Monday, 19 June 2017

編んだり紡いだり

この週末は久しぶりに土日とも出かける予定がなかつた。
ほぼ一日中家にゐて、編んだり紡いだりしてゐた。

編んだものの写真も撮つた。

Par 5 Socks

ダルマのくつ下毛糸で編んだ Par 5 Socks である。
このくつ下毛糸は三月ごろ入手した。

針は2.75mmを使用した。
たまたま目についたからだ。
くつ下毛糸のラベルには、くつ下を編むときには0号(すなはち2.1mm)か1号(すなはち2.4mm)を使ふとよいと書いてあつたやうに思ふ。
しかもやつがれは手がゆるい。
大きくなつたとしたらオーヴァソックスにすればいいか、といふので、そのままえいやと編み始めた。

くつ下は編み方どほりに編んだ。
編み方には、かかととつま先とは好きな編み方を用ゐるやうに、と書いてある。
かかとのフラップ部分は自分で割り出して編んだ。
最初は単に引き返し編みのかかとにするつもりだつたが、かかと部分を二目ゴム編みにするといふのはあまりやつたことがなかつたので試しに編んでみた。
割り出した編み方どほりに編めたけれど、ちよつとゆるいかなあ。
かかとはきつちりつめて編んだ方が好きだ。
履いたときにずれにくくなるからだ。
でもまあこれはこれでいいか。
つま先は四方の一目内側で減らし目をする方法にした。

履いてみたところ、編む前に懸念したやうなゆるい感じはしなかつた。
縄編み模様で縮むからだらう。
縄編みには縄編み用の針は用ゐない。
ダルマのくつ下毛糸には用ゐた方がよかつたな、と思ふ。
糸がつるつるしてゐるせゐか撚りがほどけがちなのだつた。
ゆゑに手で押さへてゐた目の糸も二重になることがある。
この糸は編み込み模様にもあまり向かないのぢやあるまいか。
どんな模様が向いてゐるのかなあ。

模様が向いてゐるといへば、パピーのオンフルールで編んだ cowl は糸と模様とがぴつたりあつたものになつたと自画自賛してゐる。

Knitted Cowl

オンフルールは、おそらくもう廃番になつた糸だらう。
羊毛、絹、カシミヤの混紡糸で、とても上品な糸だ。

糸はあるだけ使つた。針は6号。
このままくしゃくしゃにして使つてもいいし、折つて二重にして使つてもいい。
早く寒くならないかなあ。

糸紡ぎは、Helix Scarf を見てはじめた。
毛は鎌倉ペレンデールで求めたシェットランドだと思ふが定かではない。
マフラーはもういらないといふのに、なぜ、と思ふが、編みたいのだから仕方がない。
手持ちの糸で編めばいいのだが、Helix Scarf は紡ぎ雑誌に掲載されたものだつた。
紡ぎはじめたのは無謀だつたかなあ。

ほかに、ネクタイを編み始めた。
くつ下を編んで余つたくつ下毛糸があつたのでそれで編んでゐる。Opal のキリン柄だつたと思ふ。

この先また出かける週末ばかりなので、とくに糸紡ぎなどはどうなるのか甚だ不透明だが、まあ、ネクタイは編むだらう。

夏物は、今年はなしかな。

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Monday, 12 June 2017

冬待つこころ

くつ下は水通しして乾かした。
だが写真は撮つてゐない。
明るいときに撮らうなどと思つてゐるあひだに週末が終はつてしまつた。

現在は cowl を編んでゐる。
参考にしてゐる編み図はない。
一段目でメリヤス編みを五目、左上二目一度、かけ目をくりかへし、二段目はメリヤス編みといふのをくりかへすだけのネックウォーマだ。

使用糸はパピーのオンフルール。羊毛と絹とカシミヤとの混紡糸で、灰色がかつた白のたいへん上品な糸だ。
もともと cowl にするつもりで買つた毛糸だつた。
メビウス編みにしやうと裏も表も使へるやうな編み地にして、ちよつと編みはじめてはゐた。
編みはじめてはみたものの、なんだかあまりいい感じにならなくて、放置してあつた。

先日糸の整理をしてゐるときに出てきて、どうしたものかなあと考へ、くつ下を編み終へたあと即編みはじめた。
ななめに模様ができて、いい感じだ。
糸にぴつたりとあつたデザインだと自画自賛してゐる。

