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Wednesday, 20 June 2018

はじめての歌舞伎の本

中学生の時にたまたま入つた音楽室の準備室に歌舞伎の本があることを発見した。
A4変形だらうか大きなサイズで、写真がたくさん載つてゐる、ムックのやうな体裁の本だつた。
音楽の先生に無理にお願ひして借りてきて読んだ。
といふよりは、見た、かな。なにしろ写真の多い本だつた。

題名も忘れてしまつたし、出版社はどこか大手だつた、くらゐしか覚えてゐない。講談社だつたかなあ。
表紙は写真を寄せ集めてきて作つたやうな感じで、開くと坂東玉三郎の藤娘の写真が掲載されてゐた。
この本を見る前に知つてゐた役者は玉三郎くらゐだつたと思ふ。
この本で、中村歌右衛門と実川延若とを覚えた。
ふたりともヴィジュアルが強烈だつたからだ。

実川延若は、「関の扉」の関兵衛実ハ大伴黒主の写真が抜群によかつた。
鉞を下にして足をかけた形がいいし、とにかく表情といはうか顔の造作といはうかがこの世のものではないかのやうな様相で、このまま浮世絵にしたいやうな風情だつた。
ほかには当然「楼門五三桐」の五右衛門や、「封印切」の忠兵衛など、結構いろんな写真が載つてゐたやうに思ふが(なにしろこの本で覚えたんだからね)、なにをおいても黒主。

歌右衛門といへば忘れられないのが「鴛鴦襖恋睦」だ。
鴛鴦になつてからの姿で福助だつたころの梅玉と踊つてゐる場面の写真があつたのだが、失礼ながら化け物にしか見えなかつた。
幽霊といへばさうなのでさう間違つてはゐないのかもしれないが、実際に見るまでは「鴛鴦襖恋睦」は怪談なのだと信じてゐた。
それにしては明るいし衣装も華やかだなあ、とふしぎではあつたのだが。

あと、道成寺の道行の花道で鐘を見込んだところの表情なんかもものすごく怖かつた。
延若の黒主もさうだつたけれど、「これ、絶対この世のものぢやないから!」といふ顔付きだつた。
写真だから怖いのであつて舞台を見てゐれば自然と流れていくのでそんなことはなかつたのかもしれない。
とはいつても歌右衛門の玉手御前は怖かつた。
花道から出てきて戸の前にたどりつくまでの幽鬼のやうな風情や、「かかさん、かかさん、ここ開けて」の黄泉の国からやつてきたかの如き声音がいまでも忘れられない。

異形のもの。
ふたりともそんな感じだつた。

この本には、実際に芝居を見るやうになると「え、この人、ほんとにこんな役やつたの?」といふやうな役の写真が出てゐたりもする。
福助だつたころの梅玉のお嬢吉三とかね。きれいですてきだけれど、つひぞ見たことがない。見てみたかつたなあ。
見てみたかつたといへば、菊五郎と孝夫時代の仁左衛門のおまんまの立ち回りの写真もあつた。
「岡崎」は二世鴈治郎と扇雀時代の藤十郎。
海老蔵時代の十二代目の團十郎の弁天小僧菊之助の写真もあつたなあ。
おそらく染五郎時代の白鸚の春永と吉右衛門の光秀の「馬盥」もあつた。
「河内山」の写真が羽左衛門だつたのもいまとなつてはちよつと意外だ。先代の白鸚とか十七世勘三郎とか、いくらでもありさうなものなのに。

それから忘れられないのが宗十郎・先代の時蔵・先代の錦之助が赤姫のこしらへでならんで写つてゐる写真。モノクロだつたけれど、これがきれいで可愛くてねえ。
どんな芝居だつたんだらうか。芝居ぢやなかつたんだらうか。楽屋で撮つた写真のやうでもあつたし。

こんな感じで実際に芝居を見る前から芝居や役者の名前は覚えてゐた。
それでいまでも頭でつかちなところが抜けないのかとも思ふ。

それにしても、この本、ほしかつたなあ。
古本屋に行けばいまでもあつたりするか知らん。
表紙を見ればそれとわかるとは思ふのだけれども。

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