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Wednesday, 12 June 2019

How to be a Gentleman

時折、紳士になりたいと思ふ。
「紳士の行動とはかうしたものだらう」と考へて実践して、無理だと思つてやめてしまふ。
そのくり返しだ。

紳士とはなにか。
品があつて(この時点でダメなのだが)、礼儀正しく、学徳があつて、他人への気配りのある人のこと、と、辞書に書いてあることをまとめるとかうなる。
昔は男の人のことを云つたのかもしれないが、いまは性別を問はないだらう。

紳士といつて思ひ浮かぶものに、スティングの「Englishman in New York」がある。
「A gentleman will walk but never run.」といふ歌詞があつて、「さうだなあ、紳士は走らないものだよなあ」と思ふ。

たとへば朝の駅だ。
通勤通学時間帯の駅には、先を急ぐ人ばかりだ。
中には猛ダッシュする人もゐる。
我先にと走る人もあれば、寝過ごしたかバスか電車が遅れたといふ風情で走る人もある。
紳士は走らない。
まづ混雑したところで走るだなんて他人への配慮が足りない。
寝過ごしたのは自分の責任だし、バスや電車が遅れたのは運が悪かつたかもつと早めの便に乗らなかつた自分のせゐだ。
そんな理由で走るだなんて、自分の矜持が許さない。

紳士といふのは、かうしたものかと思ふ。

つまり、紳士に必要なのは心の余裕だ。
気力と体力も必要かと思ふ。
電車で人に座席をゆづるにも、自分の目的地まで立ち続ける気力と体力とがいる。
たまに「日本で電車の席をゆづる人が少ないのは、乗つてゐる時間が長いからなのでは」といふ意見を見かける。
さういふことなのかもしれない。
十分くらゐで降りるのならまだしも、三十分、一時間と乗り続けることを考へると、そして昨今のやうにしよつ中運転見合はせが発生することを考へると、おいそれと座席をゆづることなどできなくなる。

そして、やつがれにもつとも足りないのが、この余裕と気力・体力なのだつた。
ムリぢやん、紳士になるの。

でもたまに「紳士になりたい」と思ふんだよなあ。
なれないからあこがれるのかもしれない。

スティングの「Englishman in New York」にはもうひとつ印象的な歌詞がある。
「Be yourself no matter what they say.」だ。

紳士たるといふことは、さういふことなのかもしれない。

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