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Thursday, 11 November 2021

断捨離は持てるもののすること

一昨年、衣替の際に秋冬ものをだいぶ処分した。
特に冬の部屋着を捨てた。
どうせ家にはほとんどゐないと思つたからだ。
仕事はあるし、休みの日は芝居に行くし。

昨年の冬、気がついたら着るものがない。
感染拡大で出かけなくなつたし出かける予定があつても予定自体がつぶれてしまつたりした。
おかげで衣料費がかさんだ。

断捨離といふのはお金持ちのものなのかもしれない。
捨てて捨てて、なにか必要となつたらその時に買へばいい。
さういふ生活でないとなかなか捨てられない。
あたたかい部屋着のないことにがつくりとしつつさう思つた。

持たざるものは、断捨離などしてはいけないのだ。
いま手元にあるものを有効に活用するのが一番なのだと思ふ。
一年使はなかつたからといつて次の年も使はないとは限らない。
実際さうだつたんだから間違ひない。
なければ買へばいいといふ考へ方ではいけないのだ。
さうすると経済が回らなくなるんだけどね。

今日のニュースを見ても、米国でも日本でも物価があがつて大変だといつてゐる。
ニュースでは米国のは消費者物価、日本のは企業物価で違ふものをさしてゐるとはいつてゐたけれども、なに、日本だつて日銀総裁などは消費者物価を2%あげたいとか云ひつづけてゐるしね。
あげたいならまづは国民の収入をあげたらいいのだ。
それと老後を安泰に送れるやうにする。
さうすれば物価があがつたところで財布の紐を締める必要はそれほどなくなる。
わかつてゐると思ふのに、なぜわからないふりをしてゐるのか不思議でならない。
だつて物価をあげたいんでせう? だつたらまづすることは決まつてゐる。
日銀総裁の職掌ではないんだらうけどさ。

長期予測ではこの十二月、一月は例年より冷えるとのことだ。
昨年そろへた冬ものでなんとか乗り切れるだらうか。
乗り切れないやうだつたら着る毛布でもかけて布団にくるまるしかないな。

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Wednesday, 10 November 2021

1冊にまとめるだけではダメなのだつた

『情報は1冊のノートにまとめなさい【完全版】』を読んだ。
以前から気になつてはゐたものの、読まずにゐた。
影響を受けたくないといふこともあつたし、自然と手帳は1冊になつてゐたからといふこともある。
実際この本を読んでみて、1冊にまとめる部分はBullet Journal形式をとることでほぼできてゐるなと思つた。

でもこの本で重要なのは1冊のノートにまとめることだけではない。
もうひとつ大切なのは、さうして1冊のノートに書きためた情報を活用することだ。
それには書いたことをおそらくは何度も見返すことになる。

情報を収集する方法にはいろいろあつて、どれにも必要なことがこの「集めた情報をどう活用するか」だ。
梅棹忠夫は『知的生活の方法』で京大カードに情報を書き出し、書いたカードを何度もくることが大切だといふ旨のことを書いてゐる。
書いたら書きつぱなしでは意味がないのだ。

それを考へるとノートに手書きをするよりはデジタルメモのやうなものを残す方がいいのかなあといふ気がしてくる。
ノートだと過去のものは必ずしも手元にあるとは限らないからだ。とくに出先では何十冊と前のノートを参照するのはむつかしからうと思ふ。
ライアン・ホリディは必要なカードは常に持ち歩いてゐる、といふやうなことを書いてゐたと思ふが、その時なにが必要なのかわかつてゐればそれもできるけれども、「あの情報は確かあそこに書いてあつたはず」といふことになつたらお陀仏だ。
その点電子情報にしてしまへば、サーバ(いまだとクラウドか)においておけば、ノートよりも楽に過去のデータを見返すことができる。

ノートの利点として手元に残るといふ話もあるが、これも燃えてしまつたらそれまでだし、水没してぼろぼろになつてしまふといふことも考へられる。
データの方が消へやすいかもしれないが、いづれにせよ絶対といふことはない。

