飯田市川本喜八郎人形美術館 展示替見学 その一
2017年11月27日月曜日、飯田市川本喜八郎人形美術館で、展示替へを見学した。
展示替へを見学できるといふ話は三月に行つたときに聞いた。
十二月十日まで有効の入館手形を購入すると参加できるとのことだつた。
手形は開館十周年を記念して発売されたものだと記憶する。
秋になつて、詳しいお知らせを受け取つた。
見学のほか養生も体験させてもらへるのだといふ。
しばらく悩んで、参加したい旨を連絡した。
当日、参加者は自分も入れて七名だつた。
岡山駅から新幹線を乗り継いで来たといふ人、京都から車で来たといふ人、地元の人、さまざまだつた。
案内は展示替へを企画したといふ美術館の方だつた。
てきぱきと手際よく、説明は明快でわかりやすかつた。
まことにありがたいことだ。
飯田市川本喜八郎人形美術館の入り口は建物の二階にある。
展示室は三階だ。
展示室の前にホワイエがあつて、当日午後の主な作業はまづはホワイエで行はれる模様だつた。
当日朝のやうすは公式サイトに詳しい。
三階にあがるとホワイエがてんやわんやな状況になつてゐる中、飯田のケーブルTVの取材が行はれてゐて、我々は展示室の中に入つた。
展示室のケースは空で、人形の載る台があるくらゐだつた。
各ケースにA4の紙が貼つてある。次回展示の配置図だつた。
配置図には人形の名前とともに、人形の載る台の大きさも記されてゐる。
60×50×20、とかね。おそらくセンチメートル単位だ。
各台の裏にもその台のサイズが書かれてゐる。こちらは600×500×200とかで、おそらくミリメートル単位だ。
配置図はスペースに限りがあるからセンチメートル単位なんだらう。
ケースの清掃のやうすは公式サイトに写真が掲載されてゐる。
展示中は清掃できないといふ話だった。
さうだよなあ、人形がゐるところに入つて行つて掃除はできないよなあ。
水族館の餌付けのダイヴァが入るやうな余裕はないもの。
ケーブルTVの取材がつづいてゐるといふので、先に収蔵庫に行くことになつた。
収蔵庫の扉は重く、見たところ天井や壁は桐のやうで、枠組みは金属のしつかりした造りのやうだつた。
空調管理はしつかりしてゐて、冬は収蔵庫があたたかくて気持ちいいのださう。
中は二階建てで、一階の棚はがらんとした感じだつた。
奥には「死者の書」のものだといふかなり大きなセットが置かれてゐた。
当麻寺のものだといふ大きな屋根や壁があつた。
屋根の瓦はひとつひとつちやんと葺いてあるやうに見える。
かういふのを見ると「死者の書」を見返したくなつちゃふよなー。
二階の棚はかなりぎつしりとつまつてゐた。
棚はスチール製だらう、二段になつてゐて、今回・前回と出番のない人形たちが並んでゐる。
頭にはキルティング製の袋をかぶせてあり、躰は薄葉といふパラフィン紙のやうに薄い紙で覆はれてゐる。
キルティングの袋をかぶつてゐない人形もゐた。蔡夫人とか。
キルティングの袋の下は薄葉なので、顔は見えない。
顔は見えないのになぜどの人形かわかるのかといふと、写真付きの名札を首からさげてゐるからだ。
「三国志百態」の写真を使つてゐるのかな。
曹豹は張飛に殴られたあとなのか床にへたりこんでゐるやうな写真が使はれてゐて、そぞろにあはれを覚える。
十一月三十日からの展示は人形劇については「平家物語」が主なので、収蔵庫には「平家物語」の人形はゐないやうだつた。
さらに奥に行くと、スチール製の引き戸や引き出しのついたキャビネットの上に木製のケースがあつた。
ケースには人形アニメーションの人形がゐた。こちらも薄葉で覆はれてゐるので見えないが、いばら姫や「花折り」の大名の名前が見えた。
