商売・売買
藤戸禎子と盛本知子の合同タティングレース展示会に行つたときのことだ。
時折レース作品を指さして「これほしいんですけどおいくらくらゐするものでせう」などと訊ねる客がゐる。
するとおそらく盛本知子だと思ふが、「お売りしてはゐないんですよ。母は「是非ご自身でお作りになつて」と云ふんです」といふ旨のことを答へてゐた。
さう。
おそらくそれが正しい。
手芸作品といふものは、売るものではないのだ。
なぜといつて、こちらが提示した額を相手が「諾」と云ふことはなかなかないだらうからだ。
金額を提示されたら客は云ふだらう。
「そんなにお高いの」と。
Twitterにたまにこんなつぶやきが流れてくる。
自分で作つたものをネット上で売つてゐると、「原価はこれこれなんだからこの売値は高すぎる」などと文句をつけてくる客がゐる、と。
価値のわからない人間には売れない。
価値がわかるがとうかネット上で判断するのはむつかしい。
フリーマーケットなどでもおなじやうな会話が交はされてゐるのだらうなあといふ気もする。
以前、リカちやんサイズの服を編んで売つたことがある。
はじめて売りに行つたとき、お隣の人に「それぢやあ安すぎる」と云はれた。
お隣の人はリカちやんやジェニーサイズの服をもう長いこと売つてゐるヴェテランで、固定客もかなり多かつた。
お隣の商品もさほど高いといふ感じではなかつたが、「安すぎると周りも迷惑」といふことはわかつた気がする。
その後、もう一度売りに行つて、それつきりになつてゐる。
たまにスーパードルフィーサイズの一点ものを自分の家にゐる子のためだけに作るのがせいぜいな感じだ。
タティングレースのドイリーなど作つて頭にかぶせたりするといい感じだつたりするんだよね。
たぶん、自分は自分の作つたものを売るのに向いてゐない。
そんなにいいものができるわけぢやないし。
商売つて、なんかむつかしい気がする。
それは逃げではないのか、とも思ふが、君子危ふきに近寄らず、とも云ふのだつた。
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