歌舞伎が好きなわけ
長いこと、「なんで歌舞伎が好きなんだらう」と考へてゐた。
そのまへに、なぜ自分は歌舞伎を見に行くのだらうか。
はじまりはかんたんだ。
坂東玉三郎を見たかつたからである。
たぶん、最初は写真か何かで見た。
世の中にはこんなにうつくしい人がゐる。
見てみたい。
実に単純な動機だ。
親に「歌舞伎を見に行きたい」と云つたら、「自分で稼げるやうになつてから行きなさい」と云はれた、といふ話はここにも何度か書いてゐる。
稼げるやうになつてはじめて見た歌舞伎は、「どうしてこんなところで終はるの?」と「なんでこんなところから始まるの?」といふ、はてな尽くしの芝居だつた。
でもその後も見に行つてゐる。
たぶん、自分は歌舞伎が好きだ。
なぜなのだらう。
親につれて行つてもらへなくてどうしたのかといふと、あるとき音楽室の資料室に歌舞伎の本があるのを知り、音楽の先生に頼んで貸してもらふことにした。
この本は、写真が中心のムックのやうな本だつた。
表紙はいろんな役者のいろんな役の写真をコラージュにしたやうなもので、開いて最初のページが玉三郎の藤娘だつたと思ふ。
この本を見て覚えた役者が中村歌右衛門と實川延若だつた、といふのが、「なぜ歌舞伎が好きなのか」の答へのやうな気がしてゐる。
異形のもの。
この世ならざるもの。
バケモノ。
ことばは悪いが、この二人にはさうした印象を覚えた。
それはそれは強い印象を受けた。
とくに歌右衛門が福助時代の中村梅玉と踊つてゐる「鴛鴦襖聞睦」の写真のおそろしかつたこと。
福助はともかく、歌右衛門の鴛鴦の精は幽霊だつた。
バケモノ。
いま見てもさう思ふ。
「京鹿子娘道成寺」の道行の写真も、花道から鐘を見込んだところの凄まじさといつたらなかつた。
この世のいきものぢやあないよ、あれは。
延若で記憶に残るのは「積恋雪関扉」の関兵衛実ハ黒主の写真だ。
ぶつ返りを段階を追つて撮つた写真が並んでゐて、最後は鉞に足をかけて決まつた場面だつた。
いい姿だつたなあ。
古怪。
当時はそんなことばは知らなかつたが、後に「ああ、古怪といふのはあの延若の黒主のやうなのを云ふのだ」としみじみ思つた。
肝心の玉三郎も、そのとき気に入つたのは「与話情浮名横櫛」は「源氏店」の湯上がりの場面の写真だつた。
洗ひ髪でまみえを落として微笑んでゐる、いま見たら「かういふもの」と思へるけれど、当時はちよつと「えっ」と思ふやうな写真で、でもなんともいへずいい写真だつた。
だから歌舞伎が好きになつたんだな、と思ふ。
三島由紀夫のいふ「歌舞伎といふのはくさやの干物のやうなもの」、橋本治のいふ「歌舞伎の魅力は古怪です」といふ、さういふところが、自分が歌舞伎が好きな所以なのだらう、とは以前も書いた。
それはもう、実際に歌舞伎を見る前からきまつてゐて、だつて最初に覚えた役者が成駒屋に河内屋なのだもの。
そして、おそらくこの後はだんだん見に行かなくなるんだらうな、とときどき思ふ。
その理由もまたおなじなのだつた。
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