できあがつたところで使ふ予定はない。
寒くなるのを待たねば使へない。
今年は東京マッハで北軽井沢に行くなんてなこともないしね。

早く寒くならないかなー。
その前に編みあげねばならないか。

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Monday, 05 June 2017

春夏用の糸はない

今年は夏用の糸を買つてゐない。
去年はパピーのピマデニムを買つてLacy Baktus (Rav)を編み、北軽井沢で開催された東京マッハに持つて行つた。
整形がうまくいかなくて写真を撮つてゐないのだが、このLacy Baktusは北軽井沢でも活躍したし、その後も長いこと使つてゐた。
綿はいいよね。
Debbie Bliss だつたかも云つてゐた。
綿は年がら年中着られていい、といふやうなことを。

そのとほりなんだよなあ。
そのとほりだけれども、綿の糸をきつちりきれいに編むのはむづかしい。

毛糸(ここでいふ毛糸は羊毛から作つた糸と思し召せ)が編みやすいのは糸自体に伸縮性があるからだ。
多少手がゆるくてもあまり不揃ひな出来にはならないし、整形すれば全体的に整ふこともある。
ゆゑにきつちり編んでも伸びることもあるわけだが、そこは仕方がない。

綿や麻、絹の糸はさうした伸縮性に欠ける。
ゆゑに編みづらい。
そこのところは製糸会社も大したもので、ちやんと編みやすい糸を用意してくれたりする。
最近の麻の手編み糸はだいぶ編みやすくなつてゐるやうに思ふ。

そんなわけでここ四年ばかりは夏になると綿や麻の糸を買つて夏ものを編んでゐた。
夏のあひだに編み切らずに翌年に持ち越すこともあつた。
全部きちんと編んで、ほぼ糸が残つてゐない。
毛糸はいくらも在庫があるけれど、春夏用の糸はほとんど手持にない。
それで毎年買つてしまふわけだ。
でもなー、毛糸だけど、在庫はいくらもあるんだよなあ。
くつ下とか手袋とか帽子とか、ちいさくて編んでゐる最中に躰にあたらないものなら真夏でも編めることはわかつてゐる。

でも夏物も編みたいわけですよ。
ピマデニム、いい糸だつたし、ヴェスト的なものを編めるくらゐの量を買つて編まうかなあ。
いまからだと遅すぎるだらうか。

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Monday, 29 May 2017

あみものと気分転換

あみものをするとリラックスできるかといふと、さうでもない。

先週は平日のあひだはほとんど編めなかつた。
仕事で気にかかることがあつたからだ。
なんだかわさわさとした気分でその仕事をする日である金曜日まで過ごした。
編みかけを手に取る気にはならなかつた。

あみものが好きな人の中には、編んでゐると心が落ち着くから好きといふ人もゐると思ふ。
ふんはりとした毛糸が指と指とのあひだを通りぬけてゆき、軽快な針の動きとともになにがしかの編み地ができあがつていく。
いい気分だ。

もし自分も「編んでゐると気分が落ち着くから」といふので編んでゐるのだとしたら、先週などはがんがん編んでゐたはずだ。
それがまつたく進まなかつた。

気持ちを落ち着けやうとして編むこともないわけぢやあない。
医者で順番を待つあひだに編むのはそれだ。
先週はそんな気分にならなかつたんだな。

では全然進まなかつたのかといふとさうでもなくて、日曜日に録画したTV番組を見ながら結構編んだ。
かかとを編んで、まちの減らし目が終はつたところだ。
そろそろ次に編むものを決める時期でもある。
使ふ毛糸は決まつてゐるのだが、なにを編んだものかまだ悩んでゐる。
手触りのいい毛糸なので、首回りのものを編まうかと思つてゐるのだが、つひ最近「もうこれ以上マフラーは必要ない」と思つたばかりなんだよなあ。
かといつて、毛糸の量からいつて、ほかに編めさうなものもない。
ここはひとつ考へどころだ。

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Monday, 22 May 2017

数をこなす

ダルマのくつ下毛糸で編んでゐるくつ下は、二本めに入つたところだ。
日曜の朝、つま先を編んでまだメリヤスはぎのできることを確認し、そのままもう片方に着手した。

今回メリヤスはぎをしたのは、「もしかしたら忘れてるかも」と思つたからだ。
二目ゴム編みどめとメリヤスはぎとは忘れたらあみもの人生終了、といふ気がしてゐる。
この二つをなにも考へずにできるうちは大丈夫。
そんな気がするのだ。

