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Wednesday, 08 November 2017

なくても通じる五・六段目

今月歌舞伎座で「仮名手本忠臣蔵」の五段目・六段目がかかつてゐる。
早野勘平の悲劇を描いた段で、討ち入りとは直接の関係はない。
五段目と六段目とはまるまるなくても赤穂浪士の討ち入りの話としてはなんの問題もない。
しかるに五段目・六段目は人気演目である。

浄瑠璃にはかういふことがしばしばある。
「菅原伝授手習鑑」といふのは、菅原道真が藤原時平に陥れられて流罪にされる話だ。
でも人気がある段は「寺子屋」。
道真にゆかりはあるものの時平に仕へてゐる松王丸とその妻子と、道真から筆法を伝授されはしたものの不義の罪で解雇されてしまつた源蔵とその妻を描いた話である。
源蔵は筆法を伝授されてゐるので話の主流に乗るべき登場人物ではあるのだが、「寺子屋」の段はまるまるなくても物語を語るうへでなんの支障もない。

新歌舞伎ながら「元禄忠臣蔵」の中でよく上演されるのが「御浜御殿」といふのもその伝だ。
「御浜御殿」の主役はのちの六代将軍である甲府宰相綱豊卿で、己が心中と大石内蔵助のそれとを照らしあはせて述懐する場面がクライマックスだが、この話がなくても「元禄忠臣蔵」は成立する。
真山青果の本はせりふが多くて理屈つぽいが、かういふところに古典めいた雰囲気がある。骨太な感じがするのもこのためだらう。

かういふ、「どーでもいい話」「ゐなくてもいい登場人物」をfeatureするところが浄瑠璃・歌舞伎のいいところなんだよなあ。

脇役なんだよ。
勘平にしても、松王丸にしても、忠信にしても。
歴史の教科書に赤穂浪士や菅原道真、源義経のことを書くとして、どんなに詳しく書いてもせいぜい名前くらゐしか出てこないやうな人々ばかりだ。松王なんか名前すら登場しない可能性が高い。

それをとりあげる。
そして人気演目になる。

本筋に関係ないからいくらでも話をふくらませることができるといふのがいいのぢやあるまいか。
お軽と勘平との仲なんてほんとにどーでもよくて、勘平に「色にふけつたばつかりに」とかいはれると、「そのとーりだよ。なに悲劇の主人公ぶつてるんだよ」と苛々してしまふこと必至だが、さうした色恋の取り沙汰があると話に艶が出るしメリハリもつく。
本筋には関係ないから、本筋を知らない人にも楽しめる。

全体的な物語の中で端役をfeatureしたりすると、いまの世の中では受け入れられないのかもしれない。
「そんなことしてないで早く話をすすめろよ」と云はれてしまふこともあらう。
でも大河ドラマでいへば「新選組!」の「ある隊士の死」なんかよかつたしなあ。
大河ドラマとか朝の連続テレビ小説なんかは長い分、かういふ遊びがあつてもいいと思ふんだよね。

二次創作なんてのも、「本筋とは関係のない人をfeatureしたらおもしろさう」といふところから生まれてくるものもあるんぢやないかな。

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