世の慣習とイノヴェータ理論
イノヴェータ理論では、新商品・新サーヴィスにいち早く飛びつく人をイノヴェータと呼び、それに続く人々をアーリー・アダプタと呼ぶ。その後その商品なりサーヴィスなりがブレイクすると、アーリー・マジョリティが続き、さらにはレイト・マジョリティが来る。そして新しい商品やサーヴィスを受け付けないラガードといふ人々もゐる。
これ、思想や慣習にもあてはまるんぢやないかなあ。
新たな思想・新たな慣習にいち早く適応するイノヴェータ、続いて飛びつくアーリー・アダプタがゐて、キャズムを超えるとアーリー・アダプタがやつてきて、レイト・マジョリティが(しぶしぶ?)その思想・慣習を受け入れ、ラガードは遠巻きに見てゐるばかり。ラガードは思ぶたらう、古い考へ方が一番、古いやり方こそ正義だ、と。
ジェンダーに関する考へ方などはさう見えるし、パワーハラスメントなどのハラスメントに対する考へ方にもさうした傾向があるやうに見える。
自然に受け入れられる人はアーリー・マジョリティまでのどこかに位置するが、どうしても古い考へ方・古い慣習を捨てられずにゐる人たちは例と・マジョリティになつたり、或はラガードとして新たな思想や新たな慣習を拒否する人たちもゐるだらう。
新たな思想を受け入れた人は、受け入れられない人たちを「頭が古い」だとか「アップデートできない」などと云ふ。
それはそのとほりなのだけれども、しかし、さういふ人たちをさうやつて蔑んだり追ひつめたりするのはどうなんだらう。
さういふ目にあつた人々が「古き良き思想」「古き良き慣習」こそ真・これこそ正義と考へて極端な道に走つたりしないだらうか。
すでにさうなつてゐる例も見るやうに思ふ。
たとへばドナルド・トランプを善しとする人々とか。
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