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Friday, 31 May 2019

気楽に芝居見物

芝居見物なんて、気楽なものでせう。
そのとほりだ。
堅苦しい芝居見物なんてまつぴら御免だ。
だが、その楽しかるべき芝居見物も、年々肩肘張つたといはうか格式張つたといはうか、堅苦しいものになつてきてゐる気がする。

はじめて歌舞伎座に行つたころは、三階席にゐると大向ふの会の人に関はらず、客席に座つてゐる人も声をかけてゐたものだつた。
しかも、間合ひをはづさない。
酔つ払ひもゐて幕間に一悶着あつたりもしたけれど、いまほど重苦しい雰囲気はなかつたものと記憶してゐる。
あのころは携帯電話やスマートフォンは普及してゐなかつたから、といふこともあるのかもしれない。

どうも、観劇マナーがうるさく云はれるやうになつたのは、携帯電話が普及してからのやうな気がしてならない。
調査したわけではない、単にさういふ気がするといふだけである。
猫も杓子も電話を常に持ち歩くやうになつて、公演中に呼び出し音が鳴る。
劇場も妨害電波などで対抗するが、入つてくる電波に対しては無力だ。
アラームもあるしね。

携帯電話やスマートフォンの電源を切れ、とうるさく云はれるやうになつてからぢやないだらうか、弁当などを買つたときにくれるビニル袋の音をたてるな、と云はれるやうになつたのは。
これもきちんと調査したわけではなく、感覚で云つてゐる。
なぜさう思ふのかといふと、昭和の終はるころには、ビニル袋の音がうるさいなどとはあまり聞いた記憶がないからだ。
考へてみたらあのころは歌舞伎座内のカレー屋とかそば屋とかで食事をしてゐたので、ビニル袋を持ち込んでゐなかつたのかもしれない。
劇場内に気軽に食事をできる施設がなくなつた→食べるものを持ち込む人が増えた→それでビニル袋の音が気になるやうになつた、といふことも考へられないでもないが、そんな話でもなからう。

そして大向ふだ。
確かに、大向ふの会の会員とおぼしき人でも、「え、なんでこんなところで声をかける?」とか「さつきからこの声の人、屋号かけ間違ひまくりなんだけど」とか「やたらとかけりやいいつてもんぢやあないんだよ」といふ人もゐる。

中村吉右衛門の「石切梶原」とかね。
梶原が名刀で手水鉢を割つたそのあとに、梶原と六郎太夫とのかけあひで「剣も剣」「切り手も切り手」といふセリフがある。
それを受けて大向ふから「役者も役者」とかけることがあつたりする。
でも、播磨屋の梶原にはそのかけ声を許す間がない。
見てゐればわかることだ。
そこで「役者も役者」とかける人は、芝居を見てゐない。声をかけることしか考へてゐない。

とはいへ、はじめて見た「石切梶原(播磨屋のではなかつた)」で、もうこれ以外ないといふ見事なタイミングと張りのある声の「役者も役者」といふ大向ふを聞いてしまつてゐるのでね。
あつてもいいとは思ふんだ。

しかし、大向ふへの風当たりは強い。
坂東玉三郎などは自身の演出する新作歌舞伎では大向ふお断りを掲げてゐる。
世の中、どんどん窮屈な方向に向かつてゐる。

思ふに、歌舞伎はもう大衆演劇ではないのだらう。
チケット代を考へてもさうだし、劇場の構へからしてさうだ。
客にしても、舶来の芝居や音楽を見聞きして育つた人が増えてゐるものと思はれる。
さういふ人々には大向ふなど奇異なものでしかないし、芝居とはまつたく関係のないカーテンコールやスタンディングオベーションのない終演はもの足りないものに感じられるのに違ひない。
さらには、日々忙しくほかにすることもたくさんあるところをわざわざ劇場まで足を運んでゐるのに、騒音を聞かされるのはたまらない、といふ意見もあるだらう。

余裕がない。
さういふことなのだと思ふ。

ぢやあ余裕があれば劇中客席でスマートフォンの呼び出し音が鳴つたりビニル袋をがさがさ云はせる客がゐたり胴間声の大向ふがのべつまくなしにかかつたりしていいのか、と云はれると、返答に窮するわけだが。

なんかこー、もーちよつと気楽に見られないものかなあ、と、ホロヴィッツの「慰め」の演奏中もはばからぬ大きなしはぶきを聞きながら思ふわけだ。

 

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