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Tuesday, 20 November 2018

騒がしいのは苦手だが

大物を作つてゐると、書くことがほとんどなくなる。
タティングレースのスカーフは、進んではゐるものの、いまのところモチーフが週に一枚できるか否かといつたところで、このままだといつまでもできあがらないかもしれない。
昨日、あみものの方では袖なし羽織を再開したと書いたが、こちらもしばらくはできあがらない。
どうしたものかのう。
もうちよつとタティングをする時間を作れればいいのだが、いまのところさうした時間がない。
通勤電車で座れたときにでもするか。
もうちよつとまとまつた時間がほしいんだよなあ。
だいたい電車で座れるとはかぎらないし。

前回、ピコの少ないタティングレース作品が好きだ、といふやうなことを書いた。
つまりはごちやごちやしてゐないもの、といふことか。
自宅はごみ屋敷なのになあ。
これでよく芝居のチケットをなくさないものだと我ながら関心するほどだ。
世の中、なにもかも芝居のチケットだつたらいいのに。

でも、考へてみると、なんとなくごちやごちやしたものも好きかもしれないことに気づく。
先週の映画「ボヘミアンラプソディ」の話ぢやないけれど。

たとへば幸田文と森茉莉とでは森茉莉の方が好き、とかね。
映画「帝都物語」でこの二人の父親である幸田露伴と森鴎外とが神田明神付近の出店をふらふらする場面があつて、のぞきからくりを見る、といふやうな場面がある。
実のところ、やつがれはお祭りだとか夜店だとか花火大会だとか人が大勢あつまつてにぎやかでどことなくいかがはしい感じのするものが苦手だ。

だがこの映画はいい。
なんとなく、のぞきからくりをのぞき込んでゐるやうな気分にさせられる。
猥雑で混沌としてゐてわけがわからない。
それでゐて、夜道をゆく泉鏡花の後ろ姿のやうなうつくしい絵も随所に出てくる。
鏡花は坂東玉三郎が演じてゐて、後頭部から肩に流れるラインの麗しいことにいつ見てもとらはれてしまふ。
実相寺昭雄にはときどきかういふ横顔の絵が出てくることがあつて、出てくるたびにはつとしてしまふ。

見たことはないけれど、きつと伝説の森茉莉の部屋といふのもそんな感じで、他人から見たらごみ屋敷なのかもしれないが、そこかしこに「仏蘭西色」のものがあつたり、のぞくと向かうがゆがんで見える硝子の瓶があつたり、自分好みの配色でならべた手触りのいいタオルがかけてあつたりするのだらう。

さういふカオス(と一口でくくつてしまふのは乱暴ではあるものの)なものに惹かれてしまふことがあるんだよなあ。

といふわけで、ピコの多いモチーフをせつせと作つてはつなぎあはせてゐるのかもしれない。

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Monday, 19 November 2018

できたもの・しかかり中のもの

Opal のソックヤーンで編んでゐた Lacy Baktus を仕上げた。

Lacy Baktus

最後、やはり糸が足りなくなつてしまつたので、アシンメトリーといふことにした。
残つた糸は合はせても10cmあるかないかだ。
糸が余るやうなことがあつたら編んでつくるポンポンでもつけやうと思つてゐたが、残念ながら今回は見送つた。
Lacy にかぎらず Baktus はなかなか使ひやすいマフラーになるので、そのうちまた編んでゐるやうな気がする。

仕上がつたのはいいが、そのあとなにを編むか決めてゐなかつた。
いろいろ考へた結果、一昨年の秋冬に編み始めた袖なし羽織をいい加減なんとかしやうといふことになつた。

袖なし羽織は一玉くらゐしかあまつてゐないローワンのフェルテッドツイードをかきあつめてきて編んでゐる。
基本的には一玉編みきつたら次の糸といふことにしてゐて、色も合はせて買つたものではないのできあたりばつたりの滅茶苦茶な配色だ。

一昨年、とりあへず半身といはうか、前後身ごろの左側だけ編んだ。
右側は編みながらくつつけていくつもりでゐて、そのとほりに編んでゐる。
色の順番が問題だつたが、なんとかなるだらう。
いづれにせよ、家でしか着ないのだし。

身ごろの左側だけでもそれなりに長さがあつて、それだけでストールに使へさうな感じだ。
肩に羽織ると実にあたたかい。
もうこのままでもいいかな、と思ふこともあつた。

といふのは、身ごろを編むのも結構大変だからだ。
フェルテッドツイードを六号針で編んでゐて、一段77目ある。
編んでゐるとひねもすで、いつできあがることやらとちよつと気が遠くなる。
織物だつたらあつといふ間だらうにねえ。
まあ織物の場合は経糸を張るなどいろいろと手間があるわけだけれども。

それでも羽織にしやうと思つたのにはいくつかわけがある。
ストールにしても十分あたたかいのだから、ちやんと羽織にしたらもつとあたたかいものができるだらう、といふことがひとつ。
これをプロトタイプとして次の羽織を編んでみたいといふことがひとつ。
あとは、とりあへず編むものを思ひつかなかつたから、といふのがひとつだ。

羽織、今後も編むかな、といふことはあるのだが。
といふのは、もし編むとしたら、それなりの分量の毛糸が必要だ。
我が家にはくつ下を編むやうに100g程度の毛糸はいくつもあるのだが、生憎と着分の毛糸といふのはほとんどない。
つまり、羽織を編むとしたら寄せ集めの毛糸で編むといふことになる。
買つてもいいけれど、これ以上毛糸を増やしても、ねえ。

と云ひつつ、実は shrug を編むのに毛糸を買はうと思つてはゐるのだが。

いづれにせよ、羽織といふものは編んだことがない。
一度は編んでみたいと思つてゐる。

おまけに Serpentine Mitts の写真をば。
確かこのblogには載せてゐないはずなので。

Serpentine Mitts

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Friday, 16 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 人形アニメーションほか 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は平家物語の小さいケース二点と、人形アニメーション、ホワイエの展示について書く。

展示室の奥、「平家一門」のケースの前に、麻鳥と蓬子のゐるケースと赤鼻の伴卜のゐるケースとがある。

TVで人形劇を見てゐると、麻鳥はどことなく頼りない感じの人物に思へる。
最初のうち、崇徳院に仕へてゐたころはそんなやうすだつたからだ。
まだ若くて、あまり世慣れてゐないやうに見えた。
それが物語が進むにつれ、どんどん成長していく。
飯田にゐる麻鳥はその成長した姿だらうと思ふ。
眉も黒くきつぱりとして、表情もどこか厳しい。
薬箱を提げてゐて、どこかへ出診療でもしに行つた帰りかといふ感じだ。

