お守りとしてのタティング道具
1/25、26にさいたまスーパーアリーナで行はれたQueen + Adam Lambert の The Rhapsody Tour にはタティングレース用のがま口を持つて行つた。
結局現地でタティングすることはなかつたし、多分さうなるだらうと思つてはゐた。
それに、荷物はできるだけ最小限にしたい。
でも持つて行つた。
なんといはうか、「自分十分」な状態になるのに必要だからだ。
昨日もちよろつと書いたやうに、どうも「ライヴ」といふのは華々しすぎて、自分に向かない。
人も極端に多いしね。
帰りにさいたま新都心駅の前にできた人だまりを見て「無理」と思つたほどだ。
かういふ、いはば「敵地」といはうか「アウェイ」な状況に向かふには、なにか「それでも自分でゐられるもの」が必要だ。
今回はタブレット端末が持ち込み禁止といふことだつたので、文庫本を持参した。
開場までに時間があつた時のために手帳と筆記用具も最低限持参した。
それとタティングレース道具。
それだけで大荷物ぢやん、といふ話もあるが、それほどでもない。
いつもより少ないし軽かつた。
本は現地で読んだし、手帳に向かふ時間もとれた。
でもタティングはできなかつたなー。
本はともかく、手帳はいま書いてしまはないとあとのことが書けないといふ気持ちで書いた。
タティングにはそこまで切羽つまつた気持ちにならなかつたからなあ。
使はぬとわかつてゐても、持つて行つてしまふタティング道具。
お守りみたようなものなのかもしれないな。
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