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Thursday, 18 January 2018

見果てぬ夢の武蔵坊

先日、中村吉右衛門の富樫の夢を見た。

現在、歌舞伎座では高麗屋三代同時襲名興行の真つ最中だ。
Twitter の TimeLine には毎日のやうに夜の部の「勧進帳」の富樫がすばらしいといふつぶやきが流れてくる。
富樫は吉右衛門が演じてゐる。
それで夢に見たのだらう。
吉右衛門の富樫がすばらしいことはよく知つてゐるけれど、今回は格別なのらしい。
まだ見てゐないので期待がふくらむのだつた。

夢の中でも播磨屋の富樫はそれはすばらしかつた。
明晰なせりふ、それによつて導かれる鉄壁のやうな関守の姿。
凛然たるさまは、旧暦三月の北陸の寒ささへ思ひ起こさせる。
旧暦三月のころの北陸には行つたことはないけれど。

そんなすばらしい富樫と一緒に舞台に立つてゐるはずの弁慶や義経をはたして誰が演じてゐたのか。
夢の中でも夢から覚めても判然としなかつた。
誰だつたんだらうなあ。
吉右衛門があれだけすばらしいのだから、弁慶も義経もさぞかし絶妙な配役だつたのだらう。

さう思ひつつも、弁慶を誰が演じてゐたのかはつきりしない理由はなんとなくわかつてゐる。
これまで自分の理想の「勧進帳」の弁慶といふものを見たことがないからだ。

誰の弁慶はいい、いや彼の弁慶も最高だ。
さういふ話はつとに聞く。
けれども、どうも自分の好みにはいまひとつ合はないのだつた。
最近の弁慶は、なんだかちよつと賢すぎる気がするからだ。

考へてみれば、賢くなければ数多の関をとほりすぎ、いままた富樫を説得することなどできるはずもない。
勧進帳を読めといはれてとつさに白紙の巻物を手にしてあたかも勧進帳に見せかけることを思ひつきさらには実行したりだとか、山伏問答をしたりだとか、賢くなければムリ。

でもなー、なんか違ふんだよなあ。
弁慶つてさー、もーちよつと、こー、脳みそより肚なんぢやないの?
知性のきらめきより胆力の重々しさなんぢやないかなあ。

思へば。
自分の見てきた時代劇の主人公といふのはあまり脳みそは使はない気がするのだつた。
水戸黄門は頭脳戦かどうかよりともかく「先の副将軍である」といふ身分でものごとを解決してゐる。
身分を隠して隠密行動をとる、といふのはそれなりに頭がいいやうな気もするが、どうも水戸黄門に関してはさういふ感じはしない。
ご隠居が好き勝手したいからさうしてゐる。
そんな感じがする。

遠山の金さんにしても銭形平次にしても、頭を使つて謎を解くといふよりは地道に足を使つていろいろなことを見聞きし調べてゐるといつた印象だ。

退屈の殿さまも、実際はいろんなことを考へてゐるのかもしれないが、その押しの強さでなにもかも解決してしまつてゐるといふ印象がある。

時代劇で頭がいいのは大抵悪役だ。
ドラマの中で脳みそを頼りにあれこれ行ふのは悪役なのである。

そして、時代劇の源流は歌舞伎にある。
そんな気がしてゐる。

歌舞伎の主人公……といつて誰を主人公ととらへるのかはむつかしい問題なのだが……で頭を使ふのつて、粂寺弾正くらゐしか思ひつかない。
やつがれが知らないだけでほかにもゐるのかもしれないけれど。

「勧進帳」も誰が主役なのか、考へ出すとやつかいだと思ふのだが、まあ、一般的には弁慶なのだらう。
その弁慶が賢い。
なんか違ふ気がするのである。

といつても、昨今見る弁慶見る弁慶、みな賢さうなので、もう弁慶といふのはさういふものになつてゐるのだらう。
「賢すぎる」とか文句を云つてゐるやつがれの方が時代遅れなのだ。

見たことはないけれど、以前は富樫もまたどちらかといへば頭のよささうなタイプではなく、山伏問答などは弁慶と富樫との肉弾戦の様相を呈してゐた、のらしい。
さうなると、富樫ひとりが賢くなつてしまふとバランスがとれなくなる、といふことなのかな。

いづれにしても、今後も理想の弁慶には会へさうにはない。
かうして見たこともないものを追ひ求めてしまふ所以は橋本治にあるのだらうな。

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