放置子と思はれてゐたのかも
幼稚園に上がる前に引越しをした。
いま思ふとあれは社宅だつたのだらうか。五棟くらゐの団地だつたと記憶する。
といふのは、当時使つてゐた灯油のポリタンクに自宅の棟と部屋番号が書いてあつたからだ。
五棟もあるといふのに、同い年の子どもはひとりもをらず、一つ年上の子がひとりゐるばかりだつた。
年が明けたら入園する予定の幼稚園に通ふ、これも一つ年上の子が近所の住宅街に住んでゐて、でもその子はちよつといぢわるで、そんな事情があつても何度か遊んだ記憶はあるが、そんな事情があつたからなかよかつたわけもない。
家にゐると、外で遊んでこいと云はれるのだが、さて、外に出ても一緒に遊ぶ子どもがゐない。
家の中ならいくらでもひとりで過ごすことができるのだが、外だとできなかつた。
そんなある日、ひよんなことから赤ちやんと若いお母さんだけのおうちにお邪魔したことがある。
初対面である。
名前すら知らない人の家だ。
そこに上がり込んで、しばし過ごした。
もしかするとお母さんはこちらのことを知つてゐたのかもな、とのちに思つたことがあるが、いまとなつては確かめやうがない。
自分も自分だ。
そんな、お母さんと赤ちやんしかゐない家に上がり込んで、なにをしたんだらう。
それも、一度切りのことではあつたと思ふけれど。
最近になつて、親に全然面倒を見てもらへず、他人の家に上がり込んで好き放題する「放置子」といふのがゐるといふことを知つた。
もしかしたら自分も放置子だと思はれてゐたのかもしれないなあ。
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