『情報は1冊のノートにまとめなさい【完全版】』でも、集めた情報を活用するためにカードにあらためて書き出したり、目次をExcelで作つたりしてゐる。
なかなか1冊で完結するのはむつかしいのだらう。

えうは、情報がどこにあるか、そしてそれをどう活用するかが肝要なのであつて、それには1冊のノートに全部まとめるのがいいよ、といふことなのだと理解してゐる。

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Tuesday, 09 November 2021

クリップは手芸道具である

在宅勤務をしてゐると思はぬ文房具が必要になることがある。
セロテープとか。
セロテープつて最近使はない気がする。
とはいへ、実はやつがれの手元にはある。
なぜといつて、マクラメをする時に使ふことがあるからだ。
テーブルなどに仮止めするときに用ゐる。
そんなわけで、セロテープはいまや自分の中では手芸用具のひとつだ。

さうはいつても筆記用具とかはさみ、のりといつたものは自宅にもある。
筆記用具も考へてみたら油性のマジックはないなあ。あつてももう書けなくなつてゐるだらうと思ふ。
あとホチキスは芯がまだあるかなあ。ホチキスの中に入つてゐればあるけれど、なかつたら芯は買つてくるやうかもしれない。

ところで今回は突然クリップが必要になつた。
社として提出する書類をクリップでまとめよ、といふことだつたからだ。
クリップ。
普通のお宅にはあるのだらうか。
我が家にあつたらうか。

そこで、古の記憶が蘇る。
小学生のときのことだ。
図画工作だつたか理科だつたかの授業でクリップが必要だつた。
それも一箱くらゐ。
クリップを骨組みにして周りに紙粘土をつける、とかだつた気がするから図画工作かもしれないが、錘を作るといふので理科だつたかもしれない。
いづれにしても、翌日クリップが必要だといふことをやつがれはすつかり失念してゐた。
親にも一言も云はなかつた。
翌日学校に行つて、はじめてクリップが必要だつたことを思ひ出した。
小学校と自宅とは目と鼻の先だつたので、家に取りに戻つたが、当然そんなクリップなどあるわけがない。
結局学校に戻つて、周りの子からおあまりを頂戴したんだつたと思ふ。

今回もクリップと云はれて、買ひに行かねばならぬかと出かけやうとしたところ。
待てよ。
タティング用具の中にあるかもしれない。
そのことに思ひ至つた。
いや、きつとある。
なぜといつて、チェインからはじまる作品を作る時に必要だからだ。
或はチェインの下にピコなどをつなぐ時にも必要だ。
そんなわけでタティング用具入れを探したら、無事に三つのクリップを発見した。
よかつたよかつた。
タティング用にはクリップは一つあれば十分なので、といふのはそんなに複雑な大作を作ることはないからだが、めでたしめでたしといつたところだ。

そんなわけでクリップはタティング用具なのである。

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Monday, 08 November 2021

ひざ掛け pros & cons

土曜日にHemlock Ring Doily Throwを編み始めた。
Brooklyn Tweedで見かけて以来ずつと編みたいと思つてゐたひざ掛けだ。
多分十年前に毛糸を買つて、そのままになつてゐた。
毛糸はダルマのシェットランド島の羊だ。15玉買つたと思つてゐたのに10玉しかない。
足りるだらうか。

なぜ今まで編まずにゐたのか。
ひとつにはひざ掛けが必要なかつたから、かな。
寒かつたら着る毛布を着ればいいぢやん。
それにひざ掛けは編むのが大変といふイメージがある。
ある程度大きさが必要だからね。
いままで一枚だけひざ掛けを編んだことがある。
林ことみのデザインで、15目ごとに表編みと裏編みとを切り替へるガーター編みのひざ掛けだ。
毛糸を二色使つて二段ごとに色を変へる。
これをパピーのプリンセスアニーで編んで、いまひざにかけてゐる。
ただ薄いので、冬本番になると着る毛布になつちやふんだよね。

