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Thursday, 22 October 2020

銀英伝の黒幕と大物感

『銀河英雄伝説』のアニメ、Die Neue These (以下、「ノイエ」)は、NHK教育TV(とは今は云はないのだらうが)で最終盤を見てゐた。
当初放映してゐるのを知らなかつた。
また、昨日のエントリにも書いたやうに、俗にいふ石黒版もそんなに熱心には見てゐない。
舞台はまつたく見てゐなくて、宝塚は見ることができた。
原作は、九巻十巻は発売日を待つて買つた。
以下は、その程度の見識の人間の世迷言である。

ノイエを見てゐて、ルビンスキーやトリューニヒトに大物感がないなと思つた。
ルビンスキーとかそこら辺にゐさうなをつさんだし、トリューニヒトはそんなに大物ではないのかもしれないがしかし石黒版にはあつたやうなアヤシさが欠けてゐる。
それが悪いといふのではない。さういふとらへ方もあるんだなと最初に見たときは思つた。

でも、多分、さうぢやないんだな。
政界の黒幕に大物感があるといふのは、おそらく昭和の感覚なのだ。
だつて見てごらんよ。
いま、各国の首脳に大物感のある人物がゐるかい?
各大企業の社長や会長でもいい。
威風あたりを払ふやうな人物を思ひ浮かべることができるだらうか。
残念ながらやつがれにはできない。

以前ここにも書いたやうに思ふが、ボール・クルーグマンが New York Times に書いてゐたことがある。
ニクソンの時代はよかつた、といふやうなことを。
断るまでもなくクルーグマンといへばリベラルで、ニクソンを褒めるなんて今度はいつたいどんな皮肉かと思つて読んでみたらさうではなかつた。
ニクソンのころは、政治家は政治家の顔をしてゐた。
クルーグマンはそんなことを書いてゐた。
ニクソンがさう、とは書いてゐないところがミソだ。

たとへば、さうだなあ、フランスの大統領でいふと、シラクには貫禄があつたが、サルコジとかマクロンとかにはさういつたものは感じられない。
アメリカにしても政治家らしかつたのはニクソンまでかもしれない。フォード以降はどうも、こー……いや、個人的な印象だけれども。
いまここに、G7のはじまつたばかりのころの参加者の写真といまのG20の参加者の写真を並べてみたらその違ひに愕然とするのではあるまいか。

さうした違ひが石黒版とノイエのルビンスキーとトリューニヒトにはある。
ノイエの二人は時代を反映してゐるんぢやあるまいか。
いまどき、政治家や政界の黒幕に大物感なんてない。
映画にしても昔は悪の親玉といふのは貫禄のある人物だつたけれど、いまはもつと卑近な感じがする。リアルといへばさうかもしれないが小物になつたともいへる。

ノイエしか見てゐない人にはもしかするとルビンスキーにもトリューニヒトにも大物感があるなあと思つてゐる人もゐるのかもしれない。
それに、今後続篇が作られて、それを見たらまた違ふ印象を抱くこともあるかもしれないとも思ふ。
いまから楽しみだ。

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