NHKラジオ講座と国立の博物館
国立の博物館や美術館も収益を上げないと閉館させる。
そんなニュースが流れたが、いままた色々な話が出てきてゐて予断を許さない感じではある。
でも、なんとなく、さういふ流れなのかな、と思ふのは、国立劇場再建の目処が立つてゐないからだ。
多分、自分が生きているうちに国立劇場が再建されることはない。
そんな気がしてゐる。
一方、四月から(正確には三月三十日から)NHKラジオ講座はFMに移り、多くは放送時間帯が変はる。そして、ほぼ放送時間枠が減る。
いまはネットで聞くから問題ないといふ向きもあるやうだが、ラジオ講座のいいところは録音して何度も聞けることだ。
ストリーミングだと放送日から一週間くらゐしか聞けない。
それだけ聞ければ問題ないだらうといふ人もゐるかもしれないが、たとへば講座の内容が二週間単位だつたりすると、最後の日に最初の日の放送を聞くのは無理になる。
そこは講座内容を変へればいいのかもしれないが、だつたら今すでに対応してゐるはずである。つまり、現在二週間で一単位の語学番組が存在するといふわけだ。
などと文句を云ひつつ、自分もストリーミングで聞くやうになるんだらうなといふ気はしてゐるが、気になるのはそこではない。
なんといふか、廉価で勉強のできる環境が狭められてゐる気がするのだ。
TVの語学番組も、いはゆる「タレント」といはれるやうな人々が出るやうになつててんでつまんなくなつたしね。
はしりはイタリア語会話だつたやうな気もするが、イタリア語会話の最初のころはそれでもよかつたやうな気がする。
あとドイツ語会話のペナルティーも、当時ドイツでサッカーのW杯があるからといふので、それなりにふさはしい配役だつたのではないかとは思ふ。
「勉強する」「学ぶ」といふことがおろそかになつてゐる。
そんな気がするんだよね。
TVやラジオで学ばなくてもいくらでも学ぶ手段はあるだらう、といふのも最もだし、いまはストリーミングだけでなくネット上にさまざまなコンテンツやサーヴィスもある。
単に、保有効果が働いてゐるだけなのかなあ。
でもやつぱり国連の公用語であるアラビア語講座をなくしてしまふといふのは暴挙だと思ふんだけどなあ。
それだけこの国にとつて国連はどうでもいい存在になつてゐるつてことなのかもしれないけれど。
ただ、ことは語学講座だけではないといふ気がしてならないのだつた。
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