十一年目の万年筆
中屋万年筆の十角軸ピッコロに細軟のペン先をつけたものを使用してゐる。
確認したらどうも十年は使つてゐるらしい。ほんたうに? ちよつと疑問だ。
しかしさう思へばなんとなく字幅が太くなつてゐる気がする。国産の細字とは思へない太さだ。
とくに書きづらいといふこともなく、筆圧をかけて書くこともさうないと思ふのだがなあ。
ためしにおなじ中屋万年筆の中軟とくらべてみると中軟の方が太いので、気のせゐもしくはほかの細字に比べて太いといふだけのことなのかもしれない。
とはいへ、使ひはじめて二年ほどたつたときに中屋万年筆のイヴェントで見てもらつたら「ずいぶん使つてゐますね」と云はれたので、もしかしたら使ひすぎなのかも? もうペン先がすりへつて、イリジウムがなくなつて、ダメになつてしまつたのだらうか……などと不安でならない。
思へば、万年筆とのはじめての出会ひは母のお古だつた。
母が昔使つてゐたといふ万年筆を二、三本くれたのだが、母が云ふにはいづれもペン先がつぶれてゐるとのことだつた。
カートリッジといふものやコンヴァータといふものを知らなかつたので、家にたまたまパイロットの瓶のインキがあつたのをいいことにつけペンのやうにしてて使つてゐた。
当時はよくわからないから、つぶれてゐると云はれればなるほどつぶれてゐるのだらうと思つて使つてゐた。
その後、万年筆のペン先といふのはつぶれるものなのかどうか疑問に思つてゐたが、どうやら使ひ過ぎるとペン先のイリジウムが摩耗してしまふのだといふことを聞いた。
それがペン先のつぶれた状態なのだらうと思ひこんで今に至る。
だが待てよ。
母がイリジウムの摩耗するほど字を書いてゐたとは思へない。
もしかすると若い頃は職場でそんな書き仕事をすることがあつたのだらうか。
いやー、どうかなあ。
そんなに長いこと働いてはゐないはずだし。
自宅でもなにか書いてゐる姿など見かけたことはない。
家事と子育てでいそがしかつたから?
それはあるかもしれない。
でもなあ。そんな、何本も使ひつぶすほど書いてゐた時期があつたのだらうか。
ないと思ふんだけどなあ。
イリジウムの摩耗はともかく、そんなわけでペンを見てもらひたいのだがこのご時世である。
なかなかさういふ機会もない。
それに、いま中屋のイヴェントなんぞに行つたら黄昏塗りや黄昏透かしが気になつて気になつて仕方がない。
三月に日本橋丸善で見たんだよね、黄昏染めと黄昏透かし。
どちらも赤がきれいに見えたが、透かしの方は闇にぼんやり浮かび上がるやうな緑もいいなと思つたものだ。
いまだつたら経済に貢献するといふ云ひ訳もできる。
とはいへこれ以上ペンを増やしたところで書く時間が増えるわけでなし……
などと悩んでゐる時が一番楽しい。
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