キャビネットの前には人形アニメーション用の背景とおぼしき四角いものが置かれてゐたりもした。
キャビネットには人形劇の小道具などが納められてゐた。
長坂坡で趙雲が抱へてゐた阿斗もゐた。
顔立ちがまさに阿斗の赤ん坊の人形で、かなり立派な衣装にくるまれてゐる。思つてゐたより大きい。
小道具はお菓子の空き箱に納められてゐるものもあつた。
貂蝉の名前の書いてある箱もある。
孔明が草蘆でかぶつてゐた巾もあつた。
ぱつと目についたものに「孔明の白羽扇」と書かれたお菓子の箱があつた。すこしはなれたところに「(プリン)」と書いてある。
気になつて訊いてみたけれど、なぜ「(プリン)」なのかはわからず仕舞だつた。
白羽扇は緑の柄のもので、「あつたあつた、この白羽扇」となつかしい気分でいつぱいだ。
その奥には段ボールで作つた莢をさらにエアマットで覆つたものがいくつもあつて、槍など得物をしまふやうになつてゐるとのことだつた。
いまは十一月二六日まで展示されてゐたものが多いので中は空なのだとのこと。
小道具を入れたキャビネットの前には覆ひのかかつた人形が何体か並んでゐた。台座に「NHK」と書いてある。
「三銃士」の人形とのことだつた。
生憎とダルタニアンと三銃士、ロシュフォールとミレディー、そしてたぶんプランシェとケティは出張中なのださうだ。
三十三間堂の千手観音のやうだ。
「三銃士」の人形もケープのやうなものがかぶせられてゐたりキルティングの袋をかぶせられてゐたりした。
今回はルイ十三世やアンヌ王妃、バッキンガム公、コンスタンスとボナシューとを見せてもらへた。
ルイ十三世はもつとそばで見ておくのだつた。
「三銃士」の兵士の人形を持たせてもらへた。
木製とのことで、展示室にある誰でも持つてみることのできる「三国志」の人形とくらべると重たい。
肩当てや脛当てがちよつとくすんで暗いターコイズブルーのやうな兵士で、「三銃士」のどこに出てきたのか記憶がない。護衛隊とは違ふんだよなあ。
収蔵庫にゐる人形を見せてもらへる、といふので、まづは白い衣装の孔明の薄葉を取つてもらふ。
ああ、しかし、カシラはホワイエにあるのだつた。
カシラのあるべき部分は、ゴムのやうなチューブで覆はれてゐた。
白いといひながら、どことなくクリーム色がかつた衣装に見える。
照明で焼けるからー、とか、普段はなかなか白い衣装は見られないんですよねー、とか、見学者はみなさんお詳しい。
ほかに、水鏡先生(カシラだけ)、魏延、あと、宮廷服(といふのだらうか)の周瑜を見せてもらつた。
宮廷服(推定)の周瑜!
ゐたんだねえ。
しかもカシラもついてゐる。
ホワイエには鎧姿の周瑜がゐるのに。
ほかの人形も案外かうなのか知らん。
衣装は替はつてもカシラは髪を結ひなほしたり冠をかけなほしたりしてすげかへてゐるのだと思つてゐたよ。
さういふ人形も多いのだらうけど。
衣装の黄色はだいぶ褪せてゐて往時のきらびやかさには欠けるものの、華やかさは一寸たりとも欠けてゐないのが周瑜である。
この周瑜を展示室で見られる日は来ないのか。
来ないのかもしれないなあ。
棚の脇にはあやつり人形がかけてあつたりもした。どういふ人形なのかはよくわからなかつた。
二階にあるさうした人形のそばにはインドネシアのワヤン人形のパンフレットもかけられてゐて、そのあたりにあるものはどうやらワヤン人形らしかつた。
かういふ寄贈されたのだらう人形もあちらこちらにある収蔵室をあとにして、見学者一行はまたホワイエに戻るのだつた。
つづく。
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