蓬子は、以前の展示ではあばたの跡のやうなものが見えたやうに思ふのだが、今回の展示では感じなかつた。
前に見たときは照明の関係でたまたまさう見えたのかもしれない。
蓬子も飯田とヒカリエとであまり印象の変はらない人形かもしれない。
人物設定にブレが少ないのだらう。

赤鼻の伴卜はひとりで座してゐる。
なぜここに伴卜、と思ふが、衣装が華やかだからかな、とも思ふ。
麻鳥も蓬子も質素ななりをしてゐるからだ。
飯田の伴卜といへば、男物の羽裏、すなはち羽織の裏地を衣装に用ゐてゐることを思ひ出す。
今回、美術館の方もさう説明してゐた。
大変お洒落な羽裏だ。
それにサテン地とおぼしきターコイズブルーを合はせてゐる。
羽振りのよさが知れる衣装だ。

人形アニメーションの展示は、今回は「蓮如とその母」から。
「平家一門」のケースの向かひにケースが三つあつて、左からそれぞれ法住、蓮祐と蓮如、若いおれんと長右衛門がゐる。
出口付近の大きいケースには左から東条坊、叡山の高僧、おれん、おてつ、おけふがゐる。
人形アニメーションの人形のポージングはいつもあまり変はらない。
「蓮如とその母」の人形たちはどうかはよくわからないが、初期の作品、「花折り」や「道成寺」の人形は経年劣化で可動範囲がせばまつてゐて、あまり動かせないやうになつてゐるとも聞く。
「蓮如とその母」の人形たちもさうなのかもしれない。

とはいへ、よく見てみると、前回見たときは苦悶するといつた大げさかもしれないが、しかめつ面に見えた蓮如の表情がやはらいでゐるやうに見えるし、去年映画を見たばかりだからかもしれないけれども長右衛門はおれんに声をかけやうとして、やつぱりかけづらいやうなやうすに見えたりもする。

さういやおけふ(おきょう)の衣装は映画とは違ふままのやうに見受けられた。
DVDは発売されたと聞いたがまだ手に入れてゐないんだつた、といふことを思ひ出した。
手に入れなければ。

今回、ホワイエには「クイズおもしろゼミナール」の鈴木健二の人形が展示されてゐる。
我が家ではこの番組はあまり見てゐなかつたのだが、それでも懐かしさに思はずしげしげと見てしまつた。
個人的な話だが、飯田で見るのははじめてだと思ふ。

また、昨今いはゆるアニメ絵の童話などが話題になつてゐることもあつて、トッパンの人形絵本の展示を楽しんできた。
トッパンの人形絵本にも、ちよつととつつきにくいやうな人形もあつたやうに思ふが、ここに飾られてゐる本はどれもどれもすばらしい。

今回の展示は12/4までのやうだ。
12/8から新たな展示になる予定だといふ。
また見に行くのが楽しみだ。

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Thursday, 15 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 平家一門 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「平家一門」ケースについて書く。

展示室一番奥の左側のケースに「人形歴史スペクタクル 平家物語(以下、人形劇の平家物語)」から平家一門の人々が展示されてゐる。
左から順に、知盛、頼盛、宗盛、清盛、徳子、忠度、経盛、時忠が並んでゐる。
清盛が中央で、その手前に徳子がゐて、あとは左右に並んでゐるといつた形になつてゐる。

知盛は鎧姿だ。
飯田の知盛にはどことなく微笑んでゐるやうな印象がある。
髭の感じかな。
顔の表情自体は別段笑つてゐるやうには見えないのだが、髭のはねあがり具合が笑ひ顔を思ひ起こさせるのだと思ふ。
落ち着いてゐて、隣にゐる宗盛より兄貴に見える。

知盛の右ななめ前に頼盛がゐる。
美術館の解説の方は、平家は没落していく一族なので衣装にもさみしげな色を使つてゐることが多い、と説明してゐた。
頼盛も宗盛も、云はれてみれば淡い色合ひの衣装を身につけてゐる。
なぜここに頼盛、といふ気もするが、対になるのが経盛だからかな。

宗盛は知盛の右となりにゐる。
人形劇のとき主に宗盛を遣つてゐた操演の方が弁慶も主に遣つてゐたといふのがおもしろい。
弁慶と宗盛とは、かなり対極に近いんぢやあるまいか。
母太郎だけれども、父太郎の重盛と比較されたりしたこともあつたのかなあ。
なんとなくさういふ子供時代を過ごしてきたやうな表情に感じられる。

「平家の一族の衣装はさみしげな色」と先ほど書いたが、清盛は違ふ。
僧形だから浄海だらうか。
蜀錦のキンキラキンの衣装で、これがよく似合つてゐる。
衣装の華やかさに全然負けてゐない。
この年の人をつかまへてどうかとも思ふが、きかん気の強さうな表情がまたいいんだなあ。

徳子は清盛の前にゐる。
人形劇のときの徳子は個人的に「川本美人」だと思つてゐる。
以前、渋谷ヒカリエで平家一門の栄耀栄華を描いた展示のときにさう思つた。
徳子は琴を弾じてゐたやうに記憶してゐる。
うつむいた顔のちよつと大人びた感じがよかつた。
飯田の徳子はどちらかといふとこどもつぽい顔をしてゐるやうに感じる。
清盛か二位の尼と一緒にゐることが多いからだらうか。
天皇の母といふよりは、清盛の娘といふ面を表に出した展示が多いやうに思ふ。

忠度は清盛の右となりにゐる。
緑と紫とを基調にした鎧を身につけてゐる。
おなじ緑でも義仲の緑はsap greenとでもいはうか、草や木を思はせる緑だ。
忠度の緑は苔かな。義仲の緑よりもつと渋い色だ。
一口に緑といつてもいろいろあるのだなあと実感する。

経盛は忠度の右ななめ前にゐる。
ダンディ。
経盛を見るといつもさう思ふ。
衣装も、頼盛や宗盛に比べるともつと深い色で、そのせゐもあるのかもしれない。
これまでの展示では経正や敦盛と一緒のことが多く、父の悲哀のやうなものを感じることしきりだつた。
さうでもない経盛を見るのもいいな。

時忠はケースの右端にゐる。
時忠も「なぜここに時忠?」といふ気もして、左端にゐて対になつてゐるのが知盛だし、そこのところはよくわからない。
経盛同様、時忠にも渋いをぢさまめいたところがあるのだが、経盛にある甘さがない。
対照的でおもしろい。

