おひとりさま優遇策
昨今、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言のせゐで、飲食店が夜八時までしか営業できないやうになつてゐる。
飲食店だけでなく、映画館や劇場その他商業施設も八時で閉まるため、八時をちよつとすぎたあとの電車が異様に混んでゐるといふ話だ。
緊急事態宣言の意味がないぢやんねえ。
Twitterを見てゐると、飲食店には閉店時間を早めるのではなく、ひとり客を優遇するやうにしたらどうかといふつぶやきが流れてくる。
そのとほりだと思ふ。
飲食がいけないわけではない。
もし飲食がいけないのだとしたら、朝食だつていけないはずだ。
だつて飲食だもの。
いけないのは、複数人数での飲食だらう。
つまり会食がいけない。
ひとりで食べればそれほど問題ないはずだ。
外食といふことになると、調理担当や配膳担当、その他の客による影響もないとはいへないけれど、それが問題なのなら飲食店はすべて全日閉店を余儀なくされるはずだ。
さうではないのは、複数人で一緒に飲食をしその際に話をしたりするのが感染拡大の要因だからだ。
だから、飲食店がすることは、夜八時までに閉店することではなく、二名以上でつれだつて来る客をことはることだ。
ひとり客ならいいことにする。
座席の配置もひとり客用にする。
それでいいんぢやないかと思ふんだよな。
夜八時までの営業にかぎつたところで、会食する人は会食するし、さうしたら話をするに決まつてゐる。
ひとり客ならそんなことはない。
あー、まー、もしかしたら食事中にスマートフォンなどで通話をしだすかもしれないが、それはおことはりといふことにすればいい話だ。
かうすればアヤシげな勧誘にファーストフード店や喫茶店、ファミリーレストランを使ふやうな不逞の輩もゐなくなるし、一石二鳥だと思ふんだがなあ。
なぜさういふことにならないのか、といふと、「絆」とか云ひ出す輩には、ひとりでなにかをするといふ発想がないからだ。
給付金を出すといつて、個人ではなく世帯単位に配るとか云ひ出す輩に「ひとり」といふ概念はない。
頭がかたい、といはうか、想像力に欠けてゐる、といはうか、いま閣僚とか国会議員といふのはさういふ人間ばかりしかゐないのだらう。
政治家ばかりではない。
今日見たニュースでは、厚生労働省が提出しやうとしてゐる法案に、いふことをきかない病院を罰するといふ規則をもりこんだものがあるといふ。
「誰々ちやんはあんなことしていけないと思ひまーす」「あんなことをしたら罰として廊下に立たせることにしたらいいと思ひまーす」といふのは小学生の発想だ。
無論、みんなで決めたきまりごとを守れない場合に罰則があるのは仕方がない。
だが、その前に無理なくきまりごとを守れるやうな方法を考へるのが大人といふものだ。
官僚といふのはむつかしい試験を通過した人々だらう。
なぜかういふときだけ小学生に戻つてしまふのか、解せない。
官僚は税金を給与として働き生きてゐる。
さういふものだと思ふ。それに関しては別段異議はない。
でも、だからこそ、小学生レヴェルの法案なんか出しちやいけないんでせう。
それぢやあ、あんまし品のないことばなので使ひたくはないが「税金泥棒」と呼ばれても仕方がない。
だつて考へることを放棄してゐるのだから。
複数人に提供する料理を一人用にするのは手間のかかることだと思ふ。
座席のレイアウトの変更もしかり。
だが、それで客が入るのなら、飲食店の被害はもつと少なくなるのちやあるまいか。
経済に対する影響も同様だ。
どうしてさういふ発想ができないのか不思議でならない。
ま、GoToキャンペーンなどといふろくでもない施策を実行すべきでない時期に実行してしまふやうな人間には期待するだけ無駄なのかもしれないがな。
GoToキャンペーンのどこがろくでもないのか。
これが、被災地等特別な地域に対する支援といふのならわかる。
新型コロナウイルスといふ全国的に甚大な被害を与へてゐる脅威への対応策として、一部の人間、利用できる人間にしか恩恵のないやうな施策がろくでもないものではないといふのなら、その理由を教へてほしい。
私財を投じてゐるといふのなら話は別だけどな。
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