自己憐憫はしないこと
三原順は自己憐憫する登場人物に厳しい。
読める作品はほぼ読んでゐるはずなのに、そして上記のことを理解してゐるはずなのに、なぜ自分は自己憐憫してしまふのだらう。
なぜ自己憐憫はいけないのだらうか。
たとへば『はみだしっ子』の「雪だるまに雪は降る」。
心臓疾患だらうか、虚弱児の女の子が母親を意のままに動かす。母親は娘の躰の弱いことがわかつてゐるから逆らへない。
その母親の姿に主人公の一人サーニンは自身の母の姿を重ね、「ああ、かわいさうだね」「でもボクもう疲れちやつたよ」と思ふ。
或は『夢の中 悪夢の中』。
陽気なスポーツ大好き一家の中でただ一人静寂と本とを愛する主人公は、家族から、特に母親から理解されず、或は理解されてゐないと思つてゐて、自分に子どもが生まれたら好きなだけ本を読ませてあげるのだと思つてゐる。
ところが生まれてきた子は自分の家族そつくりで本など見向きもしないし粗暴で騒がしく、主人公は時に手をあげ、子どもの鼓膜を破つてしまつたりもする。
理解ある夫から「君がぼくたちの子にやつてゐることは、君のお母さんが君にしてゐたことと同じぢやないかな。ちよつと一人で落ち着いて考へてみたらどうだらう」と云はれ、主人公は(おそらく)事実を受け入れられない。
なんてかわいさうな私!
でもだれもさう思つてはくれない。
だつたら自分で自分を憐れむしかないぢやない。
だがそれはやつてはいけないことなのだ。
そんなことをしてもさらに不幸になるだけだから。
問題は、どうやつたらこのやつかいな気持ちを捨て去ることができるのか、である。
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