縫ひ針を使ふことが全般的に苦手なので、ゴム編みどめもメリヤスはぎも長いこと苦手であつた。
なんとかできるやうになつたのは、ひたすらくつ下ばかり編んでゐたからだ。
つま先から編めばゴム編みどめ、履き口から編めばメリヤスはぎが大抵出て来る。
それで数をこなしてゐるうちに、手が覚えたわけだ。
うまくできるやうになつたわけではない。
でも、本には「ゆるくとじる」と書いてあるけれどそのとほりにするとゆるくなりすぎるといふことは学んだ。
メリヤスはぎもゴム編みどめもすこしきついくらゐの加減がよいやうだ。
メリヤスはぎについては、くつ下といふ細い糸を指定よりも細い針で編むのでもともと編み目がきついのでさうなるのだらうと思ふ。
ゴム編みどめはゴム編み用のとめ方だからあまりゆるくしすぎなくてもいいのかもしれない。
そもそもやつがれの手がゆるすぎる、といふこともある。

セーターだと完成するまでに時間がかかるし何枚も編むといふこともむつかしいのでなかなかその境地に達することができないのではないかと思ふ。
くつ下なら比較的早くできあがるから、仕上げの作業も回数をこなすことができる。

と書いたところで、以前、くつ下もセーターも編み目の数はそんなに変はらないといふ話を聞いたことを思ひ出す。
極太毛糸で編んだセーターと中細毛糸で編んだくつ下となら、もしかするとさうなのかもしれない。
実証はしてゐないからなんともいへないが、案外くつ下はたくさん編む必要があるのだらう。

いづれにしても、くつ下ばかり編んでゐた時期があつてよかつた、といまは思つてゐる。
くつ下毛糸はまだ何玉かあるのでこの先もくつ下ばかり編むこともあらう。
といふことはこの先もゴム編みどめやメリヤスはぎをいくつもこなすといふことだ。

しばらくあみもの人生は終はりさうにない。

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Monday, 15 May 2017

編みかけのくつ下 仕上げたくつ下

現在、Par-5-Socks といふくつ下を編んでゐる。

先の秋冬に発売されたダルマ毛糸のくつ下用毛糸で編むにあたり、単色の毛糸にはえるやうな模様のくつ下を編みたいと思つた。
それで縄編み模様のくつ下にしてみた。

編みはじめた当初は、ダルマ毛糸のくつ下用毛糸は縄編みには向かないな、と思つてゐた。
おそらくスーパーウォッシュ加工のせゐだらう、糸がつるつるしてゐて撚りがすぐにほどけてきてしまふ。
別の模様にしやうかとも思つたが、結局そのまま編み続けてゐる。
いまは縄編みにもだいぶ慣れてきた。
そんなわけで、それなりに楽しく編めてゐる。

ところで、ヨガソックスをしあげた。

Yoga Socks

Regia の 50g が一玉だけあつたので編んでみた。
模様はよく Baby Cable といはれるものだと思ふ。二目を交差させて作る模様だ。
甲は二目ゴム編みだけにした。
Webで Baby Cable のくつ下を見かけて、自分もやつてみたいと思つて編んだものだ。
とくに編み図はない。
脚部分を適当な長さに編んで、かかと部分を伏せ目にして、次の段で伏せた分を作り目して編み進む。甲部分が適当な長さになつたらおしまひ。
一応長さを比べながら編んだつもりだが(すなはち段数など数へずに編んだところが)、甲部分は長さがそろはなかつた。
まあ、履けば気にならないだらう。

このすべて適当なくつ下から、脚と足との編み方はあるくつ下へとちよつとステップアップした。
このあとはかかととつま先とも編み方の決まつてゐるものを編みたい。
でもアフガン編みもしたい。
どちらになるかはそのときの気分次第だな。

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Monday, 08 May 2017

五里霧中

かぎ針編みの水玉模様のストールといふ名のスカーフを編み終へた。
整形もしてみた。
どうもうまく形が整はない。
ユザワヤの店頭で見たときはすてきだつたのになあ。
整形の仕方がまづいといふのもあるが、編んでゐる最中からかなり波打つてゐたので編み方にも問題がある。

連休中は、冬物のかたづけもした。
主に自分で編んだものを洗濯した。
何年か前に編んだものはさすがにフェルト化しかけてゐるものもある。
何年か前といへば、睡眠時間を削つて編んでゐたころだ。
このころ編んでゐたものの方が最近編んだものよりも出来がいい。
デザインも凝つてゐたりする。
ちやんと編み図を見ながら編んだものか、自分で編み方を割り出しで編んだものだ。
最近は、編む時間も短ければ、編んでゐるものもいきあたりばつたりなものばかりだ。
かぎ針編みのスカーフは編み図を見ながら編んだけれどそれくらゐだな。
袖なし羽織は自分で考へながら編んでゐるけれど、とくに編み方を割り出したりはしてゐない。ガーター編みでひたすら編んでこれでいいと思つたあたりでやめるといふ行き当たりばつたりの編み方だ。
かぎ針編みのスカーフを編むのに中断してゐたヨガソックスも編み方があるわけではなく、「かう編めば編めるだらう」といふ見切り発車なものだ。

