人間をダメにする折りたたみ椅子
いい椅子がほしいと思つた。
この場合の「いい椅子」とは「人間をダメにする椅子」とほぼ同義である。
ただ、「人間をダメにする椅子」とか「人間をダメにするソファ」と呼ばれてゐるのはビーズクッションといふカテゴリに入るものださうで、廃棄する際面倒くさいのだと聞いて購入をためらつてゐた。
それに、置く場所もないし。
そんなとき、昔うちにあつた折りたたみの椅子のことを思ひ出した。
すばらしい椅子だつた。
座ると、二回に一回はそのまま眠りに落ちてしまふやうな椅子だ。
折りたたみなのに、である。
叔母宅からもらひ受けたものだつた。
大変いい椅子なのだが、そのうち使はなくなつてしまひ、捨てやうかどうしやうかと父母が相談してゐるのを聞いた覚えがある。
粗大ゴミとして出すのが面倒くさいのかなと思つてゐたが、そのうちその存在を忘れてしまつた。
少なくとも自分は。
もしかしたらまだあるかも、と見てみたところまだあつたのでもらひ受けたのが日曜日のことだ。
ものすごい状態だつたけれどもね。
ほこりだらけでところどころサビも浮いてゐた。
掃除機とコロコロとでほこりを取り、かたくしぼつた布巾で吹いて風通しのよいところで乾かして、座つてみたらばこは如何に。
記憶に違はぬ座り心地のよさだ。
ここのところ腰痛に悩まされてゐたのだが、腰のあたりが包み込まれるやうな感じで安定してをり、痛かつたことなど忘れてしまふほどだ。
最初のうちはまだほこりやもしかすると何かしら虫がゐるのではないだらうかとおそるおそる座つてゐたが、そのうちそんなことも忘れて気がついたら眠りに落ちてゐた。
人間をダメにする椅子だ。
決定。
Web検索をかけてみたところ、たたんだ時の形状といひ、たたんだ状態で自立する点といひ、たたむ時に紐をひつかけることといひ、どうもニーチェアXなのではないかといふ気がする。
叔母が嫁いだ相手は技官ではあつたが建築家だつたし、さういふ縁で求めたものだつたかもしれないし。
ただ、椅子のどこにも「ニーチェアX」とは書かれてゐないし、新居猛の名前もまたない。ニーチェアはさういふものらしいけれども。
それと、いまは色あせてしまつて灰色になつてしまつてゐるが、もらつてきた直後は帆布部分は真つ黒だつた記憶がある。
いま見ると黒い椅子はない。ちよつと前に記念として真つ黒な椅子を出したらしいけれど、我が家にこの椅子が来たのはもつと前のことだ。
決め手がない。
そんなわけで、「推定ニーチェア」と呼んでゐる。
この「推定ニーチェア」にはひとつだけ欠点がある。
立ち上がりづらいといふことだ。
座り心地がいいからといふこともあるのだけれど、座ると沈み込むやうな感じになるので物理的に立ち上がりづらい。
やつぱり「人間をダメにする椅子」だ。
そんなわけで、時間のあるときだけ座るやうにしてゐる。
本を読んだりポッドキャストを聞いたりあみものをしたりするのだが、まあ大抵は寝落ちすることになる。
いいものを手に入れた、と云ひ切つていいものかどうか悩むが、ビーズクッションを買ふよりはよからうといふことでひとつ。
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