以下、つづく。

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Wednesday, 14 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 源氏と木曽 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「平家物語」から源氏方の人形たちのゐるケースについて書く。

展示室を進んで「江東の群像」の先にあるケースに源氏方の人形のケースがある。
左から弁慶、馬上の義経、静、頼朝、正子、時政、葵、馬上の義仲、巴が並んでゐる。

この美術館にゐる平家物語の人形たちは新たに作られたもので、TVに出てゐた人形は渋谷ヒカリエの川本喜八郎人形ギャラリーにゐる。
聞いた話では、TVに出てゐる人形を作つたときとおなじ型で作つたのだといふことだが、飯田にゐる人形とヒカリエにゐる人形とではおなじ人形でも全然趣が異なることが多い。
中では弁慶が一番変はらないやうに思ふ。
これは「人形劇三国志」の人形も含めて、だ。
三国志の人形は、飯田にゐる方がTVに出てゐた方で、ヒカリエにゐる方が新たに作られた人形だ。
横にならべて比べることはできないけれど、見ればなんとなく違ふなといふことがわかる。
でも弁慶はどちらもそれほど違ふやうには見えない。
ブレないから、かなあ。
「武蔵坊弁慶」といつたときにそれぞれの抱くイメージがあつて、それが人や時代によつて大きくブレることがない。
さういふことなのではないかと思ふ。
飯田の弁慶は黒い鎧を着込んでゐて勇ましいやうすだ。
いつも思ふのだが、大地をしつかり踏みしめてゐるやうに見える。

飯田で見る義経は馬上であるといふ印象がある。
それもケースの奥でちよつと高いところにゐる気がする。
そのせゐで、あふりのアングルでしか見たことがない気がするんだな。
これは玄徳にもいへることだけれども、玄徳の方が手前にきてゐて視線の高さとさう変はらないアングルで飾られてゐることが多いやうに思ふ。
義経も間近で見られたらなぁ。

静は白拍子の拵へ。
義経・弁慶・静の三人はそれぞれの場所にいるという設定のやうだ。
義経とはこどものころに出会つてゐて、といふ話のせゐか、人形劇の静にはどこか幼女めいた印象がある。
動くとまた違ふんだけれども。

頼朝は、飯田とヒカリエとで一番違ふ人形だ。
ヒカリエにゐる頼朝は、どこか曹操の面影がある。
衣装が黒いことが多いので、「黒の曹操」といつたところか。
飯田の頼朝には曹操を思はせるやうなところは微塵もない。
ヒカリエの頼朝は悪巧みをしさうに見えるが、飯田の頼朝はそんなことはしないんではないかなあ。
飯田の頼朝はわりと穏やかな表情をしてゐて、飯田にゐる平家物語の人形の中では最も好きな人形かもしれない。
あ、二位の尼も好きなんだな。今回はゐないけど。

政子は頼朝の隣にゐる。
さう、頼朝より上手にゐる。
普段はさういふ見方はしないのだけれども、今回はちよつと気になつた。
とはいへ、お雛様でもお内裏様とお雛様とをどちらを上手にしてどちらを下手にするかには諸説あるやうだし、あまり気にすることではないのかもしれない。

時政は、両足の裏をつけるやうにして座つてゐる。
時政といふとこのポーズが多いやうに思ふ。
いまのヒカリエの展示でもおなじポーズなやうに思ふ。
以前、飯田で仲睦まじいやうすの頼朝と政子の背後に時政がいまとおなじやうなポーズで座つてゐて、胡乱げにふたりを眺めてゐる、といふ展示があつた。
時政は、どこか違ふところにゐるといふ心だつたらう。
娘が平家に仇なす流人に近づくことを憂へてゐる、なんとかならんものだらうかと思つてゐる。
そんなやうすだつた。
いつものポーズでもちよつと変はるだけでまつたく印象が変はるんだなあと思つた展示だ。

葵・義仲・巴は、離れて見るとそのまま絵葉書にしたいやうな様で展示されてゐる。
いづれも鎧姿で、いい感じに三角形を形作つてゐて、様子がいい。
巴の長刀の先がいまにもこちらに飛び出してきさうなのもおもしろい。
長刀の先がおそらく中のケースにつくかつかないかといつたやうすで飾られてゐるのではあるまいか。
そんな緊張感のある長刀にくらべて、巴にはこちらを切らうといふやうすは見受けられないので、離れたところから見るとちよつと安心するわけだ。
長刀を手にしてはゐるものの葵もどこかくつろいだやうすに見えるし、緊迫した状態ではないのだと思はれる。
義仲の鎧は緑のグラデーションになつてゐて、これがとても似合つてゐるし、義仲らしいと思ふ。
美術館の方も、鎧はひとつひとつ登場人物のイメージに合ふやうに作つたと説明してゐた。

以下、つづく。

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Tuesday, 13 November 2018

変はつたご趣味ですこと

タティングレースのスカーフはちよこちよこ進んでゐる。

ご機嫌にタティングしてゐると、シャトルに巻いた糸がすぐになくなる。
さうするとシャトルに糸を巻かねばならないのだが、この「ご機嫌にタティング」してゐるときに糸を巻かねばならないのはなかなかに苦痛だ。
さらにご機嫌ならばそれもまたよしとしてシャトルに糸を巻けるのだが、さうでもないときもある。
俗に「zoneに入つてゐる」つてかういふ状態のときなのかな、とも思ふ。

糸を巻くのがすこしでも楽になるやうにボビンつきのシャトルを使つたり、普通のシャトルを使ふ場合でも糸を巻きやすくする道具などを使つたりする。
あとはなかなか糸を巻く時間がとれないといふ現状をどうするか、だな。

ところでタティングレースではピコの少ない作品が好きだ。
ピコはもつぱらつなぐためだけで、装飾的ピコはない、みたやうな作品が好きで何度か作つてゐる。
よく作る Mary Konior の Masquerade などもピコの少ないところが気に入つてゐる。
そのはずなのだが、いま作つてゐる作品にはピコが多い。
そして、なんとなくこの方がタティングレースらしいやうな気もしてゐる。
もしかしたら趣味が変はつてきてゐるのかもしれない。

先日映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見てきたときにもさう思つた。
この映画はクイーンといふ実在のバンドのヴォーカルだつたフレディ・マーキュリーをfeatureしたものだ。
クイーンといふと、初期には鷺のやうなと云はれるやうな白くてビラビラした服をきてみたり、「ちよつとそれどーよ」的な華やかな(つまりは派手な)衣装で有名なバンドだつた。
さういふのはあんまし好きぢやなかつた。
でも歌と曲は好きだつたし、クイーンを知つた直後くらゐにフレディが髪を切り髭をのばしはじめたこともあつて、あまり気にならなかつた。

