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Friday, 08 May 2020

TVとポリティカル・コレクトネス

バイリンガルニュースの#411を聞いてゐる。
まだ途中だ。
今回は、お笑ひ芸人(といつていいのだらうか)のニック・ノーランを呼んでの鼎談回だ。
ニックは、上智大学でMamiのひとつ先輩(ここで「一個上」とか「二個上」とか云つてゐるのがとても気にかかるが、ことばの遣ひ方が変はるのは仕方ないことと思ふことにする)なのだとか。
ゆゑに、Michael も含めて互ひに互ひをそれとなく知つてはゐた、みたやうな話をしてゐた。

途中、浜田雅功がエディ・マーフィーのまねをして顔を黒塗りにしたときの話になつた。
見てはゐないが、取りざたされたことは覚えてゐる。
その後、ニックは一緒に組んでゐた仲間とともにTV出演を断られたことがあるのだといふ。
仲間の一人がアフリカ系の人だつたからださう。
「いま、さういふ人を(TVに)出すの、まづいんですよ」といふ旨のことを云はれたのだとか。

マヂか。
え、だつてそれつて、なんの問題もないぢやんよ。
なにが「まづい」の?

つまり、そのTV局の人は、なんにも理解してゐないのだ。
なぜ浜田雅功が非難され、どうして顔を黒塗りにしたことがいけないのか、てんでわかつてゐないのだらう。
なんで非難されたかわからないけれど、「顔が黒い人を出すとなんかヤバいからやめとけ」としか思つてゐないんぢやあるまいか。
単に「くさいものには蓋」としか思つてゐない。
それぢやあ問題はなにも解決しないし、今後も同様の問題を起こすだらうことは目に見えてゐるのに。

バイリンガルニュースでは、ニックとその仲間がTV局から出演を断られた話はポリティカル・コレクトネス(以下、「PC」)の問題として語られてゐた。
世の中の人はPCのことをよく理解してゐないんぢやあるまいか。
なんかよくわからないけれど、横文字のことばのひとつ、くらゐのとらへ方なやうな気がする。
辞書を引くと「政治的妥当性」などといふ訳語が載つてゐるが、はたして差別的な言動をつつしむことつて、政治的なんだらうか。
きちんとした日本語をあてないから、ダメなんぢやないの?

かくいふやつがれも、PCについてわかつてゐるとは云ひがたい。
上にも書いたとほり、差別的な言動が問題なんだらうと思つてはゐる。
最近ではとくにLGBT(これも日本語の訳が定着してゐない)と呼ばれる人々の平等が云々されるときに「PC」がよく出てくるやうな気がしてゐる。
日本はそれ以前の問題があるんぢやないの、といふ気がするが、それにはあまり「PC」といふことばは使はれない気がする。
それ以前の問題、すなはち男女間の不平等だ。

PCの関わる問題は、やつかいだ。
だから考へたくないし、これまで自分が抱いてきた信条やきまり、習慣に抵触するようなものは受け入れたくない。
さう考へるのもわかる。

差別の問題などは、どこで身につけるかといふ問題もむつかしい。
主に家庭でだらうな、と思ふのだが、それまで家庭でさういふことをしてこなかつた親が突然できるやうになるとは思へない。
かといつて、親にさうした意識がないのにこどもだけ学校で教はつてきたところで身につかないのではないかといふ気もする。

TVが率先して教へるといふ手もある。
いまは若い人はTVを見ないといはれてゐるが、老人は見てゐる。
老人に向けてTVがPCを訴へるのは、意味のあることだと思ふんだが、顔の黒塗りに非難が殺到したからもともと顔が黒い人も出演しちやダメとかいふやうなところぢやねえ。
それでもなほ、作り手の信条がどうであれ、いい番組は作れないわけではないと思ふので、「いま世の中はかう変はりつつあるんですよ」的な番組を作ればいいのに、と思ふ。
ダメかねえ。

このほかにも、バイリンガルニュース#411では「TV番組にはヤラセが多い」といふ疑念を裏付けするやうな話もあつて、なんかもうほんとにTVダメかも、といふ気がしてしまつた。
まあ、最近では天気予報くらゐしか見ないけどな。

あと日曜朝のこども番組と将棋。

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