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Wednesday, 05 December 2018

好きなことについて口をつぐむとき

昨日は、「この世にあまり知られてゐないやうなことを好きだつたら、どんどん人と語らう」といふやうなことを書いた。

きつかけは、"It's Time to Throw Away the Dickensian Culture of Math Education" といふ記事だ。
この記事では、とある教師が生徒たちに数学について会話をするやうし向けるといふ話が出てくる。

まづは他人と話すこと。
他人と話題を共有すること。
好きなものを広めるには他人との会話が重要なのだ、といふことだらう。

以前、坂東三津五郎が八十助だつたころに語つてゐるのを読んだことがある。
喫茶店に入つたら、みんなが歌舞伎について語つてゐるやうな、そんな世の中になつたらいいな、といふ趣旨のことを。

今月見た芝居の話や、贔屓の役者の話、こんな演目が好き、この役者のこんな役、あの芝居のあんな配役が見てみたい。
話題はいくらでもある。
喫茶店でコーヒーを飲みながら、いつ尽きるとも知れぬ芝居の話に興じる人々。
それが常態になつたら歌舞伎の人気もほんものだな、と、さういふ話なのだらうと思つてゐる。
まあ、世の中、さういふ風にはなつてゐないけれども。

それでも同好の士となら芝居の話でも盛り上がれるが、さうでない相手とはどうだらうか。
芝居をあまり知らない、歌舞伎役者の見分けもつかないやうな相手に歌舞伎の話をしていいものだらうか。
さう考へると、あまりできるとも思へない。

でもどうしてもしたい、となつた時に、どう話すかといふと、三森ゆりかの提唱してゐる「言語技術」にたどりつく。

欧米では(と、広く云ふが)、「言語技術」の教育が盛んで、幼いころから「他人に如何にことばで伝へるか」といふことを教へこまれるのだといふ。

たとへば、こどもへの教育として、三森ゆりかの本には、まづ好きなことについて語る練習が登場する。
「わたしは何々が好きです。それはこれこれかうだからです。だからわたしは何々が好きです」
といふフォーマットで、自分の好きなものについて語る練習だ。

好きな対象はなんでもいいし、理由の部分も好きに語つていい。
聞く方は理由に不明な点や疑問点があつたら質問する。
話す方はそれにきちんと答へる。
そんな感じだらうか。

この練習は、やりやうによつてはすごくイヤな感じになる。
とくに、理由の部分を掘り下げていく過程で、「どうしてそんなに根ほり葉ほり訊くんだよ」といふイヤな気分になることがある。
でも(敢て広い範囲で云ふが)欧米ではそれがあたりまへで、さうやつて他人との意思疎通をはかれるやうになるのださうだ。

この方法のいいところは、自分の好きなものについてなぜ好きなのかさへ語れれば話になる、といふ点だ。
世の中にはどうも「好きなら知つてゐて当然」「好きなら知識豊富なはず」といふ偏見がある。
もちろん、好きなことについては自然と知識が増えるといふことはある。
だつて好きなんだもの、いろいろ知りたいぢやあないか。
だが、好きだからといつてあれもこれも知つてゐるとはかぎらないし、知つてゐる必要もない。
好きといふだけで十分ではあるまいか。

それだと他人と意見を交はすことができない。
でも自分はなにが好きでどう好きでなぜ好きなのかを語れれば、話になる。
言語技術。
いいんぢやあるまいか。

だが、これだと弁論術でいふところのエトス・パトス・ロゴスのロゴスの部分しかない。
好きな理由だからパトスもあるかもしれないけれど、どうもパトスは伝はりにくいやうに思ふ。
まあ、語りやう次第ではあるけどもさ。

さうすると、「わたしは何々が好きです。なぜならこれこれかうだからです。だからわたしは何々が好きです」とフォーマットにしたがつて語るより、「きゃーっ、何々、ステキーっっ!」だとか、「可愛いよ、何々、可愛いよ」だとか、「何々……尊い」みたような話し方の方が、相手に伝はるんぢやないだらうか。
そんな気がしてくる。
この話し方ならパトスは間違ひなく伝はるだらう。
そしてパトスが伝はつた結果、エトスもまた生じるやうな気がする。

ロゴスからもエトスは生じるだらうが、「好きなこと」のやうな感情の関与するところが大きいものの場合は、ロゴスよりもパトスの方が重要なんぢやあるまいか。

でもさうすると、やつがれのやうに長いこと軽佻浮薄のものを遠ざけてきてミーハーとは相容れないと思ひこんできた人間には、好きな話はできなくなつてしまふんだよなあ。
「きゃーっ、何々、ステキーっっ!」つて、それ、思考停止でせう。
さう思つてしまふからだ。
いまはだいぶ変はつてきて、「きゃーっ、何々、ステキーっっ!」もありだと思つてはゐるけれども、長年の習慣といふものはなかなか落とし難いものなのだつた。

言語技術もダメ、パトスにも訴へられないとくると、あとはもう知識勝負しかなくなつてくる。
さうして、好きなことについては口をつぐんでしまふのである。

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