今回映画を見て、さういふ派手な衣装とか、フレディの自宅のゲテモノすれすれの装飾などを見てゐて、「かういふのも悪くないな」と思つてゐることに気がついた。
自分もさうしたいといふのではなくて、「かういふのもありだな」といふ感じ、だらうか。

自分で作るものは、とくにタティングレースは、自分で使ふものではない。
スカーフは使ふかもしれないけれど、使ひたいといふよりは作りたいといふ気持ちの方が先立つてゐるしその分強い。
さうした作品に、普段自分では絶対身につけないやうな趣向を取り入れるのは、おもしろいかもしれないな、とちよつと思つた。

映画自体は、始まる前の20世紀FOXのファンファーレからして気合ひが入つてゐて、それだけでもうあとは知れる。
実際の時系列とは違ふ順番でエピソードがはさまつてゐる部分があるし、なにを云つても残つてゐる人間だけで作つたものだから、もしあの世といふものがあつてフレディがこの映画を見ることがあつたら「きみたち、ぼくのことをさう思つてゐたの?」と云ふかもしれないな、とも思ふ。

でも結局自分もずつと見て(聞いて)ゐる側だつたわけで、さうすると「かうなるよなー」と思ふんだよね。

とりあへず、一緒に歌へる爆音上映会でもあれば行つてみたい。
そのころまでにはタティングレースのスカーフもできてゐるだらうか。

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Monday, 12 November 2018

ひたすらガーター編みの快感

Lacy Baktus をせつせと編んでゐる。

Opal のソックヤーンと4号針との組み合はせで、そんなにくつたりとはしない。
手のゆるいやつがれにしてはかつちりとした編み地になつてゐるやうに思ふ。
6号針でもよかつたかな。

ひたすらメリヤス編みをつづける快感といふものはある。
Lacy Baktus は裏もメリヤス編みだから正しくはガーター編みといふべきかもしれない。
八段に一度、二目一度とかけ目のくりかへしの段があつて、あとはとにかくメリヤス編み。
これがさくさく編めるやうになつてくると気持ちがいいんだなあ。
自分の躰が機械になつたかのやうな感覚だ。
一定の早さ、一定のリズムでどんどん編めてしまふ。
なにも考へない。
なにも見ない。
機械的に手を動かしてゆくだけで、編み地が長くなつてゆく。

これを人は Mindless Knitting といふのかもしれない。
やつてみると、そんなに悪いものではない。
気分よく編めてゐるうちは爽快な心持ちになるからだ。
ひとたび一定のリズムで編むことができなくなるとそれも終はつてしまふけれど、さうしたらそこでひとまづ休みを取ればいい。

Mindless Knitting についてはだいぶ前にも書いた。
早すぎてもいけない。
遅すぎてもいけない。
早いと間違へやすいし、遅いとリズムに乗れないせゐかやはり失敗が増える。
自分にちやうどいい早さでなにも考へずに編む。
これが Mindless Knitting の極意なんぢやあるまいか。
大げさだけどもさ。

ほんたうに編み物が好きな人は、かういふものばかり編んではゐない。
複雑な作品、編み図とくびつぴきでないと編めない作品、自分でわかりやすいやうに書き換へる必要のあるやうな作品に取り組む。
最近、さういふ気力に欠けてゐるんだよなあ。
最近ぢやないか、もうここ数年そんな調子だ。

でも、それも悪くないかなとも思ふ。
人それぞれだしね。
むつかしいものを編みたい人はむつかしいものを、さうでもない人はそれなりのものを編む。
それでいい気がしてゐる。

ところで Opal のソックヤーンは糸で見たときにはなかなかいい色に見えたのでとつておいたものなのだが、実際に編んでみるととても甘い、甘つたるい色に見える。
うーん、これはくつ下にするべきだつたか。
でももうかなり編んでしまつてゐるので、これはこのままマフラーとして完成させるつもりだ。

そろそろ折り返し地点が心配になつてきた。
はかりの電池が切れてゐるから買つてこなければ。
100g一玉なので、だいたい50g分くらゐ編んだら減らし目に入るつもりなのだつた。
Baktus はここの判断がむつかしい。
偶数個の毛糸だまで編むときはいいんだけれどもね。

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Friday, 09 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 曹操の王国 その二 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「曹操の王国」のつづきと孔明と龐統のケースについて書く。
前半はこちら

「曹操の王国」のケースの左端には蔡中・蒋幹・蔡瑁といつた「確かに曹操軍の人だけれどもー」といふ人々が並んでゐる。

蔡中はやや奥の方に立つてゐる。
なんだらう、この、いぢましい表情は。
人形劇のときからさうだけれども、なぜかひどくさもしい印象のある人形だ。
そのくせ衣装には結構華やかな花柄があしらつてあつたりして、おもしろい。
江東に潜入して隠れていろいろと探つてゐるところかな。

蒋幹は蔡中の左斜め前に驚いたやうすで立つてゐる。
上体を反らして両手を顔の横でひろげ、「ひゃーっ」とか「ぎゃーっ」とか云つてゐるやうに見える。
なんだらう、二度目の訪問で周瑜に手ひどく追ひ返されたときの反応だらうか。
それとも一度目の訪問で蔡瑁からの偽手紙を見つけておどろいてゐるのか。でもこんなに驚いてゐたら正体がバレちやふんぢやないかなあ。
衣装もサテンめいた地で牡丹色なのでほかの人形よりちよつと大きい人形のやうに錯覚してしまふ。

蔡瑁はケースの一番左端のちよつと別室といふところにゐる。
ややうつむき加減でなにかをたくらむ様子で右の方をうかがつてゐる。
蔡瑁は、曹操軍に入つた時点でもうあまりなにかたくらむ必要はないやうな気がするのだが。
や、もちろん、江東との戦ひをどうするかなど考へることはあるだらうけれと、さういふことを謀つてゐるやうな表情とは違ふ。
ひそかにあれこれ探つてゐる、さういふやうな表情だ。
蔡瑁は死ぬときに「曹操を殺してとつて代はつてやらうと思つてゐたのに」的なことを云ふが、これは苦し紛れのことばで、実際はそんなことはなかつたんぢやないかといふ気がする。
考へてゐたとしても「この戦に勝つたら荊州は自分がもらはう」くらゐぢやないかなあ。
曹操の下で働くつもりでゐたと思ふ。
それがこの表情だよ。
やつぱり曹操にとつて代はるつもりだつたのかな。


