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Friday, 29 October 2021

教科書のやうな漢文検定テキスト

『湯島聖堂漢文検定藩校編テキスト』を取り寄せた。
この検定については以前もちよこつと書いてゐる
どちらかといふと個人で受けるといふよりは学校などの単位で受ける試験なのかなあといつた印象を受けてゐる。
大人は寺子屋編をどうすればいいのか、とか、悩む部分もあるし、なにしろ試験場が神田明神といふのがちよつと気が引ける感じだ。
受けに行つたらお参りもすればいいんだけどさ。
それに、なにより受けてもなんの役にも立たないのでは、といふ気がする。
さういふ、役に立たないものに興味がないわけではないが、さりとては懐に秋風の吹く昨今、なかなか一歩を踏み出せない。

そんな中、今回テキストの購入に至つた理由は、『論語』の素読が「陽貨十七」まできたことにある。
毎週一篇づつ読んでゐて、ここまできたらもう最後まで読めるだらうと思つたのだ。
一度しつこく読んでゐるから、忘れたところも再度読み返せばまた覚えられるだらうといふ目論見もある。
ただ、漢文検定はそのテキストに従つて答へを書く必要があるので、それぢやあ買つてみるか、といふことになつたわけだ。

テキストには二種類ある。
『湯島聖堂漢文検定藩校編テキスト』と『湯島聖堂漢文検定藩校編論語テキスト』の二つだ。
今回は『湯島聖堂漢文検定藩校編テキスト』を購入した。
全142ページで、本文が128ページ、参考文献が14ページある。
参考文献の内訳は、Iとして書名改題と詩人小伝 、IIとして漢文の基礎である。
「漢文なんて忘れちやつたよ」といふ向きも、参考文献の漢文の基礎を読めば、なんとなく思ひ出すのではあるまいか。

本文は試験の級ごとに三つにわかれてゐる。
二段(初級)、三段(中級)、四段(上級)といつた要領だ。
最上位の藩校修了試験である五段は、試験範囲がテキスト全体になるとのことだ。

中身はまだ全部読んだわけではない。
最初のネタは待ちぼうけである。すなはち『韓非子』の守株だ。
原文に返り点などがついてゐて、その下に語句の説明がある。
原文のあとに少し小さなフォントで書き下し文と現代語訳とが書いてある。
なんだか国語の教科書を読んでゐるやうな気分になる。
或は漢文の副読本とかね。
なほ、書き下し文は初級編と中級編とについてゐて、上級編にはないらしい。

『論語』のテキストは別にあるものの、初級編には『論語』から引いてきた教材もある。
ほか、上にも書いたとおり『韓非子』、『孟子』、『十八史略』、『資治通鑑』、『文選』、『史記』等々から教材となる文章を引いてきてゐる。
また詩もある。『詩経』とか『白氏文集』、『唐詩選』等から引いてきたものや、菅原道真の詩も掲載されてゐる。

ぱらぱらと読んだところ、『史記』から引いてきた文章は『論語』に比べて読みやすい気がした。
授業でやつたから? 国語の教科書に出てゐたから?
でも、残念ながらやつがれの使つてゐた教科書には鴻門の会とかなかつたんだよなあ。
廉頗と藺相如の話とかは載つてゐたんだけれど。
国語の授業で暇なときに四面楚歌のところばかり読んでゐたからかもしれないなあ。
まあ、ぱつと見た感じさう思へるといふだけで、ちやんと読んでみたらさうでもないのかもしれないが。

そんなわけで、テキストといひながら、無味乾燥なわけでもなく、読んでゐてそれなりに楽しい。
検定、受けやうかな。
新型コロナウイルスの感染状態によるかな。

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Thursday, 28 October 2021

菅貫太郎は出てないよ

Twitterの我がTLに「菅貫太郎」の名が流れてくる。
いいよなあ、スガカン。大好き。
といふとちよつと語弊があるかもしれないが、時代劇とか見てゐて菅貫太郎が出てくるとそれだけでワクワクしちやふし、もつといふとキャッキャしちやふ。

最近はさういふ俳優が少なくなつた。
……と書いて、自分がスガカンを見てキャッキャしちやふのは昔のドラマが好きだからなのではないかといふ気もしないではない。
当時も見てキャッキャしてゐたか、といふと……うーん、キャッキャはしてなかつたなあ。
でも出てくると「よしっ」とは思つた。
なにがいいんだかわからないが、とりあへずスガカンが出てゐればドラマ自体はつまらなくても何かしら見どころがあるはずだといふ安心感はあつた。

最後に「この人が出てゐるから見に行かう」と思つたのつてなんだらう、と考へて、もしかしたら「堀内正美が出てるから『刀剣乱舞』に行かう」と思つたのがそれかもしれない。
刀剣乱舞はゲームをしたこともなければ芝居もミュージカルも見たことがなかつたが、それでも映画にはついていける気がした。
おもしろいといふ噂も聞いてゐたし、実際見に行つて、「予習していけばよかつたな」とは思つたものの、映画の内容がわからないとかついていけないといふことはなかつた。
それに、やつぱり堀内正美の審神者はよかつたしね。
ゲームの場合プレイヤが審神者になる、といふのはなんとなくわかつてゐて、堀内正美の審神者のやうになれるんだつたらゲームをやつてみてもいいかもしれないなと思つたりもした。

「この人が出てゐるから映画に行かう」とそれほど思はないのは、もともとあまり映画など見に行く方ではないので、そもそも俳優を知らないといふのも原因かと思ふ。
洋画だとドナルド・サザーランドが出てゐるやうだから見たいと思つてゐたものがあつたが、予告篇を見ても題名が覚えられないやうな有様で、結局見にいけてゐなかつた。

いま、007とか燃えよ剣とかデューンとか見に行きたいやうな気はしてゐるのだがいまひとつ腰が引けてゐるのもこれといつて見たい俳優が出てゐないといふこともある。
燃えよ剣には山路和弘が出てゐるといふので、ぢやあ行くか、と思つたりもしないではないのだが。

とはいへ、全然見たい俳優がゐなくても見に行く映画はいくらでもあるんだけどね。
『パブリック 図書館の奇跡』もさうだつたし、『幸せへのまわり道』、『ブックスマート』なんかはさうだ。『ジョーンの秘密』もか。
『ブックスマート』以外は予告篇も見ることなく見に行つたしな。なんとなくよささうと思つて。
予告篇を見た『ブックスマート』はちよつと期待はづれだつた。
かういふ時に「でも誰某が出てゐたから……」と思へるといいのだけれど。
といふわけで、実は007も燃えよ剣もデューンも別段見たいわけではないのかもしれないといふことに気づいてしまふのだつた。

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Wednesday, 27 October 2021

如Evernote何

長いことEvernoteを使つてゐる。
8月にもさう書いた。
2008年6月20日にはじめたやうだ。
もう13年は使つてゐる。

最近は、このまま使ひ続けていけるのだらうかと不安になるときがある。
ローカルに全ノートがダウンロードされてゐなかつたり、オフラインだとフィルタや検索など使へぬ機能があつたりするからだ。
いままではできてゐた。
それができなくなると、とても不便だしとても不安だ。
このままだと、使ひつづけていけなくなるのではないか、と。

現在はフリープランで使つてゐるので、使用料を払ふプランにしてみやうかとも思ふが、おそらくさうしても上記の不具合(と自分では思つてゐる。おそらくEvernote社はさうは思つてゐるまい)は解消されないだらう。
だとしたらプランを変へたところで意味はない。

とはいへ、13年もの蓄積を、どこに移行したらよからうか。
ちよつと思ひつかないし、移行作業にどれくらゐかかるのかと気が遠くなる。

とりあへずは、記録したいものだけEvernoteに置くことにするかと思つてゐる。
スクラップブックのやうなもの、といはうか。
新聞の切り抜きに相当するものを置く。
行動記録やつぶやき履歴など、参照することの多い記録はおかない。またはおいても別のもつと利用しやすい場所にもおくことにする。

