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Thursday, 10 December 2020

最強のプレーヤーかラスボスか

穂村弘の『短歌という爆弾』に、こんなくだりがある。

そのジャンルにとって最強のプレーヤーが誰なのかっていうのはものすごく大事なんです。あるジャンルに参入してくるとき、みんな最高の人に魅了されて入ってくるわけだから。

なるほど、歌舞伎に関していふとやつがれにとつて最強のプレーヤーだつたのは中村歌右衛門だつたのだな。
と、読んだ時には思つた。

だが待てよ。
はじめて歌舞伎を見る前、歌右衛門のことは知つてゐたけれども、見に行かうと思つたのは歌右衛門がゐたからではない。
ここに何度か書いてゐるやうに、こどものころ歌舞伎を見たいと親に云つたら自分で稼げるやうになつてから行けと云はれてつれて行つてはもらへなかつた。
それで写真のたくさん掲載されてゐる本といはうかムックといはうか、さういふものを眺めるやうになつて、世の中には中村歌右衛門とか實川延若とか写真で見ただけで忘れられないやうな役者がゐるといふことは知つてゐたわけだ。

でも見たいと思つたきつかけは坂東玉三郎だつた。
はじめて芝居に行つたころ、歌舞伎に客を集めてゐたのは玉三郎であり三世市川猿之助だつた。
多分、当時芝居を見たいと思つた人はこのふたりのどちらかを見たい、見やうと思つてゐたんぢやないかなあ。
もうちよつとたつと五世中村勘九郎がこのふたりに加はるやうになる。

それでは在りし日の歌舞伎にとつて「最強のプレーヤー」とはこの三人だつたのか。
さうなんだらうと思ふ。
だつて人を魅了して中に入らうと思はせてゐたわけでせう。

それぢやあ歌右衛門はなんだつたのかといふと、ラスボスでせう。
それも最後の最後に出てくる、最強のラスボス。
どんなにパーティの経験値をあげて、最強の武具防具を与へても、何度か挑戦しないと勝てないやうな、そんな最恐のラスボス。
もう道成寺は踊らないし、花魁にもならない、「一世一代」とは銘打たなかつたけれど政岡も演じなくなる(本人はまだやるつもりだつたのかなあ)。
それでも歌右衛門はラスボスだつた。
だつてラスボスつてそんなにかんたんに姿をあらはさないぢやありませんか。
あらはすとしても、その後何度か重要な時点に登場する。
そして、これで最後かと思つた次の瞬間にあらはれてこちらを絶望の淵に落とす。
これですよ。

思ふに、伝統芸能といふのはわりとさういふ感じなのではないか。
人を魅了してその道にまづは引きずりこむ最強のプレーヤーがゐて、奥深くわけ入るとラスボスが登場する。
若くて人気のある落語家を目当てに落語に行つたら春秋を経た噺家に入れあげるやうになつた、とか。
メディアへの露出の多い俳優に興味をもつて舞台を見に行つたらヴェテランの役者にうつとりしてしまつた、とか。

それを思ふと、いまは文楽の太夫はちよつとものたりない。
ラスボスが存在しないからだ。
若くて将来の楽しみな太夫はゐて、それで文楽を見に行つてもラスボスがゐない。
三味線弾きや人形遣ひにはゐるのに。

人を魅了する最強のプレーヤー=ラスボスといふ世界ももちろんある。
穂村弘が云つてゐるのもさうなんだと思ふ。
それに、伝統芸能だつていつまでもこのままとは限らない。
さつきは文楽の太夫はものたりないなどと書いたけれど、今後はほかのものもおなじやうになつていく可能性もある。
ラスボスのゐない、みんな中ボスみたやうな世の中に。
それはそれでおもしろいのかもしれない。
さうなつてみないとわからないけれど。

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