「江東の群像」のケースと「曹操の王国」のケースとのあひだに小さなケースがふたつある。
入口に近い方のケースに孔明、奥のケースに龐統がゐる。
どちらもぐるり360度どこからでも見ることができるというのがいい。
ふたつのケースははなれてゐて、互ひに相手の方を見てゐるといつたやうすだ。
「赤壁の戦ひ」時点では、人形劇ではとくにこれといつた接触のないふたりである。
それを考へると、今後おなじやうに玄徳の配下におさまることになる、といふやうすを示してゐるのだらうか。
それとも離れてゐても互ひに意識してゐるといふことなのかもしれない。
孔明と龐統とそれぞれの背後に立つてケース越しに相手を見るといふのも一興だ。

以下、つづく。

紳々竜々と「荊州の人々」についてはこちら
「玄徳の周辺」についてはこちら
「江東の群像」前半はこちら
「江東の群像」後半はこちら
「曹操の王国」前半はこちら

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Thursday, 08 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 曹操の王国 その一 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「曹操の王国」について書く。

「曹操の王国」は展示室のメインケースの向かひにある。
ほぼ曹操の定位置な気がする。別のケースにゐることもあるけれども。

ケースの右から徐庶、曹仁、荀彧、夏侯惇、許攸、曹操、夏侯淵、程昱、許褚、蔡中、蒋幹、蔡瑁の順に並んでゐる。
ケースの中央が曹操で、そのやや斜め左に夏侯淵がゐて、あとは左右に並んでゐるといふ感じ。

このケースは右端と左端とがちよつと別仕立てになつてゐて、山門の阿吽の仁王様のゐるところに似た印象がある。
今回右端には徐庶がゐて、ほかの人々とは異なる世界にゐる感じがする。
なにがしか策を講じやうとしてゐるやうに見えるのだが、もちろん曹操のためではないのは「人形劇三国志」だからだらう。
なにかたくらんでゐるやうに見える左端の蔡瑁と対をなしてゐるやうにも見える。

曹仁はわづかに左前に身を乗り出すやうな形で立つてゐる。
以前おなじやうな恰好で立つてゐる曹仁を見たことがあつて、あのときは歯をむき出してゐるやうに見えた。
今回はさういふことはないのでそのときよりは落ち着いたやうすに見える。
今回は曹操のケースも全体的に意気の上がらないやうすで、でも曹仁や許褚は覇気があるとはいへないものの意気軒昂といつたやうすだ。
曹仁の場合は動きがあるやうに見えるからだらう。

人形劇的には「なぜここに」と思つてしまふが荀彧は、曹仁の後ろちよつと高いところに立つてゐる。
「人形劇三国志」の荀彧は老人姿なのでここに出てくるにはすこし違和感を覚える。
はなれて見たときに左側で対になるのは蔡中か蒋幹かといつたところなので、荀彧でなくてもよかつたのぢやないかなと思つてしまふから、といふこともあるのかもしれない。
ただ荀彧は毎回登場するわけでもないので、見られるのはとてもうれしい。
視線はやや右、かな。本拠地には自分がゐるから心配めさるな、といつた心なのかもしれない。

荀彧の左側には許攸が立つてゐる。
面を伏せて、意気消沈といつたやうすだ。
「人形劇三国志」ではこの時点で曹操軍の軍師的役割を担つてゐるのは許攸だ。
でもやつぱり許攸が生き残つてゐると整合性が合はないと思はれたのか、連環の計を授けに来た龐統にこの場を逃げ出せないかと訊いてその策通りに逃げてそれきりになる。「三国志演義」だと徐庶の役かな。
この意気消沈としたやうすは、「どうも勝てさううにない」「どうしたら」と悩んでゐるところなのだらう。

許攸の前やや左に夏侯惇が槍を手にして立つてゐる。
槍の持ち方にどうも違和感があるのだが、おそらくは本気で突かうとしてゐるわけではないからなのだらう。
両手の位置と向きが「それでは戦へないんぢやない?」と思ふやうな状態なのだつた。
勘違ひかなあ。槍とか持つたことないし。
おそらく、顔は知らないけれどもそんなに怪しくない相手に対してちよつと槍を構へてゐるとか、さういふ場面なのだらう。

曹操は中央の高いところにゐて、右やや上をにらんでゐる。
そんなにいきりたつてもゐないし、いますぐ戦闘開始といふわけでもなささうだ。
それは曹操だけがさうといふよりは、左右にゐる許攸と程昱とが面を伏せてゐてなんとなく沈んだ雰囲気に見えることと、夏侯惇が戦ふんだか戦はないんだかすこし中途半端な状態なことと、なにをいつても「赤壁の戦ひ」だから、といふことがあるんだらうと思ふ。
そのせゐか曹操に感じる色気もちよつと足りないかな。

曹操の左前低いところに夏侯淵がゐる。
周囲の様子を見てゐるといふか、情勢をうかがつてゐるといふか、そんな感じに見える。
人形劇の夏侯淵にはどこか華やかなところがあつて、それでセンターなんだらうな、と思つたりもする。もちろん役割としてもさうなんだらうけれども。

曹操の左となりやや低いところに程昱がゐる。
ややうつむいてゐて、如何にも悪いことを考へてゐさうな様子だ。
そげた頬に影が落ちてちよつと凄まじい表情に見える。
照明がいい具合にきいてゐる。
いいぞいいぞ。
そんなわけで、程昱だけ見ると沈んだ様子には見えないのだが、はなれたところからケース全体を見ると曹操の左右で許攸と程昱とがうつむいてゐるといふのがなんとも暗雲垂れ込めるといつた雰囲気に見えてしまふんだなあ。

程昱の左前方さらに低いところに許褚が立つてゐる。
人形劇の許褚にはきかん気の強い腕白小僧といつた印象があつて、今回の展示でもそんな風に見える。
頼れさうな雰囲気だ。

以下、つづく。

紳々竜々と「荊州の人々」についてはこちら
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「江東の群像」後半はこちら

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Wednesday, 07 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像 その2 2018年後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「江東の群像」の続きについて書く。
前半はこちら

ケースの真ん中には孫権が立つてゐる。
奥の一番高いところにゐて、戦に臨む時の装ひだ。
これまで見た展示では孫権は平時の服装が多かつたやうに思ふ。
今回の衣装の方が様子がいいな。
説明では「目が緑色に見えるでせう」といつてゐたが、残念ながらやつがれの目ではあの位置にゐる孫権の目の色を確認するのはチトむつかしい。
さういへば孫権はいつも奥の方にゐてあまり手前に出てくることがない。
たまにはもつと手前まで来てもいいのでは、と思ふが、全体的なバランスを考へるとさうもいかないのかな。
さういへば、孫堅・孫策・孫権のときはいつもより手前の方にゐたやうな気がする。