もうひとつの理由は、このひざ掛けは編むのがむつかしいだらうと思つてゐたことだらう。
なぜさう思つてしまつたのか。
Brooklyn Tweedで見た写真が美しすぎて自分には無理だと思つてしまつたといふことはある。
また、元になつたのが棒針編みのレースのドイリーだといふのでむつかしいだらうといふ先入観を抱いてしまつたのかなとも思ふ。
実際に編んでみたら思つてゐたほどにはむつかしくもなく、といふか、編み方に従つて編めばすいすいと編めてなんだか肩透かしを食らつた気分だつた。
あとは整形がうまくいくかどうかだ。
そして、多分うまくいかないんぢやないかなと思つてゐる。

さう、整形をはじめて問題もいくつかある。
ひとつは上にも書いたとほり毛糸が足りないかもしれないこと。
あるだけ使つて編むつもりだけれど、そんなに大きくならないんぢやないかと危ぶんでゐる。
計算したところ段数だけは十分かなと思ふんだけれども、そもそもの計算方法が間違つてゐるかもしれないしな。
これはちよつと今回確認したい点でもある。

整形については、苦手であることと、そもそも広げる場所がないのをどうしたらいいかといつたところだ。
とりあへず真ん中部分が広がればいいかなと思つてゐる。

あとこれは毛糸の不足にも関係してゐるのだけれど、できあがつたひざ掛けをかけてもそんなに暖かくないのではないかといふ不安がある。
もともとは半分に折つて使ふ想定だつたのだけれども、仕上がりが小さいとそれもできないよね。

いづれにせよ、編んでゐて楽しいんだからいいか。
十年越しのひざ掛けなんだしさ。

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Friday, 05 November 2021

葬送曲について

昨日は『2001年宇宙の旅』を見てきたことを書いた。
ハチャトゥリアンの「ガイーヌ」の話もした。

昨日は書かなかつたことに、このハチャトゥリアンの「ガイーヌ」のアダージィオを自分の葬式で使ひたいなと思つてゐたことがある、といふのがある。
さう思ふやうになつたのはいつごろだらうか。
多分、芥川也寸志の葬儀のニュースを見たときのことぢやなからうか。
ニュースとはいつてもおそらくはワイドショーの類でだつたと思ふ。
その時に、芥川也寸志はマーラーの交響曲第五番の第四楽章を葬儀に使ふやうにといつたといふ話を聞いた。
自分で作曲した曲ぢやないんだ、とちよつと意外に思つた。
それにしてもマーラーのアダージェットだなんて、あんまし芥川也寸志らしくないやうな気もした。
といふほど芥川也寸志のことを知つてゐるわけぢやないけれど、当時は一時のマーラー・ブームのおかげでアダージェットも『ヴェニスに死す』やモーリス・ベジャールのバレエに使はれた曲といふだけでなく、いや、それでよけいに有名になつてゐたりもした。それでなんだかちよつと俗な感じがしたんだよね。
それと自分の中の芥川也寸志のイメージと合はなかつたといふことはあつたと思ふ。

自分の曲を使つたといふ話だと、宮川泰の出棺の時に「真っ赤なスカーフ」を使つたといふ話を聞いた。
名曲だ。ほかになにがあるといふのか。
その話が出たときに、「まんが映画の曲なんて恥づかしいといふやうなやうすを見せずにえらい」みたやうな論調があつた。
まださういふ時代だつたのか。
「アニメ」といふことばは使つてゐなかつたと思ふ。
いづれにせよ、そんな、出棺の時に「真っ赤なスカーフ」なんて流れてきたら、それだけで涙腺もゆるまうといふものだ。

出棺のときといふと、これは偶然さうなつた例だが、塩沢兼人の葬儀の際、出棺のときに流れてゐたのは「はっびぃぱらだいす」だつた。それと犬の語りで進むCDドラマが最後ちよつとかぶつたやうに記憶してゐる。
芸能人の葬儀に行つたのは初めてで、行つてよかつたと思つた。
行かなかつたらずつと死んだといふことを受け入れられずにゐただらうと思つたからだ。
行つたことで、もうこの世の人ではないといふことを理解することができた。
受け入れたのだらう。
そのせゐかやつがれの中ではいまだに中村屋も大和屋も生きてゐる。
もうゐないのだとわかつてはゐるのに、心のどこかで納得してゐない。
行けばよかつたなと思ふが、でもそんなにものすごい贔屓といふわけでもないのに、とか、遠慮してしまつたのがいけなかつたか。