別のところにうつすとして、どこにうつしたらよからうか。
行動記録はDynalistでいい。或はScrapboxといふ手もある。
つぶやき履歴はiPhoneのMomentoといふアプリケーションでもとつてゐるからそちらを適宜バックアップするなどすればいいだらう。
しかしいづれにしても画像に弱い。

Evernoteに記録するたびにローカルでダウンロードを確認するしかないのかな。
それとも13年の記録と訣別するか。
その時がやつてきたのかもしれない。

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Tuesday, 26 October 2021

タティングシャトルの思ひ出

くつ下を編んで残つた毛糸を探してゐたらタティングシャトルが出てきた。
発掘したところ十年ほど前の編みかけのくつ下やネックウォーマと一緒に入つてゐた。
基本的にあみものとタティングものとは一緒にしないので、なにかの拍子に落ちて入つたとかさういふことなのかもしれない。

シャトルは二つあつて、どちらもクロバーの角付きだ。
片方は五色入りの白でもう片方は茶色。
どちらも角の部分はしつかりしてゐる。

タティングシャトルは、好みでいへばボビンタイプで先は角の代はりにかぎ針がついてゐるものが好きだ。
でもクロバーの角付きシャトルは特別で、大変気にいつてゐる。
初めて使つたシャトルがさうだつたからだらう。
鼈甲風と呼ばれてゐたと思ふ。
初めて手にしたときは、ちやうどマイナーチェンジがあつたころだつた。
それまではシャトルの真ん中に「Clover」と入つてゐたやうなのだが、自分が買つたのはその部分が滑り止めのやうに縞の模様にでこぼこしたものだつた。
マイナーチェンジする前のシャトルはとてもよかつたと聞いたことがある。
たくさん糸を巻いてもほどけてこなくて、とか。
あのころ、地方の手芸店を探して歩いたらまだそのシャトルもあつたのかもしれないが、さういふ発想がなかつた。
まだまだ「百貨」店だつたころのデパートの手芸店にもなかつたしね。
エアロのかぎ針付きボビンタイプのシャトルは使ひやすかつたころのシャトルを模したものが販売されたりしてゐるやうだけれども、クロバーは聞かないし、そもそもほんたうにいまのシャトルよりよかつたのかどうか定かではない。

ただ、個人的には、最近の角付きシャトルは角の部分が折れやすいやうに感じる。
初めて使ふやうになつたころはそんなこと感じたこともなかつた。
初心者だつたからずいぶんとムリな使ひ方もしたらうに。
さういや当時Niftyの手芸フォーラムでタティングをもつぱらにしてゐる人が角付きシャトルは先が鋭すぎるので紙やすりなどで使ひやすいやうに削つてゐるとか云つてゐる人がゐたなあ。
それにならつてみるか。

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Monday, 25 October 2021

あまり毛糸を有効活用できるかも

Ten Stitch Twistを編み始めた。
その名の通り1段10目で編んで円形の作品ができあがる。
先行作としてTen Stitch Blanketがある。こちらは1段10目で四角形になる作品だ。こちらには日本語訳の編み方があるのだが、円形の方があみものらしいかなと思つてTen Stitch Twistにした。
ひざ掛けにするつもりだが、適当な大きさでやめるかもしれない。
それができるのがTen Stitch Twistのいいところだ。Ten Stitch Blanketも同様。

先週書いたやうに、ほんたうはHemlock Ring Doily Throwを編みたいのだが、手持ちにちやうどいいサイズの針がなかつた。
10号以上だつたらどんな針でもいいぢやんと思ふのだが、どうも13号で編みたい。そして適当な輪針を持つてゐないのだつた。
そんなわけで、買ひに行くまでのあひだ編まうと思つてTen Stitch Twistを選んだ。
かういふ「ちよつと編んでみやう」ができる作品でもある。

Ten Stitch Twistにはくつ下毛糸のあまり糸を使ふつもりでゐる。
実際、いまのところ使つたのはOpalのBlack DragonとRegiaのDesign Line、それとJaegerのMatchmaker Merino 4 Plyだ。
このあとOpalのHundredwasserが控へてゐる。

このイエーガーのマッチメイカー・メリノ・4プライが編みやすくてねえ。
ほかの毛糸にくらべて断然編みやすい。
くつ下毛糸にくらべてちよつとむつちりした編み地になつてしまふのは仕方がないとして、とにかく編んでゐて楽しい。
かういふ糸だつたよねえ。
まだ手持ちに手付かずのマッチメイカー・メリノ・4プライはあるけれど、もつたいなくて使へずにゐる。
ああ、こんな編みごこちだつたなあ。
しかも1段10目だからギリギリまで使へるといふのもいい。
それだけでTen Stitch Twistを編むことにしてよかつたと思つたくらゐだ。

これまでもくつ下毛糸に限らずあまり毛糸の活用には心を砕き、そして砕けてしまつた経験ばかりがある。
唯一うまくできたのはドミノ編みの帽子くらゐか。あ、あとかぎ針編みで編んだスリッパへの刺繍はうまくできたと思ふ。
ほかはとりあへずあまつた毛糸でモチーフを編んでみて取つておいてあとでつなぐつもりがなんかモチーフを編むだけで疲れてしまつたり、ちよつとした端糸はあみぐるみにでもつめやうと思つてとつておいたけれど、あみぐるみ自体を作らなかつたり。

うまくできたドミノ編みも、メインとなる色の毛糸は買ひ足した。
群ようこの本に「あまり毛糸を活用するには新たな毛糸を買つてきて合はせるといい」といふ旨のことが書かれてゐたやうに思ふが、そのとおりだと思つた。
いまのところTen Stitch Twistにはその必要性を感じてゐない。
もしかしたらこの先とんでもない色合ひの毛糸が出て来て「やつぱりなんか統一感がほしいな」と思つて毛糸を買ひ足すこともあるかもしれないけれど、そのときはそのときかな。

1段10目なので、バックメリヤス編みが必要かと思つてゐたけれど、それも必要なかつた。
PIショールを編んだときに端に6目のガーター編みを編みつけたのだが、このときは編み地をひつくり返すのが手間でバックメリヤス編みを習得したのだつた。その方が早かつたし、なにしろ編み地をひつくり返すのが億劫だつた。
Ten Stitch Twistも編み地が大きくなつてくればバックメリヤス編みをしたくなるかもしれないけれど、いまのところは大丈夫。

Ten Stitch Twistの欠点としては、あまり毛糸がなくなつたらしばし待たねばならないといふことがある。
まづはくつ下でも編んで、それであまり毛糸が出たらまた再開。
そんな風になるんぢやないかと思ふ。
でもそれはそれでいいかなといふ気もする。
なにしろ気軽に編めるからね。
しばらくおいておいて、また手に取つてもいいんぢやないかといまは思つてゐる。

また、できるだけおなじ太さの毛糸で編む必要があるといふことはある。
モチーフつなぎだつたらモチーフの大きささへそろへれば、太さの違ふ毛糸で編んだものでもつなげる。厚みが違ふといふのなら薄い方を重ねてもいい。
Ten Stitch Twistだとそれはむつかしい。
なので、これからHemlock Ring Doily Throwを編み始めるとTen Stitch Twistに必要な毛糸がなかなか手に入らないことになるのだが、まあ、そこはそれかな。

とにかくいまは編んでゐて楽しい。
Ten Stitch Twistを編むことにしてよかつた。

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Friday, 22 October 2021

さうだ、京都南座、行かう……かどうしやうか

今年は京都南座の顔見世興行に行かうかと思つてゐた。
去年は行かなかつた。
新型コロナウイルスの感染が心配だつたからだ。
さうしたらさ……夜半に嵐の吹かぬものかは、といふかさ……秀太郎がゐなくなつちやつてさ……

さういふこともあるので、できるだけ芝居は見に行きたい。
さうは云つても先立つもののこともあるし、それになにしろ今年はこれといつて見たい演目がない。
それに去年にも増して感染は心配だしな。