その下やや右斜め前に周瑜がゐる。
采配を掲げて勇ましさうだが、あまり覇気は感じない。
今回そんなことばかり云つてゐるが、周瑜にしても「人形劇三国志」の赤壁の戦ひの時点では体調が万全といふわけでもないし、さんざん孔明にしてやられてゐるし、そりや覇気も削られるでせうよ、といつたところか。

周瑜の前には小喬がゐる。
大喬と顔を見合はせてゐる感じかな。
周瑜とは離れたところにゐるやうに見える。
小喬の衣装を見て、「元はこどもの着物だらう」と思つてゐたら、説明の方が「お宮参りのときの産着」だと云つてゐたので、やつがれの目もまんざら節穴でもないな、と思つた、と日記には書いておかう。
大喬は顔に大きな髪飾りの影が落ちてしまつてちよつと残念だつたけれど、小喬はそんなことはない。
おだやかな表情でほほえんでゐるといつたやうすだ。

孫権の右側すこし下がつたところに喬国老が立つてゐる。
はなれたところから見ると呉国太と対になつてゐるやうに見える、とは前回も書いた。
せつかく一緒にゐるのだし、大喬小喬の方を見てゐてもいいのにな、と思はないでもないのだが、正面を向いてゐる。
あひかはらず「食へないヂイさん」といつた印象を受ける。

喬国老の斜め右下、小喬の右すこしはなれたところに闞沢が立つてゐる。
斜に構へてなにごとかたくらんでゐる心だらうか。
あまりこのケースの中の人々やその雰囲気と絡んでゐるやうには見えなかつた。
もう一度見たらまた違つた印象を受けるんだらうけれど。

闞沢の右、ケースの右端手前に徐盛がゐる。
弓を持つた手を後ろにして、いままさに駆けてきたといふかのやうに片足が勢ひよく後ろにはねあがつてゐる。
この状態では矢は放てないと思ふのだが、放つたあとの勢ひでかういふ恰好になつたといふことなのか。
それとも押つ取り刀ならぬ押つ取り弓矢で馳せ参じてきたところなのかな。
はなれて見ると左端手前にゐる程普のしづかな感じとはまた趣が変はつておもしろい絵に見える。

ケースの右端奥には諸葛瑾が立つてゐる。
やや中央に躰を向けたやうすは、位置ともあひまつて全体を見渡してゐるやうにも見受けられる。
飯田の展示で見る諸葛瑾はつらさうにしてゐることが多いといふ印象がある(印象だけだけど)が、かうして見ると端然と落ち着いた雰囲気で、黄色系の衣装もおごそかに見えてくる。

以下つづく。

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Tuesday, 06 November 2018

好きなことをする罪悪感

タティングレースのスカーフは、飯田に行つたときに作つたモチーフ一枚をスカーフ本体につないでゐる最中だ。

名古屋に行つたときに作つた二枚のモチーフの上にモチーフを作りながら飯田のモチーフをつないだ。
名古屋のモチーフは隣にあと三枚つないで一段になる。
一段をモチーフ五枚にしたからだ。
独立して作るモチーフは横に長くすると本体とつなぐときにつなぐ場所が増えて大変なので、精々一列二枚だな、と思つてゐる。
一枚を縦に長くつなぐことも考へたが、まあそれは名古屋に行くとか京都に行くとか長旅をするときでないとちよつと考へにくいし、あまり縦に長くつなぐとスカーフの長さに影響してくるのでどうかといふ話もある。
まだ六段だから長さの心配はしなくてもいいんだけどね。

ところで、昨日指なしミトンを編み終はつた、といふ話はまた月曜日にも書くとは思ふ。
編み終はると、そこはかとない不安に襲はれる。
手元に編みかけのものがなにもないことが不安だ。
なにも編むものがないといふ状態に慣れない。

もちろん、あみものをはじめて以来「いま現在なにも編むものがない」といふ状態が発生したことはあつた。
編むものが決まらない、とかね。
疲れてゐてそれどころではない、とか。
長くて二週間くらゐだらうか。
一ヶ月といふことはないんぢやないかな。

編むものがない不安といふのは、なにもすることがないといふ不安だ。
なにもすることがないといふことは、生きて甲斐なし、といふことでもある。

実際のところは、なにもすることがなくても生きて甲斐なしなどといふことはないのだらうとは思ふ。
きつと世の中の人はさう云ふだらうし、さういふやうな格言もあることだらう。

さうわかつてゐても、することがないといふのは不安だ。
生きてゐる意味がない。
さう思ふ。

それではあみものやタティングレースが生きてゐる意味をもたらしてくれるのか、といふと、これも実は怪しい。
すくなくともやつがれにとつてはさうだ。
これは自分のすべきことなのだらうか。
ほかにすることがあるのぢやないか。
さういふ不安もある。

あみものもタティングもしてゐて楽しいので、少なくともやつて意味がないことはない気はしてゐる。
でも、楽しければいいのか、といふ話もある。

自分がしたいことをすることに罪悪感があるんだな。
したいことをしちやいけないんぢやあるまいか。
なにかもつとしたくないけれどもしなければならないことをするべきなのではないか。
たとへばもつと自分或は世の中を利するやうなことをしなければならないのでは?

これを「心の中のプロテスタント」と自分では呼んでゐる。
ここのところナリを潜めてゐたのだが、まだ心のどこかに住んでゐるやうだ。
住んでゐるからといつて、云ふとほりにするわけではないのだが。
やつかいな存在である。

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Monday, 05 November 2018

三角ショールを編むとして

指なし手袋も模様部分が完成してもう終はりが見えてゐる。
次になにを編まうかと思つたときに、三角ショールが編みたいなと思つた。

そこでハードディスク(ではもうないのだが)に保存してゐるフリーパターンのショールとマフラーとを見たのだが。
うーん、ピンとくるものがない。

ピンとくるものがないといふよりは、いま、編み図や編み方と首つぴきであみものをする気力がない。
これはよくあることだ。
ここ数年はずつとかうな気もしてゐる。
レース編みなどの編み図と首つぴきで編まねばならないものに挑戦できない。
思へば最後に編み図を見ながら編んだのはなんだらうと思つたら、今年の一月頃編んでゐたベルント・ケストラーのミトンだつた。
でもなあ、あれはそんなに編み図と首つぴきでなくても編めたしなあ。
タティングレースのドイリーやヨガソックスにも編み図はあつたが、一度覚えてしまへばあとはくりかへしなので首つぴきといふわけではなかつた。
ボスニアン・クロッシェのショートスヌードも然りだ。