時間をかければなにごとも上達するといふ。
マルコム・グラッドウェルの「10000時間の法則」といふものがある。
偉大な業績をおさめた人の共通点として、一万時間なにごとかに打ち込んだ経験がある、といふ。その「なにごとか」で成功してゐる、といふのだ。
この説には反論も多々ある。
それに、一万時間をかけてなにかをしたからといつて必ず成功するといふわけではない。
この説は「成功した人の共通点」であつて「一万時間かけてなにかをした人の共通点」ではないからだ。

でもやつぱりかけた時間は裏切らない。
成功の是非に関はらず、時間をかければあるていどのことはできるやうになる。

やつがれは不器用である。
慣れない手芸などをするとよくわかる。
今回、冬物をかたづけてゐてもよくわかつた。
時間をかけてしよつ中編んでゐたときのものの方があきらかに出来がいい。
睡眠時間を優先するやうになつて編まない日もあるやうなちかごろ編んだものはやはりどこか出来が悪い。

これからどうすればいいのだらう。
家にはおそらくは一生かかつても編みきれない量の毛糸があつて、この先も編んでいくつもりではある。
しかるにこの出来だ。
この先もできるだけ睡眠時間は犠牲にしないやうに編んでいかうと思つてゐる。
それぢやダメなのかな。
なにごとかを為すには、ほかのことをやめてそれだけに邁進する必要があるのぢやあるまいか。

といつて、別にあみものでなにごとかを為さうとは思つてゐない。
でも劣化を目の当たりにして、なんだかがつくりきてゐるのも事実なのだつた。

ちよつと未来を見失つてゐる。

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Monday, 24 April 2017

人形のおかげ

昨日は、さはやかな日だつた。
窓から吹き込む風もひんやりとして心地よく、洗濯物もからりと乾いた。
かういふ日はレース編み日和だ。

五月の連休とその前後にかういふ日がある。
窓を開けてゐると寒くなつてくるくらゐの風で、でも晴れてゐて快適だ。
かういふときはレース編みをしたくなる。
また、レース編みをはじめておいてよかつたなあとしみじみ思ふ。

こどものころは、レース編みをすることなど絶対ないだらうと思ひ込んでゐた。
あんなに細い糸をあんなに細い針で編むなんて、人間技ぢやないと思つてゐたからだ。
かぎ針編みは九歳のとき、棒針編みは十歳のときにそれぞれ母から習つたと記憶してゐる。
なぜレース編みはできないと思つたかといふと、不器用だからだ。

どれくらゐ不器用かといふと、小学校の図画工作の授業で木版画を作つたときに、着物の柄として水の流れるやうな模様の下絵を描いたことがある。この水のカーブがうまく彫れない。四苦八苦してゐたときに担任の教師から「どうして自分の技量を考へて下絵を描かなかつたのか」と云はれたのだつた。
また、家庭科の授業では必ずといつていいほどミシンの上糸と下糸との調子をくづしてしまひ、せつかくミシンを使へる順番が回つてきてもなにもできなかつた。
それくらゐ不器用だ。

図工のときの「自分の技量を考へよ」といふ教師のことばが忘れられず、「レース編みは自分には分不相応だ」とずつと考へて生きてきたのだつた。

それがなぜレース編みに手を出す気になつたのか。
リカちやんやジェニーの服を編むやうになつたからだ。
相手は人形だから細い糸を細い針で編む場合が多い。
編んでみたら案外できた。
これならドイリーも編めるのかも。

さういへば、手袋も編めるんぢやないかと思つたのも人形の服を編んだからだ。
セーターの袖を編んでゐるときに「これが編めるんだから手袋の指先も編めるんぢやないか」と思ひ至つた。

幸ひ、人形の服を編むやうに買つたレース糸があるのではじめるのはかんたんだつた。

また、人形用のレースの飾りを作れないものだらうかといふのでタティングレースをはじめた。

おリカさまさま、ジェニーさまさまだ。

最近は人形の服はほとんど編まなくなつてしまつた。
また編むかなあ。
レースのドイリー部分をスカートにしたワンピースとか、いいかもしれない。
あるいは替襟をストールやショールのやうにするのもいい。

その前に水玉模様のストールを仕上げたいな。

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Monday, 17 April 2017

あみものはお好き?

