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Friday, 12 April 2019

呂蒙実ハ呂蒙

NHKで放映されてゐた「人形劇三国志」に出てくる呂蒙は、悪そのものだつた。

「人形劇三国志」は大筋は「三国志演義」を元にしつつ、オリジナルな設定・登場人物も多く見られる番組である。

ここに登場する呂蒙の性格や言動などは、かなりのところオリジナルといつていいだらう。
自分で目を通した狭い範囲の三国志もので呂蒙がこんなに悪い人物であることはないと思ふ。

どんなに悪いのかといふと、領民をとらへておいて「降参したら領民は許してやる」と関羽に約束しておきながら、ひとたび関羽が投降すると領民を殺してしまふ、といふやうなことを平気でやる。

カシラは目の玉が左右に動く種類のもので、目の玉が左右どちらか片方に寄ると如何にも狡猾そうな表情になつて、それはそれは悪人面に見えたものだつた。

Wikipedia など見ると、この呂蒙の設定については田中芳樹が批判した、などと書いてある。

あらためて「人形劇三国志」の「関羽の死」の回などを見てみると、確かに呂蒙はあくまでも「悪人」といつた作りになつてゐる。
しかし、その悪人つぷりがいつそ清々しい。
さうも思へた。
ここまで徹底的に悪だと、見てゐて気持ちがいい。
この話は以前もここに書いたやうに思ふ。

呂蒙の人形は飯田市川本喜八郎人形美術館に展示されることがある。
はじめて見に行つたとき、この呂蒙の人形にひどく驚いたものだつた。
呂蒙は、ちよつと高いところに立つてやや斜め上を見上げてゐた。
空を見上げてゐるやうにも見えるせゐだらうか、その表情は希望に満ちた武人、それもみづから策もたてるやうな頭のよい武人に見えた。
これから呉の国をもり立てて行かう。
前途は有望だ。
人形劇に出てゐたときとは感じたことのない風情だつた。

呂蒙にこんな表情ができるなんて。
人形劇の呂蒙に、こんな颯爽とした印象を覚えるなんて。
当時、いたく感銘を受けたことを覚えてゐる。

これもここに何度か書いてゐることに、文楽の人形遣ひだつた吉田文雀が「人形には「実ハ」がなければいけません」といふ旨のことを云つてゐたことがある。
川本喜八郎との対談の中でのことばだ。

文楽や歌舞伎には「見顕し」と呼ばれるものがあつて、たとへば「義経千本桜」の渡海屋銀平は実は壇ノ浦で「見るべきほどのことは見つ」といつて海に沈んだはずの平知盛の世を忍ぶ仮の姿である。
かういふとき、配役表やチラシなどには「渡海屋銀平実ハ平知盛」と書かれる。
世を忍ぶ仮の姿で登場して途中で正体を明かす登場人物が文楽や芝居にはたくさん登場する。

でも文雀が云つてゐるのは、おそらくさういふことではない。
真意はわからないけれど、やつがれなりに解釈してゐるのは、かういふことだ。

現在、国立文楽劇場で「仮名手本忠臣蔵」がかかつてゐる。
ここに加古川本蔵といふ登場人物がゐる。
史実の梶川与惣兵衛をモデルにした人物といはれてゐて、「仮名手本忠臣蔵」では重要人物として描かれてゐる。
今月登場する加古川本蔵は、お主のためには賄を贈ることも厭はない、世知に長けた人物だ。
そのお主はといふと、直情径行の正義漢で賄賂なんて大嫌ひときてゐるから、本蔵はお主のことはそれなりにあしらつて、賄賂を贈ることなどおくびにも出さない。
家では娘にはちよつと甘い、厳格な主人である。

この本蔵が、実はどんなことを心に秘めてゐたかといふことは、今年十一月ごろおなじ国立文楽劇場で明らかになるのではないかと思ふ。
文雀の云つてゐる「実ハ」はこれに近いのではないかと思つてゐる。

あるいは今月の歌舞伎座でかかつてゐる「新版歌祭文」は「野崎村」のお光だ。
お光は田舎娘だ。
大阪で奉公してゐる久松を心から好いてゐて、突然結婚できることになりうきうきしてゐる。
父にも母にも孝行な娘でもある。

その久松の奉公先の娘であるお染がたづねてくると、お光はけんもほろろに追ひ返す。
ところが、お染と久松とが互ひに愛し合つてゐて、お染のおなかにこどもがゐることを知ると、お光はある決心をするのだつた。
ここから先のお光はこれまでのお光からは考へられないやうな行動をとる。
これもまた「実ハ」なのではあるまいか。

TVに出てゐたときの呂蒙と、飯田で見た呂蒙と、どちらがほんものでどちらが「実ハ」なのか。
それはわからない。
でも、重要人物ではあるとはいへ、さほど登場回数の多いともいへない人形にも、かうして「実ハ」といふ姿がある。
「人形劇三国志」がおもしろかつたのは、かういふところにも理由があるのではあるまいか。

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