情報カードとスキゾ
5×3の情報カードでPoICを試してゐる。
一昨年の十一月にはじめて、もう一年三ヶ月ほどたつ。
「PoICを」と書いたが、本家のものとは変はつてきてはゐる。
日誌的なものはほとんど書かないし、ToDo管理には使つてゐない。
千枚を超えるところまでは数へてゐたが、いまはもう何枚あるかわからない。
そろそろ整理をしなければと思ひつつなかなかできずにゐる。
整理とはPoICでいふところの「再生産する」にあたるかと思ふ。
書きためたカードを集めて分類し、内容をまとめる。
分類したカードは「お役御免」といふことになる。
かうして、カード全体の新陳代謝をはからうといふのだらうと理解してゐる。
ところがこの「再生産する」のがなかなかむつかしい。
PoICのWikiでは「再生産」の途中までで四時間かかつていると書かれてゐる。
普段生活してゐると、四時間のまとまつた時間をとることはできない。
少しづつやるにしても二時間くらゐ連続した時間がほしいところだ。
このやり方はいはゆるスキゾとかノマドとかには向かない。
ひとところに腰を落ち着けて作業するいはゆるパラノの人向きだ。
移動こそさほどしないもののやつがれは、持ち歩けないものは身につかないタイプのノマドといはうかスキゾといはうか、だ。
ピアノがダメだつたのは、ピアノは自力で持ち運べないからだと思ふ。
きつとハープもダメだらう。
週末家にゐる日だけしか弾かないけれどウクレレがつづいてゐるのは持ち運びやすい楽器だからだ。
PCも持ち歩かないくせにノート型が好きだ。
手芸にしても、あみものやタティングレースは外に持ち出して実施することが容易だ。
さう考へると、やはり情報カードは自分には向かないやうな気がしてくる。
ただ、カード自体は持ち歩きやすいことこのうへない。
持ち歩いて、ぱつと書き留めやすい。
それで増えてしまつたわけだけれど、これをまとめることができない。
もうちよつと偏執狂の気があればよかつたのにな。
どこかできちんと時間を取つてカードの「再生産」をしやう。
さうは思ふのだが、考へてみたらスキゾな人間の書くカードにまとめられるやうな要素があるとはチト思へない。
どうしたものかなあ。
でもやつぱり便利だから使つてしまふのだけれども。
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