いまとなつては葬儀はどんどん簡略化してゐるし、もうその際に流す音楽のことなど考へる必要はないといふ気もする。
ただ、さう考へても葬儀といふのは生きてゐる人間、残された人間のために行ふものなので、もしどうしてもしなくてはならないことになつたらハチャトゥリアンの「ガイーヌ」はアダージィオを、と思つてゐるのだが、この希望もまた自分と一緒に葬られてしまふことだらう。

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Thursday, 04 November 2021

二十年前のことを描いた映画を見る

文化の日に『2001年宇宙の旅』を見てきた。
見てきて以来、気がつくと「美しき青きドナウ」が脳内でエンドレス再生されてゐる。
小学校の朝の登校時間帯に流れてゐたといふこともあるが、とにかく止まらない。
名曲である。

『2001年宇宙の旅』はTOHOシネマズ日比谷で「100000分の1秒音響映画祭」といふイヴェントがあつて、その一環として上映された。
実は『ボヘミアン・ラプソディ』も見てきたのだが、それはまた別の話。

『2001年宇宙の旅』は一度は映画館で見てみたい映画だつた。
初めて見たのは中学三年生のときのことだ。
高校受験も終はつたころ、理科の教師が「この映画は見ておいてほしい」といふので授業中に生徒に見せたのが『2001年宇宙の旅』だつた。
ヴィデオだつたのだらうか。録画だつたのかもしれない。
でもそのあともう一度今度はTVで見てゐるので、やはりヴィデオだつたのかなあ。
国立フィルムライブラリで上映されたり「午前十時の映画祭」で上映されたりして、行く機会はありながら、と云ひながら国立フィルムライブラリでは激戦だつのたやうなのでおそらく見られなかつただらうが、見る機会を逃してきた。
今度は行くぜ。
といふわけで、行つてきた。

よかつた。
あひかはらずよくわかんなかつたけど、そこはそれだ。
わからないものはわからないと認識してゐればそれでいいのだ。
見に行つて、「人類の夜明け」ではモノリスに触れた猿人たちは道具を使ふことを覚えて、それでモノリスに触れてゐない猿人たちに勝つことができたと思つてゐた部分は、勝てた理由にはもしかすると道具を使ふことを覚えて獲物を倒し肉食を覚えたからといふこともあるのかなと思つたりもした。
また、ひとつひとつモジュールを抜かれてゆくHAL9000のやうすが認知症の進んでいくやうすにも見えた。途中までは忘れる恐怖を感じてゐるのだが、ある瞬間から突然昔のことを云ひ出す、とかね。
あと、思つてゐたより食事の場面が多い映画だなと思つた。宇宙食も覚えてゐるだけで三種類くらゐ出てくる。食べ物の違ひでほかのことも表現してゐたのかなと思つたりした。
それに、とにかく緊迫感がすごい。
息の詰まる場面がいくつもある。
絵もうつくしかつたしなあ。
今回はリマスタ版だと思ふけれど、やはり一度はフィルム上映も見てみたいと思つたりもした。

ところでその緊迫した場面の中に、「木星計画」の冒頭部分がある。
木星に向かふディスカヴァリー号の孤立したやうす。
その船内をぐるぐると走るフランク・プール。
船室の両脇には全部で五つのスリープポッドがあつて、うち三つには人型の棺桶のやうなものが入つてゐて、冷凍睡眠したまま木星に向かふクルーが眠つてゐる。空の二つはフランクとデイヴィッド・ボウマンのものだ。
ここにハチャトゥリアンは「ガイーヌ」のアダージィオが流れてゐる。
それだけでひどく孤独な気分になる。
宇宙にゐるのはあなただけなのです。
宇宙ではあなたの悲鳴は誰にも聞こえない。あ、それは『エイリアン』か?
いづれにせよ、宇宙空間とか深海とか、ほかに人の誰もゐないやうな空間に流れる音楽にまさにうつてつけとしか云ひやうがない。
はじめて聞いたのがこの映画でだつたせゐだらう。
いつ聞いても(といつてバレエ作品「ガイーヌ」は見たことがないのだが)、この映画の宇宙の人類を拒むやうなイメージが蘇る。

