠いな。
完成は遠い。
しかもかなり波打つてゐるので、しつかり整形する必要がある。
いつになつたらできあがるのか。

しかし、考へてみるとあみものは、とくにレース編みは廉価な趣味だといへる。
水玉模様のストールは計算上完成するまでに一ヶ月近くかかる。
レース糸とレース針と編み方とだけで、一ヶ月も楽しめるといふことだ。
今回の場合、レース針はすでに持つてゐるし、編み方はレース糸を買ふともらへるものだつた。
実質レース糸代しかかかつてゐない。

水玉模様のストールは、ほぼ毎日編んでゐる。
こんなに編んでゐるのになかなか完成が見えてこないなあ。
さう思ひつつ編んでゐる。
でも楽しい。
楽しいから毎日編んでしまふ。

だが、そこでタンスの中にある毛糸やレース糸のことを考へる。
ひとつ作るのに一ヶ月かかるといふことは、あの毛糸どもを使ひきるにはどれくらゐかかることだらうか、と。
ずいぶん前に、生きてゐるあひだに手持ちの毛糸を使ひきることをあきらめてはゐたけれど。
今回しみじみと考へさせられてしまつた。

くつ下なんかはしやかりきに編めば二日で、ほかのことをなにもしなければ一日で一足は編めるけれどもね。
さういふ問題ぢやないんだよね。

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Monday, 03 April 2017

かぎ針編みの連続モチーフ的なもの

かぎ針編みをはじめた。

水玉模様のストール in progress

先日ユザワヤに行つたところ、飾つてあつたスカーフに目が行つた。
オリムパスの金票40番をレース針の6号で編んだものだつた。
糸を買ふと編み図がもらへるといふので、久しぶりに金票40番の50gを買つた。
もらつた編み図には「水玉模様のストール」と書いてあつた。

かぎ針編みも久しぶりならこんなに細い糸と針とで編むのも久しぶりだ。
そんなわけでだいぶよれよれだが、まあそのうち慣れてくるだらう。

扇形のモチーフを編みながらつないでいくのが楽しい。
118枚編む必要があつて、でもまあ、長さは編みながら様子を見るつもりだ。

ヨガソックスの方もぼちぼち編んでゐる。
寝不足がつづいて調子はいまひとつではあるものの、編んだり結んだりが楽しいうちはまだまだ大丈夫だ。

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Monday, 27 March 2017

春先にくつ下を編む

袖なし羽織は、左身ごろ(右身ごろかもしれない)を編んだところでいつたんやめ、涼しくなつてきたらつづきを編むつもりでゐる。

トゥヴォーエンズスティックニングのくつ下は、ほどくことにした。

かぎ針編みがしたいなー、といふ話は先週も書いた。
かぎ針編みはしたいのだが、なにを編みたいかといはれると編みたいものがない。

久しぶりに編むものがなくなつてしまつた。
そこで、ヨガくつ下を編み始めた。
たまたま Regia のくつ下毛糸が一玉あつたからだ。

Yoga sock in Progress

この毛糸、二玉買つたと思ふんだけどなあ。
ケイフ・ファセットの関はつた毛糸だといふ。
一緒にアルネ&カルロスの関はつた毛糸も買つて、こちらはあやまつて一玉づつしか買はなかつた。二色買つて、どちらもヨガくつ下になつてゐる。

もう一玉出てきたら、そちらは指なし手袋にでもするか。

ヨガくつ下を編むからといつてヨガをするわけではない。
ヨガくつ下を編む理由は三つ。
一つはおなじ色の毛糸が50gていどしかないこと。
もう一つは冷えるときにほかのくつ下の上に履いてくるぶしをあたためる用途に使ふため。
最後の一つは、ちよつと暑くなつても履けること。
暑くても寒くても使へるところがなかなかいい。