名にし負ふ京都南座の顔見世興行だといふのに、これといつた演目がないことはこれまでもあつた。
延若が逝き、我童が逝き、十三代目仁左衛門がゐなくなつたあとは、なんといふかさみしい感じがした。
上方味がなくなつた、とかいふと当時の鴈治郎に怒られてしまふし、いま考へてみればそれでもずつと濃い味だつたのだらうが、そんな気もした。

それがその後また見たい演目・配役が並ぶやうになつて、時が流れて、またこれといつた演目の並ばぬ時期がきた。
それだけの話なのかもしれないと思ふ。
いはゆるコロナ禍といふことももちろんある。

それでも南座に行きたいと思ふ理由は二つある。
一つは、南座には強烈な思ひ出が多いことだ。
その中に、全席完売で見られなかつたといふことがある。
昼の部の切に『時今也桔梗旗揚』がかかつてゐた。
これが見たかつた。
当時まだ見たことなかつたしね。
夜の部の席は押さへてあつたから、入場を待つあひだ、ダフ屋の誘ひに乗らうか乗るまいか葛藤しなかつたといつたら嘘になる。
夜の部の入場を待つ列に並んでゐたら、「いまやつてゐるのはこんな芝居」といつて連れに芝居のやうすを語つて聞かせる人がゐた。
これがまたうまくてねぇ。
吁嗟、なぜ自分はこの芝居が見られぬのだらうかと身をよぢり内心地団駄を踏む思ひだつた。

もう一つの理由は、冬の京都に行きたい、である。
冬の京都が好きだ。
「京都買います」ぢやないけれど、冬の京都はいい。
最近はあまり寒くないしね。以前はバスを待つあひだにおなかが冷えてたまらないこともあつた。
冬の京都が好きな所以は、顔見世にもあるだらう。

京都南座の顔見世興行は人気がある。
さう思ふと、自分が行かなくても、とも思ふ。
はてどうしたらよからうなあ。

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Thursday, 21 October 2021

「聖典」を読み返す

『緋色の研究』を読み返してゐる。
The Sherlocked Podcastを聞いたからだ。

はじまりは、Sherlock Holmes Magazineを購入したことだつた。
前号の表紙がドクター・フーの十一代目ドクターだつたのである。
十一代目ドクターは2012年のクリスマス・スペシャルでホームズの扮装をする場面がある。
また、十一代目ドクターを演じたマット・スミスにはこんな逸話がある。
『Sherlock』のジョン役のオーディションを受けたところ、スティーヴン・モファットに「シャーロック向きだけど、シャーロックはベネディクト・カンバーバッチに決まつてゐたから」といふのでドクターのオファーをしただかオーディションを受けるやうに指示しただかといふ。

そんなわけで、Sherlock Holmes Magazineを注文して、届いたらうれしさのあまり呟いてしまひ、それを公式アカウントが見てフォローしてきたのでフォローし返したらいろいろとホームズに関する情報が流れてくるやうになつた。
その中にThe Sherlocked Podcastもあつた、といふ寸法だ。

The Sherlocked Podcastは、Anthony AbbotとSteve Steeleといふ二人の自称「Sherlock Holmes fanatics」によつて運営されてゐるポッドキャストだ。
「聖典」から順番に一話づつ読み、その話について語り合ふといふ形式をとつてゐる。
そんなわけで、ネタバレもまあ、ある。
ネタバレについては二人でちよつともめてゐたけれども、まあ、なんだかんだいつて、ある。

まづ『緋色の研究』の回を聞いてみたのだが、これがおもしろい。
なにしろfanaticsだから時に早すぎてなにを云つてゐるのかわからないが、人が自身の偏愛するものを語つてゐるのを聞くのはとてもおもしろいことがある。
今回がそれだつた。
前半部分については、ワトスンがアフガニスタン帰りといふのがうまい、と云ふ。
英国にとつてのアフガニスタンは米国にとつてのヴェトナムのやうなもので、不名誉な戦ひといふ趣があるといふのだ。
さうなのかー。
また、まだ指紋による個人の特定が行はれてゐなかつた時代にいろいろやつてて、すごい、とか。
グレグスンとレストレイドの描写とか。
さういふのがおもしろいのらしい。
後半部分については、モルモン教に関して、架空の宗教団体ではダメだつたのか、とか、
モルモン教のある特徴(いまは違ふと聞いてゐるが)が必要だからさうせざるを得なかつたのにしても、ね。
これについては自分もかねて疑問に思つてゐたので「さうだよねー」と膝を打つた。

個人的な話をすると、『緋色の研究』は「聖典」の中ではかなり後の方に読んだ話だ。
はじめて読んだのは「まだらのひも」で、本の題名もさうなつてゐて、ほかに「赤毛連盟」と「銀星号事件」が入つてゐた。もう一つくらゐ入つてゐたかもしれない。
その次に手にしたのが『シャーロック・ホームズの冒険』だつた。
順番があるとは思はなかつたんだらうな。なにしろ最初に手にしたのが出版社が勝手に短編を集めてきて作つた本だし。
多分、はじめて読んだ推理小説なのではないかといふ気もするし。
そんなわけで、『緋色の研究』にしても、やはり後の方に読んだ『四つの署名』にしても後半がなんとなくだるい感じがする。
それで前半に謎解きをプラスした短編が増えたのではないかといふ気がするくらゐだ。
『バスカヴィル家の犬』はそのあたりがうまく処理されてゐて好きなんだけどな。

シャーロック・ホームズものは折に触れ読み返すことがある。
好きだとは思ふけれど、愛はない。
つまりシャーロッキアンではない。
先日ここにも「シャーロッキアンとかトレッキーに憧れる」と書いたけれど、どうも自分には愛が足りないんだなあ。
そのせゐかもしれないな、他人がその人の偏愛するものについて熱く語るのを聞いたり読んだりするのがおもしろいと思ふのは。
多分にうらやましいのだらう。

そんなわけで、The Sherlocked Podcastは今後も聞くと思ふ。
『四つの署名』は先に読んでから聞きたいと思つてゐるのだが、さて。

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Wednesday, 20 October 2021

ToDoで管理: 買物リストと賞味期限リスト

Dynalistを本格的に使ひはじめた。
そこで、ToDoに買物リストと食材の賞味期限リストとを追加してみた。

買物リストは普通の買物リストだ。
これまではMacBook / iPhoneのReminderで管理してゐた。
これだと日付を指定しておけば「そろそろ買はないといけませんよ」と教へてくれるのが便利だが、そこまでして買ふものはそんなに多くない。
……と書いて、近頃ではTwitterなどで容易に知ることができるやうになつた文房具の新商品の発売日などを記録しておけばいいのではないかと思つたが、まあ、世の中、そこまでして入手しなければならない文房具もないしな、と思ふことにしたい。

ReminderでもDynalistでもとくに買ふものを種類別に分類したりはしてゐない。
購入先の分類はちよつとしてゐる。
ほら、歌の文句にあるぢやないか。
「なにを買ふやらどこで買ふやらそれがごつちやになりまして」と。
店別にわけてしまふと、たまたま別のところで出会つたときとかに見落としてしまふかもしれないし、ほかの店で安く売られてゐるのを発見することもあるかもしれない。
なので、商品の順番を大まかに自分が普段行く店ごとにわけて、どこででも買ひさうなものはいまのところ下においてゐる。
これでしばらく様子を見ることにする。

賞味期限の管理は、以前はホワイトボードで行つてゐた。
冷蔵庫に小ぶりなホワイトボードをぶらさげて、そこに買つてきた食材の名前と賞味期限 / 消費期限を書く。
使つたら消す。
これはなかなかよかつた。
なにしろ冷蔵庫にくつついてゐるわけで、冷蔵庫を開けなくても中に何があつてそろそろ使はないといけないぞ、といふことがわかる。
しよつ中買ふものは期限だけ書き換へればいい。
そんなわけで、しばらく続いてゐた。

ただ問題もないではなかつた。
食材が増えすぎてしまふと書ききれない。
それで記録しなくなつてしまふことが多くなつた。
また、そもそも書くのがめんどくさいといふこともある。
それに、世の中マグネットがつかない冷蔵庫が増えてゐるといふ話も聞くしねえ。

