使へるものなら
あまりにもやる気がなくて、アクリル毛糸を買つてきてしまつた。
近所のスーパーマーケットに行く必要があつたので、おなじ建物にあるセリアに寄つてしまつたのだつた。
セリアは百円均一の店の中では手芸ものに定評があると思つてゐる。
タティングシャトルなどもほかの百円均一の店のものよりいいと聞いてゐる。
そんなわけで一度は使つてみたいと思つてゐるのだが、ここのところ近所のセリアにはあみもの用具が見当たらない。
編み針さへないほどだ。
いづれ気温が下がつてあみものの季節がくればもしかすると店頭に並ぶのかもしれないけれど。
ところでアクリル毛糸はアクリルたはしを編むために買つてきた。
アクリルたはしはいづれ使ふので、編んでゐてもあまり罪悪感にかられずにすむ。
「これで掃除するんだもーん」といふ云ひ訳がきくからだ。
実際、これまで編んできたアクリルたはしはいづれもちやんと台所や風呂場で役に立つてきた。
今度のたはしもさうなるだらう。
さう思ひながら編んでゐる。
アクリルたはしはなんとなくアフガン編みで編みがちだ。
編み地がでこぼこしてゐる方が汚れを取りやすいのだといふ。
アフガン編み、うつてつけぢやん。
そんなわけで、普段はあまり使はないアフガン針など出してきてせつせと編んでゐる。
糸のすべりさへよければ、タティングといふのもありなのかもしれない。
タティングだとスティッチがわりとでこぼこしてゐるので汚れが取れるのぢやあるまいか。
一度やつてみるかな……と思つたが、いま使つてゐるアクリル毛糸はあまり表面がすべすべしてゐるとは云ひ難く、またお世辞にも編みやすいとはいへない。
百十円だからな。文句はいへない。
そんな状態で、ぢやあタティングはどうしてゐるのかといふと、先週書いた間違ひは無事解消できた。
あのあと、やる気の波の高くなるのを待つて、間違へたリングをほどいてみたのだつた。
無事解けた。
芯糸をきれいに引くことができた。
よかつたよかつた。
思つたよりずつときれいに解けたので気が抜けたほどだ。
そんなわけで、リングを正しく作りなほしたところでとまつてゐる。
なんでかなあ。
やる気が出ないんだよなあ。
タティングだけでなくて、全体的に。
タティングに関してはいま作つてゐるものが全体的になんだかあまりうつくしいできではないから、といふのも理由のひとつだ。
なんでだらうなあ。
糸に撚りがかかりすぎてゐるのかな。
そんな気はする。
撚りを少し戻しながら結んだらもうちよつと結びやすいかもしれない。
いづれにしてもやる気の到来を待つた方がよささうだ。
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