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Monday, 26 January 2026

ポエムと詩

初心に帰らうと思つて藤田湘子の『20週俳句入門』を読んでゐる。
中に俳句に盛り込むと失敗することとしていくつかある中に、「風流ぶり、気どり、低劣な擬人法」や「俗悪な浪花節的人情」といふのがある。
これつて、世間で(対象がデカいが)「ポエム」だと思はれてゐることなんぢやないか知らん。
著者は、新聞俳壇にはかういふ俳句を作つて送つてくる人がごまんとゐる、と書いてゐて、その理由の二つのうちの一つに「俳句が韻文といふ意識がない」といふことをあげてゐるのだが、うーん、さういふ人は、韻文といふか詩といふのはかういふものだと思つて書いてゐるんだと思ふのだがあなたどう思ひますか。

多分、人が(これまた主語がデカいが)「ポエム」といふことばを揶揄するために使ふときも、「気どり」だとか「浪花節的人情」のやうな表現をさしてゐるんぢやないかと思ふ。
「詩的」といふことばをさういふ風に使つた例は寡聞にして知らないが(単に世間を知らないだけかもしれない)、「でも詩つてさういふものでせう?」と思つてゐる人も多いんぢやないかなあ。間違つてゐるかもしれないけど。

ここでも何度か書いてゐるけれど、山本夏彦は「人は気取つて書く」といふ旨のことを云つてゐて、それはもうその通りだと思つてゐる。
たとへば、ビジネス文書とか(これも何度も書いてゐるけれど)、本来口語で書くことになつてゐるけれど、絶対文語とか文語的表現が混ざつてくる。指摘してもなほさないし、そもそも文語と口語とはなにかがわかつてゐない人だらけなのは、まあ、学校教育がさうだから仕方ないとは思ふけれど、だつたらビジネス文書だつて文語で書くことにすればいいんだよなー、とはいつも思ふことではある。

普通に書いたつて気取つちやふんだから、俳句や詩になつたらもつとさうなるんぢやないかなあ。

といふわけで、やはり初心に帰らねばとの意を強くするのであつた。

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