候補としては、Danish Shawl、Multnomah、Baktus といつたところか。
Multnomah と Baktus とは以前編んだことがある。
求めてゐるのは、三角でできればてろんとしたできあがりになるもので、可能な限り大きくしたい、といふことだ。
毛糸は Opal のソックヤーン100g一玉。

Danish Shawl は模様を覚えるまでは編み図と首つぴきかなあ。
Multnomah は途中までは増し目をしながらガーター編みでそのあとは Feather and Fan なのでそれほど編み図を見る必要はあるまい。
Baktus は増し目さへ間違へなければいいのでこの中では一番楽だが、真ん中まで増し目で以降は減らし目なので減らし目に入るところを誤ると糸が足りなくなるといふ恐怖が待つてゐる。

あとは糸との相性で、Multnomah の名前は地名から来てゐて、緑系のイメージのショールだ。
Danish Shawl と Baktus とはまあ好きな糸で編めば、といふ感じだらうか。
Multnomah だつて何色で編んでもいいのだらうが、写真があまりにすばらしいので、ね。

三角形でてろんとしたできあがりでできるだけ大きいといふと、Lacy Baktus なんかがぴつたりな気もしてゐる。
あと、あまりレース模様つぽくないものがいいとも思つてゐる。

うーん、さうすると Baktus か。
今夜あたり指なし手袋が編み終はる予定なので、三角ショール用の毛糸を出してきて考へるかなあ。

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Friday, 02 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 江東の群像 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「江東の群像」について書く。

展示室に入つてつきあたりの現在「玄徳の周辺」のケースの右側に「江東の群像」のケースがある。
展示室の中ではメインのケースだと思はれる。
このケースには、左から順に魯粛、程普、黄蓋、呉国太、大喬、孫権、周瑜、小喬、喬国老、闞沢、徐盛、諸葛瑾が並んでゐる。
ケースの中心奥の高いところに孫権がゐる。

ケース左端の奥に魯粛がゐる。
どことなく地味に見えるのは照明が暗いからか。
「人形劇三国志」の展示テーマが「赤壁の戦ひ」なのだから、魯粛はもつと目立つてもいいのにな、と思ひつつ、さういへば魯粛はいつも控へめかもしれない、と思つたりもする。
前回、「荊州・江東の人形には黄色系の衣装を選んでゐた」といふ話をしたが、今回の魯粛にはあまり黄色みはない。
灰色がかつたちよつと明るい紺色の地といふのが、地味さにつながつてゐるのかもしれない。

程普は魯粛の前、やや右側に立つてゐる。
だいぶ前にも書いたやうに、「人形劇三国志」の人形のなにがすごいつて、むくつけきをぢさんやお爺さんの衣装が花柄だ、といふことだ。
劉琦の衣装のやうに華やかな花柄なこともあれば、程昱の衣装のやうに小花をたくさん散らしたやうな模様もある。
それでゐて全然をかしくない。
スーツにしたら花柄はをかしいのかな。
ネクタイなら大丈夫かも?
さまざまなことを考へてしまふ。
今回見てみたところ、程普の衣装には目立つところには花柄はなささうだつた。
以前、美術館の方に川本喜八郎が好きだつたと聞いた荒磯が目立つ衣装だ。
程普の衣装には黄色い荒磯が使はれてゐる。
ほかにも荒磯をあしらつた衣装を着てゐる人形がゐた気がするが、定かではない。色は違つたやうに思ふんだがな。

程普の右側に黄蓋が立つてゐる。
このケースの中では一番生き生きしてゐるかも。
見る角度によつてちやんと目が光るやうになつてゐる。
黄蓋の目にはガラスもしくはアクリルのやうな素材が使はれてゐるので、照明を反射してきらりと輝くのだつた。
それで生き生きして見えるといふこともあらう。
また、見るこちらが赤壁の戦ひと思つて見るからよけいに黄蓋が元気に見えるのだともいへる。

黄蓋の後方やや右側の高いところに呉国太が立つてゐる。
正面を向いてゐて、ちよつと離れたところからケースを見ると喬国老と対になつてゐるやうにも見える。
呉国太が出てくるといふことは玄徳の再婚まで入つてゐるといふことか。
人形劇三国志を見てゐると、周瑜の死までで一区切りといふ気がすることもある。
呉国太の衣装には瓢箪柄の部分があつて、これがなかなか可愛い。衣装全体はおごそかな感じなのだが、瓢箪がちよつと重さを軽減してゐる。
呉国太の表情自体も厳しさうでゐて福々しくもあるので、衣装とあつてゐるなと思ふ。

呉国太の前、やや右よりのところに大喬が立つてゐる。
牡丹の花を手にしてゐて、とても美しい。
とても美しいのだが、残念ながら大きい髪飾りがその花の顔に影を落としてゐる。
照明の加減だらうとは思ふのだが。
今回、黄蓋とか後日出てくるだらう程昱とか、照明の加減でよく見える人形もゐるのだが、大喬は照明の加減がむつかしかつたのかなあ。
いままでの展示でも大喬を見たことはあると思ふのだが、髪飾りの影が邪魔などと思つたことはなかつた気がするのだが。
美人だけに残念である。

以下、つづく。

紳々竜々と「荊州の人々」については
「玄徳の周辺」については
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10月の読書メーター

