貧しさに負けた
四月八日の朝日新聞Webで、「大分県で65歳以上の人の万引きが増加してゐる」といふ記事を読んだ。
なぜ大分県にかぎつてゐるのか、とか、その発生率は人口における65歳以上の人の割合と比してどうなのかとか、確認したいことがないわけぢやない。
個人的に衝撃を受けたのは、「所持金はあるが、こんな商品に遣いたくなかった」といふ万引きをした人の談話だ。
「こんな商品に遣いたくなかった」って……だつたらなんで万引きなんかしたんだよ。
さう思つたからだ。
いけないとはわかつてゐても、生活が苦しくなつたら万引きしてでも生き延びていくかもしれない。
自分はさういふタイプだと思ふ。
お金がなくなつて生命を維持するに足る食料もそこをついたといふことになつた場合、盗んででも生きていかうとするのがひとつ、お金がないんだからそのまま餓死するといふのがひとつの道だと思ふ。
自分はどうも耐へて飢ゑ死ぬタイプではないと思ふんだよなあ。
金がすべての世の中が悪い。
さう屁理屈をこねて、悪事に手を染める。
さうなる自分が目に見えるやうだ。
でも「こんな商品にお金を遣ひたくない」から万引きする、といふのはちよつと考へづらい。
さういふものは最初から買ひたいと思はないからだ。
その価値に見合ふ代金を支払ふ気にはならないが、でもほしい。
かういふ風に考へてみると、世の中にはさういふ商品もないわけぢやないかな、とは思ふ。
でもこの場合は、「もつと入手しやすい金額だつたら買ふのに」といふ意味だ。
たとへば楽器。
「時価」とか書いてあるファゴットをほしいと思ふことはあるが、でも買へない。
入手しやすい金額だつたら買ふのにな、と思ひつつ、でもさうなつても買ふか否かかなり迷ふと思ふ。
なくても暮らしていけるし、そもそも手元にあつても吹く場所がない。
贅沢品とか嗜好品とか、さういふものなんぢやないかなあ、「その価値に見合ふ代金を支払ふきにはならないけど、ほしいとは思ふ」ものつて。
モラルの低下といふ話もある。
貧すれば鈍すとはこのことか、ともいふ。
今朝も六月から小麦粉の価格が上がるとニュースで聞いた。
今後ますます高齢者の万引きが増えるといふことか。
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