Dynalistで管理することの利点としては、いつでもどこでも閲覧・更新可能といふことがまづあげられると思ふ。
買物中に突如として安売り商品を見かけたときに手持ちの食材を確認して何を作れるかとか考へられる。
……そんな余裕はない? うむ。まあそんな気もするが、とりあへず気になつたら確認できるといふのはいい。
また、基本的にはいくらでも食材を追加できる。
ホワイトボードで管理してゐたころは冷蔵庫に入れてゐるものしか書いてゐなかつたが、考へてみたら食料庫のやうなところにおいてゐるものもある。
さうしたものは比較的賞味期限も長いが、気になるものについては入力することにした。

Dynalistで管理しても、登録するのがめんどくさいことに変はりはない。
いくらでも登録できるとはいへ、食材が増えたら見づらいしね。
でも買物リストと賞味期限リストと、うまく使つていけたらちよつといいんぢやないかなと思つてゐる。

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Tuesday, 19 October 2021

AIはタティングをするやうになるか

機械編みといへば棒針編みだ。
かぎ針編みをする機械といふのはないと思つてゐる。
需要がないのだらう。
以前職場で一緒に働いてゐた人が云つてゐた。
米国に住む親戚の家に行つたら、家族みんなでかぎ針編みの内職(おそらく)をしてゐて、それを手伝つたのだと。
なぜかぎ針編みなのかといふと、棒針編みだと機械で編んだものだと思はれて買ひ叩かれるからだといふ話だつた。

タティングレースを作る機械といふのも寡聞にして聞いたことがない。
市場に出回るタティングレースの品々は、みな手作りと考へていいだらう。

ラッダイト運動は最初編み物を生業にしてゐる人々がはじめたと、『どこにもない編み物研究室』に書いてあつた。
ここでいふ「編み物」は「knit」、すなはち棒針編みだ。
だつたらかぎ針編みに切り替へればいいぢやない、といふのは日本的な考へ方で、といふと語弊があるかな、少なくとも「棒針編み」も「かぎ針編み」も等しく「あみもの」と呼ぶ人間の考へることで、「棒針編み」には棒針編み、「かぎ針編み」にはかぎ針編みをさす単語があるとそこに壁が生まれたりもするのだらう。

閑話休題。

AIは棒針編みには対応するかもしれないが、かぎ針編みやタティングには対応しないのではないかといふ気がしてくる。
AIが対応するつてどのやうにどうやつて、といふ話もあるが、なんかかう、AIの進む先にあみものはないな、といふ気がするのだ。
たとへば、料理ならなにかありさうだ。
冷蔵庫にある材料を入れたら作れるものを提示してくれるとか。
そのうちロボットと連携するやうになつて選んだ料理を作つてくれるとか。
そんなことはできるやうになつたりするのではないか、と想像はできる。

しかし編み物はどうだらうか。
持つてゐる毛糸や針のサイズを入れたらAIがその材料で編めるものを提示してくれる、そんな未来がやつてくることがあるだらうか。
あるかもしれないが、なんかあまり想像がつかない。
そもそも需要があつたとしても少なさうだ。
さうか。やはり問題は需要なのか。

AIはすごいらしいが、「かういふことをしてほしい」と思ふやうなことはあまりしてくれない。
AIは、囲碁とか将棋とか、実にすごいなと思ふんだけど、でもなんか違ふんだよなあ。
それぢやないんだよなあ。
おそらく日々自分たちが無意識のうちにしてゐることつて、とても複雑でむつかしいのだ。
わからないだけでさ。

と、かぎ針編みやタティングをしてゐると思つたりする。
単にAIに関はる仕事をしてゐる人たちはそんなことには興味がないだけなのかもしれないけれど。

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Monday, 18 October 2021

老後と毛糸

突然冷えてきた。
こんなことならひざ掛けを編んでおくのだつたと思へども後の祭り。
だいたいつひ最近までは暑かつたのだ。ひざ掛けなど編んでゐる場合ではなかつた。
この先もこんな感じで一年が過ぎていくのだらうか。
ものすごく暑い日が長く続いて、あるとき突然涼しくなる。或は vice versa。
そんな気がするな。日本に、少なくとも自分の住んでゐるあたりに四季がなくなつて久しい。
夏と冬しかなくて、そのあひだはひどく不安定で短くなつた。
もともと秋と春とはさうした季節だつたのかもしれないけれど。

ひざ掛け用の毛糸はもうだいぶ前に買つてある。
ダルマのシェットランドウールだ。
Hemlock Ring Doily Throw を編むつもりで買つた。
今日、かるく衣替へついでに毛糸を発掘した。

以前はよく思つたものだつた。
一生かかつても使ひきれないほど毛糸があるな、と。
それははづかしいことでもあり、もつたいないとも思つた。
自分の死後に誰かがしかるべき筋に寄付でもしてくれればいいけれど、地球温暖化で寄付どころかもらつてほしいくらゐだつてなことになつてゐたらどうしやう、とかね。
もう毛糸を買つてはいけない。
書籍や文房具、ビーズと同じやうに、これ以上増やしてはいけない。
さう思つてゐた。

だが、最近少し考へが変はつた。
だつて年をとつたら毛糸を買ふ金銭的余裕がないかもしれないぢやない?
いまだつて近所に毛糸を売つてゐる店などない。
定年退職したらなにが一番やつかいといつて、定期券がなくなることだ。
……まあ、いまもないけどね。在宅勤務だなんだで。
さうすると、まづ毛糸を買ひに出かけるといふことがむつかしくなる。
オンラインで買ふ? うん、さうかもしれないけれど、いづれにしてもそんな資金がない可能性はある。

さう考へると、毛糸にしても書籍、文房具にしても買つてもいいかなあといふ気もしてくるのだつた。
使ひきれなかつたらそのときはそのときだ。
ビーズだけはもう絶対使ひきらないので話は別だけれども。

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Friday, 15 October 2021

アナログかデジタルかそれが問題だ

ライティングの哲学』を読んでアウトライナーの使ひ方を知り、最初のうちはiPhoneにMemoFlowyを入れてあたかもTwitterで呟くやうにメモを書き込んでゐた。
いまはDynawriteを使つてゐる。
開発者の方には感謝の念しかない。

このままメモは主にデジタルで取つていくことになるのかな、と思つてゐたが、『アウトライナー実践入門』を読んでちよつと考へてしまつた。
著者のTak.氏と横山明美氏との対談があつて、横山明美氏はまづ紙のノートに書くといふ。
情報は1冊のノートにまとめなさい』を読んでさうしてゐるとのことだつた。
また、最近の学生はPCを持つてゐないことが多いといふ。

普遍的なノウハウを教えようと思ったらアナログから入ったほうがいいというのが私の経験則です。

なるほど、それはその通りかもしれないなあ。

上記2冊を読んで、でもこれからはまづメモを書き込む先はデジタルかな、と思つたことも事実だ。
なにしろ書きやすい。
WorkFlowyのMac用アプリケーションが使ひやすいといふことは以前も書いたとほりで、Dynalistのアプリケーションも快適に使つてゐる。
『アウトライナー実践入門』によるとアウトラインといふのは常に仮の状態だといふ。
まづはなんでもかんでもアウトライナーにはふりこんでおいて、収拾をつけたら紙の手帳に書けばいいのぢやあるまいか。

たとへば芝居や映画を見に行つたときなど、見終へたらまづ思ひついたことや疑問に思つたことなどをDynawriteに書き出す。
これがいまいい感じでできてゐる。
見つぱなしにならない。
以前は喫茶店などに入つて紙の手帳に書いてゐたけれど、手で書くのは後回しでもいいかな、と思つてゐたところだ。

ただ、世の中、常にオンラインとは限らないし、必ず手元に自分のスマートフォンなりPCなりがあるとは限らない。
客先勤務になれば手元にスマートフォンがないといふ状況も考へられる。
メモが取りたかつたら紙の手帳に書くしかない。
それも、企業によつては職場で取つたノートは職場を去るときにすべて廃棄してからにしろ、といふところもあるので必ずしも自由にメモが取れるとは限らないのだが。
せまじきものは宮仕へとはこのことだねえ。

