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Friday, 07 February 2020

色メガネの色を薄くする

アキラ効果」といふことばがある。
blog「わたしが知らないスゴ本はきっとあなたが読んでいる」の「アキラ効果を確認する「知的トレーニングの技術」といふ記事に出てくる。

C4Dbeginnerさんといふ人の2015/5/6のTweetから生まれたことばだといふ。
つぶやき主は大学生の漫画好き男子に「大友克洋の何が凄いのか全然わからない」といはれたといふ。「「AKIRA」も「童夢」も他の漫画によくあるシーンばかりじゃないですか」と。

これもTwitterで知つた話に、先輩から「ドラゴンボール」が最高だと吹き込まれて読んだ若者がどこが最高なのか全然わからなかつたといふやうなことをWebに書いてゐたといふのがある。
これも「アキラ効果」なのかな。

当時は画期的でそれまでなかつたやうなことが、いま見るとありふれたものに見える。
ドラゴンボール」に関していふと、毎週「今回はどうなつてゐるんだらう」と連載を読んでゐたのとまとめて読むのとでは違ふんぢやないかといふ気もするけれど、なんか、まあ、そんな感じ。

これもちよつと違ふかもしれないが、映画好きといふ若い子(二十代くらゐだらうか)がヴィスコンティを知らないことに中野翠が驚いてゐたことがある。
そのときは、ヴィスコンティからこつち数多の映画があるわけし、なかなかそこまで手が届かないよね、と思つたわけだが。

さうかー。
史記」の「淮南侯列伝」を、「出た! 国士無双!」だとか「待つてました、背水の陣!」だとか、それこそかけ声をかけんばかりに読んでゐるからなー、やつがれは。
ちよつとわかんない感覚だな、と書き掛けて、だが待てよ、と思ふ。

大友克洋やヴィスコンティのの作品がまんがや映画、あるいは歴史の中でどういふ位置を占めるのか。
それを理解してゐないと読んだり見たりしてはいけないといふことだらうか。
それはないと思ふんだよな。

作品を鑑賞するにあたり、作者の為人や生ひ立ち、時代的背景などを前提にするのはよくないことだと思つてゐる。
分析するだとか学問として読むとかいふのならそれは必須だらうが、単に好きで読み好きで見聞きするだけなら、そんな情報は邪魔でしかない。

作品だけで勝負したい。
さう思ふ。

だとしたら、先駆者の作品にふれるときも、それが後世に如何に影響を及ぼしたものかなどを知る必要はない。

おそらく、さういふ知識なしで読んだり見たりしても、大友克洋のまんがもヴィスコンティの映画もすばらしいものだと思つてゐる。
あ、まあ、ものによつてはそれほどでもないもののもあるだらうけどさ。

読み見る前に「大友克洋も知らずにまんがを語るな」だとか「え、映画好きなのにヴィスコンティも見てないの?」だとかといふ余分なことばが鑑賞眼をくもらせることもあるだらう。

ありとあらゆる情報を遮断した状態でまんがや映画、小説や芝居を味はふことは無理なことだ。

そのうへで、できるだけ偏見のない目で見聞きしたいな、と、たまに思ひ出したやうに考へるのだが、その境地に達するのはむつかしいな。

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