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Friday, 03 January 2020

子曰く

「論語」の素読をしてみた。
「子曰く、学びて時にこれを習ふ。亦説しからずや」と声に出して読むわけだ。
やつてみると、読めると思つてゐた白文が案外読めてゐないことがわかつた。
なんとなく雰囲気で読んだ気になつてゐたんだな。
また、「さういう意味だつたのか」と思ふこともしばしばある。
字を目で追つてゐるだけでは読み飛ばしてゐる部分もあつたといふことだらう。

そんなわけで、「素読、いいぢやん」と思つてゐる。
「素読」本来の意味は「意味を考へずに声に出して本を読むこと」らしいのだが、どうしても意味は考へてしまふ。
学而編の冒頭などは有名だし古典の授業でも取り上げられてゐたりするからなほさらだ。
もしかしたらあまり読んだことのない漢籍の本の方が素読に向いてゐるのかもしれない。
さう思はないでもないのだが、やはりここは「論語」だらうといふ気がしてゐる。
「論語」だつてそのうちよく知らない文章が出てきて、否が応でも意味を考へずに読むしかなくなるはずだ。

ところで、読書する際に黙読するやうになつたのはごく最近のことだ、と聞いたことがある。
その昔は読むことはすなはち音読することだつた、ともいふ。
音読してゐたのか黙読してゐたのか、記録にはなかなか残つてゐないさうなので、しかとはいへないやうだが、さういふの、おもしろいよね。

だいたい、「読書はいい」といふ話があるけれど、読書つていつからそんなにひろまつたのよ、といふ話もある。
TVが広まるまでは「本を読むのはやめなさい」と云はれてゐたといふ話も聞くしね。
でもスマートフォンにとつて代はられたTVについては「TVはいい」とは云はれないから、読書にはなにかしらいいところがあるんだらうとは思ふけれど。

今年は、少なくともこの後は、この点についてちよつと考へてみるかな。

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