いづれにしても、手元にスマートフォンやMacBookがあるときはまづはデジタルかな。
少なくともいまのところは。

『情報は1冊のノートにまとめなさい』を読んでみるかな。
気にはなつてゐたけれど、読んだことはないんだよね。
ちよつと探してみるか。

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Thursday, 14 October 2021

野望もあるぞアウトライナー

結局、アウトライナーとしてDynalistを使ふことにした。
WorkFlowyのサブスクリプションについて悩んでゐたが、DynalistにMac用のアプリケーションがあることが判明したので解決した。

前回も書いたやうに、WorkFlowyのプロ用を使ふことにした場合、問題が二点あつた。
自分が死んだ後に誰かが使用停止の連絡をしないといけないことと、クレジットカード情報を共有する先が増えることだ。
でもWorkFlowyにはMac用アプリケーションがある。
# Dynalistにもあるけれど。
そしてこれがとても使ひやすい。
オフラインでもどんどん書き込めて、あとで同期できるし。

DynalistにもMac用アプリケーションがあると勘違ひしてゐたのは、App Storeで見つからないからだつた。
App Storeには画像かリンクかそんなやうなものを共有するアプリケーションしか見当たらなかつたのだ。
ところがDynalistのWebサイトに行つてみたらあるぢやあないか。
といふわけで、ダウンロードしてきて使つてゐる。
使ひ勝手もいい。
ただひとつ問題があつて、画面で見たときの見栄えを考へて一行おきに入力してゐるテキストファイルをはりつけると、WorkFlowyは改行のみの行を無視してくれるのだが、Dynalistは改行のみの行も反映してしまふ。
WorkFlowyのアプリケーションも残しておくやうかなと思つてゐる。

Mac用のアプリケーションがないとどうしてダメなのかといふと、上にもちらつと書いたやうにオフラインで使ふことも多いからだ。
なんとなく常時接続といふ状態に慣れなくて、オフラインの方が気楽に書けるのだつた。
貧乏性といへばそのとほりである。

WorkFlowyとDynalistとの違ひは、おそらく自分が書くよりもWeb検索した方が有用な情報に当れるのではないかと思ふ。
一番違ふのはDynalistにはフォルダやファイルに分けてアウトラインを管理する機能があるが、WorkFlowyにはないといふことか。
フォルダやファイルといふ概念はPCを使つてゐる人にはわかりやすく使ひやすい機能だと思ふ。
その一方で、アウトラインをすべて一つにまとめてしまつてゐる方が情報と情報との偶然の出会ひのやうなものが起こりやすいとも考へられる。
アウトライナー実践入門』に

ひとつのアウトラインに入っていることによって、他の断片とともに常に目に入り、意識できるからです。
とある。
これもアウトラインが巨大化したらなかなかさういふこともないのではないかといふ気もするが、ファイルやフォルダにわかれてゐるよりはあるだらう。
また、いまの若い人はファイルやフォルダといふ概念に馴染みがないといふ話も聞いたことがある。PCを使ふことが少ないからだらう。

DynalistもWorkFlowyのやうに使へないこともないと思つてゐる。
ファイルをひとつだけ用意してそこになんでも書く。
その一方で、InboxやProject、Next Project、Doneなどといふやうにファイルに分けてもいいやうな気もしてゐる。
これは使つていくうちに考へたい。

最後に、ひとつやつてみたいことを書かう。
それは、アウトライナーでPoICをすることだ。
PoICではインデックスカード(情報カード)になんでも書く。
一枚のカードには一つのことだけ書く。
これも一時やつてゐたことがある。
だが、カードが増えすぎて収拾がつかなくなつてしまつた。
またカードを広げる場所もない。

アウトラインだとカード一枚が一行にあたるのかな。
さうするとPoICのカードにある題名や日時、種類などの情報がなくなつてしまふ。
これはインデントをひとかたまりと見なすことで解決するかな、などと考へてゐる。

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Wednesday, 13 October 2021

囲碁か将棋か麻雀か

突然、囲碁か将棋をはじめてみやうと思ひたつた。
チェスやバックギャモン、麻雀でもいい。
なにか、かう、自分の思ひ通りにならないものをはじめてみたいと思つたのだ。
なぜといつて以前からひどく自己中心的で、なにかをした時に自分の思ひ通りにならないとどうにも反応できないことをどうにかしたいと思つたからだ。
予想外のものごとに弱い、といふこともある。これも囲碁とか将棋とかでなんとかならないかと思ふ。

囲碁や将棋といふのはこちらが一手打つたり指したりすると、それに応へて相手が打つなり指すなりする。この相手の手は自分ではどうにもしやうがない。
自分の手からおよその想像がつくこともあるが、「かうなるといいな」と思つた手を打つたり指したりしてくれるとは限らない。大抵の場合は「かうなるといいな」といふことにはならないだらう。
さういふ状態に慣れたいと思つた。
それには囲碁とか将棋だらうと思つのただ。
将棋はいま大人気だらうから、囲碁にしやうかな。

といふわけで、囲碁道場や将棋道場をWeb検索してみたが、このご時世で閉鎖してしまつたところもあるし、いま活動してゐるのかどうかわからないところもある。
オンライン道場などもあるやうだが、どうなんだらうなあ。
でも、以前囲碁か将棋をはじめやうと思つたときよりは格段に大人向けの道場・教室が増へてゐる気がする。
少子化の影響かなあ。

囲碁や将棋は、年老いてからはじめてはダメだといふ。
同年代の囲碁や将棋をたしなむ人はは若い頃からずつと続けてゐる人ばかりで、まづ勝てるやうにならないから、なのださうだ。
平塚囲碁まつりで9路盤で打つといふ催しがあつて、一度だけ体験したことがある。
はじめて人と打つ碁だつた。
相手は高齢者だつた。
全然歯が立たなかつた。
年をとつてからはじめるといふことはさうなる、といふことだ。
その後他人と打つたことはないし、将棋は一度も指したことはない。
見る碁とか見る将はたまにするくらゐ。

でもまあ他人と打つたり指したりすることを目指さなくてもいいのではないかといふ気もする。
たとへば我が家には家族用に買つた柿木将棋があるので、それで将棋を指すといふ手もある。

とはいへ、まづは初歩を学ばねばどうにもならない。
といふわけで、iPhoneのアプリケーションである「世界で一番やさしい囲碁問題集」をはじめてみた。
吉原由香里六段と万波佳奈四段といふ自分が囲碁をはじめてみやうと思つたころから活躍ゐる棋士の監修したものだといふ。
まづは9路盤に石が置かれてゐる盤面を見てアタリを見つけるといふ問題を数十問解くことになる。
これがね、つひ考へずに答へてしまふんだね。
パッと見て「ここ」と答へてしまふ。
そこでハッと我に返る。
いやいや、自分がしたかつたのはさういふ脊髄反射的に答へにとびつくことぢやあなくて、考へて考へ抜いた末に放つた手への反応が自分の思ひ通りぢやなかつた時にちやんと対処できるやうになることなんであつて、とか。

でも考へてみれば、このアプリケーションは「問題集」だ。
自分で打つた手に相手がどう答へるかなんてなものは出てこない。
「問題集」でも詰碁なら話はまた別かもしれないけれど。
ハッ、さうか、詰碁か。
詰碁とか詰将棋とかプロブレムとかか。
それなら他人がゐなくてもできるし、問題に対して自分が考へた手がどう受けられるかによつてその先の展開が変はつたりする。
当初の目的はそれで果たせるのではあるまいか。

などと云ひつつ、「世界で一番やさしい囲碁問題集」は行けるところまでは行つてみやうかといふ気もしてゐる。

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Tuesday, 12 October 2021

人気ないのかな

少し涼しくなつてきた……ともいへぬ日が続いてゐたが、いい加減10月も中旬をすぎたこともあつてか100円ショップの毛糸の棚が賑はつてきたやうに感じる。
そんなわけで、近所にあるセリアやダイソー、それと少し離れたところにあるダイソーとキャンドゥとに立ち寄つてやうすを見たりした。

