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Friday, 21 September 2018

「幽玄」とクール・ジャパン

今月歌舞伎座の夜の部で「幽玄」といふ演目がかかつてゐる。
その中で「羽衣」と「石橋」、「道成寺」とが演じられる。
坂東玉三郎が太鼓芸能集団鼓童をfeatureした舞台で、そのほかに若手の歌舞伎役者が出演してゐる。

これを見て、「東京オリンピックの開会式や閉会式はこんな感じになるのかもしれないな」と思つた。

「羽衣」も「石橋」も「道成寺」ももともとは能の演目である。
そこから派生した歌舞伎の演目にもある。
いづれもきちんと物語や背景がある演目ばかりだ。

この中で一番もとの演目の物語が表現されてゐたのは「羽衣」だ。
地上に降り立つた天人が松にかけておいた羽衣を漁師・伯竜が手にする。天人は羽衣を返してくれと訴へ、伯竜は天人の舞を見せてくれたら返さうといふ。天人は伯竜に舞つてみせ、やがて天へと帰つてゆく。

「幽玄」の「羽衣」を見てもそのあたりの内容はおぼろげに理解できる。
なぜか伯竜が十一人もゐるけれど。
若手役者一人では玉三郎に太刀打ちできないからか、萩尾望都でもやりたかつたのか(伯竜が「十一人いる!」)、舞台が静岡だけにサッカーをイメージしたのか、そこのところはよくわからない。
でも、「ああ、「羽衣」つて、さういふ話なんだな」といふことはなんとなくわかる。

「道成寺」は能のそれといふよりは歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」の色合ひが強い。
ちやんと道行もある。
安珍清姫といふ背景があることは見てはとれないけれど、なに、「京鹿子娘道成寺」だつてただ見聞きしてゐるだけではそこまではわからない。
「鐘に恨みは数々ござる」といふ詞章と踊りとからうすうす知れる、といつたところか。
おお、なんだか幽玄ぢやん。
一方、「幽玄」の「道成寺」はといふと、「京鹿子娘道成寺」を知つてゐるからわかるけれど、途中なにがなんだかよくわからない部分があつて、「なんでこれが「道成寺」なんだらう」と疑問をいだいてしまふ。
道行から出したことを考へると、玉三郎はできることなら「京鹿子娘道成寺」を踊りたいのかもしれない、といふ気もしないではないが、見てゐるうちに「これはなんだか全然違ふことをしたいのだな」といふ気分になつてくる。

一番よくわからないのは「石橋」だ。
能の「石橋」には、この世には清涼山といふところがあつて、その深山幽谷に自然の為したる石橋があり、文殊菩薩の獅子があらはれて……みたやうな背景があるのだが、「幽玄」の「石橋」にはさういふ背景はきれいさつぱりなんにもない。
単に獅子の扮装をした役者が五人出てきて、毛振りを見せて終はり。
さういふ演目だ。
幽玄といふ奥深い趣は微塵もない。
これぢやあ「石橋」ぢやなくて「Lion Dance」だよ。

それが悪いとは云はない。
はじめて歌舞伎を見る人には、めんどくさい背景は抜きにして華やかな「Lion Dance」を見るだけの方が楽しいといふこともあらう。
そもそも最近の歌舞伎の客は「外国人の目」で歌舞伎を見ているといふ。
外国人の目で見たら、獅子が文殊菩薩に由来するもので、だとか、清涼山といふところがあつて、だとか、さういふことはどうでもいいのかもしれない。
つまり、グローバルな表現としての「石橋」が「幽玄」の「石橋」である、と、さういふことなのかとも思ふ。

それが悪いとは云はないが、それでいいのかなあ。
どことなく「クール・ジャパン」の匂ひがしてこないか。
入り口としてはこれでいいのかもしれない。
さうも思ふ。
でもこれ、歌舞伎座でかける演目ぢやないよな。
玉三郎と「幽玄」といふわび・さびを思はせるやうな題名にだまされてゐる。
そんな気がしてくる。

そして、東京オリンピックが行はれるとして、その開会式や閉会式にはかうした演目が出てくるのぢやないか。
演目や物語の背景は全部取つ払つてしまつて、派手で見栄えのするところだけ集めてくる。
さうなるんぢやないかな。
たかがオリンピックの開会式だ。
それで全然かまはない。
この件に関してはさう思ふ。
それと歌舞伎座とは違ふ。
さう思ふんだけどなあ。

でもまあ世の中、見栄えさへよければいい、といふ向きもたくさんあるので、かうしたものなのかもしれない。

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