ミスのなくならないすごい文章術
「毎日新聞・校閲グループのミスがなくなるすごい文章術」を再読した。
仕事で誤字・脱字のチェックをする機会がありさうだつたからだ。
前回読んだときも思つたけれど、「違和感を与へるうちは(そのことばの使用を)やめた方がいいでせう」なんてな場合、どうすればいいんだらう。
違和感を感じる人がゐるかどうかつて、どうやつたらわかるんだ?
書いてみなければわからないのではないだらうか。
書く方は違和感がないから使ふのだ。
「ら抜きことば」に対して「さ入れことば」といふのがある。
「やらさせていただく」とか「行かさせていただく」とか、「さ」が余分に入つてゐることばである。
文章で書いてあるのはあまり見た記憶がないが、耳からはよく聞く。
坂東玉三郎といふ歌舞伎役者がよくこれをやらかす。
玉三郎が云ふからだらう、それに続く若い役者もよくこの「さ入れことば」を使つてゐる。
玉三郎も若い役者たちも、「やらさせていただく」と口にして、違和感を覚えないのだと思ふ。
若い役者はとくにさうなのだらう。
だつて玉三郎が云ふのだもの。
違和感のあるわけがない。
「ら抜きことば」がすでにかなり浸透してゐるのとおなじやうに「さ入れことば」も自然なものに感じる向きが増えてゐるやうに思ふが、それに対して「違和感を覚える人も多いんですよ」と云つてもあまり効果はないやうな気がする。
だつて周囲の人々は使つてゐるのだもの。
「「さ入れことば」は文法的に間違つてゐますよ」と教へることはかんたんだ。
でもそれで「さ入れことば」を使はなくなるかといふと、それはないんぢやないか。
だつて遣ひなれたことばなのだもの。
そんなわけで、この本を読んだらほんたうにミスのない文章が書けるのかといふと、その限りではない。
漢字の使ひわけについても、「常用漢字表を見ろ」といふわりには「常用漢字表にしたがつてゐればいいわけでもない」とも書かれてゐる。
おそらくミスのない文章を書くには「自分の書いたことを疑つてかかる」こと、それにつきるのだらう。
内容はもちろん、ことば遣ひ、文字の選び方に至るまで、疑つてかかる。
さうすれば、あるていどミスを防げるのではあるまいか。
でも、疑つて、なにが正しいかつてどうやつて確認すれはいいのだらう。
辞書だつて人間の作つたものだ、絶対正しいとは限らない。
文法にしたつて人によつて説が違つたりする。
ミスのない文章など書けるわけがない。
さういふことなのだと思ふ。
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