思へばリゲティを聞いてみやうと思つたのもこの映画の影響だし、何よりもクラシック音楽を聞かうと思つたのもこの映画を見たからかもしれない。
それくらゐどの曲も映画にぴつたりとはまつてゐる。
見に行つてよかつたし、また機会があれば是非映画館で見たいものだ。

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Wednesday, 03 November 2021

ワトスンの次はホームズ

The Sherlocked Podcastを聞きつつ、『シャーロック・ホームズの冒険』までたどり着いた。
『四つの署名』を読んでゐるときに思つたんだけど、「ボヘミアの醜聞」がああいふ話なのは『四つの署名』のあとだからなんではないかなあ。

『四つの署名』の依頼者はメアリ・モースタン。
ワトスンは、わりと他人に対する評価が厳しくて、やれねづみ顔だの奇妙な帽子だのなんだのと手厳しい。
そんな中でメアリ・モースタンにはやさしい目を向けてゐる気がする。
好きなんだな。
わかりやすい。

そんな『四つの署名』の中で、ホームズは「愛とは感情的なもので、なにごとも感情的なものは自分が至高のものと考へてゐる真に冷徹な論理と相容れない」といふやうなことを云ふ。

そこで「ボヘミアの醜聞」が来るんぢやないかなあ。
ホームズは別段ロマンスのわからぬ人間ではない、とか。
或は前回はワトスンの番だつたから今回はホームズの番だよ、とか。
もうすでにこんな考察は出尽くしてゐるのだらうと思ひつつ、『四つの署名』を読みながら「ボヘミアの醜聞」を読むのが楽しみだつた。

一方で、自分がホームズものを好んで読む理由の一つにこの「恋愛が主たる内容にならない」といふところにあるんだなあと思ふ。
「さういふどうでもいいところはおいておいて、ちやつちやと話を進めませうよ」と思ふことがない。
『四つの署名』もそこのところは変はらない。
それで何度でも読み返さうといふ気になるのかもしれないな。
「話を忘れちやふから」といふみづからの記憶力の問題ももちろんあるけれども。

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Tuesday, 02 November 2021

極細毛糸を探しに行くか

綿のレース糸でうまくタティングができないと、毛糸のレース糸でタティングしたくなつてくる。
極細毛糸でタティングすると、なにしろ毛糸なので問題点もいろいろある。
なにより伸縮性のある糸で結ぶので、大きさが揃へづらい。
モチーフ一枚一枚もさうだが、スティッチ一つ一つも揃ひづらい。
ピコなども伸び縮みする気がする。
また、糸がS撚りだつたりすると結んでゐるうちに撚りがほどけてきてしまひ、ピコの部分など糸がわかれてしまつたりしてきれいに見えなくなることもある。
#綿のレース糸は基本的にはZ撚り。

さういふ問題点を抱へつつも、この「伸び縮みする」といふ毛糸の特色が下手な自分を許容してくれるといはうか、容れてくれる部分があるやうにも思ふ。
結んでゐて伸び縮みする感触にやさしさを感じるといふかね。
きつちりしてゐるとどうしても度量は狭くなるでせう。

しかし手元に毛糸のレース糸はない。
いや、ないわけぢやないが、使ひ道が決まつてゐるので……といつてもう長いことそのままになつてゐるのだが。
買いに行くか或は。
買いに行くとしてもなあ、最近は極細毛糸を置いてゐる店も少なくなつてしまつたからなあ。

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Monday, 01 November 2021

十年越しのカウル

十年くらゐ前の編みかけのCowlを見つけて編んでゐる。

先日編み始めたTen Stitch Twistが発端だつた。
これ用にくつ下毛糸のあまりがほしい。
やつがれの場合、くつ下毛糸のあまりは多くても30g程度で、編んでゐると即なくなつてしまふ。
そんなわけで、ぱつと手に入る毛糸がなくなつてしまひ、昔くつ下を編んで残つた毛糸があるはずと発掘してゐたら見つけてしまつたのだつた。
編みかけのCowlを。

