働いてゐるとTVを見られない
『なぜ働いていると本が読めないのか』といふ本が話題になつてしばらく経つ。
さうなんだらうか。本、読めない? さうかなあ。
これつておそらく「本を読む」とはどういふことかといふ定義にあるのぢやないかと思ふ。
小津夜景がこんな旨のことを云つてゐた。一ページ読んだだけでも読書になる、と。
それを聞いて思つた。
一文字ぢやさすがにダメかもしれないけれど、一行といふか一文読んだだけでも読書になりうる。
そして本は持ち歩けば、まあ、大抵のところで読むことができる。
忙しすぎて本が読めないと思つてゐる人の「本を読む」は、一冊読み終はることなのぢやあるまいか。
或は自分が満足するまで、とか。
でも多分、一ページ読んだだけでも満足できる読書といふのがある。
その積み重ねで、自分は日々本を読んでゐる。
ほんたうはもつと読みたいけれど、時間には限りがある。こんなもんだらう。
さう思つてゐる。
それよりも、忙しいとTVの方が見られない。
TVはここではTVドラマといふことにする(アニメとかでもOK)。
TVを見るにはまとまつた時間が必要だ。
それにその時間にTVの前にゐなければならない。
いまは録画するとかTverなどのサーヴィスを使ふなどして「その時間」でなくても見ることができるやうになつてゐるけれど、それでも見てゐるあひだは拘束される。
ときどき友人に配信サーヴィスにある映画などを勧めるのだが、しばしば「洗濯物を畳みながら見られないものは無理」と云はれる。
さうなんだよなあ。動画とかつて、時間がないと見られない。
それに、TVだと一分見ただけでは見たことにならない。
それで通勤や帰宅の電車の中で見たりする人もゐるのかもしれないが、小さい画面で見るのも、なあ。あと、電車の乗り降りとかでぶちぶち切れるわけぢやない?
そんなわけでTVを見なくなつて久しい。配信サーヴィスも一時利用してゐたけれど、すつかりやめてしまつた。
時間には限りがあるからなあ。

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