« 何も考へずに | Main | Let's ブレブレ »

Wednesday, 09 June 2021

大事な negative thinking

最近、とみに negative thinking の必要性を思ふことが多い。
negative といふことばの響きが気になるのなら、alternative と云ひ返へてもいい。
近頃、さうしたものがなさすぎる。
近頃に限つたことではないのかもしれないが。

何かを行ふ場合に、複数の選択肢を持つのは当然のことかと思ふ。
たとへば見たい芝居があるとする。
まづ選択肢として考へられるのは、その芝居を見に行くことと見に行かないことだ。
見に行く場合、資金繰りやチケットの手配、いつどうやつて見に行くかなど考へることが出てくる。
見に行かない場合、多分自分自身で納得するには理由が必要だ。ここでも選択肢はたくさん存在する。
# 必要ない場合もあるかもしれない。
理由としては、この新型コロナウイルス騒ぎの中わざわざ出かけていくのは心配だ、気が引ける、などといふことが考へられる。
都合がつかないとこともあらうし、よくよく考へてみたらそんなに見たい芝居でもなかつたといふこともあるだらう。

東京五輪だつてさうだと思ふ。
まづ開催するか否かといふ選択肢があつて、その下にさらに枝分かれして選択肢がぶら下がる。
無論、選択肢の取捨選択は必要になつてくる。
開催しない場合のことを考へるのも開催国の政府なりオリンピック委員会、オリンピック組織委員会の責務であるはずだ。
開催しない・開催できない場合も考へられるからだ。
たとへば天災に見舞はれる、とかね。
最近の政府は「想定外だ」と云ふことがあるが、それつて自分の仕事・責任を放棄してゐるつてことでせう。
誰にでも容易に思ひつくやうな事態への対処を想定してゐないといふことはさういふことだ。

かういふ大きいイヴェントを開催しないときのことを考へるには、positive thinking より negative thinking の方がいいことがある。
negative thinking だと余人の思ひつかないやうな最悪の事態をひらめいたりするからだ。
それがほんたうに起こる可能性の低いことであるなら、選択肢からはづしてもいいかもしれない。
でも、イヴェントを開催しない・できないやうな事態といふのは容易に想像できる。
かういふときこそ negative thinkers の出番ですよ。

さう思ふんだけどなあ。
世の中、なにかと否定的な考へを「ネガティヴ」とか呼んで忌み嫌ふけれど、さういふ考へ方をする人の危機意識がものごとを救つたり進めたりすることもあると思ふんだよなあ。
とりあへず最悪の事態を想定しておくにはかういふ人が必要だ。
世の中、なにごとも自分の都合のいい方に進むとは限らないのだし。

|

« 何も考へずに | Main | Let's ブレブレ »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 何も考へずに | Main | Let's ブレブレ »