オリムパス金票40番で編んでゐる水玉模様のストールの76模様めを編んでゐる。

このエントリを書くために数へてみて、ちよつとびつくりした。
結構編めてるぢやん。

このストールはオリムパスデザイン室のデザインしたもので、レース針の6号で半円形のモチーフを111枚つなぎながら編む。
遅々として進まないと思つてゐたが、もう半分を越えてゐた。
毎日少しではあるが編んでゐるのがいいのだらう。

ときどき思ふのだが、自分はけつして編み物が好きなのではない。
多分。
好きぢやなければ編まないのぢやあるまいか。
さうも思ふ。
さうも思ふけれど、どことなく義務で編んでゐる点がある。
糸と編み図とを買つてしまつたのだから編みはじめなければ、とか。
編みはじめたのだから完成させなければ、とか。
さう考へてゐる節がある。

「編まなくつちや生きていかれない」といふ切迫感は、まあ、ない。

なにも好きといふのが「好きな対象がなければ生きていかれない」といふことばかりでもないとは思ふ。
だが「好き」とか「愛情」とかに含まれてゐる熱さといはうか激しさといはうか、さういふものに欠けてゐる。
皆無とまではいはないが。

あみもの好きの人のなかには「あみものをするのは正気をたもつため」といふ人もゐる。
たとへば病院や役所などで順番を待つてゐるとき。
ただただ待つてゐるだけだと時間をもてあましてしまふ。
いつ順番がまはつてくるのかわからないし、気がをかしくなりさうだ。
さういふときはあみものだ、といふのだ。
編んでゐれば気が紛れる。
ひたすら時間をつぶしてゐるだけのときに生じる負の感情から解放される。
いいぢやあないか。

それは読書でもいいのぢやあるまいかとも思ふ。
つまり、その人はやはりあみものが好きなのだ。
時間をつぶすのに本ではなくて編みものを選ぶ。
好きだからだらう。

ところでやつがれは病院などで待たされてゐるときにあみものをしてゐてもあまり正気をたもてる気がしない。
いつまで待たされるのかわからない状況にひどく気疲れする。
ゆゑに病院に行つた日や健康診断の次の日には体調をくづしてしまふこともしばしばある。

あみもの、好きぢやないのかなあ。

水玉模様のストールは、二十日くらゐで編めるかと思つてゐたが、どうやら一ヶ月くらゐはかかるらしい。
もう一本おなじものを編みたいと思つてゐたが、それはあきらめるかなあ。

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Monday, 10 April 2017

楽しいレース編み

かぎ針編みで水玉模様のストールを編んでゐる。
オリムパス金票40番の糸をレース針の六号で編む。半円のモチーフが青海波のやうにつらなるストールで、オリムパスデザイン室がデザインしたものだ。

3月30日に編みはじめて現在46枚目のモチーフを編んでゐるところだ。
編み方には全部で111枚のモチーフを編むことになつてゐる。
遠いな。
完成は遠い。
しかもかなり波打つてゐるので、しつかり整形する必要がある。
いつになつたらできあがるのか。

しかし、考へてみるとあみものは、とくにレース編みは廉価な趣味だといへる。
水玉模様のストールは計算上完成するまでに一ヶ月近くかかる。
レース糸とレース針と編み方とだけで、一ヶ月も楽しめるといふことだ。
今回の場合、レース針はすでに持つてゐるし、編み方はレース糸を買ふともらへるものだつた。
実質レース糸代しかかかつてゐない。

水玉模様のストールは、ほぼ毎日編んでゐる。
こんなに編んでゐるのになかなか完成が見えてこないなあ。
さう思ひつつ編んでゐる。
でも楽しい。
楽しいから毎日編んでしまふ。

だが、そこでタンスの中にある毛糸やレース糸のことを考へる。
ひとつ作るのに一ヶ月かかるといふことは、あの毛糸どもを使ひきるにはどれくらゐかかることだらうか、と。
ずいぶん前に、生きてゐるあひだに手持ちの毛糸を使ひきることをあきらめてはゐたけれど。
今回しみじみと考へさせられてしまつた。

くつ下なんかはしやかりきに編めば二日で、ほかのことをなにもしなければ一日で一足は編めるけれどもね。
さういふ問題ぢやないんだよね。

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