タティングシャトル、店頭にありませんね。
以前はあつたやうに思ふ。
サイズと形とはクロバーの角付きシャトルによく似た透明のシャトルを、少なくともセリアとキャンドゥとでは見かけたし、ダイソーにもあるといふ話を聞いた。
セリアのものが使ひやすいといふ話だつたがなあ。

人気がなくなつたのかなあ。
タティングレースの、だけどさ。
新しい本は出てゐるやうに思ふのだが、もうタティングレースの本は追はなくなつてしまつたのでよくわからない。
シャトルはいくつも欲しくなつたりするものだから行き渡つたとは思ひ難いのだが、やはり行き渡つたのかなあ。
それとも100円ショップのシャトルが人気がないだけで、みんなクロバーやその他入手可能なシャトルを購入するやうになつたのだらうか。

かくいふやつがれは100円ショップで売られてゐたシャトルを持つてゐない。
買ひそびれてしまつた。
あるうちに買はないとダメなのね。

とはいへ、使ひにくかつたらイヤだなあと思ふんだよね。
110円としてももつたいないぢやあないか。
お金が、といふよりは、やつがれの元にやつてきて「使ひづらい」といふので使はれないタティングシャトルが、だ。
ほかの人の元に行つてゐれば使ひこなしてもらへたのかもしれないのに。

タティングレースには在宅需要はなかつたのかなあ。
最近どうもさういふ事情に疎すぎる。

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Monday, 11 October 2021

『どこにもない編み物研究室』から考へるSDGsなど

どこにもない編み物研究室』を読み終はつた。
読み始めて久しぶりに糸を紡いでゐる。アフガン編みに使ふつもりで単糸はS撚りにして双糸をZ撚りにするつもりだつたのに気が付いたら単糸をZ撚りにしてゐてがつくりした、といふ話は書いたやうな気がする。
でもその後も糸は楽しく紡いでゐる。あーまー時々うまくいかなくてイライラすることもないわけぢやないけれど。

この本を読んでゐると、ところどころに「SDGs」といふことばが出てくる。
Sustainable Development Goalsの略、といふことはおそらく会社勤めなどをしてゐるとよく知つてゐるのではないかと思ふ。なぜといつて各企業にSDGsに従つてゐることが求められてゐたりするからだ。
全部で17の目標があつて、環境に配慮し、多様性の問題に対処する、みたやうな内容だと思つてゐる。

あみものをする人、もつといふと手芸が好きな人といふのはいはゆる「地球にやさしい」みたやうなことが好きな人が多いといふ印象がある。
ちよつと前でいふと「ロハス」とかさ。
なんでもできるだけ手作りで生活したい、とか。

『どこにもない編み物研究室』にはラッダイト運動やネオ・ラッダイト運動に関する話も出てくる。
AIに仕事が取られさうな人は、自分にできることはそれだけだと考へず、見る角度を変へたらほかにもできることがあるよ、といふ旨の話だ。
いままさに職を失ふかもしれない自分から見ると、それは余裕があるから云へることで、実際に失職に直面してゐる人にはそんな余裕はない。
どちらかといふと、人を失職に直面させるやうな方向に向かはせるやうなことをしないことからはじめる必要があると思ふ。
なのに、いきなりラッダイト運動が前提になつちやふんだよなあ。うーん。

必要なものを必要なだけ作る、といふのは大事だとは思ふ。
でもそれでどうやつてこれまでものを作ることで生活してゐた人の暮らしを成り立たせていけるのか、それを考へないといけないんぢやないかなあ。
たとへば、製糸業に携はる人々や広くいへば羊を飼育する人々もみな「ものを作る人」だ。
さういふ発想が欠けてゐる気がするんだよなあ。
以前だと、コンピュータ化された社会は冷たいとか、もつと前だと工場で作つたものは心がこもつてゐないみたやうなことを云ふ人もゐたけれど、コンピュータや工場の機械は誰かが作つたもので、コンピュータに関していへば誰かがプログラムを作つてゐる。
さういふものも、やつがれは「ものづくり」だと思ふのだけれど、いはゆる「地球にやさしい」とかが好きな人はさう考へないやうなんだよなあ。

今日の「まいにちドイツ語」で、ドイツにおける狼の話があつた。
かつてはドイツにも狼がゐたけれど、人が駆除したりしたので絶滅してしまつた。
それが最近ポーランドから移り住んできた狼がゐて、今度は保護するやうになつた。
それで狼が定住するやうになつたのはいいのだけれど、今度は家畜の被害が問題になつてゐる、といふ話だつた。

この話のなにが問題かといふと、狼からの視点の話がまるでないことだ。
人間の勝手で駆除して人間の勝手で保護する。
だからうまくいかないのぢやないかなあ。
もしかすると狼自身はうまくいつてゐると思つてゐるのかもしれない。
狼がよければそれでよしといかないのは、人間がよければそれでよしといかないのと同じではあるけれど。

SDGsもこのドイツの狼の話と似てゐる気がする。
すべては人間の目から見てよかれと思ふことをしやうとしてゐるだけ、といはうか。
SDGsを考へた人々はちやんとできうる限りいろいろなことを考慮に入れてゐたのだらうとは思ふ。
でも、「これをやりなさい」と云はれて各企業がそれぞれにあれこれやらうとすると、いきなりことが矮小化する気がするんだよなあ。
全然地球のためにならないぢやん、それ、みたやうな。
人間から見ていいと思ふことしかしない。
さらにいふと、それをした結果、いろんな影響が出ることを考へないでとにかくやる、とかさ。

レジ袋削減なんかもさうなんぢやないかなあ。
ほんとにレジ袋を削減してマイクロ・プラスチックは減つてゐるのだらうか。
近所の環境の話をすると、レジ袋があつたころはそのレジ袋に入れられて捨てられてゐたゴミが、容器や箸などがバラバラに散乱した状態で捨てられてゐるやうになつたけどなあ。
おそらく近くのコンヴィニエンスストアで買つてきたのだらう弁当の空きがらや使用済みの箸の話だ。
そんなの、ゴミを放置して去る人がいけないんぢやん、といふ人もあらう。
でもどちらかといふと、さういふ人が存在すると考へないことがまづ問題なのだとやつがれなどは思ふ。
禁じられたことをする人はゐる。知つてゐやうとゐずとに関はらず、存在する。
さういふ発想がないのがダメなんぢやあるまいか。
だからレジ袋を削減しやうと決めた時に「かういふこともあるよね」といふ影響を思ひつかない。
レジ袋を削減したらほかにもいろいろ影響があるはずだ。
それを考へることがおろそかになつてゐる気がしてならない。

もつとおそろしいのは「レジ袋の削減→マイクロ・プラスチックの削減」としか考へてゐないのではないかといふことだが……うーん、それはない。と思ひたい。
それも、海辺の環境がよくなつたら住宅街の環境は悪くなつても(ゴミが散乱するやうになつて環境は明らかに悪くなつてゐる)「地球にやさしい」といふのならまあそれもありなのかもしれないとは思ふけれども。

いづれにしても、大勢には流されるしかないので、こんなところで疑問を抱いてゐてもどうしやうもないのかもしれないとは思ふけれど。

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Friday, 08 October 2021

はじめてのBullet Journalを見返す

はじめてのBullet Journalを見返した。
今夜紀尾井町家話の第五十夜を聞いてゐて、さういや以前は歌舞伎夜話の内容をメモしたものだつたなあと思ひ出したのだつた。
時期的にBullet Journalをはじめたばかりのころだ。

Bullet Journalをはじめたのは2016年2月のことだつた。
なぜ1月からではないのかと思ふが、Bullet Journalを知つたのがそのころだつたのだらう。
知つてすぐはじめたいと思つた。
それで手持ちのノートを物色してMDノートの新書版を使ふことにした。
そして、このノートがとてもよかつた。
にぢみや裏抜けがほぼなくペンを選ばないところがいいし、大きさがちやうどよかつた。
当時、「ここになんでも書いてある」といふ安心感を覚えたことを記憶してゐる。
また、水戸駅の駅ビルにある川又書店でもらつた人形劇三国志のブックカヴァをかけて使つたのもいい感じだつた。関羽のカヴァだ。
以降、Bullet Journalをつづけてゐる。