記憶に照らすとだいたい十年くらゐ前に編んでゐたものだと思ふ。
毛糸はLANGのCARPE DIEMといふメリノとアルパカ混紡の極太で、実にやはらかく、「チクチクする」といふ概念を知らないのではないかと思ふやうな糸だ。
これの焦げ茶色とごくごく淡いピンク色とでブリオッシュ編みのメビウスの輪状態のネックウォーマを編んでゐる途中なのだつた。
すつかり忘れてゐたなあ。
こんなの、編んでたなあ。
あの時期、ブリオッシュ編みにはまつて極太の糸でいくつか編んだものがある。
帽子が一番印象深いかな。とてもふかふかとしてあたたかい出来で、寒がりの人にあげてしまつた。
ブリオッシュ編みは自分にとつてはちよつと手間のかかる編み方で、なかなか早く編めない。
それで途中で暑い季節がやつてきて投げ出したままになつてしまつたのではないかと思つてゐる。

そんなに時間のたつたものを編みつづけやうと思つたきつかけは、とにかく触つてゐて気持ちのいい糸だからだが、もう一つ理由がある。
使つてゐる針がAddiの6mmの輪針なのだつた。
それつてHemlock Ring Doily Shawlで使ひたいと思つてゐるサイズぢやん。
13号の輪針で編みたいんだよね。
でも我が家には13号の輪針がない。
それで買ひに行くまでおあづけと思つてゐたが、どうやらこのCowlが編みあがるまでおあづけに変はつたやうだ。

現在は伏せどめの途中である。
一目ゴム編みどめにしやうかと思つたけれど、結局伸縮性のあるといふ編みながらとめていく方法にしてしまつた。
メビウスの輪になつてゐるから外周が結構長いんだよね。

このCowlは編みあがつてもすぐに使ふことはできまいと思つてゐる。
編み地が結構厚い上におそらく折つて二重にして使ふやうだからだ。
でもちよつと楽しみだな。
サイズ的にヘアバンドとしても使へるんではないかと期待してゐる。

今年は三月くらゐまではブリオッシュ編みにはまつてゐた。
くつ下は二足、Cowlを一つ編んだくらゐだけれど、時間がかかつたのでたくさん編んでゐた気がする。
かういふ自分の中の流行といふのは巡るんだなあ。