10月の読書メーター
読んだ本の数:5
読んだページ数:1519
ナイス数:25

The Culture Map (INTL ED): Decoding How People Think, Lead, and Get Things Done Across Cultures (English Edition)The Culture Map (INTL ED): Decoding How People Think, Lead, and Get Things Done Across Cultures (English Edition)感想
著者も書いているが、ここに書かれているのは国単位のマクロな視点から見た違いの話で、ミクロな話だって当然ある。日本人の中にだって時間に頓着しない人もいる。でも云われてみればあのときのあのオランダ人の反応はそういうことだったんだ、と思うこともあり、興味深くはあった。
読了日:10月10日 著者:Erin Meyer
お囃子えりちゃん寄席ばなしお囃子えりちゃん寄席ばなし感想
歌舞伎役者の養成コースについては話を聞く機会もときたまあり、映像を見ることもあるが、寄席囃子の養成コースについては寡聞にして聞いたことがない。「こんな感じなんだー」とおもしろく読む。
おもしろいと思った落語を自分で口演してみると驚くほどおもしろくないのはなぜなんでしょうね。
何かが気になったり好きになったりするとそれに関する本が読みたくなる。先日のウルトラセブン落語で遅ればせながらはじめて三味線を引く姿を拝見し、本を出していると知って手に取ってみた。
読了日:10月10日 著者:恩田えり,新子友子
与話情浮名横櫛―切られ与三 (岩波文庫)与話情浮名横櫛―切られ与三 (岩波文庫)感想
團十郎の与三郎、先代雀右衛門のお富で伊豆屋店先の場を見たときは源氏店のすぐ後で、なんでそんなに与三郎がうらぶれているのかよくわからなかった。今回読んでそのあたりの事情がはじめてわかった気がする。普段出ない場も読んでいるとおもしろいが実際に芝居にすると「宝物の紛失、よくあるよね」で終わってしまいそう。くり返し上演して様々な役者の工夫がこらされた場面だけが残るのかもしれないなあ。与三郎の夢の部分はそこだけ独立させて舞踊仕立てにしたら案外いけるのではあるまいか。
読了日:10月18日 著者:瀬川 如皐
古人に学ぶ 中国名言集古人に学ぶ 中国名言集感想
なぜ中国では「知的所有権」が根付かないのか。その理由は元々は詩作の方法であった「換骨奪胎」にあるという。「中国の古典詩(私たちのいう漢詩)は、引用のモザイクである。つまり引用合戦である。先祖供養といえぬこともない。(P85)」と本にはある。中国に「知的所有権」を押し付ける米国にだって「荒野の七人」や「スターウォーズ」や「ライオンキング」がある。こうした作品は「換骨奪胎」して生まれたものではないのか。だとしたら中国が知的所有権を受け入れることもできるように思うのだが。
読了日:10月20日 著者:草森 紳一
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)感想
成果ではなくプロセスが評価されたというのはちょっと意外だった。考えてみればそうか。職場で見てても左遷されても帰ってくるものなー、大抵は。個人向けに変換すると過去の栄光に縛られていてはダメ、ということだろうか。成功したことによって判断を誤り、失敗したことが教訓となる、みたような話を読むと「易だなあ」と思う。
読了日:10月28日 著者:戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎

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Thursday, 01 November 2018

飯田市川本喜八郎人形美術館 玄徳の周辺 2018後半

10月26、27日と飯田市川本喜八郎人形美術館に行つてきた。
今回は「玄徳の周辺」のケースについて書く。

「玄徳の周辺」のケースは、展示室の入口のつきあたりにある。
玄徳一行は、その次にある展示室のメインケースがほぼ定位置のやうになつてゐるやうに思つてゐるのだが、今回は「人形劇三国志」としてのテーマが「赤壁の戦ひ」なのでこの位置なのだらう。

左から順に馬上の張飛・美芳・馬良・趙雲・玄徳と白竜・淑玲・伊籍・勝平・関羽と赤兎が展示されてゐる。

張飛には覇気が欠けて見える。
これは「曹操の王国」のケースにも云へることなのだが、赤壁の戦ひだからだらうか、人形全体にどことなく元気がないやうに感じられる。
このケースの中では張飛はとくにさう見える。
さぞ腕をこまぬいてゐることだらう。
さう思つて見ると、蛇矛も携へてゐるだけといふ風に見えてくる。
張飛は人形劇では一番といつていいほど生き生きとした登場人物だから、よけいに元気の足りないやうに見えるのかもしれない。

美芳は張飛の手前やや右側に立つてゐる。
腕などひろげて「ちよつと寄つてらつしやいよ」とでも云つてゐるのだらうか。
さういへば人形劇では美芳は勝平と一緒に負傷兵を助けたりするんだつたな。
こんなときに敵も味方もないよ、と、わけへだてなく手をさしのべてゐた。
玄徳の周辺の人々で一番活躍してゐたのは実は美芳と勝平だつたりして。
美芳も、もうちよつと可愛く見えるアングルがあるやうな気がするのが、チトもつたいない。

馬良は張飛の右隣、高いところに立つてゐる。
右手を口元に近づけて左手は胸元あたりにある。
最初見たときは、なにか考へごとをしてゐるやうに見えた。左側から見たときだな。
それが正面や右側から見るとまた印象が変はる。
とくに右側から見たときは、なにか献策しやうとしてゐるところに見えるんだな。
馬良はどこから見てもいい表情をしてゐる。

趙雲は美芳の右隣にゐて、槍を構へてゐる。
蝶の模様の衣装がよく見える。
趙雲はこの場にあつても臨戦態勢のやうだ。
単身孔明を助けに行つたりするからだらうか。
また、位置的に玄徳を守護してゐるといふやうすでもあるので、それでほかの人形に比べて緊張感が高いやうに見えるのかもしれない。

玄徳は趙雲の右後方、高いところにゐて白竜に乗つてゐる。
玄徳も臨戦態勢とまではいかないが、気を抜かずにゐるやうだ。
戦況を見守る心だらうか。
それが手前にゐる趙雲にも伝はつてゐるのかもしれないな。

淑玲は赤壁の戦ひのときにはもうゐないのだが、玉桃もゐることだし、その前哨戦からの流れで登場といつたところか。
趙雲の右、玄徳の右前方に立つてゐる。
やや見上げるやうな視線は、玄徳にそそがれてゐるのかなあ。

伊籍は、玄徳の右に立つて遠くを見てゐるやうすだ。
以前も書いたと記憶するが、伊籍は「人形劇三国志」の中でも「いい人」に属する人形だと思ふのに、飯田で見るとかなり気性の荒い人に見える。
気性が荒くてもいい人はゐるのかもしれないけれど、「いい人」といつたときに思ひ浮かべる穏やかな雰囲気はあまりない。
口元かな、なんとなくきつい口調で詰問するやうな、そんなときの口元に見えるのだ。
操演されてゐるときとかうしてしづかに立つてゐるときとで印象の変はる人形は多く、伊籍はその中のひとりである。

勝平は伊籍の手前にゐる。
いままさに駆けてくる、そんなやうすで片足をあげてゐる。
美芳とおなじやうに、勝平は赤壁の戦ひではかなり活躍してゐるからか。
戦場に父親を捜しに行つたり、風向きの変はるのを即座に検知するために凧を揚げたり、結構忙しい。
この感じだと関羽のもとに駆けてきたといつたところだらうか。

関羽はケースの一番右端で赤兎に乗つてゐる。
張飛ほどではないものの、こちらにも傍観者モードな印象がある。
せつかく赤兎に乗つてゐるのになー、とも思ふが、あとで思つたのだが、もしかしたらこのあと華容道に向かふことになるのか知らん、といふ気もしてきた。
さういふ視点から見たらまた違つたのかもしれないなー。残念。

以下、つづく。

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