当時と今とでは大きく違ふ点もある。
まづ、Future Logsがない。
Bulletsも、ToDoは四角いチェックボックス、メモが・になつてゐる。
いづれも、当時の説明動画がさうなつてゐたからだ。
Future Logsはその後3月に追加してゐる。
未来の予定の管理がとてもしづらく、再度公式webサイトなどを見に行つたらFuture Logsが増えてゐた。
Bulletsの種類もToDoは・、メモは−に変はつてゐたが、そこはMDノートを使つてゐるあひだは変へることはなかつた。

もつとも大きく異なるのは、「なんでも書いてゐる」といふ点だ。
いまでもそうしてゐるつもりでゐたけれど、当時の方がよほどいろんなことを書いてゐる。
「よい客とはどんなものだらうか」とかね。
「出てくるだけで「歌舞伎だ」と思はせる役者がゐなくなつて久しい」とかね。
思ひついたことを片つぱしから書いてゐる。
多分、Bullet Journalをはじめたばかりであれもこれも書きたかつたんだらうな。
また、その前から長いこと「なんでも帳」のやうなものをつけてゐて、その延長といふ点もあつたのかもしれない。

でも、なんといふのかな、いま書かなくなつてゐるのは、やる気が失せてゐるのかもしれない。
或は生きる気力のやうなものがなくなつてきてゐるのかも。
だつてやつぱり読んだ本や見た芝居のことを書くのは楽しいもの。かきはじめると、だけどね。

MDノートダイアリーを買つてみやうかと思つたが、新書版はメモ部分が8mm罫なのらしい。惜しいな。方眼用紙なら買つてゐたな

今後、書くことが少なくなるやうなら、能率手帳のやうな手帳に乗り換へる手もある。
書きたいことは「なんでも帳」に書けばいいんだし、とか。
でもBullet Journalの「この一冊に全てがおさまつてゐる」といふ安心感には捨てがたいものがある。
いまはちよつとその安心感が欠けてゐるのかもしれない。

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Thursday, 07 October 2021

恋愛ものに興味のない人間が恋愛ものを楽しむには

映画館で『きのう何食べた?』の予告篇を見た。
おもしろさうだと思つたので、Huluにあつたこともあるし、TVドラマを見てみることにした。
早々に「さういや自分は食べ物に関する話に興味がないのだつた」といふことに気づく。
ここのところ『ゴールデンカムイ』を読んでゐて身にしみたばかりだといふのになあ。

それはそれとして、ひとまづ第二話まで見てみた。
とりあへずめんどくさくてならない。
恋人同士の嫉妬とか疑惑とか、それをめぐる二人のやりとりとか一人で悩んだりとか、もうめんどくさくてめんどくさくて仕方がないのだ。
そんなことはどうでもいいからさつさと話を進めてくれないかな、と思つてしまふ。

でも、恋愛ものといふのはそれこそが話のキモだつたりするわけで、つまりやつがれは恋愛ものに向いてゐないのだらう。
そこでどうしたらいいのか考へて、「さうだ、人間同士だと思ふからおもしろいと思へないんだ。これが国と国との関係だと思へばおもしろいかも」といふことに気がついた。

たとへばA国とB国とがあつたとする。
両国は同盟関係にある。
でもA国には独立前におなじ国だつたC国といふ存在があつたりして、なにかと比べられたり、時に併合するんぢやないかと云はれたりして、B国はその動向から目が離せない。
またB国にはB国で、背後に旧宗主国のZ帝国がゐたりしてA国は気が気ぢやない。

うわー、おもしろさうぢやん。
国家同士の関係になつたとたん、俄然おもしろく感じられる。
たとへばスパイが活躍する話にしたら諜報ものだし、政治家が前面に出てくれば政治もの、相手の国がないと成り立たない企業の話にすれば企業ものだ。
いくらでも妄想がひろがる。
楽しい。

……などと考へながら見る物語なのかなあ、『きのう何食べた?』つて。
なんだか違ふ気がするし、さうすると映画も見ない方がいいのかな。
予告編は楽しさうだつたんだがなあ。

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Wednesday, 06 October 2021

WorkFlowyに関する悩み 再び

WorkFLowyはあひかはらず無料で使つてゐる。
有料版にしない理由は9/2にも書いたとほり、支払ひを解除せぬまま死んだ場合の処理について悩んでゐるからだ。
これについてはWorkFlowyにも確認してそんなにむつかしくないといふことはわかつてゐるけれども、処理をしてくれる人が英語に堪能かどうかによつて難易度が変はつてくるのがむつかしい。

だが、使ひ勝手はいいし、ほぼ毎日のやうに使つてゐる。
毎日使つてどのやうに無料で済ましてゐるのかといふと、書いては削除してゐるからだ。
書いたものはScrapboxやテキストファイルにして残し、WorkFlowyからは削除する。
それでもいいかなあと思つてゐるのだが、さうするとWorkFlowyのよさを生かせないよなあとも思つてゐる。
WorkFlowyのいいところはひとつのアウトラインですべて管理できることだ。
管理といふよりは保存といつた方がいいかな。
それで中身を好きに組み替へることによつて思つてもみなかつたやうな発想が生まれたりする。
有料版に踏み切るか。

しかし、ここでもうひとつ有料版に踏み切れない理由が判明した。
クレジットカード情報を知られる、といふことだ。
クレジットカード情報を渡した先が増えるといふことは、漏洩する可能性も増えるといふことだ。
できるだけあちらこちらに登録することは避けたい。

ばかばかしい?
さうかもしれないとは思ふけれど、漏洩した場合の手続きもこれまためんどくささうだ。

さう、つまるところ、手続きがめんどくさいことがイヤなのだ。
死後のことにしても、クレジットカード情報が漏洩した場合にしてもさうだ。
それと天秤にかけて、WorkFlowyの有料版を使ふべきか。
うーむ。

最近Dynalistの存在を知り、こちらにするのもいいかなと考へた。
Dynalistは無料でいくらでも書き込むことができる。
まあ、それもそのうち課金制になる可能性がないとはいへないか。

Dynalistの問題は、いまのところ二つある。
一つは、WorkFlowyに慣れてしまつたため、ちよつと使ひづらいと感じることだ。
それは慣れればいいことなので大した問題ではない。
もう一つは、Mac用のアプリケーションがないといふことだ。
WorkFlowyにはMac用もスマートフォン用もアプリケーションがあるので、通信が途切れた場合でも更新が可能だ。
とくに自分はひとりで使ふつもりなのでそれでまつたく問題ない。
Dynalistはスマートフォン用のアプリケーションはあるけれど、Mac用がない。
WorkFlowyのデータをインポートすることはできるので、WorkFlowyのアプリケーションを使ふ手もあるかもしれないが、その場合できることは追加だけで更新・削除はむつかしからう。
ちよつとした更新はスマートフォンからでも可能だが、大量にあれこれ書きたいときはできれば使ひなれたキーボードからしたいし、画面も大きい方がいい。

そんなわけで、半分くらゐはWorkFlowyの有料版を使ふことにしたいといふ気持ちになつてゐるわけだが。
とりあへず一年くらゐ試してみやうかな、とか。
でもさうしたら今度は保有効果でやめることができない気がする。
さうなつたらさうなつたで策を講じればいい話かなあ。

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Tuesday, 05 October 2021

紡ぐか紡がぬか

タティングレースに使ふ糸はいつまで手紡ぎのものだつたのだらう。
タティングレースの発祥をいつにするかにもよるが、ごく初期には手紡ぎの糸で作つたものもあつたのではあるまいか。

ごくまれに糸を紡ぐ。
実際今日も羊毛を紡ぎはじめたところだ。
でも、自分で紡いだ糸でタティングをしやうとは思はない。
タティングで使ふ糸には滑りよくなめらかであることが求められる上に、ある程度は許されるかもしれないけれど、均一な太さでなければならない。
そんな糸を自分で紡げるとは思へないのだ。