このCowlと同時期に編んでゐたと思しき編みかけのくつ下も見つけたのだが、それは次回の講釈で。

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10月の読書メーター

10月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:1278
ナイス数:27

アウトライナー実践入門 ~「書く・考える・生活する」創造的アウトライン・プロセッシングの技術~アウトライナー実践入門 ~「書く・考える・生活する」創造的アウトライン・プロセッシングの技術~感想
Microsoft Wordのアウトライン機能はこう使えばよかったのかー。いまはWindowsを使っていないからWordを使うこともないけれど、今後試してみたい。会議のアジェンダをPowerPointではなくアウトラインでというのも試してみたい。インタヴュー記事が二つあって、どちらもそれほどアウトライナーに入れ込んでいるわけではないというのも好ましい。マインドマップを書くと拡散しすぎてしまうのでアウトライナーで編集するというのも試してみたいな。
読了日:10月03日 著者:Tak.
現実入門―ほんとにみんなこんなことを? (光文社文庫)現実入門―ほんとにみんなこんなことを? (光文社文庫)感想
能ある鷹は爪を隠したがるのか、穂村弘はいかにも自身を「生活感」も「生活力」もないように描く。その度に「でも総務部長だったんでしょ?」と思ってしまう。だまされないぞ、と。それくらいの能力がないと生き延びていかれないんだとは思うけれど。あ、「生きること」と「生き延びること」も穂村弘か。この本によると穂村弘の中にはわたせせいぞうと片岡義男と村上春樹がいるのらしい。自分の中にいるのは誰かなあ。
読了日:10月06日 著者:穂村 弘
どこにもない編み物研究室: 「ものづくり」のすべてに共通の考え方とコツがここにある!どこにもない編み物研究室: 「ものづくり」のすべてに共通の考え方とコツがここにある!感想
しばしば話題が環境問題に寄っていく。あみもの道具にはプラスチック製品が多い。道具は一度買ったら長いこと使うものが多いからいいんだろうか。でも今後は新製品をどんどん出すとかできなくなるってことだよね。世の中の手芸好きにはこういう「環境大事」な人が多い気がする。でも、この後新しい毛糸を買うことは減って、編んだものをほどいては編み直すことが増えるのかとか羊飼いの人々や製糸業の人々がどうなるかということを考える人はあまりいない気がする。羊飼いや製糸業に携わる人々もものを作る人々なんだけどな。
読了日:10月09日 著者:横山 起也
Jane Eyre by Charlotte BronteJane Eyre by Charlotte Bronte感想
今更気がついたけどジョンとSt.ジョンって、表裏一体の存在なのでは? きっとそんなことは昔から云われてるよね。 リード(葦)家とリヴァーズ(川)家とかも気になる。どちらも兄一人妹二人という構成だし、リード家の娘二人はイギリスの王族にちなんだ名前でリヴァーズ家はローマ神話とキリスト教というのも対照的。 ソーンフィールドは「とげ原」かと思ってたけど、ファーンディーンが「シダの谷」だとしたら「針葉樹の原」かもな、と思ったり。 ジェインはチャールズ一世に同情的だけど、どうしてなのかとか、枝葉末節ばかり気になる。
読了日:10月16日 著者:Charlotte Bronte
言語学バーリ・トゥード言語学バーリ・トゥード感想
表紙に将棋の棋士・木村一基九段の絵があったので購入。いわゆるサブカルチャー的なネタは多羅尾伴内から鬼滅の刃までと年代が幅広い。言語学というバックボーンがあり、AIに蔓を伸ばして絡めとり、そこにプロレスへの底知れぬ愛情が加わっている。何にせよ「何かが好きである」というのは大切なことだ。ちなみに「バーリ・トゥード」については表紙から見てなにか格闘技に関することなのだろうと思っていた。語感的にもそんな感じ。こういう感覚は言語学ではどう取り扱われているのだろう。
読了日:10月19日 著者:川添愛
アウトラインから書く小説再入門アウトラインから書く小説再入門感想
最近アウトライナーの本を読んだので読んでみた。こちらはまずは手書きを推奨している。最初からコンピュータを使うとあれこれ修正したくなるからだという。その通りかと思う。若い作家志望の人たちはこれをどう受け止めるんだろう。それはそれとして最初からデジタルでアウトラインを作るのだろうか。それとも一度は手書きを試してみるのだろうか。
読了日:10月23日 著者:K.M.ワイランド
A STUDY IN SCARLET (annotated) (English Edition)A STUDY IN SCARLET (annotated) (English Edition)感想
宝塚歌劇団のシャーロック・ホームズを見たりThe Sherlocked Podcastという二人の熱狂的ファンが一話ずつ読んで感想を熱く語り合うポッドキャストを聞き始めたりということがあっての再読。特にポッドキャストの語りは熱くて早口になってわかりづらい点もあるにも関わらずとてもおもしろくて、読み返さずにはいられなかった。ワトスンの設定のうまさ(アフガニスタン帰りにした点等)や、後半の宗教がらみの点など、ポッドキャストを参考に読む。『四つの署名』も読まなきゃ。
読了日:10月27日 著者:Sir Arthur Conan Doyle
情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]情報は1冊のノートにまとめなさい[完全版]感想
多分Bullet Journalでほぼ同じことができていると思う。問題はそうしてためこんだ情報をどうするか、どうやって活用するかなんだよなあ。この本を読んでも、書いたことを何度も見返すと書いてあるし、情報が探しやすいように索引をExcelで作っている。時にはカードに情報を書き出すことまでしている。見返しやすさを考えたらノートに書くよりデジタルで保管した方がいいんじゃないかなあとも思える。1冊のノートに情報をまとめるのは、そんなに難しいことではない。そうやって集めた情報をどう生かすか、肝はそこだ。
読了日:10月29日 著者:奥野 宣之

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