「わたしを見て」とニジンスキー は云ふ
しかしまあよくぞここまで口から出まかせといはうか指先から出まかせといはうか手で書く時はペン先から出まかせが出てくるものだなあとは思ふ。
それも全部内容は「わたしを見て」であつて「わたしを見て」といふと青池保子の「イブの息子たち」のニジンスキーを思ひ出してしまふのだがなにを隠さうニジンスキーこそは「イブの息子たち」で一番好きな登場人物であつてだつたら本望と思はないでもないし結局ヴァーツラフ・ニジンスキー本人に興味を持つたのもこのニジンスキーのおかげだつたりはするのだから世の中捨てたものでもない。
千野帽子の「俳句いきなり入門」にはこの「わたしを見て」をくさした文章があつてだいたい人の云ひたいことといふのはこの「わたしを見て」に集約できてしまふものでたいしたヴァリエーションはあり得ずゆゑにそんな俳句はおもしろくないといふやうな内容だつたやうに記憶してゐてだつたらどうすればいいのかといふと自分の外にあることばを用ゐればいいといふのは漢詩の作り方の本にもあつてこの考へ方は世間的に共通のものなのだなあと思つたことがある。
ぢやあかうしてblogに書くこともおなじことで自分の外にあることを書けばいくらでも書けるはずなのだが気がつくと「わたしを見て」になつてしまつてゐてどうしたものかと思ふのだがどうにもできずにここまで来てしまつてほんたうになんといはうか自分の世界の狭さに途方に暮れつつ自己中心的といふのはかういふことなのだなあとうなだれるしかないのだつた。
だからおなじことばかり書いてしまふといふことはあるしおなじことばかり書いてもいいぢやんと森茉莉や山本夏彦の著書を読むと思ふのだがあなたどう思ひますかといふこの問ひかけは筒井康隆が以前よく用ゐてゐたものでつひ真似したくなるのは人情であり森茉莉や山本夏彦を読んでおなじことばかり書きたくなるのもこれまた人情なのである。
だいたい自分の世界が狭いのは出かけたくないからだし人と会ふのそんなに得意ではないといはうか気の合ふ人と会ふのはいいのだがこと出かけるといふことに関しては毎日出かけてゐると確実に体調をくづすことがわかつてゐてそれはもう高校生のころからさうなのでこればかりはどうにもならないし体力をつければいいと云はれてもぢやあどうすれば毎日出かけても大丈夫な体力がつくのかと問ふ相手もゐない。
高校生の時に横浜駅まで定期券を持つやうになつて入学当初は嬉しくてといふよりはせつかく定期券があるのにもつたいない気がして休みの日も出かけまくつてゐたら四月のうちに熱を出して寝込んだことがあつていま考へてみたらそれは毎日出かけてゐたことよりも新しい学校や新しい級友新しい教師に慣れてゐなかつたせゐなのではないかといふ気もするのだがそれ以来出かけることには慎重になつてゐる。
出かけるのが嫌ひなのに休みの日にしたいことは出かけることばかりだとは以前も書いたとほりで芝居見物だとか落語だとか映画だとか出かけることばかりしてゐてあまり休めた気にならないのだがこれも仕方のないことで落語と映画とはどうなるかよくわからないけれど芝居に関してはそのうち見に行かなくなるのではないかといふ気がしてゐると書くやうになつてもう十年くらゐたつてゐる気がする。
それつてほんたうに自分のしたいことなのかなとよく思ふが世の中の人はさう思つたりしないのだらうかと時々不思議になるのも道理であつてでも世の中の人はかうして自分語りをしないからなにを考へてゐるのかわからないんだよなあだつたら世の中の人が全員「わたしを見て」つてすればいいのにと思ひつつもいまはSNSなどがさういふ役割を果たしてはゐるのだらうと思はないでもないけれど若者はTwitterしないしLINE離れもはじまつてゐるといふからどうしてゐるのか定かではないと書きつつさうかInstagramかなとも頭の片隅に思ひ浮かべたりはするけれどInstagramも世間で取り沙汰されるやうになつてずいぶんたつ気がするので気の利いた若いものはもうとつくにそんなところにはゐないのではあるまいかとも思ふのだつた。
こんな感じでいつまでも書いてゐられるし書いてゐたいのだが時間が許さないのはいつものことで時間さへあれば延々とかうしてゐられるといふのは「徒然草」にあるとほり「あやし」く「ものくるほし」い気持ちになるからなのではないかといふ気がしてゐてそれつて多分脳内麻薬的ななにかが出てるつてことなんだらうなあと思ひつつ「徒然草」も「わたしを見て」な部分があるよなあなどと思ふにつけさういへば「枕草子」もだよなあなどと妄想は広がり「わたしを見て」とさうでない部分とのバランスとか「わたしを見て」と云つてゐる人間の個性とかに思ひを馳せるわけだが残念ながらやづかれにはさうしたバランス感覚に欠けるところがありさらには人間としてつまらないのでどうにもならない。
とりあへず帰宅したら「イブの息子たち」を出してきて読まう。
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