神秘様としての生成AI
米光一成の『思考ツールとしてのタロット』では、大アルカナ22枚から1枚引いて普段の自分にはない視点を得るといふことを説明してゐる。
朝、愚者のカードを引いたら、その日は一日愚者のカードの示すところ、すなはち心の赴くままに危険など顧みず身軽に出かけやう、みたやうなそんな気分で世の中を見回してみる。いつもと違ふものが見えてくるのではないか。
はたまた夜引いたら、その日したことあつたことを愚者のカードの視点からふり返つてみる。
これが案外おもしろくて毎日一枚カードを引くやうになつてしまつた。
もう一つ、この本で重要な点は、他人から相談を受けたときの対応について書いてあることだ。
相談を受けた際、アドヴァイスを与へてもうまくいかないことが多い。
なぜなら、相談してきた方は「そんなこといつたつてあなたは何も知らないぢやないか」と思ふから、といふのがひとつ。
だつたら相談するなよ、と思ふが、何、相手は話は聞いてほしいが答へなど求めてゐないのだ。特に他人からの答へなんて。
そこで出てくるのがタロットカードである。筮竹でもいいけど。
カードを引いて、そのカードの指し示す内容を、相談してきた人に「思ひ当た」つてもらふ。
さうすると、あら不思議、相談を受けた人間とまつたくおなじことを云つてもカードの云ふことなら、もつといふと相談してきた人間の思ひ当たつたことなら、受け入れられちやふんだなー、これが。
本ではこれを神秘様の声として、人は他人の云ふことは聞かないけれど、神秘様の声は聞くのだと云ふ。
生成AIを使つてゐると、これもまた新たな「神秘様」なのではないかといふ気がしてくる。
職場でなにか意見を求められたとき、自分の意見をストレートにいふのではなく、「生成AIに調べさせたところ、かうでした」と云つた方が角が立たない気がする。
仕事の場合はあまり「生成AIが云つてゐました」といふと自分で考へない輩と思はれてしまふかもしれないので、そこは塩梅が必要だらうが、ものは使ひやうだらう。
ちよつとさういふ方向で生成AIを使つてみやうかな、と思つてゐる。
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