つま先とかかととを編まないだけでこんなに毛糸の使用量が違ふのか。
なにも考へずにくつ下を編む場合、中細のくつ下毛糸だと、片方で35g前後使用する。
つま先とかかととを編まないと、10g以上は毛糸の使用量が減る、といふことだ。
50gの毛糸一玉を使つてかなり余裕でヨガくつ下を編むことができるのだから。

手編みのヨガくつ下はすでに三足ある。
指なし手袋にすることも考へたが、ちよつと編みたい模様があつたので、くつ下にしてみた。
指なし手袋にしてもいい模様なんだけどね。

Yoga sock in Progress

まだ模様には入つてゐない。
ちやんと覚えてゐて編めるかどうか、挑戦だ。

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Monday, 20 March 2017

季節の変はり目とあみもの

あたたかくなつてしまつた。

トゥヴォーエンズスティックニングのくつ下はほとんど進んでゐない。
このままほどいてやりなほすかもしれないと思つてゐる。

袖なし羽織の方は、左身ごろといはうか右身ごろといはうかがほぼできあがらうとしてゐる。
あとは伏せ止めといつたところだ。
どういふ伏せ止めにしたらいいか悩んでゐる。
作り目のときにかぎ針を使用したので、伏せ止めもさうするかな。
袖なし羽織はかるくできてゐるし、ガーター編みなので裾は編みつぱなしにするつもりでゐる。
袖口もそれでいけるかなあ。
襟といふか前立ては編むつもりでゐて、i-codeを編みつけやうかと思つてゐる。

かういふ気候になると、レース編みをしたくなる。
あたたかくなつたとはいふものの、いまならまだ毛糸で編めるだらうか。
レース糸だから細くて編み地もうすくなるし。
それともいまから夏向けのものを作つておいた方がいいだらうか。
悩むところである。

冬用の指なし手袋は編んだけれど、夏用の指なし手袋もほしい。
日除けに外で着用するものもいいけれど、どちらかといふと室内で冷房対策として使ふものがほしい。
夏用だし、ウールコットン的なもので編みたい。
問題は、手持ちのウールコットン的な糸は、指なし手袋を編むにはチト太すぎる、といふことだ。

とりあへず、手持ちの毛糸と相談していま編みたいものを編むことにしたい。
いつもさうなんだけどね。
それで必要なものが編めてゐないといふ。
まことに残念なことである。

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Monday, 13 March 2017

本気で編まない

トゥヴォーエンズスティックニングのくつ下は、一日四段とかづつ進んでゐる。

毎日編んでゐれば右手で糸をかける編みかたにも慣れてくるかなと思つてゐたが、一日四段だとなかなか慣れない。
先に練習としてメリヤス編みだけのものを右手で糸をかける方法で編むべきだつたのかもしれない。
あるいは左手に糸をかけてトゥヴォーエンズスティックニングを編むべきだつたのかも。

できあがつても次の秋冬までしまつておくことは確実なので急いで編むことはない。

袖なし羽織は、トゥヴォーエンズスティックニングに疲れたときにちよこちよこと編んでゐる。
きりのよいところで中断して次の秋冬にそなへるつもりだ。
なぜかといふと、別のものを編むのに針を使へるやうになるからだ。

これまで編みたいものリストのやうなものは作らずに来た。
「これだけはどーしても編みたい!」といふやうなものがないからだ。
そのときどきで implusively に編みたいと思つたものを編む。

だからダメなんだ、といふ話もある。
もつと計画的に編まないと。

しかし、考へやうによつては、そのとき編みたいものを編む、でいいんぢやないかといふ気もする。
趣味なのだし。
編んで楽しいものを編まうぜ。

さう考へると、自分には本気で編むときはない。
編むときはいつでもぼんやりと編んでゐる。
だから編み図を見ながら編まないといけないものは苦手だ。

編み図とにらめつこしながら編むものは、ぼんやりとしてゐては編めない。
だからといつて、本気で編むかといふとさうでもない。
せいぜい編み図で次の段を確認して、それで終はりくらゐだ。
だからダメなのだ、といふ話は確かにある。

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