書きたくないこと
「年賀状の季節」といふことばを見かけてドッキリしてゐる。
今年の年賀状も年が明けてからイヤイヤ書いた。
書きながら「今年こそは年末にちやんと来年の年賀状を書くんだ」とも思つた。
だが、この世の中の具合はどうだらう。
「あけましておめでたう」などといへる状態だらうか。
それともむしろかういふ状況だからこそ年が明けたらめでたいのか。
えうは書きたくないんだけど、なんで書きたくないのかといふと、書きたくないからだ。
え、意味がとほらない?
書きたくないものを書きたくないのだ。
ダメか。
どうせ書くんなら書きたいことを書きたい。
ダメかな。
さはさりながら、年賀状でしかつきあひのない人もゐるしなあ。
毎年あんまり年賀状を出すのが遅いものだから、くれない年があつたことがある人もゐるし。
では早めに書かうと思つても、これがなかなか気分が乗らなくて、ねえ。
気分が乗る乗らないで書くものではないのだらうな、年賀状といふのは。
書きたくないから書かない、といふものでもないのかもしれない。
縁起物のやうなものといはうか。
とはいへ、十二月は祝日がなくなつてしまつたのが痛い。
十二月は三十一日あるはずなのに、なぜか気忙しく実際にも忙しい。
それにかまけて年賀状も、そして大掃除もおろそかになつて久しい。
人間としてどうかしてゐる。
つまりはさういふことなのだ。
大掃除はともかく、年賀状はいつそすつぱりとやめてしまつてもいいかもしれない。
民営化からこのかた、郵便屋さんも大変なやうすだしさ。
と、云ひわけはいくらでもわいてくるのだが、そんなことを云ひながらやつぱり年賀状はがきを買つてゐさうな気もする。
このどつちつかずの優柔不断ぶりをなんとかしたいよ。
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