紡ぎ機があるとしたら、それもある程度は可能なのだらうか。
ある決まつた量の素材(タティングだと綿とか絹とかかなあ)をある決まつた回数紡ぎ機を踏んで紡げばそれなりに均一な糸ができるとは思ふ。

でもそれにはそれなりの熟練を要するし、そもそも紡ぎ機は持つてゐない。
あれは自分には向かない道具だ。
大きいし持ち運べない。
JourneyWheelならもしかしてといふ気もするがもう作つてゐないやうだし、ガンジーのやうにチャルカを使へばいいのかなといふ気もしないではないがでもチャルカだと短い繊維のものでないと紡げないのぢやあるまいか。そんなことはないのかな。

そんなわけで、博物館などでタティングレースをはじめ昔作られたレースを見るとしみじみしてしまふ。
この糸は手紡ぎだらうか。
手紡ぎだとして、こんなに細い糸をこんなに均一にこんなに長く紡いだ人がゐたのか。
ゐたんだよな。すごい手練れだ。

自分にはいはゆる手作り信仰がない。
手作りしたものこそ最高、といふ信仰だ。
手芸に携はる人には往往にしてある信仰だが、自分の周囲には存在しないのでさうでもないのかもしれない。
ただ、国によつてはさういふ信仰のあるところもあるので注意が必要だとは思ふ。

いづれにせよ、さういふ信仰がないので、糸を紡ぐとしたら市販されてゐないものか入手するのがむつかしいものといふことになる。
タティングレースに用ゐる糸はいまのところ入手困難といふことはないし、在庫もたくさんある。
まづ手紡ぎの糸でタティングしやうとは思はないだらう。

あー、棒針編みのレースものは手紡ぎ糸で編んだことがあるが、それはまた別の話。

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Monday, 04 October 2021

好き勝手に編むくつ下

くるぶし丈のくつ下を編み終へた。
コットンソックスといふ糸の緑色のグラデーションを使つて、0号の5本針で編んだ。あ、つま先はUS0号の輪針を使つてマジック・ループで編んだ。
参考にしたのはAmy RappのPink Lemonade。色合ひからいふとまさにレモネードまたはモヒートといつた感じになつた。

くるぶし丈にしたのは夏用だつたからだが、このところまた暑さが戻つてきてゐてちやうどいいかもしれない。
まつたく、「暑さ寒さも彼岸まで」とはどういつた了見なんだかといつたところだが仕方がない。
Pink Lemonadeを参考にした、と書いたのは、実はつま先部分を変へたからだ。
足袋のやうに親指とその他の指の部分とを分けたのである。
なぜといつて、辻屋履物店の室内用の草履を履きたかつたからだ。
夏でも少し冷える時もある。また、その後も草履を履きたい。
足袋のやうなくつ下や5本指のくつ下を買はうかなあ。
さう思つてゐたところだつた。

それが最近『どこにもない編み物研究室』を読み始めて、なんか、好きに編んでいいんだなと思つたんだな。
足袋のやうなくつ下がほしいのならば自分で編めばいい。
もとにした作品の作者への敬意や著作権を忘れてはならないけれど、それさへ忘れなければ好きに編んでいいんぢやあるまいか。
さう思つたらちよつと楽しくなつてきて、つま先部分はいろいろ考へながら編んだ。
足袋のやうなつま先に編むくつ下もいくつかあるが、それは参考にしなかつた。
だいたい1:2くらゐで編めばいいんだなと思つて、まづ最初に編んだ右足の方は親指部分も残りの指の部分も普通につま先を編む要領で減らし目をした。
それでも問題はないけれど、履いた時に親指の先があまるやうに見える。
そこで左足はその他の指部分は普通のつま先を編む要領で減らし目をし、親指の方は最初の2目だけ減らしてあとはそのまま編み、最後で2目一度をくりかへしてぐつと減らしてからしぼつた。
この方がよささうな感じだ。

この先は季節柄もう少し長いくつ下を編みたいと思つてゐるが、つま先部分はやはり足袋のやうにしたいと考へてゐる。
ほかにもダブルフックアフガン針を使つたものやヴェスト、ひざ掛けを編みたいと思つてゐるのだがどうやることやら。
毛糸の在庫次第かな。
さうするとひざ掛けといふことになるのだが。うーん。
アフガン編みでひざ掛けを編むといふ手もないわけぢやないけれど、それだと時間がかかるし。
悩むところだなあ。

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Friday, 01 October 2021

Schadenfreudeな『ローマの休日』

映画の『ローマの休日』といふ題名は『Roman Holiday』の直訳だらう。
一見、これといつて問題はない。
しかし、これでは「Roman holiday」の本来の意味が伝はらない。
「Roman holiday」とは、他人を犠牲にしてそれを楽しむ娯楽のことをいふ。
ローマ人が猛獣や奴隷・闘士等を闘はせて楽しんだことから来たことばだ。
最近よく聞く「Schadenfreude」に近いのではないかといふ気もする。
他人の苦しむさまを見て楽しんでゐることに変はりはない。

さう思つてこの映画を見るとアン王女の勝手な行動にみな困つてゐることがわかる。
乳母やさんなんて、心底王女のことを心配したのぢやあるまいか。
さうでなくても、職を失ふかもしれないと真つ青になつた人も多からう。
アン王女はそんなことはちつとも斟酌しない。
『Roman Holiday』。
実にいい題名だ。

でもおそらくこの映画を見る人は、さう思つて見てゐない。
窮屈な生活を強いられてゐるお姫さまが自由を求めて外の世界に出、正体を知る新聞記者をお供に街のあちこちをめぐり、束の間のロマンスを楽しむ。
さういふ映画だと思つてゐる人がほとんどなのではあるまいか。

主役にあまり興味のないやつがれは、初めてこの映画を見たときに残された人々のことがとても気がかりだつた。
乳母やさんの心境を思ふとゐたたまれないし、クビを切られるかもとお先真つ暗な人々もゐるだらうと思ふとアン王女の逃避行などちつとも楽しめない。
結局これはさういふ映画だつたんだなとRomah holidayの意味を知つてちよつと安心したりもした。

だが、かうも思ふのだ。
ローマ人はアン王女ではなく、もしかしたらこの映画を見てゐる人なのではなからうか、と。
一連の騒動を「あーあ、もう、仕方ないな、王女さまは。でも魅力的だから仕方ないか」とか「かなり年上の記者とのロマンスなんてステキ」だとか、さうして映画を見てゐる人々こそが、ローマ人なのではあるまいか。

見返すかな。

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9月の読書メーター

9月の読書メーター
読んだ本の数:2
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批評の教室 ――チョウのように読み、ハチのように書く (ちくま新書)批評の教室 ――チョウのように読み、ハチのように書く (ちくま新書)感想
結局いかにたくさん批評的に見・聞き・読んでいるかが勝負の分かれ道ということなのかな。そう思うといまもうこの年から始めてもなーと思う一方でとはいえ始めないよりはいいのかと思いつつもこの年になるまでなにをしてきたのかと思ったり。ファスト動画で見てもダメだし、100分de名著を見たらちゃんと原典にあたりましょうということだなあと思った。
読了日:09月14日 著者:北村 紗衣
The Well Of Lost Plots: Thursday Next Book 3 (English Edition)The Well Of Lost Plots: Thursday Next Book 3 (English Edition)感想
大きくは主人公サーズデイ・ネクストの記憶を操るエイオーニスとの戦いと書籍のあり方を全く変えてしまうUltraWordをめぐる陰謀との戦いの二つがあって、そこに『あらしが丘』の語り手を誰にするかという問題やミス・ハヴィシャムのこと、ただのモブだった二人の成長とさまざまな小ネタが絡み合っていて実におもしろい。これだけのエピソードをちりばめておきながらつるつると読めてしまう。ここまでは翻訳があるんだけどこの先がないことが惜しまれてならない。
読了日:09月22日 著者:Jasper Fforde

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