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Wednesday, 15 May 2019

能力とはコミュニケーション能力のこと

自分はとにかくダメな人間で、かんたんにまとめると、対人能力がない。
コミュニケーション能力に欠けるともいふ。

対人能力に欠ける人間は無能である。
最近自分のTLをにぎはせた話題で、みづからの無能を云ひつのるblogの話があつた。
blogを書いた人はまつたく無能ではない。
おそらく、人並みはづれて有能なはずだ。
ただ惜しむらくはコミュニケーション能力に欠けるか本来その能力を持つてゐるのに使ひ方を知らずにゐる。

世の中では、対人能力に欠ける人間は無能と見なされる。
ほかにどんなすぐれた能力があつたとしても、他人にそれとわかつてもらへなかつたらその能力を発揮しやうがない。
真偽のほどは知らないが、ゴッホが生前評価されなかつたのは画商とうまくいかなかつたからだ、といふ説がある。
著名な画家には支援者がゐたり、大きなアトリエをきりもりして大勢の弟子を抱へてゐたりするものがゐる。
さう考へるとゴッホの説もあながち誤りとはいへない気がする。

世の中には対人能力の必要ない職業など存在しない。
職についてゐなくたつて、周囲の人々とはつきあつていかなければならない。
対人能力の強化をあきらめるといふことは、なにごとも「最低限でいいよ」とあきらめることと同義だと思つてゐる。
自分は無能だと認めるといふことだ。

その場合、ほんたうに「無能だけど生きてゐていい」と思へるだらうか。
いまは死んだ方が迷惑をかけるかもしれないから生きてゐる。
そんな感じになるのではないか。

さう云ふと、「ぢやあ無能な他人は生きてゐてはいけないつていふこと?」といふ反論もあるだらう。
でも、大抵の場合世の中の人には対人能力に欠けるところがあるとは思へない。
少なくともやつがれの周囲の人はそんなことはない。
たまに大勢の中にはふりこまれたり、親戚一同で集まつたりすると、自分の気遣ひのなさ、機転のきかなさ、自己中心的な言動につくづくイヤになる。

先月のはじめ、急に思ひたつて、自己肯定感といふものを持つてみることにした。

とはいへ、いきなり持てるものでもないので、とりあへず「自分は生きてゐていいのだらうか」的な考へ方をしないやうにした。

一ヶ月ほどたつて、ちやうどゆり戻しの時期なのかもしれない。
とはいへ、やつぱり、自分はダメだなーと思ふし、かういふ人間を肯定しちやダメだらう、と思ふのだつた。

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