How to Doily
やつぱりドイリー、いいよねえ。
昨日、かぎ針編みのドイリーを編み始めて、さう思つてゐる。
ドイリーの問題点といつて、編んでも使ふところがないといふことだ。
食卓に透明のカヴァをしてゐて、その下にいままで編んだり結んだりしたドイリーが何枚か入つてゐるが、正直云つて、作つたからさうしてゐるのであつて、かうしやうと思つて作つたわけではない。
作りたいから作つた。
それしかない。
だが、作つてしまつたらどうにかしなければならない。
使はないのならしまふか捨てるかだ。
そして、作つてしまつたからには捨てるにはしのびない。
さうやつて、引き出しの奥深くにしまひこまれてゐるドイリーもある。
おみやげを渡すときに、飾りとしてドイリーをつけるときもある。あくまでも飾りですよ、といふ感じで。
しかし、それでもドイリーはいい。
作つてゐると如何にもレースを編んでゐるもしくは結んでゐるといふ気分になる。
ほかのものだとかうはいかない。
タティングレースでは栞を作るのが好きだが、ドイリーのやうな満足感は得られない。
モチーフつなぎも同様で、できれば丸く各段を完成させながら作つていくものがいい。
作りたいんだから作らう。
さう思つてドイリーを作つてゐると、三枚くらゐ作つたところで「……これ、どうしやう」と思ふやうになる。
そしてしばらくはドイリーを作らなくなる。
でもやつぱりドイリーいいな。
さう思つて作つてしまふ。
以下、そのくり返しだ。
ドイリー作品を載せてゐる手芸本にお願いしたいことがあるとしたら、ドイリーの使ひ方も掲載してほしい、といふことだらうか。
テーブルや棚など物の上に飾るだけぢやなくて、なんかこー、いい使ひ方とかないですか。
小振りなドイリーだつたら手帳の透明のカヴァの下に入れたりするんだけどね。
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