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Thursday, 22 March 2018

手持ちの文具を使ひたい

一年のいまごろ文房具店に行くと、新学年に向けてノートや筆記用具などが麗々しく並べられてゐるものだ。

どうもここ二、三年、さうした華やかな印象から遠ざかつてゐる気がする。
三月も終はりにさしかかつたころに文房具屋に行つても、心浮き立つやうな光景を見たといふ記憶がない。

単に、自分が新学年とはまつたく関係のない立場だからかもしれない。
それと、ノートやら筆記用具やらは、もうたくさん持つてゐるから、といふこともある。

先日も文房具屋に行つて、買つたのは消耗品ばかりだつた。
システム手帳のリフィルに付箋、万年筆のインキカートリッジ、以上。
いづれも現在使つてゐてそろそろなくなりさうなものばかりだ。
いまの時期は四月はじまりの手帳などもたくさんならんでゐて、いちいち目移りするものだ。
でも、新しいものはなにも買はなかつた。

いまの自分に必要なのは、手持ちのノートや筆記用具を使ふことだ。
わざわざ文房具屋まで出向いて消耗品しか買つてこなかつたことに気づいたときにさう思つた。

活用する、とはあへて云はない。
手帳やノートの類はいくつも持つてゐるし使つてもきたけれど、活用してきたとは思つてゐない。
たぶん、今後も活用することはできないだらう。
活用はできなくても手帳は日々必要だし、ノートにもあれこれ書き込んでゐる。
それでいいぢやあないか。

活用することはあきらめて、しかし、では手元にある膨大な量のノートブックや筆記用具を如何せん。
がんがん使へばいい。
そのとほり。
でもどのやうに?
結局、手帳やノートの空白を筆記用具で一文字一文字埋めていくしかない。
絵を描いてもいいけれど、どちらかといふと字で埋める方が好きだ。

さうすると、そんなにたくさんノートといふものは必要ないことに気がつく。
やつがれの場合、Moleskineのポケットサイズ一ページを埋めるのにだいたい15分くらゐかかる。
書きながら手が止まることはほとんどない。ほぼ一気呵成くらゐのいきほひで一ページ書く。
さうすると、調子のいいときにはまた別に書きたいことを思ひつくので、次のページにあれこれ書く。
といつた具合だ。
書きながら手を止めることがほぼないので万年筆を愛用できてゐるのだらうとも思ふ。

問題は、書き始めるまでに助走が必要だといふことか。
助走といふか、準備期間といふか、「書かう」と思ひたつこととでもいはうか。
職場にゐるあひだはさうあれこれ書けはしないし、通勤途中も然り。
落ち着いて書けるのは家にゐる時間だけといふことになる。

ほんたうに、ひとりの人間にとつてノートや筆記用具といふのはそんなにたくさん必要ではないのだ。
しかるに手元には未使用のノートがたくさん積まれてをり、出番を待つてゐる筆記用具が山とある。
どうしたものかなあ。

それでもいつかは使ふつもりでゐるので、手放すことができない。
いつになつたら手放すふんぎりがつくだらう。
どうしたらつくのだらうか。

などと考へてゐるあひだに字を書けばいいのだとわかつてはゐるのだが。

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